ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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言い間違えたわ。

 ヒュースの本領発揮は、戦闘している場所そのものを自分の有利な地形を変える力を持っていた。空中には加速と飛行を可能とする磁石のレールが引かれ、機動力を活かした攻撃に出水と緑川と米屋は手を焼いていた。

 弾丸よりも速く動くヒュースから、さらに速い弾丸が放たれ続け、緑川と米屋には磁石がいくつか刺さっていた。明らかに多対一の戦闘にも慣れた様子の戦術だった。

 

『オイ、どうすんだ弾バカ!』

『俺に聞くなっつーの! お前らが序盤のうちに仕留めねーからだろうが!』

『ちょっとー、いずみん先輩。俺たちの所為にしないでよ』

 

 そう、この三人の中には隊長がいないのだ。戦闘においては頭が回り、それなりに戦術を考えられるメンバーでも、敵が人型近界民の上にトリガー角を付けたイレギュラーの上、人数的にもたった三人で勝つ戦法を思い浮かべられるほどキレ者ではない。

 せめてA級部隊の隊長がいればそれも可能だろうが、今はどこも手一杯だ。草壁隊に至っては県外にいる。

 

「……無い物ねだりしても仕方ないか」

 

 出水がそう呟き、どうするべきか思考を巡らせ始めた時だ。耳元で落ち着いた声が聞こえた。

 

『おう、出水。奴の足を止めろ。ほんの1〜2秒で良い』

「は? 了解」

 

 とりあえず了承した。出水がとったトリガーは変化弾。この弾なら、足を止めるのに持ってこいだ。

 

『米屋、緑川! 奴の足を止めるぞ、気張れ!』

「「了解!」」

 

 建物越しにヒュースに弾丸が襲い掛かった。それを盾で跳ね返している間に、米屋と緑川が前後から急襲する。

 

「『幻踊孤月』」

「『蝶の楯』」

「グラスホッパー!」

 

 米屋の穂先が変形する刺突に対し、磁石で巨大な手を作って突き刺させて受け止めた。磁力により、抜けないし動かない。

 そして、背後からの緑川には磁石を利かせて地面に這いつくばらせた。最後に磁力による加速で米屋を後方に思いっきり放り投げる。

 直後、脚にザクッと何かが突き刺さる感覚。地面に縫い付けられた緑川がモグラ爪でヒュースの両脚を貫通させた。

 

「捕まえた」

「チッ……!」

 

 捨て身の一撃を入れたからだろうか? 絶体絶命にもかかわらずニヤリとほくそ笑む緑川に、トドメと言わんばかりに車輪を放ろうとした時だ。遠くに見える本部の屋上がパッと光った。

 

(狙撃……!)

 

 反射的に車輪の軌道を変更した。襲いかかってきた狙撃は全部で三つ。一発は受け止めたが、残りの二発は腕と脚に突き刺さった。

 

「グッ……!」

 

 腕の良い狙撃手が二人、これはマズイ。 流石にあそこまで弾は届かない。せめて遠征部隊の怖いワープ女がいれば何とかなるが、そうもいかないだろう。つくづく面倒な相手だ。

 一方、狙撃手の参戦によって一気に有利になった出水達は、一度距離を置いて合流した。

 

「助かりましたよ。冬島さん、当真さん、奈良坂、古寺」

『気にするな。ちょうど良いからオレが指揮る。全員、合わせて動けよ〜』

 

 冬島の気が抜けるような指示に、全員が「了解!」と返事をした。

 

 ×××

 

 慌てて撤退中の海斗と三輪と修は、前方のラービット三体、後方の二体に対して身構えた。

 先頭を走るのは修と三輪で、最後尾に海斗がいるのだが、はっきり言って三輪がいる時点でラービットなど相手にならない。何故なら、トリオン兵に対し鉛弾は効果が抜群だからだ。

 その上、受けに徹すれば数十秒ほどラービットの猛攻を凌げる修が組めば、少なくともトリオン兵相手になら全滅させられる。

 

