さて、どうしたものか、と海斗は悩んでいた。ついうっかり了承してしまったが、何処で面倒を見れば良いのか。
二宮隊の作戦室では二宮がいつ帰ってくるか分からないし、かと言って加古隊の作戦室では怪我の上にチャーハンという泣きっ面にハチ状態になるのは明白だ。
従って、二人の部隊の作戦室は使えない、とかなんとか色々と考えたが、なんかもう面倒になってきた海斗は、修行を優先することにした。
ちなみに、双葉に傷を手当てしてもらうのもなしだ。下手に心配をかけさせたくないので。
訓練室に入り、早速弟子に声をかける。
「よし、じゃあやろうか」
「はい! アレから私も強くなりましたから。そろそろウィス様に勝っちゃうかもしれませんよ?」
「どんぞ、勝っちゃってください」
「ええ……師匠としての矜持は……」
「勝てるもんなら」
「む、やっぱりウィス様ムカつきます」
そう言いつつ、海斗は自分の身体の様子を確かめるように、首や腕、足首を回して準備体操する。大怪我したものの、トリオン体に問題は出ていないようだ。
「……」
「ウィス様?」
「っ、な、何?」
「どうかしましたか? 何か、ボーッとしてましたが」
「や、何でもない」
何か、違和感を感じる。怪我がトリオン体に響いているのだろうか? いや、そんなはずはないのだが。
毎日とは言わないが、風間、小南、村上に次いで海斗との戦闘が多い双葉がそれに気づかないはずがなかった。
「……どこか調子が悪いのですか?」
「いいからかかって来い。瞬殺するぞ」
「出来るものなら」
「よっしゃ。来いや」
そう言った直後だった。双葉が正面から突っ込んで来て、拳を自分の顔面に振るってきた。
「うお」
危ね、と言わんばかりに仰け反って避けると、さらに次は孤月の一閃が目の前を通り過ぎる。
身体を後ろに倒して避けると、ガクンと脚の体重が抜ける。足払いによって、身体が大きく傾いた。
その海斗に対し、スラスターで追撃する双葉だが、その前に海斗は後ろに手をついてバク転で距離を置いた。
「逃がしません」
その海斗に旋空孤月。そしてそのブレードの裏に被るようにスラスターによる投擲。
それを海斗はあっさりと回避したが、連続攻撃はそれだけではなかった。最後に飛んできたのは双葉自身。韋駄天を用いて、孤月を振るった。
顔面ではなくボディに飛んでくる高速の一閃に対し、海斗はようやくガードした。レイガストとシールドを重ね、後方に大きくぶっ飛ばされながらもダメージを回避する。
「っ……!」
奥歯を噛み締めながらも双葉は攻撃の手を緩めない。しかし、その単調になった動きを待っていた海斗は、双葉の孤月を握る手を握り、足を払って転がそうとした。
だが、双葉はそれも想定済みだった。その払いをジャンプで回避し、顎に膝蹴りを放った。
「ちっ……!」
クリーンヒットしたように後ろに仰け反る海斗を見て、ようやく隙が生まれた、と双葉は小さく笑みを浮かべた。あとはトドメを刺すだけ。ジャンプしながら両手を振るった。
スラスターで無理矢理、加速した拳と、伸びるブレードで挟み撃ちするようにトドメをさす。後ろ、横、上、何処に逃げても必ず何かは当たる。
しかし、双葉には違和感しかない。どうにも、自身のカウンタータイプの師匠を、簡単に追い詰め過ぎた気がする。両手での同時攻撃は強力だが、その分、隙は大きい。
考えてみれば、自分の膝蹴りは、本当に当たったのだろうか?
