ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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噂が拡散するのは秒単位なのに、噂を消すのにはかなりの時間を要する。

 黒江双葉は、今日もランク戦会場に来ていた。最近はランク戦で勝つことが楽しくて仕方ない。というのも、海斗に様々な技を教わり、それが敵に通用した時の快感が本当に心地よい。バッティングセンターで思い切りかっ飛ばした時と同じくらい気持ち良いものだ。

 それに今は打倒、空閑遊真に信念を燃やしているため、少しでもいろんな人と戦って腕を上げたい所だった。

 さてさて。今日もカモを探しにランク戦会場に来た。今日は誰と戦おうかなーなんて考えながら辺りを見回していると、ブース内の壁の向こう側でコソコソと自分をじーっと眺めている影が見えた。

 

「?」

 

 その少女の顔は見覚えがある。あまり絡みがあったわけではないが、たまに見に行くB級ランク戦などに出ていたから名前だけは知っている。

 あんまりジロジロ見られるのも好きではないため、思い切って声をかけてみた。

 

「……あの、何かご用ですか? 帯島先輩」

「っ、ふ、双葉さん……!」

 

 少しブルってしまったが、自分の隊長の事を思い出す。こんな時、あのお方なら「しっかり挨拶しやがれ!」と喝を入れてくれる事だろう。

 それならば、自分もシャキッとしなければならない。

 

「実は自分、双葉さんに憧れていまして」

「……私に?」

「最近では、レイガストがマスタークラスになり、孤月のポイントは一万を超えたと聞きました。最年少のA級隊員でありながら、その勝負強さについて教えていただきたいです」

 

 それを聞いて、双葉は少し困ったように黙り込んだ。自分が歳上の方に憧れられるなんて驚いてしまっていた。これはこれで普通に嬉しいものがあるが、少し困ってしまう自分もいる。

 案外、街中で自分のファンと出会ってしまったアイドルってこんな感じなのかも……なんて思ったりもした。ファンだなんて一言も言われていないのに。

 

「そ、そんな、やめてください。私は尊敬されるような人間では……」

「? は、はぁ……?」

「でも、そこまで言うのなら良いでしょう。かかって来なさい!」

「……い、いえ、あの……そうではなくて、何か強さの秘訣のようなものがあるのでは、と」

 

 言われて双葉は頬を赤らめる。憧れてると言われて舞い上がってしまった。

 確かに、双葉が注目されるのもわかる。まだ入隊からようやく一年と言った所なのに、そうとは思えないほど実力をメキメキあげている。年齢が近い女の子の帯島としては、かなり気になるところだった。

 しかし、双葉はあまり教えたくなかった。何故なら、その秘訣である師匠の指導の時間が減るからだ。特に、今度新技を教えて貰う約束もしたし。

 それでも、目の前の少女は目をキラキラさせている。歳下である自分より純粋でまっすぐな瞳をされては、双葉としても断りづらい。

 どうしたものか悩んでいると、双葉のポケットの中のスマホが震えた。師匠からだった。

 

 ウィス様『今、うちの作戦室にいるけど来る?』

 黒江双葉『行きます』

 

 反射的に返事をしてから後悔した。目の前の少女はどうしたものか。いや、こうなってはもはや手は一つしかない。

 

「あの……良かったら会いに来ますか? 私の師匠に」

「本当ですか⁉︎」

 

 二人で二宮隊の作戦室に向かった。

 廊下を歩きながら、帯島は双葉に相変わらず純粋真っ直ぐな声で聞いた。

 

「あの、双葉さんの師匠ってどんな方なんですか?」

「どんな……えーっと」

 

 正直、説明が難しい。何せ訓練生の時は戦闘スタイルが凶悪過ぎて誰も勝負を受けてくれなくて、正隊員に上がるのに時間が掛かった人だ。女の子の帯島に説明すると怖がられてしまうかもしれない。名前を出すのも割と控えたほうが良いかもしれない。

 

「……風間さんとも良い勝負ができる方で」

「風間さんと⁉︎」

「シールドを使わずとも射撃を捌ける方で」

「避けるってことですか⁉︎」

「女性にはトリオン体であっても手を出したがらない方で」

「フェミニストなんですね!」

 

