市街地Aは、良くも悪くも普通のマップだ。Cのように狙撃有利だったり、Dのように逆に狙撃不利だったりしない。人がその辺に住んでてもおかしくなさそうな、そんなマップだ。
その市街地の真ん中で、海斗は目の前に立っている村上を見据えていた。
何となくだが、海斗は理解していた。目の前の奴は、おそらく今まで戦ってきたC級の中では一番強い。自分に対して敵意以外を向けることはなく、ボーダー内に剣の師匠がいて、こうして向き合ってても不用心に仕掛けて来ない。喧嘩慣れしてる相手と向き合ってる感覚だった。
さて。ここからどうするか。決まってる。海斗は隙の伺い合いや読み合いは好きではない。落ち着きがないタイプだからだ。
地面を蹴って先に仕掛けた。顔面に拳を叩き込もうとした直後、村上はいとも簡単にバックステップで回避し、地面を蹴って突き返してきた。
それを横に反り身して避けると、村上の手首を掴んだ。自分の方にグンッと引き込みつつ、ボディに蹴りを叩き込む。
が、村上は左手に持ってる剣を右手に持ち替え、その蹴りをガードした。
「!」
ガードされた、と理解するや否や、海斗は地面を蹴って距離を置く。村上も深追いはして来なかった。
強者はムキになって反撃はしない。追撃すべき箇所、引き際をしっかりと弁える。今の短い攻防は、お互いに小手調べに過ぎなかったはずだ。
さて、ここからどうするか。基本的に海斗は自分から仕掛けるタイプではない。カウンターを得意とする。と、いうのも、自分から手を出すと正当防衛にならないというリアルな理由があったからだが。
だが、それは向こうも同じのようで下手に手を出すつもりはないようだ。まるで右手に盾でも持っているかのような構えで、右肩を前、左肩を後ろにして孤月を隠している。
「……チッ」
やりづらい。当然だが、バカが相手の方が倒しやすかった。
×××
強い、と、村上は眉間に皺を寄せる。初日の戦闘訓練から知っていたが、あのガラの悪い少年は自分よりも遥かに戦い慣れしている。
何故、戦い慣れてるのか、それは彼本人も知られたくない事だろう。明らかに武道や格闘技とも違う動きだし、暴力に慣れている、という事だから。それだけに、動きが読めなかった。
さて、ここからどうするか。さっきは向こうから切り込んできた。なら、今度は自分から斬り込んでみるか?
「……」
そうしてみることにした。地面を思いっきり蹴りつけて、一気に脚を狙った。
その村上に対し、海斗は蹴りを放った。
正気か? と思ったのも束の間、海斗の足から膝まで、スコーピオンで覆われている。
耐久力Dと受けに回ると脆いスコーピオンだが、攻撃力は孤月と並ぶAだ。つまり、攻撃に攻撃をぶつければ相殺することも可能だ。
素手同士の戦闘なら、突きやパンチよりも、蹴りの方が体重が乗るため威力が高い。それで孤月の攻撃を弾き返した。
その蹴りの衝撃を利用し、村上は距離を置く。その隙を狙い、海斗は地面を蹴って突っ込んだ。足のスコーピオンを引っ込め、右手に短いサーベルのような光の剣を出す。
しかし、村上もやられっ放しではない。片膝をついたまま孤月を腰の位置で構えた。顔面を狙って来させるためだ。
顔面に突き込まれるスコーピオン。それを振り身で回避すると、村上は下から孤月で斬りあげた。攻撃直後の隙を完全に突いた。
が、感触がおかしい。振り上げたブレードは空を切っている。
「……⁉︎」
顔を上げると、海斗が空中で身体を半回転させながら、踵を繰り出して来ていた。
その踵の先端には光るブレードが備え付けられていた。いつのまにか、右手のサーベルは姿を消している。
村上に避ける術はなかった。
×××
「お、一本目が終わったな」
米屋が声を漏らした。
「鋼さん、完全に誘い込まれてましたね」
「そうだな」
これ見よがしにサーベル状にしたのは、避けられる前提だったからのようだ。自分が仕向けた動きなら、相手の想像を超える速さで攻撃などの行動に移ることは可能だ。
「しかし……スッゲェな、陰山。あいつアクション映画のスタントマンか? あんな飛び回転後ろ回し踵蹴り、リアルで初めて見たぞ」
