ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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バカの喧嘩は放っておけば無害。

 玉狛支部の前では、迅悠一が待っていた。ぼんち揚を摘みながら、片手を気安く振ってくる様子は、相変わらずのほほんとしている。とても実力派エリートには見えなかった。

 

「よう、海斗。来ると思ってたよ」

「うるせーバカ」

 

 何となく読まれていたことが腹立ったので毒づいてみた。

 

「なら、何の用かも分かってんだろ?」

「ああ。遊真なら今は部屋で休んでると思うよ」

「……よっしゃ。カチコミだ」

「待て待て待て。あいつの事ならある程度、聞いたから。俺で答えられる範囲なら答えるよ」

「あそう。じゃあ早速。あいつは何なの?」

 

 ストレートなのにわかりにくい問いだった。しかし、未来視のサイドエフェクトがあれば、大抵のことは分かる。

 

「本当に親父さんに言われてこっちの世界に来た奴だよ。今は、メガネくんと千佳ちゃんと組んで遠征部隊を目指すことになった」

「ふーん……そりゃまた壮大なこった」

「それに、これは今はお前にしか伝えない事だが、あいつは近々予想されてる大規模侵攻で活躍する。味方のふりをした敵、なんてことは万に一つもないよ」

「……あそう」

 

 サイドエフェクトに、迅が嘘を言っているような色は出ていない。それどころか、真剣な表情でただありのままの事を話しているような色だ。

 

「じゃあつまり、三輪がやろうとしている事は自分の敵討ちから遠回りになる事なんだな?」

「そういう事。秀次だけじゃなくて、ボーダーという組織が損をする」

「分かった。じゃ、帰るわ」

「あ、待った」

 

 帰ろうとしたが、今度は迅の方から声をかけてきた。

 

「せっかくだ、泊まっていけよ」

「え、いやいいよ」

「飯も出るぞ。今日は鍋だ」

「いただきます、迅さん」

 

 泊まることになった。

 

 ×××

 

 翌日、遊真と修と千佳は宇佐美からボーダー隊員のランク戦の仕組みについて教わっていた。

 この前の小型トリオン兵ラッドの駆除の手柄のおこぼれをもらい、B級入りを果たした修はともかく、遊真と千佳はC級から上がって行かねばならない。

 そのための仕組みを説明と、千佳のポジションを決める必要がある。

 

「遊真は攻撃手の方が良いよな?」

「うん。黒トリガー使う前から剣とか使ってたし」

「じゃあ千佳ちゃんだけど……どうする?  オペレーターか戦闘員か」

「そりゃ勿論、戦闘員でしょ。トリオンがあんだけすごいんだし」

 

 宇佐美の問いに、遊真が頷いて答える。そうと決まれば、次は適正ポジションである。トリオン体を扱う才能以外にも、どのポジションに適性があるかを計らねばならない。

 

「千佳ちゃんは運動は得意?」

「いえ、あんまり……」

「数学は得意?」

「成績はふつう……です」

「将棋とかチェスは?」

「したことないです……」

「チームスポーツも経験無しかー。うーん……」

 

 珍しく頭を悩ませる宇佐美に、千佳は思わずショボンと頭を下げた。

 

「すみません……。取り柄がなくて……」

「えっ、ううん。大丈夫だよ」

 

 そうは言うものの、千佳は割と責任を感じてしまうタイプだ。自分の所為でなくとも勝手に反省してしまう。

 その隣から、メガネの幼馴染がとりあえず、といった感じで言った。

 

「千佳は足は速くないですけど、マラソンとか長距離はけっこう速いです」

「おっ、持久力ありね」

「それから、我慢強くて真面目なのでコツコツした地道な作業が得意で集中力があります」

「おおー……!」

 

 遊真が千佳の反対側から驚いたような声を漏らす。千佳本人も、良い所を連呼されたからか、少し頬を赤らめていた。

 それらをホワイトボードに書き留めると、宇佐美は「ふむふむ」とわざとらしく唸った。

 

「よし、わたくしめの分析の結果、千佳ちゃんに一番合うポジションは」

「狙撃手だな」

「あー!  迅さん!  せっかくあたしが言おうとしてたのに!」

「お前がもったいぶるから」

 

 などと和気藹々としてきたときだ。勢い良く部屋の扉が開かれた。

 

「アタシのどら焼きが、無い!!」

「「「……」」」

 

