ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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戦場を転々とし過ぎ。

「二宮さん!」

 

 珍しく焦った様子の犬飼が二宮に声を掛けるが、隊長本人は落ち着いた様子だった。

 

「待て。迅はあいつが死ぬ未来は見えたが、連れ去られる未来は見えていない」

「敵に捕まった先で殺される可能性は?」

「それもない。何処にいるのか分からないが、奴が捕まって死ぬ可能性は70〜80%だ。残りの20〜30%を引いて奴が死なないで敵を倒したとして、そこからどうやって帰還する? それでは、結局連れ去られたことになってしまう」

 

 つまり、何らかの方法で帰還するということだ。とりあえ内部通信で迅に報告した。

 

「迅。海斗が敵に拉致された」

『あー、そうなっちゃった? じゃあ、あいつが降って来た所に急いで駆け付けてくれる?』

「場所は分からないのか?」

『複数未来が見えてるからね。正確な予測は無理だから。確率の高い未来は分からなくも無いんだけど……バカは確率の低い未来を選ぶから』

「……」

 

 やはり、こういう時、バカは困る。

 ならば、自分達はバカが帰ってくるまで通常通り任務を遂行するのみだ。

 

「犬飼、辻。行くぞ」

「「了解」」

 

 自身の部下に声を掛け、トリオン兵の排除に向かった。

 

 ×××

 

 警戒区域外では、玉狛のメンバーがヴィザとヒュースと戦っていた。

 千佳へのヒュースのマーキングを修が盾で弾き、今だに全員でジリジリ退くことが出来ていた。

 しかし、トリオン兵が街の方に向かうまでのらりくらりと時間稼ぎをしていたヴィザの作戦により、烏丸が街を守りに抜け、木虎と修はC級を連れて一気に駆け出した。

 残ったレイジと小南がヒュースとヴィザを足止めしていた。

 

「ふむ……いやはや、やはり玄界の進歩も侮れませんな。多彩な上に腕も良い」

「そう思うなら尻尾巻いて逃げてくれない?」

「そうはいきませんよ、お嬢さん。我々にも任務がありますゆえ」

 

 とは言うものの、とヴィザは内心で現状を見渡す。戦闘中である敵二人は明らかに時間稼ぎの構えの上、少女の方は遠征艇の中で見て来た他の隊員達とは違うトリガーを使っている。おそらく、ワンオフ品かもしれない。

 男の筋肉の方も一見、普通の武器に見えるが、使用している武器の数は他の隊員達とは段違いだ。全てを使いこなせる技量と器用さが無ければ不可能だ。

 これは、簡単にはいかない相手だ。その上、逃げている雛鳥達に就いている隊員2人も、脚を失いながらもフットワークの軽いお嬢さんと、逆に動きは鈍くともガードの固い眼鏡のコンビネーションは中々に厄介だ。このままでは逃げられてしまう。

 

「クッ……!」

 

 ビルの上で小南と斬り合っている最中、その真下から爆発音と自分の弟子が苦戦しているような声が聞こえた。

 

「失礼、お嬢さん」

「はぁ?」

 

 ビルから飛び降りたヴィザは、煙の中でレイジからの銃撃を浴びそうになっていたヒュースを救い出し、ビルの中に隠れた。

 

「ヒュース殿、お気をつけて。罠が張り巡らされています。地の利も向こうにありますし、間違いなく持久戦の構えでしょう」

「はい。ここは二人掛かりで片方ずつ……」

 

 そうヒュースが言いかけた時だ。ミラの穴が突如、目の前に現れ、そこから見覚えのない男が走って来た。

 

「うおおおおなんだああああああ⁉︎」

「!」

「!」

 

 反射的にヒュースが磁石の盾を張り、目の前の男はその壁に脚をついて後方に大きく跳んだ。

 距離を置き、目付きの悪い少年をヴィザとヒュースは睨み付ける。

 

「何者、ですかな?」

「地獄からの使者、スパイダーマッ!」

「ハイレイン殿、こちらは?」

 

 無視して通信機に声をかける。

 

『泥の王を奪われた。そいつを最優先で仕留め、泥の王を奪い返せ』

「ほう……ということは、エネドラ殿は」

『ああ』

 

 その短い返事が全てを物語っていた。つまり、そういうことなのだろう。

 

『お前達は金の雛鳥の確保を中断し、黒トリガーを確保してもらう。必要があれば俺とミラも出る。可能であれば、両方手に入れたいところだが……まずはそいつだ』

「畏まりました」

 

