緊急脱出。ボーダーのトリガーの半分以上を占めている脱出機能だ。戦闘不能になると、強制的にその場から飛び去り、自身の隊室に飛ばされるようになっている。これによって、隊員達は実戦経験を積みながら、安全にその場から退避する事ができる。
それを初経験した海斗は、何とも言えない浮遊感に若干、気持ち悪くなっていた。
しかし、それ以上に信じられなかった。自分が正面からの殴り合いに負けたのか? と疑心暗鬼になってると、チリチリ頭の音声が聞こえてきた。
『アホか、テメェは。ボーダーの戦闘で普通に拳で殴ってどうすんだ』
「……」
ここばっかりは「確かに」と思わざるにはいられなかった。が、まぁ認めるなのは癪なので返事はしなかったが。
それ以外にも、微妙に生身での喧嘩と感触が違う。身体が軽すぎるのには慣れたつもりだったが、対人戦と訓練とでは、やはり微妙に感触が違った。
当たり前だが、敵もトリオン体であり、自分と同じレベルの身体スペックを持っているのだ。その上、攻撃手トップ5の実力者である。自分よりも強い事は言うまでも無い。
しかし、そんな奴を相手にするのは慣れっこだ。自分より強いからと言って、自分に勝てるかは別問題である。
とりあえず、寝てても仕方ないので二戦目へ。
再度、市街地Aに転送された。何処かの一軒家の前に降り立ち、レーダーを見る。影浦の位置を把握し、またのんびりと歩き始めた。
×××
「……あいつらは何をやってんだ?」
まるでさっきのリプレイのようなモニターの映像に、出水は呆れ気味につぶやいた。
同じように二人は向かい合い、メンチを切る。これでは戦闘どころか喧嘩ですらなく、ただの殴りっこだ。
「この戦闘もログに残るんだよね。ゾエさん、泣きそう」
「中学生の女子にゃ、トラウマを残しそうだな……」
何せ、お互いにノーガードのインファイト。一発で決着がつく上に、顔面を殴る直前にスコーピオンを突き出して斬り裂く、映画でも18禁になりそうな絵面だ。
しかし、これで勝敗は分からなくなった。依然、影浦が有利なのには変わりないが、茶髪の海斗が勝つ確率もゼロでは無い。
「ゾエさんはどっちが勝つと思います?」
「いやー、さすがにカゲでしょ。というか、これじゃあどっちが勝っても良いけど。……や、負けられて拗ねられても面倒だし、勝って欲しいのもカゲかな」
「はは……それ、本人に言っちゃダメですからね」
ゾエの身内ならではの評価に、出水が苦笑いを浮かべた時だ。二人の拳が一瞬にして動いた。
お互いに顔面に向かい、一気に振り抜かれる。さっきと同じように、ブシュッとトリオン漏れが発生した。
海斗の顔の下半分からと、影浦の削ぎ落とされた首からである。
「うおっ……!」
「マジ……?」
両者から驚愕の声が漏れた。まさかの相討ち。驚くべきは結果ではなく、影浦並みの速さを持つ相手の剣速である。否、拳速と言うべきかもしれない。
善戦はしても、5対0を疑っていなかった二人の中で、ようやくこの「喧嘩」の「不安」と、「模擬戦」の「興味」が均等になった。
×××
喧嘩、三本目。市街地に降り立った影浦は自分の首に手を当てた。C級、と分かった時点で、目の前のボケナスへの興味は失せていた。自分に喧嘩をふっかけてくる度胸の良さに少し期待したが、ただの粋がったカスだと思ったからだ。
実際、一本目はかなりナメた事をされたものだ。訓練室で何の仕込みもない拳を振るうバカがいると思っていなかったからだ。
だからだろうか、二本目には少し油断もあった。まさか相討ちになるとは夢にも思わなかった。
勿論、コンマ数秒、影浦の方が早かった。その証拠に、あの茶髪の拳は狙った顔面ではなく、自分の首に突き刺さったからである。
しかし、それでも相討ちである事には変わりない。
「……ハッ」
面白ぇ、とほくそ笑んだ。自分のトリガーをスコーピオンのみと縛っているとは言え、自分と喧嘩になるC級がいるとは思わなかった。