「警戒したか?」
ゾッとする声が響いた。目の前を見ると、海斗は自分の膝を顔の前で受け止めていた。
直後、脚からグンッと引っ張られる感覚が全身を襲った。スラスターによってそれは加速する。
巴投げの要領で、後ろに放り投げられた黒江は、韋駄天を使って無理矢理、海斗から距離を置いた。このまま近距離で戦うのはマズイ。
しかし、海斗はそれをも許さなかった。壁に着地した双葉にレイガストを投げ、壁に固定する。
「!」
その隙に一瞬で距離を詰め、海斗は右手に光のブレードを出す。だが、双葉も負けじと身動きが取れない状態のまま片手のレイガストのスラスターを噴射し、ブレードを飛ばす。
それをスコーピオン脚で蹴り上げて相殺すると、海斗の勢いは止まらずに双葉に拳を振るう。双葉も孤月を突いたが、海斗の拳速はそれを遥かに上回る。
双葉の顔の横を通り過ぎ、訓練室の壁に直撃した。
「……まだやるか?」
「……うー」
「んこ?」
「ーっ! ーっ!」
悔しそうに唸る愛弟子のセリフの続きを当ててみたら、無言で孤月と呼び出したレイガスト(刃)を無言で鼻息をふかしながら振り回す。どう考えてもバーサーカーだ。これはレイガストはしばらく解けない。
「よし、じゃあ今日はここまでな」
「待って下さい。まだ物足りないです」
「悪いが、今日は疲れてんだ。一戦で勘弁してくれ」
やはり、どうにも本調子ではない。普段なら一戦で疲れるような事はないし、双葉の攻撃も余裕を持って避けることが多かった。カウンターを測るには、余裕を持つことはタブーであり、敵の攻撃がキャンセル出来ないギリギリまで引きつけて回避し、反撃する事が鉄則である。
今日はもう帰ろうかなーなんて思いながら訓練室の扉を開けようとする海斗を眺めながら、双葉は悔しそうに奥歯を噛み締めた。
弟子にしてもらって、半年近く経とうとしているのに、未だ白星を獲得することができない……とかではなく、加古に教わった事を思い出していたからだ。
『ふふ、双葉。男の子におねだりする時はね? 女の武器を最大限に使うのよ』
同性の双葉から見ても美人な表情が、頭の中で悪戯っ子のように微笑む。
『例えば、顔とか、表情とか。後はー……そうね。身体、とか』
思い出すだけでも、頬が紅潮し、体温が高まっていくのがわかる。「後はー……そうね」なんて思いついたように言っているが、こちらが照れるのを分かっている意地悪のつもりなのは明白だった。
しかし、そんな内容でも隊長の教えである。物足りない双葉が師匠におねだりするには絶好の機会だ。
深呼吸をし、呼吸を整えると、一気に走って駆け寄り、後ろから海斗の腕に抱き着いた。
「お、なんだ?」
「う、ウィス様!」
狼狽えた海斗の腕に、ない胸を押し当て、真っ赤になった顔で精一杯の上目遣い(海斗から見たら睨んでるようにしか見えなかったが)で、勢いに任せて言い放った。
「も、もっと師匠とたくさんシたいです!」
「も、もうあと500戦やろうか」
もうあと500戦やった。
×××
バカみたいにハッスルしてしまい、双葉は疲れ果てて作戦室で眠ってしまった。体力馬鹿の海斗は割と元気で寝てる双葉の頭を撫でてやっていた。
すると、作戦室の扉からノックの音。誰だろうと思い、応対すると三輪が立っているのが見えた。
「三輪?」
あ、そういえば誤解はどうしよう、なんて思いついたのもつかの間、三輪はすぐに用件を話した。
「海斗、少し良いか?」
いつのまにか、下の名前で呼ぶような仲になっていた。と、いうのも、たまに三輪隊のメンツと遊びに行ったり飯を食いに行ったりする事があるからだ。
しかし、海斗は「秀次」なんて気安く呼ぶことはできない。やはり、騙しているようで気がひけるからだ。
「お茶でも飲んで行くか?」
