春休みも残り僅か。今日も今日とて元気に双葉はC級ランク戦で無双していた。
普段、海斗の修行を受けているため、他のC級などまるで相手にならない。唯一、互角にやりあえる緑川も一足先に正隊員に昇格し、A級の草壁隊に配属されてしまった。
ちなみに、双葉も昇格は目前だ。というか、さっさと上がりたかった。色々なトリガーも欲しいし、早く上位攻撃手の先輩方と闘って力試ししたい。
そういえば、村上は海斗に交渉してくれたのだろうか。あの拳闘術はとても気になるのだが、殴り合いの喧嘩などしたこともない双葉は教えてもらわないと覚えられない技だ。
もし、村上先輩でもダメなら自分から直談判しようかなーなんて考えてる時だ。
「ねえ、少し良い?」
後ろから声をかけられた。振り返ると、金髪美人、という言葉がこれ程までに合う人がいるのか、と思うほどの美人さんがいた。口元には黒子があり、それがまた美人さに拍車をかけている。
「はい……」
「良い腕ね、あなた」
「え、そ、そうですか?」
「ええ。名前は?」
「黒江双葉です」
「そう。双葉ちゃん、ね……」
女性の双葉から見ても、その女性は綺麗に見えた。その口元から溢れるセリフ一つ一つが、双葉の胸に刺さる。恐らく、かなりの実力者だろう。そんな人が、自分に何の用だろうか?
ちょうど、双葉がそんな問いを浮かべたとき、それに応えるようなタイミングで加古が答えた。
「単刀直入に言うわ。あなた、私の部隊に入らない?」
「……え?」
×××
今日も今日とて、陰山海斗は暴れていた。今日の防衛任務は玉狛と。小南と二人で組んで、レイジと烏丸に援護してもらってトリオン兵をバッタバッタと斬り裂いていた。
「ッシャオラ! 15体目ェ‼︎」
「遅いわよ! 私なんてもう16体だから」
「違った、数え間違えてた。17だったわ」
「いや、アタシは19だから」
違った。二人は競い合ってた。全然、組んでなかった。まぁ、お陰で烏丸もレイジも楽していられるわけだが。
「ちなみに、レイジさん。何体目っすか?」
「海斗が16、小南は17だな」
「おお、意外と接戦すね」
そうは言うが、一撃の破壊力は小南の方が上だ。極端な話、バムスターだろうがモールモッドだろうが一撃で処理出来る小南の方が多いのは、ある意味当然と言える。これから差は開くだろうが、海斗はよく食らいついてる方だ。
バムスターの背中を走ってジャンプした海斗の拳が空を飛んでるバドの腹をブチ抜き、そのバドを踏み台にして大型トリオン兵の頭を一気に狙う。そこからさらにジャンプしてバドを狙い、烏丸やレイジでなければ狙えなかった空中のトリオン兵をバッサバッサと連続で倒し続けた。それにより、海斗が小南のスコアを抜く。
それを見て、小南も「おお〜」と声を漏らし、真似をした。
「あっ、テメェ人の手をパクんじゃねぇよ!」
「地上にいなくなったんだし、別に良いでしょ⁉︎」
「テメェにはメテオラがあんだろが!」
「メインは双月なのよアタシは!」
なんてやってる間に、再び空中のトリオン兵は全滅。というか、玉狛が担当分のトリオン兵が全滅した。また新たな門が開くまでは待機である。
「烏丸、木崎さん。俺のスコアは?」
「24だな」
「小南のは?」
「27」
海斗の隣に立ってる小南が、それを聞いて大きくガッツポーズし、海斗に思いっきりドヤ顔をした。
「はい、アタシの勝ちね? 後で晩御飯奢りだから」
「まだ任務時間中だから! 決着はついてないから!」
「もうあと7〜8分じゃない。これからは差が開く一方よ?」
「……まだチャンスはあるだろ。お前を倒せば」
「バカなこと考えるんじゃないわよ……それ、最悪トリガー没収だから」
模擬戦以外でのボーダー隊員同士の戦闘は禁じられている。規律違反により、上の人から怒られてしまうのだ。
