大慌てで小南が海斗と合流しに行った時、バカはバカとメンチを切り合っていた。
「おーい、海斗……」
「よぉ、ザコ。威勢良く挑んで来た割に返り討ちにされた阿呆じゃねえか」
「メインウエポン取っておいて抜かす奴のセリフかボケが。むしろハンデありで2:1とか恥ずかしくねえのか。あ、恥ずかしくないんだろうな。だからそんな面白え頭で街を歩けるんだもんな」
「スカした茶髪に言われたくねんだよ。色落ちして腐ったプリンみたいになってんぞボケ」
「ねぇ、海……」
「ちょっと待ってろ。出たー、腐った○○系比喩表現。本当はそういうの見たことないくせに、なんとなくリアリティある侮辱表現として用いられる奴ね。そういうのは一度でも見てから使え、エアプ勢め」
「ああ? 大体、イメージすりゃ分かるもんだろ禿げ。想像力の欠如が甚だしいなバカ。テメェにガンプラバトルは一生無理だなタコ」
「あの、か」
「バカやろー。もし俺がプラフスキー粒子のある世界に行ったら、最強だぞ悪いけど。ビルドバーニングなんか目じゃねえから」
「寝言は寝て言えアホめ。俺の考えたV2ガンダム-FXに勝てるかよ」
「は? 俺のデルタプラス・シルヴァ・バレットに勝てるわけねーだろ。大概にしとけよ」
「大概にするのはあんたの方よ、バカ!」
突如、怒鳴り散らすように声が響いた。勿論、小南桐絵である。ようやく、小南がいることに気付いた海斗は、間の抜けた顔で尋ねた。
「おう。なんでお前いんの?」
「あんたに会いに……じゃない、遊真の様子を見に来たのよ!」
一応、秘密にしたいという海斗の願いを覚えていてか、小南はそう誤魔化す。まぁ、影浦にとってそんなことはどうでも良い。
「オイ、後にしろ。今、俺がコイツと話してんだよ」
「何よ、うるさいわね。風間さんにチクるわよ」
「……チッ」
そう言われてしまえば、影浦も黙るしかない。仕方なくその場から背を向けて立ち去る。これ以上、正式入隊日のオリエンテーションのお手伝いを求められることはないだろう。なにせ、熱くなりすぎてどのトリガーでもアタッカーのように戦ってしまったし。
「オイ、バカ」
「アア⁉︎」
去り際、振り返って影浦は声を掛けた。
「次のランク戦でまた受けてやる」
「なんで上からなんだクソボケがァッ‼︎」
中指を立てる海斗だったが、無視して影浦は立ち去った。で、ポツンと残ったのは海斗と小南のみ。
ようやく落ち着いて話せる、と思って小南がとりあえずブースの中に海斗を押し込もうとした時だ。何かに気づいた海斗が、小南の後方の曲がり角と壁に声をかける。
「なんか用か? 烏丸、氷見、メガネ」
「へっ?」
小南が声を漏らした時、後ろの曲がり角から顔を出したのは、海斗が挙げた三人だった。
自分がいるのに他の奴に話しかけた海斗に、少し小南がむすっとしたのにも気付かず、3人は各々挨拶する。
「どうも」
「お手本になってなかったよ全然」
「お疲れ様です」
全く違う言葉を三人それぞれにかけられたが、とりあえず海斗の返す言葉は一つだ。
「うるせえ。バカども。何の用だコラ」
聞くと、烏丸が修に視線を移す。まるで、何かを言わせようとしているかのように。
それを受けて、相変わらず冷や汗を流しているメガネは「実は……」と話し始めた。
「先ほど、風間さんと模擬戦をしまして。24敗しましたが、最後の一戦で勝つ事が出来ました」
「は? 風間と?」
「は、はい……! 一応、少しですが陰や……ウィス様には技を教わったりしたので、ご報告をと……」
最後に風間の動きを見切り、海斗に教わったスラスターとシールドモードによる固定。アレでシールド突撃して壁に追い込み、両手両足を封じ込めた。モグラ爪を警戒して、足が地面につかないように。
しかし、風間ならどうにかして脱出するのが分かっていたため、師匠のように「え、捕まっちゃったんでちゅか? 足届かないでちゅね〜。それなのに身長も届いてないでちゅね〜」なんて調子こく事なく頭を吹っ飛ばした。
