恋する赤鬼   作:鯉庵

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追放

 聳え立つ赤き門が軋みを上げて、ゆっくりと開く。視界が眩い白い光で染まっていった。一人の少年が息を荒げ佇んでいる。その身なりから気品と高貴さが伺えた。

 銀髪に硝子細工の様な青い瞳をしている。

「"天釈帝"様」

 少年の叫びが響き渡る。

 豪華絢爛と形容するに相応しい一室。

 まるで王朝の宮廷の如きその部屋には、金や銀で造られた装飾品で彩られている。

 中央には紅く長い絨毯が敷かれ、その先には玉座があった。其処に腰を下ろして居るのは、部屋の造りに負けぬほど豪華ないでたちの男だった。白銀の髪に赤い瞳をした男。

 その両脇には美しい天女が控えている。

 金の円卓に盛られた果実を手にし被り付いた。

 瑞々しい音と共に甘い香りが鼻を掠める。

 天女は、男の胸板に猫の様に擦り寄って妖艶な笑みを浮かべている。

 それも一人や二人ではない。何人もの女がその男に媚びていた。

 少年は、王の前のに傅き憎々しげに告げた。

「天釈帝様、何故私の姉を……貴方様の妃を、むざむざと賊に差しだしたのですか」

 男は態とらしく肩を竦め溜息を漏らした。

「おお、戻ったか羅毘よ。仕方ないであろう。"天部"を危険に晒すわけにはゆかぬではないか。“あの女”も、『私の身一つで天界が救えるのなら』と申しておった」

 少年の顔が歪む。食い縛った歯が軋む音を立て、口の端から血が滴り落ちる。立ち上がって玉座に腰かける男を睨みつけた後、声を荒げ叱咤する。

「何故、止めなかったのです! 天部軍総出で討てば良かったでしょう! 何故、私の留守中貴方様は姉上を護って下さらなかったのか」

少年の激情は止まらなかった。

「女一人の犠牲でこの天部が救われたのじゃ、安い物であろう。――それに……」

 

――薄い唇に笑みが点って。

――侍らせた女たちを抱き寄せた。

 

「――……女ならば、この両腕に余る程おるではないか」

 その時羅毘の中で“何か”が音を立てて崩れ去った。

 それは天部への忠誠か。

 それは義兄への信頼か。

 わからない。

 慟哭が響きわたる。

――それから。

――それから。

 

――青い煌きが迸る――

 

――青い炎。

――それは“修羅”の証。

――白い額に蒼角一つ。

――それは“鬼”の証。

 

 青く煌く、灼熱の炎は“蛇”へと容(かたち)を変える。

 声が聞こえた。

 それは、悲鳴。

 それは、絶望。

 青い炎はただ無慈悲に啖うだけで。

「――貴様は殺す。一切の慈悲もなく。惨たらしく殺す」

 赤い瞳が炯々と光を放っている。

 唇には笑みが点って。

「“修羅”に堕ちたか。羅毘よ」

 無貌の蛇が、首を擡げて帝釈天を見下ろしていた。

 牙が妖しく揺らめいている。

 蛇の頭上で青い鬼が、鋒を突き立てていた。

「よいぞ、よいぞ。羅毘よ。実に心地よい殺意じゃ……」

 帝釈天が頬杖を突いて酔いしれた。

「黙れ」

「――さぁ、さぁ、はよ我を殺しに来い」

「黙れ」

鬼が首を振り乱した。

垂れた髪の隙間から青く光る瞳が覗く。

「退屈じゃ。退屈じゃ。はよ我を楽しませよ」

「黙れ!」

 轟音が弾けた。

 青い炎が迸る。

 

◆◆◆

 

 

