ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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そもそもお前は選べる立場ではない。

 個人ランク戦ブースにて。海斗と米屋はランク戦をしていた。河川敷ステージの橋の上で、海斗と米屋は睨み合う。

 正直言って、海斗にとって米屋はやりやすい相手だ。理由は、単純に相性の問題。重さに加え長さもある孤月の槍は、幻踊さえ避ければあとは懐に飛び込み、一発スコーピオンで入れてやるだけだ。

 特に、米屋のスタイルは突きなので、先端の刃を避けることで掴んで投げ飛ばしたりカウンターを決めたりも出来る。

 

「海斗、一つ言っとくぜ」

 

 向かい合ってると、米屋が微笑みながら言った。

 

「今までの俺だと思わないこったな」

「は?」

 

 直後、地面を蹴って突撃して来た。構えている槍を振りかぶり、大きくジャンプして上から突き込んできた。

 かなり鋭い一撃だが、いかんせん直線的過ぎる。いとも簡単に回避した海斗は、孤月が地面に突き刺さった直後、右拳を横から叩き込んだ。

 しかし、米屋はそれを槍を持つ柄の部分で受け止め、自身の身体を着地させ、低い姿勢から短く持った槍の穂先を地中から軌道を隠しつつ振り上げた。

 

「!」

 

 それを回避しようとバックステップをしたが、地面に走る亀裂が大きい。旋空孤月でブレードが伸びている。

 直感的に左腕が危ないと思った海斗は、左手にレイガストのシールドモードを握り込ませ、地面を殴って孤月の一撃を止めた。

 右拳にスコーピオンを忍ばせ、低くなった姿勢のまま、米屋にアッパーをかましたが、米屋の姿が見えない。アッパーに合わせて、背面跳びをして拳を避けられた。

 

「オラァッ!」

 

 空中で背後を取った米屋は、孤月の刃先の反対側で背中を思いっきり殴り飛ばす。

 姿勢が崩れた海斗の背後から、思いっきり突きを放った。

 

「チィッ……!」

 

 殴られた勢いのまま前方に転がりながら受け身を取る。しかし、その突きはただの突きではなかった。

 ブレードの先端の形状が変化し、海斗の足首を切り落とした。すぐにスコーピオンで義足を作り、受け身を成功させるが、米屋の猛攻は止まらない。

 突きではなく、手首の返しでブレードの長さを活かして槍を回転させながら、流れるような連続攻撃を放つ。

 だが、海斗もやられっぱなしではない。ポケットに両手を突っ込み、手の中にレイガストを握り込んだ。スラスターを使って、無理矢理後方に飛んで距離を置いた。

 

「逃すか!」

 

 追撃する米屋の槍が迫る。それに対し、海斗も同じように地面を蹴った。これ以上は引けない。何処かで米屋の動きを止めないと、押されるがままになる。

 槍と拳が交差する。長いのは槍だが、速いのは拳だ。幻踊が伸びる直前、海斗の拳は米屋の孤月を握る手首を切り落とした。

 

 本命は反対側の拳、レイガストを握るスラスターパンチだ。

 

「死ねオラ」

「と、思うじゃん?」

 

 米屋の顔面を貫くほんの数秒前に、海斗の動きが止まる。米屋の反対側の手からスコーピオンが伸びて、海斗の胸を貫いていた。

 

「おまっ……スコーピオン?」

「片腕取られた時の対策だよ」

 

 そこで海斗は緊急脱出した。ブースに戻ると、音声通信で米屋の声が聞こえてくる。

 

『どうだオイ。お前のブレード以外での攻撃を真似してみた』

「もっかい」

『え? や、だからどうだった……』

「もっかいだコラ。次は殺す」

『お、おう……』

 

 20本やった。

 

 ×××

 

 結局、11対9で海斗が勝ち越したものの、割とギリギリだった。疲れたので、二人はラウンジでコーラを飲んでいる。

 

「ふぅ、ここ最近ヤラレっぱなしだったからな。風間さんに指導してもらって助かったぜ」

「あ? お前、あいつと俺の対策してたわけ?」

「ああ。お前の蹴りと拳のアクション映画みたいな動きは今までのボーダーにない戦法だからな。お前、あの人とよくやりあってるし」

 