大金星どころではない勝利に、報告しておかなくてはと思ったのだ。
しかし、海斗はそれを聞いてメガネの額にデコピンを放つ。
「痛ッ……!」
「バカヤロー。んなことで一々、報告すんな」
「ちょっ、陰山先輩……」
宥めようとする烏丸を無視して、海斗はニヤリと微笑んで言った。
「せめて、勝ち越してから報告しろ」
「……! は、はい! ウィス様!」
「うむ」
そんなことを言われてしまえば、もっと精進せざるを得ない。烏丸に顔を向けると、察した師匠も頷いてその場を後にした。これからまた玉狛で特訓である。
その背中を眺め、弟子の成長にウンウンと嬉しそうに頷く海斗に、残っている氷見は冷たい目で言った。
「……あんた、適材適所って言葉知ってる? あの子が風間さんに勝てるとは思えないし、そもそもそういうタイプに見えないんだけど」
「目標は高くした方が良いだろ。てか、お前は何の用?」
「説明が必要?」
ニッコリと笑っていない目で微笑まれ、一気に師匠モードから怒られ慣れてるガキ大将モードに戻る。要するに、影浦とやらかした件がバレたのだろう。
「悪い、俺用事が」
と思って振り返ると、双葉が真顔で後ろに控えていた。
「……ウィス様。あの人もウィス様と呼んでいましたがどういうことですか?」
「……」
さらに、隣から腕を掴まられる。言うまでもなく、不愉快そうにしていた小南だ。
「ち、ちょっと! そろそろアタシにも構いなさいよ!」
「……」
全く嬉しくない女の子に引っ張り回される構図がそこにはあった。
×××
二宮匡貴は、屋上に来ていた。呼び出された時刻は12時頃だが、既に10分オーバーしている。そもそも、呼び出した人物があまりに意外すぎる人物で、何の話をされるのか見当もつかない。まぁ、何にしても待たされている時点で文句は言ってやるつもりだが。
屋上から遠くを眺めつつそんな事を考えている間に、その人物はやって来た。
「どーも。二宮さん」
「……遅いぞ。迅」
「ごめんごめん。実力派エリートはどこでも引っ張りだこだからね」
相変わらず読めない男だ。太刀川と同じでヘラヘラしている癖に実力がある、色んな意味で気に食わない男だ。
しかし、そんな男にいつになく真剣な声で「話がある」なんて言われれば、それは当然気になるし、行かざるを得ない。
「何の用だ。手短に話せ」
「いやー、それがそうもいかなくてね」
ぽりぽりと頬をかきながら、とりあえず二宮にぼんち揚の袋の口を差し出す。無言でその中から一枚とって齧った後、二宮はジンジャエールをポケットから出して飲んだ。
「……ふっ、悪くない」
「や、何が?」
「食べ合わせだ」
「あ、そう……。本題に入るね」
実力派エリートの華麗なスルーというレアカットがあったが、二人の間に話が起こることもなく迅は続けた。
「海斗の事なんだけど」
「……ああ。あいつか。何かあったのか?」
「いや、これから起こるんだよ」
その言葉に、二宮の視線は微妙に鋭くなる。迅が手放した風刃の持ち主に抜擢された……とかそんな話なら良いのだが。
「大規模侵攻の話は知ってるでしょ?」
「ああ。忍田さんから聞いてはいる。近々、起こるらしいな」
「そう。まだ会議も始まってないし、何処の国とか情報が出てるわけでもないから、ハッキリしたことは言えないんだけど」
「回りくどいな。要件を言え」
あまりムダ話が好きではない二宮は、ストレートに迅を問い詰めた。
言いにくい話なのだが、それがお望みなのであれば仕方ない。遠慮なく、しれっと迅悠一は視えた未来を告げた。
「海斗が死ぬかもしれない」
今度こそ。二宮匡貴は動揺を表に出した。背中こそ向けているものの、迅にもそれは伝わった。二宮匡貴が言葉を失っている。こんな事は滅多にない。
「……なんだと?」
