恋する赤鬼   作:鯉庵

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修羅の青

「アハハハハッ! キヒッ! ヒヒヒヒヒ」

 おぞましい哂い声が灰色の世界に響き渡る。

 其処に広がるのは死屍累々。

美しい女は今もまだ己の業に踊り狂っている。

血飛沫吹き荒れる阿鼻叫喚の中、銀色の刃が妖しく美しく舞う。

ごろりと転げ落ちる鬼の首。椿がその美しい花を散らすが如く、辺り一面に散らばっていた。

『くっ! 我ら"阿修羅衆"が手も足も出ないとは! 椿の鬼姫め』

 銀色の髪をした青鬼が憎々しげに言った。其れは女を指す"あざ名"であった。

 首を刈り取るその様は椿の名に相応しい。瞳に映る命を狩って、狩って、狩りつくすまで女は止まらない。

 仕込刀を逆手に持ち全て断ち切る。向かってくる敵も泣き喚き命乞いをする鬼も全て、そう全て斬って捨てた。

 咆哮が岩盤を揺らす。巨大な化け猫。銀色の毛並みに赤い虎縞模様の美しい猫又の妖はその鋭い牙で、爪で女と共に鬼を狩る。

「雪那、あまり喰い散らかすのはお行儀が良くないわ。それに、そんな不味い肉を口にしてはお腹を壊してしまうでしょう?」

女の言葉に、鬼達は激情しる。有りっ丈の気迫と殺意を以て上段の構えから一気に踏み込んで刀を振り下ろす。

女は、片足を軸にして弧を描く様に回転し重い一撃を受け止めた。

 刃と刃は甲高い金属音を鳴らし火花が散って、青鬼の刀が天高く舞い、頸が飛ぶ。

 そのまま力なく倒れ込んで血の池を広げてゆく。

『畜生、畜生! 何なんだ貴様は! 何者なんだ。只の"餓鬼"がどうして人の容を保って居られる? どうして俺達の刃が届かない』

 青鬼は歯を食い縛りその瞳から涙が零れ落ちた。鬼の問いに答える事なく、女はほくそ笑んで脳天から真っ二つに引き裂いた。

「ふう、貴方で最後ね」

 そう言って、尻餅を付き怯えている鬼の鼻先に切っ先を突き立てた。下顎を震わせて歯が音を立てている。

眼と鼻からは止めどなく体液が流れ落ち、恐怖に塗れた表情で女を見つめる。

 震える鬼を見下ろしながら、すぅ――っと瞳を細め問いかけた。

「ねえ、青鬼さん。見て、私の刀、ボロボロになってしまったわ……何処かに腕のいい刀匠はいらっしゃいませんか」

 問いかけに静かに首を縦に振る。

 確かに女の刀は、刃が欠けて皹が目立つ。後一人斬り殺せば折れてしまいそうであった。

 生き残った青鬼は喉を震わせながら必死に言葉を紡いだ。

『し、時雨。そいつが地獄一の刀匠だ……俺達阿修羅衆の刀を打ってる』

「――……そうですか。感謝いたしますわ」

 口の端を歪めて女は哂って鬼の頸を刎ねた。雪那は子猫の姿へと戻り女の肩へ飛び乗った。薄暗い闇に下駄の音が響き渡った。

 

 

◆◆◆

 

 