 それを聞いて、海斗は小さく舌打ちをする。

 ここ最近、ボーダーの攻撃手は、レイガストやスコーピオンが流行りつつある。

 と、いうのも、理由は海斗にある。個人ランク戦で風間、村上、米屋といった上位攻撃手に対し、まるでスパイ映画の如く素手で(勿論、スコーピオンかレイガストを握っているのだが)渡り合っていく姿が、微妙に映えているようだ。

 しかし、素手での喧嘩の経験が無ければ簡単に真似出来るものでもない。かといって、その使い手は怖いから教わりに行けないしで、上手く使いこなせているのは弟子である双葉くらいのものだ。

 

「そう考えると、黒江はかなりラッキーなのかもな……」

「あん?」

「や、なんでもねえ。それより、どっか良いチーム見つけたのか?」

「いや、まだ。もっとこう……自由に動けるチームは無いもんかね」

「自由っつってもな……それこそ影浦隊とかだろ」

「今のは聞かなかったことにしてやる」

「生駒隊は既に四人いるしな……あ、そういや、影浦隊の戦法、かなり変わってたぞ」

 

 米屋にそんな事を言われて、海斗は片眉を上げた。

 

「ああ? 雅人が作戦なんか考えられんのか?」

「いや、カゲさんが考えたとは限らんだろ。作戦は隊長だけじゃなくて隊員全員で考えるもんだ」

「……ふーん」

「お陰で、影浦隊かなり勝ってるぜ」

 

 本当にアレから上を目指しているようだ。自分はいまだに部隊を組めていないのに、ライバルは上を目指し始めているというのに。

 すると、ふと何かを思い出したように「あっ」と声を漏らした。

 

「……あー、でも良さそうなチームは見つけたかも」

「お、何処?」

「スーツのとこ」

「二宮隊じゃねえか! 本気かよオイ⁉︎」

「本気だよ」

「またシレッと答えて……何でそこが気に入ったんだよ」

「この前、屋上で三輪にトリオン兵の殲滅について語られたんだけど」

「……何やってんだよ秀次……つーか、お前って秀次と仲良いの?」

「たまに愚痴に付き合ってるだけ。……なんか俺、三輪と同じくらい近界民を恨んでると思われてるみたいで」

「お、おう……」

 

 米屋が引き気味に相槌を打った。この件については、いつかなんとかしなくてはならないが、とりあえず話を元に戻した。

 

「で、その時は偶々防衛任務が二宮隊だったらしいんだけど、三輪と元同じチームだったみたいで色々、教えてくれてさ」

「ああ、元A級一位でソロ総合二位とか?」

「そうそう」

 

 トリオン量がボーダーの中でもトップクラスの二宮は、シューターという点の取りにくいポジションであっても平然とエースをこなしている。

 目の前のバカにも、もしかしたら他人に憧れる、なんて意外な感情があるのかも……と思ったが。

 

「スーツ姿カッコ良いよな。他のSFめいた厨二臭い隊服より全然、ナチュラルで良くない?」

「……え」

 

 まさかの波長がピッタリ合う系男子だった。

 

「……え、それだけ?」

「そうだよ。他に何があんだよ」

「シューターなのにエース張ってるとこがカッコ良いとか、戦術も戦闘も両方こなせる辺りが憧れるとか、そういうのは?」

「知らんよそんなの。や、まぁシューターも良いなーとか思ったけど、喧嘩はやっぱ肌で感じないとつまらん」

 

 指をコキコキと鳴らしながら微笑む海斗の表情は、もはやただの戦闘狂にしか見えなかったが、ボーダーに入る前は側から見たらヤンキーにしか見えない事してたし間違いじゃないんだろう。

 

「まぁ、なんかあの隊ピリピリしてるし、俺が入ったらヤバそうだよね。やめといた方が良いかな」

「そうしろ」

 

 割と本気で止めにかかる米屋だった。と、いうのも、目の前のバカが二宮とセンス以外で噛み合うところが想像できない。好き勝手にやりたい放題どったんバッタン大騒ぎしそうな海斗と、力押しも嫌いではないが、基本的には戦術を重視する二宮とでは絶対に問題が起こる。

