「なんか寝て起きたら1日の記憶が消えて二宮隊所属になってたんだけど、どういう事?」
「知らねーよ」
夏休みに入り、ラウンジで出水に相談してみたものの、全く素っ気ない返事が返ってきた。
実際、出水はそんな事知らないし知りたくもない。歳上とはいえ、二宮は自分が合成弾を教えた相手だ。師匠、なんて名乗るつもりはないが、それだけ二宮のことは知っている。
そんな出水から言わせれば、忍田も随分な部隊にバカを放り込んだものだと思ってしまう。
「なんか分からないことだらけなんだよ。風間のとこと模擬戦したのは覚えてんだけど、なんか結果も朧げなんだよな……。しかも、目が覚めたの加古隊の作戦室だし」
「え、そうなのか? 何してた? ナニしてた?」
「や、それも正直、記憶が……」
「マジで⁉︎」
「多分、ないと思うけど」
「まぁ、俺もそうは思うけど」
割と現実的だった。そもそも、二人とも童貞のため、猥談など盛り上がるものでもない。
とりあえず、何かあったのか心配になりはしたので、聞いておいた。
「何お前、頭でも打った?」
「いや、そんなはずないと思うんだよね。トリオン体じゃ記憶は飛ばないし、生身で殴られるほど、俺に隙はないし」
「なんで生身の方が索敵値高ぇんだよ……」
そこをツッコミつつ、出水は小さくため息をついた。
「ったく……でも、お前が二宮さんの下かぁ」
「なんだよ」
「いや、色々大変そうだなって」
「どういう意味だよ」
「だって、あの人、普通に気が強いしプライド高いし、お前とぶつかる未来しか見えねえよ」
「お前、俺のことどう思ってんの?」
聞かれたものの、出水はサラッと流して続けた。
「それに、戦術を意識してる人だし、お前とは合わねえだろ」
「でも、良い人なんでしょ。結構、部下と一緒にいるところ見るし」
「まぁな。厳しい言い方をする事もあるけど、基本的には良い人だよ。たまに飯とか連れて行ってくれるし」
「マジで? めっちゃ良い人じゃん」
「ホント、タダメシに釣られやすいのなお前……。まぁ、でもあんま無礼なこと言うなよ」
「わーってるよ」
そう返事をしつつ、コーヒーを飲み干した。さて、これから玉狛で小南と乱闘だ。約束はしていないけど、大体、玉狛にいるから問題ないだろう。
伸びをする海斗に、向かいに座っている出水が、一応、確認するように聞いた。
「で、お前もう二宮さんに挨拶はしたのか?」
「あ? 挨拶? 今日はオフだし、任務の時で良いかなって」
「全然、わかってねえじゃねえか。これからお世話になるんだし、菓子折りなり何なり包んで持って行けよ」
「えー……」
「あからさまに嫌そうな顔すんな。この後、予定あんのか?」
「無いけど」
「なら、一緒に何買うか選んでやるから、持っていけよ」
「選んで買ってくれんの? サンキュー」
「何しれっと奢らせようとしてんだコラ。なわけねーだろ」
そう言って、二人は街に出た。
×××
二宮隊の作戦室は、基本的に片付いている。というより、物が少ないから片付けることもない。その上、それぞれが掃除していたりするから、むしろかなり綺麗な方だ。二宮が掃除してるとこに遭遇とかするとかなり気まずい。
そんな作戦室では、銃手の犬飼澄晴と攻撃手の辻新之助とオペレーターの氷見亜季が揃っている。
二宮隊で唯一、明るい性格の犬飼が今日も喧しく元気に辻に話しかけた。
「ねぇ、辻ちゃん辻ちゃん。聞いた?」
「今日、新しく入ってくる人の事ですか?」
「ありゃ、知ってたんだ」
少し残念そうな声を出したものの、表情はいつもの飄々とした笑みのままだ。しかし、こう見えて銃手としてはかなりの腕前を持つ男で、B級でありながら香取隊銃手の若村を弟子に持っている。
「二宮さんに聞きましたから」
「どんな人だか聞いた?」
「いえ、それまでは」
「二宮さん、新入りの話のときすごい嫌そうな顔してたよね」