とりあえず、これは良い機会だ。今日こそ、誤解を解かねば、そう思って部屋の中に招き入れようとした。如何に三輪が気難しい性格で、仮にブチギレたとしても双葉のキューティーエンジェル寝顔を見れば怒る気も失せると思ったからだ。
「いや、大きな声で話せる内容ではない。うちの作戦室で話そう」
ダメだった。自分の作戦室なら良いけど三輪隊のじゃ無理、とも言えないし、付いていくしかない。
「ちょっと待ってて」
扉を閉めると、トリガーを解除し、学ランの上着を脱いだ。眠っている双葉の上に掛けてやると、再びトリガーを起動し、スーツ姿で扉を開ける。
「お待たせ」
「誰かいるのか?」
「双葉が寝てる」
「……ロリコンか?」
「シスコンが言うな」
「……チッ」
「や、お前から言い出したんだろうが」
そんな話をしながら二人で三輪隊の作戦室に向かった。
しかし、大きな声で話せない内容とはなんだろうか? まさか、自分が実は近界民を憎んでいないことがバレたのかも。
「そういえば、海斗」
「な、何?」
ビクッと肩を震わせる海斗。こんな反応を見せるのは三輪だけなので、本当に天敵になりつつあった。実際、トリオンを使っての戦闘も鉛弾は海斗のスタイルからは相性最悪なので、天敵になってるのは何も人間関係だけではない。
「大丈夫だったのか? 学校にもトリオン兵が出たと聞いたが」
「ああ、そっち……」
話題に少し安堵しつつ、なるべく平常心を保って答えた。
「平気だ。烏丸とか香取隊も動いてたみたいだし、死人が出るような騒ぎにゃならなかったよ」
「そうか。なら良かったが……しかし、烏丸や香取達とも連携していたのか」
「連携はしてねーよ。それぞれ、トリオン兵が現れた場所に急行しただけ。屋上と校門とグラウンドの三箇所に出たらしいからな」
実際の所、海斗だけは急行した、というより目の前に現れた感じなのだが、そうなると「じゃあなんでお前無事なの?」って話になりそうなのでやめておいた。
「しかし、お前が無事で良かった。お陰で、こいつも返せるからな」
そう言って三輪が手渡してきたのは、一冊の漫画本だった。タイトルはDr.ストーン。
「ああ、どうだった?」
「面白かった。勉強にもなったしな。理系科目にも興味が出た」
「だろ? ゼロから始まるってのはこういうのだよな」
「逆に、これを読んでて何故お前は勉強したくならないのかが分からなかったがな」
「……うるせーよ」
端的に言えば、Dr.ストーンとはすごく頭の良い少年が文明の滅んだ世界で科学の力で一から文明を再築していく話だ。一話でいきなり、全人類が石になるあたり、割とスリリングな話でもある。
「しかし、海斗。お前が両親が殺されても平常心でいられるのが分かる気がしたぞ」
その台詞に、海斗は肩を震わせた。唐突に触れたくない話題に、体内から爆発しそうになったが、三輪はふっと微笑んだまま続けた。
「こういった、漫画やゲームとかの娯楽によって、ストレスや過去の苦しみから逃れているんだな……」
違います、と一発で否定してやりたかったが、そう簡単には出せなかった。実際、そんな気は毛頭無いし。
しかし、そろそろ話すべきだ。昼休みに氷見や宇佐美に言われた通り、いつまでもダラダラと引き延ばせる話ではないし、引き延ばせば延ばすほど言いづらくなる話でもある。
意を決して、声をかけようとした。
「三輪、俺実は……」
「着いたぞ」
「……」
着いちゃった。これから、三輪の案件を話されることだろう。まぁ、その後に話せば良いか、と思い黙って中に入った。
中に入ると、まず出迎えてくれたのは月見蓮だった。相変わらずの美少女お嬢様っぷりで、微笑みながらコーヒーをカップに注ぐ。
「おかえりなさい、三輪くん。いらっしゃい、陰山くん」
「ただいま」
「おーっす」
「……海斗。おっすじゃないだろ」
「気にしてないから良いわ、三輪くん」
「ほら見ろバカめ」
