ボーダー内の模擬戦ブース。転送された仮想の街には、当然だが人影はない。
しかし、街そのものは本物に見えるくらいで、空には雲と太陽、道路には止められた車、微量な微風すら吹かせられていた。何処かの公園から野球ボールを追いかけて、手にグローブをはめた少年が走って来てもおかしくないような、そんなリアルな作り物の風景に、海斗はいつのまにか普通に慣れていた。
ホント、人は案外「これでも良いか」と空気に流されやすい生き物だ。
さて、何故、海斗はこんな所にいるのか。それは、こっちも聞きたいくらいだった。
「はぁーあ……」
『おい、海斗』
通信越しに声が聞こえる。一番、ムカつく相手、影浦雅人だ。
『ため息をつくな。状況分かってんだろうな』
「わーってるっつーの」
『真面目にやれ。テメェに出番があるかはしんねーけどな』
「それも分かってない」
海斗と影浦は、同じチームで身構えていた。
×××
事の発端は、やっぱり影浦との事だった。仲良くなった、という噂が広がり、忍田本部長によってお互いの模擬戦が解禁された。
勿論、海斗も影浦もお互い殺したくて殺したくて堪らない間柄なため、早速模擬戦開始。
しかし、その戦闘の様子がまた酷かった。場所は市街地Dという特殊なマップなのだが、早い話がデパートなどの高い建物が多く、横に狭い割に縦に長いマップなのだ。
お互い、遭遇したのはデパートの中。そこから、何があったのかは分からない。
しかし、海斗と影浦の衝突はかなり激しく、建築物内のガスや車に火花が引火したりして爆発を巻き起こし、市街地Dのほぼ全域が焼け野原のようになってしまった所で止められた。
止められた時点で影浦は片耳と左腕と脇腹が無くなり、左脚はスコーピオンの義足の状態で、海斗は右顔四分の一が消し飛び、両脚はスコーピオンの枝刃による義足、片方の拳にレイガストを握らせている状態だった。身体に刃の切り傷や穴なんていくつあるのかわからない程だ。
トリオン体であってもグロい。これで1本目なのだから、止められないはずがない。この後はどんな地獄が待ってるのかわからない。
「お前らはなんでそんなズタボロになるまで戦うんだ?」
呼び出された二人は忍田にお説教を受けていた。
「普通、そこまでやられたら撤退し、次の一戦にかけるだろう。緊急脱出があるとはいえ、引き際を弁える事は、戦場でも必要だぞ」
「「こいつに負けるのだけは絶対嫌だからです」」
「トリガー使いの戦闘で耳を口で喰い千切るなんて初めて見たぞ。というか、何故、緊急脱出しなかった? あれだけズタボロになったら緊急脱出するだろう」
「穴が開いたらスコーピオンや手でトリオンが止まるまで応急手当てした」
「長く戦うに連れて、まずトリオン漏出を防ぐのが重要になるから」
「止まるまでの間は片方のトリガーで戦う羽目になったけど」
「やり返せば相手もそうせざるを得ないわけだし、武器を減らせる」
「……」
どうしたものか、と忍田は悩んだ。確かに、戦闘で最後まで残った場合、そうして戦う必要があるかもしれない。
しかし、まだ味方が生きているのなら。或いは他の部隊が同行してるのなら。毎回毎回、そんなボロカスになるまで戦っていたら、いつか保たなくなる。
……まぁ、多分だが影浦と海斗が向かい合ってる時じゃなきゃここまでやらないだろうが。
なんにしても、他の隊員……特に未来のボーダーを支えるC級隊員に悪影響だし、影浦はともかく海斗はそろそろ、協力や他人に任せる事、引き際を理解する時だ。弟子もとったらしいし。
「影浦、陰山」
「「?」」
「少し、時間をもらうぞ」
×××
そんなわけで、突如始まったのは模擬戦だった。それも、木崎レイジとだ。