「……チッ」

 

 正直、玉狛の考え方はいまだに好きになれない三輪としては、あまり認めたくない事実だが、修がいて助かっているのも事実だった。どうやら、本当にバカの教えを受けていたようだ。

 そんな中、背後で大きな音が響く。片腕と片足が無いのが響いているのか、海斗が苦戦しているのかも……と、思ったのだが、そうでもなかった。海斗が敵の気を引き、千佳がとどめを刺しているようだ。

 

「……ふっ、師弟揃って壁役か」

「え?」

「何でもない。それより、敵はまだ来る。集中しろ」

「は、はい……!」

 

 割と順調に進んでいる時だ。後方にいた千佳が、何かに気付いたように、近くの建物の屋根を見上げた。

 

「? どうした、雨取? トイレか?」

「来ます……近界民が」

「ニュータイプ? 見聞色?」

「あ、いえ、サイドエフェクトで……」

 

 なんてやってる時だ。千佳の視線の先に現れた黒い穴から、白い鳩と見るからに冷徹そうな男が姿を現した。見覚えのあるその男は、間違いなく遠征艇の中で会った隊長と思われる男だ。

 

「あいつは……」

「知ってるんですか?」

「さっき遠征艇で会った」

「え、遠征艇……?」

 

 困惑する千佳だが、説明している暇はない。とにかく、かなり強敵であることは分かっていた。

 

「やはり、ラービットでは足止めにしかならんか……。『卵の冠』」

 

 出て来たのは何匹もの鳩や魚。それらがこちらに向かってくる。それに対し、海斗はスコーピオンの投擲を放った。どんな弾だか知らないが、C級に当てさせるわけにはいかない。

 右手から投げ、左手の義手は一度引っ込め、ロケットパンチの如くスコーピオンを飛ばす。

 しかし、それらは向かい来る動物達に当たると、トリオンキューブと化した。

 

「あ?」

 

 爆発でもなければ貫通でもない。ただ、その場に落下するだけだった。理解不能だが、ぼんやりしてる場合ではない。落としきれなかった分を回避した。

 鳩や魚は海斗以外にも降り注ぎ、C級隊員にも直撃した。

 

「ぐわっ……!」

「ああ……!」

 

 その隊員達ですら、その場でトリオンキューブと化す。それには流石に海斗も肝を冷やした。

 

「オイオイ……チートだろ」

「海斗、無事か⁉︎」

「無事に見えるかコラ⁉︎ 動物に当たるな、即死するぞ!」

 

 それを聞いて、修はトリオンキューブを、三輪はハンドガンを取り出す。三人が最後尾に立ち、C級をカバーするしかない。

 

「海斗、お前は退がれ!」

「バカ言え! 俺だって射撃くらい出来るわ!」

 

 そう言うと、海斗は腕のスコーピオンを引っ込めてアイビスを取り出す。普通の狙撃手なら狙う必要があるが、バカの場合は近距離でも手にあればアイビスで戦える。実際にB級ランク戦で狙撃しようとしてる中、後ろを奥寺に取られたものの、アイビスを剣の代わりにして、トドメ近距離射撃で落としたくらいだ。

 三人が何とか射撃で目の前の動物をキューブに変えるが、それでも何匹かは後ろに抜けていく。

 

「あ、そゆことね。カバーに回ります」

「早く行け」

 

 三輪の指示の意味を理解し、海斗は飛び退いてC級のカバーに回った。右腕と左脚の表面にスコーピオンの膜を張る。左腕の義手は捨て、右脚に義足を生やした。

 スコーピオンの部分でわくわく動物に触れた直後、スコーピオンのスイッチをオフにする。それでじぶんもトリオンキューブになるのを防いでいた。

 直後、ピリッと背後から悪寒が走る。ドシュッと右の義足に突き刺さり、膝から下を削ぎ落とした。

 

「チッ……!」

 

