恋する赤鬼   作:鯉庵

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雪華と椿

「ち、ちょっと! 押さないでよ! 青田坊」

「んなこと、言われても俺だって押されてんだからしょうがねえだろ! うお、首無し押すんじゃねえ」

 ああっ! もう! 若が気付いちゃうじゃない。総大将が突然連れて来た女の妖、しかも若の許嫁として来たって話じゃない!

 産まれた時から側近として御側に仕えていた身として、気にならない筈がないわ。肝心の若は女を目の前にして顔を真っ赤にしながら俯いてしまっている。"椿の鬼姫"と言えば、私達の世界で知らない者はいない。母様からその恐ろしい伝説は幾度となく聞かされた。地獄の鬼を全て斬り殺し、閻魔大王に喧嘩を売った恐ろしい悪鬼。

 でも、今見ているこの光景からはとてもそんな風には思えない。若と同じように顔紅くして俯いて何度か視線だけを動かし、様子を伺いながら目が合うと直ぐに逸らしてしまっている。

うん、これはアレね、若にホの字のレの字のタの字ね。同じ女としての直感だけれど、間違いない。若を見る目がそう言ってるもの。

「あ、あの……! どうして、僕の名前、知ってるの」

 無言の空気に耐えられなくなったのか、若が顔を上げて声を掛ける。緊張で裏返ってしまっていますよ若。

「此処へ来る途中、御爺様からお聞きしました。勝手な事をして、申し訳ございません」

 

 そう言って答える女の瞳は何処か不安げに見えた。不覚にも少し可愛いと思っちゃったじゃない。

 後ろで私と一緒になって覗きこんで居る男連中の顔が紅い。はっとなって若に視線を戻した。

 案の定、顔を紅く、ううん。頭から沸騰したやかんみたいに湯気を立てながら鯉の様に口をぱくぱくさせて固まっていらっしゃる。

離れた場所から覗いている納豆小僧や青田坊がこの調子だもの。そりゃ目の前で見てる若は一たまりもないでしょうとも。ええ、完全に落ちましたね? 若。

「ううん! 別に気にしなくていいんだ。気になっただけだから」

 そう言って両手を突き出し、否定すると、また室内が無音の状態に。ああ、見ているこっちまで緊張しちゃうじゃない。喉が渇き、唾を飲み込む。先に沈黙を破ったのは若で女の手を取って引っ張り上げ……って、そんなに乱暴に引っ張ってしまったら……。

「っとと、大丈夫?」

「……はい」

何? 何なのよ。この空気! 完全に二人の世界に入っちゃってるじゃない。あ、あれ、何だ背中が重く……。なっ! 青ったら前のめりになり過ぎよ。た、耐えられない。

「う、ううん! 大丈夫ならいいんだ! 早く行こう」

 

 若、待ってください。今、こっち来ないで下さい。も、もう、ダメ……。

い、イタタタ、それに、重い……苦しい……助けて若〜。

「お、お前達!」

 若が大きな声をだして驚いていらっしゃるわ。私達が覗き見していた事には気付かなかったみたい。ッヒ……! 若の私達を見下ろす視線が冷たい。私の雪化粧より冷たい!

「わ、若。こ、これには訳がございまして……」

「ふーん」

「若の大切なお見合いを暖かく見守ろうと……」

「で?」

 ッヒ! こ、恐い、めちゃくちゃ怒ってる! 青も黒も首無しも何か助け舟出しなさいよ!

 

……あああッ! いつの間にか逃げてる! 恨むわよ、青に首無しぃぃ!

「っは〜……夕飯までには帰って帰ってくるけど、絶対付いてこないでね? 雪女、もし付いて来たら……」

「了解であります! 若! 若菜様にも伝えておきます」

 背筋に悪寒が駆け抜けるのを感じて、自分でもびっくりするぐらい即座に敬礼してしまいました。だって若。目が本気だもの。今朝の宙吊りなんて可愛げがあるわ……。私は障子を頭から被ったまま若に手を振った。

 

◆◆◆

 

「記憶がない?」

「そう、どういう訳か、地獄へ堕ちてからの記憶が無いんだってさ、自分が一度死んだって事は覚えてるらしいんだけどね。魅琉鬼って名前も総大将から頂いたんだってさ」

 昼、若達がデ、デートを楽しんでいるだろう頃、食器の片付けをしていると、隣で一緒に皿を洗う毛倡妓がそんな事を言います。どういことだろう。あれだけの事を仕出かしてそれを全て忘れて居るなんて……けれど、私が見た感じ、噂で聞く程の恐ろしい鬼では無く、若にぞっこんの乙女って感じだった。其れを聞けばさっきの違和感も納得できるわ。

「それよりアンタ、どうなの? いきなり現れた好敵手(ライバル)に気が気じゃないって感じ?」

 ちょっ……にやにやしながら肘で突くのはやめなさいよ。

「べべべべ、別に? 私は、若の側近としてお嫁に来るっていう女がどんな奴なのか気になっただけだし? 許嫁が来たからって私が若の隣にいるのは変わらないし、全然、これっぽちも気に何かしてません」