流石に海斗がどんな破天荒なバカでも、そこまでのリスクを負うつもりはなかった。何より、それ以上に風間の方が怖い。
「大体、小南。テメェ、B級に上がって一年の奴に賭けを挑むんじゃねえよ」
「良いじゃない。あんたとなら、賭けになると思ったのよ」
「はぁ?」
「それに、ちょうど行ってみたいお店があったからね〜」
「結局、そこじゃねえか! 人を財布代わりにしてんじゃねーよ! 学園のマドンナかお前は!」
「どんな例え⁉︎」
なんてやってるバカ二人を眺めながら、烏丸は少し意外だった。今のセリフ、小南の中ではかなりの褒め言葉だ。あの負けず嫌いの先輩が他人に対してそこまで言うのは珍しい。
「……やっぱ仲良いっすね。あの二人」
「まぁ、そうだな」
レイジが後ろから頷き返す。素直じゃない奴らほど、競い合うと熱くなるものだ。
「小南と競い合える腕を持つ攻撃手は中々、少ないからな。小南は玉狛だしあまり本部に行くこともない。それなのに、たまにだがわざわざうちまで『今日はボコボコにする』なんて下らない目標を掲げてうちに来るあいつを、それなりに気に入ってるんだろう」
「なんていうか……なんで攻撃手の人ってこう、血気盛んなんですかね」
「さぁな。まぁ、味方なら頼もしい限りだろう。競い合いでもなんでも、敵を倒してくれればそれで良い」
「そっすね」
そう返しつつ、烏丸は少し面白そうな気配を感じた。烏丸は知っている。男女間の友情は成立しない事を。
烏丸の視線の先では、バカ達が何やら言い争いをしている。
「大体、学園のマドンナなんて……そんなアタシ以外にも学校に可愛い人たくさんいるわよ! 那須さんとか!」
「今、その可愛いの枠組みに自分を入れてただろ。つーか、お前がマドンナを名乗るにはおっぱいが足りない。増量して出直せ」
「あんたが言い出したことでしょうが! ていうか、あんたそれセクハラだからね⁉︎」
「ゆっさゆっさ揺れるおっぱいに一万円札挟めるくらいには増量して来い!」
「あんたのマドンナのイメージがさっぱり分からないわよ!」
そればっかりは小南に同意するが……とりあえず、烏丸はその微笑ましいやりとりを見守った。
×××
任務が終わり、海斗は帰ろうとした。その肩に、小南の手が置かれた。
「逃がさないわよ。ご飯奢り」
「……」
逃げられなかった。仕方なく頷き、小南の言うお店に向かおうとした時だ。聞き覚えのある声が飛んできた。
「おい、陰山」
「げっ……か、風間……」
「少し良いか?」
「良くない。今から小南とデートだから」
「えっ、で、デート⁉︎」
真に受けた小南は捨て置いて、速攻で拒否した。普通、男と女がデートという話になれば、誰だって遠慮するものだと思ったが……。
「そうか、では付いて来い」
「話聞いてた?」
「聞いてなかった。お前の嘘話に付き合ってやる暇はない」
「え、嘘なの⁉︎」
「別に付き合えなんて言ってないし」
「ちょっと海斗!」
「すぐに終わるから付き合え。忍田本部長がお呼びだ」
「海斗!」
「うるせえよ、お前黙ってろ」
小南を黙らせてから、海斗は小さくため息をついた。流石に本部長からの呼び出しは無視出来ない。それに、割とちょうど良かったかもしれない。
小さくため息をついた海斗は、小南の方に向き直っていった。
「と、いうわけで、奢りは無」
「待っててあげるから早く済ませてきなさい」
「お前どんだけ奢って欲しいんだよ……」
まぁ、そこまで言われては仕方ない。海斗は風間とラウンジを後にした。
決して隣は歩こうとせず、自分の先を進む風間に海斗は後ろから聞いた。
「で、何の用?」
「お前、黒トリガーは知ってるか?」
「知ってるよ」
「言ってみろ」
「黒い銃の引き金だろ?」