 嘘は言っていない。実際、怖がらなければ普通に良い人だ。デリカシーは足りないが。

 まぁ、此れだけ説明すれば少なくとも顔を見て怖がることはないだろう、と高を括って、到着した二宮隊の作戦室を開けた。

 中では、生身の米屋が逆吊りにされていた。海斗と小南と氷見に囲まれて。

 

「……」

「きゃあぁあああああ⁉︎」

 

 呆れ気味に白目を剥く双葉と、普通の女子中学生らしく悲鳴をあげて腰を抜かす帯島だった。

 それに気づいた海斗は、ふと双葉に目を移した。

 

「お、来た。……あれ、もう一人は」

「何してるんですか……?」

 

 せっかくあげた株も一発で台無しである。これで引かない女子は流石にいない。

 

「ああ、こいつがこの前の写真を色んな奴にばら撒いたから、逆吊りにして全員に俺の喧嘩術を叩き込む所。双葉もやるかなと思って誘ったんだけど」

「逆吊りと喧嘩術の指導が繋がってない……というか、氷見先輩は必要無いですよね……?」

「ナンパ対策に必要だから」

 

 どうやら、全員が殺す気満々のようだ。殺気立つにも程がある。とはいえ、確かに許し難い事をされた。誰と誰が修羅場なのか。海斗は自分だけの師匠であり、小南や氷見にも弟子の座を譲る事はない。

 いや、色々と問題点がズレているが双葉だが、それでも譲れないものは譲れないし、その地位が脅かされるような事をした米屋は許せない。

 

「実はですね、ウィス様。帯島さんがお話があるみたいなんです」

「帯島……ああ、メガネリーゼントの部下か」

「是非とも人の殴り方を教えてもらえませんか?」

「おk」

「おい、お前ら鬼か本当に」

「「「「黙れ」」」」

 

 そんなわけで、晴れて双葉の強さの秘訣を教えられることになった。微笑みながら双葉は後ろで尻餅をついてる帯島に声を掛けた。

 

「帯島さん、そんなわけで教えてもらえますよ?」

「い、いえ……その、遠慮しておきます……」

 

 涙目になってる帯島は、その場で逃げ出してしまった。

 

 ×××

 

「で、一体何がどうなっているのですか?」

 

 最初に冷静になったのは双葉だった。頭に血が上って真っ赤になって大の字に倒れ込んでいる米屋に見向きもせず、海斗が説明した。

 

「あん? こいつがテキトーなことほざくからよ」

「今日、私がオペレーターの子達と集まってた時にね」

 

 まず話し始めたのは、氷見からだった。

 

 ──ー

 ──

 ー

 

 ボーダー本部に到着した氷見は、早速、二宮隊の作戦室に向かおうとしていた。

 しかし、通り過ぎる隊員達が自分を見て、何か頬を赤らめてヒソヒソとお話ししているのが目に入った。

 何か噂でもされているのだろうか? しかし、心当たりがない。まぁ、一々そんなの気にしていられないし、構わずに作戦室に向かったが。

 

「……あ、おーい。ひゃみちゃーん」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえ、ふと振り返ると国近と太刀川が二人で話していた。

 

「国近先輩。太刀川さん。お疲れ様です」

「お疲れさん」

「ね、ひゃみちゃん。米屋くんからもらったんだけど」

「? なんですか?」

「なんで修羅場ってたの?」

 

 国近がそう言いながら見せてきた画面には、海斗を小南と氷見と双葉が取り合っている写真だった。

 

「……」

 

 そういえば、あの時撮られていた事を冷静に思い出した。

 

「いやーにしても驚いたなー。小南はともかく、ひゃみちゃんと双葉ちゃんまでカイくんがすきだったなんてなー」

「それな。なんか深夜アニメのようわからんキャラみたいになってたな」

 

 アニメをあまり見ない太刀川は上手い例えが頭に浮かばなかったが、何となく深夜アニメのほとんどがハーレムだろ、みたいな感覚でそんなことを言った。

 当然のように勘違いしているアホの子二人に、一応、氷見は答えた。

 

