ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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チームを組むのも楽じゃない。
メダルゲームは時を忘れられる魔性の遊具。


 方針は決まったものの、しばらくは期末試験の勉強のため、柿崎隊の作戦室に行くことは出来なかった。

 なんとかそれも乗り切り、補習を回避した海斗は、本部に来てさっそく柿崎隊の作戦室に向かいたかったが、先週に忍田からメールが来て、風刃の件についてまた何かあるそうなので、集合をかけられている。

 しかし、一週間も前から頼まれるということは、それなりに重要な話なのだろうか。そんな重要なこと、自分に任せないで欲しかったりするものなのだが、サイドエフェクトが悪いので仕方ない。

 まぁ、今日の風刃の何かしらに関しては給料も出るらしいので、割と気合が入ってたりするわけだ。

 ルンルン気分で集合場所である会議室に入った。

 

「失礼しまスカンク!」

「来たか」

「遅いぞ、陰山」

 

 忍田の後に文句を言ったのは、風間蒼也だった。え? なんでここにいんの? と問おうとしたが、よく見たら周りには風間だけでなく、太刀川や冬島、それ以外にもA級上がりたての影浦などがいた。

 

「……え、何これ」

「では、これより遠征部隊選抜試験を始める」

「……え?」

 

 ついていけない海斗を置いて、話はサクサクと進められた。

 

 ×××

 

 要するに、遠征部隊を選ぶのに、黒トリガー使いと戦闘をさせる、との事だ。それに含め、迅に万が一、風刃を手放すことがあった場合のS級候補である海斗は、迅とローテーションでA級部隊の相手をすることになった。

 

「……普通、先にそういう事言っとかない?」

「だってお前、ここん所、試験で忙しかったろ? 変に緊張しないように、忍田さんが気を使ってくれたんだよ」

 

 隣で同じブースにいる迅が、呑気にそう言った。まぁ、そういう気遣いはありがたいが、そもそも海斗はあまり戦闘において緊張はしない。緊張なんかしてたら、ナイフやら金属バットやらを持っている喧嘩慣れしたヤンキーどもを蹴散らすことなどできない。

 

「にしても、なんで俺だけこんな待遇されんのかね。他にも風刃適合者なんていくらでもいんだろ?」

「そりゃお前、サイドエフェクトがあるからだろ。俺以上、とまでは言うつもりないけど、お前のその能力を使えば、風刃の力を別の方面で引き出せるんだぜ」

「それは分かるけどよ……」

 

 対戦の組み合わせはこれから発表される。S級は迅悠一、陰山海斗、そして別室の天羽月彦の三人。

 対するA級部隊は玉狛第一を除いた、太刀川隊、冬島隊、風間隊、草壁隊、嵐山隊、加古隊、三輪隊、片桐隊、影浦隊の9チームだ。

 この中から、黒トリガーに対応出来る、と上層部に判断された部隊が遠征に選ばれるわけだ。

 しかし、どうにもモチベーションが上がらない。今日は柿崎隊にお邪魔してチームに入れてもらえるようお願いしに行くはずだったのが、こんな時間の掛かりそうな物をしなければならなくなるとは。

 

「はぁーあ……めんどくせーな……」

「そういや、忍田さんが言ってたけど、勝ち星の数だけボーナス出るよう、唐沢さんにお願いしてくれるって」

「で、どの部隊を蹴散らせば良いの?」

 

 ちょうど、海斗がそう聞いた時、対戦チームの組み合わせが発表された。

 

 天羽 ー 太刀川隊

 天羽 ー 冬島隊

 陰山 ー 風間隊

 迅 ー 草壁隊

 迅 ー 嵐山隊

 天羽 ー 加古隊

 陰山 ー 三輪隊

 天羽 ー 片桐隊

 陰山 ー 影浦隊

 

「……お」

「うわー……」

 