 赤い、赤い湖。其れは血の色を髣髴とさせた。

 女は一糸纏わぬ姿で水浴びをしていた。白く艶のある肌は見る者を虜にしてしまうだろう。

 紅く長い髪は濡れて一層、色気を引き立たせる。

 この時ばかりは、彼女も穏やかな表情を浮かべていた。

腰を下ろし、胸が隠れる程度に浸かる。その艶めかしい足を伸ばして身体にこべり付いた血を洗い流す。

 突如、女の瞳が鋭い物へと変わった。油断を狙って鬼達が彼女へ襲い掛かったのだ。

獲物はもうない。が、動揺した様子は見られなかった。

 徐に立ち上がり、女の爪が鋭く尖って不意を突いた鬼達を文字通り解体した。

 肉塊は湖に波紋を立て沈んでゆく。

「せっかく、綺麗になったばかりなのに」

 溜息を漏らして再び腰を下ろし、湖に浸かると、何処からともなく拍手が聞こえて来た。

 音のする方へ視線を動かすと、其処には彼女と同じく一糸纏わぬ姿をさらした一人の女性がいた。

 紫色の長い髪に病的なまでに白い肌。瞳は赤く、左目の辺りには黒い刺青が彫られている。

「はは、アンタ凄いね。今の羅毘の所の兵隊だろう? 其れを片手で一掃たぁ……流石、噂に名高い椿の鬼姫さんだ」

 女にしては少々荒い言葉遣いであった。彼女も鬼なのだろうか。しかし、自分に襲い掛かって来る気配はない。

「あら、お褒めに預かり光栄だわ……貴方は私を襲わないのですか」

柔らかな口調だが、その瞳は殺気を孕んでいた。

「そんな怖い顔しなさんな。オレはアンタの敵じゃねえよ。味方でも無いがな」

「そうですか……此処で会ったのも何かの縁です。お名前をお聞かせ願いますか」

 すると、刺青の女はにやりと笑ってこう答えた。

「オレは時雨。刀匠時雨さ」

 地獄には似合わない日本家屋。女が捜し歩いた刀匠は意外や意外、あっさりと刀を譲ってやると言って自分の家へ招待した。

仕事場である石造りの部屋には工具が散りばめられて、壁には何本もの 太刀や日本刀がが掛けられている。その一振り一振りが芸術品と言えるほどに美しかった。

「さぁ、椿の、どれでも好きな奴を持ってくといい」

時雨は椅子へ腰掛けて煙管を咥えながら哂っていた。男物の着流しを身に纏ってどっしりと構えていた。

「はあ、けれど、宜しいのですか? そんなにあっさりと刀をお譲り頂いても」

 女は怪訝そうな眼差しで時雨を見つめるが、飄々としてこう答えた。

「ん? ああ、構わんさ。なぁに簡単な事だよ。さっきのアンタを見てたら是非ともオレの刀を振るっている所が見たくなってね」

そう言って口を歪めて哂った。その瞳には狂気が宿っている。類は友を呼ぶとは良く言ったものだ。

「そうですか……では、遠慮なく頂いていきます」

 一振りの日本刀が女の目に止まった。紅。鞘から柄に掛けて紅色をしたその刀は、鍔が無く金色の装飾が施されている。

吸い寄せられるように歩み寄り手にとって少しだけ鞘から引き抜いた。驚くべき事にその刀身は漆黒に染まっており、波紋は妖しく紫色を帯びていた。

「へえ、そいつに眼を掛けたか」

時雨は感心した様に呟いた。

「この刀、お譲り下さいますか」

「ああ、持っていきな。その刀の名は『紫焔(しえん)』手前が気に食わなきゃ、手に取った瞬間炎に焼かれてお陀仏ってな気性の荒い奴さ。気に入られたみたいだぞ」

 時雨はほくそ笑みを浮かべて紫煙を燻らせた。

 

 

◆◆◆

 

 

