ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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B級に上がった。
仲良く出来ない相手ほど気が合いやすい。


 B級に上がったら、普通はまずは部隊を探す。上層部に命じられる事もあるが、普通は隊員募集を見るなり、スカウトされるなり、C級のうちに誰かに声をかけられるなりと色々だ。

 しかし、海斗の性格的に、まず誰かから指示をもらって戦うなどあり得ない。つまり、隊を組むには自分から隊員を集める必要があるわけで。

 まずやるからには負けたくない海斗は、雑魚に用はないというスタンスである。今日も今日とてC級の連中を頭からフルボッコにしていったわけだが……。

 

「……選別してるうちに4000になっちまった……」

「お、おう……」

 

 ラウンジで出水と米屋の前で頭を抱えていた。知らない間に正隊員になってるとか、つくづく舐めた奴である。

 実際の所、海斗の同期には村上ともう一人、木虎藍という有望な隊員がいたのだが、さっさと昇格してA級部隊の嵐山隊に入ってしまっていた。

 

「鋼さんはダメなのか?」

「鈴鳴支部所属なんだとよ。あの野郎め……正直、アテにしてたってのによ……」

 

 そうぼやく海斗に、米屋が横から口を挟んだ。

 

「ま、そう言うなよ。海斗くらいの腕がありゃ、何処の部隊だって欲しがるだろ」

「はぁ? つい最近までランク戦の相手もしてもらえなかったんだぞ俺」

「お前、慣れれば品とデリカシーが無いだけで普通に良い奴なんだし」

「それ褒めてんの? それとも喧嘩売ってんの?」

「お、良いね。正隊員になったんならいっちょバトるか?」

「待て。今は飯中だろ」

 

 闘志を引き立たせている二人に、出水がコロッケ定食を食べながら落ち着いて口を挟む。

 その前で、相変わらずいつものようにラーメンを啜る海斗に、唐揚げ定食を食べてる米屋が声を掛けた。

 

「てか、お前トリガーセットはどうしたの?」

「は?」

「や、スコーピオン一つじゃ厳しいだろ」

「ああ……すっかり忘れてたわ」

「おいおい……一応、防衛任務とかも何処かの隊と一緒にやることになるだろうし、早めにやっとけよ」

「それどこで出来んの?」

「開発室」

「もしアレなら一緒に行くぜ」

「じゃ、頼む」

 

 出水にもそう言ってもらい、呑気に麺を啜る海斗を見ながら、出水も米屋もお互いに顔を見合わせ、頷き合った。

 その心の中は一つ。絶対に下手なことを喋らせない事だ。何せ、開発室には鬼怒田本吉がいる。偉そう、とよく言われる人だが、今のボーダーが戦えているのは実際、この人のお陰だし偉そうにしていても問題はない。

 しかし、それこそが目の前のラーメンバカの最も嫌がる人間だ。絶対に喧嘩になる。最悪、C級に逆戻りの可能性もある。

 

「……あー、海斗」

「なんだよ。ラーメン欲しいの? ごめん俺受け皿持ってないよ」

「いや違くて。お前、絶対に変なこと言うなよ」

「あ?」

「だから、その……開発室にいる人に対して」

「なんでだよ。あ、外見が面白いとか? こう……タヌキみたいな」

 

 ビンゴだった。しかし、それを表に出すことはできない。ここで「正解」などと言えば自分達に飛び火するかもしれないからだ。

 ……やはり不安だ。ここで、出水が話を変えた。

 

「あ、そうだ海斗。お前の戦闘スタイルって、殴り合いだろ?」

「ん、なんだ急に」

「実は、似たようなスタイルで戦う人が玉狛にいるんだよ。良かったら、会いに行ってみたらどうだ?」

「キンタマコマ?」

「ぶっ殺されるぞ本当。そこにも栞がいるし、トリガー見て貰えば? 俺が話通しとくから」

「え、栞って彼女? しねなの」

「なんでだよ! てか、従姉妹だよ!」

 

 米屋がそう言ってくれるなら、海斗としてもありがたい。

 