搾り出すような声で、二宮は迅に視線だけ向ける。隊員を失い、B級に降格を喰らった二宮隊だが、その穴を埋めるようにバカが転がり込んできた。
しかし、そのバカまでもを失うはめになるかもしれないとなれば、動揺のあまり迅に八つ当たりじみた敵意すら向けてしまうのも仕方ない。
「いい加減なことを言うな。ボーダーのトリガーには緊急脱出がある」
「いい加減じゃないよ。あいつ、バカで生身でも強いから」
「……」
それを聞いて、二宮はなんとなく察しがついた。要するに、どういう状況なのか知らんが、あのバカはトリオン体を解除して戦う、というのが分かってしまった。
「……チッ」
「だから、二宮さんにはあいつから目を離さないで欲しいんだ」
「どういう意味だ。あいつは確かに俺の言うことなら聞くが……」
「二宮隊から離れるようなことが無ければ、あいつが生身になることはないんだ」
「……なるほど」
どういう意味かわからないのだが、要するに自分さえ一緒なら平気という意味だろう。
「それは俺以外のやつには伝えたのか?」
「いいや。誰にでも伝えれば良い結果になるってもんでもないし、言い方は悪いけど海斗に敵が集まった方が周りの被害が減ることだってある」
「……なるほど」
二宮は噛みしめるように目を閉じた。要するに、自分も下手に周りに教えるようなことをするべきではないのだろう。
予知を持つのも大変だ、と改めて思う。迅悠一は、見えている結果の中から常に取捨選択を迫られ、分かっていて見捨てねばならない事もあるのだろう。
初めて、迅に敬意を抱いてみたりもした。
「本当は小南や黒江ちゃんにも伝えようと思ったんだけど……あの子達まで海斗を守るために集まったら、一般市民に大きな被害が出る可能性もある。そういう意味でも、あまり多くの人には伝えられないんだ」
「……陰山本人には伝えないのか?」
「あいつはー……なんだろ。伝えても無駄というか……」
「どういう意味だ?」
「伝えたところで、あいつは万が一、その時が来てもトリガーを解除すると思う。多分だけど、意地だけでトリガーを解除するんじゃなく、誰かを守るために解除しているように見えるんだ」
「……つまり、死ぬと分かっていてもその行動に出ると?」
「そう」
チッ、と二宮から舌打ちが漏れる。苛立ちが収まらない。今まで、二宮隊には海斗が必要だと伝えて来たはずだった。いなくなられたりするのは困るし、当然、感傷的になる。自分達を除いても、彼女や弟子、友達も出来て、ようやく海斗の人生はこれから、という時だ。
海斗自身、分かっていないわけではないはずなのだ。それでも自分の命を軽く見て、他人のために命を投げ捨てようとしている。
「迅、バカが死ぬ可能性はどのくらいだ?」
「今のとこは五分五分だよ。でも、二宮隊と別れたら70〜80パーセントを超える」
「……なるほど」
つまり、自分達に掛かっているわけだ。それなら問題ない。自分だってみすみす部下を殺させるつもりなどない。
「情報、感謝する。迅」
「良いの良いの。俺だって、海斗には死んでほしくないからね」
「……そうか」
小さく相槌を返すと、二宮はスマホを取り出した。今の話は下手に周りには知らせられないが、伝えておいた方が良い人材だっているはずだ。その人達に連絡するために。
海斗を守る戦いは、もう始まっている。
×××
「ねぇ、私はわざわざ会いに来たのよ、あんたに。玉狛から。それなのになんで他の女の子と一緒にいるわけ?」
「で、今度は何をやらかしたの? 二宮さんには黙っててあげないから言ってみなさいよ」
「どういうことなんですか? ウィス様。何故、空閑さん以外にも弟子がいるのですか?」
三者三様の質問が飛んでくる。どれから応えれば良いのか分からないが、とりあえず歳下の双葉から聞くことにした。
「そうだよ。黙ってたわけじゃなく」