 耳に甲高い金属音が届く。一振りの刀が天を待ってやがて大理石の床へ突き刺さった。

煉獄の青き炎の直中で、闘神羅毘が膝を付いた。

 両腕を失い滝の様に紅い鮮血が流れ堕ちている。

 彼の鼻先に漆黒の刃が突き立てられた。

 羅毘を見下ろす金色の瞳。その表情は猟奇的で獲物を前にした猛獣そのものだった。

「ふふ、楽しませて頂きました。感謝いたします」

 鈴の鳴った様な声。美しいその声色は酷く冷たかった。紅く煌びやかな髪の色。漆黒に尖った角は女が鬼である証だった。

「ま、さか……キミが夜叉だったなんて気付かなかったよ」

 羅毘の言葉に魅姫は口を歪めて哂った。

「私(わたくし)も驚きました。こんなに立派な角が生えているんですもの……」

「は、はは、そう言えば聞いたことがあるよ。"餓鬼"、"畜生"、"修羅"全ての鬼を喰らい尽くせば黒い鬼になるって……夜叉は、僕らの天敵。神にだってその牙を突き立てる悪鬼だそうだよ。零義兄さんが、僕に言ったのはこういう事だったんだ……ああ、怒られちゃうや。まぁ、義兄さんが怒った顔も久々に見たいし、いいや。キシシ」

 無邪気な笑みを浮かべ、力なく倒れ込み瞳を閉じた。その命の灯が消えたかと思えば安らかな寝息を立てているではないか。

青い炎の檻は消え失せ、静寂が訪れた。女は、身を捩り腹を抱えて哂う。

「ぷっ……くはっ。あはははははは!あっははははは」

 一頻り嗤った後、魅気は肩に掛けた羽織を揺らして歩み"閻魔"と刻印された門の前に立つ。子猫の姿をした雪那は彼女の肩に乗り心配そうに見つめていた。視線に気付いたのか、下顎を優しく撫でて朗らかな笑みを浮かべるた。

 愛刀紫焔を構える。中腰の状態で柄から手を少し離し、一閃を繰り出さんと意識を集中させ鞘から放つ。空を斬る音が耳に残った。

 一瞬の静寂の後、轟音を響かせ門が崩れ去った。

 

 

 

◆◆◆

 

「——ったく、人の部屋の扉を粉々にしやがって、殺すぞ」

 

◆◆◆

 

 鋭い眼光で睨みつけ強い言葉で脅しを掛ける黒髪赤眼の男。

 弩(ど)派手な羽織が、巻き起こった風に靡いた。

 腰には一振りの刀をおびている。

 身に付けている装飾品からは気品が感じられた。

 男は眉間に皺を寄せ乱雑に頭を掻き毟った。

「あの阿呆め、死んでも止めろつったろうが……案の定"黒鬼"になってんじゃねえか。っとに七面倒臭せえ」

 女は血に濡れた手を口元に添え微笑すした。

「あら、そんなにつれない事仰らないで下さいな」

「ボケが。てめえの“なり”を見てからぬかせ、乱痴気女」

 男が抜刀すると、空を裂き轟音を響かせて目には見えない刃が魅姫を襲う。

 豪風が彼女の髪を靡かせた。咄嗟に横へ跳ぶも着物が裂け皮膚が破れる。白い腕から紅い滴が流れ落ちた。

 赤眼の男は走り魅姫との距離を詰める。羽織を投げつけると、彼女の視界が一瞬塞がった。長い耳が反応し、寸での所で斬撃を躱す。

魅姫は辺りを取り囲む野太く赤い円柱を、切り裂いて瓦礫に姿を隠した。

「ちっ」

 男はその場で立ち止まり、瞳を閉じて神経を研ぎ澄ます。只、彼女の秘めた殺気を感じとるために。

「上!」

 見上げると天井に足を付け腰を屈め刀身を覗かせる魅姫の姿がそこにあった。

 畜勢した力を一気に解き放ち弓矢のように襲いかかる。

 刃が交わると共にに大気が震え波紋が立った。突風が吹き荒れ瓦礫の山が吹き飛び、円柱には亀裂が走る。

 男の頭上を一回転し着地し、地面を蹴って距離を取った。

「ふふ、流石閻魔大王様。一筋縄では有りません」

 男は、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべて口を開く。

「俺をあの糞野郎と一緒にするんじゃねえ。不服だが、ソイツは"親父"だ」

「之はとんだ御無礼を……では、貴方様のお名前をお聞かせ下さい」

 彼は、円柱に背を預け懐に忍ばせた煙管を取りだして紫煙を燻らせた。形の無い煙は独特の香りを発し消えてゆく。

「零(ゼロ)」

「素敵な響きです事……ますます貴方様の血が見たくなりました」

「——……はっ、ありがたくて涙が出てきそうだな。おい」

 