 突如現れ、子供みたいな言い分を涙目で部屋全体にブチまけた女の子or人に全員の視線が集中する中、その学生服の女の子or人はズンズンと歩き、第一容疑者の両脚を持ち上げた。言うまでもなく、林藤陽太郎である。

 

「さてはまたお前か!  お前が食べたのか!?」

「むにゃむにゃ……たしかなまんぞく……」

「お前だなー⁉︎」

 

 流石に眠っている五歳児に冤罪を突きつけるのは見過ごせないので、真犯人が両手を合わせて軽く言った。

 

「ごめーん、小南。昨日、お客さん用のお菓子に使っちゃった」

「はあ!?」

「また今度買ってくるから〜」

「あたしは今、食べたいの!」

 

 などと叫んでいると、あとからさらに二人の男が部屋に入ってくる。

 

「なんだ、騒がしいな。小南」

「いつものことっすけどね」

 

 小南桐絵、烏丸京介、そして木崎レイジの三人だ。迅と宇佐美の仲介を通してお互いの自己紹介を終えると、早速といった感じで本題に入った。

 

「さて、全員揃ったところで本題だ。この三人はA級を目指しているわけだが、C級ランク戦までの約三週間、レイジさん達3人には、メガネくん達の師匠になってマンツーマン指導してもらいたい」

「はぁ!? ちょっと、勝手に決めないでくれる!?」

「待てよ、小南。これは、支部長からの命令でもあるんだから」

「っ……」

 

 そう言われてしまえば仕方ない。玉狛は本部と比べて緩いが、それでも縦の繋がりはあるし、上司、それもボスの命令から背くわけにはいかない。

 しかし、ここ最近の小南はどうもそんな気分になれなかった。理由は単純……というかもうここ最近はいつも同じことで悩んでいた。

 

「どうしてもやらなきゃいけないわけ?  正直言って、誰が相手でもアタシのサンドバッグにしかならないと思うけど」

「どうしても、ってわけじゃないよ。もし断るなら、もう一人候補がいるし」

「ふーん……なら、そいつにやらされば……」

「……おーい」

 

 寝ぼけた声が割り込んできた。入って来た人物を見て、迅と宇佐美以外の全員が「え、お前なんでいんの?」みたいな顔をする。

 言うまでもなく、陰山海斗である。それも超寝惚けていて、玉狛に借りた寝間着に身を包んでいるものの、上半身は白いTシャツ一枚、下半身はパンツ一枚だった。

 その姿を見るなり、修はポカンと口を半開きにし、遊真は相変わらず「ほほう……」とよく分からない呟きを残し、レイジと烏丸と迅と宇佐美は呆れ顔になり、小南と千佳は頬を赤らめる。

 

「なっ……なんて格好してんのよあんたは⁉︎」

「……」

 

 一番、早くツッコミを入れたのは小南だった。喧嘩して以来、会えて嬉しいやら、でもパンイチ姿を晒されて恥ずかしいやら、というか「この前のことあやまれ」やらでいろいろとパニックな小南だが、海斗が寝惚けた顔を向けた事で押し黙る。

 そんなのに一切、気付かず海斗はのろりのろりと小南の方へ歩いた。

 

「な、何よ……!」

「……あのねえ、あなたね。朝から騒がしいよね……」

「はぁ!?」

「……ここはーね、あなた以外の人も住んでるー、支部でしょ……。あなた、一人が住んでるわけじゃあ、ないでしょ……」

「な、なんの話よ!」

「……それなのにーね、カラオケみたいにギャーギャーギャーギャー……騒いでりゃとりあえず空気に飲まれる高校生じゃないんだから……ちゃんと時と場合を踏まえて騒いでくれないと……あなただけが住んでるわけじゃないんだから……」

「高校生よアタシもあんたも!! てか、どの口が騒ぐなって説教してんのよあんたは!?」

「……なんだその態度は……。あなた、朝から騒がしくしておいてーね、まさかあんた……人に説教垂れてるわけ……?  まさかあんた……自分は悪くないって言いたいわけ……?  こうして喧しさに目を覚ました人がいるっていうのに……」

「大体、朝って言ってももう10時回ってるでしょうが!  真人間ならとっくに目を覚まして朝ご飯と歯磨きと洗濯を済ませてコーヒーをのんびり飲んでる時間よ!」

「……そんなの人によりけりでしょ……。じゃあなんですか……。みんなが寝静まってる夜に深夜営業している社会人の方々は、真人間じゃないって言うんですか……」

「うぐっ……!」

「……そういう、若者独特の意識の低さがね、公共的な問題になるんだから……きちんと人に迷惑かけないよう心掛けてくれないとぉー……分かった?」

「っ、わ、分かったわよ……!」

 

