年明けの学校で、海斗は出水と米屋と三輪の三人と、食堂で飯を食べに来ていた。しかし、やはり昼飯時は混んでいるので、食堂はやめて購買で昼飯を買うことにした。
カップ麺の容器を手に持つ海斗の手を、三輪が横から掴んだ。
「おい。毎日ラーメンはよせ。身体に良くないだろう」
「ああ? 俺がいつどこで何を食おうが俺の勝手だろうが」
「しかし、毎日はやり過ぎだろう。ラーメン自体、炭水化物がほとんどで赤い食べ物と緑の食べ物が少ないんだ。三色きっちり、とまではいかないまでもそれなりにバランスよく取らないと、数年後に後悔するぞ」
「うるせーよ、知るかってんだボケナスが。大体、赤の食べ物と緑の食べ物って何だよ」
「二宮さんに言うぞ」
「たまには唐揚げ弁当も良いかも」
気持ちの良いくらいの手のひら返しに、出水と米屋は小さくため息をつく。色々あったが、今ではこんな兄弟のような仲である。色んな意味で友達同士にも見えないのが、二人としては逆に面白かった。
結局、唐揚げ弁当を購入し、食堂ではなく屋上に移動した。頭の後ろで両手を組んだ米屋が呑気な声で聞いた。
「海斗、今週のジャンプ読んだ?」
「当たり前じゃん。ワンピやばかったな」
「それな。てか、最近のジャンプはワンピ以外読むもんないんだけどな」
「ふっ、米屋。お前は何も分かっていないな」
そこで、三輪が口を挟む。なんかすっごい勝ち誇った顔で、今にも「やれやれ」とか言い出しそうな雰囲気だ。
「それは読まないからそう感じるだけだ。ドクターストーンにブラッククローバーにサムライ8……面白い作品はいくらでもある」
「全盛期がおかしかっただけだから。読めば面白えんだよ」
「読まないから『知らんけどつまらんでしょ』みたいな空気になるだけでな」
「……」
海斗はともかく、三輪までこうも語り始めると、米屋も出水も軽く引いてしまう。しかし、二人ともジャンプ作品は嫌いではないので、とりあえず話に乗ることにした。
「ブラッククローバーなら俺も知ってるぜ。魔法の奴だろ?」
「そうそれ。魔法使うのに本が必要なのが中々、スタイリッシュだよな」
「ああ。そのかわり、あまり戦闘の参考にはならないが……まぁ、魔法の使い方が面白いから、トリガーの使い方も別の視点で見ることができるようになったが」
「そうなのか?」
三輪が乗ると、出水が意外そうな表情で聞き返す。
「ああ。ただ単に強い魔法にはさらに強い魔法をぶつけるわけではなく、各々の技の使い時を弁えている辺りがな。特に、糸と空間魔法で主人公をギリギリまで加速させ続けるのは良かった」
「あー……なるほどな」
「それなら出水も十分だろ。確か、この弾バカはノリで合成弾開発してたもんな」
「黙れ、槍バカ」
軽口を叩き合いながら各々の弁当やパンを口に運ぶ。こうしていると、周りから見たらかなり奇妙な組み合わせに見えるだろう。出水と米屋はともかく、ヤンキーみたいな風貌の海斗に、仏頂面の三輪が一緒に並んでいるのは、中々に奇抜な面子だ。
「そういや、そろそろ大規模侵攻なんでしょ」
一応、サイドエフェクトで周りに人がいないのを知っていての発言だった。この学校で、海斗に恐怖心を抱いていない生徒はいない。
海斗らしからぬ発言に、三輪が意外そうな表情で聞いた。
「よく知ってるな、海斗。てっきりお前のことだから把握してないかと思ってた」
「や、二宮さんがしつこく言ってくるから。なんか異様に俺に気をつけろって言ってくるんだよね」
「何かあったのか?」
「さぁ?」
正直言って、心当たりがない。むしろ、最近はすごく調子が良い。生身での戦闘もすこぶる快感だった。喧嘩をしたわけではない。絡んできた身の程知らずに教育してやっただけだ。
「まぁ、大丈夫でしょ。なるべく二宮隊はまとまって行動する予定らしいし」
「それが良いだろ。基本、戦いってのは数が多い方が有利だしな」
出水がアンパンを食べながら頷いた。今度は海斗が三人に聞く番だった。
