海斗と遊真と千佳は、警戒区域外の公園のベンチに座っていた。海斗が自販機でコンポタを三人分買い、二人に手渡した。
「おら」
「おお、ありがとう。ウィスサマ」
「ありがとうございます……」
嘘を見抜くサイドエフェクトによってウィスサマが本名ではないのは分かっているくせに、わざとらしくウィスサマと呼ぶ遊真だった。
一方の千佳はまだ、海斗の強面に慣れていないのか、少し怖がっている。
まぁ、その手の反応はもう慣れた海斗は、気にせずに遊真に聞いた。
「で、お前は何なの?」
「親父に言われてこっちに来たんだよ。『俺が死んだら向こうの世界に行け。ボーダーっていうこちらの世界との架け橋になる組織だ』って言われて」
「ふーん……。何しに?」
「そこまで詳しく聞いてないから。こっちの世界の人は近界民のこと超恨んでるし、親父から聞いてた話ともだいぶ違うから」
そう答えつつ、コンポタをひとくち飲む。「おお、うまい」と感動する遊真に、隣の千佳が声を掛けた。
「遊真くんのお父さんって、どんな人なの?」
「変な人だったよ」
ノータイムで帰ってきた返事がそれだった。
「俺が小さい頃、親父から三つの教えってのがあってさ」
「今も小さいけどな」
「うるさいよ、ウィスサマ」
そこをつっこんでおいてから、人差し指を立てて続きを話した。
「『自分のことは自分で守れ。親はいつでもおまえを守れるわけじゃない。自分を鍛えるなり、頭をひねるなり、自分でどうにかしろ』」
続いて、中指を立てる。そのセリフを千佳も海斗も黙って聞いていた。
「『正解はひとつじゃない。物事にはいろんな解決法がある。逆に解決法がないときもある。ひとつのやり方に捉われるな』」
最後に三つめ、と薬指を立てた。
「『親の言うことが正しいと思うな』」
「???」
「おい待て。なんだそれ。ちょっとタメになると思ったらなんだそれ。今までのなんだったんだオイ」
「だから言ったでしょ。変な人だって」
「変っつーか奇人の類だろそれ」
珍しく真面目に人の話を聞いていたのに、なんかオチがアホ過ぎていっきに力が抜けた海斗だった。
「なるほどな……。なら、別に敵とかじゃないって事でしょ」
「そだよ。それに、俺はずっと親父と色んな国を旅して回ってただけだから、どこかに所属してたわけでもないし、こっちにトリオン兵を送るってことも出来なかったよ」
それを聞いて、海斗のやる気はさらに落ちた。なんかもう色々と馬鹿馬鹿しい。
「一応、今のことは報告しとくか。悪い、ちょっと米屋に電話して来る」
「ほいほい」
遊真と千佳をおいて、海斗はスマホを取り出した。プルルルっとコール音がするものの、応答はない。まだ報告の途中なのかもしれない。
「あれ、ウィス様?」
声が聞こえて顔を向けると、私服姿の弟子が立っていた。
「あ、双葉」
「何してるんですか?」
「あー……」
遊真が近界民だと知られてはならないのは何となく分かっていた海斗は、適当に返事を濁す事にした。
「修行だよ。この公園、筋トレの遊具あるし」
ウンテイしかないが、懸垂をするのにちょうど良い高さなので嘘は言ってない。
とにかく、男が筋トレするなんてむさ苦しい場面にそうぐうしたい女の子はいないと思っての言い訳だったが。
「私もご一緒してよろしいですか⁉︎」
「え」
双葉は普通の女の子ではなかった。師匠に構ってもらいたくて仕方ない女の子だった。
「や、それは……」
「ダメですか……?」
「よっしゃ行こうか」
ついまた考える前に返事をしてしまった。これだから師匠バカとチームメイトにからかわられるのだが、してしまった以上は仕方ない。
公園の中に入る前に、双葉に声をかけた。
「悪い、ちょっと待ってて」
「? なんでですか?」