「じゃあ、行ってみるわ。そのタマタマに」

「オイ、頼むから向こうでそれ言うなよ」

 

 ×××

 

 玉狛支部は少数精鋭、と言われるように、隊員全員がA級以上の実力者だ。が、それとは裏腹に空気自体はとても緩い。

 基地自体もそこまで大きいものではなく、子供と動物が普通に戯れてるような支部だ。

 隊員自体も落ち着いた空気の者が多く、落ち着いた筋肉、もさもさした男前、予知予知歩きがすでに落ち着いている。支部長とオペレーターですら飄々とした空気を身にまとっている。

 米屋と出水は忘れていた。そんな支部に、一人だけチョロくて好戦的な奴がいることを。

 

「え、何? 何なのお前? B級上がりたては玉狛支部様に足を踏み入れることも出来ないんですか?」

「そ、そこまで言ってないでしょ⁉︎ あんたこそ何よ! 別にそこまで食いかかってくる事じゃないでしょ⁉︎」

「俺が何処に食いかかろうが俺の勝手だろうが! ハンバーガーにも食いかかるわボケ!」

「知らないわよ! 何にでも勝手に食いかかってなさいよ!」

「じゃあお前のどら焼きにも食いかかるわ」

「それはだめよ! ……あれ? なんか話が逸れて来てるような……」

 

 なんてレベルの低い口喧嘩から栞にもらったどら焼きを巡る戦いに発展していた。それを、米屋も出水も呆れた様子で眺めている。

 事の発端は、玉狛に遊びにきた3人に対し、玉狛支部攻撃手の小南桐絵が放った、何気ない一言だった。

 

『誰よあんた。まさかうちの支部に転属? 言っておくけど、うちに弱い奴はいらないわよ』

 

 そこから先は沸点が陽太郎の身長より低い海斗の挑発するような反論。同じく沸点の低い小南が言い返し、気がつけば子供でもしないような言い争いに発展していた。いや、発展というより退行と言うべきだろうか。

 さて、そろそろ止めに入らねばなるまい。面白がってる米屋に肘打ちしつつ、出水が口を挟もうとしたところで、玉狛の奥の扉が開いた。

 

「なんだ、騒がしいな」

「いつものことっスけどね」

「あ、レイジさん、京介。お疲れ様です」

「お疲れさまです」

「出水と米屋?」

「珍しいっスね」

 

 木崎レイジと烏丸京介、玉狛支部の隊長と万能手で、言わずもがなの凄腕である。

 米屋と出水に簡単に挨拶してから、玉狛の男二人は入口の方を見る。そこでは、海斗と小南がガキっぽく言い争っているのが見えた。

 

「……誰だ?」

「今日、B級に上がった陰山海斗ですよ。カゲさんとそれなりにやり合えます」

「へぇ、影浦とか。それはかなり……」

「てか、海斗! いつまでやってんだ、レイジさん来たぞ!」

 

 米屋に引っ張られ、ようやく本題に入った。さっきまで女子高生と口喧嘩していたのが、急に目の前に筋肉が現れ、目をパチパチさせる海斗。だが、すぐにいつもの様子に戻った。

 

「えっと……木崎レイジさん、だっけ?」

「ああ。よろしく。今日、B級に上がったんだって?」

「文句あんのかこのヤロー。それともA級以上じゃなきゃ入れない口かこのヤロー」

「それはない。歓迎してやる。俺に用があるんだろ? 待っていろ、せっかくだし今何か作ってやる」

「作る? 何を? ダンベル?」

「なんでだ。飯だ」

「マジですか⁉︎ ありがとうございます木崎さん!」

 

 アホほどチョロかった。元々、両親不在であまりお金に余裕のある生活はしていないため、タダメシに弱いのだ。

 

「米屋と出水も食っていくか?」

「せっかくですけど、俺は防衛任務あるんで」

「俺も、鋼さんと約束してまして」

「え、そうなの?」

 