「何から何までありがとうございます。時雨さん。お着物まで用意して頂いて」

 女は、恭しく時雨に向かいお辞儀をした。八重歯を覗かせながら笑って彼女の肩を叩く時雨。

「気にすんな。オレもコイツの扱いには困ってたんだ。羅毘にくれてやろうと思ってたが、まぁ、アンタがお気に召した様だからな……ところで、アンタ、名前は?」

 女は口元に手を添えて微笑むとこう言った。

「魅姫(みき)。其れが生前の私の名前です」

「ほう、良い名だな。アンタにぴったりだ……っと、お客さんが来たようだぞ」

 振り向けば、其処には青鬼が立っていた。数にして二十弱。いずれも美しい貌をした銀髪に青い角を生やした鬼であった。

「時雨様、その女を此方に引き渡して頂こう。それにその刀、羅毘様にお贈りするべき一振りだった筈だ」

けだるそうに頭の後ろを掻いて、煙管をぱきりと折った。漆黒の羽織が揺れて、時雨の身体に闘気が纏わり付く。

「あぁ? 手前等にコイツが握れるかよ。コイツが欲しけりゃ、あの生簀かねえガキを連れて来な……それに、『紫焔』は魅姫を"選んだ"からな」

 鬼達はどよめき、腰に差した刀を抜き臨戦態勢を取った。

魅姫は口の端を釣り上げて牙を覗かせる。今まで姿を見せて居なかった 雪那が化け猫の姿で彼女の背後に現れた。

時雨は一瞬呆気にとられたが、八重歯を覗かせて哂った。

「あっはは! そんな隠し玉まであるのかよ」

 鬼達の怒号が直ぐそこまで迫っている。先程まで瞳に映って居た筈の魅姫の姿がない。

 突風が吹き銀髪の髪が靡いた。耳に届いたのは、小さく鋭い風切り音。

 次の瞬間、襲い掛かった鬼達の身体は流血の音と共に崩れ去った。

「あら、良い切れ味だ事」

「だろ? さて、魅姫よぉ。オレも混ぜてくれや」

 時雨は疼きを抑える事が出来なかった。

 剥き出しになった闘気はそれだけで鬼達を怯ませる。両腰に差した刀を引き抜いて鬼を斬る。

 其れは、余りに一方的だった。二匹の鬼が、一度刀を振るえば血潮が吹き荒れ一瞬にして敵は肉塊へと姿を変えた。

常に赤い雨が降り注ぎ、狂気を孕んだ嗤い声が響き渡る。残酷と形容するには生温い光景。悪鬼羅刹も裸足で逃げ出す程の鬼が二匹。

「はは、は……これだけ暴れたのは久々だったな。楽しかったぜ。あのガキの所へ行くんならこの先にある石段を上って鳥居を潜りな」

「ふふ、ありがとうございます。時雨さん」

 

 

◆◆◆

 

 

 目の前に聳え立つのは見上げるほどに巨大な赤き門。

 『蜘蛛の糸』の絵図が描かれたその門は、畏怖さえ感じる。雪那が身を震わせて怯えている。

「大丈夫よ、貴方は私が護ってあげる。さぁ、行きましょう」

 赤き門が軋みをあげ、開かれた。視界を覆う白い光、その眩さに瞳を細めた。

 無限とも思える空間には、紅く太い柱が幾つもそそり立っていた。

 其れと同じく、壁一面は赤色で統一されて、冷たい大理石の床には其処彼処に刀傷の様な物が刻まれていた。

 薄暗い闇の向こう側から靴音が響いて来る。

 確かに感じる鬼の気配。しかし、其れは今までとは明らかに"格"が違った。

 背筋が震えるほどに強い闘気。

 まるで、首筋に刃を添えられているかのような鋭利な物だった。

「へぇ、君がうちの兵隊を皆殺しにしたのか。イメージと大分違うなぁ。もっとゴツイ奴かと思ったのに」

 暗闇の中から現れたのは一人の少年。耳が隠れる程度に伸びた銀髪に青い瞳。その白い額には鋭い角が一本生えている。

白を基調とした着流しと漆黒の羽織。その腰には日本刀と脇差を携えていた。

 顎に手を添えて視線を上下に動かし、品定めするかのような眼差しで魅姫を見つめた。

「ご期待に添えず申し訳ございませんわ。羅毘様、けれど、戯れに手合わせ願います」

 言うなり魅姫の姿が少年の視界から消え失せた。

 火花が散りけたたましい金属音が耳に届いた。

 二人の顔は鼻先が擦れるほどに近づく。

 両者共にこれ以上ない程の笑みを浮かべ刃を交えていた。

 拮抗の末、後ろへ飛ぶ。先に動いたのは羅毘であった。

 地面を蹴って距離を一瞬で詰めて魅姫の頭上から刀を振り下ろした。

 当然の如く刀で其れを受ける。強い衝撃は波紋を立て突風を巻き起こし、円柱に亀裂が走る。

 その驚異的な力に彼女の顔が少し歪む。

 羅毘は腰から鞘を抜き取って、無防備な魅姫の脇腹に打ち付けた。

「ぐっ」

 そのまま横へ吹き飛ばされ、何本もの柱を貫通しようやく止まった。

 砂煙が立ち込めて魅姫の姿を覆い隠す。その数秒後灰色の煙は斬り裂かれ、尋常ならざる速さで羅毘に襲い掛かった。

 まるで遊戯を楽しむかのように闘う二人。甲高い金属音だけが響き渡る。

「キシシ、強いね君。想像以上だよ。もっと遊んでたいんだけど、そうもいかないや」

 腕を高く上げて指を鳴らす。すると、青い炎が燃え上がり二人を囲んだ。さながら炎の檻と言ったところか。

 もう一度指を鳴らすと、炎が龍の容を成して魅姫に襲い掛かった。灼 熱の牙が彼女に届くその僅か、魅姫がほくそ笑むのが見えた。

 羅毘が勝利を確信し背を向けた時、其れは起こった。燃え滾った炎が一か所に集まってゆくではないか。

 まるで、何かに吸い寄せられるように。

 驚愕の表情を浮かべ、その一点を見つめる。

 視線の先に立っていたのは、漆黒の角を生やした鬼だった。

「は、はは……そうか、そう言う事だったんだね……僕の"畏れ"を喰らったんだね。道理で雑魚じゃ相手にならない筈だよ。——ねぇ、"鬼喰らいの夜叉"さん」

 




夜叉には様々な説がありますが、女性、男性両方存在します。
男はヤクシャ。女はヤクシ—と呼ぶそうです。
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