「あの……違いますからね」

「何がー?」

「別にそういう意味の修羅場ではなく、全員が全員、あのバカに話があっただけで……」

「告白も浮気の問い詰めも立派な『話』だろ」

 

 バカのくせにこういう時だけやたらと舌が回る人達だな……と呆れ気味に氷見は呟く。

 

「で、どうなの? 私は、ひゃみちゃんは烏丸くんが好きって聞いたけどなー」

「ちょっ、それどこで……」

「なんかみんな知ってるけど……」

「俺もそれ迅から聞いたな」

 

 一体、どこまで広まってしまっているのか。まぁ、何にしてもここから先にやるべき事は一つだ。

 

「とりあえず、米屋くんさがしてきます」

「殺さないようにね〜」

 

 ー

 ──

 ──ー

 

「な、なるほど……?」

 

 話を聞いた双葉は困惑の表情を浮かべるのみだ。いや、事情は把握できたが、米屋の伝達力が音速である事が、困惑しかない。

 しかし、実際のところ米屋は友達が多いし、確かに大きく広まってもおかしくないとも思える。

 

「……では、小南先輩も?」

「え? あ、アタシの話は良くない?」

「小南の時はな」

「ちょっ、バカあんたやめ」

 

 ──ー

 ──

 ー

 

 小南は今日も海斗に構ってもらうため、本部に来ていた。なるべくなら海斗が周りに知られたくない、と言っていたのだが、それは裏を返せば知っているメンバーの前ならイチャつけるということだ。

 つまり、二宮隊の作戦室の中は安全地帯ということだ。そんなわけで、ルンルン気分で歩いていると、正面から小型高性能が歩いて来るのが見えた。

 

「あら、風間さん。久しぶり」

「小南か。久しぶりだな」

 

 小南が双月を手にする前、鎬を削り合った好敵手である二人は、タイプは違えどそれなりに仲が良い。

 しかし、風間の様子が何処かおかしかった。小南の顔を見るなり、ふっと小さく笑いを漏らす。

 

「何?」

「いや、何。お前も女だった、ということだな」

「???」

 

 海斗なら「何言ってんだこのチビ頭逝ったか?」とか抜かしそうな所だったが、小南も似たような感想を抱いた。風間にしては回りくどいし、要領を得ない。

 しかし、それも数秒前までの話だ。風間はすぐに言いたい事を告げた。

 

「まさか、お前が他の女子と1人の男を取り合うなんて、夢にも思わなかったからな」

「へ……?」

「米屋から聞いたぞ。バカを氷見と黒江と取り合ったらしいな」

「あっ……」

 

 そういえば、あの時に撮られたことを思い出した。なんか恥ずかしくて顔が徐々に赤くなり、とても好敵手だった相手を目の前にしているとは思えないくらいに翻弄されている表情になる。

 

「ち、違うわよ! あ、あれは取り合ってたとかじゃなくて……!」

「三方向から引っ張り合っていたと聞いたぞ。写真にもその通り写っていたしな」

「写真まで見たわけ⁉︎」

 

 さらに真っ赤になる小南。一言一句に一々、赤面した反応するあたり、風間でも可愛らしいとは思う。まぁ、その分、斧の時とのギャップがすごいわけだが。

 

「ふっ、しかし……お前にもそういう恋愛をすることがあるとはな」

「だ、だからそれは……!」

「しかも、相手がバカで他に三人も女子をはべらせているとは……陰山も中々やるな」

「ま、待ってってば! 他の二人は違うわよ!」

「つまり、お前はそういう事だったのか」

「っ……〜〜〜!」

 

 顔を両手で覆い、自分の舌の軽さを憎む。しかし、それにしても今日の風間はいつになく意地悪だ。珍しくどこか楽しそうにも見える風間は、不敵にニヤニヤした笑みを浮かべたまま続けた。

 

「まぁ、奴はああ見えて悪い奴ではない。いや、良い奴でもないが。口や性根は曲がっているが、その中でも真っ直ぐなものがある。……いや、お前には言うまでもない事か。とにかく、近くにいて支えてやってくれ」

