ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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大規模侵攻までの間、日常パートが長くなる期間。
恥ずかしい事は思い出すと中々、頭から消せなくなる。


 三輪との問題も無事に解決した翌日、海斗は陽気に玉狛支部に来て、新入り三人の面倒を見ていた。

 

「オラ、空閑ァッ! そんなもんかいボケナスがァッ‼︎」

「まだまだ」

「駄眼鏡ェッ! シールドモードばっか使って逃げ回んじゃねぇ‼︎」

「は、はい……!」

「雨取、まだ左に逸れてるから。一層の事、的から外れるくらい右側撃ってみたら?」

「わ、分かりました!」

 

 どういうわけか、三人の使う武器全てを持つ海斗は、それぞれの師匠が任務やらバイトやら料理やら休憩やらで席を外している間は代理で面倒を見ていた。

 

「……あれ? 俺の休憩時間はどこに……」

 

 一人、ヘトヘトになりながら今度は遊真の作戦室に向かっていると、その前に休憩を終えた小南が腕を組んで立ち塞がった。

 

「ちょっと」

「え?」

「話あんだけど」

 

 呼び出され、屋上に連行される二人の様子を、たまたま壁沿いで見学していた烏丸がしっかりと見ていた。

 

 ×××

 

 そんなわけで、屋上の入り口には現在、玉狛に来ているほぼ全員が集まっていた。

 つまり、烏丸、迅、修、遊真、千佳の五人である。わざわざ特訓を中断してまで見に来る事なのだろうか、とツッコミを入れる人物は誰もいない。いや、修だけは「なんで僕まで……」といった顔をしていたが、周りが面白がっているので見学するしかない。

 

「……え、あの二人ってそういう仲なの?」

「はたから見ればそうだな」

「迅さん、予知で何か見えてないんですか?」

「千佳ちゃん、今それ聞いて面白い?」

 

 千佳が割とノリノリなあたりがまた怖かった。

 監視されてるとも知らず、小南は海斗に声を掛けた。

 

「あんた、明日あたり暇?」

「や、無理。防衛任務」

「じゃあ明後日」

「その日も任務だな」

「明々後日」

「防衛任務だわ」

「どんだけ入ってんのよ⁉︎」

 

 そんなこと言われても、豪邸に住んでいるだけで貧乏な海斗のためを思ってシフトを増やしてくれた二宮に「この日出れません」なんて言えない。

 普通、こういう時はお約束で予定は空いてるものでしょ、と隠れて見学している面子は震えて笑いを堪えていた。

 

「いいから1日くらい空けなさいよ〜!」

「嫌だよ。俺だって生活厳しいんだから。ちゃんと働かないと」

「じ、じゃあ、年末年始は⁉︎」

「年末年始もダメ。その日は出ればB級でも時給出るし」

「〜〜〜っ!」

 

 すごくイライラする小南だった。こいつは自分よりも金かよ、と。見学している五人も笑えば良いやら小南に同情すれば良いやら分からない。

 そもそも、側から見てるだけでも小南は乙女の表情をしているというのに、あのバカはそれに気付かないものなのだろうか? 何の為のサイドエフェクト? と思わざるを得なかった。

 こうなれば、小南は最後の切り札を出すしかない。本当なら恥ずかしいので回避したいが、

 

「じゃあ、クリスマス……とかは?」

「ああ、クリスマスは出水と米屋と三輪で『ドキッ♡ 男だらけの聖なるクリスマス☆パイ投げ大会』だけど」

「キャンセルしなさい!」

「なんでだよ⁉︎」

「良いからキャンセルしなさいよー!」

 

 ぐいーっと頬を引っ張り回されるも、別に痛くないのでされるがままにしてきた。それに、小南にそういうことされるのはなんとなく悪い気はしない。

 

「……ふぁあ、良いふぇふぉ」

「ほ、ホント⁉︎」

 