「風間さんが遠征から帰って来たら、まとめて報告すれば良いだけだから」
風間隊は太刀川隊、冬島隊と共に遠征に出向いていた。この3チームはボーダーに存在する8チームしかないA級部隊の中でもトップ3の部隊であり、玉狛を除けば最強と言っても過言ではない部隊だ。
だから、遠征部隊に選ばれるのも当然と言えば当然だが、お陰で海斗はものすごくコいている。たまに二宮に怒られないと、もはや暴れん坊将軍だ。
「ははっ、おわったな。海斗。蓮さんはマジで報告するぜ」
作戦室の後ろから陽気な笑い声が聞こえる。米屋が愉快そうに笑っていた。
「あの、月見。いや月見さん。いや、月見様」
「なあに?」
「今度どら焼き買ってくるんで勘弁して下さい」
「それはどれの話? 歳上の人にタメ口をきいてる話? 夏休みに出水くん達とカブトムシとってきて、私の肩に乗せた話? 風間さんの作戦室でカマキリが大量発生した時の犯人が陰山くんと影浦くんだった話? 先週、米屋くんと作った雪だるまを開発室に持ち込んで『これ鬼怒田さんの弟!』って見せる前に溶かして大惨事にした話?」
「……どら焼き四つで手を打って下さい」
「お前、弱味握られ過ぎじゃね?」
月見の好きなものが和菓子だったために成立した取引の様子に、米屋が普通にドン引きしていた。
まぁ、今回も秘密は守られたので問題ない。それよりも話に戻ってさっさと終わらせて双葉の寝顔を拝みたい。今はスマホが壊れているので、脳内メモリに保持するしかない。
「で、話って?」
「ああ、頼みがある。人型近界民と接触している可能性のあるC級の尾行を手伝ってほしい」
「おっほほーい思いの外真面目な話」
どうせ「蓮さんにバレないよう害虫の処理を頼む」的な内容かと思っていた海斗にとっては意外な話で、少しギャップがあった。
しかし、真面目な話なら海斗も真面目にならざるを得ない。特に、三輪秀次という人間に仕事関係の話で冗談は通じない。
「てか何、ボーダーに内通者がいんの?」
「そうだ。詳しく説明すると、昨日の夜に警戒区域内に現れたバムスターがバラバラになっていたんだが、ボーダーのトリガーによって倒されたものではなかった。しかし、それを三雲……C級隊員は自分がやったと言っている」
「なるほど……つまり、その三雲が近界民って事か?」
「バカか。そいつは正真正銘のC級隊員だ。今日も学校に出たモールモッドをC級の訓練用トリガーで撃退したとこだ」
「つまり、そいつは訓練用でボーダーのものじゃないトリガーでバムスターをバラバラにしたのか?」
「……月見さん」
「もうそういう事にしておいてあげたら? 多分、小一時間ほどかけて説明しないと理解しないし」
助けを求める三輪の視線に、月見は優しく微笑む。
なんだかすっごくバカにされた会話を目の前でされたが、海斗は一切、気にしなかった。今、変に食いかかって月見の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「でも、なんで俺に協力を? お前らなら俺の協力なんかなくても行けるだろ」
「決まっている。ようやく、トリオン兵を使って俺達の家族を消した黒幕に会える。お前にも声をかけておきたかっただけだ」
「え、そうなの?」
「そうだ」
厳密には、そうとは限らない。近界には無数の星があり、その近界民が自分達の家族を殺したトリオン兵を送り込んだ星とは限らない。勿論、そんな事を海斗は把握していないが。
しかし、三輪にとっては近界民は全て敵であり、国が違かろうが関係無かった。そして、それは海斗にとっても同じだ。
そもそも、海斗がボーダーに入ったのは、米屋と出水に誘われたのと、家族を殺されたまま終わるつもりはなかったからだ。あとは金のため。
今回の三輪の誘いは、全てに合致する。犯人に会えるなら楽しみだし、ここで近界民を仕留めれば、ボーナスも入るかもしれない。