言わずもがな完璧万能手であり、玉狛の隊長である。一人で一部隊並みの戦闘力を持ち、トリガー自体も改造されたもので、左右に合計13個のトリガーをセットしている。
そんな人物に対し、海斗と影浦は二人でチームを組んで、10本中1本でも良いから勝利しなければならない。出来なければ影浦隊は解散、海斗に至ってはC級降格と命じられた。
それは非常にまずい。防衛任務に参加は出来なくなるし、C級ランク戦ではまた戦いを挑まれない生活に逆戻りである。何より、弟子がA級で師匠がC級であることは笑えない。
『二人で組んで勝て』
シンプルな命令だったが、嫌に海斗の頭に残った。
オペレーターは月見蓮が引き受けてくれた。影浦は今回のことをチームメイトに知られたくないのか、自分の所のオペレーターを呼ばなかったからだ。
海斗と影浦が通信で会話しているのを聞いて、月見の声がオペレータを開始した。
『レイジくんはバッグワームを着ていないわ。街の中で堂々と歩いてあなた達を探してる』
「はいよ。じゃ、俺がさっさと終わらせて来るわ」
『何勝手に決めてんだコラ。先にやんのは俺に決まってんだろ』
「アア⁉︎ テメェ状況分かってんのか? 一回も勝てなかったら減点だぞコラ」
『こっちのセリフだボケ! テメェは引っ込んでやがれ。俺が一人で片付けてやるよ!』
オペレーターからの仲介はない。よって、二人とも口喧嘩を続けていた時だ。
月見の声が聞こえた。
『陰山くん』
「アア⁉︎」
『警戒』
「は?」
その直後、ドドドドッと発砲音が聞こえた。振り返る前にしゃがみながら民家の壁際に移動する。
機関銃のアステロイドが放たれていることに気付いた。
「チッ……なんで見つかったよ……!」
『あなた、バッグワーム着ていなかったもの』
「ああ、忘れてたわ」
しかし、バレてる以上はバッグワームを着ても仕方ないと思い、建物を壁にしてレイジの方を見る。建物越しであっても、海斗のサイドエフェクトなら丸見えだ。
さて、どうするか。とりあえず、あの銃撃は何とかせねばならない。ならば、正面から突っ込まない事だ。壁を登り、ジャンプして民家の屋根に上がり、真上から突撃しようとした直後だ。
レイジは上に追尾弾を放って来ていた。
「!」
重さのあるレイガストより、スコーピオンで落とした方が良い。銃弾を正面から弾いてると、屋根を突き抜けてアステロイドが迫ってきた。
左脚に何箇所か穴が空いたため、機動力が下がる。直後、足元が消え失せた。アステロイドによって屋根に穴があき、海斗の足場が落とされたのだ。
「グッ……!」
家の中に落ち、恐らく寝室に落ちた。海斗は何とか受け身をとって着地するも、レイジからの射撃は止まない。ハウンドが天井の穴から追ってくる。
海斗は天井にレイガストを向け、シールドを広げて一時的に蓋をした。
その隙に部屋の扉をあけてスコーピオンで床に穴を空け、下に降りると壁を切り裂いて家を出た。
レイジのオーラが出ている方に走り、庭の塀に穴を開けて一気に距離を詰める。
「よう」
「きたか」
しかし、レイジの両手にはレイガストが握り込まれていた。完全にやる気である。
誘い込まれたが、このスタイルなら海斗にとってもありがたい限りだ。スコーピオンを拳サポーターのように構えて突っ込み、レイジは一歩下がって構えた。
カウンター狙いだろうか? 怪訝に思いつつも斬り裂いた塀を通り抜けようとした直前、足に何か引っかかった。
「ん?」
ワイヤーだった。そしてその先には、炸裂弾のトリオンキューブ。
爆発し、海斗の身体は吹き飛んだ。
×××
「カカ、あのバカやられてんじゃねえか」
少し遠巻きでその様子を見ていた影浦は、バッグワームを装備して余裕まんまで見物していた。
