ランク戦もいよいよ後半戦。つまり季節は七月だ。早い話が、猛暑である。
ランク戦なんぞ参加することができない海斗にとってはただ暑いだけの季節だ。それに追加し、期末試験がある。大概にしとけコノヤローって感じだが、ランク戦のある隊員達にとってはもっと大忙しなので、その点では海斗はラッキーと言えるだろう。
そんな環境的にも学生的にもボーダー的にも優しくない季節でも、影浦隊は絶好調だった。影浦隊にしては珍しく連携を使った新フォーメーションによって、ガンガン順位を上げている。
今日の試合も、それによって点を稼いでいた。敵は王子隊、中・近距離もこなせ、脚を使った戦術を用いるチームに対し、影浦は一人で三人を相手にする。
必要以上に距離を詰め、離されかければマンティスと絵馬の狙撃によって間合いを離させない。
そして、点を取りに行くのは、援護をする北添千尋だった。新しくテレポーターを入れた北添は王子隊アタッカーの樫尾由多嘉の背後を取ると、影浦に向かって突撃銃のアステロイドを放つ。
そうすれば、サイドエフェクトのある影浦はその射撃を回避し、敵にだけ攻撃を当てられる。逆に、その射撃が万が一外れても、影浦なら目の前の敵を逃すようなことはしないし、絵馬の狙撃も通るわけだ。
「くそっ……!」
緊急脱出する樫尾だが、その隙を王子と蔵内が逃すことはない。蔵内が辺りにメテオラを放ち、距離を取りつつ民家沿いに動いて射線を切る。
距離を離しつつ、ハウンドによる射撃を放って敵の隙を作る。その標的は勿論、北添だ。弱点が「足が遅い」「的がデカい」しかない彼はハウンドの格好の的だが、それもテレポーターによって埋められる弱点だった。
一度、下がって影浦の横に移動する。
「カゲ、どうする?」
「言うまでもねェよ。追うぞ」
「はいはい」
そう言って、次に北添が取った行動は、影浦隊本来の戦い方だった。両手に持つのは擲弾銃、つまりメテオラだ。
レーダー頼りの通称「適当メテオラ」を放ち、民家を丸ごと丸裸にする。
「クッ……!」
「やってくれるね……!」
王子と蔵内が姿を現し、それに向かって影浦が突撃する。しかし、敵は王子隊だけではない。
『警戒! 来るぞ!』
耳元でオペレーターの仁礼光の声が響くと共に、レーダーの方を見た。ゴーグルを付けた女の子を切ったらアカン顔の男が腰の孤月に手を添えている。
「旋空孤月」
射程距離、なんと40メートルを誇るブレードが両チームを襲い、影浦も北添も王子も蔵内も後方に下がった。
生駒隊隊長、生駒達人だ。その後ろには、水上敏志が控えている。南沢海はまだ合流していないようだが、こうして雁首揃った今、その方が厄介かもしれない。
これによって、本日対戦の3チームが揃った。三つ巴、と言わんばかりに三チームが三角形を結ぶように構えている。
「あーあ、揃っちゃったよカゲ」
「ハッ、面白ぇじゃねえか。こっからだぜ」
ニヤリと好戦的に微笑む影浦は確信していた。別に遠征部隊を目指しているわけではないが、今の調子ならA級昇格も楽勝だ、と。
『どうする? カゲさん。誰から狙う?』
「取れる奴からだ」
『生駒隊の狙撃手には気をつけろよー。ユズル』
『分かってるよ、光』
そんな会話を聞きながら、北添はウンウンと頷いた。
「いやー、まさかうちでこんな風に連携取る日が来るなんて。ゾエさん感激」
「うるせーぞゾエ。どういう意味だコラ」
「これも、陰山くんのおかげかな?」
「なわけあるかボケ。あのクソバカはカンケーねえよ」
そう言いつつも、影浦もあの時の木崎レイジとの戦闘がキッカケであったことは否定出来ない。そして、あの戦闘が半分はいけ好かない茶髪バカのお陰である事も。
その直後だ。自分の身体に不愉快なチクチクとした感覚が刺さる。これは、攻撃される予兆だ。
内部通信で全員に命令を出した。
『来るぞ、ゾエ』
『了解』
生駒により放たれた旋空孤月が、開戦の狼煙となった。
×××
と、B級トップチームらしい戦闘をライバルがしているというのに、俺は何しているんだろう、と海斗は自分で自分を殴りたくなっていた。
現在、学校の図書室。そこで出水、米屋、村上と試験対策中である。正確に言えば、村上が先生で他三人は生徒である。
「……俺は一応、明日ランク戦なんだが……」
「そう言わないで下さいよ村上先輩」
「俺達を見捨てる気ですか村上先輩」
「風間に差し出す気ですかムラムラ先輩」
「陰山は知らんぞ」
「嘘ですすみませんでした村上先輩」