 小さく頷くと、嬉しそうな顔で手を離した。少し頬がヒリヒリするが気にしない。

 

「や、約束したからね! 後から無しって言ってもダメだからね⁉︎」

「分かったから」

「はい、指切り!」

「何それ」

「え、あんた指切り知らないの? 昔、お母さんとかとやらなかった?」

「やってねえな。親と何かした記憶があんまり……」

「……ごめん」

 

 いつのまにか悲しい雰囲気になっていて、覗き見五人組は目をパチパチとさせる。

 それに一切、気付いていない小南は構わずに海斗の手を握った。

 

「じゃあ教えてあげるわ。こうやって小指を立てて」

「は? ああ。『俺のこれ』のハンドサインか」

「だ、誰があんたの彼女よ!」

「お前だなんて言ってねーけど」

「んがっ……⁉︎」

 

 もう既に彼女をからかう彼氏の図になっており、迅と烏丸は微笑ましい目、遊真は「ほほう……」と唸りながら謎のキメ顔を決め、修は罪悪感に胸を高鳴らせ、千佳はずっとソワソワしていた。

 それに一切、気付いていない小南は構わずに海斗の手を握りながら自分の小指を絡めた。

 

「ほら、こうやって……」

「何これ、別の地方の指相撲?」

「どんな指相撲になるのよ! これで、ゆっびきっりげっんまっん!」

「げんまん? 逆から読んだらまん……」

「ぶっ叩くわよ本当に」

 

 なんだか彼女と彼氏というより、姉弟に見えてきた。今度は五人揃ってほっこりとその様子を眺める。

 それに一切、気付いていない小南は構わずに海斗との指切りを終えた。

 

「じゃ、じゃあアタシは遊真を軽く揉んでくるから!」

「あっそ」

 

 そう言って、小南は屋上の出口に向かった。この後、五人とバッタリ遭遇するまで残り4秒。ずっと監視されていたことに気付いていた海斗は、小南のマジギレシーンには興味が無く、屋上から飛び降りて本部に向かった。

 

 ×××

 

 しかし、クリスマスか……と海斗はため息をついた。こんな風に予定が出来るのは初めての経験だった。去年のクリスマスは出水と米屋で顔面シュークリーム大会だったため、なんか少し嬉しかったりする。

 まぁ、今年「小南と出掛けるからダメになった」なんて言えば多分、キレられる事は間違いないのだろうが。

 そんな話はさておき、二宮隊の作戦室に入った。今日はオフのため、また誰か掃除してるのかな? なんて思いながら部屋に入ると、双葉がいた。

 

「あ、ウィス様!」

「なんでお前いんの?」

「勿論、文句を言いに来ました」

「は?」

「誰なんですか! あの空閑って人は! まさか、本当に私以外の弟子を取ったのですか⁉︎」

 

 こいつ、まさか今の今までずっとそんな事でここで待っていたのか? と思わないでもなかった。

 しかし、下手な嘘をつくと痛い目を見るのは三輪の事で学習済みだ。

 

「そうだよ。新しい……まぁ、小南と兼任だけど、弟子だな」

「つまり、あの人は小南先輩との子供という事ですね?」

「どんだけ人聞きの悪い捉え方してんだよ!」

「私だけじゃ不満だと言うのですか⁉︎」

「いや、そういう問題じゃなくてな……」

「では、なんだと言うのですか⁉︎」

「あー……まぁ、何? 成り行き?」

 

 と言うか、何故こんなに怒られているのか。そんなに自分以外の弟子が出来るのが嫌なのだろうか。

 

「良いだろ、せっかく出来た弟弟子だ。仲良くしろよな」

「……むー。これでは、私との特訓の時間が減ってしまいます」

「大丈夫だって。どうせ、ほとんど面倒見てるの小南だし。俺はスコーピオンの取り扱い教えてやっただけ」

「……スコーピオンですって? 私より弟子っぽいです……!」

 

