ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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一人で勝ち残れる戦場はゲームの中だけ。
バカの動きは何処までも読めない。


「あー、暇……。なんだよ、待機任務って」

 

 二宮隊作戦室で、海斗は椅子に座ってのんびりしていた。周りに揃っているのは二宮隊の面々。何故か、普段の防衛任務やランク戦の時と違って全員が険しい表情を浮かべている。

 何かあったのだろうか? しかし、聞いても答えてくれない。「なんでもない」とか「集中しろ」とか「勉強しろ」とかしか言われない。最後のは絶対に余計だ。

 真面目な雰囲気があまり得意ではない海斗としては、正直言っていづらかった。そのため、席を立ってみたわけだが……。

 

「何処へ行く、陰山」

「え、や、三輪隊か太刀川隊に遊びに行こうかなーと」

「ダメだ。ここにいろ」

「……うっす」

 

 この通り、二宮に止められてしまう。戦闘員ではない氷見ですら険しい表情を浮かべていた。この空気が数日前から続いていた。

 とりあえず、この空気をなんとかしたい。緩くするために、まずは同い年で同性の奴に声をかけた。

 

「辻ー、シャドバやらん?」

「やらない」

 

 次はノリの良い奴。

 

「犬飼は?」

「やらない」

 

 なりふり構っていられない。

 

「氷見はやるよな?」

「やってない」

 

 念の為、一応。

 

「二宮さんはー?」

「……」

「はい、すみません」

 

 空気が重かった。しかし、海斗に心当たりは無……や、心当たりはある。風間の頭に肘を置いたり、小南を騙して遊んだり、三輪とBLEACHの技をどう再現するか研究したりと、割とやりたい放題だ。

 でも、どれもここまで空気が重くなるほどではないはずだ。というか、二宮と氷見が怒り、犬飼が笑い、辻が呆れるというのが、普段の二宮隊の流れだ。

 

「……え、A○EXでもやろうかなあ……」

 

 気まず過ぎて独り言を呟いてみたものの、誰も反応しない。まさか二宮隊が大規模侵攻だからってピリピリするとも思えない。

 とりあえず、ゲームを始めた。やろうかなあって言っちゃったし。そんな海斗に対し、二宮が声を掛けた。

 

「陰山、小南とはどうなんだ?」

「は、はい?」

「連絡とかとってるのか?」

 

 いきなり何の話だろう、と海斗は小首をひねる。

 

「なんでですか?」

「いや、最近は防衛任務が続いて会えてなかっただろう。自然消滅のようになってなければ良いと思っただけだ」

 

 いや、シフト入れてるの二宮さんなんですけどね、と言いかけてしまったが、そのシフトも自分の給料のためなので何も言えない。

 

「まぁ、たまにですね。なんか毎日、L○NEするカップルって別れるの早いらしいんで」

「……そうか」

 

 目を閉じて、何か納得したように頷く二宮。一体何なのか、感情の色を読んでも「何か心配している」ということだけしか分からなく、むしろ余計に何が言いたいのか理解できなかった。

 しかし、尊敬している二宮さんの心配だ。理解してやらなければならない。顎に手を当て、二宮のセリフから何に心配しているかを考える。

 小南関係……連絡を取っている……心配事……頭の中でこの三つのワードを繰り返した後、一つの答えにたどり着いた。

 

「いくら二宮さんでも小南は渡しませんからね⁉︎」

「プフッ……!」

「……犬飼、お前今笑ったか?」

 

 問い詰めると、無言で首を振る犬飼。しかし、周りにいる氷見と辻も笑いを堪えていたので手遅れだった。それらをジロリと見た二宮は、三人に低い声で告げる。

 

「お前ら、覚えてろよ」

「「「……」」」

 

 三人が額に手を当てる中、二宮は無視して、面倒臭いのでストレートに言いたいことを言っておくことにした。

 

「これから10日間、忙しくなる。今のうちに連絡くらいしておいたらどうだ?」

「いやー、平気でしょ。大規模侵攻ってことはほとんど全部隊出るんですよね? なら、その場で会えるでしょうし……」

「そうとは限らない。被害地が広がれば、それだけ部隊も分散せざるを得ないのだからな」

 

