ボーダーのC級隊員には怖がられている海斗だが、学校ではそうでもない。出水に米屋と友達は少なくないし、クラスメートからも「関わらないようにしよう」と思われてるだけで怖がられているわけではないのだ。ほとんど同じ事だが。
で、今は学校の昼休み。三人揃って屋上で一緒に飯を食ってる中、海斗が唐突に口を開いた。
「そんなわけで、そろそろ本気で正隊員を目指す」
「やっとか」
「てか、今まで本気じゃなかったんだな……」
二人が呆れたように声を漏らす。それに対し、海斗は小さく頷きながら答えた。
「まぁ、ぶっちゃけ今まで乗り気じゃなかったのもあって適当にやってた節はあるからな。米屋が『おもしれえ奴がたくさんいる』っつーから入ってみたが、実際はどいつもこいつも近寄らないばかりだ」
「いやいや、お前最終的に給料に釣られてただろ」
「んなわけねーだろ。特級戦功でいくらだっけ?」
「やっぱ釣られてるじゃねえか」
黒目に「¥」のマークを浮かべながらはしゃいでる海斗に、出水が引き気味に言った。
「いやいや、そんな簡単に取れるもんじゃねーから」
「宝くじよりは楽に当たるでしょ」
「比較対象がおかしいだろ」
「良いんだよ、手の届く範囲にあるんだから」
そうは言いつつも、海斗も流石に自分がそんなもの取れるなんて思っちゃいない。給料だけで満足するつもりだ。両親が残した莫大な金があるとはいえ、小学生の頃から使っていればそれも徐々に減っていく。
だから、ここらで落ち着いた金が欲しかった。そのため、戦功による大金などは取れたらラッキー程度にしか思っていない。
「ま、ぶっちゃけそろそろ金が欲しいからな」
「ホントにぶっちゃけたな……」
訓練生に給料はない。と、いうのも、防衛任務に参加できないのだから当然である。
B級隊員ですら、トリオン兵討伐の出来高によってお金が出る程度なのだから。安定したお金を手にするにはA級になる他ないが、それでも学生の身分でお金をもらえるのだから、海斗としては助かるものだ。普通にバイトしても、主に人間関係で上手くやっていける自信などないし。
「あと泊まり込みできる隊室が欲しい。家にいると光熱費とか掛かるんだよ割と」
「なるほどな……それでB級になりたいと?」
「そーだな。誰かとチーム組めば部屋も貰えるんだろ?」
「お前ホント部隊をなんだと思ってるわけ……?」
出水は苦笑いを浮かべてから「でも」と返事を返した。
「お前、チーム組めんの?」
「は?」
「や、部隊に入るのか自分で隊員集めるのか知らねーけど、チーム組めるのかって」
「……B級隊員になったら自動で組まされるんじゃねえの?」
「なわけねーだろ」
海斗の頬を、冷たい汗が伝っていく。
「そのままB級に上がったらフリーになるだけだぞ」
米屋にトドメを刺されるように言われ、さらに額に汗を浮かべた。
これはマズイ。怖がられてる自分とチームを組んでくれる奴なんかいないだろうし、既に出来てるチームに今から入るのも難しい気がする。昨日、あの寝癖野郎と派手に喧嘩をしてしまったし、恐らく「問題児」のように扱われるはずだ。
「……詰んでね?」
「や、そういうの説明されてたはずなんだが」
「俺、基本的に集会とかの説明聞かないんだよね。当日は頭の中で寿限無を唱えてた」
「なんで寿限無……」
「銀魂verな」
「知らねーよ。てか、なんでそんなもん覚えてんだお前」
米屋が呆れてる横で、出水が飯を食いながら聞いた。
「てか、そもそも、模擬戦も出来ないとか嘆いてただろうが」
「適当な奴を捕まえて無理矢理、受けさせる予定だった」
「新手のカツアゲかよ……」
ただし、巻き上げるのは金ではなくポイントである。模擬戦を受けてもらえない以上、選択肢としてはアリかもしれないが。
「でも、どうすんだ? 言っとくけど、俺も出水も隊長じゃねーから入れてやるなんて出来ねえぞ」