 何故か押し倒され、小南は思わず納得してしまった。そんな無駄に長い一幕を見せられている間に、各々の師匠が決まっていた。レイジは千佳、烏丸はメガネと組み、残りは遊真の師匠だけだ。

 改めて迅が遊真の頭に手を置きながら声を掛けた。

 

「で、どうする?  小南。こいつの師匠。もしやらないなら、こいつは海斗に面倒見てもらうけど」

「……うぐっ」

 

 勿論、今の問いは小南なら「私が面倒みるわよ」と言うのがわかっていての問いだった。なんだかんだ面倒見が良く優しい女の子なので、サイドエフェクトを使うまでもない。

 小南自身、寝惚けているとはいえ海斗とのああいったやり取りは久し振りだったので、小さく頷こうとした所だったが、先に遊真が口を挟んでしまった。

 

「迅さん、おれが選んじゃダメなの?」

「ん、希望があるのか?」

「ウィスサマ」

「んなっ……ど、どーゆー意味よあんた!」

「だって、なんかこなみは頭がダメそうだし。その点、ウィスサマなら生身で俺とやり合える人だし」

「え、な、生身で……?」

 

 引いたのは迅の方だった。遊真の身体がトリオン体であることを知る迅は、流石に驚いてしまったが、それは少しまずい。海斗の弟子になってしまえば、修行場はここではなく本部になってしまうかもしれない。

 せめて、師匠が二人とかになってくれれば玉狛で全然、良かったのだが……。

 こうなれば小南も意地を張って「分かったわよ!」となりそうなものだ。どうしたものか悩んでいると、隣から海斗が迅の肩に手を置いた。

 

「なんだ?  何か考えが……」

「……あなたもーね、あんまり人を騒がせるようなことは……」

「宇佐美、こいつ風呂場に放り込んどいて」

「はーい」

 

 世話好きの宇佐美に連行されそうになる海斗だったが、小南がそれを止めた。

 

「アタシがやるわよ」

「えー、だって小南は遊真くんの……」

「師匠やるから!」

「あ、そう。じゃ、お願い」

 

 怒鳴った小南は寝惚けてる海斗の腕を引いて部屋を出て行った。

 その背中を追いながら、遊真は顎に手を当てて、隣の迅に声をかけた。

 

「……迅さん、おれやっぱ師匠はこなみで良いや」

「お、なんでだ?」

「なんか色々と面白そうだから」

「さんきゅ。あ、海斗にも何か教わりたかったら師匠二人にするよ」

「お、それ最高」

 

 ×××

 

 海斗の腕を引いてる小南は、風呂場に到着した。

 

「あーもうっ……なんでこいつこんなに重いのよ……!」

 

 ほとんど小南が引きずっている状態だったが、とりあえず風呂場に放り込めば目は覚ますだろう。

 ゴツゴツして傷跡の多い体だが、そんなバイオレンスな日々を送ってる割に身長は高くない。むしろ男子にしては低めなものだ。

 

「ほら、着いたからシャワー浴びてきなさい!」

「あなたね……朝から男をこんな風にね……」

「良、い、か、ら!!」

 

 ドンと背中を押すと、脱衣所に倒れ込む海斗。うつ伏せに倒れ、服が巻かれてパンツがむき出しになり、恥ずかしくなって慌ててトビラを締めた。

 その前に座り込み、扉に背中を預けた。なんで自分はこんなことしてるんだろう、と思わずボンヤリと考えてしまう。

 本当は言いたい事はもっとたくさんあったはずなのに、久々に合えばいつも悪口しか出てこない。や、その悪口も言いたい事の一つではあるのだが。

 

「……はぁ」

 

 さっきも、つい何となく宇佐美に介抱されてる海斗を見ていられなくて、自分からやると言い出してしまった。

 ホント、変な相手がある日、急に現れてしまったものだ。別にイケメンでもないのに(前に加古から送られて来た寝顔は可愛かったけど)、性格だって良くもないのに(女の子や歳下には割と紳士的な面もあるけど)、変に意識してしまっている。

 この感情は一体、なんだというのだろうか。考えれば考えるほど、沼にハマっていった。

 

「あっづぁっ!?」

「……」

 

 熱湯を浴びたのだろうか。マヌケな声が小南の悩みを全て吹き飛ばした。

 なんかもう何もかもバカバカしくなった小南は、さっさとさっきの会議室に引き返した。

 