「お前らはどうなん? 当日、なんか聞いてんの?」
「さぁ? うちは太刀川さんが隊長だからなぁ。唯我はどうなろうが知ったこっちゃないし」
「秀次、うちはどうすんの?」
「うちも同じだ。いつも通りに戦い、人型と当たれば俺と米屋で惹きつけつつ、奈良坂と古寺の一撃に繋げる」
「えー、せっかくの人型なんだぜ。もっと俺にも遊ばせろよ」
「……ふざけるな。せっかくの人型だ、確実に潰すに決まっている」
へいへい、と米屋は軽く返事をする。白髪の人型近界民の件については納得した三輪だが、他の近界民まで許すつもりはない。今度こそ、人型を……もしかしたら自身の姉を殺したかもしれない相手が来ると知り、それなりに殺気を溜め込んでいる。
そんな三輪に、出水が片眉を挙げた。
「何、人型も来んの?」
「あくまで予測だがな」
「ふーん……。ま、うちも太刀川さんがいれば何とかなると思うけど」
「人型かぁ。そういや、遊真以外の人型って俺初めてだわ」
海斗が唐揚げを一つつまむ。
「近界民のトリガーってどんなんなの?」
「どうだろうな。それこそ国によって違うけど……」
「少なくとも、ボーダーのトリガーよりも性能は上だ」
そもそも、ボーダーと近界民のトリガーでは方向性が違うわけだが、それでも無理矢理、性能を比べれば当然、ボーダーの方が技術力は低い。その分、と言ってはなんだが、近界民のトリガーに「緊急脱出」の安全装置は付けられていないわけだが。
「ふーん……黒トリガーじゃなくて?」
「ああ。そもそも、こちらは向こうの技術を真似てトリガーを作っている。向こうの方が性能が上であることは、ある意味では当たり前だ」
「なるほど……俺もワンオフ品とか欲しいわ。お前ら良いよな、A級なの」
「何言ってんだ。お前んとこの二宮隊は元A級だぞ」
「それ俺がいなかった時の話だし」
そりゃそうか、と出水は小さく相槌を返す。しかし、三輪も出水も目の前のバカがA級になったらまずいんじゃないか、と思っている。例えば、レイガストとかスラスターパンチでしか使っていないのだから、ボクシングのグローブのような形にしてくれ、なんて言い出しそうで怖い。
「や、でもなんか楽しみになってきたわ。喧嘩の相手は強い方が燃えるからな」
「おい、海斗……」
「大丈夫だろ、三輪。こいつはなんだかんだ、こういう時が一番強ぇんだから」
遊びじゃないんだぞ、と言おうとした三輪を、隣の米屋が軽く諌める。確かにそういう時もあるので、ここは何も口を挟まないでおいた。
「そういや、こういう大規模侵攻の時に休みの奴ってどうしてんの?」
「そりゃ、もちろん参戦するだろ。個人で」
「え、そうなの?」
「ああ。授業中なら早退じゃねーの。そもそも、ボーダー隊員以外は危険だから授業自体が中止になって避難するだろうし」
「マジで⁉︎」
出水の台詞に、海斗が目を輝かせる。
「それは最高だな!」
「バカ言うな。民間人に死者を出すわけにはいかないんだぞ」
「大丈夫だろ。そのために俺らがいるんだし」
「……それは、そうだが」
「てか、そのために休みの隊員がいる説もあるよな。警戒区域外から出動すれば、民間人が襲われる前にボーダー隊員が駆けつけられるし」
海斗らしからぬ発言に、三人とも意外そうな顔をするが、まぁ二宮隊にいればそのくらい思いついてもおかしくないので、黙っておいた。
「けど海斗、油断はするなよ。戦いなんて何が起こるか分かったものではないし、敵のトリガーの性能も不明だ」
「わーってるよ。てか、二宮さんが今回は俺に好き勝手やらせるつもりはないっぽいし、出来る範囲でおとなしくするっつーの」
「……なら良いが」
そんな話をしていると、スマホが震えた。双葉からだった。
「お、誰から?」
米屋が茶化すようにニヤニヤしながら聞いてくるのに対し、海斗は顔も上げずに答えた。
「弟子」
「なんだ、そっちか」
「残念だったな。小南からじゃなくて」