謝り倒した。実際、風間のスパルタ教育よりは全然、村上の指導の方が優しいし分かりやすい。同じ単元を学んだのが近いのもあるが、風間の場合は指導に使われる言葉が一々、厳しい。
「特に、米屋と陰山は酷過ぎる。お前ら授業中何してるんだ?」
「漫画」
「睡眠」
「……帰って良いか?」
「待って下さい!」
「今回のテストで150点以上取らないと留年なんです!」
あまりの目標レベルの低さに、村上どころか出水すら呆れるしかなかった。実際、成績が悪くてもボーダーでペナルティを受けることはない。
しかし、勉強が出来て損はないどころか勉強出来ないと厳しい人生が待っているものだ。残念ながら、ボーダーでは太刀川と国近とナンバー1スナイパーの当真の所為で説得力に欠けてしまうが。
「はぁ……これから大学受験か……今から気が重い」
「その辺は大丈夫だろ。ボーダー推薦があるし」
「え、そうなの? 俺じゃあなんで勉強してんの?」
「大学に入ってから苦労するぞ」
「それ高校入学前にも言われた」
「大学はマジだぞ。高校と違って留年されたら教師側が面倒になるとかないから、容赦なく単位とか落としてくるぞ」
「そもそも単位って何」
「……お前は大学の仕組みから知る必要があるみたいだな」
呆れる村上だったが、海斗はあまり大学の話を聞いたことがないため、知らないのも無理はなかった。
その辺は知ってて損する事ではないし、村上は説明してやることにした。
「大学は好きな授業を選んで取れる、それは知ってるか?」
「知ってる。なんかそんな話聞いた」
「その授業に1か2……いや、その辺は大学によりけりだが、単位ってのがつく。それを4年間で指定の数集めなきゃならないのが大学だ」
「落としたら?」
「落としたら来年やり直し。だから一年、二年の時にたくさん単位を取れば、三年や四年は授業を減らせるってわけだ」
「……なるほど。そういうアレか」
「単位を取れなければ、教員にとっては来年また同じ授業を受けさせるだけ。クラスや学年ごとの行事なんてものもないから、完全に個人プレイになって留年された所で痛くも痒くも面倒も無い。だから、今のうちに勉強しておかないと、大学に行った時に苦労するって事だ」
わざわざ丁寧に説明してもらい、海斗は自分の顎に手を当てる。つまり、結局は今、勉強して先で楽するか、今遊んで先で苦労するかのいずれかである。
「……なんか面倒だな。大学って」
「そうだな。自己管理出来ない奴が苦労する場所だ」
「てか、鋼さんは進学するんすか?」
「まぁ、一応な。将来どうなるか分からないし、一般企業に就職するなら大学は出た方が良い」
「そういうもんすかね〜。お前はどうすんの?」
「俺も一応は進学するぞ」
出水が答えると「やっぱりなー」と米屋は相槌を打つ。みんな進学する気があるようで、海斗は顎に手を当てた。両親がもういない海斗は、進学するよりも就職して食いぶちを得た方が良い気もするが、ボーダーが進学させてくれるなら、先のことを考えて進学した方が良い気もする。
ま、正直、今はそんなことよりも目の前の試験に集中した方が良い気もするが。
そんなことを考えている時だ。見知った顔が図書室に入ってきた。
「お、秀次」
「陽介。……と、出水と村上さんと陰山か。何してる?」
「勉強会だよ。三輪も一緒にどうだ?」
村上が誘ったのを聞いて、海斗は思わず肩を震わせた。三輪秀次という人間があまり得意では無いため、サッと目をそらす。頼むからイエスの返事はやめてほしい。
「……では、お願いします」
届かぬ願いだった。一人追加し、五人で勉強を始めた。空いてる椅子を四人席に持ってきて五人席にすると、そこに三輪が座って鞄から出した教材を広げる。
「そういや、三輪はどうすんだ? 大学」
その三輪に出水が片眉を上げて聞いた。
「……俺は進学しない」
「え、そうなのか?」
「何、お前も成績悪い系男子?」
「いや、成績は普通だが……」
出水の問いに何故か海斗が頭を上げたが、三輪の返答に大人しく引っ込む。仲間が出来たと思ったが、成績優秀者はみんな敵だ。
「じゃあなんで行かないの」
海斗がぶっきらぼうな口調で聞くと、三輪はジロリと海斗を見る。
「……ボーダーの活動に集中するためだ」
「え、そこまで?」
「お前も同じだろう、陰山」
「え」
「え」
「「え」」
海斗、米屋と声を漏らした後、他の二人が意外そうな表情で海斗を見るが、海斗自身、何処からそんな噂が芽生えたのかと思うくらいだ。