 ×××

 

 さて。訓練室にようやく入った遊真は、結局、師匠は小南と海斗の二人になった。

 と言っても、感覚派の小南と正当防衛の陰山の二人が師匠だ。あまり教えられる事はなく、ボコすからてめーで反省しろ、というスタイルになってしまう。

 そんな中で。遊真が先に戦ったのは海斗だった。最初に遊真が選んだトリガーは孤月。重さがある分、耐久力と攻撃力に優れた万能ブレードである。

 

「うし、じゃあやるか」

「よろしく、ウィスサマ」

 

 礼儀正しく頭を下げる遊真は、とりあえず孤月を抜いて、軽く振ってみる。

 

「うーむ、中々良いブレードだな。扱いやすそう」

「とりあえず、俺もスコーピオンしか使わんから。始めるタイミングはお前の好きにしろ」

「そういえば、前の決着がまだだったね」

 

 前、というのは路地裏での戦闘のことである。トリオン体だった遊真は、それはもうボコボコにしたが、逆に言えばあそこまで喰らいつかれてしまったのだ。それも生身で。

 

「10倍返しにしてやるから。覚悟しとけよ」

「ほほう、良いね」

 

 そう言った直後、遊真は正面から突っ込んだ。ブレードを最短でトリオン供給器官である胸の横に突き込む。

 流石、戦争をしていただけあって鋭い一閃であり、並の使い手では一発で持っていかれた事だろう。海斗のサイドエフェクトにも攻撃色は無かった。

 しかし、並みの使い手ではない海斗は、その一撃を外側にターンして回避すると共に、拳を遊真の顔面に叩き込んだ。拳の先端からほんの一瞬だけ顔を出した光の刃により、遊真の頭は斬り裂かれ、一撃で戦闘不能になる。

 

「……速いね」

「このくらい反応しろよ。ほんのジャブのつもりだったんだけど」

 

 その言葉にウソはない。これが、ウィスサマの実力か、と遊真も奥歯を噛み締めた。速い上にジャブでさえ、このキレを持つ一撃である。簡単に崩せる相手では無さそうだ。

 

「おら、次だ。もうへばったか?」

「まさか。おかげで、スイッチが入ったよ」

「……へえ」

 

 海斗も遊真の一言が嘘でない事を理解した。どうやら、中々スリリングな時間になりそうだ。

 

 ×××

 

「三雲、お前弱いな」

 

 そう吐き捨てられた修は、ソファーでドサリと横たわっていた。何本やったか知らないが、烏丸がただただ修をボッコボコにする作業で終わったようだ。

 

「修くん、お疲れ!  はい、スポドリ」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 肩で息をする修に、宇佐美が飲み物を差し入れる。ありがたく受け取り、一口啜った。

 そんな中、別の訓練室から同じチームになる小柄な少年が出てきた。

 

「うーむ……全敗か……」

「ぜ、全敗!?」

 

 何気なく漏れ出したと思われる一言に、修は思わず大きくリアクションしてしまった。

 遊真の強さはこの目でよく見てきた。大型近界民をバラバラにし、訓練用トリガーで戦闘用トリオン兵を葬り、A級部隊である三輪隊を単独で退けた遊真が、ボーダーに慣れていないとはいえ全敗を記すなど考えられなかった。

 後から訓練室から出て来たのは、敵なのか味方なのかいまだに判断しづらい茶髪で目つきの悪い先輩だった。

 

「ヨユー。どうしたの白チビ。お前その程度か?」

「むぅ……悔しいが反論できない……」

「こりゃ、あの時の路地裏の決戦はむしろ俺の勝ちだよね。だよな? そうだと言え」

「そして意外と器が小さい……」

 

 ドヤ顔でそう言う海斗を、修は思わず驚愕の表情で見つめてしまった。その視線に気づいた海斗が、修の方に目を向ける。

 

「なんだコラ。ガン飛ばしてんのか?  喧嘩なら買うぞオイ」

「い、いえ……」

 

 本当に敵なのか味方なのか分からなかったが、どうやら本物の実力者のようだ。

 すると、続いて小南が遊真に声を掛けた。

 

「ほら、次はアタシとよ、遊真」

「ふむ……その前にウィスサマ。ウィスサマが使ってたのってなんてトリガー?」

「スコーピオンだよ」

「そっちの方がおれには合ってるかもな……。しおりちゃん、スコーピオンのトリガーってどれ?」

「はいはい、これ」

 