さて、どうするか。今の様子を見ている感じだと、正面から挑んでも勝ち目はない。火力差に押されて終わりだ。
なら、後方から奇襲を仕掛けるに限る。建物を利用して移動を開始した。
影浦はサイドエフェクトによって、相手が自分を意識しているかが分かる。バッグワームを利用してるからレーダーには映らないため、すんなりと背後を取れた。
「……チッ」
しかし、思わず舌打ちが漏れた。何故なら、レイジのいる場所はスパイダーが張り巡られていたからだ。
レーダーによって視界に入らなくとも場所を把握出来る事を逆手に取られた。人数の不利があるのにも関わらず、レイジがバッグワームを使わなかったわけだ。
だが、狙撃手も銃手もいないため、自ら中へ飛び込むしかない。
「……面白ぇ」
挑むなら、直線勝負だ。影浦は目に見えるワイヤーを把握すると、それらを避けて一気に突撃した。
「!」
気付いたレイジは、影浦の一閃を回避する。手に持っていた突撃銃が斬り裂かれたが、すぐに両手にレイガストを装備して構えた。
重さのあるレイガストだが、スラスターを多用すれば追い付かなくもない。
しかし、相手は影浦だ。攻撃の速さは知っている。そのため、近接戦はなるべく控えめにした方が良い。
シールドモードをメインにし、スラスターと織り交ぜて上手く切り替えてガードしつつ下がる。頬や腕を掠める事はアレど、どれも致命傷には程遠い。
退がりつつ、さっき海斗が空けた塀の穴に入り、構わず追ってくる影浦の一撃を横に緊急回避しつつ穴を空けられた家の中に飛び込む。
そこで手の中のレイガストを地面に置き、2メートルくらいの壁状にして置いて、まずはマンティスを防ぐと、片手のレイガストを機関銃に切り替えた。
「アア?」
影浦が追ってきた直後、レイガストの一部に穴を空け、そこから銃口を覗かせる。
ドドドドッという重低音が耳に響き、影浦はシールドを構えてガードしつつ下がった。最近はシールドの硬度が上がってるとはいえ、相手は機関銃のアステロイド。いつまでも空けられるものではないが、弾も同時に複数箇所に飛んでくるため、下手に横にも避けられない。
影浦の脚が止まったのを視認すると、壁にしたレイガストを縮め、クワガタの大顎のような形にシールドを伸ばした。
「⁉︎」
「スラスターオン」
それが影浦に迫り、腹を捉えて塀の穴を突き抜けて向かいの民家の壁に縫い付ける。
「チィッ……‼︎」
壁を削って回避しようとした影浦だが、遅かった。レイジは銃口を傾けて影浦の頭を狙い撃ちにし、二人目の標的を薙ぎ払った。
×××
戻った影浦は、海斗の方を見た。ドヤ顔を浮かべていた。頬に青筋を浮かべていた。
「プークスクス。負けてやんの」
「テメェが言うなボケ! 一発も当てずに落ちた奴の言うセリフかコラ!」
「テメェ見てたのかよ⁉︎」
「テメェの負けっぷりを見てねえはずがねえだろうがバーカ!」
「二人とも」
そこに口を挟んだのは月見だ。呆れ気味の月見が、バカとバカに言い放った。
「二戦目よ。早く行きなさい」
「へいへい」
「おい、その前にどっちが先に行くか決めようぜ」
「先に当たった方で良いだろ」
「なるほど。上等」
そう言って、二戦目に臨んだ。
×××
「珍しいことしてますね」
モニター越しに海斗、影浦とレイジの戦闘を見ていた忍田に、後ろから迅が声を掛けた。
「一隊員のために、わざわざ模擬戦を命じるなんて」
「そうか?」
「はい。レイジさんも意外そうにしてましたよ」
「そうか……まぁ、そうだな。普段なら気にしないかもしれないが、陰山は私としても無視できない戦闘力を持っている」