「そ、そんな支えてやれ、だなんて……結婚なんてまだ早いわよ……」

「……お前は何処まで話を飛躍させているんだ?」

 

 当然の質問だが、それでも小南は頬を赤く染める。どこまで照れやすいのか。

 

「……まぁ、とにかくがんばれ。俺も三上も菊地原も歌川も出水も冬島さんも当真も真木も三輪も古寺も奈良坂も月見も応援している」

「どこまで広がってるのよ⁉︎」

「もっと広がっているんじゃないか?」

「ちょっとあのバカ探してくる」

 

 ー

 ──

 ──ー

 

「と、いうわけらしい」

「は、はぁ……」

「あんたなんで言うのよー!」

 

 海斗の胸ぐらを掴んでガンガン振るう小南だったが、海斗は涼しい顔で答えた。

 

「別にはずかしいことじゃないだろ」

「恥ずかしいわよ! 良いように弄ばれるなんて恥ずかしいじゃない!」

「いつもの事だろ」

「何をおおお!」

 

 さらにポコポコと叩く小南を無視して、双葉は海斗に聞いた。

 

「あの、ウィス様は?」

「あー、俺は」

 

 ──ー

 ──

 ー

 

「よう、海斗。昨日は修羅場ってたな!」

「あてみ」

「ぐはっ……」

 

 ー

 ──

 ──ー

 

「それだけ⁉︎」

「悪・即・斬、遂行致しただけだ」

 

 首の後ろに手刀をトンッと一発お見舞いして気絶させる、という映画みたいな技を決めて、小南と氷見を集めた。

 

「……おいおいおい〜、だからって三時間も逆吊りにする事なくね?」

「何言ってんだ。三十分しか経ってねえぞ」

「え……うそ?」

「ホントだよバカめ。よし、休憩終わりな。あと今のを5セット行くぞ」

「結局、三時間じゃねえか! ふざけんなよお前!」

「こっちのセリフだバカめ。今すぐ広めた奴ら全員に訂正すんのと、もう5回三十分逆吊り耐久大会すんのとどっちが良い?」

「分かった、分かったからやめろ!」

 

 よし、と海斗は小さくうなずいて見せる。あとは目の前の男を謝りに行かせなければならないわけだが……1人で行かせれば逃げるのは目に見えていた。

 

「氷見、付いて行って監視してくんない? 逃げたら俺に言えば、明日からそいつが出すのはおでこだけじゃなくなるから」

「はいはい」

「剃る気かお前⁉︎ てか、俺だってどこまで広がってんのかわかんねえんだけど⁉︎」

「一人も妥協すんなよ」

「おまっ」

「はいはい。行くよ」

 

 氷見が米屋の管を掴み、作戦室から出ようとした時だ。その前に扉が開いた。前に立っていたのは、二宮匡貴。言わずもがなの隊長だ。後ろには辻と犬飼も控えている。

 

「あ、ニノさん」

「お疲れ様です」

「二宮さん。ジンジャエールいれます?」

 

 米屋、氷見、海斗と挨拶する。双葉と小南もぺこっ小さく会釈した。

 それらに対し、二宮は「お疲れ」と短く挨拶を返すと、早速、全員に声をかけた。

 

「すまないが、作戦室をあけてもらえるか?」

「二宮隊の作戦会議っすか?」

「まぁ、そんなところだ。氷見、お前は残れ」

「了解」

 

 テキパキと指示を出し、米屋と双葉と小南は作戦室を出る。

 

「悪い。小南、氷見の代わりに槍バカについて行ってくんない?」

「バカ、お前も出て行け」

「なんで⁉︎」

 

 まさかの仲間外れである。しかし、二宮から発せられている色は意地悪や悪意はなく、真剣そのものの表情で海斗を睨んでいる。

 

「いいから。さっさとしろ」

「はぁ……了解です」

 

 仕方なく、海斗も作戦室から出て行った。

 ポツンと追い出された4人は、これからどうするか、みたいな空気になったが、とりあえずやらなければならないことをする。

 