 海斗は少しワクワクした。どこの部隊も、少なからず自分と因縁のある相手だ。特に一番下。

 一方の迅は、少し嫌そうな表情を浮かべる。嵐山隊とかとてもやりづらいのだろう。

 なんであれ、海斗の出番はしばらく無い。椅子にダラけるように座り込んだ。

 

「じゃ、俺寝てるから。出番になったら起こして」

「お前、自由過ぎるだろ……」

 

 迅のツッコミを無視して、海斗はその場で寝転がった。

 

 ×××

 

 太刀川隊作戦室。そこで、出水は嫌そうな顔を浮かべる。

 

「うわー……やっぱ天羽かー」

「やっぱ迅じゃなかったかー」

「俺としては海斗が良かったんすけどね」

「あいつも面白そうだけどな」

「太刀川さん、海斗くんと個人ランク戦やったことあるのー?」

「いや、ないな。中々、機会がなくてな」

「あいつ、中々やりますよ。もしかしたら、太刀川さんも1〜3本くらい取られるかも」

「そいつは楽しみだなー」

 

 なんて呑気に話してるときだ。急に悲痛な叫びが3人の会話を邪魔をした。

 

「ちょっと! そんな場合じゃないですよ! 相手、最強のS級なんですよ⁉︎ 作戦会議は⁉︎」

 

 唯一、取り乱しているのは唯我尊である。裏口入学のような真似をしてA級入りを果たした、早い話が足手まといだ。

 しかし、それでもA級一位を保っているのだから、ある意味すごい事だ。

 

「そんな慌てる事でも無いだろ。訓練なんだし、まぁなんとかなるさ」

「そうですよね。つーか、唯我。お前、ビビりすぎ」

「僕がおかしいんですか⁉︎」

「まぁ待て、出水。一応、一理ある。作戦会議だ」

「そ、そうですよ!」

「作戦、臨機応変に」

「そうすね」

「太刀川さん⁉︎ それ作戦ですか⁉︎」

「もー、二人とも真面目に考えなきゃだめだよ?」

 

 国近が間に入った事で、ようやくまともに作戦を決め始めた。

 

 ×××

 

 風間隊作戦室にて。風間隊の四人は、長机の前に向かい合うように座り、隊長を中心に話し始めた。

 

「今回の相手はバカだ。他の二人よりも楽ではあるが、風刃を装備している。油断はするなよ」

「風刃ってどんな能力なんですか?」

 

 歌川が真剣な表情で尋ねると、風間は真顔で答える。

 

「遠隔斬撃だ。目の届く範囲、何処にでも斬撃を放つ事が出来る」

「うえ、なんですかそれ……ただのチートじゃないですか」

 

 菊地原が心底嫌そうな表情を浮かべるが、それに対して風間は首を横に振る。

 

「いや、残弾数がある。ブレードから光の尾が何本か見えるが、その本数が残弾数だ。それが消えれば、リロードの隙が生まれる。そこを逃さずに殺し切るぞ」

「了解」

「了解」

「三上、奴の位置を的確にオペレートしろ。風刃は距離を詰めればただのブレードと同じだ」

「了解です」

 

 そう返事した後、歌川が顎に手を当てて呟いた。

 

「……にしても何故、俺達の相手が陰山先輩なんでしょうか」

「ていうか、そもそもなんであの人が黒トリガー使いとして試験に参加してるんですかね」

 

 菊地原も同じ様に疑問を浮かべる。それに対し、風間は厳しい表情のまま答えた。

 

「それは、奴のサイドエフェクトだ」

「色で相手の自分に対する感情が分かる、というアレですか?」

 

 三上の質問に風間は頷いて答えた。

 

「そうだ。正確には、相手の周りにオーラが見えるらしい。問題は、そのオーラが障害物越しにも反応するという事だ」

「え、それって……?」

「俺達自身の姿は見えなくても、赤いオーラによって場所は割れる」

「狙撃手とかたまったものじゃないですね」

「いや、こちらが奴に対し感情を抱いていない以上は見えはしない。逆に、感情を出しているとカメレオンも無意味だ。今回はステルス戦闘ではなく、バッグワームを羽織って奇襲を仕掛ける」