「違う。お前ホントなんでそんな何も知らないんだ? ボーダーについての資料とか、説明会とかそういうの見たり聞いたりしてないのか?」
「してない」
「……」
こいつ、本当にもっと厳しく指導してやろうか、とさえ思ったが、今は本部長の要件が先だ。
「……黒トリガーとは、強力なトリオン能力を持つ者が、自分の命を掛けて作り出した、強力な力や能力を兼ね備えたトリガーの事だ」
「命? 両手広げて片足上げる?」
「何故、その例えで聞いた。合ってるとも間違ってるとも言い難いが……とにかくそれだ」
「なんてこった……黒トリガーを作れば、一生あのポーズができなくなるのか」
「違う。そうじゃない」
「死ぬんなら一生出来ないじゃん」
「……」
前を歩く風間のポケットに突っ込まれた両手が、プルプルと震え始める。発してる色的に割と本気の殺意を出していたため、そろそろからかうのをやめた。
「で、それが何?」
「それの適合試験を行う」
「絶対時間がかかる奴じゃねぇかクソチビテメェボテくり回すぞコラアーハン?」
「すぐに済む。黒トリガーには好き嫌いがあり、それを判断するには、ただ黒トリガーを起動するだけだ」
「電源入れてパスワード入れて指紋認証して網膜スキャンして声合認証だろ? 騙されねーぞコラ」
「何処の秘密基地だ。パスワードなんてない。強いて言うなら、黒トリガーの名前がパスワードだな」
「名前なんてあんの?」
「ああ。お前に試してもらう黒トリガーの名前は『風刃』だ」
風刃、と聞いて、その名前を陰山は頭の中で反復させた。おそらく、風の刃と書くその名前は、普通のブレード使いなら憧れる所だろう。
しかし、目の前のバカは普通のブレード使いではなかった。
「何それ、月牙天衝?」
「今の所、7ポイントくらいだからな」
「何のポイント? 風間ポイントカード的な? Kカード?」
「ブン殴りポイント、Bカードだな」
「……」
割と暴力的なポイントに、海斗は黙り込むしかなかった。
連れて来られた先は、風間隊の作戦室だった。中では、風間隊オペレーター三上歌歩と、見覚えのないサングラスの男が立っていた。
「あ、陰山さん。お疲れ様です」
「乙。そいつは?」
「もう、初対面の人に『そいつ』なんて言っちゃダメですよ」
「バカヤロー。初対面だからこそ敵意を持って接するべきだろ。第一印象が良い奴にロクな奴ぁいねえんだ」
「どんな初対面を迎えたらそんな価値観になるんですか……」
まぁ、実際その通りだったのだから仕方ない。特に、自分の親の部下だった連中は酷かった。幼かった海斗を騙そうと必死だったのをよく覚えてる。まだ第一印象最悪のヤンキー達の方が分かりやすくてマシだった。
「まぁまぁ、三上ちゃん。俺は気にしてないから。そういう未来が見えてたし」
「もう、迅さん……」
「そうだぞ、迅。そのバカを甘やかすな」
風間が口を挟んだことにより、男は少し意外そうな顔をする。
「ありゃ、風間さんまで?」
「そういう奴に限って、甘やかすとそいつのためにならないんだ」
「テメェは俺の保護者かクソチビこのヤロー」
「ほらな? こういうとこだ」
「あははー……」
苦笑いを浮かべつつ、自分も年上にタメ口を用いてるので人のことは言えなかった。
何はともあれ、自己紹介しなければならない。サングラスの男は、ニヤけた笑みを浮かべたまま自分の胸を親指で指した。
「俺は迅悠一。S級の実力派エリートだ」
「人毛域S級の陰毛派エリート? 陰毛の上にズラなの? その髪?」
「……風間さん」
「こういう奴だ」
実力派エリートであり、いつでも不敵な笑みを絶やさない男ですら冷や汗を浮かべるレベルの口の悪さだった。
「もう、陰山さん! いい加減にしないとコーヒー淹れてあげませんよ⁉︎」
「じゃあ紅茶で」