 海斗が声を漏らした。本部の開発室ならトリガーのセットまで面倒を見てやることもできたが、玉狛まで来ては少し時間が掛かる。

 

「なんか悪ぃな、俺のために」

「いや、いいよ」

「ホント、気にすんな」

 

 鬼怒田に会わせないため、とは口が裂けても言えない二人は、薄い笑顔でそう言うと、玉狛支部を後にした。

 で、残った海斗は呑気に食卓に座ろう……としたが、椅子を引かれてお尻を床に強打した。

 

「おごふっ……! け、ケツがっ……割れ……!」

「まだ話は終わってないわよ!」

「テメェ……何しやがんだこの野郎……ふぐっ⁉︎」

 

 尻を抑えながら起き上がろうとする海斗の背後に回り、小南は頭をヘッドロック。

 必死に締め上げる小南だが、海斗は逆に無表情になった。

 

「……何してんの?」

「謝るまで離さないわよ悪いけど!」

「いや、全然痛くないんだけど? 生身で鉄パイプより固い頭ナメてんの?」

「んがっ……! こ、こんのォ〜‼︎」

「あーそこそこ。良いわそこ。昨日の課題難しくて凝ってたわ」

「んぐぐっ……! しかたないわね、トリガーオ」

「アホかテメェは! 頭がひょうたんに変形するわ!」

 

 トリガー、の部分で抜け出し、小南から距離を取った。レイジから見ても烏丸から見ても胸を顔に押し当ててる新手のプレイにしか見えなかったが、沸点の低いバカ達にそれを言えば悪化する一方である。

 

「あったま来たわ! ここまで頭にくる奴は久し振りだわ!」

「こっちのセリフ……いや、お前よりもっと腹立つ奴いるわ。良かったな、銀メダルを差し上げよう」

「何一つ嬉しくない銀メダルね! 訓練室に入りなさい! ボコボコにしてあげるわ!」

「アア?」

 

 指を指す小南に対し、海斗は片眉をあげる。どういうつもりか知らないが、そんなもん答えは決まってる。

 

「お断りだよバーカ」

「んなっ……! な、なんでよ!」

「なんでって……女に手ェあげる男が何処にいんだよ」

「……はぁ?」

 

 何言ってんのこいつ? みたいな顔をする小南は、ジト目になって一旦落ち着いてから言った。

 

「何よあんた。男だからって女をバカにしてるわけ?」

「してねぇよ。そういう意味じゃなくてな、男としてって問題だよ。強い弱いじゃなくて男としてのルールだろ」

 

 そう言う海斗を、小南だけでなくレイジや烏丸も意外そうな目で見ていた。初対面からデリカシーのないガサツな男だと思ったが、自身の中にキチンとルールがあるようだ。もしかしたら、根は良い奴なのかもしれない。

 

「それに、俺は男だ女だと関係なく、お前の事はバカにしてる」

 

 前言撤回、根っこの部分は知らないが、良くも悪くもストレートな奴のようだ。

 レイジと京介は呆れたが、当事者は呆れるだけじゃすまない。

 

「地下に降りなさい。ぶっ飛ばしてあげる」

「ええ〜……」

「何よその顔は!」

 

 嫌そうな顔をする海斗に、レイジが横から口を挟んだ。

 

「まぁ、受ける受けないは好きにすれば良いと思うし、お前の言うこともわかる」

「レイジさんまでアタシをバカにしてるの⁉︎」

「違う。陰山、兵士であるなら、相手が女であっても容赦なく戦えるようになれ。その女が、お前の味方に引導を渡すこともあるかもしれない」

「……」

 

 レイジの言うことは正しい。海斗もそれは理解し、黙り込んだ。分かった、と言えないのは素直ではないからだが、その態度を見てレイジも理解したことを理解し、それ以上は何も言わなかった。

 すると、小南がその雰囲気に口を挟んだ。

 

「とにかく来なさい。それとも、女から逃げる気?」

「アア?」

 

 すぐに乗った。

 

 ×××

 