「なるほど……」

「逆に、見つかったら終わりって事ですね」

 

 菊地原の指摘に、風間は頷く。歌川も忍田があのバカな先輩に何故、風刃を使わせているのかが分かった。

 建物越しに斬撃を飛ばせる以上、一度でも自分の姿を相手に見せれば必ず警戒する。あとは出来る限り距離を離し、斬撃を放てば最強の狙撃手の完成だ。

 元々、ブレードの形状をしたトリガーと持ち主のポジションが攻撃手のため、近接戦闘も問題なくこなせる。

 迅悠一とは、また違った相性の持ち主だ。

 

「その通りだ、菊地原。初見の戦闘が勝負だ。距離を離せば、それだけ不利になる。……いや、あのバカの場合は、俺達が逃げたのを見ると調子に乗って俺を煽ることに必死になりそうなものだが……」

 

 割と的確な予想をするが、念の為、向こうも本気の可能性も考慮し、後半の部分は脳内で打ち消した。

 

「とにかく、接近してからの一発勝負だ。一気に行くぞ」

「「「了解」」」

 

 まじめに作戦会議していた。

 

 ×××

 

 加古隊作戦室。作戦会議どころではなかった。

 

「……戦闘……界王様とが良かった……修行の成果、見せるチャンス……」

「ま、まぁまぁ、双葉。それはまたの機会にしましょう? ね?」

 

 机の上で項垂れていた。

 

 ×××

 

 三輪隊作戦室。三輪、米屋、奈良坂、古寺、月見の五人は真剣に作戦会議をしていた。

 

「……相手は、陰山か」

「それな。つーか、なんであいつ風刃持ってんだ?」

「さぁな」

 

 その辺には興味がない、と言わんばかりに三輪は首を横に振って話を進める。元々、風刃の持ち主は三輪が最も気に食わない人物だ。風刃の性能は全員に話してあるし、それ以上はいい。

 

「とりあえず、今日の試験では陰山は風間隊と当たる。それを見学してから、さらに作戦を決めるが……とりあえず、現場では以前まで決めていた通りだ。狙撃手は場所を見られても構わない。どちらにせよ、海斗は360度見渡すだけで、居場所を見つけられる。隠れつつ撃つより、アタッカーと狙撃手による同時攻撃でお互いをカバーし合い、斬撃を撃たせるな。鉛弾が一発でも決まれば、それで終わりだ」

「リョーカイ」

「了解」

「了解です」

「月見さん、オペレートお願いします。特に、アラートを」

「了解よ」

 

 淡々と作戦会議は進められた。米屋としても三輪としても、陰山海斗と戦えるのは悪い気はしなかった。

 

 ×××

 

 影浦隊作戦室。組み合わせを見次第、影浦のテンションは柄にもなく上がっていた。

 

「……ハッ、面白え。まさか、こんなとこであの野郎とやり合う機会があるとはな」

「そうだね。なんだかんだ、最後に戦った時とか互角だったもんね。海斗くんと」

 

 北添が隣からのほほんとした声で言う。相手も同じだが、サイドエフェクトを全開に用いたスコーピオン同士の殴り合いによって、戦績はほぼ互角になっている。

 

「でも、相手は黒トリガーだよ? カゲさんだけで勝てるの?」

「バカ言え。俺一人で戦うわけじゃねぇ」

 

 絵馬の質問に、影浦は首を横に振る。

 

「とりあえず、風刃の性能を風間と三輪んトコの戦闘で把握する。それまでは、俺が惹きつけ、ゾエが裏を取る。ユズル、テメェも隙がありゃブチ抜いてやれ」

「はいよー」

「了解」

 

 そんな感じで作戦会議を進めた。

 

 ×××

 

「……おら、海斗」

 

 身体を揺さぶられて、海斗は目を覚ました。目の前には迅悠一の顔面が目の前にある。

 