 ワープ使いの黒トリガーだ。ガクンっと体制が崩れた事によって、海斗に魚がさらに詰め寄ってくる。

 それでも、海斗の往生際は普通の人間の倍悪い。レイガストでスラスターを使い、強引に後ろに飛び退いた。

 海斗のサイドエフェクトは視界に入っていて自分に何かしらの感情を抱いている奴なら、壁越しにでもその姿を視認できる。しかし、視界の外、つまり背後からの攻撃は避けられない。

 いつのまにかハイレインの横にいたミラが、ワープの穴を広げ、その中に魚や鳥が入っていく。

 その直後、自分の背後でバチバチッと音がする。ぐにゃりと視界が歪む。苦し紛れに後ろを見ると、ワープの穴から魚が寄ってきていた。

 

「海斗!」

「陰山先輩⁉︎」

 

 前から二人の声が聞こえる。これは最悪だ。自分は何も出来ないし、キューブ化がポケットの中の黒トリガーに影響するかも分からないが、どちらにしてもC級を守る囮がいなくなる。

 薄くなる意識の中、奥歯を噛み締めた海斗は苦し紛れに叫んだ。

 

「トリガー解除‼︎」

 

 直後、切り裂かれていた自分の左腕と右脚が蘇生し、スーツだった戦闘服は学ランへと変化していく。キューブ化が進行しつつあった身体はいつものふてぶてしい細マッチョと成り代わり、海斗の横に泥の王が落ちた。

 

 ×××

 

「ーっ!」

 

 ふと、迅悠一は自分達からは遠く離れた戦場に目を向けた。目の前の黒トリガーの爺さんの斬撃は一時も目を離さないのだが、今ばっかりは思わず意識が飛んでしまう。

 

『何かあったの?』

 

 遊真が迅の隣に降りて声を掛けた。

 

『マズい事になったな……。遊真、さっき言った通りにいけるか?』

『りょうかい』

『心得た』

 

 短くそう伝えると、遊真の左腕から黒い炊飯器が出撃して行った。

 その背中を目で追いつつ、心の中で「急いでくれ」と祈った。

 

「おや、二手に別れてしまってよろしいのですかな?」

「正直、あんまり良く無いんだけどね。でも、ここよりも重要な戦場が他にあるから」

「という事は、我々の仲間が黒トリガーに王手をかけたそうですな」

 

 その通りだ。迅と遊真のコンビを目の前にして、ほぼ無傷で凌いでいるのは、あの相手が自分達に対して足止めで十分と考えているという事だ。

 まぁ、ボーダーに最近入隊したとは思えない功績を持つ特別顧問が出て行ったため、大丈夫だとは思いたいが。

 

「……どうかな? 王手をかけたのはこっちかもよ?」

「それは無いでしょう。ならば何故、救援などに向かわれたのでしょうか?」

「あはは、だよね」

 

 そんな軽口を叩きつつ、再び戦闘を開始した。もう星の杖による斬撃で辺りの民家はほとんどバラバラになってしまい、地の利も使えない。

 

「……中々、骨の折れる相手だな」

「でも、負けられないよ」

「分かってるさ」

 

 そういつもの飄々とした笑顔で答えると、迅はスコーピオンを構える。

 迅はしばらくここから離れられない。後はボーダーの仲間を信じ、目の前の敵に集中するしかない。

 そう心に言い聞かせると、遊真と共にヴィザに向かって行った。

 

 ×××

 

 トリオン体を解除したバカに、余った動物型の弾丸が降り注がれる。しかし、特にダメージを受けた感じはなく、むしろ動物達の方が砕け散った。

 とりあえず自分の身体が五体満足であることを確かめるように、両手足に目を移した。指先の感覚を確かめるように、手を開いて握り、また開く。

 その後、ふと気付いたように落ちている泥の王を拾い上げた。どうやら、この厄介な代物は一緒にキューブ化されなかったようだ。

 そんな中、自分の前に黒い影が立つ。顔を上げると、三輪秀次が立っていた。

 