「いやそういう事じゃありませんから! 飲み物出しませんよ⁉︎」
「じゃあラーメン」
「食べ物も出ません!」
と、風間隊オペレーターですら良いようにからかって見せていた。しかし、風間隊のオペレーターはただのオペレーターではない。四人姉弟の長女であり、ボーダー女子を軒並みメロメロにしている姉属性の持ち主だ。
早い話が、聞かん坊をボケさせたままにさせるような姉ではない。
ジト目のまま海斗の前に顔を出すと、割と本気で睨みつけながら、低い声で言った。
「……あんまり失礼な事ばかり言ってると、風間さんの指導の後に何も出してあげませんよ」
「……」
それは困る。タダ飯にありつけなくなるというのは海斗の見事なウィークポイントだった。
しかし、素直に謝ることのできない海斗は、仕方なさそうにため息をつくと、迅にこう聞くしかなかった。
「……で、なんだっけ? 名前」
「迅悠一だよ。お前は?」
「陰山海斗だ」
さっきまでのやりとりを丸々なかったことにして、一からやり直した。面倒臭い人種である。
その挨拶を見て、風間も三上も呆れ気味にため息をつくしかなかった。
ちょうどその時、風間隊作戦室の扉が開いた。忍田本部長が入って来た。
「すまない、待たせたな」
「ホントホント〜」
直後、海斗の頭に二発の拳が入ったが、忍田は気にした様子なく海斗に声をかけた。
「陰山くんもすまなかったな。任務の後だというのに」
「いえいえ、ボーナスをもらえれば」
ガッ、ゴッ、とまた一発ずつ。風間隊の作戦室でこう言ったやりとりが見られるのはかなりレアな事なので、忍田も物珍しそうな苦笑いを浮かべてしまった。
しかし、今は真面目な話なので、ツッコミやコメントは入れずに続きを話した。
「では、早めに済ませよう。三上、訓練室の用意を」
「はいっ」
「迅、風刃を」
「はいはい」
との事で、訓練室に入った。中にいるのは海斗と迅と風間の三人。トリオン体で居るのは風間だけで、迅と海斗は私服のままだ。
オペレーター室で部屋をいじるのは三上と忍田の二人。忍田が中にいる三人に声をかけた。
『よし、じゃあ陰山くん。良いぞ』
「へいへい」
迅から風刃を受け取り、海斗はそれを手に取った。
「起動しろ」
「はいはい」
そう言うと、海斗は左手に黒トリガー、右手に自分のトリガーを手に持ち、自分の前にかざした。
四人とも頭上に「?」を浮かべるが、海斗は気にせずに黒トリガーを自分のみぎのお腹の前に突き刺すような仕草をとる。
「ビギィン! サイクロン」
そう声を低くして叫ぶと、今度はノーマルトリガーをお腹に挿した。
「ジョォォォカァァァッッ‼︎ でんでんでーん、ででででんでんでーん、ででででんでんでーん、ででででーん♪」
と、ノリノリで二人で一つの探偵に変身してる中、オペレーター室から冷静な疑問が飛んできた。
『三上、彼は何を?』
『おそらく、起動の仕方がわからなかったのかと。その場合、まず彼は人に聞かず、自分なりにやり方を探そうとする子なんです』
『まぁ、悪いことではないが……』
時間が惜しい。というか、少しイラっとした。それを察してか、迅が隣から声をかけた。
「海斗、風刃起動で良いんだよ」
「む、なるほど。ちなみに、黒トリガーだけど風刃の部分をとってサイクロンにしてみたんだけど」
「良いから早くしろバカ」
風間にも促され、仕方なく海斗は自分のトリガーをしまって黒トリガーを手に持った。
「風刃、起動」
直後、黒いトリガーからブレードが伸びて、10本の光の帯が生えた。
一先ず、適合と言ったところだろうか。しかし、海斗は何処か納得行かない様子。どうした? と風間が視線で問うと、不満げに答えた。
「これ、姿とかは変わんないの?」
「変わらない。安心しろ、身体はちゃんとトリオン体になってる」
