双葉が村上に連絡を取ったのは、個人ランク戦が終わった後、加古と話してすぐのことだった。
何故、村上にしたか、というのは色々と理由があるが、まずは海斗のことを知ってる人物になる。その時点でメンツは米屋、影浦、出水、太刀川、国近、村上、荒船、小南と別れる。東隊のメンツもあるが、双葉はその辺と海斗が知り合いのことを知らなかったし、双葉自身も絡みがない。
で、その時点で米屋、影浦、太刀川、国近、小南は論外である。
残りは出水、荒船、村上だが、この前のゲームの時に一番、会話したのが村上だったから村上に頼むことにしたわけだ。
すぐに合流することができて、村上が良い場所あるというから、影浦の店に入った。ここなら海斗は絶対来ないと思っての判断だった。
「で、話って?」
「実は……私、加古望さんにチームに誘われてまして」
「……へぇ、良かったじゃないか」
加古望の事は村上も知っていた。射手ながら、スコーピオンとテレポーターを使い、近距離戦もこなせるA級隊員だ。以前は東率いる東隊に所属していて、A級部隊に身を置いていたこともあり、実戦経験も豊富だ。
双葉自身、そのチームに誘われたことは嬉しい。A級隊員に実力が認められた、という事だし、B級をすっ飛ばしてA級に上がれるのだから尚更だ。
しかし、だ。それでも双葉にはB級に上がった時点で考えがあった。
それに関して、中々、言い淀んでいる双葉を見て、何となく察した村上が声をかけようとした時だ。
「前からここの前通ると美味しそうな香りすごかったんだから。絶対美味しいわよ」
「聞けよお前」
そんな会話と共に入店する影が見えた。聞き覚えのある声だった。
「……あ」
「あら?」
「……お」
「……武天老師様?」
バカ達が入ってきやがった。
×××
「で、なんでお前ら一緒にいたの? ロリコン?」
開口一番の失礼な質問にも、村上は一切、不愉快そうな表情は浮かべずに首を振った。
「違う、陰山。黒江から相談を受けていたんだよ、俺は」
「おい、双葉。どういう事だ。師匠に相談せず、何故村上に相談する?」
「そんなの簡単な事でしょ。あんたより、鋼さんの方が頼りになりそうだからよ」
「お前に言われたくねーよ機械音痴」
「それは今関係ないでしょうが!」
「落ち着け、小南。飯中だ」
怒る小南を嗜める村上。ここにいたのが村上で良かった、と双葉は割と本気で思ってみたり。
「ていうか、そっちこそ何故ここに? 小南はともかく、陰山がここに来るのが意外で仕方ないんだが」
「なんでだよ。お前、俺お好み焼き超好きだぞ。8位くらいだ」
「それ超好きなのか?」
「バカヤロー、数ある料理の中で8位はかなりトップだろ」
7位のもんじゃ焼きが未だにお好み焼きを抑えている。超どうでも良いが。
「てか、意外ってなんで」
「そりゃ、ここはカゲの実家だからな」
「え、そうなん?」
「そうだよ。知らなかったのか?」
「……え、じゃあ俺、今あのアホの実家でこのアホに奢りで飯食いに来てんの?」
「奢りなのか?」
「プフッ……!」
アホと言われたのにも関わらず、小南はあからさまにバカにしてるように吹き出した。それほど、海斗の今の状況が面白かった。宿敵の店で別の宿敵に飯を奢るとか面白過ぎる。
しかし、意外にも海斗は小南をひと睨みしただけで何かそれ以上に言うことはなかった。
「じゃあ陰山、俺と黒江の分も頼む」
「ふざけんなバーカ。テメェ歳上だろうが。お前が奢れ」
「冗談だよ。だから奢らない」
「宣言すんな」
そんな話をしてる間にお好み焼きが焼けてきた。一人、中々会話に混ざらなかった双葉がコテを手に取り、切り分けようとしたが、その手の上に海斗が手をのせる。
「いいよ、俺がやる」
「いえ、武天老師様にやらせるわけには……」
「バカ、こういうのは男がやるって縄文時代から決まってんだよ」
そう言うと、強引に会話を打ち切ってコテを自分のものにし、切り分け始めた。
「前から思ってたけど、海斗ってなんでそんな男だ女だうるさいわけ?」
「ああ?」
「別にお好み焼き切り分けるくらい、誰がやったって誰も何も気にしないわよ」
「バカ、そういう問題じゃねーだろ。『好きなダムは何?』『ガンダムです』って言ってるレベルで的外れだ」