 訓練室に到着した。地下にこんな広い空間がある事に驚き、つくづくSF映画みたいだ、と感動している海斗が辺りを見回していると、小南がバカにしたように声をかけた。

 

「何バカみたいな顔してほうけてんの?」

 

 言いながら、トリガーを起動する。髪型が変わり、長かった髪が短くなっていた。

 

「あら、ごめんなさい。バカみたいな顔は元々だったわね」

「お前、髪切った?」

「はぁ? トリオン体の設定をショートヘアにしてるだけよ」

「ふーん。それはそうと、髪の短い女ってバカっぽいよな」

「っ、あ、あんた本当にボッコボコにしてやる……!」

 

 分かりやすく真っ赤なオーラを出して海斗を睨みつける小南を前に、逆に海斗のやる気は落ちていた。というか、上がりようがない。

 レイジの言うことも一理あるし、間違ってるとは思わない。しかし、だからと言って好き好んで戦わなくても良い気もする。やむを得ない場合は迷わず拳を振るうが、現状は別にやむを得ないわけでもない。

 テキトーに相手すれば良いか……と、思いながらトリガーを起動した直後だ。目の前でデッカい斧を振りかぶったJKが飛びかかってきていた。

 

「え」

「はい、一本」

 

 直後、ドゴォッと鈍い音が耳に響く。間一髪、横に回避したものの、不意打ちだったため、姿勢は崩してある上に、小南は既に二発目の攻撃に入っていた。

 

「おいおいおい……!」

 

 焦りながらその一撃もジャンプして回避する。その空中で身動きが取れなくなった海斗に、小南がコネクターを解除し、デカいハルバードを二刀の小さな斧にして、両サイドから取りに来た。

 それに対し、空中で身を捩りつつスコーピオンを犠牲にして片方を防いだ。もう片方は防ぎ切れずに左腕をもぎ取られつつ、距離を置いた。

 

「へぇ、よく生きてるわね」

「……マジかよ」

 

 はっきり言って強い。殺意の割に落ち着いた攻めを繰り返してくる。

 海斗は知らなかった。目の前の少女は、攻撃手ランク三位にいることを。むしろ、スコーピオンのみで今の乱撃を防げたことが奇跡だ。

 しかし、小南にとってこの程度は準備運動だった。

 

「ま、お互い小手調べはここまでにしておきましょうか」

「……なんで斧なんだよ。そんな武器あったっけ?」

「ワンオフ品よ。言ったじゃない、玉狛は少数精鋭なの、よ!」

 

 語尾を荒くして、再度突撃してくる小南。それに対し、素手で構えた。一撃の威力は小さな斧になってもかなり高い。さっき、片腕持ってかれてよく分かった。なら、下手に勝負しない方が良い。

 小南の攻撃に対し、体捌きだけで避け続けた。と、いうのも、この前の村上との戦闘をきっかけに、攻撃前の相手の色の些細な変化を見分けられるようになった。特にブラフなどには絶対に引っかからない。

 だから、比較的に避けやすくなったのだが……にしても、反撃の隙が無い。攻撃手No.3は伊達ではなかった。

 さて、どうしたものか……と、悩んだ直後だ。小南が双月をコネクターで繋げ、大きな一撃を放って来た。

 短気になり、一発で決めようとしたのだろうか? しかし、それにしては殺気の色が薄い。ブラフの可能性も考慮し、一度大きく退がった直後だ。

 小南の周りに光の球がいくつか浮いているのが見えた。そして、その球と小南には、それ以上無いくらいの濃い赤のオーラが漏れ出している。

 

「……うわ」

「炸裂弾」

 

 そう無機質な声で言われた時には、その弾は自分の元に迫って来ていた。

 ドドドドッと爆撃され、周囲を煙が覆う。それでも回避を何とか成功させ、煙の中から両手で顔を庇って出て来た。こんなメチャクチャされれば、いくら女相手でも多少はやり返してやりたくなる。

 そろそろ一発殴ろう、そう思った時だ。目の前に、小南が迫っていた。

 

「やべっ……!」

「はい、終わり」

 