「お、何? もしかしてお前と小南ってやっぱなんかあんの?」
「紐なしバンジーがしたいのか?」
「それただの投身自殺!」
ワーキャーワーキャー騒がしいバカどもを無視して画面を見ると、海斗は思わず半眼になった。
黒江双葉『もうすぐ大規模侵攻と聞いたので、それに備えてまた指導して下さい』
どうやら、双葉も大規模侵攻に備えたいようだ。まぁ、それくらいなら海斗としても悪い気はしない。もちろん、その後は小南に構ってやらなければならないわけだが、まぁ海斗も小南と一緒に居られるのは悪くないので、嫌な気はしないが。
「で、なんだって?」
「大規模侵攻に備えて相手してくれって」
「へぇー。大変だねぇ、お師匠さんも」
「茶化すなよ」
正直、師匠と呼ばれるのが恥ずかしいからウィス様にしている節はある。カリン様と神様を飛ばしてしまったのには少し後悔していたが……まぁ、あんま後悔していない。別に別称だしなんでも良いやって思ってる。
そんな米屋の横で、三輪がお茶を飲みながら言った。
「しかし、黒江はなかなか、良い腕をしているな」
「え? そ、そう?」
「ああ。正直、孤月使いの拳や蹴りが意味あるのかと思ったが、敵を崩すのが目的なら悪くない。……とはいえ、鉛弾を素手でガードした時は何をしているのかと思ったが」
「……え、何。三輪、あいつとランク戦したの?」
「挑まれたからな」
マジか、と海斗は意外なものを見る目で空を見上げた。あいつが割と見境なくいろんな奴に挑んでいたとは。しかし、三輪を相手にするのは無謀ではないだろうか。
「ただ、剣技の方はまだ甘いな。一撃一撃に重みがない。孤月でそれは致命的だろう」
「あー、なるほど。それは俺は教えらんないからなぁ」
正直、海斗はどんな武器でも直感的に自分の身体の一部のように扱えるのだが、その使い方はどれも正しいと言える扱いではない。少なくとも、孤月のお手本とも言える太刀川や村上とはかけ離れた扱い方をしている。
「……ま、そのための韋駄天なんだし、大丈夫だろ」
「まぁ、確かにそうだな。加古さんの援護があれば、重みなどいらないかもしれんしな」
そんな話をしながら、四人で食事を続けた。
×××
「良いか、双葉。お前の剣には重みが足りない」
まるで自分が気付きました、と言わんばかりに海斗は双葉にそう注意する。とても「大丈夫だろ」とか抜かした男のセリフとは思えない。
「そ、そうですか?」
「ああ。間違いない」
確信をもって頷く海斗は、三輪からの助言だなんて言うつもりはカケラもない。そのままの勢いで説明した。
「そもそも、技の重みというのは重要だ。敵にダメージを与えられなくても姿勢が崩れれば、つぎの攻撃に繋がる」
「な、なるほど……」
「そもそも、孤月一つ取っても、力の入れやすい振り方ってものがあるからな。とりあえず、俺が得物を使って喧嘩する時は腕力よりも手首の振りが重要だったから……」
そんな風にドヤ顔で、さりげなく会話で三輪から聞き出した孤月の扱いを自分で考えたように話している時だ。
訓練室の扉が開いた。
「よう。海斗」
顔を出したのは迅悠一。言わずもがなの実力派エリートだ。
「今日も双葉ちゃんと修行? 精が出るね」
「うるせーバーカ。引っ込めうんこたれ」
「なんでそんな邪険にするの……」
「お前から話しかけて来るときは大体、ろくな話じゃないって小南に聞いた」
「あいつ……まぁ、良いじゃん。ラーメン奢るから」
「双葉、小南に話通しとくからそっちに教わってくれる?」
相変わらずちょろい男だった。しかも、教わる対象がよりにもよって小南とか、パッと思いついただけにも程がある。
「分かりました」
しかし、双葉は割と二つ返事でオーケーしてくれた。まぁ、小南の武器もスコーピオンと違って重さと耐久があり、一撃に重さもあるため中々に適任ではある。これで感覚派でなければ良かったのだが……まぁ、そこは海斗は目を瞑った。