 元より、自身の国の神になりうる金の雛鳥の捜索はからぶる前提だった。当初の目的は大量のトリオンと、これ以上いては害悪になりうる隊員達の処理だ。

 短く方針を伝えると、二人は見るからにバカっぽい少年に目を向けた。

 一方、そのバカっぽいというかバカな少年の海斗は。よく分からんが同じ服着てる時点で奴らが敵であることを察していた。

 さて、どうするか。まぁとりあえず向かってくるなら反撃するまでだ。

 

『陰山か?』

 

 内部通信で落ち着いた声が聞こえる。尊敬している筋肉、木崎レイジの声だ。

 

『あ、俺です』

『忍田さんから聞いたが、拉致されたのではなかったのか?』

『拉致⁉︎ あんた何してたのよ!』

『なんか帰してくれました。あれが近界民の船なんですね。なんかラスボスの隠れ家っぽくてカッコ良かったです』

『ちょっ、どういう……ていうか、そうよ! 死ぬってなん……』

『『小南、少し黙れ』』

 

 話にならないので一人は黙らせた。

 

『あ、敵の黒トリガー確保しましたよ。ボルボロス、だったっけ?』

『黒トリガーを……⁉︎』

 

 あっさりとしたその返事に、流石の落ち着いた筋肉も驚きを隠せなかった。しかし、お陰で護衛対象は変わった。奴らにとって千佳のトリオン量がどれだけの価値があるのか分からないが、黒トリガーよりは流石に優先されないだろう。

 いや、それなら一層のこと……。

 

『海斗、黒トリガーを手放せ』

『え?』

『俺達の目的は街とC級の防衛だ。黒トリガーの奪取ではないし、必要以上にお前が狙われるだけになる』

 

 チラッと聞いただけだが、海斗は死ぬかもしれない。おそらく、迅の予知の結果だろう。それなのに、黒トリガーを持って敵に狙われ続けるのは余りにも危険な賭けだ。それなら、黒トリガーを返した上でC級の護衛に加えた方が良い。

 しかし、海斗は首を横にする。

 

『いやいや、手放す気は無いですよ。チラッと聞いた話だけど、今はC級が危ないんでしょ?』

『それは……そうだが』

『なら、とりあえずC級が逃げる時間を稼ぐのに、今の俺は最良の囮になりますから』

『……』

 

 反論の余地はない。こういう場合「お前死ぬかもよ?」と言えれば良いのだが、恐らく海斗の場合は死を恐れるタマではない。「だから何?」と言った感じになりそうなものだ。

 迷っている時間はないが、海斗の意思を曲げさせる術もな……いや、あった。

 

『海斗。今、黒トリガーを手放し、俺達とこいつらを仕留めることに成功すれば高級ラーメンをご馳走する』

『了解』

 

 早かった。こういう時、素直なバカは助かった。だって絶対、考える前に答えを出してるから。

 早速、海斗がポケットから泥の王を取り出した時だ。

 

『では、戦場を移動いたします』

 

 直後、海斗とヴィザとヒュースの足元に、黒い穴が空いた。

 

「はえ?」

『海斗……⁉︎』

 

 小南の声を最後に、海斗は穴に吸い込まれた。

 

 ×××

 

 本部では、レイジからの報告を忍田が受けていた。

 

「了解した。陰山隊員が黒トリガーを確保し、敵と別の場所にワープした、と」

 

 場所はマップでも確認している。警戒区域内の、C級隊員達が最速で基地に逃げ込むのに最適な場所にワープさせられていた。

 しかし、問題ない。もうすぐだが、頼りになる2人が到着する。まだC級隊員だが、黒トリガーを持つ少年と、未来視のサイドエフェクトを持ち、アタッカーランキング一位の太刀川慶と同格の実力を持つ実力派エリートだ。

 それよりも、C級隊員を誘導している修と木虎に指示を出さなければならない。

 

「三雲と木虎に逃走ルートを変更させろ。陰山が人型を引き受ける。陰山には人型のデータを送れ!」

「了解」

「近くの部隊には陰山の援護に向かわせろ!」

 

 他のトリオン兵もまだいるから全員は向かわせられない。それまで、海斗には一人で頑張ってもらうしかない。

 そう思っていた時だ。遊真と迅の前に、先に到着しそうな援軍から通信が入った。

 

 ×××

 