「開き直ってるわけ? 堂々とした浮気? 別れたいわけ?」
「やらかしたのは分かってるから。内容を言いなさいよ」
「黙ってましたよね。告白のタイミングはいくらでもありましたよね」
「うるせーよ! 一人ずつ話させろお前ら!」
三者三様に各々の質問通りの捉え方をされ、流石に声を荒げた。このままでは会話にならない。
「とりあえず一人ずつにしろ」
「それもそうね」
「聖徳太子ってわけじゃないし」
「すみません、ウィス様」
「「「それで、どういうこと?」」」
「主役しかいない合唱部か! 1人くらい遠慮しろよバカどもが‼︎」
そう言えば、普通なら3人は話し合うとこだろう。しかし、3人はそれなりにバカに染まっていた。
海斗から目を離すことなく、自分の胸に手を当てた。
「「「私達の誰を選ぶの⁉︎」」」
直後、カシャっとシャッター音。廊下の端には、口の軽さには定評のある米屋が立っていた。
しばらく海斗と目を合わせたあと、奥歯を光らせて親指を立て、その場から走り去っていった。
「よし、殺」
「逃がさないわよ」
生身だった海斗だが、他の三人はいつのまにかトリオン体になっている。わざわざ層の薄い氷見ですら、わざわざ護身用のトリガーを起動してるんだから抜け目がない。
さて、こうなれば一人ずつ撃破していくしかないわけだが……さて、まず一人は確実に後でも良い奴がいる。
「小南」
「な、何? 私を選ぶの? まぁ当然よね? 私、一応……」
「この様子を見て、こいつらが俺に迫って来てるように見えるか? むしろ別件で迫って来てるだろ。だから、お前の要件は無いに等しい。よって後にしろ」
「……むー」
むくれている小南だが、反論はこない。なら後回しで結構だ。さて、次。
「氷見。今日の件に関しては後で二宮さんに俺から言うから」
「嘘ね。あなた絶対に逃げるもの」
「バカヤロー。俺が二宮さんに嘘ついたことがあるか?」
「……そう言われればその通りだけど」
「それにな? 俺だって今回の件は反省してる。香取のアホを影浦と合計20回袋叩きにしたのはやり過ぎだと思ってる」
実際、やり過ぎた。何せ延長五回まで続いたくらいだから。
頭の良い氷見は、今の一言でだいたい、何があったのか察した。何かあって対戦相手だった影浦と口論になり、それで周りの人の迷惑になり、突っかかった香取が生意気な口を聞き、20回ボコボコにし、ペナルティを受けた。そういうことだろう。
「……よく分かった。じゃ、二宮さんに報告しておく」
「おう。……なるべくマイルドに伝えてね」
「ヒヨるのが早い……」
そう呆れつつ、氷見は早速、二宮のもとに向かった。その背中を眺めながら、最後の1人に目を向けた。
「よし、双葉」
「なんですか? 言っておきますが、私はお二人のように」
「白髪にもメガネにも教えてない新必殺技を今度教え」
「そういえば今日は任務でした!」
こうして、海斗と小南だけになった。海斗がちらりと小南を見ると、やはり何処か不機嫌そうに見える表情を浮かべている。
「……なんか随分とあの子達の扱い方を心得てるのね」
「はぁ?」
「うまく誤魔化しちゃって。性格悪いんだから」
「……」
これは分かる。要するに、嫉妬の色だ。まさか自分の影浦との喧嘩がここまで来るとは思わなかったが、自業自得だと思えば仕方ないと思える。
しかし、小南はチョロい子である。一番扱いやすいのが自分であることを知らない。
海斗は驚くほどストレートな表現で言った。
「デート行くか。カラオケ辺りに」
「っ、も、もう……! そんな事、こんなとこで……人に聞かれても知らないんだから……! 大体、あんたはいつもいつも……!」
ぐちぐち言いながら自分と手を繋いで来る小南の愚痴を適当に頷いて返しながら、ボーダー本部を出た。
素直な彼女で良かった、と心底思いつつ、とりあえずサイドエフェクトをフルに使って人に遭遇しないように歩いた。