 あ、地雷踏んだかも、と悟った海斗は、もう雰囲気で誤魔化すことにした。

 双葉の頭に手を置き、優しく撫でてやりながら微笑んだ。

 

「今度、丸一日面倒見てやるから、そう怒るなよ。確かにあいつはお前より飲み込み早いし身軽だし俺のスタイルに似てたからお前より優秀だけど、お前の方が俺が面倒見る時間は多くしてやるから」

「ぶっ飛ばします、空閑遊真」

「あれっ?」

 

 落ち着けていたらマジギレして作戦室から出て行かれてしまった。何が悪かったのか考えていると、すれ違いで犬飼と辻と氷見が入って来た。

 

「お疲れー」

「お疲れ、海斗くん」

「お疲れ様」

「乙」

「で、何したの?」

「何が?」

 

 早速、声をかけて来たが、心当たりがなかった。しかし、すぐにたった今、すれ違った双葉の事だと理解して「ああ」と相槌を返す。

 

「弟子をもう一人とったら怒って出て行っちゃっただけ」

「え、なんで?」

「特訓の時間が減るからだとよ。空閑に喧嘩売りに行ったのか、それともそのために修行しに行ったのか知らんけど暴れに行ったのは確か」

「うわあ……」

「まぁ、大丈夫でしょ。それより犬飼、お前良いとこに来たわ」

「お、なになに。どしたの?」

 

 興味深そうに犬飼が椅子に座った。海斗が正直に話があると言うのは珍しい。普段は話しかけて欲しそうな顔をしてソワソワするだけだ。

 

「や、クリスマスにさ、小南と出掛けることになって」

「なるほどね」

「どこに出掛けるの?」

「詳しく」

「おい、なんでお前らまで興味持ってんの」

 

 辻と氷見も同じように席に着いた。

 

「だってクリスマスデートでしょ?」

「気になるじゃない」

「やっぱこれデートなのか……」

 

 何となくそんな気はしていた。今まで見たことのないピンク色のオーラを発していた小南は、多分あれはそのつもりなんだろう、と海斗は察していた。

 

「や、まぁデートでもなんでも良いんだが……なんか、クリスマスの日とかってやっぱ高い服とか着て行った方が良いのかと思ってな」

「なんで?」

「よくクリスマスのCMとかじゃあるだろ。高級そうな服に身を包んで、女の方はドレス……みたいな」

「あー……なるほどねぇ」

 

 相槌を打ちつつ、犬飼は頭の中でニヤニヤしてしまう。そういうのを気にする、と言う事は、やはり目の前の少年も小南に対してそれなりの感情を抱いているのだろう。

 こいつも成長したなぁ……なんて思っているのは当然、海斗にはバレバレで、顔面に張り手が飛んで来たが。

 椅子ごと後ろにひっくり返った犬飼を無視して、隣の辻が声をかけた。

 

「あまり気にしなくて良いと思うよ。海斗くん」

「そうなんか」

「クリスマス、と言っても二人はまだ高校生だからね。それどころか付き合ってもいないんだし、いつも通りの服装で良いと思う」

「なるほど……そういうもんか」

「少し高めのお店でオシャレなディナーを食べる、って言うなら話は別だけど……」

「そんな金無ぇから」

「だよね、だったら……」

「待った」

 

 良い感じのことを言っている辻の二つ隣、つまり犬飼の反対側に座っている氷見が口を挟んだ。

 

「何? この季節にぴったりな苗字の氷見さん」

「あんたのその意味のないボケはなんなの……。いや、ていうか陰山くん。ちょっとトリガー解除しなさいよ」

「なんで。また殴るつもり?」

「殴らないから。解除してみて? その下、私服でしょ?」

「えー。俺このスーツ気に入ってんだけど」

「良いから早く」

 