「そ、そうなの?」
「違うのか? 俺はそう思ったんだが」
「違うわ。なんでそう思ったんだよ」
「俺と同じくらい近界民を憎んでそうだからだ」
「え? お前別に」
「ちょっと黙ってて」
あっさりと実情をバラそうとした出水の顔面に張り手を叩き込み、力を入れ過ぎて椅子ごと押し倒してしまったが、無視して三輪との会話を続けた。
「待て待て待て、俺そんなイメージ? ちゃんと進学するぞ俺は」
「そうなのか?」
「そうだよ。何? 俺じゃ無理って言いたいわけ?」
「実際無理だろ」
「黙ってろ」
米屋の小言を張り手で張り倒すと、話を進めた。
「いや、お前も進学する時間を鍛錬にあて、トリオン兵の排除をしたがるものかと」
「ええ……や、それとこれとは話が別だから……」
「……なめられたまま終わるつもりはないと聞いてたが」
「だからそれとこれとは話が別で……」
「おい、陰山」
村上に袖を引っ張られ、耳元で小声で聞かれた。
「どういう事だ? なんで問い詰められてる?」
「あー……三輪は俺が近界民に対して、自分と同じような感情を抱いてると思ってんだよ。戦い方がアレな上、両親が殺されてるから」
「……なるほど。でも、それマズイんじゃないか? 三輪の憎しみは相当なものだぞ」
「そりゃ分かってんだけどよ……」
中々、踏ん切りがつかない。特に、三輪はかなりの古参で上層部からの信頼も厚い。そんな相手に嫌われれば、自分がチームを組めることが無くなるかもしれない。
下手をしたら、成績よりもこっちをなんとかしなきゃならない。
「と、とりあえず、試験勉強しなきゃだから」
「……海斗からそんなセリフが出るとは」
「熱でもあんじゃね?」
「うるせーぞお前らさっきから」
その日は珍しく勉強に集中出来た。
×××
勉強会後、海斗は冷蔵庫に卵しか入ってないことを思い出し、スーパーに向かった。
こう見えて一人暮らしは4年目くらいなので、スーパーの目利きに関しては自信がある。まぁ、最近は金欠なので安いのばかり買うし、今日は料理する気力が無いので半額の惣菜を買うので目利きを使うこともしないが。
そんな事を思ってると、スーパーの前で見知った顔が見えた。
「ッシャオラ、今日は俺の奢りだ。好きなもんカゴに入れろや」
「おお! カゲ、太っ腹だな!」
「うう、カゲがそんな隊長っぽいことが出来るようになるなんて……ゾエさん感激」
「じゃあ、俺はカレーが良い」
「今日は鍋パだっつってんだろユズルコラ」
何か良いことがあったようで、影浦隊の四人組は随分とご機嫌だ。しかし、バカとバカが出会ってしまえば、その空気は崩れるわけで。
影浦と海斗の目が合った。揃って眉間にシワが寄った。先に口を開いたのは影浦だった。
「……スーパーでの強盗は難易度高ェぞコラ。コンビニに引き返せや」
「部下連れてお山の大将気取ってるボンバーヘッドがキャンキャン喚くな。他の客に迷惑だぞコラ」
と、何故開口一番でそんな汚い言葉が出るのか、北添と光には不思議で仕方なかった。
そんな中、以前、海斗に助けられた絵馬が臆する事なく声を掛けた。
「海斗さん。こんばんは」
「おう。ユズル。どうした? あそこのチリチリ頭に誘拐されるところか? 大丈夫、俺が今、助ける」
「やってみろコラ」
「違うよ。今から、カゲさん家でみんなで鍋パーティだから」
「は? 鍋パ? お好み焼きじゃなくて?」
「お好み焼きはいつも食べてるから、たまには別のにしようってなっただけ。カゲさんがお金出してくれるから、好きな食材を買いに来た所なんだ」
ふーん、と海斗はテキトーに相槌を打つ。お前ら試験は平気なの? と思ったが、その辺は北添がいるから平気だろうし、それでも鍋パをするという事は、余程良い事があったのだろう。
「何かあったのか? 影浦が死んだとか?」
「じゃあテメェの目の前にいる俺は誰だコラ」
「違うよ」
「ただ、今日の試合結果でA級入りがほぼ確定したんだ」
北添が横から口を挟んだ。これはちょっと聞き直さなければならない。
「は? え、A級?」
「そーだよ」
北添が平然と答えたから、さらに追い討ちをかけるように全員が言った。
「テレポーターを使った新戦法が見事にハマって」
「アタシのお陰だけどな!」
「はいはい。光のオペレートのお陰だよ」
ポカンとする海斗。まさか、レイジとの戦闘から? 一から作戦や戦略を考えて? 自分が仲間やら部隊やら探して、まだ候補を挙げてる段階で?