さて、ここからどうするか。このまま殴りっこで相手してやるのも良いが、せっかくの機会だ。ガチで相手をしてやっても面白いかもしれない。
ちょうど良いタイミングで、目の前から茶髪のバカが歩いてきた。お互い、睨み合いながら近付き、再び同じ距離に。
さて、まずはこの殴りっこで裏をかいてやるしかない。お互い、目を合わせ、そして呼吸のタイミングを合わせた直後、お互いから振り下ろされた右拳のスコーピオンを、左手で受け止めてキャッチした。
正確に言えば、スコーピオンは左手を貫通し、光のブレードを伸ばしている右拳を掴んでいる。
これで、お互いに拳は使えない。しかし、スコーピオンは使える。影浦のサイドエフェクトにより、顔面に「殺気」を感じたが、それより先に影浦は貫通させたスコーピオンをさらに伸ばし、殴れなかった顔面を狙う。やられる前にやれ、だ。
しかし、目の前の海斗は影浦の想像を超えてきた。
「ブッ……!」
まさかの頭突きである。スコーピオンが突き刺すはずだった額を影浦の鼻の頭にぶつけ、怯ませた。
それだけでは終わらない、そのまま右脚で腹に蹴りを叩き込み、ブレードを無理矢理、引き抜くと共に距離を取らせた。
「チッ、やりやがったな……!」
そう呟くと共に、影浦の両足は地面を蹴り、やり返す準備が整っていた。
しかし、自分の姿勢を崩してきただけあって、向こうの方が一手早かった。へし折った電柱を思いっきり振り上げている。
「……ハッ、ぶっ飛んでやがんな。面白ェ……!」
ニヤリと微笑むと、正面からその電柱を受けた。砂煙が舞い上がり、視界が完全に塞がれる。
しかし、影浦雅人のサイドエフェクトは、ストレスを生贄に捧げる事で、極端な話、視界が封じられていたとしても戦うことが出来る。
正面から突っ込んでくる茶髪の少年の三連撃を受け止めた。
「よォ、見た目の割に小せえ攻撃しやがんだな」
「アア?」
直後、影浦からの強烈な切り返しを、間一髪躱し、茶髪の前髪が散り落ちた。マンティス、を使わなくても家に大きな裂傷痕を残す威力だが、そんなものにビビってる暇なんかなかった。
家の壁を強く蹴って、影浦に接近する。一撃、ボディに拳を繰り出し、その拳に影浦は手を置いて軽く跳ぶと、顔面に膝廻し蹴りを放った。
それを穴の空いた左手でキャッチし、顔面に拳を振るおうとするが、影浦の膝から刃が伸びてきて、慌てて身体を逸らし、顔面を避けさせる。
「チッ……!」
奥歯を噛み締めて、身体を逸らしながら左手で膝を掴んだまま影浦の軸足を払おうとした。
しかし、受け止めてる脚の爪先からさらにブレードが伸びた。枝刃、体内でスコーピオンを枝のように分けてブレードが増えたように見せる技だ。
それにより、左腕が完全に切断された。
「どうしたよ、そんなもんかコラ」
「るせーよ、ち○毛頭。こっから逆転すっからよく見とけ」
「テメェ今、なんつったコラアアアア‼︎」
「聞こえなかったのか、ち○毛野郎オオオオ‼︎」
腕を斬られ、不利になり、腕を斬り落とし、有利になったものの、お互いに全く落ち着かない。
しかし、片腕を失った海斗が影浦を相手にできることはない。粘ったものの、あっさりと身体を両断された。
×××
結局、その後も影浦から一勝を取ることはなかった。死力を尽くして戦ったのは初体験だったのに、だ。
年季も経験もスコーピオン以外のトリオン体の使い方も全てのレベルが違うため、当然と言えば当然だ。初めてボーダーの正隊員の実力を思い知った。
「くそっ……」
「そう悔しがんなよ。負けてある意味じゃ当然なんだぜ」
「うるせーよ……」
出水が肩に手を置いてくれているが、陰山の苛立ちは収まらない。喧嘩に負けたのは中一以来だったが、このムカつきはいつになっても慣れない。
「それに、4-0とはいえ良い試合だったしな」
「あ? 慰めてんのか?」
「一応、言っておくとな、カゲさんはマジで強ぇんだぞ。フル装備ならシールドも付くし『マンティス』っていうスコーピオンを二本繋げて中距離にも対応する技も持ってる。その人と斬り合えたってだけでも十分だろ」