「良いよ。やろうか」
「……お前なら、そう言うと思った」
「今から?」
「明日の朝からだ。三雲の家の前に張り込む」
「えーそれ平気なの? 通報されない?」
「問題ない。ボーダーと言えばどうとでもなる。なるべく自然な格好を心がけろよ」
「自然な……良し、任せろ」
そう言って、その場で作戦会議が始まった。
こうして、海斗はまた誤解を解くのを忘れた。
×××
海斗が三輪隊の作戦室を出た頃には、もう夜9時を回っていた。明日の作戦会議に追加し、ジャンプ系漫画について語り合ったり、二宮について語り合ったりした。
さて、それよりも、だ。明日は朝早いし、さっさと帰らねばならない。一応、作戦室に顔出すことにして、未だにソワソワしてしまう作戦室に向かった。
到着して中に入ると、なんかやけに忙しない空気が流れていた。
「辻、病院には行っていないんだな?」
「はい、近くの病院にあたってみましたが、来ていなかったそうです」
「犬飼、携帯は繋がったか?」
「いえ、ずっと通じません。電源が入っていないか、電波の届かないとこだそうです」
「チッ……氷見、黒江から何か聞けたか?」
「いえ、やはり双葉ちゃんも詳しい事は知らないそうです。確かにさっきまで一緒にいたそうなのですが……」
「お、何何? 誰か探してんの? 俺も手伝うぜ」
ノコノコ出て行ったのが海斗の運の尽きだった。二宮、犬飼、辻、氷見の四人が海斗の方を見る。真顔で。これほど恐ろしい真顔を、海斗は知らなかった。
「え、なに」
また反射的に漏らしてしまったその台詞に、四人はビキリと青筋を立てる。唯一、普段と変わりない二宮が、海斗に尋ねた。
「お前、今までどこにいた」
「え、三輪隊の作戦室だけど……」
「じゃあ聞き方を変えよう。学校を早退して何処で何をしていた?」
「そりゃあ、双葉と修行を……」
「学ランの上着に血痕が残る程の傷を負っておいてか?」
そう言いつつ、二宮は真顔で上着を見せつける。黒い学ランなので目立ってはいないが、確かに血が付着していた。今更になって、自分の迂闊さを習った海斗だが、何もかも遅い。
四人、全員が海斗を睨んでいる。
「あの……なんで怒ってんの?」
「……なんで、だと?」
思わず聞き返すと、二宮の眉間にシワが寄った。珍しく冷静じゃないその挙動は、すぐに海斗と距離を詰めると、胸ぐらを掴んだ。
「チームメイトが通ってる高校が襲撃され、血痕の残された上着を残し、音信不通になれば心配して当然だろうが……!」
「え、いや連絡してくれれば……あ、そっか。スマホ壊れてたんだ……」
心配され慣れていない海斗は、こういった事態にも慣れていなかった。というか、心配されるなんて思ってもみなかった。両親ですら、自分が誰かと喧嘩した時は毎回、金で片付けていて「怪我はない?」なんて声をかけてくれたこともなかったから。
「どうせ、お前の事だ。トリオン兵と生身で戦っていたんだろう。近距離にゲートが出現したとかで」
「お、よくお分かりで」
「良いか。二度と危険な真似はするな。仮に危機が回避出来ず、怪我を負ったとしたら、俺にすぐに報告しろ」
「危険って……別にこのくらい平気……」
「黙れ。すぐ開くその口を少しくらい閉じていられないのか。大人が説教している」
大人って、大学生じゃん。とは流石に言えなかった。こういう時、どういう顔をすれば良いのか分からず、海斗は不思議な表情を浮かべたままボンヤリしていた。
海斗から手を離すと、二宮は海斗を睨んだまま言った。
「トリガーを解除しろ」
「え?」
「隊長命令だ。早くしろ」
何処で隊長権限使ってんの? とも思ったが言えず、黙って解除した。もう慣れてしまった痛みが身体に響く。
そんな海斗とは対極に、四人全員がその傷を見て、少し痛々しそうな表情を浮かべる。トリオン体で戦闘を繰り広げている以上、特に緊急脱出機能のあるボーダーの隊員は生傷とは無縁のものだ。