 なるほど、と海斗は腕を組む。確かに、これからはろくに連絡も取れなくなるかもしれない。二宮隊とかずっとシフト入ってるし。

 納得した海斗は、二宮に声を掛けた。

 

「じゃあ、電話しても良いですか?」

「好きにしろ」

「うっす」

 

 仕方なくスマホを取り出し、その場で電話をかけた。勿論、全員が「廊下でしろよ」と思ったのは言うまでもない。

 

「もしもし、小南?」

『っ、な、何よ。急に電話なんて……』

「や、声聞きてーなって」

 

 夫婦か、と全員が思ったのは言うまでもない。

 

『こ、声って……そんな、旦那が出張中の夫婦みたいな……!』

「あ? 夫婦ってそういうもんなの?」

『し、知らないけど……』

 

 心の声が聞こえたのかと、周りの二宮隊のメンバーはビクッと肩を震わせたが、小南が同じことを言ったのだとすぐに理解した。

 

「そういやさ、小南。お前今日は今どこにいんの? 任務?」

『アタシはオフ。学校よ』

「ふーん……その割に周りから声聞こえてこねーな」

『あ、あー……それは……』

 

 何故かそこで歯切れの悪くなる小南。しかし、電話の向こうではサイドエフェクトは使えないため、何が言いたいのか分からない。

 超がつくほど鈍感なバカは、どう理解したのか割と心配そうな顔で聞いた。

 

「え、もしかしていじめられてんの? 何人消せば良い?」

『違うわよ! 今日は一人で食べてるの!』

「じゃあ友達いないの? 那須に友達になってくれるよう頼もうか? 話したことないけど」

『だから違うっての!』

「じゃあ、男性職員からのセクハラか? キ○タマ捥いでやろうか?」

『あーもうっ、うるっさいわね! 良いから聞きなさいよ‼︎』

 

 あまりの大声のツッコミに小南の声でさえ聞こえてきていた四人は「キ○タマはスルーなのか……」と小南にすら呆れていた。

 その直後、何となく面白そうな気配を感じ取った海斗は、耳からスマホを話し、スピーカーボタンを押して机に置いた。

 

『アタシもあんたの声が聞きたくて電話しようと一人になってただけよー‼︎』

 

 よー! よー……! よー…………! ……っと、作戦室に声がこだましている。ような気がする。つまり、してはないが。

 しばらく、静寂が支配する。二宮隊の面々からしたら盛大な惚気だし、小南からしたら最高の公開処刑だし、小南が一人でいる屋上の入り口の階段の下を通りかかった生徒からしたらスクープだ。

 やがて、まず発声したのは氷見だった。頬を赤く染めて、口元に両手を添えて呟く。

 

「……ひゃあー……こ、小南可愛い〜……」

『⁉︎』

 

 その台詞に、当然電話の向こうの小南は狼狽えてしまう。

 

『ちょっ、あ、あんっ……か、海斗っ……あんた何処で電話してんの⁉︎』

「うちの作戦室だよー、小南ちゃーん」

『犬飼先輩までぇえ⁉︎』

 

 絶望的な悲鳴を上げる小南。辻は顔を赤くして目を逸らし、二宮は興味なさそうに冷蔵庫のジンジャエールをコップに注ぐ。

 

「いやー、ベタ惚れだね小南ちゃん。そんなにうちの陰山くんが大好き?」

『ち、違うわよ! や、違くないけど……うう〜!』

「照れなくて良いのよ、小南。普通に可愛かったから」

『そういうこと言うから照れるのよ!』

 

 うう〜……と、恥ずかしそうな唸り声が聞こえて来る。そんな中、ふと小南が異変に気付いた。普段、必ずからかって来る奴が余りに静かだ。

 

『っ、そ、そうよ! バ海斗は⁉︎ あんた何してくれてるのよ⁉︎』

「あ、そうね。陰山くんは……」

 

 あ、と今度は氷見が声を漏らす番だった。椅子の背もたれに全てを預けた海斗の目は白目を剥き、舌をベローンと口から漏らしていた。

 その普通じゃない様子に、犬飼と二宮も顔を向ける。辻が海斗の口と鼻の前に手を当てた後、胸に耳を近付けた。

 しばらく経った後、辻は二宮と犬飼と氷見に顔を向け、首を横に振った。

 