隣から口を挟んだのは、氷見だった。落ち着いた様子で三人分のアイスティーを机に置く。
「ありがとう、ひゃみさん。二宮さんがそこまで露骨な拒否反応をするのなんて、加古さんくらいしか思い浮かばないんだけど……」
「加古さんだと良いね、辻ちゃん」
「そんなわけないでしょう……。それは俺がもたないです」
辻は女性が苦手だ。まともに話せるのはチームメイトの氷見と、元チームメイトの鳩原未来だけだ。
わざとらしく話を振ってくる犬飼に、辻は素っ気なく答えた。
「まぁ、加古隊が解散したなんて話は聞いてないし、違うと思うけど」
「うーん……じゃあ誰だろ。二宮さんが嫌がりそうな人、ねぇ……最近、C級から上がった子とか?」
「忍田さんから連絡が来て入隊することになったそうですし、あり得ない話ではないですね」
「でも、そんなすごい子いたかなぁ。少し前なら木虎ちゃんとか鋼くんとか緑川くんとか双葉ちゃんとかいたけど……」
しかし、木虎は嵐山隊、村上は鈴鳴第一、緑川は草壁隊、双葉は加古隊……と、それぞれの所へ所属している。
そこまでいって、辻は「あっ」と声を漏らした。そういえば、その辺に入隊した人の中でもう一人、すごい新人がいた。
それによって、犬飼も氷見も理解したように少しだけ目を見開く。三人の頭に浮かんだのは、茶髪で目付きが悪く、トリオン隊の服がジーパンの少年だ。
しかし、それだけはない、と確信した。だって一度、二宮と任務に出た事もあったが、その後の二宮は割と不機嫌だったし、聞いた話だとバムスターをぶん投げたりしていたそうだ。
「いやー、あの子はないよねー」
「そうですね、あの人はないです」
「うん、無い無い」
あっはっはっはっ、と淡白な笑いが作戦室を包む中、コンコンとノックの音がした。
「あ、新入りの子かな?」
「かもしれませんね」
「私、出ますね」
そういって氷見が立ち上がり、作戦室の扉を開くと、茶髪で目つきが悪くジーパンを履いた少年が姿を現した。
「すんません、今日からここに配属になった陰山っす」
「……」
「……」
「……」
また荒れそうだな……と、三人は速烈でソッと目を伏せた。
そんな歓迎的ではないムードの中、一切気にせずに海斗は目の前の氷見に声をかける。
「入って良い?」
「あ、はい。どうぞ」
「あ、これお菓子。なんか割と高くついたどら焼き」
「あ、ご丁寧にどうも」
氷見に紙袋を手渡し、海斗は中に入った。思ったより礼儀正しい子なのだろうか?
まぁ、同じチームになっちまった以上は仕方ない。とりあえず、最年長の犬飼から立ち上がって声を掛けた。
「陰山くん? とりあえず座ってよ」
「あ、どうも」
席を譲り、海斗は大人しく座る。氷見がお茶を淹れて、再び犬飼から口を開いた。
「とりあえず、自己紹介だけ済ませておこうか。俺は犬飼澄晴。ガンナー。よろしく」
「俺は辻新之助、アタッカー」
「氷見亜季です。オペレーター」
と、簡潔な挨拶。海斗から見ても、全員から敵意や悪意のような感情は見えない。
「……あ、俺の番か。陰山海斗です。一応、アタッカー。まぁ、部隊に入ったこと無いからこのポジション紹介に、意味があるのかは分からないけど」
「アタッカーか。辻ちゃんと一緒じゃん」
「武器は何使うの?」
ポジションが一緒だからか、辻が少し興味を持ったように質問してきた。それに対し、海斗は真顔で答えた。
「拳と脚と頭」
「ごめん、トリガー名で答えてくれる?」
「ああ、そっちの武器ね。スコーピオンとレイガスト」
「また珍しい組み合わせだな」
そればっかりは海斗もそう思うので黙っておいた。そもそも、ボーダーに喧嘩慣れしてる程、喧嘩の経験がある奴がいない。
従って、武器があれば使うし、スコーピオン使い以外で蹴りを放つ奴も少ない。未だにシールドを出せるのを忘れ、回避を優先する奴など少ない。