「そのまんまの名前ですね……まぁ、あれを生身で出来るのがあのバカですから」
「生身で……マジでスタントマンか」
喧嘩慣れした動き、とは流石に本人と初対面の人間には言えなかった。
とりあえず、今のモニターで映っている戦闘は明らかにC級同士の戦闘ではない。その事に米屋は苦笑いを浮かべながら、荒船に聞いた。
「で、どうなんですか? 村上さんの方は。今の、全力じゃなかったでしょ」
「まぁな。……と、いうより、あいつは初回の戦闘じゃ全力は出ないんだよ」
「はい?」
何言ってんの? と言わんばかりに顔を向けると、荒船は珍しく勿体ぶっているような笑みを浮かべていた。
×××
『どうする? まだやるか?』
モニター越しに声が聞こえる。その声は、別に勝ち誇っているような感じではない。やってもやらなくてもどっちでも良い、といった感じだ。
勝ったというのに割と冷めた奴だ、と思ったが、他のC級25人との模擬戦で25連勝しているのなら、ある意味当然かもしれない。
しかし、村上もナメられたまま終わるつもりはない。
「もう一度だ。けど、その前に良いか?」
『何?』
「10分だけ、休憩を取らせて欲しい」
×××
休憩、と言われ、しばらく海斗はのんびりした。いきなり何を言い出すのか、と。
別に休憩をもらえるのは構わないが、何のつもりか分からない。まさか「俺、疲れがたまってたから負けたわー」とでも言うつもりなのか。
「俺の方が疲れてるっつーの……」
何せ、25連だ。しかも、あんまり慣れてないトリオン体でだ。絶対、自分の方が疲れてるね、300円賭けても良いね、なんて頭で繰り返していた。
まぁ良い。向こうが休みになるということは、こちらにも休みになるということだ。
『……ふぅ、良いぞ』
通信越しで村上の声が聞こえた。やっとか、と心の中で思いながら、首をコキコキと鳴らす。帰ったら絶対寝てやる、と強く誓いながら、再び転送された。
場所は同じく市街地A。道路の上に立つと、村上も目の前に現れ、構えをとった。
いい加減、疲れも出てきたし、さっさと終わらせるか、と思い、地面を蹴って突撃した。正面から拳を振り下ろす。
その拳を、村上はガードせずに避けて後ろに下がった。回避の直前の動きはなんとなく見えていたため、拳からスコーピオンを出す事はしなかった。
続いて、今度は反対側の拳を繰り出す。それも回避された。
「……」
さらに拳を出しながら、海斗は違和感を覚えた。消極的過ぎる。何かこちらの攻撃を待っているようだ。
なら、その待ちの姿勢を崩してやる。そう思った直後、反撃がきた。正面からの斬りおろし。ここで来るか、と思ったが、それを避けて上からブレードを踏み台にして軽くジャンプして足を引いた。顔面に蹴りを叩き込むためだ。
その直後だ。あまりに大きな危険信号を感じた。強い殺気にも等しい急激な赤。
「ッ⁉︎」
蹴りを放つ直前、ヒュボッと、火が吹くような鋭い斬り上げが飛んできた。
強引に空中で脚を振り上げ、宙返りして後ろに着地しようとしたが、間に合わない。浮いた左腕を斬り落とされた。
「ッ……!」
跳び上がる勢いの斬り上げは、それだけでは終わらなかった。ジャンプした村上はそのままの勢いで刃を振り下ろした。
左腕でガードしつつ下がろうとしたが、その左腕は存在しない。下がろうとしたおかげで胸の表面を削られた程度で済んだが、トリオンは大きく漏出する。
「テメェ……蹴りを待ってやがったのか……!」
大きく後方に飛び退いたため、追撃はしてこなかった。
しかし、まさかこれほど正確に自分の動きを読まれるとは思わなかった。ボーダーの中では、あの影浦でさえ海斗の動きを読み切るのに時間が掛かった。それ以外に戦ったC級は、モニターで自分の戦闘を見ていたはずなのに、ほとんどの奴らが正面から突っ込んであっさり蹴りをもらって終わっていたのに、だ。
流石、師匠がいるだけのことはあるということだろうか。何にしても、このままでは負ける。
「流石だな、今の二発で決める予定だったんだが……」
「ケッ、それならテメェの見立てが甘ェって事だろ」