「仮に出来たとしても、攻撃手の連携はシビアだしな。A級まで上がってる部隊には、その部隊なりの『戦略』があるし、簡単には無理だぞ」
チームを組むにしても、模擬戦のように脅して組むのでは今後に差し支えるだろう。これではチームを組む手立てがない。
両手を顎に添えて珍しく真剣に悩んでると、米屋が気軽に口を挟んだ。
「ま、でもB級に上がるのは良いと思うぜ。そこに行かなきゃ金は入らねーし、カゲさんとも戦えねえからな」
「……まぁ、それはそうか」
あっさりとそれを認めると、チーム云々よりも、まずは正隊員になる事を目指すことにし、作戦会議を始めた。
「よし、じゃあまずは恐喝の仕方からだ。拳で本部の壁に穴開ければ恐喝になるかな」
「空くか! 本部の壁もトリオン製だわ!」
「そこじゃねぇ! 恐喝はやめろ!」
×××
放課後。どうしたもんかね、と後頭部をガリガリと無造作に掻きながら、海斗は小さくため息をついた。
ボーダー本部のランク戦は、システム上、模擬戦を強制することはできない。恐らく、一人をカモにしてポイントを稼ぐことを防止するためだろう。
だから、恐喝しかないと思っていたのだが……それも止められてしまった。
どうやってポイントを稼ごうか……と思いながら、とりあえずブースに入った。
「……ま、とりあえずこっちから指名してみるか」
そんな事を呟いて適当にボタンを押した。自分が指名すると拒否られる事が多いので、どうせ今回もそうだろう……そう思ったのだが。
『転送します』
「えっ」
無機質に機械音が響くと共に、海斗の体はブースから消えた。
『対戦ステージ「市街地A」。C級ランク戦、開始』
わけがわからないまま、目の前に現れたのは顔も知らないC級隊員が現れる。
まさか、受けられると思ってなく、ポカンとしてる間に、目の前のC級隊員は突っ込んできた。
孤月を抜き、ジャンプして正面から斬り込んで来たのを横に避け、孤月を握ってる拳に手を添えると、ボディに膝蹴りを叩き込んだ。
直後、ズボッとC級の少年の背中から薄く輝く刃が生える。膝から伸ばしたスコーピオンが貫通した。
『戦闘体活動限界。緊急脱出』
これで終わり。随分とあっさりと決着がつき、海斗もブースに戻る。どういうわけか、戦闘が出来た。怖がられていたのではないのか?
まぁ、別に悲観することではないが。とりあえず、次の対戦相手を探してると、今度は指名までされた。
「……おいおい」
何があった? と思ったが、まぁ相手してやるのは構わない。受けてやる事にした。
×××
「あー……つっかれた……」
アレから、挑まれること一時間。25人倒した。流石に疲れて、一旦ブースを出て椅子に座り込んだ所だ。
「お疲れさん、結構暴れてたじゃねえの」
米屋が飲み物を差し出してくれたので、ありがたく受け取って口に流し込む。
炭酸のしゅわしゅわ感が全身に染み渡り「あー……」とおっさんたいな声を漏らした。
「つっっっかれたわー……」
「でも、随分稼げたんじゃねえの?」
「まぁな……でも、なんでこんな急に挑まれるようになったんだか。親の仇みたいに挑んできやがって。俺ぁ、無双系主人公じゃねぇぞ」
散々、と言わんばかりに肩を落とす。実際、散々なのだから仕方ない。リアルの喧嘩でも25連続の喧嘩は経験がない。
「そういや、面白い事聞いたぜ」
「面白くなかったらブン殴るぞ」
「面白いって。お前がヤケに挑まれる理由、カゲさんとの戦闘が原因みたいだぞ。C級の連中から見たら、お前はカゲさんにボロカスにされたように見えてるらしいから『あいつ実は大したことないんじゃね?』『カモにして点取ろうぜ』ってなもんだ」
「ああ、なるほどな……」
つまり、ナメられたわけだ。そういえば、敵から見えるオーラがいつもと違ってた気がする。
簡単に言って、赤は敵意・殺意、オレンジが恐怖。普段見えるのはその二つなのだが、今日はオレンジではなく黄色だった。早い話が、嘲笑などである。