ボーダーは基本的に実力主義だ。だから、C級の時点で才能がある者にはボーナスを付けるし、ランク戦もハンディキャップなどは無く、強い者や部隊が勝ち上がり、高ランクへと駆け上がっていく。
従って、かつて二宮隊隊長の二宮匡貴を東隊に入れた事で戦術を教えたように、実力者にはその力をもっと活かしてもらうため、上層部からヒントを与えることもある。
「そうですね。玉狛だと、小南と斬り合ってホントにたまにですけど勝ち越す事もあるみたいですし」
「なるほど……それは予想以上だ」
小南桐絵は一人で一部隊並みの戦力を持つという。それに極稀とはいえ勝ち越すのはマグレじゃ無理だ。
「でも、もし負けて降格になっちゃったらどうすんですか?」
「それなら、それまでだっただけの話だ。どちらにせよ、我々はトリガーの性能が他国に劣る以上、個の力より部隊の力を重要視している」
協調性のない者は、むしろ戦場をかき乱し、ピンチになることもあるかもしれない。そんな人材はどんなに個人的に優秀でも必要ない。
しかし、小南と渡り合える駒には、願わくばこれを機にチームワークを覚えてもらえれば良いが。
「今後、彼がどのチームに配属になるかは分からないが、他の部隊と組む事もあるし、第一次侵攻の時のような事があった場合、黒トリガー使いでもない限り、一人で動く事はほとんどない。誰かと連携しなければならない時が来る」
「そうですね。……特に、海斗は無茶するタイプだから」
「何か視えたのか?」
「いや、まだ分かんない。ただ、割と良くない未来がチラホラと視えてる」
未来視のサイドエフェクトは万能ではない。無数の未来がいくつも、枝のように分かれて見えている。だから、それが確定的なわけではない。
迅は海斗と仲が良いわけでは無いし、むしろたまにイラっとする。しかし、あのバカはチームメイトである小南のお気に入りだ。見捨てるわけにはいかない。
「……ちなみに、迅。この模擬戦の結果はどうだ?」
「五分五分ですね。あの二人、よっぽどバカなんで」
「なるほど」
二人が見据えるモニターでは、海斗と影浦はまた簡単に蹴散らされてしまっていた。
そもそも、なんでこいつらは一人ずつ向かって行っているのだろうか。このままでは、二人に勝機はない。
迅も忍田も、険しい表情のまま見守り続けた。
×××
7戦目が終わった。今の所、海斗・影浦チームに勝ち星はない。
というより、いつもの調子が出ない。その正体は、二人は薄々気づいていた。
レイジが罠や銃撃によって上手く誘導することにより、二人との近接勝負を避けているからだ。
どういうわけか二人とも同時にかかって来ないので、そう誘導するのは容易かった。
残りの挑戦回数は三回。最早、海斗も影浦も悪口を叩き合うことすらなくなっていた。
奥歯を噛み締めた影浦が、仕方なさそうにため息をつくと海斗に口を開いた。
「オイ」
「何?」
「好きに暴れろ。俺がフォローしてやる」
「アア?」
「テメェにはレイガストがあんだろ。あれで野郎を引きつけろ」
「ざけんな。テメェにだけは借りは作んねーぞ俺は」
「バカ、俺がテメェに借り作るんだよ」
「は?」
キョトンと首をかしげる海斗。影浦は釈然としない様子ながらも答えた。
「俺は一応、チームの隊長だ。俺みてぇなのについて来やがる部下がいんだよ。こんなとこで解散するわけに行くか」
「……」
そう言う影浦の顔を見て、海斗はユズルと北添の顔を思い出した。たしかにあの二人は影浦を慕っていた。それは、自分に対して畏怖や怯えの色を出していない事からよく分かった。
自分の減点なんか恐れていない。目の前のチリチリ頭は、チームメイトのためにプライドを捨て、自分に共闘を持ち掛けてきたのだ。
「……チッ」