 落下した海斗達は、すぐさま戦闘になった。ヒュースがメインで、海斗と戦闘を開始する。

 車輪のような形をした磁石のブレードを海斗に向けて飛ばすが、実に緩やかな動きで開始され、一気に接近して来る。派手な技は牽制。本命の技は小さな苦無の形をした小さな弾だ。

 後から飛んできた弾だが、見えている攻撃でしかないそれを海斗はあっさりとブレードでジャンプしながら弾き、沈み込むようにヒュースの前に姿勢を低くして着地する。

 そこから繰り出されるのは右拳。何の真似だ? とヒュースが眉間にしわを寄せたのもつかの間、拳から薄っすらとブレードがはみ出ているのが見えた。

 

「っ……!」

 

 しかし、ただやられるわけにもいかない。ヒュースも同じように左拳に磁石を纏い、叩き付けた。拳と拳が正面から激突し、あたり一帯に衝撃波が走る。

 それにより、海斗は一旦、後方に飛び退き、ヒュースは逃さずに磁石を飛ばすが、それに対し、スコーピオンの投擲で全て相殺させた後、着地しながらアイビスを取り出し、二発放った。

 磁石の盾はアイビスも通さない。ガインッと明後日の方向に弾き飛ばしたが、ヒュースの手には若干の痺れが残った。

 

「クッ……!」

 

 奥歯を噛み締めた直後、アイビスの後ろからレイガストを背負い、スラスターの勢いで突っ込んできている海斗が飛んで来た。

 

「蝶の楯!」

 

 磁力によって宙に浮いているトリガーを一斉に海斗に向かわせたが、レイガストの範囲が広がり、海斗を包み込みガードする。弾の一発が背負ってるレイガストの柄に直撃し、破壊され、シールドが破壊されたが、海斗は既にヒュースの目前に迫っている。

 

「柔拳法……!」

 

 何かの技か? と、独特な構えをしながら呟く海斗を見て、ヒュースは眉間にしわを寄せた。片腕はスコーピオンの義手、もう片方の手は指先に少しはみ出させているスコーピオンを構えて、一気に乱撃を放った。

 

「八卦六十四掌‼︎」

 

 足首の回転から腰の捻りを加えた回転力による連打。ヒュースの目の前にある盾に点穴があるわけではないため、狙いはテキトーだが、威力は本物だ。

 

「二掌」

 

 盾に小さな凹みが入る。

 

「四掌」

 

 二箇所の凹みにさらに二発ずつ入り、クレーターが大きくなる。

 

「八掌」

 

 先端のスコーピオンが、盾の中に食い込んだ。

 

「十六掌」

 

 亀裂が盾全体に響き渡り、ヒュースの表情に驚愕が浮かぶ。

 

「三十二掌」

 

 砕ける直前……という所まで来た時、ヒュースの色に変化が起きた。六十四掌まで放つ直前、反射的にバク宙で回避しようとしたが、砕けた盾の後ろからレールガン状の弾が飛んできて、海斗の足に突き刺さった。

 

「うおっ……⁉︎」

 

 それには流石に焦りを感じ、着地したまま後方に飛ぶが、その後ろからヒュースの磁石弾が見え義手スコーピオンを引っ込めた。

 

「シールド!」

 

 躱せない、と判断し、磁石の攻撃をギリギリ防ぎながら民家の中に入る。

 その様子を眺めていたヒュースは油断なく磁石の弾を作る。八卦六十四掌……どういう原理の技であるか、名前の由来からしてよく分からないが、盾を壊されるとは中々の威力だ。近接戦闘は危険かもしれない。

 どう攻めるか考えていると、ヒュースの肩にヴィザが手を置いた。

 

「ヒュース殿、ここはわたくしがお相手致します。援護を頼めますか?」

「いえ、奴は自分が……!」

「彼は先程の相手と違って何かを仕掛けてくるタイプではなく、真っ向からの近接戦闘がメインのようだ。しかし、それだけで最新鋭のトリガーであるヒュース殿と互角に渡り合っています」

「まだ探り合いの段階です! 奴の動きは頭に入れました!」

「彼を殺すわけにはいかないのです。何故なら、脱出トリガーがあるのですから。それを使えば、泥の王を持ったまま逃げられてしまう」

「……しかし、ヴィザ翁のトリガーでは」

「はい。やり過ぎれば殺してしまいますが、両脚を奪うだけにすれば敵の動きは止められます。この星の杖を初見で凌いだ人間はいないのだから」

 