「よし、米屋。訂正しに行くぞ」

「へいへい……あ、その前に実際のところどうだったん?」

「小南、本部の屋上でバンジーってやって良いの? ロープは首に巻いて」

「それバンジーじゃなくて自殺だからな⁉︎」

 

 アホな話をしながら、呑気に四人で本部を歩き回った。

 

 ×××

 

 さて、残された二宮隊の作戦室では、二宮によって急遽集められた三人が席に座っている。

 

「早速で悪いが、大規模侵攻の時に陰山から目を離すな」

 

 突如、告げられた言葉に犬飼がまず聞き返した。

 

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。俺と辻と犬飼と氷見、誰か一人は必ずあいつから目を離さないようにしろ」

「なんでですか? 海斗くんは強いですよね。いくらバカでも、そこまで過保護になることないと思いますが」

 

 辻がそう言う通りだ。海斗の実力は普通に化け物じみている。放っておいた所で敗北どころか傷一つ負わない可能性すらあった。

 しかし、二宮は首を横に振る。

 

「迅から予知を聞いた。あのバカが、死ぬ未来が見えたそうだ」

 

 その言葉に、三人とも息を飲む。二宮隊のメンバーは海斗以外がそれなりに頭が良い。間違ってもバカではない。緊急脱出があるにも関わらず死ぬ未来が見えるというのは異常な事だ。

 三人の中で一番うろたえた様子を見せた氷見が、二宮に聞いた。

 

「どういう意味、ですか?」

「奴が俺達と離れれば、何が起こるか分からないが奴はトリガーを解除するそうだ」

「解除って……戦場でって事ですか?」

「そうだ」

 

 何処までバカなんだ、と言わんばかりに犬飼も辻も頬に冷や汗を流す。しかも、海斗にそれを伝えないということは、伝えない方が良いということなのだろう。

 

「……他の人にはそれを教えないんですか?」

 

 辻が聞くも、二宮は首を横に振る。

 

「いや……奴に他の隊員が集中し過ぎれば、他の場所に被害が出ることもあるそうだ。陰山以外にもピンチになる隊員はいるだろう。それでも俺がお前らに伝えたということは、俺達だけで陰山を守るしかないということだ」

「……小南さんには伝えないんですか?」

「やめておいた方が良いだろう」

 

 正直、風間やレイジ、烏丸、出水といった賢くて海斗をよく知るメンバーには伝えても良いと思った。

 しかし、四人とも腕が立つ上に、それぞれが別の場所で重要な役割を果たすそうだ。やはり、自分達だけで守るのがベストだろう。

 それに、一応対策は出来ている。

 

「しかし、俺達が離れなければ奴が死ぬ未来は消えるそうだ。絶対に海斗から目を離すな。忍田さんに頼み、大規模侵攻が予想される間はなるべく、部隊での防衛任務や本部での待機を入れてもらっている。お前たちには苦労を掛けるが」

 

 言われて、辻も犬飼も氷見も表情を引き締めた。

 

「了解です」

「俺も目を離さないようにします」

「私もモニターから目を離さないようにしておきます」

「……ああ、頼む」

 

 二宮としても、一応は海斗にそれとなく釘を刺しておくつもりだ。

 しかし、万が一、海斗と離れ離れになってしまったら。その時の対策もしっかりと練らなければならない。これからその後の話を4人で進めた。

 

 ×××

 

 なんだかんだで夕方になってしまったが、小南は海斗と一緒に帰宅し始めた。米屋の阿呆は締めておいたお陰で、あまり海斗に構ってもらうことはできなかった。

 一応、その間は一緒にいられたわけだが、米屋や双葉も一緒だったので、2人でいられた感じがしない。むしろ途中で双葉のことを肩車し始めた海斗に苛立ちが隠せなかった。

 

「おい、小南。何むくれてんだよ」

「……ふんっ」

「や、わかるけども。え、でもそれって小南も肩車して欲しかったってこと?」

 