「や、うん。まぁ、何? 待ってて。1〜2分」
「分かりました」
説明はなかったが、今の双葉はルンルンなので深く聞くことはしなかった。そのことにホッと息を吐きつつ、海斗はベンチの二人に声をかけた。
「おい、空閑。雨取」
「何?」
「なんですか?」
「これから俺の弟子が来るが、空閑が近界民であることは言うなよ」
「弟子?」
「お弟子さんがいらっしゃるんですか?」
「さもないと、
「わかった」
「は、はい!」
二つ返事で了承してくれたので、公園の入り口まで戻った。双葉を連れてベンチに来ると、遊真と千佳が「おっ」と声を漏らす。
「この人が弟子?」
「そうだよ」
「……ウィス様、この人達は?」
「え? あー……」
そういえば、まだ関係をハッキリさせていなかった。近界民であることを伏せる以上、見張りの対象とも言えないし。
「まぁ……何? 弟子?」
端的に言って、その誤魔化しは地雷だった。双葉の目つきは一気に鋭くなり、遊真と千佳を睨む。
「……この人たちが、ですか?」
遊真も千佳も頭上に「?」を浮かべる中、双葉は問い詰めるように海斗に聞いた。
「どういうことですか⁉︎ 弟子は私だけではないのですか⁉︎」
「え、なんで怒ってんの?」
「仮に他にも弟子をとるのなら、何故私にも相談してくれないのですか!」
「いや別にそれは良くね?」
「良くないです! 私との修行の時間が減ってしまいます!」
「ええ……正直、お前もう俺がめんどう見なくても十分、強いだろ」
「そんな事ありません! テキトーなこと言わないでください!」
何やら急にもめ出した二人に、遊真も千佳も顔を見合わせる。なんだかよく分からないが、コンポタのお礼があるので助け舟を出す事にした。
「おれ、別に弟子じゃないよ?」
「え?」
「そ、そうだよ。弟子っつーのは、こう……何? 軽くからかってみただけで……」
「な、なんだ……そうでしたか。なんでそんな変な嘘つくんですか」
「なんとなく」
海斗が意味もなく人をからかうのは今に始まった事ではないため、上手くごまかせた。
「えーっと、改めて。空閑遊真と雨取千佳。迅の後輩の友達で今だけ俺が面倒を見てる感じ」
ようやく思いついた言い訳を口にすると、隣の遊真は「上手い事、誤魔化したなぁ」と少し感心してしまった。
確かに、ボーダーという単位で見れば修は迅の後輩だし、その友達なのだから間違ってない。
「そうでしたか。改めて黒江双葉です」
「どもども」
「よ、よろしくお願いします」
挨拶を終えると、双葉は海斗に目を向けた。
「では、ウィス様。筋トレをしましょう」
「え、あー……」
そういやそんな事言ってたな、と今更になって思い出したが、正直面倒臭かった。ただでさえ、今は仕事が終わったとこだし。
どう断ろうか考えてると、遊真が隣から口を挟んだ。
「あれ、ウィスサマって名前、ウソじゃなかったんだ」
「は?」
「いや、てっきりウソだって思ってたから」
「ああ、いや嘘だよ。本名じゃなくて弟子に呼んでもらうための愛称だから……あっ」
直後、自分に対して不快感を露わにする色が目に入った。言うまでもなく双葉だ。
「……どういう事ですか? ウィス様。弟子なのは嘘なんじゃないんですか?」
「え、あ、いや……」
「何故、遊真くんもウィス様と呼んでいるのですか?」
嘘をついたことで嘘じゃない所も嘘だと思われ始めてしまった。おかげで、海斗はしどろもどろになってしまう。今の双葉の色では、説明しても信じてもらえない可能性の方が高い。
遊真は「ほほう……」と何故か楽しそうに唸り、千佳は何故かあわあわと可愛らしく慌て始めた。
そんな時だ。タイミング良く、海斗のスマホが鳴り響いた。発信源は、迅悠一だ。
「あ、わ、悪い! 電話だ」