「ポイントは?」
「ポイント? 何それ」
「は?」
「ん?」
氷見からの聞きなれない言葉に海斗が首をかしげると、ポイントの質問をして初めて返って来た返事に氷見も首を傾げてしまった。
「あ、ポイントってTポイント? ごめん俺カード持ってないわ。カードに貯まるポイントよりも年会費の方が多くかかるし」
「いや違くて」
「じゃあD?」
「ポイントカードから離れよう」
徐々に声が冷たくなっていく氷見をいち早く感じ取った辻は、横からやんわりとフォローする。
「ま、まぁそういう人も割といるから。米屋とかも覚えてないんじゃなかった?」
「そういやそうだよね。調べれば分かる話だし。本場のデータベースにあるんじゃない?」
「見てみましょうか?」
なんてワイワイと盛り上がって来ていると、作戦室の扉が開いた。現れたのは、我らが隊長、二宮匡貴だ。
相変わらずの仏頂面で現れたにも関わらず、犬飼、辻、氷見は元気よく挨拶する。
「あ、二宮さん! お疲れ様でーす」
「お疲れ様です」
「なぁ、集まったばっかで疲れてないのに、なんでお疲れ様なんだろうな」
「いいから挨拶しなさい。お疲れ様です」
「乙」
「……ああ」
若干一名、余計なことを言う奴がいたが、シカトして素っ気なく返事をする。
二宮が来たことによって、海斗の個人ポイントを確認するのは中断し、全員とりあえず席に着いた。
「全員、自己紹介は済んでるだろうが、一応紹介しておく。新メンバーの陰山海斗だ」
「お前の自己紹介がまだだろ」
「……」
「うわあ……」
間髪入れずに無礼にもほどがある口調で海斗は二宮に言った。犬飼がドン引きしたような声を漏らし、二宮はピクッと片眉を挙げる。
しかし、バカの小言に一々、突っかかるのも無駄だし、自己紹介していないのも事実であるため、とりあえず言っておいた。
「二宮だ」
「うん、知ってる」
「……」
直後、パカンと後ろから頭をひっぱたかれた。叩いたのは氷見だった。白く小さな手で引っ叩かれてもダメージはないが、心へのダメージはある。
「何」
「二宮さんを茶化さないの」
「茶化してねーよ。ただ思ったことを口に出してるだけで」
「いいから黙ってなさい。隊長の話は聞くものよ」
「……へいへい」
反論してやっても良かったが、彼女から恐怖の色が多少ながら出ているにも関わらず、自分にキチンとお叱りをしてくる度胸を買った。何処と無く、小南や双葉に似た感じがある。
氷見も、鳩原に助言をもらっていなかったら割とキョドッていた事だろう。
「話を続けるぞ。陰山、お前の入隊の経緯は知っているな?」
「や、知らない」
「陰山くん」
「待って、氷見。本当に知らないんだって。なんか昨日の記憶が全部飛んでんだって。今朝、目が覚めたのなんて何故か加古隊の作戦室だったからね」
「……チッ」
加古隊の作戦室で記憶を失って眠っていた、その時点で加古の事を知る二宮の口から舌打ちが漏れた。何が起こったのか、想像に難くない。
まぁ、二宮もわざわざ教えてやる義理はないので、強引に話を進めた。
「昨日、忍田本部長から連絡がきた。陰山を俺の部隊で引き取ってくれ、という話だ」
「俺は里親を待つ捨て猫か何かかよ」
「断っても良かったが、この前のランク戦で影浦隊の新戦術に敗北した。俺達にも変化を求めるため、お前を引き入れた。働いてもらうぞ、陰山」
ちょうど、鳩原がいなくなった時期のため、B級に降格になった上、急遽三人になったため、新しく戦術を組み直す時間もなかった。それでもB級二位を保っていた辺りは、やはり元A級の地力の強さがあったが、負けは負けだ。
鳩原の事など知るよしもない海斗だが、二宮から発せられている色からは、確かに「期待」の色が出ていた。他にも思惑があるようで様々な色が出ているが、期待されている以上は答えてやらねばならない。
「任せとけよ」