 回避しようとしたが、バランスを崩し体勢は余計に悪化する。自分の片足がいつの間にかなくなっていた。どうやら、爆撃の全てを回避できたわけではなかったようだ。

 辛うじてスコーピオンでガードしようとしたが、受けに回れば弱くなるスコーピオンで、ハルバードの一撃を防ぐのは不可能だ。容赦無く重たい一撃が、海斗の上半身と下半身を分離させた。

 

 ×××

 

「ふんっ、どうよ!」

 

 目の前でドヤ顔を浮かべる小南。見事に腹立たしいが、負けは負けだ。なので、海斗は潔く負け惜しみを言うしかない。

 

「いやー、肩凝ってたわー。これは本気出せなかったわー」

「はいはい、そういうの良いから。ま、あんたもB級上がりたての割には頑張ってたんじゃない? 正直、小手調べの段階で殺したと思ったのに殺しきれなかったし」

 

 真っ二つにして機嫌が良いのか、珍しく相手を褒めるような発言をする小南。

 

「うるせーよバカ。上からかよ」

「勝ったんだから上からでも良いでしょ?」

「リ○ル野球盤ですかこのヤロー」

「土下座したら再戦してやっても良いわよ?」

「調子乗んなよ貧乳!」

「言ったわねあんた! もっかいボコボコにしてあげましょうか⁉︎」

「土下座したら再戦してやっても良いよ」

「言ったわね⁉︎ ……って、なんでアタシが土下座するのよ!」

 

 なんて再び同レベルの言い合いに戻った時だ。レイジがどうしても理解出来なかったことがあったため、海斗に質問した。

 

「ていうか陰山。何故、他のトリガー使わなかった?」

「アア? ……あ」

「なんだ?」

「や、そうだ。そもそも、ここに来たのはそのためだった。俺、木崎さんに会いに来たんだ」

「俺に?」

「そう。なんか戦い方が似てるからトリガーセットしにきてもらいにきたんだ」

 

 そう言ったときだ。部屋の扉が開き、眼鏡の女の子が入ってきた。

 

「おーい、陰山くんはー……あ、いたいた」

 

 玉狛支部オペレーター宇佐美栞だった。

 

「もー、どこ行ってたのさー」

「ここ」

「そりゃ分かるよ。あ、陽介から話は聞いてるから。トリガーについて説明する準備できたから、おいでおいで」

「ああ、わざわざすみませんね」

「良いの良いの。陽介と仲良くしてくれてるからねー」

 

 そう言いつつ、宇佐美の後に続く海斗を眺めながら、小南はゲンナリした様子でため息をついた。

 

「あいつ……なんでアタシにだけ喧嘩腰なのかしら……」

「さぁな。とりあえず、俺も行くか。京介、悪いが飯を任せても良いか?」

「了解っす」

 

 完璧万能手である自分と戦闘スタイルが似ている、というのも気になったし、何より自分と似てるからトリガーセットを見に来た、ということは、自分にも相談があるのだろう。

 

「アタシも行くわ」

「珍しいな」

 

 なんだかんだ優しい小南だが、メカ系が苦手な彼女が他人のトリガーセットを覗きに行く、というのは少し意外だった。

 

「別に、深い意図は無いわよ」

 

 長年組んであれば、宇佐美と海斗の後をパタパタ付いていく小南の真意は大体わかる。スコーピオン一本のみで、あそこまで凌いだ奴の腕が少し気になるようだ。

 ラボではなく会議室に集まった。宇佐美はわざわざ丁寧なことに、トリガーの説明を全てしてくれた。

 近接トリガーの孤月、スコーピオン、レイガスト。孤月のオプションの旋空、幻踊。レイガストのオプション、スラスター。

 

「ちなみに、レイジさんが使ってるのがレイガストだよ」

「そういえば、さっきあんたが使ってたのスコーピオンじゃない。何処が同じスタイルなのよ」

「俺に聞かれても困るわ。陽介に聞け」

「あんたその辺は自分で把握しておきなさいよ……」

「まぁ、その辺は本部のログ見ればわかるんじゃないか」

 