 有無を言わさず、という勢いだったので、仕方なく海斗はトリガーを解除した。

 現れた海斗の格好は、青と白のジャージの背中に金色の昇り竜が描かれた服の上、ズボンはダボっとしたジャージ生地のスエットのような感じの如何にも「元ヤン」と言った服装だった。

 

「……」

「……」

「……」

 

 半眼になる氷見も、起き上がった犬飼も、さっきまで肯定的だった辻も、三人揃って、改めて「こいつやっぱ元ヤンなんだな」と認識した。

 そして、こんなのとお嬢さまの小南を二人きりで出掛けさせるわけにはいかない。

 

「ね、陰山くん。私服を買いに行こうか?」

「は?」

「うん。行った方が良い」

「や、別に気にしなくて良いって……」

「特別な奴じゃなくていいから、せめて一般学生に見える服装を買っておこう」

 

 三人に「良いから行くぞ」と言われた気がした海斗は、観念してそのまま買い物に向かった。

 

 ×××

 

 そんなわけで洋服を探しにきたわけだが、海斗はあまり洋服などに興味はない。正確に言えば、琴線に触れるものが普通の高校生が着るようなものではなく、昇り竜や鳳凰など、そういうのが大好きだった。

 

「……なんか動きづれえな」

 

 だから、今着させられているシャツやスラックスは、なんだか少し息苦しさを感じた。

 そんな海斗の気を知ってても無視する三人は、顎に手を当てて海斗を眺める。

 

「……なんか、爽やかさが足りないよね」

「というか、何を着てもヤンキーに見えるよね」

「もう少し色を明るくしてみる?」

 

 などと海斗のことなどまるで無視して次の洋服を探しに行ってしまう。その間、どうしたら良いのか分からない海斗は試着室の前でぼんやりと待機するしかなかった。

 そんな中、海斗は一人でスマホをいじるしかなかった。しかし、まさか小南に好意を持たれるとは思わなかった。あの子も中々、アホだが、そんなアホな好意を持たれてると知って、嬉しくなってしまっている自分も大概アホだ。

 

「海斗くん、これ」

「ん? ああ、どうも」

 

 渡されたのは水色のシャツだ。それから氷見がコートを持ってきた。

 

「スラックスは黒で良いと思うから、あとは上だよね」

「顔が余りにも超サイヤ人過ぎるから、あんまり威圧しない感じにしないと」

「……俺の目ってそんなに怖いか……?」

 

 何故、そこまでズケズケと言えるのだろう、と思ったが、それは海斗も割とズケズケ言うからだろう。

 そんなわけで、二宮隊によって改造され続けた海斗の服装はようやく完成した。黒のスラックス、グレーのコート、水色のシャツを装備し、マフラーまで巻いた。

 

「おお……これなら、なんとか……」

「伊達眼鏡は……いらなさそうですね。やっぱり明るい色の方が目付きの悪さも少しは柔らかくなりますね」

「うん。目付き以外は割と平気だし、目付きも小南さんと一緒なら平気だと思う」

 

 色々とツッコミどころはあるが、まず一番先に海斗が気になったのは、氷見の発言だった。

 

「おい、なんで小南と一緒なら目つきが変わんだよ。あいつは目薬か何かか?」

「何よ、あんた気付いてないの?」

「あ?」

「あんた、小南さんと一緒の時は割と目付きが普通な事もあるのよ」

「……は?」

 

 え、そうなの? と言わんばかりに海斗はマヌケな面を浮かべるが、逆に氷見は真顔だった。

 

「え……? そ、そう……?」

「そうだよ」

「……」

 

 その時、自分はどんな色を発していたのだろうか。このサイドエフェクトでは自分の感情の色は見ることが出来ないため、非常に厄介なとこがある。

 もしかしたら、あの小南と同じ色を……なんて考えるだけでも恥ずかしくなってくる。

 

「……ま、ちゃんと男見せなさいよ」

「何の話だよ」

「良いから、買っておいで」

 