 両者共に刀を鞘へ収め腰を屈めて抜刀の構え、静寂が場を支配する。正に"剣抜弩張"。緊張の一瞬、早さは凡そ互角である。刀身が擦れ合い、甲高い音と火花を散らした。

達人同士の剣戟の応酬。その音だけが響き渡った。

拮抗の末、力で押し負けた魅姫が後ろへ吹き飛び、円柱に強く身体を打ち付け吐血する。その期を逃さず、零は印を結び経を唱え始めた。其れは梵字となって彼の身体に纏わり付き、やがて魅姫の両腕を拘束し、紫がその手から離れた。

「手こずらせやがって」

 溜息を漏らし、安堵する。が、次の瞬間、魅姫がほくそ笑み強引に鎖を引き千切った。

 そして、二人の刃が交差した。けたたましい流血音が魅姫の耳に届く。

 零は夥しい血を垂れ流しながらよろめき片膝をつく。

「て、てめえ……」

「ヒヒッ! 流石、ですね……私の負けです」

 右肩から噴水のように鮮血が舞い上がり力なく倒れ込んだ。どうやら魅姫も先の一瞬で深い傷を負ったようだ。

 覚束ない足取りで円柱へ寄りかかり、そのまま倒れ込む懐を弄り煙管と取り出したが、真っ二つに切り裂かれてしまっている。

「くそ……おい、羅毘! 出て来い」

「ばれちった」

 声と共に羅毘が姿を現す。驚くべき事に魅姫との死闘で負った傷は癒えて、刎ねられた腕は元へ戻っていた。腰を屈め愉快そうに笑って義兄を見つめている。

「あと三秒数える間に、そのイケ好かねえ薄ら笑いをやめろ。たたっ斬るぞ。糞ガキ」

「義兄さん、こわーい」

 わざとらしく、人を小馬鹿にしたような顔で哂った。青筋を浮き彫りにして怒りを露わにするその瞳に虚偽は無い。

「怒った? ねえ、ねえ、義兄さん、怒った」

「うぜえ……」

 

◆◆◆

 

「で? この娘どうするの」

 親指で背後に眠る魅姫に指を差し尋ねた。半壊した一室に辛うじて残った長卓に肘を付き煙管を吹かす零。

さも当然という顔をして言った。

「あ? 記憶消して人間界に追放するに決まってんだろうが、阿呆。"此処"に居れば、また暴れ出すからな……其れが一番手っ取り早い」

「なあんだ。残念、せっかく遊べる玩具が手に入ったと思ったのに」

 唇を尖らせ不服そうに拗ねる羅毘に思わず蟀谷(こめかみ)を抑えた。

「あれだけ派手に斬られてよくもまあそんな言葉が出てくるな……お前」

「ふふん」

「褒めてねえ」

 呆れ果てて溜息しか出てこない様子の零だった。

「ぬらりひょんの爺に引き渡す。文句言うようだったら組を潰せ。文は俺が出すからてめえはその乱痴気女の記憶消しておけ。具体的には堕ちてからの一切合財全てだ」

「えー……面倒だよ。何でそんな事するのさ? 魂だけにして封印しちゃえばいいのに」

「阿呆。さっき言っただろうが……地獄にコイツを封印したとしても、此処は奴にとって“餌場”だ……」

「しょうがない。やってきてあげるから頭下げてお願いしてよ」

「――死ね」

 




阿修羅神は元々"善神"だったそうです。天釈帝との関係は私が妄想して考えました。
もし宜しければ感想を頂けると嬉しいです。
厳しい感想も糧にして頑張りますのでお願い致します。
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