そこまで言われて仕舞えば、海斗も了承せざるを得ない。元々、ボーダーの活動は遊びじゃない。状況次第では、嫌いな奴と組むことになるかもしれないのだ。
ジロリと横目で睨むと、影浦に不機嫌そうに聞いた。
「俺がメインで良いのかよ」
「テメェが奴を引き付けろ。トドメは俺が刺す。レイガストがあんだろ。俺が死角から仕掛ける。そこから先は臨機応変にだ」
そのセリフに頷くだけで返事をすると、8戦目に転送された。
×××
8戦目、影浦は転送されてからマップを見た。レイジが一軒家で動いていないのが見える。
恐らくだが、ワイヤーとメテオラの罠を張り巡らせていることだろう。攻撃手のワイヤーの外から、ハウンドやアステロイドで狙い澄ましてくることだろう。
流石、歴戦の猛者なだけあって罠を張るのが早い。
どうしたものか考えたが、それを考えるのは自分ではなく海斗の役目だ。合図が来るまで待っていた方が良い。
その直後だ。かなり鈍い轟音が耳に届いた。何かと思って辺りを見回すと、レイジの潜んでる民家に車が3〜4台降ってきた。
「……は?」
直後、ドドドドッと爆発が民家を包む。トリオン体にトリオン以外の攻撃でダメージはない。つまり、爆発によって罠を民家ごと吹き飛ばしたのだ。
最後に一際大きな車……トラックが縦に降ってきた。その上には海斗が乗っている。
「……ハッ、派手な野郎だ」
だが、その思い切りの良さは嫌いではない。影浦は初めて、海斗に対しそんな風に思えた。
影浦は首をコキコキと鳴らすと、自分の仕事をしに向かった。
×××
罠地帯を粉々にされたレイジは、舞い上がった砂煙の中、片腕にハウンドのアサルトライフル、もう片腕にレイガストを構えた。
そして、辺りに銃口を振り回しながらハウンドをブチまける。自動的に敵に襲い掛かる追尾弾が煙の中、敵に襲いかかる。
その追尾弾の後を追った直後、煙の中からスコーピオンをまとった拳が伸びてきた。
「!」
それをレイガストのシールドモードで受け止め、ハウンドを近距離から放とうと銃口を向けた。
その銃口を、海斗は左手で掴んだ。当然、弾は放たれるが、左手に当たっているため追尾はない。
両腕を使わせた海斗は、その勢いでレイジの鼻の頭に頭突きを放った。
「グッ……!」
だが、レイジもやられっぱなしではない。レイガストのスラスターを起動し、強引に海斗を押し飛ばした。後方に吹き飛ばされつつ、海斗の左腕にはレイジから奪った突撃銃が握られていた。
後方に飛び立つ、脇にライフルを構えて引き金を引くが、弾が出ない。レイジがライフルのスイッチを切り変え、炸裂弾のトリオンキューブを手元に出現させたためだ。
「メテオラ!」
その炸裂弾を放とうとした直後だった。横から勢いよく突っ込んでくるマントが見えた。
影浦の鋭い一閃が、メテオラを出したレイジの右腕を斬り落とした。
「!」
「オラァッ‼︎」
さらに二発目を振るう影浦。完全に虚をついた上に、片腕は潰した。増してや、影浦の剣速は常軌を逸している。ムカつく連中に対し、マンティスの一撃を容赦なく振るって「何かしたか?」と惚けられる程度の瞬速を誇る。まず間違いなく獲った。海斗も影浦も
レイジの背中からアームが伸び、その先端のレイガストがそれを受け止めた。
「あ?」
間抜けな声が漏れた。斬り落としたと思ったら、また腕が生えてきた。こんなトリガーあったか? と影浦が片眉を上げたが、それは致命的な隙だった。
「全武装、起動」
レイジの冷酷な目が、真っ直ぐと影浦を見つめていた。
『警戒!』
月見の冷静な声が聞こえたが、遅かった。生えてきた腕は一本だけではなかった。というか、腕だけではない。左肩に砲門、右肩にミサイルポッド(多分)、左腕にアサルトライフル、なくなった右腕にすらシールドが装備されていた。