 そうじゃない、と小南は心の中で海斗を張り倒した。自分がして欲しいのではなく、他の女の子とのスキンシップが嫌なだけだ。

 人の感情を読み取るサイドエフェクトがある癖に、人の気持ちが分からないこのバカでは、自分が何故、怒っているのか一生分からないだろう。

 大きくため息をつくと、海斗をジロリと睨んだ。

 

「……全然、分かってないじゃない」

「あ? 嫉妬してたんじゃねーの?」

「言い方ぁ! 合ってるけど内容が違うのよ!」

「え、じゃあ小南も俺の弟子になりたいわけ?」

「なんでそうなるのよー! や、そこも羨ましいって言えば羨ましいけどー!」

 

 しかし、そこばっかりは割り切るしかない。付き合う前からの師弟関係だし、双葉も楽しそうにしながら実力をつけているし、自分の都合だけで辞めさせるわけにもいかない。

 

「じゃあ何?」

「あまり他の女の子とベタベタくっつかないでってことよ!」

「え、いやいや。俺がどんなに脚フェチでも、流石に双葉の太ももに欲情はしねえよ」

「脚フェチなのあんた⁉︎」

 

 そう言いつつ、小南は反射的に自分の両足に視線を落とすが、すぐにハッとして頭を横に振って煩悩を打ち払う。今はそこはどうでも良い。

 

「そうじゃなくて! あんたなら嫌でしょ⁉︎ アタシが他の男と仲良くするの!」

「え、いや別に。玉狛の連中と十分仲良いでしょお前」

「じゃあ、とりまるに肩車してもらっても良いのね?」

「オイオイ。ボーダーの女子ナンバーワン人気の男を俺に殺させるつもりか?」

「そういうことよ!」

 

 なるほど、と海斗は顎に手を当てる。確かにそれは嫌かもしれない。

 しかし、今まで自分が教えたことを上手くできた時や、任務でよく活躍できたときや、ランク戦で格上に勝利した時は、頭を撫でてあげたり、ご飯を奢ってあげたり、疲れ果てて眠ってしまった時はおんぶして加古に届けてあげたり、加古に引き渡そうとした時に、背中を掴まれ「やー……」と寝惚けて言われたり、それを起きてから話してあげると顔を真っ赤にしてポカポカ叩かれたりしている時点で手遅れ感があることは否めない。

 仮にそれが許されたとしても、これからそれをしなくなったら「彼女でも出来たの?」と察されるかも可能性もある。

 

「じゃあ、こうするのはどう?」

「あ?」

 

 とりあえず前半の具体例はカットし、それなりに双葉と今までにスキンシップを取っていた事だけを伝えると、小南は頬を軽く赤らめたまま提案してきた。

 

「双葉ちゃんにかまってあげた日は、必ずアタシにもかまいなさい」

「あー……それで良いのか?」

「良いわよ。それでイーブンだし、今日の件で確かに周りにバレたら面倒になるっていうのは分かったから。付き合ってる事は絶対に周りにバレたくないし」

 

 ボーダーの隅から隅まで走り回ったため、割と大変な思いをしていた事は否めない。沢村にまでニヤニヤしながら「あらあら?」とか言われた時は「で、忍田さんとはどうなんですか?」と忍田の前で聞いてしまったほどだ。勿論、喧嘩になり、海斗と米屋が慌てて仲裁した。

 

「よし、それで行こう」

「うん。じゃ、これからもっと双葉ちゃんと仲良くしなさいよね?」

「……」

 

 それ、周りから見たらかなりの二股野郎に見えるんじゃないだろうか、と懸念が浮かんだが、考えるのが面倒になったので話を逸らした。

 

「じゃ、今から飯食いに行くか」

「へ?」

「今日、双葉を肩車しちまったからな。嫌ならこのまま解散でも良いけど」

「い、行くわよ! じゃあ、久々にかげうら行かない?」

「正気?」

「大丈夫よ! 今日、影浦さんは防衛任務だし」

 

 確かに、狙撃手の訓練室に行った時、絵馬がそんな事を言っていた気がする。

 

「じゃ、行くか」

「海斗の奢りね?」

「はいはい……」

 

 そう言って、二人で無意識に手を繋いでかげうらに向かった。

 

 


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