「でも、バムスター投げたりは無しだからな」
「わーってるわ」
「なら、早速行くぞ」
「え、何処に?」
確か、今日はオフだったはずだ。もしかして早速、訓練だろうか? 連携の練習とかだったら、正直面倒臭い。基本的に好き勝手暴れたいタイプの海斗だから、誰かと連携するのは苦手だ。
まあ、チームで戦うというのはそういうことだから、海斗も頑張るしかないわけだが。
しかし、二宮が始めようとしているのはそんな事ではなかった。
「決まっている。隊服のスーツの試着だ」
「……え?」
「コスプレじみた格好は好かないが、だからといってGパンにTシャツはあんまりだ」
「俺も、スーツ着て良いの?」
「そうだ」
「……」
マジでか、と海斗は唖然とする。そういえば、前々から二宮隊のことは気になっていた。主にスーツがカッコ良いから。変なコスプレじみた格好をするよりも、スーツで戦う方が遥かにマシだ。
どうせコスプレじみた格好をするのなら、バ○トマンみたいな格好をしたいと思うほどだ。
「是非、お願い致します、二宮様」
「様はやめろ、気持ち悪い」
バッサリと切り捨てたが、あまりのちょろさに二宮は少しだけ狼狽えた。
×××
「うわ……なんだこれ。動きづらくね?」
トリオン体をスーツに設定したものの、海斗の反応はあまり良くなかった。そもそも、スーツで近接戦闘をこなすというのはドラマや映画のエージェントくらいのものだろう。
「これで殴り合いしろっての?」
「慣れればそうでもないよ」
同じアタッカーの辻が声を掛けた。
「それに、どうしてもアレならネクタイを緩めたり上着を脱いだり腕まくりしたりして良いし」
「え、良いの?」
「ああ、まずは戦力優先だ。元々、ダサい格好をしたくないだけで、外見にこだわりはない」
二宮の方に確認するように顔を向けると、頷いて返された。まぁ、学生服で喧嘩してたこともあるし、それなら問題ない。
それに、スーツで戦闘にはそれなりに憧れていたし、むしろ慣らすために一度、ランク戦でもしに行きたいくらいだ。
「二宮、この後は?」
「連携の訓練などは明日以降に回す。今日は……そうだな。現状のトリガーを教えて、夜の予定を開けておけば何をしていても構わない」
「了解。じゃ、ちょっとランク戦してくるわ」
トリガーの構成をその辺にあった紙に書くと、これからは自分の作戦室となった一室を元気に出て行った。
その背中を見ながら、二宮隊の面々は呟いた。
「あーあ、はしゃいじゃってまぁ」
「意外と可愛いとこあるのね」
「学校だと、出水や米屋以外と絡んでるとこ見たことないんだけどね」
「……ふん」
興味なさそうに二宮は鼻を鳴らすと、部屋の中を見回した。実際の所は知らないが、あの片付けの下手そうな奴が自分の部隊に入るとなると、色々とまた揉めそうだ。
あのバカが抜けて行ったバカの代わりになるかは分からないが、自分以外のエースが入ってくれたのはありがたかった。
「でも、良かったんですか? 二宮さん。次のランク戦までの隠し球とかにしておかなくて」
「別に構わない。隠し球などにしなくても、このチームがB級で負ける理由が無い」
そう返しつつ、二宮はトリガー構成を眺めた。両手にレイガストとスコーピオンを入れている上に、シールドは片方にしか入れていない。どう見てもチームで戦うよりも個人主義の構成だった。
「うわー、すごいですね」
「中々、脳筋というかなんというか……」
「……犬飼、あいつのランク戦を見て来い」
「はいはい」
構成を変えさせるにしても、まずはどんな戦闘をするか、だ。それを図るためにランク戦を許可した。本当は作戦室の使い方とか、あんまり私物を持ち込むなみたいな注意もしておきたかったが。
「ひゃみちゃんも行く?」
「はい。陰山くんの対人戦を見たことがないので」
二人で海斗の後に続き、ランク戦ブースに向かった。