「どうせ米屋先輩から『今日、太刀川隊の作戦室でスマブラ大会な』的なアレでしょう?」
「違うわ! てか、太刀川隊、今遠征だし! 迅さんだよ!」
「証拠は?」
「おら!」
画面を見せる海斗と、それを見てようやく渋々納得する双葉を見て、遊真は引き気味に呟いた。
「ふぅむ……すごい師弟だな。全然、信頼されてない……」
「あ、あはは……」
千佳からの乾いた笑いも無視して、海斗はスマホを耳に当てた。
「もしもし?」
『おう、海斗。お前どこにいる?』
「公園」
『悪いけど、玉狛まで二人連れて来てくれない? 色々と話もあるし』
「オッケェ、我が命にかえても」
『お、おう? じゃあよろしく』
そこで電話は切れ、海斗は遊真と千佳に声を掛けた。
「よし、行くぞ。玉狛に」
「ま、待ってください! まだ話は……!」
「仕事だから。今度聞いてやるから、な?」
「〜〜〜っ!」
すると、双葉はキッと遊真を睨んだ。本人は頭上に「?」を浮かべるが、双葉は足早に立ち去ってしまった。
流石に悪いことした、と思った海斗は、今度謝りに行かないとなーと思いつつ、二人を連れて玉狛支部に向かった。
×××
支部に遊真と千佳を送ると、海斗は本部に戻った。自分はあくまで中立であるため、千佳はともかく、必要以上に遊真と親しくなるのを避けるためだ。これも二宮に教わった事だった。
自身のサイドエフェクトを使ってしばらく共に過ごした結果、彼は少なくとも敵ではなさそうなことは報告したが、それを真に理解してくれたのは忍田だけだった事は言うまでもない。
勿論、海斗は別に遊真の味方でも無いため、変に肩を持つような言い方をしたわけでもない。自分の思った事をそのまま言っただけだ。
さて、そんな事よりも、だ。今はそれ以上の問題がある。双葉のことではない。流石に自重している。
三輪の事だ。完全に敵だと思われた以上、もはや顔を合わせるのもマズい。しかし、海斗には思いの外、三輪に対して情が湧いていた。なんだかんだ、一緒にジャンプ作品について語るのは楽しかったし、ジャンプショップに一緒に行った事もあった。
嫌われたから嫌う、と割り切るには、仲良くなり過ぎたのだ。もちろん、その過程で負い目がなかったわけではない。仲良くなればなるほど、胸を痛めていたのも事実だ。
「……はぁ」
ため息をつきながら作戦室に入ると、中では二宮が掃除をしていた。
「……」
「……」
二宮隊の作戦室は、各々、手が空いた者がたまに掃除をしている。勿論、それは海斗も例外ではなく、一人暮らしをしている海斗はむしろ一番、掃除が上手いと言っても良い。
それ故だろうか、隊長である二宮が掃除をしている所に遭遇すると、少し気まずい。
「……」
「……」
「……手伝います?」
「頼む」
二人で掃除をした。二宮が箒と塵取りを持ってる姿は、それはもう似合わなかった。
さて、二人で一通りの掃除を終え、ようやく席についてのんびりした。海斗がその間もずっと三輪のことについて頭を悩ませていると、そっと前にグラフが置かれた。中には金色のシュワシュワした炭酸ジュースが入っている。
「ジンジャーエールだ」
「……あ、すんません」
「三輪と何かあったか?」
「え?」
ドキッと心臓が跳ね上がる。まさに図星だった。
「なんで分かるんすか」
「誰だって分かる。尾行を失敗でもしたか?」
「や、それは平気でしたよ。ただ、まぁ……何? その近界民を捕らえるか殺すかで一悶着あって。そこから『お前、近界民とか別に恨んでないやろ』みたいになって」
「……なんだ、やっとバレたのか」
「やっとってなんだよ」
そこにツッコミを入れつつ、二宮は自分のジンジャーエールを口に含んだ。
「まぁ、自業自得だがな」