「テメェ、朝チュンかコラ。そっちの趣味?」

「違うから。出番」

「あ、もう?」

「ちゃんと作戦考えておけよ。ステージの選択権はこっちにある分、向こうは転送直後から部隊がまとまってるんだから」

 

 あくまで遠征を想定しているため、序盤は部隊はまとまって始まり、敵地のため戦地は黒トリガー側に選ばせている。戦闘の結果ではなく対応力を見るためだ。

 戦闘の相手は風間隊。何度も顔を付き合わせ、カメレオンの効かない相手対策に戦わせられ、気が付けば師匠みたいになっていた人の部隊だ。

 勿論、どんな部隊かは頭に入ってる。カメレオンを用いたステルス近接戦闘部隊だ。だが、海斗にそのステルスは効かない。どんな対応をしてくるか、とても楽しみだ。特に、それを看破した上でやり返してやりたい方面で。

 

「……よし、やるか」

 

 ニヤリと薄く微笑むと、ステージを選択して転送されて行った。

 

 ×××

 

 風間隊が転送された先は、市街地Dだった。大型デパートがあり、縦に長いエリアである。

 しかし、風間、菊地原、歌川が転送された場所は、デパートの外だった。ビルの屋上で、デパート全体が見渡せる場所だ。

 バッグワームを羽織って、風間が通信を用いて聞いた。

 

「三上、奴の位置は?」

『4階のゲームセンターにいます。クレーンゲームの商品に目を奪われている様子です。……なんか動き的に、お金の1枚くらい落ちてないのか、クレーンゲームの下を覗』

「チャンスだな。一階に降りて、下から奇襲を仕掛ける。三上、奴に動きがあれば随時知らせろ。歌川、菊地原、一気に距離を詰めるぞ」

 

 そう言うと、風間は三上の誘導の元で、デパートに侵入し、海斗の真下にきた。一階と六階のため、距離はあるが、ここから一気に距離を詰めれば良い。

 

「三上、奴は?」

『メダル販売機を壊してメダルを手に入れて、メダルゲームに夢中です』

「よし、メダルゲームを開始し次第、スタートするぞ」

 

 真面目な風間隊は、海斗に対してツッコミを入れる者などいない。後で風間と三上が説教するだけだ。

 三人で海斗を囲むように一回で定位置に着くと、天井を切り裂いて上の階に進んで行った。

 そして、海斗の真下の階に来ると、通信を内部通信に切り替え、再度確認した。

 

『三上、陰山に動きは?』

『ありません。おそらく、ジャックポットで舞い上がっています』

『風間さん……あんなふざけた奴にここまで慎重になる必要あるんですか?』

『菊地原、これは勝ち負けが判断材料ではない』

『分かってますけど……なんか、バカバカしくなって来ますよ。あんなの相手をしてると』

『分かってるなら無駄口を叩くな。行くぞ』

 

 直後、三人は息を合わせて両手を高速で動かした。

 

 ×××

 

『陰山くん。まだやってるの? 盗んだメダルで』

 

 通信の向こうにいるのは綾辻遥だ。直接話すのは今回が初めてだが、今日は嵐山隊の試合はないため、引き受けてもらった。

 

「いやー来ましたわージャックポッド。これヤバイわ。マジ激アツだわ」

『聞いてる? 風間隊がレーダーから消えてるけど……』

「うっほー、メダル250枚とかマジかよオイ⁉︎」

『……嵐山さん。この人なんなんですか?』

『あ、あはは……おーい、陰山。聞こえてるか?』

 

 声が聞こえ、海斗は仕方なさそうに返事をする。

 

「しゃーねーなぁ……何?」

『ほら、綾辻』

『ありがとうございます。アラート。風間隊が消えてるよ』

「……は?」

 