 まぁ、幸いにも本人は諦めているようだし、わざわざ自分が何か言うことはしないでも良いだろう。変なフラグを立てたくないし。

 

「他はないのかよ。なんか入りたいチーム」

「さぁなぁ。鈴鳴とか?」

「鋼さんがいるからだろ。てか、そこもやめとけ」

 

 真の悪がいるからである。

 

「他はねえのか?」

「……柿崎隊とか?」

「お、なんで?」

 

 その回答は米屋が意外だった。奈良坂や歌川と新人王を争った照屋文香がいるものの、チームの戦略自体が3人まとまった行動を基準にする堅実な戦法のため、海斗が好むとは思えない。

 

「照屋文香が可愛い。あの子、肝が座ってそうだから俺と同じチームでもビビらないでしょ」

 

 海斗らしい理由だった。落胆もガッカリもしなかったが「まぁそうだよね……」みたいな呆れは漏れた。

 なので、とりあえず指摘しておいた。

 

「あの子、お化け屋敷でビビって幽霊にワンパンKOかました子だからな」

「……え、あの華奢な身体で?」

「トリオン体ならどうなるか分かんねえぞ」

「……やめておくか」

 

 結局、詰みだ。こういう時、本当に自分の強面が憎い。何とかして眉間のシワは取れないものなのだろうか? まぁ、無理だろうが。

 

「……ていうか、ぶっちゃけ俺がチームに入るとか無理くね?」

「……人生はまだまだ長ぇから」

「オイ、どういう意味だコラ」

「いつか、お前を受け入れてくれる部隊も出て来るだろ」

「現状は無理だって言いてえのかコラ。おい、良い歳して泣き散らしてやろうかアン?」

 

 なんて徐々に口喧嘩に発展して行った時だった。二人のの座っている席の横から声が掛けられた。

 

「陰山くん」

「あん? ……あ、沢村」

「呼び捨て?」

 

 沢村響子が眉間にしわを寄せたので、慌てて米屋がフォローをする。

 

「すみませんね、こいつ礼儀知らずなもんで」

「大丈夫よ、米屋くん。知ってるから。気にしないで」

「なんか用?」

「あなたはもう少し気にしなさい」

 

 無駄だとわかりながらも一応注意した。そういう若者の礼儀知らずを正すのは大人の義務だと思っているからだ。

 で、とりあえず本題に入る事にした。

 

「忍田さんが呼んでるわよ」

「何?」

「来なさい、一緒に」

「あそう。じゃあ米屋、悪ぃけど」

「おう。またな」

 

 呼び出されたのなら仕方ない。本当はもう少し駄弁っていたかったが。

 沢村の後ろについていきながら質問した。

 

「何の用すか?」

「いつものアレよ。風刃の」

「……ああ、アレ」

 

 風刃が起動できる海斗は、チョイチョイ風刃の試験を受けていた。と、いうのも、他の隊員とは違う使い方が出来るから、万が一の時のために色々とやらされているだけだが。

 

「それと、今晩空いてる?」

「なんで」

「急で悪いんだけど、夜間の防衛任務に入って欲しいのよ」

「なんで」

「調整ミスで今日のシフトとB級ランク戦が被っちゃった部隊があって。急だからかき集めのチームになっちゃったの」

「ふーん……」

「ほら、陰山くんは暇……フリーだし、そういう時助かるから」

「そのフリーって暇って意味じゃないだろうな」

「色んな意味」

 

 一瞬だけ殴りたいと思ってしまった。まぁ、まずは先に風刃の試験だ。

 

「で、混合の部隊って誰なの?」

「それは……」

 

 告げられたメンバーを聞いて、思わず唖然としてしまった。

 

 ×××

 

 防衛任務に就いたメンバーは、二宮、来馬、柿崎の三人だった。

 

「夢?」

「何がだ?」

「や、何でもない」

 

 二宮に聞かれてしまったので目を逸らした。

 これはもう笑うしかない。まさかさっき話題にあげた3人が来るとは。現実は小説より奇なりとは本当によく言ったものである。

 今は任務前の打ち合わせ。歳下の自分が一番最後に到着したが、風刃の試験のことを知っているのか、特に何か言われる事もなかった。

 

「じゃあ、始めるぞ」

 