 続いてガンナーのトリガー。射手と銃手の二つに分かれ、トリオンをそのまま飛ばすか、拳銃か突撃銃で撃つかの二択で、通常弾、変化弾、追尾弾、炸裂弾の四種類を操る。それに追加し、オプションの鉛弾とスタアメーカーに、合成弾の説明もあった。

 

「……お前が使ってたのは炸裂弾?」

「そうだけど、お前じゃなくて小南桐絵よ」

「コナン? 見た目は子供、頭脳も子供?」

「あんた本当に失礼ね! 見た目も頭脳も大人よ!」

「はい、多数決を取ります。今のコナンくんの発言を正しいと思う方、挙手」

「なんで誰もあげないのよ!」

「宇佐美、続けろ」

「レイジさん! しれっと続けてるけど、上げてなかったわよね今⁉︎」

 

 続いて狙撃手トリガーの解説。主に三つ、威力のアイビス、射程のイーグレット、弾速のライトニング。

 

「狙撃手ねぇ……チマチマ隠れて撃つのは性に合わねえんだよな」

「しかし、戦場では狙撃手が鍵になることが多い。覚えておいた方が良い」

「へーい」

 

 最後に、防御用トリガーとオプショントリガーの説明。シールド、エスクード、バッグワーム、カメレオン、グラスホッパー、テレポーター、スパイダーの説明で全部だ。

 一時間ほどたっぷり掛けて説明が終わり、海斗は大きく伸びをした。

 

「んー……これで全部?」

「そ。これらを組み合わせて戦うの」

「てか、コナンが使ってたのって何?」

「小南よ! アタシのは双月。あんたが玉狛に来ない限り、扱うことはないわ。忘れなさい。ま、どうしても聞きたいって言うなら……」

「や、いいです」

「食い気味で断るのやめなさいよ!」

 

 レイジも栞も思った。どうやったら初対面でここまで仲悪くなれるのだろうか。

 このまま放置していても良いが、話が進まなくなる。

 

「そこまでにしておけ。宇佐美、陰山のログを見せろ」

「あいあいさー。えーっと……うわあ、なんで昨日今日にこんな試合が集中してるの?」

「挑まれまくったんだよ。色々あって」

「とりあえずー……あ、鋼さんとやってるんだ。これ見てみようか」

「知ってんの? 村上さん?」

「知ってるよー。強化睡眠記憶のサイドエフェクト持ってる攻撃手じゃん」

「え、あいつも?」

「も?」

「や、なんでもない」

 

 海斗は目を逸らした。あまり自分のサイドエフェクトは知られたくない。まぁ、調べればわかる事なのだが。

 それを察したのか、宇佐美はログを再生した。鋼と海斗の試合の様子が流される。レイジの近接戦闘スタイルはレイガストを握り込んでスラスターを用いて殴るというインファイトスタイルのため、玉狛のメンバーは誰もほど驚いた様子は見せなかった。

 しかし、引いたことには引いた。

 

「……あんた、なんて戦い方してんのよ。鋼さんに恨みでもあるわけ?」

「るせーよ」

 

 拳と拳で語り合うバッキバキのガチンコスタイルとは言えない。しかも、レイジの殴り方と違って完全なる独自のスタイルだ。まぁ、喧嘩してるうちに一番相手に効く殴り方を覚えただけだが。

 

「……でも、それならあんたもレイガストにすれば良いじゃない。わざわざ殴る直前にスコーピオンを出すなんて器用な真似しなくて済むわよ?」

「いや、小南。レイガストには重さがある。俺と違って陰山の拳撃は速さ重視だ。今からレイガストに変えると拳を振るうフォームが崩れる」

「そうね……特に、最後のはすごかったわね。スラスター使ったわけでもないのに、アタシでもギリギリ見えたくらいだったもの」

「なら、スコーピオン二刀流は確定だな。バッグワームとシールドを付けるとして……残りの四枠をどうするかだが……」

「機動力を上げたらどうかしら? この腕ならエース張れるし、グラスホッパーとか」

「だが、あまり機動を上げると個人ではともかくチームを組んだ時に周りと合わせられなくなる」

 