「……死んでる」

「「「ええええっ⁉︎」」」

『ええええっ⁉︎』

 

 電話の向こうとその場にいる3人……二宮までもが驚いたような声を上げた。

 

「ちょっ、オイ。待て待て。まだ俺達、離れてもないぞ。どういうことだ?」

「さぁ……しかし、おそらく尊死というものかと……」

「あー……小南ちゃんの反応が可愛すぎたんだ」

『アタシの所為なの⁉︎』

 

 電話の向こうからさらに悲痛な声が聞こえる。

 

『ていうか大丈夫なの⁉︎ 息してないの⁉︎』

「してない」

「おい、冗談じゃないぞ……! 大規模侵攻に備えて待機中だってのに……!」

「迅さんは私達が離れなければ死なないって言ってたんですよね?」

『死ぬ⁉︎ 死ぬってどういう事⁉︎』

「馬鹿、氷見……!」

「……あっ」

『ちょっ……だれか詳しく……!』

 

 そんな現場が混乱し始めた時だ。スピーカーから警報が鳴り響いた。

 

『門発生、門発生。待機中の隊員は戦闘準備をして下さい』

 

 最悪のタイミングに、全員が黙り込むしかなかった。

 

 ×××

 

 三雲修は中学の屋上で、遊真と千佳と夏目出穂とお昼を食べている最中だった。千佳が最初に気づき、遅れて顔を上げた頃には警戒区域に無数の黒い穴が出現していた。

 

「……空閑、これは……!」

「ああ。はじまったっぽいな」

 

 そうと分かれば、修はすぐに周りにいるボーダー隊員に指示を下した。

 

「千佳、お前はみんなと一緒に避難しろ。必要な時は迷わずトリガーを使え」

「うん、分かった」

「夏目さん、千佳のことを頼む」

「了解っす。メガネ先輩」

 

 C級隊員である彼女達に、自ら戦線へ足を運べなどとは言えない。訓練生の上に緊急脱出機能のないトリガーを武器に戦わせるわけにもいかない。

 そして、最後の一人……C級隊員でも例外と呼べる男に声を掛けた。

 

「空閑。一緒に来てくれ」

「そうこなくっちゃ」

 

 ニヤリと微笑み、拳を自分の手のひらに叩き付けた。海斗と小南という感覚派武闘派不器用派と三拍子揃ったダメ師匠を持つ遊真は、スコーピオン一本でも充分に戦える。

 修と共にトリガーを起動し、警戒区域に顔を向けた。

 

 ×××

 

 本部より南西部。大型トリオン兵バムスターの正面に斬撃が入る。頭から中の目玉を一気に斬り開かれ、ズズンと地面に横たわる。

 その正面に降りたのは、村上鋼。ボーダーで五本指に入るアタッカーである。

 

「鈴鳴第一現着! 戦闘開始!」

 

 そう報告をするのは隊長の来馬だ。目の前の頼りになる自分の隊のエースに対し、微笑みながら声をかける。

 

「ノってるね、鋼」

「……そうですね。海斗に負けていられませんから」

 

 村上は、同期である海斗をライバルだと思っているし、海斗も差が徐々に縮まってきている村上に対し、気を抜けなくなってきていた。今日も、任務とは別に討伐数で海斗と競えれば、と思っていた。

 

「でも、無理はしないようにね」

「はい。あくまでも任務は街の防衛ですから」

『俺のことも防衛して下さいね、村上先輩!』

『自分の身は自分で守りなさいよ』

『そんな⁉︎ 今先輩⁉︎』

 

 そんな隊員の微笑ましいやり取りに、来馬は小さく微笑むと、痺れを切らしたかのようにトリオン兵達が動き出した。

 それを見据えて、来馬は三人に優しく声をかける。

 

「よし、じゃあいこうか」

「了解」

『『了解!』』

 

 隊員達の声が重なり、トリオン兵達に向かって行った。

 

 ×××

 

 南部では、東がバンダーの頭をアイビスで吹っ飛ばした。その後に横に並ぶ小荒井と奥寺は、ゆっくりと孤月を抜き、敵を見据える。

 

「東隊現着。攻撃を開始する」

 