 歳上の二宮がそう言うと、全員が机の中央を向いたので、海斗も席に着いて全員を見回す。

 初めて目の前でスーツの隊服を見たが、やはりコスプレ感が無くて良い感じだ。それに比べて他の二隊は、特殊部隊ごっこのつもりかな? と思うような装備だ。

 

「普通の防衛任務だが、このメンツでの任務は初めてだ。簡単に自己紹介してもらう」

 

 と言っても、二宮と柿崎は言わずもがなの古参だし、来馬も人当たりの良さで有名だ。新入りの海斗への配慮だろう。仏頂面の割に気の利く人だ。

 

「二宮だ。このチームの隊長を任された。ポジションは射手だ」

「柿崎隊隊長、柿崎だ。ポジションは万能手だ。一応」

「鈴鳴の来馬です。ポジションは銃手。よろしく」

「フリーダムガンダムの陰山海斗。攻撃手」

 

 ツッコミが誰からも来なかった。大学生以上は落ち着いている。未だに落ち着かない大学生なんて攻撃手ランク1位のヒゲくらいだろう。

 

「なら、陰山海斗をメインにして俺と来馬はフォロー。柿崎は臨機応変に前衛と後衛を切り替えろ」

「「了解」」

「はいよ……え? あ、了解」

 

 いまだに「了解」という返事に慣れない海斗だった。

 

「よし、時間だ。行くぞ」

 

 そう言って出撃する三人の後を海斗は追った。何はともあれ、これは良い機会だ。自分の連携力をこの機会に見せてやる、と心に誓った。

 

 ×××

 

 トリオン兵が出てくるゲートは、黒くておどろおどろしい雰囲気が出ている。そこから覗かれるトリオン兵の最初の一部は真っ白な目玉なのだから、それはもうある種のホラーである。

 しかし、それらも何度も何度も殺し続けていれば、ホラーでもなんでもなくただのサンドバッグになるわけで。

 モールモッドの殴打を、刃のついていない腕の部分を掴んで受け止めると、左手で反対側の腕を切り裂く。

 で、両手で切り裂いていない方の腕を握った。

 

「二宮ァ! そーらよっと!」

 

 空中に力任せにぶん投げると、別の方向からアステロイドがモールモッドに突き刺さる。

 

「ナイス連携!」

「これは連携じゃない、バカかお前は」

「え、違うの?」

「違う。というか、お前今俺を呼び捨てにしたか?」

「じゃあどんなのが連携なの」

「今のはお前一人でも仕留められただろう。連携は大事だが、一人で瞬殺出来るならその方が良い」

 

 なるほど……と、海斗は顎に手を当てる。すると、また新たなゲートが開いた。

 姿を現したのはバムスターが一体とバドが二体。海斗はまず、バムスターに突撃した。

 

「……二宮さん、あいつ大丈夫ですかね……」

「……柿崎、来馬。一応、援護してやれ」

 

 柿崎からの不安に対し、命令する形で答えた。

 正直に言って戦闘力に関しちゃなんの疑問も抱いていない。むしろ攻撃手の中では中々の腕前だと思っている。太刀川とは流石に比べ物にはならないが、風間が目に掛けるのも頷ける。

 しかし、今日は何か異様に張り切っているように見えた。特に連携に関して。いつもこんな感じということはないだろう。内容はどうあれ、連携に関してここまで頑張るなら、もっとまともな戦術が思いついてるはずだ。

 

「オラァッ‼︎」

「オイオイオイオイ! 何やってんだおまっ……!」

「ひ、ひぃっ⁉︎」

「逃げろ来馬ー!」

「……バカが」

 

 声が聞こえて顔を向けると、海斗がスラスターを用いてバムスターをぶん投げて、バドを落としていた。来馬を下敷きにして。

 その様子に、思わず二宮からも冷たい愚痴が漏れる。当たり前である。

 しかし、あのバムスターはよく見たら足が二本と尻尾が切られている。装甲の硬いバムスターの部位を破壊するなど、簡単にできることではない。

 

「……惜しいな」

 

 それゆえに、勿体無いと感じた。もう少し頭がまともならもっと良い駒になっただろうに。

 さて、そろそろ止めに入らねば。警戒区域とはいえ、あんな馬鹿騒ぎは上層部に怒られてしまう。

 