で、海斗は迅とラーメンを食べに行く。嬉しくないデートだが、タダメシには変えられなかった。
醤油ラーメンを注文し、麺をすすりながら迅に声を掛ける。
「美味いなこれ!」
「だろ? 俺のおすすめ」
「麺がもっちりしていて歯応えがあるし、スープは濃厚なのにあっさりしていて、具材であるネギやメンマの素材の味も活かされている……その上、テーブルに置いてあるワサビを入れると味ががらりと変わり酸味が口内に広がり、醤油ワサビの波紋が脳髄を刺激する……」
「お、おう……割と語彙力あるのな」
ワサビを入れる醤油ラーメン、というのは中々珍しいが、それが見事に調和している〜なんて頭の中で繰り返す。
アッサリしているためいくらでも食べられるからか、すぐに食べ終えてしまった。箸を置き、ふぅ……と一息ついた海斗は、水を一口飲んで口の周りを拭いた。
「うし、ごっそさん。じゃ、俺明日も学校だから」
「おい待て。何のために呼んだと思ってるの」
「……ラーメン奢ってくれるんじゃなかったの?」
「なわけあるか! 話を聞けよ!」
当然である。まぁ、海斗もそこまでは分かっていたので、からかっていた節はあるが。
「で、何の用?」
「ああ。いや、つまんない話だよ」
「なら帰」
「待て待て。いいから話聞けって」
「えー……だって、俺この後、小南と」
「すみませーん、餃子一皿お願いします!」
奢りを使ってまで引き止められたので、仕方なく席に戻る。
「で、何?」
「いや何、小南とはどうなのかなーって」
「は?」
「だから、小南とは仲良くやってんの?」
「てめええええ‼︎ わざわざ呼び出しておいて何の話だコラアアアア⁉︎」
「いやー気になったから……なはは」
ケタケタと笑う迅に一瞬、ブチギレかけた海斗だが、迅の発している色は何か他に含みがある。言いたいことは別にあるようだ。
「それに、小南が毎日のようにお前との話をして来るから、仲良くやってるんだなって」
「要件を言え。何が言いてえんだお前は」
「いや、本当にそれだけだよ。前から明るい奴だったけど、お前と関わるようになってから更に楽しそうにしてるって事」
「それを俺に言ってどうすんの。『ちょっ、やだもうっ! そんな褒めても何も出ないんだからね!』って言えば良いの?」
「なんでそんな小南の真似が上手いの……」
そこをツッコミつつ、迅はあくまで遠回しに言葉を選ぶ。要するに「次の大規模侵攻では無理はするな」と言いたいわけだ。二宮に一応、ちゃんと見ておくように伝えておいたわけだが、何せ目の前の男は特上のバカなだけあって何をするか予測できない。迅がついていれば何とかなるが、他にも守らなければならないことがあるため、海斗につきっきりになってるわけにはいかなかった。
「そうじゃなくてな? お前がいなくなったら、小南は悲しむだろ。それだけ頭に入れておけってこと」
「はぁ? 急に何の……」
話だよ、と続けようとしたところで、海斗はハッとした表情になる。それを見て、迅は小さくため息をついた。鈍い奴はこれだから手間がかかる。まぁ、でもこの程度の労力で無理はせず、死ぬようなことがなければ安いものだ。
いつのまにか運ばれてきていた餃子をつまんでいると、目の前の海斗は突然、机を叩いて立ち上がった。
「おい、まさかお前……俺が双葉と浮気する未来でも見えたって言いたいのか⁉︎」
「……は?」
「ありえないからな! 何度も言うが、俺はロリコンじゃない!」
「……」
何も分かっていない。しかし、これ以上に明確なヒントを言えば本人に何が言いたいか分かってしまう。海斗に死ぬかもしれないことを教えれば、ほぼ間違いなく悪い方向に向かうのは目に見えていた。
「……まぁ、とにかく無理はするなよ」
「いやいや、小南と付き合うのは無理じゃないから」
目の前のバカに対し、本人は一切、あてにならないことを察した迅は、とりあえず自分と二宮だけでなんとかするしかない事を悟った。