 静かに東がそう告げた時、両隣から二人のアタッカーが飛び出し、正面にいるモールモッドに襲い掛かる。

 小荒井と奥寺の連携は風間隊に次ぐコンビネーションを誇る。瞬殺し、次の獲物に襲いかかる。

 その様子を見て、東はあの二人の成長を良く実感していた。陰山が自分の隊に来るかも、という話は聞いていて、二人にも話した。

 しかし、二人はそれを断った。理由は三つあり、一つは単純に怖いから、もう一つはパシらされそうだからだった。いやそれ一つでも良くね? と思った東だったが、それはスルーして最後の理由を聞いた。

 

『あの人に加入して貰えば、俺らのチームは強くなるかもしれません』

『でも、俺達が成長するわけじゃないと思うんです』

 

 だから、お断りしたいです。それを聞いて、東は小さく頷いた。その後のランク戦では、確かに二人は成長を見せ、未だに上位チームに留まることができている。

 ならば、自分は全力でその2人をサポートするのみだ。

 

「よし、次に行くぞ。二人とも」

『『了解』』

 

 隊長として指示を出し、二人は小さく頷いた。

 

 ×××

 

 東部では、風間隊がトリオン兵を撃破して行っていた。そもそも、隊員一人一人のレベルが高い風間隊は、そこらの雑魚を相手に、使うだけでトリオンを消費するステルス戦法など使う必要もない。それぞれが敵をなぎ倒していた。

 正確に言えば、一人だけ機嫌の悪い男がいるわけだが。

 

「……チッ、あいつめ」

 

 いつもいつも、自分のことを小馬鹿にする、ボーダー1のバカが気に食わなかった。別に身長をいじられるのは構わない。気にしていないし、実際、自分でも小さいと思うし。

 気に食わないのは、年下……しかも、バカにバカにされることだ。というか、海斗にバカにされることだ。

 とはいえ、それは目の前の敵には関係ない。菊地原と歌川に指示を送りつつ、敵を排除し続けた。

 

『機嫌悪いですね、風間さん』

「当たり前だ」

 

 最近は特に、小南と付き合い始めて上機嫌な海斗が鬱陶しい。毎日のように「え、風間って彼女できたことないの? それとも相手にしてもらえないの?」と煽りよる。振られちまえ、と思う程度にはウザかった。

 何より気に食わないのは、そんな奴のお陰で自分の実力がさらに上がってきたことだ。瞬間的にブレードを出すだとか、あの小賢しい喧嘩拳法と、トリガー以外の攻撃を使う発想で、さらに実力を伸ばした。

 だからこそ、気にくわない。自分も奴の実力を伸ばした自覚はあるが、自身も奴によって伸ばされていたという事実が。それと、やっぱり調子に乗ってチョッカイ出してくるバカが。

 

『でも、チョッカイ出して来るってことは、やっぱり風間さんの事好きなんですよ』

「……気持ち悪いことを言うな。それより集中しろ」

 

 特に、あの黒トリガー使いの近界民のお目付役とやらである黒い炊飯器によれば、今回の敵は厄介らしい。

 何か迅と二宮がコソコソと話していたが、バカ関係だろうか? まぁ、あの二人が何かしているなら問題ないだろう。後でキチンと制裁を加えられる。

 

「……三上、次の敵の位置を教えろ」

『了解』

 

 とりあえず、今はバカのことは忘れて仕事を進めなければならない。菊地原と歌川と共に、トリオン兵を駆除し続けた。

 

 ×××

 

 各戦地は、激しさを増していた。ボーダー側はあっさりとトリオン兵を排除していったが、無数と表現しても過言ではないトリオン兵達も各地に広がり、休む暇を与えない。

 そんな中、二宮隊の作戦室では。

 

「おい、どうする。こいつ全然起きないぞ」

「小南の声じゃ眠りが深くなるだけだし……!」

「忍田さんに怒られますよね、これ」

「俺と辻ちゃんだけ先に出ましょうか?」

『ちょっと! 死ぬってどういうことよ⁉︎』

「氷見、電話を切れ」

「了解」

「……あっ、そうだ。黒江さんに声を掛けてもらうというのはどうです?」

「それだ! 電話しよう」

『ちょっ、死ぬって……』

 

 バカの所為で大きく出遅れていた。

 

 


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