 追い出されるようにレジまで背中を押された。

 

 ×××

 

 買い物を終えた海斗は、のんびりと二宮隊の作戦室で椅子に座り込んだ。なんか、明日から玉狛に行きづらくなった。小南に顔を合わせるのが恥ずかしい。

 そもそも、何かもう現状が何処か気恥ずかしかった。胸が痛いやら頬が熱いやらでもうてんやわんやだ。なんかむしゃくしゃもする。

 ランク戦で八つ当たりしに行きたい。行っちゃおう。速攻で決めると、作戦室を出た。風間がいた。

 

「……」

「……」

「え、何?」

「お前、俺がいない間に随分とやりたい放題やっていたようだな」

「そんな事ないから」

「月見に聞いた」

 

 わざわざ海斗の蛮行をメモっている三輪隊のスパルタオペレーターを思い浮かべ、海斗は心底、腹立たしい表情を浮かべながら、トリガーを起動した。黒いスーツに身を包む中、風間もトリガーを起動する。

 

「模擬戦以外の戦闘を禁ず……まさか、こんな所で規律を破るつもりか?」

「この前、お前とはやり合えなかったからな。それも悪くない。……だが、それは無いから安心しろ」

「じゃあどうする?」

「正々堂々と受けてやる。ランク戦でテメェをギッタギタにしてやるよ」

「ほう……面白い」

 

 二人でブースに向かった。

 

 ×××

 

 ランク戦のブースに珍しく風間が姿を表したことにより、その場は騒然としていた。しかも、相手はいつのまにかボーダー本部でも「正当防衛の陰山」と通り名のついたバカが相手である。ほとんどの隊員がモニターに目を向けていた。

 その隊員達の中に、一人オールバックの男が眉間にしわを寄せて立っている。名前は弓場拓磨、弓場隊隊長でボーダーでもトップクラスのガンナーである。

 個人ランク戦でバリバリの武闘派であり、猛者達を相手に何千何万と勝ち負けを積み重ねてきた男だから、風間が個人ランク戦をしているのは珍しく、何と無く興味を持った。

 モニターでは、風間と海斗が市街地で静かに構える。といっても、風間は両手にブレードを出し、海斗はポケットに手を突っ込んだままだが。

 直後、二人は中心でぶつかり合っていた。風間の右腕のブレードと海斗の左の掌全体に張ったスコーピオン、左腕のブレードと右脚の膝がぶつかり合う。

 掌を握り拳にして風間のスコーピオンを砕くと、膝蹴りを放った脚を振り上げ、風間のブレードを持つ腕を膝で挟んで飛び上がり、風間の肩の上に登り上がった。

 

「⁉︎」

 

 眉間にしわを寄せる弓場。あの動きはボーダー隊員のやる動きではない。生身での戦闘に慣れた動きだ。

 上に乗った海斗は、スコーピオンをトリオン供給器官に突き刺しに行った。しかし、それを風間がシールドを張ってガードする。

 その隙に後ろにバックドロップをするように倒れ込み、海斗を上から追い払うと、スコーピオンを生やした廻し蹴りを放った。

 その蹴りをバク転で回避して距離を置いた直後、ドスッと肩に何かが刺さる。風間の片手から伸びて来たそれは、スパイダーだった。

 そのスパイダーを一気に縮めるとともに距離を詰めた風間は、海斗にスコーピオンによるメリケンサック拳を振るうが、海斗も同じようにレイガストを握り込んだスラスターパンチで拳と拳をぶつけて相殺し、お互いに反動で後方に弾け飛んだ。

 

「おお……」

「すっげ……」

「この後に試合したくねー……」

 

 C級隊員たちがボヤく中、弓場は険しい表情でモニターを眺め続けていた。

 風間とほぼ互角……その上、初めて見る戦法だった。今まで幾千の相手と戦ってきたが、あんな喧嘩スタイルは見た覚えがない。ランク戦で何度か見たことがあったが、二宮の教育の賜物か、部隊での戦闘を重視していてあまり目立っていなかった。