はは、ははは……と、乾いた笑いが海斗から漏れると共に、手に持ってる缶がメキリと握り潰され、コーラが噴き出した。
「俺はあいつに負けてねええええ‼︎ 休戦中じゃボケエエエエエエエエエエ‼︎」
「なははー……まぁ、怖がられなくなったのなら、チームメイト探しでもすりゃ良いんじゃね?」
「上等じゃコラアアアア⁉︎ 全員返り討ちにしてやらああああああ‼︎」
「聞いちゃいねー……」
怒声がラウンジ中に響き渡った。米屋がそれを見て愉快そうに耳を塞いでる時だった。
「なぁ、ちょっと良いか?」
「アア⁉︎」
声を掛けられ、振り返った。前髪をバックに上げた男が立っていた。おそらく、自分より年上だろう。もう一人の方は帽子を被っている。
「お、荒船さん。お疲れ様です」
「米屋、お疲れ」
どうやら、二人は知り合いのようだ。他の隊員とあまり絡みのない海斗が困ると思い、米屋は先に紹介した。
「海斗、帽子の方は荒船哲次さん。荒船隊の隊長で俺らより一個上だ」
「よろしく。こっちは村上鋼。陰山と同期だ」
「初めまして。村上鋼だ」
そう紹介された直後、海斗はギンッと二人を睨んだ。
「アア⁉︎ 何の用ですかコノヤロー。テメェも俺をナメてやがる口ですか? やったるぞクソボケコラアーハン?」
「米屋、なんでこいつ機嫌悪いんだ」
「さっきの絶叫の通りっスよ」
「……ああ、あの噂か」
「何納得してんだコラアーハン? やんのかコラアーハン?」
「アーハンってなんだ。そういう語尾の部族か?」
「海斗、歳上が相手だぞ。いい加減にしとけ」
米屋に首根っこを掴まれ、ようやく引き下がった。まるで噛み癖のある犬扱いである。
止められた海斗は、ようやく冷静になった。自分のサイドエフェクトから見て、二人からは明るい色は発せられていない。自分に対し、悪意的な感情は持っていないようだ。
そんな奴は中々、いないため、逆に警戒しながら片眉をあげた。
「俺になんか用か?」
「まず自己紹介しろ」
「……陰山海斗」
呟くように名前だけ言うと、村上が声を掛けた。
「実は、前から声をかけようと思ってたんだ。俺と同期で、俺と同い年くらいの奴は珍しいからな」
「アア?」
「俺と模擬戦しないか?」
正面から聞かれ、思わず黙り込んだ。まるで、高校初日に声を掛けてきた出水と米屋のような感覚だ。
沈黙を嫌がられてる、と思われてしまったのか、荒船が横から口を挟む。
「こいつ、俺の弟子なんだ」
「あ? 弟子ってなんだ? 高校生にもなって師弟ごっこか?」
「いやいや、海斗。ボーダーじゃ珍しくねえからな」
一応、ボーダーは民間とはいえトリオン兵との戦闘が仕事だ。自分で鍛えるよりも自分より経験の長い師匠を見つけた方が、強くなるのは早い。
「……え、じゃあ俺の師匠は?」
「知らねーよ。お前、師匠とか探してなかっただろうが」
「あ、探せばいたのか。じゃあ荒船剣術道場は何処でやってんの?」
「ねーよ、そんなもん」
「じゃあ山の中とか滝のある神社とか?」
「だからねえって。強いて言うならここが道場だわ」
なんか想像してた師匠と違う。まぁ、その辺の感覚は慣れるしかない。
「なぁ、米屋。お前と陰山はコントでもやってんのか?」
「それをやってんのは出水ですよ」
「出水ともやってねえよ」
そんな話はさておき。鋼は本題に入った。
「本当は前から声をかけようと思ってたんだ。だけど、全然ランク戦に来ないからなかなか見かけられなくて。今日は珍しくいたからな。B級に上がる前に、一度は戦ってみたかったんだ」
「で、俺とやり合いたいって?」
「ああ。どうだ?」
「良いけどよ……知らねーよ? トラウマとか残っちまっても」
「大丈夫だ。簡単に負けるつもりはない」
「……へぇ」
若干、村上鋼に赤いオーラが出た。殺意ではなく、軽い敵意のようなものだ。喧嘩の前のものでもなく、模擬戦の前のものでも無く、ただただ闘志が湧いていた。
「良いぜ。行こう」
「ああ」
二人はブースに入った。