「別に、そんなんどうでも良いんだよ。あいつが強いとか、攻撃手の中でも五本指とか、そんなもん知った事じゃねぇ」
ただ、一つ。気に入らないのは決着がつき、顔を合わせた時だ。
『ハッ、デカイ口叩きやがるからどれだけやんのかと思ったら、そんなもんかよチビ!』
『負けてないから! 今のはアキレス腱がアレだっただけだから! もっかい!』
『ああ? 誰がテメエみてぇな猿を何度も相手にしてやるかよ! 百年早ぇわバーーーカ!』
『んだ、勝ち逃げする気か? 俺に負けんのがそんなに怖ぇか陰毛野郎が!』
『テメェ、次はトリオン体じゃなくて生身で喧嘩するかコラ』
いや、そこではなく。ここも十分腹たったが。
去り際、影浦は北添と並んで歩きながら、ニヤリとほくそ笑んだ。
『俺ともう一度、やり合いたきゃ、さっさとこっちまで上がって来やがれ、チビ』
何を言わんとしてるのか、海斗にはハッキリわかった。早い話が、正隊員になったらもう一度、やってやると言っているのだ。
影浦から発せられていた自身に対する色は、初めて見る色をしていた。赤に近く、敵意には変わらない。嫌悪、殺意、全てが織り交ぜられている。
しかし、それでも普段、感じるような不愉快さは無かった。
「んだよ、チキショウが! 格上のライバル気取りか、なんなら師匠気取りかこの野郎がアアアア‼︎」
「海斗、うるせぇ」
隣で吠えるバカを眺めながら、出水は小さくため息をついた。
素直じゃない物言い、ぶっきら棒な口調、目付きの悪さ、全てを見ていたからこそ、つくづく思った。
×××
ボーダー基地内の廊下、自分の隊室に向かう影浦は、ストレスが溜まりっぱなしだった。
自分にケンカを売るようなC級は初めてだ。だから、戦闘前は少し嫌悪感以外の感情もあったが、それも無くなった。と、いうのも……。
「クソ、マジムカつくぜ、あのクソ野郎……!」
「あ、あはは……」
影浦へのあまりにも酷い暴言を北添も聞いてはいたため、あまり強くは止められない。まぁ、口の悪さは自分んとこの隊長も同じレベルではあるけど。
「で、どうだったの。陰山くん」
「どうもクソもあるか。ムカつくだけだ」
「や、そうじゃなくて。腕の方」
「ムカつくだけだ」
「……ああそう」
つまり、影浦をムカつかせる程度の腕はあったという事だろうか。
見ていた感じだと、基本的にスタイルは喧嘩スタイル。己の拳だけが武器、といわんばかりで、攻撃時にスコーピオンを出し忘れる事も多い。
しかしその分、手数は多く、トリガーを使っての戦闘に慣れれば、それなりの攻撃手にはなるだろう。
「ったく、人の顔面をポカポカと殴りやがって……心底、イラつくぜ」
「でも、その割にカゲ、楽しそうにしてたじゃない。なんか最後『また遊ぼうね』みたいな捨て台詞吐いてたし」
「どんな意訳の仕方してんだ! お前から殺すぞゾエ!」
まずはそこを指摘してから、面倒臭そうに舌打ちしながら説明を始めた。
「俺のクソサイドエフェクトは、相手の攻撃がどこに来るか分かりやがる。FPSの予測線みてぇにな。だから大体の奴の攻撃は何処をどう攻めて来やがるのか読めちまうんだが、野郎の場合は何で攻撃してくるまでかは読めねえ。トリオン体の頭突きを喰らったのなんか初めてだ」
「ああ、あれね……ゾエさん、キスしたのかと思っ」
「殺すぞ」
「冗談だから睨まないで……」
当然の反応である。
「ハッ、楽しみだぜ。次はフル装備のクソッタレをボコボコにできると思うとよ」
「……」
そう悪態をつきながらも、影浦の表情はいつの間にか、本当に楽しみにしていそうなものになっていた。
本当に、素直ではない。強い言葉を使い、否定的なことばかり言うのかと思いきや、裏を返せば「期待してる」と単にウキウキしてるだけだ。
そんな様子を眺めつつ、今日の対戦相手であった茶髪の少年を思い浮かべ、つくづく思った。
×××
「「ホント、似た者同士だな……」」