珍しく狼狽えている海斗に、影浦がとどめを刺すときのこれ以上にない程のドヤ顔を浮かべて言った。
「で、海斗くぅん? 君は何を何処までやれたんですかァ?」
「え……」
「チームは組めたんですか? いつになったら『陰山隊員』って呼ばれるようになるんですかァ?」
「カゲ、そこまでにしておきなさい」
北添が止めに入り、やんわりと微笑みながら声をかけてきた。
「それもこれも、海斗くんがバカみたいにカゲと残虐な戦闘を繰り広げ続けて、木崎さんと模擬戦をしてくれたからだよ」
「ユズルを助けてくれたこともあったし、良かったら一緒にどうだ?」
光も続いて海斗を誘う。反論しない辺りを見ると、影浦もその辺は認めているようで来るのは構わないと思っているようだ。もしくは、参加したらいじくり倒してやろうと考えているのか。
いずれにしても、海斗の頭の中は全く別の事を思い浮かべていた。
これはマズイ。まさか、ここまで差が開いていたとは。未だに入る部隊すら決まらないまま、中間試験に追われ、A級7位の三輪隊隊長との人間関係にギスギスし、夕食を買い忘れて一人でこれからくたびれたOLのようにスーパーで半額の惣菜を買い漁る自分と、新たな目標を掲げ、人とぶつかる事が多い自分についてきてくれる部下と新たな戦術を見つけ、ランク戦で連勝を重ね、A級入りがほぼ確定したライバル……スタートから既に違ったとはいえ、この差は何だろうか? 自分は今まで、何をしていたのか。
「……遠慮しとく。水入らずで楽しめ」
「そう? わかった」
「じゃ、またな」
「ありがと、海斗さん」
「……チッ、あばよ」
四人ともスーパーの中に入っていった。その背中を、海斗はボンヤリと見送った。
キャッキャッと四人ともとても楽しそうにはしゃぎながら、自動ドアの向こうで買い物カゴを手に取っている。
海斗は基本的に嫉妬しない。他人の幸せを憎む、という考えは理解できなくも無いが、嫉妬はそもそも自分が持っていなくて、相手が持っているものを欲しがり、歪み、それによって憎しみに近い感情を生み出す行為だ。
それなら、自分はどのようにそれを手に入れるか、或いはどうやってそれ以上のものを手にするか、或いは諦めるかした方がましだ。
つまり、サイドエフェクトのお陰で、良くも悪くも真っ直ぐな人間になった海斗だが、故に今の感情はとてもストレートなものだった。
──ーチームって、なんか楽しそうだなあ……。
という、哀愁漂うものだった。見えなくなっても、影浦隊の背中をボンヤリと眺めるしかない。
自分にもああいう打ち上げの経験はある。去年の文化祭の後とか。しかし、それとはなんか、こう……違う。少数っていうのがまた違うのかもしれない。
何はともあれ、羨ましいって事には変わりない。自分にもあんな少数での打ち上げがしたい……そんな風に思った時だ。
「意外と気遣い出来るのねあなた」
「……小南」
背後から声が聞こえ、振り返ると同い年のバカがいた。目が合い次第、不思議そうな表情で海斗を眺める小南が、怪訝そうな表情で質問した。
「何? どうしたのよあんた。いつになく腑抜けた……」
「小南ィー!」
「ギャー⁉︎」
唐突に抱き締められ、一気に頬を紅潮させる小南だが、海斗にはそんなもの関係ない。一度、離れると、小南の両手を包み込むように握った。
「なっ、ななっ……何よ⁉︎ いきなり女の子を襲うなんてもしもの事があったら……!」
「小南!」
「は、はひっ⁉︎」
強く握り締めると、海斗は今にも泣きそうな顔で小南に強く宣言した。
「ランニング10キロ行こう」
「……は?」
「おら行くぞ!」
「ち、ちょっと待ちなさ……てか手を離しなさいよ!」
小南の抗議も届かず、海斗は小南の手を引いて走り出した。