二宮も顔にこそ出さなかったものの、小さく舌打ちをした。
「……チッ、氷見。救急箱は何処だ」
「あ、はい。オペレータールームにあります」
「取ってくる」
「私がやりますよ?」
「いや、いい。お前らはその間にそいつに制裁を加えてろ。何しても許す」
「待て待て待て待て待って。何しても許すって何? 何されんの俺」
「隊長権限だ」
「それはパワハラだろ!」
ツッコミを入れたものの、二宮は無視してオペレータールームに入った。
それによって、さらに居心地が悪くなった作戦室で、海斗に詰め寄ったのは、まず氷見だった。
「ビンタとビンタ、どっちが良い?」
「え、一択じゃんそれ」
「生身でビンタとトリオン体でビンタ」
「……生身で」
「分かった。トリガーオン」
「え、待て待て待て。生身って言わなかった?」
「あんたが生身かトリオン体かって事」
「なんて引っ掛け!」
氷見はオペレーターの護身用、戦闘体に身を包む。流石に殺されると思い、逃げようとした海斗だが、犬飼が後ろからそれを抑えた。トリオン体で。
「ダメだよ、海斗くん。大人しくしてなきゃ」
「歯医者に連れてかれた子供みたいな言い方すんな! 辻! 助けろ!」
「無理」
「そうだったな! お前は氷見に逆らえないもんな!」
直後、バチンッという一発の音が響き渡った。思わず犬飼も辻も目を逸らす。
開いた時には、真っ赤に腫れ上がった頬から煙をたなびかせる海斗と、トリガーを解除した少女は作戦室から立ち去っていくのが見えた。
「……痛そ」
「まぁ、痛いでしょうね」
倒れている海斗の横に、犬飼と辻がしゃがんでツンツンとつついた。
「おーい、生きてる?」
「これに懲りたら、いい加減『報連相』を覚えることだね」
「……身に染みた」
身体を起こし、小さくため息をつく海斗に犬飼が珍しく真面目な表情で続けた。
「海斗くんが知ってるかは知らないけど、うちのチームは前に一人、いなくなってるんだよね」
「あ?」
「民間人にトリガーを横流しして、ゲートの向こうに渡って行ったんだよ。弟を探しに」
「……え、それヤバくね?」
「勿論。記憶封印措置になる最大級の違反行為だよ」
そんな奴がいたのか、と海斗は少し意外そうな顔をする。
「だから、二宮さんもひゃみちゃんも、勿論、俺や辻ちゃんも、もうチームメイトの誰かを失うような事は経験したくないんだよ」
「……」
なるほど、と海斗は少し悔やんだ。正直に言って、あの場で生身でトリオン兵を相手にしたのはやむを得ないと思っている。逃げれば他の生徒が巻き添えになっていたかもしれないし、あの間合いなら下手に逃げれば逆に殺されていたかもしれない。
しかし、怪我を隠そうとしたり、他の誰かに……それこそ烏丸にスマホを借りるなりして無事だと連絡をするべきだった。
「……悪かったよ」
「俺に、じゃないよ。や、俺や辻ちゃんやひゃみちゃんもだけど、二宮さんに謝ってきな」
「ああ、そうする」
珍しく割と本気で反省した海斗は、小さく会釈するとオペレータールームに入った。
中では、二宮が救急箱を探していた。まだ探してんのかよ、と思ったが、とりあえず用件を済ませることにした。
「二宮さん」
「分かれば良い」
謝る前に止められてしまったが、謝り慣れてない自分への二宮なりの気遣いなのだろう。
なので、代わりに「報連相」を理解した事を示すために、一つ報告しておくことにした。
「もう一つ良いですか?」
「なんだ」
「明日、三輪隊と合同でC級隊員を追うことになったんですよ」
「……ほう。聞いておくが……とりあえず、怪我の手当てが先だ」
そう言って救急箱を見つけた二宮に手当てをしてもらいながら明日の任務について話をしておいた。
途中、二宮から忠告を受けたりしたが、とりあえずは許可をもらえた。