「そこまでにしろ、陰山」

「なんで。瞬殺しろって……」

「今の場合は連携しろ。敵が三体いたんだから」

「複数の時は連携なのかよ」

「空中に浮いている敵と装甲の硬い大型トリオン兵だ。一人より連携した方が早い。そういう事だ」

「……どういう事?」

「……だから、一人でやった方が早いか全員でやった方が早いかって事だ。それくらい分かれバカめ」

 

 今の言い草は、流石に海斗の神経に触った。しかし、さっきから二宮は割と堪えていたのでどっちもどっちである。

 

「……おい、二宮。テメェ調子乗んなよ。さっきからバカって言い過ぎだろコラ」

「だってバカだろう。最後まで言わなくても察せる事は察しろ」

「う」

「? なんだ?」

「『うるせえバカって言う方がバカだ』だ。最後まで言わなくても察しろ」

「……」

「……」

 

 一触即発、まさに喧嘩が始まりそうな時だ。柿崎が二人の間に入った。

 

「ま、まぁまぁ落ち着けよ。二宮さんも。歳下の言う事ですし」

「そーだそーだ」

「お前は黙ってろ! てか、今のはお前が悪いからな⁉︎」

「なんでだよ!」

「分かるだろ。なぁ、来馬?」

「うん。今のは流石にね……」

「……んだよー」

 

 来馬と柿崎にもそう言われ、少し不貞腐れる海斗。しかし、二人とも恐怖やバカにしてるような色は出していないため、割と本気で言っているのだろう。いや、来馬からは少し怖がられているが、さっきバムスターの下敷きにしてしまったし当然だろう。

 

「ったく……陰山、お前は俺の指示通りに動け」

「え?」

 

 面倒になった二宮は、完全に自分の保護下に置くことにした。

 

「柿崎、来馬。お前らはお前らで組んで戦え。俺はこいつが変に暴れないように面倒を見る」

「人を野生動物みたいに言」

「「了解!」」

「了解すんなよ、お前らも」

「氷見、陰山にマーカーをつけろ。絶対に見失うな。門よりも先に報告をよこせ」

『了解』

 

 問題児扱いされた。

 

 ×××

 

 作戦終了後、海斗は風間に連行された。「豪快な技(笑)をかますのは結構だが、チームメイトを危険に晒すな」と耳を引っ張られながら風間隊の作戦室でいつものお説教である。

 何処から情報を仕入れたのか分からないが、なんだかんだ海斗を可愛がっている風間の事だから戦闘の様子を見物していたようだ。

 作戦前は「風間さんはこのバカの何処が良いのか」と呆れていた二宮だったが、その気持ちが少しわかるような気がした。

 

「お疲れ様です、二宮さん」

 

 自身の作戦室で氷見が頭を下げた。

 

「お疲れ。……氷見、あいつの情報は聞けたか?」

「はい。三上先輩から。何でも、小学生の頃から喧嘩っ早い子だったみたいです」

「喧嘩だと……?」

 

 そんなふざけた経験であれだけの戦闘力を? と思ったが。

 

「なんでも、鉄パイプとかナイフとか持った多数の相手と喧嘩して勝って来たみたいなので」

 

 と、それを聞いて納得した。喧嘩であっても命を賭けた戦いだ。モールモッドの腕を取って投げ飛ばしたり、パンチや蹴りに関しても一番力の入る殴り方や蹴り方などが体に染み付いているのだろう。

 その上、素手で武器持ちを相手に戦ってきたのだから、緊急脱出のあるボーダー隊員よりも、命を賭けた戦闘に限って言えば経験はある。

 

「……なるほど」

 

 ヤンチャ小僧だが、その分才能や経験、度胸などは悪くない。有能なリーダーの下に着けば、その実力をもっと活かせるだろう。

 もっとも、自分のチームで扱うには破天荒が過ぎるし、関係の無い話だが。

 そう結論付けて、二宮は氷見がいつの間にか淹れてくれていたコーヒーを口にした。

 

 ×××

 

 来馬が鈴鳴支部に戻ると、オペレーターの今結花と部下の村上鋼が出迎えてくれた。

 

「お疲れ様です、来馬さん」

「災難でしたね」

 