 その直後だ。床が崩落した。メダルゲームの筐体ごと空いた床の大穴から落下、そして、三つの影が海斗を取り囲んでいた。

 風間隊の三人。オーラは言うまでもなく殺意のドス赤い。どう考えても一発は当たるし、避けられるタイミングでは無い。

 しかし、海斗は何となく理解していた。視界に入ってる三人の連携は完璧だが、それ故に全く同じタイミングで仕掛けては来ない。

 全員が同時に攻撃をすれば、回避された直後、三人揃って大きな隙が生まれてしまうからだ。特に、風刃を相手にそれはカモだ。

 ならどうするか? 3人が3人をフォロー出来るよう、ギリギリ最速のタイミングで仕掛けてくる。

 そして、それを見極められるのが、海斗のサイドエフェクトの真骨頂でもあった。

 攻撃のタイミングは風間、歌川、そしてトドメは菊地原だ。風間の攻撃をぬるっと避けつつ、手に持つ風刃に10本の尾が生える。

 

「! 歌川、菊地原、来るぞ!」

 

 それにより、菊地原と歌川は攻撃の速度を早めた。風間も同じだ。右腕のスコーピオンを振るうと共に、海斗の両サイドから二本のスコーピオンがコンマ数秒の差で海斗に迫る。

 直後、海斗は手に持つ風刃を振るった。海斗の拳速は目で追えないほどに早く、喧嘩慣れした海斗は相手が持っていた木刀を奪い、それを武器にすることも多かった。

 風刃のブレードの性能は孤月よりも斬れ味が鋭く、スコーピオンよりも軽い。当然、生身で持つ木刀よりもずっと軽く感じるのだ。

 

「ッ……!」

 

 風間の攻撃を回避し、三回風刃を振ってカウンターを叩き込んだ。風間に一発の正面からの叩き斬り、そして海斗の真横を二発の斬撃が通り過ぎた。

 風間は自分への一閃をガードし、サイドから攻める菊地原と歌川は斬撃に真っ二つにされる前にギリギリ回避した。

 

「速い……!」

『無事か、歌川。菊地原』

『はい』

『腕をやられましたが、戦闘は続行可能です』

『なら、まだ畳み掛けるぞ。俺がこのまま正面を引き受ける、お前らは隙を伺って行ける時に追撃しろ。絶対に距離は離させるな』

『『了解』』

 

 指示を出すと、風間は正面から海斗に二刀流での猛攻。左右のブレードで乱撃を繰り出すが、それを海斗は風刃一本で凌ぎ続ける。いや、正確には風間のブレードが出ていない手首や前腕など、素手で凌げる部分はブレードは使わずに打ち払っていた。

 

(チッ、流石、素手での戦闘力は場慣れしてるだけある。黒トリガーが無くともこの強さか……。なら、これはどうだ?)

 

 直後、風間は両手のスコーピオンを右腕は斜め上、左腕は斜め下から斬り込んだ。

 全く同時の挟み撃ち攻撃。スコーピオンの速さとこの間合いなら回避は間に合わない。

 しかし、海斗はそれに対し風刃を手放した。

 

「⁉︎」

 

 自由落下する風刃に、風間が一瞬だけ目を奪われる。その直後、海斗は風間の両手首を掴んでガードした。

 動きを封じられたが、海斗は武器を手放している。なら、手段は一つだ。強引な力技で歌川か菊地原の方に投げ飛ばし、どちらかと一対一になるつもりだと踏んだ。

 その前に、枝刃で海斗の腕を斬り落とそうとした時だ。真下からせり上がってくる海斗の右膝が顎にクリーンヒットした。

 

「ッ……⁉︎」

 

 いくらトリオン体でも、脳は存在する。顎に一発でも入れば少なからず脳に影響が入る。

 ほんの一瞬、風間は視界がブレ、後方に大きく蹴り飛ばされる。しかし、海斗は武器を手放しており、風間隊には二人の優秀な部下がいる。

 蹴り飛ばされた風間の両サイドから二人がブレードを握って一気に決めに来た。

 それに対し、海斗は左足でジャンプしながら手放した風刃を蹴り上げ、右手でキャッチして頭上で横にして左手を添えて構え、二人のブレードを受け止めながら後方に下がりつつ着地する。