 と、ツートップの二人が話してるのを聞きながら、思わず海斗は目を白黒させていた。

 頭上に「?」を浮かべながら、栞に目を向ける。

 

「……二人はなんの話をしてんの?」

「陰山くんの話だよ……え、ついていけてないの?」

「ごめん、もう半分くらいどのトリガーがどの名前だか忘れた」

「……まぁ、うん。慣れなきゃ難しいよね」

 

 口ではそう言いつつ「この子どうやって筆記試験通ったんだろ」と思った宇佐美だった。実際の所、海斗の成績は下から数えた方が早い。社会と体育と家庭科以外。

 当然、そんな雑談を当の本人がしていたら、真剣に相談してる二人が黙っているはずがない。

 

「おい、何話してる?」

「あんたのトリガーを決めてるんでしょうが!」

「あ、ああ、すみません木崎さん。えーっと、バッグワームってなんでしたっけ? 鞄の虫?」

「違う。……もう忘れたのか?」

「すみませんね」

「いや、いい。慣れるまでは確かに大変かもしれん。とりあえず、お前の欲しいトリガーを入れて実践してみよう」

「あ、はい。えーっと……じゃあとりあえず……」

 

 再び宇佐美がまとめた資料に目を通してトリガーを選び始めた海斗に、小南が言った。

 

「決まったら訓練室にきなさい。ボコボコにしてあげるわ」

 

 ×××

 

 訓練室は、激しい轟音と戦闘による衝撃波に包まれていた。小南と海斗の正面からの斬り合い。双月の一撃は、どう足掻いてもスコーピオンでは相殺し切れない。

 よって、回避を迫られるわけだが、海斗も反撃の手を緩めない。避けた後は必ず反撃をしてみせていた。

 しかし、いくら生身の喧嘩に慣れていても、トリオン体の戦闘では年季に差がありすぎる。

 

「もらった……!」

 

 小南の両手に構えた短い斧での一撃を、海斗は両腕の前腕にスコーピオンを生やしてガードした。

 左腕が吹き飛び、後方に大きく跳んだ。トドメを刺すように小南はメテオラを放った。

 

「はっ……!」

 

 それに対し、海斗は右腕の拳の表面にスコーピオンを張り、殴り返そうとした。生身での投石は拳で防げても、トリオン体のメテオラをスコーピオンで弾き返せるはずがない。

 腕は最初の一撃で吹き飛び、残りの弾が直撃した。元の身体に戻った海斗に、小南は呆れた様子で答えた。

 

「……あんた、バカなの? 炸裂弾をスコーピオンで防げるわけがないじゃない。あと、せっかく入れたシールド使いなさいよ」

「そりゃ分かってるわ。トリガーの出し入れとか慣れねえんだよ」

「その辺は実戦で繰り返すしかないわよ。あと、もし炸裂弾を跳ね返すとかやりたいのなら、それこそレイジさんと一緒でレイガストとか入れたら?」

「なるほどな……じゃ、ちょっと入れてみるわ」

 

 ラボに戻り、宇佐美にやってもらい、再度訓練室に入り、再び戦闘を開始した。

 その様子を、飯を完成させた京介がやって来て眺めた。

 

「……あれ、なんか仲良くなってません?」

「ああ、本人達にその気はないようだがな」

 

 似た者同士は、素直じゃない好戦的なタイプを混ぜると、喧嘩になりやすい。

 しかし、ぶつけさせてみれば意気投合するものだ。そのいい例が、今の目の前の二人である。

 特に、小南にとっても海斗にとってもお互い、初めて戦うタイプなので、久々にスリルのある斬り合いになっていた。

 

「くたばれコラァッ‼︎」

「あんたが死になさいよ‼︎」

 

 口は悪いが。

 その様子を眺めつつ、京介は隣の静かな筋肉に言った。

 