 手渡されたトリガーを持ち、しばらく顎に手を当てて見つめた後、小南の方を見た。

 

「こなみ先輩、引き続きお願いします」

「良いわよ?  何を使おうとアタシには勝てないけど」

 

 軽口を叩き合いながら、二人は訓練室に引き返す。その背中を海斗が眺めていると、烏丸が海斗の肩を叩いた。

 

「すんません、陰山先輩」

「何?」

「三雲の奴にレイガストの扱いを教えてやってくれませんか?  あいつ、感覚派よりも思考派みたいなので」

「ああ?  なんで俺が」

「今日の晩飯もご馳走し」

「おらメガネ。訓練室に入れ。それとももう少し休むか?」

「い、いえ、いけます!」

 

 この人、割とちょろいのか? と思いつつも、少し不安が残っていた。この人は自分と対極の位置にいる人だと何となく理解しているからか、修は少し海斗が苦手だった。かといって、自分が使ってる武器に関して詳しいなら教わる他無いのだが。

 遊真達とは別の訓練室に入った。とりあえずトリガーを起動し、海斗はレイガストを出す。

 

「えーっと、お前名前なんだっけ?」

「み、三雲修です!」

「じゃあメガネで良いな」

 

 名前を聞いた意味も、何が「じゃあ」なのかも分からなかったが、あまり口答えしないほうが良いのは分かった。

 

「つっても……レイガストの扱いっつっても、俺もスラスターパンチにしか……」

「え?」

「あーいや、一応他の用途にも使ってたか」

 

 それを思い出し、海斗は修に聞いた。

 

「メガネ、レイガストってのはスラスターがついてんのは知ってるな?」

「は、はい」

「こいつの用途は鈍いやつでも速度のある攻撃が出来ること」

「あ、はい」

「なんかじゃない。速い奴にはスラスターなんか使った所で躱されてカウンターをお見舞いされて終わりだ」

「え? は、はぁ……」

 

 じゃあなんで言ったんだよ、とも思ったが、それも口にはしない。海斗は説明を続けた。

 

「俺は、正直に言って人に物を教えるのが苦手だ。だから、俺が過去に使ったレイガストの用途を教える。その中で、お前が使えると判断したものを覚えろ」

「わ、分かりました」

 

 そう言って、海斗はレイガストからブレードを消し去った。

 

「まずはこいつだ。スラスターパンチ」

「ぱ、パンチ?」

「レイジさんもよくやってる。勢いを増させ、相手に拳を叩き込む。これを応用し、シールドモードで拳を包み込んで、敵の攻撃を弾いたこともある」

 

 そう言って、拳を光の膜で包んだ。

 

「このシールドモードってのが便利だ。ブレードとの切り替えが可能だし、敵を捉える事もできる」

「敵を、ですか……?」

「スラスター」

 

 直後、海斗の手元からY字型に変形したシールドが飛び、修の腹を捉えた。そのまま壁際まで押し込まれ、固定されてしまう。

 

「おぶっ……!」

「こんな感じ」

「な、なるほど……」

「そもそも、スラスターってのはなかなか便利だ。予備動作無しで攻撃出来る上に、勢いがあるから当たれば敵の姿勢を崩せる。俺は風間のバカにこんな使い方もしてた」

 

 一度、レイガストでの封印を解くと、修に近付いた。近距離まで近付くと、レイガストのスラスターを起動し、拳に当てて地面に急降下する。

 

「⁉︎」

 

 腕が地面に固定されれば、這い蹲る姿勢にならざるを得ない。土下座するような姿勢になる修の眼前に、蹴りを放った。

 直撃する前に足を止め、ゆっくりと元の位置に戻す。

 

「こんな感じだな。……あの時の風間のアンチキショーの顔ったらねーわ。めっちゃ驚いてた。ぷーくすくす」

 

 この人は風間さんのことが嫌いなんだろうか、と思ったが、黙って冷や汗を流した。

 満足するまで笑い終え、一通りの説明を終えた海斗は、トリガーを解除して訓練室の扉に向かった。

 

「ま、こんなもんだ。あとはテメーで考えろ」

「あ、あの、陰山先輩!」

「あん?」

 

 振り返ると、おそらく三雲修から初めて発された尊敬の色が出ていた。その中に、恐怖や警戒の色はない。「変な人だな」って色はあるが。

 

「ありがとうございました。参考にさせていただきます」

「……バカヤロー」

 

 馬鹿正直に頭を下げる修に、海斗は振り返る事なく片手を上げて答えた。

 

「ウィス様と呼べ」

 