「あんた、前々から思ってだけど喩えが下手すぎて分かんないわよ」
「俺のポリシーの問題だ。例え、相手が小南でも女がいる場合は男が面倒なことをする、それだけだ。……おら、双葉」
四分の一に切り分けたお好み焼きを、双葉のお皿の上に乗せる。
「あ、ありがとうございます」
「ちょっと、例え私でもってどういう意味?」
「はい。村上」
「ちょっと聞い……そこはレディファーストじゃないわけ⁉︎」
「バカヤロー、村上は先輩だろうが」
「いやいや、あんた言ってる事滅茶苦茶よ! てか、私をからかってただけでしょ⁉︎」
「正解っ」
「ムカつく!」
村上の後、小南に、そして最後に自分のを切り分けた。マヨネーズが嫌いな海斗は、ソースだけをお好み焼きにブチまけ、口に運んだ。
「ん、美味っ」
「ほんと、美味しいわねこれ……」
「だろ? 割とボーダー隊員はここ来るぞ。俺とか荒船とか……あと影浦隊のメンバーも来るな。他にも結構、来てるんじゃないか?」
その「結構」は多分、影浦の事を怖がらない上位攻撃手や歳上の人達なんだろうなぁ、と思いつつも、海斗は口にしなかった。今はお好み焼きの方が優先だ。
もっさもっさと呑気な顔してお好み焼きを食べてる海斗を見ながら、双葉は小さくため息をついた。なんか、この調子じゃ村上に自分の相談が出来そうにないな……と。
相談の内容が内容なだけに、師匠の前では何と無くしづらいし。
すると、さっさと食べ終えた海斗が二枚目を焼くために再びタネを鉄板の上に流し込んでると、村上が聞いた。
「そうだ、陰山」
「何?」
「お前、黒江の修行、蹴りやパンチは教えてないんだって?」
「ボフォ!」
「双葉ちゃん⁉︎」
唐突に噴き出した双葉のお好み焼きが海斗の顔面に掛かった。海斗にその手の性癖はないので全然ご褒美ではない。無言でティッシュで顔を拭いてると、小南がティッシュを取ってくれた。双葉に。
「大丈夫? 口元に飛沫が飛んでるわよ?」
「おい、まな板。そっちじゃねえだろ」
「当たり前のように失礼な比喩表現するのやめなさいよ!」
そういつものノリで喧嘩を始める二人を差し置いて、双葉は村上の袖を引いた。
「ち、ちょっと……村上先輩……!」
「ここで話しといた方が良いだろ。どの道、本人に聞かなきゃならないんだ。今日、受けてる話とも噛み合う話だし、隠してても仕方ない」
まぁ、代わりに聞いてくれるのはありがたい。今のヒソヒソ話は全然、聞かれていなかったが。
村上が喧嘩中の流れを全く無視して海斗に聞いた。
「でも、黒江はそれを教えて欲しいんだって」
「オラ! どうよ!」
「全然痛くない」
「聞けよ、お前ら」
グリグリとヘッドロックされてる海斗だが、全く涼しい顔を浮かべている。割とマジで痛みを感じてないって顔だ。
村上が口を挟んだことによって、その絞め技は一時、中断される。
「陰山、教えてやるわけにはいかないのか?」
「いかない」
「そ、即答ですか……」
双葉が顔をひきつらせるが、海斗は返事を変えようとしない。とりあえず、その理由を説明し始めた。
「そもそも、殴る蹴るって孤月だとあんま意味ねーんだよ」
「どういう事ですか?」
「そのままだろ。スラスターと違って打撃の威力が上げられるわけでもねえし、スコーピオンみたくどっからでも出せるのを利用し、ブラフに使えるわけでもねぇ。人間相手なら多少、吹っ飛ばせるが、トリオン兵をただの蹴りで蹴っ飛ばせるか?」
「あんたたまにやるじゃない。ダルマにしたモールモッドでこの前、リフティングしてなかった?」
「そりゃダルマにしたからな?」
「飛んでるバドをオーバーヘッドキックで地上に落としたこともあったな」
「……あれはむしゃくしゃしてたから。てか、村上。余計なこと言わないで」
「あ、あとアレもあったわよね。スラスター使ってたけど、バンダーの首にしがみついて背負い投げとか……」
「おい、お前らわざとだろやめろ。黒江がとても目をキラキラと輝かせちゃってる」
割とバイオレンスな技が好きなのだろうか、この小娘は。カンフー映画に憧れてる中学生のような目をしていた。
「とにかく、黒江。孤月使いのお前にその辺は……」
「じゃあ、レイガストかスコーピオンを教えてください!」
「それもダメ。まだC級だろうが」
「では、B級になったら……!」