 サイドエフェクトによって、菊地原から伸びているもぐら爪も見逃さなかった。仰け反って回避し、強引に距離をとった。

 

「……反射神経すごいね。思考回路にも少しは回したら?」

「今日の晩飯、たぬきうどんが良いなぁ」

「……やめておけ、菊地原。この人に揺さぶりは効かない。バカ過ぎて」

「んだと誰がバカだ歌川コラァッ‼︎」

「……」

「効いてんじゃん」

 

 その直後だ。二人の後ろから空中で受け身を取り、天井を踏み台にした風間が一気に距離を詰めた。

 

「チッ……!」

 

 舌打ちを漏らした海斗は、上からの二人のブレードを防御していた風刃の力の向きを下に強引に切り替えた。

 スコーピオン二刀が肩を掠めるが、大したダメージでは無い。下に力を切り替えた事により、風刃の風の尾が一発、解き放たれた。

 風間が自分の元に刃を届ける直前、上から一発の斬撃が風間のブレード、菊地原の右腕、歌川の左腕を斬り落とした。

 

「グッ……!」

『怯むな、歌川。アステロイドで牽制しろ。菊地原、分散して奴の意識を散らせ』

『了解……!』

『了解』

 

 指示通り、歌川は通常弾を飛ばす。それを回避してる間に、菊地原と風間が接近してスコーピオンを伸ばす。

 風刃は残り七発。さらにここで1〜2発使わせることが出来る。

 

「……成る程、そういうことか」

 

 海斗が何かを理解したように呟いた。菊地原と風間のブレードを回避しつつ、歌川の射線上に二人が来るようにすると、風刃を思いっきり振るった。

 それを見て風間隊の三人は反射的に自身の急所を庇うようにブレードをかざしたが、自分達の方に斬撃は飛んで来ない。

 直後、海斗の周りを光の壁が包んだ。

 

「じゃあな」

「! 三上!」

『追跡します』

 

 光の壁は、床ごと海斗を下の階へ斬り落とし、真上に向かっていった。いち早く、海斗の意図に気付いた風間は、三上の逃走経路を確認しつつ、歌川と最速で空いた床に向かった。

 穴の下に顔を向け、飛び降りた直後だ。菊地原の耳が直上から来る不気味な衝撃音を捉えた。

 

「風間さん、待った!」

「⁉︎」

 

 滅多に聞かない菊地原の声と共に、自分の襟を掴まれ、力任せに引っ張られた。

 歌川にも手を伸ばしたが、間に合わなかった。引っ張られた風間の目の前を、風刃によって切り裂かれた上の階以上の床が落下して来た。

 

「グッ……!」

 

 下に落下し、埋もれる歌川だが、直後に緊急脱出の柱がショッピングモール内に立った。恐らく、動けなくなったところで一撃でトドメを刺されたのだろう。

 

『警戒! 風刃が来ます!』

 

 床下から、三発の斬撃が飛ばされてくる。風間は左腕を失い、菊地原は強化聴覚によって余裕で回避しつつ一時的に撤退した。距離も置かれた上に、片腕を取られ、歌川も失った。

 おそらくだが、今のうちに風刃の刃を再装填している事だろう。遠征部隊の選抜試験ならば、ここで退くべき場面ではあるのだが……。

 

 バカ『あっるえええ? かじゃましぇんぱい? 僕ちん一人に負けちゃったんでしゅか〜も〜』

 

 想像するだけでも癪に触る。後で一発殴るか、と心に固く誓いつつ、菊地原に声を掛けた。

 

「菊地原、アレをやるぞ」

「やっぱりやります? 歌川もいないのにやれますかね」

「やるしかない。……後で陰山に煽られても良いのならここで撤退しても良いが」

「……わかりました。やりましょう」

 

 そう頷きあうと、二人は行動を開始した。

 

 


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