「へー……なんか変身感なくて好きじゃないかも」
「お前は普段の戦闘体も私服と変わらんだろうが」
それもそうか、と、心の中で同意しつつトリガーを担いで、何もない天井に声を掛ける。
「これで終わりか? しのっさん」
『いや、すまないがもう少しだけ付きってくれるか?』
その声音は、さっきまでと違って真剣なものだった。流石に海斗も茶化すようなことは言えなかった。
『ここからが大事なんだ』
×××
ラウンジで一人、待たされていた小南は、椅子に座りながら退屈そうに足をパタパタと振っていた。その子供っぽい仕草とは裏腹に、表情は少し曇っている。
はっきり言って、帰っておけば良かった、と後悔していた。なーんでわざわざ待つ事にしたのか自分でも分からなかった。
いや、それは勿論、海斗の奢りだからだが、にしてもだ。別に後日にしておけば良かったのだ。
元々、落ち着きのない性格なので、こうしてると身体を動かしたくなってくる。
「あら、桐絵ちゃん」
「? あ、那須さん」
声を掛けてきたのは、那須隊隊長の那須玲だった。鳥籠、としてボーダーの射手の中でもトップクラスの頭を持ち、恐れられている。
「珍しいね。ここでのんびりしてるなんて」
案に「一人で落ち着いて座ってるの珍しいね」と言ってるわけではない。少なくとも那須にそんなつもりはない。
もちろん、そんな風に小南は受け取らなかったから、つまらなさそうに唇を尖らせて答えた。
「人を待ってるだけよ。今日、この後に晩ご飯を奢ってもらえるの」
「へー、それは良いね。誰から?」
「海斗」
「かい……? あ、ああ、陰山くんか……」
表情を曇らせる那須だった。どうやら、本当に女性戦闘員からは怖がられているようだ。
「あの、あいつそんな悪い奴じゃないわよ? 顔が怖いだけで、バカだし、アホだし、沸点低いし……」
「うん。分かるよ。じゃないと、桐絵ちゃんは仲良くしないもんね?」
「いや、アタシとは別に仲良くないけど」
「あ、あれ? そ、そーなの?」
どう見ても仲良さそうだし、今聞いた感じでもお互いの事、割と分かってるような感じだったのに真逆の事を言われ、少しうろたえてしまった。
「ま、あいつ女の子相手には手を上げないから、模擬戦は無理だと思うけど」
「意外と紳士なんだー」
「口の悪さは異次元だけどね。……あいつ、人の胸をサハラ砂漠だなんだって……」
「またすごい例えを……」
「大体、女の子の身体的特徴に触れるのは絶対ダメでしょ。自分だって、目つきを逆三角にしてる癖に」
「桐絵ちゃん、小さいもんね」
「何か言った?」
「ううん?」
微笑んだまま毒が聞こえた気がしたが、今は愚痴ってスッキリしたい。
「それに、玉狛に来たらまず私に喧嘩を売るのよ。この私に勝てるはずないのに、性懲りも無く」
「そうなの?」
「そうよ。まぁ、調子が悪い時は6-4で負けることも極稀にない事もないけど」
それはすごい、と少し感心した。恐るべき喧嘩スタイルとトリオン体を扱うセンスだ。それと共に、小南の言い訳のレベルの低さをちらっと痛感したり。
「とにかく、あいつムカつくから。仲良くは絶対にないんだから」
「分かったよ、もう」
頷くと、小南は満足そうに大きく頷いた。すると、ラウンジの扉が開き、噂をすればと言わんばかりのバカが姿を現した。
「……あ、戻ってきた」
「じゃ、私は失礼するね」
「うん、お疲れ様」
那須と別れ、席から立つとこっちに歩いてくる海斗の方に向かった。
「遅いわよ」
「俺じゃなくて風間と忍田さんと迅に言え」
「迅? あんた、何してたのよ」
「なんか風刃の適合テスト」
「ああ、なるほどね」
そんな話をしながら、小南の言う飯屋に向かった。
「で、どうだったのよ?」
「適合したよ」
「あら、そうなの? 良かったじゃない」