 本来なら、割り込みたい所だが……今日は残念ながらこの後、防衛任務だ。

 

「弓場隊長、何を見ているのですか?」

「……帯島ァ」

 

 褐色肌のJCオールラウンダー、帯島ユカリが声を掛けた。弓場隊の隊員でもある。

 

「風間先輩ですか?」

「違ェ。今、見てんのは風間じゃねぇ。相手の方だ」

「相手……?」

 

 陰山の文字が出ていて、風間相手に互角の戦いを繰り広げている。

 

「す、すごい……!」

「……陰山ァ、覚えたぜ」

 

 名前を小さく呟くと、しばらくモニターを眺め続けた。

 

 ×××

 

「クソッタレがああああ‼︎」

「……ふんっ、まだ甘い。半人前め」

 

 結局、10本やって5対5で延長3本やって2敗1分だった。ブースを出て、ソファーの上で暴れる海斗の横で、風間は落ち着いてコーヒーを飲む。

 

「しかし……中々、やるようになったのは確かだ。その腕に免じて、今日の説教は抜きにしてやる」

「マジで? マイルドになったな、熱でもあんのかチビ」

「……なんだ? 説教されたいのか?」

「冗談っスよ、そーやちゃん」

「殺すぞ本当」

 

 そんなアホなやり取りをしているときだ。座ってる二人に、二人分の影が覆った。

 ジロリと顔を向けると、見覚えのないインテリヤクザみたいな男と、褐色の少女が立っていた。少女の方はともかく、メガネの男は完全に海斗と同じ部類の人間に見えた。

 

「……陰山ァってのは、テメェで間違いねえか?」

「あ? んだコラ。ちげーよ、喧嘩売ってんのか」

「やめろ、陰山。何か用か? 弓場」

 

 風間が仲介したものの、弓場と海斗のメンチの切り合いは止まらない。海斗は立ち上がり、弓場の前まで距離を詰める。

 二人ともトリオン体ではないが、仮に喧嘩になった場合、その方が取り返しのつかないことになる。それを見越して、風間もポケットの中でトリガーを握った。誠に不本意ながら生身では分が悪い風間は、喧嘩が始まればトリガーを使う他ない。

 

「俺が用があんのは陰山、お前だ」

「……喧嘩の受け付けなら午後10時から午前9時までに係りの小南までお申し付け下さい」

「アア? なんで深夜なんだお前コラ。口頭じゃダメかオイ」

「……」

 

 その言葉の意味する所は、つまり喧嘩を売りにきた、と言う事だ。ここ最近、そんな風にストレートに喧嘩を売って来る奴は、それこそ影浦以外いない。逆に愉快になってきた海斗は、好戦的に微笑んで見せた。

 

「……上等だコラ。ブース入れリーゼント、ブッ殺してやる」

「悪ィが、俺達ァ今から防衛任務だ」

「ア?」

 

 喧嘩売ってきたのにやらないの? みたいな顔をする海斗に、弓場は堂々と宣言した。

 

「近い内、テメェにランク戦を挑む。首ィ洗って待ってろ」

「……はっ、面白え」

 

 弓場が立ち去り、その後ろで帯島が小さくお辞儀して立ち去って行った。その背中を眺めながら、海斗は風間に聞いた。

 

「風間、あいつは?」

「弓場琢磨。B級上位部隊のトップガンナーだ」

「ふーん……」

「甘く見るなよ。今はガンナーはポイントが取りづらいポジションだが、あいつや里見は別格だ」

「なるほど」

 

 その時は、面白い喧嘩になりそうだ。そう思いながら海斗は風間と別れ、家に帰って小南とのデートを思い出し、しっかりとテンパった。

 

 


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