「いーやーでーすー! じゃんねんでしたー」
煽るような返事に、双葉は少しイラっとしたが、ここは抑えた。しかし、理由を聞かずには引き下がれない。
「せめて理由を教えて下さい」
「だから、孤月使いの場合はあんまり旨味が……」
「……それだけじゃ無いですよね。基本、師匠の教えって根性か『慣れろ』だけなのに。そんな立派な理屈、立てる方がおかしいです」
「なるほど」
「一理あるわね」
目の前の三人が自分をどう思ってるのかよく分かってしまった。何処までバカだと思われてるのか小一時間ほど掛けて問いただしたいところだが、なんか三人の雰囲気がそんな感じではない。
「答えてあげなさいよ、海斗」
「師匠だろ。そういうのは言ってやった方が良いぞ」
「……お好み焼きひっくり返さないと」
「俺がやるから」
「師匠なら、弟子の質問には答えてあげなさい」
小南にグイっと肩を引っ張られる。席は海斗が壁際だし、とても逃げられない。
観念したようにため息をつくと、海斗は目を逸らしながら答えた。
「……まぁ、その……何? 嫌われるでしょ。拳なんか使ったら」
「は?」
「小南、お前ならどうだよ。戦闘の途中で殴られたりなんてしたら。斬られて負けるのとはわけが違うだろ」
「それは……まぁ?」
「特に、俺のスタンスは顔面とか股間とか鳩尾とか的確に狙うし、それを女の子の黒江にやらせるわけにいくか」
海斗はそう言いつつ、目を逸らした。
双葉は目を丸くして瞬きを繰り返した。
小南も意外そうな顔で唖然とした。
村上は何となく気付いていた。
「……あ、あんた……親バカ……いや、師匠バカなの?」
小南が、もはやからかう気も起きずに呆れたような声で言った。海斗は目を逸らしながら言い訳をするしかない。
「うるせーな。親がやりたい放題やって、そのツケを追い回されんのはうんざりだ。俺ぁ、教えて良いものと教えちゃいけねーもんは弁えてんの」
「心配し過ぎでしょ……。別に、殴られたくらいで腹を立てるボーダー隊員なんていないわよ」
「うるせー! テメェにも弟子が出来りゃ分かるわ! 何かあったら俺の所為になっちまうんだから!」
「そんな気負う事ないわよ。どうなろうと、ボーダーじゃ問題ないわ。極端な話、どんな事したって戦闘訓練の一環なんだから。むしろあんたの方が態度改めなさいよ。可愛い弟子に変な噂が立つかもしれないじゃない」
「大丈夫だ、黒江は良い子だ」
「目付きの悪さとかあんたそっくりだけどね。それでも可愛さが違うけど」
「ああ? 黒江の悪い噂を立てる奴らがいたら全員八つ裂きに……」
「そこまでにしておけ、陰山」
そこで、ようやく村上が口を挟んだ。何事かと二人揃ってそっちを見ると、村上の隣の双葉が顔を赤くして俯いていた。
「あんまり褒めちぎってやるな。ある種の公開処刑だぞそれ」
「「……」」
キッとバカ師匠を睨む双葉。弟子にそこまで睨まれたのは初めての経験だったからか、海斗を押し黙らせるほどの気迫があった。
「あーあ、私知ーらない」
「いやお前も原因だろ!」
「これはもう教えてあげるしかないんじゃない?」
「それとこれとは話が別だろ!」
「でしたら、武天老師様」
唐突に口を挟まれた。顔を赤くしたままの双葉が、今しかないと言わんばかりに聞いてきた。
「私、B級に上がったらレイガストを覚えます」
「……えっ」
「レイガストと孤月の二刀流を目指したいです。ですので、正隊員になったら、教えて下さい」
「……えー」
顔をひきつらせる海斗。小南と村上を見たが、二人とも首を横に振った。
「それなら良いんじゃない? レイジさんもやってるし」
「そうだな。レイガストパンチなら、変な風評被害も出ないだろう」
「……お前らなぁ……」
……ダメそうだ。これはもう断れる流れではない。武器を用いた攻撃方法だし、確かに大丈夫かもしれないが……。
「怖がられたり」
「しないから。あんたと違って可愛いし」
「そうだな。陰山だから怖がられてるとこもある」
……やはり、逃す気は無いようだ。ここらが折れ時なのかもしれない。
「……わーったよ……」
「! 良いんですか⁉︎」
「まぁ、うん。もう良いや」
まぁ、たしかに双葉に殴られるのは一部からはご褒美かも知んないし、と納得することにした。