そう言いつつも、実際はサイドエフェクトがなかったら終わっていただろう。戦闘で役に立つ事もあったんだな、と少し思いつつも、ここから先は迂闊に動かないように慎重に足を動かした。
とりあえず、だ。喧嘩慣れしてる自分は腕が無いのは困る。スコーピオンで義手を作った。指も五本作り、手のひらを数回、開いては閉じるを繰り返す。問題ない。
「……」
トリオンも残り僅か。敵は五体満足。こっちは義手を作ったとはいえ、反応は通常の腕より僅かに遅れる片腕。明らかに不利だ。
しかし、海斗は薄く笑みを浮かべた。面白くなってきた、と。一発もらったらKOのスリルは悪くない。
今日からずっと、村上より強い奴と当たればこんなスリルが味わえる。それを、この勝負で教えてもらった。
「……ムラカミコウ、だっけか?」
「……そうだが?」
「いや、一個上だったな。村上センパイって呼んだ方が良いか」
「好きに呼んでくれて構わない。同期だし、仮に先輩と呼ばれるとしたら、後輩に負けるのは嫌だからな」
嘘は言っていない。鋼自身、勝てるか勝てないか分かっていなかった。荒船に指導してもらっても、目の前のヤンキー上がりの一個下には勝てないかもしれない。
その嘘偽りない反応を聞いて、海斗は「カハッ」とほくそ笑んだ。
「正直な奴だな、あんた」
「嘘を言っても仕方ない」
「じゃ、とりあえず、さん付けさせてもらうわ」
それは、まぎれもない勝利宣言だった。先輩と呼ばれるのなら、後輩に負けるのは嫌だ。だからこちらは、さん付けで呼ぶ。
その意図を理解できない村上ではない。仕掛けを警戒して腰を落として身構えた。
お互いに視線を合わせたまま反らさない。隙を見せれば、その時点で勝負が決まる。
そんな中だ。海斗はあからさまに目を逸らし、ぬぼーっと集中力が途切れた表情になった。
明らかな隙、突け入る事が出来る大きな穴、それを逃す奴はいない。
地面を蹴って、一気に接近して斬りかかった。斬りかかってしまった。
誘われたことに気付いた頃には、海斗は回避行動に移り、右拳を引いていた。
だが、それでも反応出来ない事はない。村上は踏み込んだ足で、真逆の方向に飛び退きつつ、孤月を顔の前で盾にした。
「……えっ?」
刹那、視界がブレた。
海斗の引いた拳が消えたと思った直後には、自分の視界が半分、消し飛んでいた。
殴られた、と気付いたのは、機械音声に緊急脱出を言われた後だった。いや、正確には殴られる直前にスコーピオンを出して抉ったのだろうが、彼の場合は「殴った」と表現した方が正しいだろう。
それにしても、見えなかった。いや、見えなさ過ぎる。時間が飛んだように速かった。
強化睡眠記憶を持つ自分でも、今の速さは真似出来ない。
「……悪ぃな、本気で殴ったわ」
恐らく、影浦雅人よりも速いその突きを持つ少年がそう微笑むのを最後に、村上は2度目の緊急脱出をした。
×××
二本の模擬戦が終わり、再び二組は顔を合わせた。
柄にもなくドヤ顔でニッコニコの海斗、その横で「うわあ……」みたいな顔をしてる米屋の二人組と、無表情ながらも微笑んでる村上と「腹立つ顔してんな……」と呟きたそうな顔をしてる荒船の二人組だった。
「いやー、久々にスカッとしたぜオイ」
「すみませんね……ホント、こいつデリカシーと礼儀をどこかに置いてきたみたいで」
ガハハと笑う海斗の横でやんわりとフォローする米屋。だが、向き合ってる二人はさほど気にした様子なく答えた。
「いや、なんていうか……似たような奴知ってるから」
「それな。バカみたいにそっくりな奴」
「……ああ、あの人っスか?」
その会話に、一人だけあまりボーダー内に友達がいない海斗はついていけない。
確かに、一人いる。感情受信体質のサイドエフェクトを持ち、チリチリ頭でB級二位部隊の隊長でお好み焼き屋の次男坊が。
しかし、三人とも何となく思った。そういうタイプの似た者同士は100パーセント共鳴しない。混ぜたら危険の爆弾にしかならないのである。
「あ? 何の話だ?」
「「「なんでもない」」」
なので、シンクロして問いに首を振っておいた。