「良かったのか?」
「今は迅のものだけど、何かあったらあんたがS級になれるかもしんないってことよ」
「へー、S級なんてあるんだ」
「知らなかったの?」
「知ってるわけないだろ」
「むしろ知らないはずがないんだけど……」
呆れながらボーダー本部を出て、連絡通路に入った。中は一本の道になっていて、電気が入り口までの道のりをパッと灯す。
「S級はほとんどA級隊員みたいなものだからお給料もつくし、部隊に入らなくても済むし、悪くないわよ割と」
それを聞いて、廊下を歩く海斗の足が止まった。それを不審に思った小南が「どったの?」と言うように片眉をあげる。
「……給料、だと?」
「そうだけど?」
一度は諦めたはずだった。自分にチームを組むのが不可能である以上、安定した給料など無駄であると。たまに出るボーナスで満足しておこうと。
だが、ここでまさかこんな簡単に給料をもらえる道が提示されるとは夢にも思わなかった。あの黒トリガーさえ手に入れば、安定した金が入る。それも、ソロのまま、だ。
しかし、もちろん弊害はある。迅本人だ。奴が生きている以上、風刃は手に入らない。
「……始末するしかないか」
「何怖いこと言ってんのよ! 言っておくけど、風刃は迅の師匠なんだから、バカなこと考えるのは辞めなさいよ⁉︎」
「え、そうなの?」
そういえば、黒トリガーは人間の全部を注ぎ込んで作ったものだ。それが知り合いの遺品であっても何一つおかしい話ではない。
「……なるほど。割とマジな遺品なわけか」
「そうよ。よっぽどなことがない限り、迅は手放さないから。S級は諦めなさい」
他に黒トリガーが出る事を待つわけにもいかない。諦めた方が良いのかもしれない。儚い夢だった。
「でも、それならなんで起動試験なんてやったわけ?」
「決まってるでしょ。迅に何かあった時のためよ」
「何もないだろ。どれくらいやる奴なのか知らんけど、緊急脱出があんだから」
「バカね。黒トリガーに緊急脱出があるわけがないじゃない」
「え、そうなの?」
「そうよ。黒トリガーはボーダーが作ったトリガーじゃないから。当然、緊急脱出どころかシールドも無いんだから」
「……なるほどな」
相槌を打ちながら、連絡通路を出た。外は暗くなっていて、街から出ている桜と月明かりが上手いことマッチして、とても幻想的な風景になっているが、花より団子の二人には関係ない。
早い話が、風刃はかなり上級者向けのトリガーなのだ。未来視のサイドエフェクトを持つ迅悠一なら相当の実力者が相手でない限りシールドなど必要ないし、それ以外にも元々の剣の腕など様々な面で相性が良過ぎるわけだ。
「つーか、何処で飯食うの?」
「黙ってついて来なさい。すごい名前のお好み焼き屋を見つけたから」
「すごい名前、ねぇ……」
釈然としないながらも、二人で夜道を歩いた。
×××
お店の前に到着した。お店の名前は「かげうら」だった。
「……なるほど、そういうことね」
「そ。もしかしたら、って思わない?」
「思わねーよ。てか、あの野郎の顔を思い出しちまっただろうが」
「前からここの前通ると美味しそうな香りすごかったんだから。絶対美味しいわよ」
「聞けよお前」
良いから、と小南に背中を押され、入店した。
「いらっしゃいませー」
中に入ると、脳裏に浮かんだムカつくチリチリ頭は出て来なかった。出迎えてくれたのは、エプロンをつけた女性だ。そのことに海斗はホッと胸をなでおろし、小南はつまらなさそうに舌打ちをした。
「二名様ですか?」
「はい」
「こちらのお席へどうぞ」
そう言われ、案内された先に向かう途中、見覚えのある二人組と目があった。
「……あ」
「あら?」
「……お」
「……武天老師様?」
村上鋼と、黒江双葉だった。