二本目の腕のレイガストがブレードになり、影浦の脇腹に振り下ろされた。
「ーッ‼︎」
ギリギリ、二本のスコーピオンを横に構えてガードしたものの、大きく横に薙ぎ払われ、壁に叩きつけられた。
「チィッ……‼︎」
その方向に、レイジは間髪入れずに両肩の武装のみで一斉射撃。
「雅人!」
横から海斗が地面を蹴ってレイジに襲い掛かるが、反対側の肩のレイガストのスラスターに薙ぎ払われる。
海斗のスラスターパンチとぶつかり合ったが、レイジの左腕が横に薙ぎ払われ、海斗のボディに炸裂し、殴り飛ばされる。
薙ぎ払った左腕には突撃銃が握られていて、そのまま発砲された。
「クソッ……!」
シールドを出し、その射撃をガードしながら民家の中に突っ込んだ。
民家の一室で尻餅を突きつつ、通信で問い詰めた。
「オイ、雅人! 無事か?」
『生きてる。左腕が死んだが、まだ動けるぜ。そっちは?』
「こっちは一応、五体満足。お前とは違うからな」
『言ってる場合かよ。どうすんだよ。つか、何あれ』
「知らねーよ。とにかく、やるしかねぇ。俺から仕掛ける」
『バカ、待て。あの火力だ。真っ直ぐ突っ込んでも殺されるだけ……つーか、お前バッグワーム着てる?』
「あん?」
その直後だ。部屋に使って大量の弾丸が降り注がれる。すぐに立ち上がって壁を切り裂き、転がり込んで回避した。
「クソッ……!」
『早くバッグワーム着てそこから離れて』
「わーってるよ!」
月見の声に従い、バッグワームを着て家の中を移動した。
『逃走ルートを表示するわ。その道を通って影浦くんと合流して』
「おうよ!」
『あとなるべくなら内部通信にしなさい。敵に会話を聞かれるわ』
『それどうやんの?』
『出来てるじゃない』
無駄口を叩きながら移動した。後ろからレイジが追ってくる様子は見えない。
全武装はトリオンの消費が激しいため、解除したのかもしれない。しかし、このまま距離を離せば、また罠を張ったりする時間を与えてしまう。
『……雅人。木崎さんは見えるか?』
『あ? いや、俺も今、撤退中だ。マップ見りゃ位置はわかんだろ』
『いや、また罠貼られる前にこっちから仕掛けた方が良くねえか』
『……』
言うと、通信の向こうの影浦は少し考え込むように黙り込んだ。
『……良いぜ。乗った』
『バッグワームを着たまま、道路を挟んで挟み撃ち。あとはその場のノリ次第で。これで良いか?』
『おう』
そう言って、二人は動き始めた。
×××
木崎レイジは、二人が撤退したのを見ると、武装をしまわずに辺りを見回していた。
レーダーに反応はない。バッグワームを着てるのだろう。時間を与えてくれるならありがたい。自分はまた罠を張り巡らせるだけだ。
車をいくつかぶん投げて引火させ、爆発させて罠を建物と木っ端微塵に吹き飛ばされた時は少し驚き、影浦の奇襲が決まり掛けた時は全武装を使ってしまった。
逆に言えば、自分にはこれ以上の奥の手はない。まぁ、それでも負ける気は無いが。
とりあえず、距離を取らせてくれたのなら、また罠を貼ろう……そう決めて市街地の民家に挟まれた一本道を歩いてると、影が自分を覆った。
飛んで来たのはまた車だ。さっきは初見で驚いたが、今回は読めていた。メテオラを放ち、降ってくる前に爆発させる。
その隙に、自分の前後から二人のバカ達が突撃してきた。
「……挟み撃ちか」
それも読めていた。肩の砲を海斗に向けて放ち、左腕の突撃銃は背後の影浦に向けて乱射した。
海斗はその砲撃をスラスターパンチで相殺し、影浦は射撃を回避しつつ接近した。
レイジがまず狙ったのは海斗の方だった。砲撃で動きが止まったのを視認すると、背中のアームのレイガストで海斗の腹を掴み、スラスターを用いて遠くに投げ飛ばし、そっちに砲門を向けた。