「皿、凍ってるよ……」

 ああぁぁ! 私とした事が! ごめんなさい〜。

 若菜様に必死に謝って何とか許して頂いたけれど……自分のドジさ加減に溜息が出そう、それもこれも、毛倡妓が可笑しなことを言うからよ! 確かに若の事は可愛らしいと思ってるし、大きくなったら良い男になってるのは間違いないだろうけど、私は側近として……そう姉みたいなものよ。別にねんごろな関係になりたいとかそういうじゃ……ごにょごにょ。

 部屋で悶々としてる内に気が付けば、空には星が広がって居た。

っは! 私ったら何やってるのよ。早く夕御飯の支度を手伝わなきゃ。

 御台所の暖簾(のれん)を潜ると、其処には既に若菜様の姿が無かった。急いで広間に走って障子の戸を開いたら、何時もの様に小妖怪達がどんちゃん騒いでいた。総大将は胡坐をかいて上座に腰を降ろして居る。

「申し訳ありません!」

「あら、氷麗ちゃん。そんなに慌ててどうしたの」

 若菜様が花の咲いた笑顔を向けてくれえる。うう、何だろうこのいいようのない罪悪感は……。

 

 ふと、周りに視線を配ってみると若の姿が見当たらなかった。ついでにあの魅琉鬼とか言う娘(こ)も。

「若菜様、若達は」

 私の問いに両手を叩いて嬉しそうな顔で浮かれながらこう仰いました。

「それがねぇ、聞いてよ氷麗ちゃん! リクオったら今日は晩御飯食べずに縁日に行ったんですって! なんでも、魅琉鬼ちゃんと良い雰囲気だったらしいわぁ」

 い、良い雰囲気!? 良い雰囲気ってそんな!? 若はまだ小学生ですよ! そんな……そんな……。

「なぁにを顔紅くしとんじゃい雪女」

 総大将の言葉で我に返る。わ、私ったらなんてイケナイ想像を……。

「な、何でもありません」

 私は顔が熱くなるのを感じながら、黙って定位置に座った。

 

◆◆◆

 

「ただいまー」

 夜遅く、聞きなれた若の声が屋敷に響く。私が急いで出迎えに行くと、玄関先で仲良く手を繋いだ二人の姿が目に映る。照れくさそうにしていてもしっかりと繋がれた手と手。魅琉鬼の紅い髪に目を向けると、朝には無かった白椿の簪が差さっていた。其れを目にした瞬間、湧き上がって来たのは怒りでも悲しみでも無く、すとんと何か憑き物が落ちた様な、そんな納得だった。

 若達が帰って来て数時間。屋敷の大広間では宴会が開かれた。大勢の妖怪達に囲まれ困惑する二人。魅琉鬼は忙しく動き回っている私達に気を遣ってか、給仕に回って居た。奴良組で開かれる宴会は、いつも夜が明けるまで開かれる。この日も其れは変わらなかった。

「ふう、やっと終わった……」

 私は台所に溜まった洗い物を片付け額に滲んだ汗を拭う。陽は高く、 燦々と容赦なく私に降り注ぐ。あ、熱い……雪女にこの暑さは地獄だわ。

「大丈夫ですか? 氷麗さん」

 声が聞こえて私は振り向く。両袖を襷で捲り上げ其処から私に負けないくらい白い腕が覗く。う、うわぁ……綺麗。

「平気よ。そっちは片付いた?」

「はい、滞りなく」

「そう、ありがとう」

「……」

「……」

私達の間を無言が支配する。き、気まずい……。

「それにしても、凄いお酒の量でしたね。皆様、何時もあんなにお飲みになるのですか?」

 魅琉鬼も同じ事を思ったのか、口を開く。

「そうね。大体こんな感じ。まぁ、お酒をたくさん飲むのは、総大将や青田坊と黒田坊が殆どなんだけど、皆浮かれてたみたいね」

「そうですか」

 会話終了。また無言が訪れる。

 私は意を決して聞いてみる事にした。

「ねぇ、あなたはさ総大将に連れて来られたって言ったけど、良かったの? その……若と許嫁になんてさ……嫌じゃなかったの?」

 私の問いかけに魅琉鬼は頬を染めて言う。

「……ええ、ちっとも」

 瞳を細め幸せそうに笑うこの娘を目にして、胸がチクリと痛む。私は若をどう思っているのだろう? この娘の様に恋焦がれているのかな……。胸に刺さったままの小さな針は今も私の中で疼いている。

「そ、そうなんだ」

「はい……私(わたくし)はあの御方をお慕い申しております」

 もう一度笑って見せる。けれど、直ぐに陰りがさした。

「ですから、私は貴方が羨ましいです……氷麗さんは私の知らないリクオ様を沢山知っていて私より近くに居る。それが少し悔しいです」

……私も貴方が羨ましいわよ。だって、若にあんな表情(かお)に出来るのはきっと貴方だけだもの。

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