「わーってますよ……。こうなった以上、三輪とはもう一生、話さなくなりますよね」
「お前がそれで良いのならそうなる」
相変わらず変化が起きない仏頂面だが、その顔はいつも以上に真剣に見えた。
「だが、もし三輪との関係を修復したいと思うのなら、このままでいるわけにはいかないのは分かるな?」
「……」
黙り込むしかない。そんなことは分かっているが、殴り合いの喧嘩をしたことはあっても、この手のすれ違い的な喧嘩はしたことが無かったため、どうすれば良いのか分からない。
しかし、共にジャンプについて語り合う友達が減るのは嫌だ。や、実際は米屋とか出水とかいるが、一人でも多い方が楽しいのは言うまでもない事だろう。
ジャンプ関係を抜きにしても、三輪秀次という人間は悪い奴ではない。真面目だし、勉強で困ってると助けてくれるし、ツッコミも上手い。そんな奴を手放したくないと思うのは、海斗でなくても当たり前だ。
「なら、ちゃんとぶつかって来い。話す前から諦めるな。まず、お前は奴の気持ちを理解してやれ」
「あいつの……?」
「そうだ。お前には分からないかもしれないが、家族を殺されて恨まない人間はいない。奪われたのは命だけではなく、これから先の生活、その人は存在しなくなるわけだ。一緒に飯を食って、泣いて笑って感動することができなくなる。それを想うと、何年経過したとしても涙を流す奴だっている」
「ふーん……そういうもんかね」
「親が難しければ、お前の仲の良い奴で考えてみろ」
言われて、海斗は顎に手を当てた。そう言われても、仲の良い出水が遠征でいなくなっているが、大した差は感じない。あ、それは米屋がいるからか、と納得し、他の人を探す。
仮に、小南が周りからいなくなったら、というのを考えてみた。まず喧嘩友達がいなくなる。それも、小南は他の人とは違って、本気で殴り合っても勝てない相手だ。
それに、最近はあまり一緒にいないが、小南と遊ぶのは楽しい。色んな悩みを相談したり、からかったりからかわれたり、烏丸と一緒に騙したり、夏には二人でプールに行き、秋はお互いの高校に学祭に行き、それなりに思い出を作ってきた。
万が一、そんな小南が近界民に殺されたら……。
「……」
「っ、おい、陰山?」
気が付いたら、手に持っていたグラスが粉々に割れていた。ガラス製の物なのに、残っているのは底だけで、他は粉々である。
「うん、少しは気持ちは分かったかも」
「そのようだな。なら、次は仮にそいつが殺されたとして、自分ならどんな行動に出るかを考えろ」
「……俺なら」
仇を打とうと思うだろう。しかし、様々なジャンプの漫画を読んできて、色んな人達が亡くなっていくのを目の当たりにしてきた海斗なら、怒りを向ける相手を間違えてはならないのは良く理解している。サスケだって高杉だって三虎だって、それで闇に身を落としている。
それに、近界にも星があると知った以上、仇はそこに絞り込まなければ、余計な犠牲が出る。今回の黒トリガーの少年のように。
「そこが分かれば、関係修復した上に、これからどのように接していけば良いのかも分かるはずだ」
「……」
言われて、海斗は顎に手を当てる。しばらく考え込んだ後、無言で立ち上がった。とりあえず、机の上の粉々になったガラスを片付けてから、作戦室の扉の前に立った。
「二宮さん」
「どうした?」
「ありがとうございました」
「どこに行く気だ?」
「玉狛に向かいます」
まずは、あの白髪の少年が本当に白なのか確認しなければならない。いや、髪の毛じゃなくて敵が味方という意味で。
作戦室を出て行った海斗の背中をぼんやり眺めながら、二宮は小さくため息をついた。
「……ふん、世話の焼けるバカめ」
そう呟きながら、自分はジンジャーエールのお代わりをした。