しかし、後方から接近してくる影浦がジャンプして民家の塀の上に乗り、走りながらマンティスを伸ばしたのが見え、砲撃を中断。
それを海斗に使っていない方のレイガストで弾くと、肩のポッドから弾丸を飛ばす。追尾して来るが、それを側転やら前転やらを織り交ぜて軽やかに回避しつつ、銃弾によって穴を空けられた塀からジャンプして向かいの塀の上に降り立ち、スコーピオンで電柱にヒビを入れ、蹴ってレイジの方に倒した。
「トリオン以外の攻撃は、もう飽きた」
「ーっ!」
その電柱が自分に当たる前に、アームのレイガストで押し返し、影浦のボディに電柱を直撃させて大きく吹っ飛ばした。
直後、民家の屋根から大幅にジャンプした海斗が、直線的に飛び込んできた。
その海斗が視界に入った直後、レイジはやや落胆した。序盤こそ連携してきていたものの、バラせば個々での戦闘に切り替わってしまっている。それでは、フルアームズを破ることは出来ない。
迷わず肩の砲を放つと、海斗はそれをシールドモードレイガストでいなしつつ、空中で回転しながら迂回してレイジの前に降り立った。
この距離では銃を撃つより、海斗の拳の方が早い。まずは手に持つライフルを破壊した。
しかし、レイジの視線は海斗が向いてる方向に向けられていた。握られているのはスコーピオンではなく、レイガスト。
「シールドモード!」
「スラスター!」
両拳を引き、力強く踏み込む海斗と、両サイドのアームを前方に構え、盾を貼るレイジ。
その盾に向かって、全力のスラスターパンチを叩き込んだ。ドゴォッと激しい轟音と衝撃が発生し、周辺の塀と地面に亀裂が入る。レイガストを両腕で持っていたなら、痺れが響いていた事だろう。
それくらいの威力だったが、レイガストの耐久評価はSSでも攻撃評価はBだ。スラスターを付けても割れるとは限らない。
しかし、海斗の狙いは攻撃ではなかった。レイジの体勢を崩す事だ。
『雅人!』
『任せろ』
ヒュガッと無機質を穿つ音が耳元で響き、首を後ろに捻った。ミサイルポッドを破壊し、鼻の頭を掠めて引っ込んだのは二本のスコーピオンが繋げてリーチを伸ばすマンティスだ。
「もう一本……!」
更に接近し、海斗の拳を支えているアームを破壊しようとしたが、レイジの傾いた顔の後ろから、アサルトライフルの銃口が伸びていた。
武器は破壊されても新しく出せるため、腕ごと持っていかないとあまり意味はないのだ。
「チィッ……‼︎」
発砲され、無理矢理体を捻って後ろに飛んで回避し、塀の後ろまで距離を取った。
「スラスターオン」
「ッ……!」
アームのレイガストの薙ぎ払いにより、今度は海斗がぶっ飛ばされる番だった。影浦の隣に大きくぶっ飛ばされ、塀を突き抜けて大きく後退した。
「ケッ、何やってやがんだ。ちゃんと奴を止めてやがれ」
「テメェこそ、武器もう一本くらい取って来いよ」
軽口を叩き合いつつ、二人の視線はレイジに向けられていた。
「なるほど……個々で襲い掛かると見せかけた所、一気に連携し、俺の武器を一つずつ破壊する算段だったか……」
そう言われた直後、海斗も影浦も「えっ?」とキョトンとした表情になった。
それを見るなり、レイジも怪訝な様子で尋ねた。
「違うのか?」
「違ぇよ。俺もこいつも、連携なんか頭に入れてねえ」
「ただ、二人で同時に戦ってるだけだ。どっちがどう動くか、アドリブで各々で判断してな」
「片方が殴り掛かってる間、片方はダメージを入れられるように機会を狙う。それだけだ」
「……」
シンプル且つ打算だらけな作戦だった。しかし、それで実際、上手く当てて来てるのだから仕方ない。