さっきまで頬を赤らめていた双葉は、今度はニコニコと嬉しそうにし始めた。仏頂面の時と変わって分かりやすい子である。
そんな双葉に、村上がお好み焼きを切り分けながら、肘をつついて促した。本題に入るためだ。今の流れなら、それを言うのにもってこいのタイミングだ。
「あの、武天老師様」
「界王様」
「え?」
「俺が今から教えるのは界王拳って名前にするから、今日からは界王様です」
「分かりました。界王様!」
「いやいやいや、分かるなよ」
「ツッコミなさいよ、双葉ちゃん。そいつ、付け上がるわよ」
と、無駄なやり取りの後、双葉が瞳を輝かせたまま声をかけた。
「あの、界王様!」
「俺に話しかけるときはまずダジャレを言うように」
「それは流石に面倒臭いです」
「え? あ、うん」
「実は、もう一つご相談が」
「何? 界王様に一体、どんな相談が?」
「実は、A級部隊の隊長さんにチームに誘われまして」
お好み焼きを村上に分けてもらいながら、そう告白すると、海斗はしばらく真顔になった。
双葉は確かに強い。スカウトされてもおかしくない。しかし、それでもまだ中学一年生だ。東や風間によく言われるが、個人が強けりゃ良いってものではない。戦略や戦術が重要なのだ。
にしても、中学生の幼女に声をかけると言う事は……。
「ロリコンか。そいつを殺す」
「いや、違います。加古さんは女性の方です」
「あら、加古さんから誘われたの? 良かったじゃない」
口を挟んだ小南に「知ってんのか?」と視線で問うと「逆に知らないの?」とすっごい小馬鹿にされたような顔で見られた。
「元A級一位部隊の射手よ。大ベテランじゃない」
「過去の栄光に興味ないんで。加古だけに」
「下らないこと言わないの。本人が聞いたら……いや、割と笑いそうな気もするけど」
しかし、女性が相手、それもベテランなら海斗も安心出来る。変な目には遭わないだろうし、自分では教えられない戦術についても学べるだろう。
「行けば良いじゃん。なんで悩んでんの?」
「っ、そ、それは……」
聞くと、突然言いづらそうに歯切れが悪くなった。それを見て、海斗も小南も頭上に「?」を浮かべる。
どうしたものか、双葉は悩んだが、さっきのお願いもなんだかんだ妥協してくれたし、もしかしたら聞いてくれるかも、と思い、勇気を振り絞って言った。
「界王様も、私と同じチームに」
「ワリムリ」
「なんでですか⁉︎ ていうか早いですよ!」
ガビーん、と音がしそうなほどショックを受けた双葉は大きなツッコミを入れた。
「その加古って人は俺知らんし。女の人が隊長ならなおさら無理でしょ俺が入ったら」
「で、でしたら、界王様が組む部隊に私が」
「ほれふぁ……もぐもぐっ、ゴクン。やめておいた方が良いわよ」
お好み焼きを食べていた小南が口を挟んだ。
「そこのバカが隊長なんてやったら終わりよ」
「どんなに有能なチームメイトが集まっても秒で散るわ」
「テメェに言われたくねえよバカ」
そう言い返したものの、あながち間違いではない。海斗自身、戦術なんて考えるのは真っ平だ。それよか、切り込み隊長でもやって大暴れしてる方がよっぽど性に合ってる。
しかし、黒江は納得いっていないようで、海斗をジトーッと睨んでいた。それに対し、海斗は仕方なさそうにため息をつくと、真剣な表情になった。
「黒江、なんで俺が武天老師と名乗ったか分かるか?」
「ドラゴンボールが好きだからですか?」
「それもあるが違う。俺がそう名乗ったのは、早い話がお前と戦うためだ」
「へ……?」
ポカンとする黒江に、海斗は続けた。
「武天老師……つまり、亀仙人は弟子の成長を見届けるため、ジャッキー・チュンと名乗って大会に出場した。俺は、それがやりたかったんだ」
村上は「こいつ何言ってんだ?」と言った顔になってるが、双葉とついでに小南も興味深そうに頷いている。そもそも、今は界王だ。
「他所の隊に行って、俺の元で習った技と、俺以外から教わった技を組み合わせ、自分のスタイルを持って俺にぶつけて来い」
「……はい!」
いつのまにかやる気満々になった双葉を前に、海斗はようやく一息ついた。
そんな海斗を眺めながら、村上は思うしかなかった。これでこいつ、何処かの部隊に入らなきゃいけなくなったがどうする気なんだ? と。