「一応、飯の準備は出来ましたけど……」

「何にした?」

「鍋です。今日は陰山先輩もいるんで」

 

 一応、年上のため、敬意を持った呼び方をした烏丸は、続けて言った。

 

「まだ火はつけてないですけど、いつでも食えますよ」

「なら、もう少し待っててやれ。すまんな」

「いえいえ」

 

 烏丸の瞳は、かなり好戦的に微笑んでいる海斗に向けられていた。

 

「面白そうな人が来てくれたんで良かったです」

 

 ×××

 

 戦闘が終わり、海斗達はようやく食卓へ。最初にレイジが飯にすると言ってから、気が付けば三時間が経過していた。

 今日の飯のメンバーは宇佐美、レイジ、烏丸、小南に加えて海斗の五人だ。陽太郎はすでに眠ってしまっている。

 

「あー……つっっっかれた……」

「アタシもよ……。なんでオフの日に二時間も全力で戦闘なんかしてんだろ……」

 

 バカ達は鍋が煮えるまでグダッとしていた。その海斗にレイジがいつもの落ち着いた様子で声をかける。

 

「そう言うな。陰山もトリガーが完成して良かっただろう」

「はい。ありがとうございます、木崎さん」

「相変わらず、レイジさんには礼儀正しいですね」

「目上の人には敬意を表するのは当たり前だろ」

「説得力のかけらも無い……」

 

 小南が呆れたように呟いた。そればっかりは自覚しているため、海斗は食いかかるようなことはせずに、素知らぬ顔で鍋を待つ。

 その海斗に宇佐美が「そういえば」と質問した。

 

「陰山くんはどこの部隊に入るとか決まってるの?」

「全然」

「ありゃ、そうなの? じゃあ自分で作る感じ?」

「いや、正直それもない。なんか面倒臭そうだし」

「じゃあどうすんのよ」

 

 小南に聞かれて、海斗はボンヤリと天井を眺めた。

 

「まあ、しばらくはフリーだな」

「フリーって……良いの? チーム組んだ方が戦闘とか有利よ?」

「出水から聞いたけど、防衛任務って別に1チームが担当するわけじゃないんだろ? フリーの隊員はどこかの部隊と一緒に出撃するんならそれで良い」

「まぁ、あんたなら確かにソロでもそれなりに活躍しそうだけど……」

 

 米屋や出水みたいな連中とならチームを組めるが、他の奴が相手だと怖がらせるかしてしまうし、過去には外面だけ良くして来る奴らもいたが、サイドエフェクトのお陰で内心では小馬鹿にしてるのが丸見えで、問題になる事も多かった。

 しかも、サイドエフェクトはボーダーしか知らない機密であるため、今は亡き親も教員も自分の味方をしてくれることは無かった。

 まぁ、それでも今いる玉狛のメンバーは自分に対して嫌悪感を抱いた色は出していない。最初は険悪であった小南ですら、今は色を潜めている。

 米屋と出水には感謝しないとな……と思ってると、レイジが「おっ」と小さく声を漏らした。

 

「煮えたぞ」

「お、きたきた」

「食べますか」

「美味しそー」

「いただきまーす」

 

 全員で箸を伸ばした。みんながみんな、目的は肉。決して高い肉ではないが、肉は肉だ。美味いもんが食いたいと皆正直なのだ。

 もちろん、男が多い事だけあって肉も多めに入っている。全員、肉を箸で摘んで自分の受け皿に引き込もうとしたのだが、二人だけ手を止める。

 小南と海斗が、同じ肉を鍋から引き出していた。

 

「……おい、この肉とったの俺だろ?」

「はぁ? 何寝言言ってるわけ? アタシの方が早かったから」

「いや俺の箸の方が早かったね。快速並みの速さだったね」

「いやアタシの箸は中央特快だから。止まる駅少ないから」

「いや俺の箸の方が人身事故少ない」

「……」

「……」

 

 前言撤回、目の前のバカ女とだけは、どう足掻いてもウマが合わない。

 

 


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