さて、とりあえず武装の一つが破壊された。だが、それまでだ。まだやりようはいくらでもある。
忍田には本気でやれ、と言われているし、簡単に負けるつもりはない。
「……さて、続行だ」
左肩の砲門、左腕の突撃銃、両肩のアームの先のレイガストを構え、ゆっくりと海斗、影浦に近づいた。
×××
スコアは9対1。アレから戦い続けた結果、最後の一本でようやく影浦がレイジにトドメを刺せた。
八本目以降はレイジも戦略を変え、イーグレットを握って狙撃も含めた戦術を見せ、中々苦労させられたが、それでも最後に押し切ることが出来た。
結局の所、ゴリ押しになってしまったが、戦略的ゴリ押しなので、忍田としては及第点だろう。
とりあえず、二人へのお説教を済ませて解散し、忍田はさっきまでの記録を見直していた。
海斗はちゃんとチームワークについて学んでくれたようだし、場合によっては近いうちに何処かの部隊に入るかもしれない。
意外なのは、影浦も少し考えが変わっていたこと。近いうちに始まるランク戦で、彼のチームはまたレベルアップして来るかもしれない。
「……はぁ」
とはいえ、ミーティングが終わった後、結局喧嘩しながら会議室を出て行った二人を思い浮かべて、まだ問題があることに変わりはない。
そもそも、実際の戦闘で車を武器に使うなど絶対にやめてほしいものだ。警戒区域なら百歩譲って良いとしても、また第一次侵攻の時のような戦いになった時、バッキバキの人ん家の車をハンマーにし、爆発炎上させ、視界を塞いで攻めるなどすれば、根付メディア対策室長が心労で倒れるかもしれない。
「お疲れ様です、本部長。珈琲です」
「ああ、ありがとう。沢村くん」
ため息をつく忍田の横にコーヒーを置いた女性は、本部長補佐の沢村響子だ。
忍田に対し色々な感情を持つ女性だが、本部長には一切、気付かれていない。攻めが足りないとかではなく向こうが鈍感なだけなのだが。
「何かお悩みですか?」
「ああ、陰山の事でな……」
「……あの子がまた何か?」
沢村の表情が目に見えて曇る。ここ最近、忍田は陰山の事ばかり気にしている。時と場合によっては風間とも戦える実力を持ちながら、忍田に迷惑を掛けている少年が忍田に構ってもらえていて少し羨ましいが、沢村も大人なので嫉妬だとかそんな感情はない。
ただ「本部長を困らせないで」とは強く思うが。
「いや、大したことではない。もし、仮に彼を部隊に入れるとしたら、何処の部隊が良いか考えているだけだ」
「そうですね……。やはり、A級部隊でしょうか?」
「実力的にはそれでも良いかもしれないが、本人の成長に繋がる部隊に入れようと考えている。となると、B級中位が妥当だろう」
「なるほど……」
実際、今日の戦闘を見た限りだと無理に入れる必要はないと思う人もいるかもしれない。影浦と「片方が意識を逸らして片方がダメージを与える」などといったザックリした戦略で木崎レイジと渡り合っていた。
しかし、それは二人がレベルの高い上に感覚派の攻撃手であったために可能だった事だ。
太刀川や風間、小南、村上などといった上位ランカーやA級以上の隊員でもその連携は可能かもしれないが、マスターレベルまで届いていない攻撃手なら付いてこれない。
それに、ポジションはアタッカーだけでなくガンナーやシューターもある。あまり好き勝手動かれては、誤射を誘発する可能性だってある。
「……東隊、などは如何でしょうか?」
「確かに彼の所なら学ぶものは多いだろうが……東くんは小荒井と奥寺の指導をしている。それに陰山が加わるのは、少し苦労が偏ってしまう」
「なるほど……」
そう相槌を打ちながら、二人でB級部隊のデータを見る。
「「……はぁ」」
どうしたものか、と並んでため息をつくしかなかった。