 ×××

 

 訓練室を出て、小さく伸びをする海斗に、宇佐美が横から声を掛けた。

 

「中々、面倒見が良いね、カイくん」

「そんなんじゃねーよ」

「いやいや、良い事だと思うよ。なんだかんだ、双葉ちゃんとも上手くやってるもんね」

 

 そういえば、双葉とも気まずい関係になっていることを思い出した。

 

「……そうでもねえんだよなぁ……」

「何、何かあったの?」

「なんでもねーよ。それより、雨取は?」

「千佳ちゃんなら、そういえばまだ朝から出て来てないよ」

「ちょっと見てくるわ」

「……やっぱ面倒見良いじゃん」

「黙れ」

 

 冷蔵庫の中のスポドリを持って、千佳の訓練室に入った。中ではそれなりの量の穴の空いた的が横たわっている。普通ならこのくらいでトリオンが切れ、休みに来るはずだが、千佳は余裕で撃ち続けていた。

 駅で千佳のトリオンのサイズを見た海斗から見ても驚くべき量だが、海斗はとりあえず用件だけ済ませることにした。

 

「雨取」

「あ、陰山先輩!」

「疲れただろ。一旦、休めよ」

「いえ、まだいけます」

「いやいや、休むのも練習だから」

「でも……修くんや遊真くんと違って私だけ素人ですから。二人以上に頑張らないと」

 

 そう言う千佳の表情は、真剣そのものだった。どうやら、彼女も本気のようだ。なら、これ以上は何も言うまい。

 

「……あまり根を詰め過ぎるなよ」

 

 そう言って、スポドリを千佳の横に置く。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 お礼に対し、片手を上げるだけで返事をすると、訓練室を出た。

 

 ×××

 

 その日の夜、支部の屋上で海斗はのんびりしていた。今日も夕食をご馳走になるため、のんびりしているしかない。

 三人とも朝から晩までそれぞれの師匠の指導を聞き、頑張っている。その様子をさっきまで眺めていたが、飽きたのでスマホをいじっていた。

 

「よう、海斗」

「……迅」

 

 隣に現れたのは、実力派エリートだ。

 

「どう? うちの後輩達」

「まぁ……中々、悪くないんじゃねーの」

「相変わらず素直じゃないなぁ。素直になった方が、得する事も多いのに。特に、海斗の場合は尚更」

「なんだよ」

「なんでもなーい」

 

 それ以上は野暮だと思ったのか、迅は誤魔化した。ぼんち揚を摘みながら、いよいよ本題に入る。

 

「で、どうだった?  遊真は、殺すべき奴だと思った?」

「いーや。全然だ。むしろ、メガネや雨取みたいなチームメイトも見つけ、小南みたいな師匠も出来て、普通のボーダー隊員と変わらん」

「そうかそうか、それは良かった」

 

 そう言いつつ、海斗にもぼんち揚の袋を差し出した。ありがたく中のせんべいを一枚、もらって口に放り込む。

 

「所でさ、海斗」

「何?」

「城戸さん達が攻めてくる。遠征部隊と三輪隊を引き連れて」

「……ふーん」

 

 三輪隊、という部分が出た時、海斗の表情は一瞬だけ強張ったが、何とか平静を保った。

 

「狙いは勿論、遊真の黒トリガーだ。忍田さんにも応援を要請するつもりだけど、戦力は多い方が良い。手伝ってくれない?」

「なんで俺なんだよ」

「秀次が来るからだよ」

「……随分、ストレートに言うんだな」

「お前は回りくどいの嫌いだろ」

 

 その通りだ。サイドエフェクトがサイドエフェクトなだけに、本音を隠されると腹立つことが多い。

 

「お前的にも、良い機会だと思ったんだよ」

「……」

 

 確かに良い機会だ。三輪の気持ちを少しは理解し、その上で遊真は殺すべきではないと判断した今、和解のタイミングにはもってこいだ。

 しかし、人の感情は理屈ではない。そう簡単に踏ん切りがつくものでもなかった。

 

「何、あと三日ある。それまでにゆっくり決めると良いさ」

 

 迅はそう言うと、海斗の背中を叩いて屋上を後にした。

 しかし、海斗の気持ちは決まっている。この機会を逃せば、おそらく三輪とは和解しあえない。

 なら、どんなに踏ん切りがつかなくとも行く他ないわけだ。

 

「……」

 

 遊真は絶対に殺させない。そう決めた海斗は、そのまましばらく星空を見上げた。

 

 


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