 そこまで師匠に言われてしまえば、ヒュースとしても頷かざるを得ない。

 

「……了解しました」

「では、参りましょう。ヒュース殿、巻き込まれないようお願い致します」

 

 そう言うと、ヴィザは手に持っている国宝を握り直し。

 

「『星の杖』」

 

 自らのトリガーの名を呼んだ。

 

 ×××

 

 民家の塀に隠れている海斗は、とりあえずスコーピオンで義手を再び作り、どうしたものかと頭の中で策を巡らせた。敵は二人、片方は遠・中・近距離全て戦えるオールラウンダーの上、もう片方は全く動いていないため、トリガーの情報も分からない。

 

「……こりゃシャレになってないな」

 

 これにジジイの方が加われば、流石にマズイかも……なんて思ってる時だ。塀の向こう、自身に対して敵意を持つ爺さんの方に動きがあった。杖を少し持ち上げるのを見て、攻撃が来る、と反射的に察知し、避けようとジャンプした時だ。

 無数とも呼べる斬撃がノータイムで飛んで来て、左腕を失った。

 

「うおっ……⁉︎」

 

 当たったのがたまたま左腕だったのは、ラッキーかもしれない。既に失っている部位で、義手を失っただけに過ぎないから。

 しかも、崩されたのは自分の腕だけではない。あたり一帯の民家が全て粉々になった。

 

「お、おいおいおい! こんなのズルじゃないの⁉︎」

「黒トリガーというのはそういうものです。あなたが持つ、泥の王も本来ならそのくらいの威力を誇るものですよ」

「……遠回りにオカッパウ○コディスったな……」

 

 そう思いつつ、少しヤバいと内心では焦っていた。ワンチャン、自分で泥の王を使うのも考えたが、そんな暇はあの爺さんが許さないだろう。

 次の一撃が来そうなので、とにかく集中しようとした時だ。目の前の人型近界民に複数の弾丸が降り注いだ。

 

「「!」」

 

 その直後、さらに追加されたのは黒い弾丸。戦闘モードに入ったヴィザが自身のトリガーで迎撃しようとしたが、ブレードにズシっと重みが掛かる。

 

「これは……⁉︎」

 

 鉛弾、攻撃力がない代わりに敵にペナルティを与えるオプショントリガーだ。それにより動きをほんの一瞬、制限された隙に、二人のアタッカーが攻撃に加わった。

 軽量ブレードのスコーピオンと、孤月の改良品の槍。

 

「ヴィザ翁!」

 

 反射的にヒュースが磁力の弾を飛ばし、二人を退けさせた。

 まるで海斗を庇うように降りて来た4人組は、海斗がよく見知った4人だった。

 

「よう、バカ。随分と辛そうじゃねえか」

「助けてやろうか?」

「片腕まで失うとは、情けない奴め」

「どーもー、双葉の師匠先輩」

 

 出水公平、米屋陽介、三輪秀次、緑川駿の四人だ。思い掛けない救援に、一瞬だけ海斗は驚いて見せたが、すぐにいつもの生意気そうな顔に戻った。

 

「バカ言え。これから1人で大逆転するとこだったんだよ」

「抜かせバーカ」

 

 米屋が軽口を叩くと、三輪が真剣な表情で海斗に確認をとった。

 

「聞いたぞ。敵の黒トリガーを奪ったらしいな?」

「……ああ」

「なら、話は早い。奴らを倒し、その黒トリガーは俺達の新たな戦力にする」

「りょーかい」

 

 そう返事をし、改めて海斗は首を鳴らしながら敵を見上げた。

 一方、ヴィザとヒュースは。中々に落ち着いている敵が来たが、特に焦りを見せることはなかった。また敵が増えた、程度にしか思っていないのだろう。

 ヒュースが隣のヴィザに声を掛けた。

 

「ヴィザ翁、ブレードの様子は大丈夫ですか?」

「ふむ……」

 

 小さく唸ると、広げられたブレードに付いた重石を斬り削いだ。

 

「これで、少しはマシになりましたかな」

「如何致しますか?」

「やる事は変わりません。私が泥の王を持つ者以外を斬ります。ヒュース殿には援護を頼みたい」

「了解致しました」

 

 その指示に従い、ヒュースは一歩後ろに退がり、ヴィザはトリガーを構えた。

 

「では、参りましょうか」

 

 その一言を合図に、全員が一斉に動いた。

 

 


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