 災難、というのは恐らくバムスターに叩き潰された事だろう。しかも味方の手によって。

 

「まったく……鋼くん、あなたの友達でしょ? もっと叱ってあげなさいよ」

「無理だよ。俺の言うことを素直に聞く玉じゃないし」

「……なら、私から言ってやろうかしら」

「ああ、頼む」

 

 適当に流しつつ、鋼は来馬に顔を向けた。

 

「どうでした? あいつ」

「うん、すごかったよ。鋼が勝てないのも頷ける。特に、後半で二宮さんの言うことを聞くようになってからは」

「やっぱり……」

「オペレートしてるときに私も思ったけど、すごいわねあの子。自由で。トリオン兵に飛び後ろ廻し蹴り放つ子なんて初めて見たわ」

「ちゃんと効果があるしな」

 

 スコーピオンを踵から出しているため、相手にダメージを与えられるのがまたすごい。

 

「最近の新入りはすごいのね。鋼くんに木虎ちゃんに、緑川くんに双葉ちゃんに陰山くん。みんなもうA級レベルじゃない。嫌になるわね全く……」

「むしろ、うちには鋼が来てくれてラッキーだったよね」

 

 ようやくランク戦に慣れてきた村上の活躍により、鈴鳴はB級上位と中位の間を行ったり来たりしている。

 しかし、それでも上に行けないのは、やはり村上一人で勝って行けるほど甘くはないという事だろう。

 

「はぁ……自信なくしちゃうよ……」

「まぁまぁ、まだ彼は何処の部隊にも所属していないようですし、ランク戦で脅威になることはないんじゃないですか?」

「そうですね。まぁ、仮に他所に入ったとしても、今度こそ俺が倒しますよ」

 

 そう言って頷く村上は、来馬や今から見てもかなり頼りになる男だった。まだ彼は勝ち越すには至っていないらしいが、それでも勝負の時はやってくれる、そう信頼することができる。

 

「そうだね」

「鋼くんならやれる」

「……はい!」

 

 そう返事をした時だった。

 

「ただいまー……って、来馬先輩! 帰ってたんですか⁉︎」

「あ、太一」

 

 この後、真の悪の登場によって、何かしらの問題が起こるのは言うまでもない。

 

 ×××

 

 柿崎隊作戦室では、柿崎は一人でログの見直しをしていた。明日のランク戦は自分達の試合だが、ここの所、連敗が続いている。

 隊員が揃ってから万全の態勢で叩く、この考えに間違いはないはずだ。しかし、敵に一人でもA級レベルのエースがいると、いとも簡単に陣形を崩され、全滅させられる。

 勿論、エース一人にやられるわけではなく、そのエースのチームの連携によるダメージだが。

 

「……はぁ」

 

 何より、さっき急に入った防衛任務で、大型新人の暴れっぷりを目の当たりにしてしまった。

 二宮に制御されていたが、あんなのがB級のフリーをやっているのだから、もはやランクなんか当てにならないと感じてしまうほどだ。

 もし、例えば彼がB級下位で二人部隊の茶野隊に入ったとしたら、そのチームは一気に中位まで駆け上がるだろうと思える程度には強い。

 チームメイトの照屋文香も巴虎太郎も、オペレーターの宇井真登華も、自分の部下には勿体無いくらいくらいの地力がある。その三人に負荷を掛けさせないためには、フリーである彼をスカウトするのも考えたが……。

 

「……それじゃ、あの三人が頼りないみてえじゃねえか……」

 

 このチームが勝てないのは隊長である自分が、三人の強さを引き出せていない事だ。

 ならば、なるべく四人で勝てるようにしたい。いや、勝てるくらいの地力はあるはずだ。

 

「……考えろ。次の相手のログをもっかい見直しだ」

 

 再び、パソコンとにらめっこを始める柿崎の姿を、照屋、巴、宇井の三人は後ろから眺めていた。

 自分達の隊長は割と繊細だ。また今日の任務で何かあったのか、ショックを受けて来たのだろう。抱え込まず、話してくれれば良いのに。

 

「……」

「……」

「……」

 

 三人で肯き合うと、飲み物を入れて、自分達の頼りないけど頼りになる隊長を支えに行った。

 

 


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