「……海斗」

「三輪……」

 

 差し出される手を取ろうとした直後、その手がグーになり、早押しボタンを押すように頭に叩き付けられた。

 

「馬鹿かお前は‼︎」

「なんでー⁉︎」

 

 顎から地面に叩きつけられるように強打したが、三輪は構わずに胸倉を掴み上げた。

 

「普通は! やられたら! 緊急脱出だろ! なんで! そこで! トリガーを! 解除するんだああああああ‼︎」

「咄嗟に出ちまったんだから仕方ねえだろっつーかガックンガックン揺するな舌噛む!」

「トリガーを解除すれば緊急脱出も出来ないし、腕も足も取られたら終わりだぞ! 少なくとも無事では済まない! 分かっているのか⁉︎ 分からないんだろうな! この軽過ぎる頭では!」

「テメェ、それは言い過ぎだろ‼︎ 大体、俺の頭はそんなに軽くないわ!」

「軽いだろ!」

「軽くない!」

「あ、あの、先輩方!」

「「ああ⁉︎」」

 

 後ろからメガネの声が聞こえ、振り返ると鳩と魚が攻撃して来ていた。それに対し、シールドを細かく分割して防ぐ三輪。その先に、海斗は戦いの衝撃によって抜けかけたガードレールを拾う。長さは2〜3メートルほどで折れてしまっているが、そのくらいの長さの方がちょうど良い。

 

「三輪、頭下げろ‼︎」

「っ!」

 

 言われるがまましゃがんだ直後、ブロロロッとプロペラのような音を立てながら、ガードレールが回転しながら鳩や魚を崩しながらハイレインに向かう。

 見事にハイレインのボディを捉えて後方に飛ばされる……かのように見えたが、片手で受け止めている。手首のスナップでガードレールを返されたが、お陰で動物弾幕は止み、海斗も三輪も返された攻撃を回避して民家沿いに退がる。修も一旦、2人の横まで退がった。

 

「……ミラ、あのバカっぽい奴はトリオン体か?」

「いえ、今の泥の王の持ち主にその反応は出ていません。生身のはずですが……」

 

 正直、ミラ自身も信じられていない。ハイレインの手が少し痺れるほどの威力の投擲を生身でしてくる奴がいるのは想定外だ。相手が普通の人間なら間違いなくこちら側に有利に働くはずの動きをしているのに、どんどん状況が悪くなる。

 もはや、バカという言葉では片付けられない。存在がイレギュラーそのものだ。とはいえ、泥の王だけは失うわけにもいかない。

 

「……殺すしかないか」

 

 冷酷に、冷淡に、冷徹に。近界民はそう判断する。どんなに身体能力が高くても、所詮は生身だ。自分が手を下すまでもなく、ラービット一体……いや、ラービットも必要ない。誰を出したって勝てる。とはいえ、念には念を入れるが。

 ラービットを複数体出し、ごり押ししても良いが、まだ援軍が来る可能性もある。さっきから良いタイミングで救援に来られているから。

 ならば、やはりバカを孤立させた方が早い。

 

「ミラ、近くのラービットを連れて来い。混戦にした所でバカを孤立させて殺す」

「了解」

 

 直後、C級と三人の正隊員を囲むようにラービットがゲートから現れる。それにより、三輪と修は対応に追われた。明らかに人手が足りない。

 攻撃出来ない海斗がC級を引き連れて逃げ、それをカバーするように三輪と修が奮闘するが、限界があった。

 そんな中、海斗の足元に黒い穴が空いた。

 

「……もう何度目だよ、このパターン……」

「海斗……⁉︎」

 

 そんな呟きを漏らしながら、海斗は穴の中に吸い込まれた。

 落下した先は、人っ子一人いない住宅街。正確に言えば、海斗とハイレインの2人しかいない。恐らくだが、警戒区域内だろう。

 片膝をついて着地する海斗と、ハイレインがお互いに向かい合う。

 

「……お前何、そんなに俺のことが好きか? なんなら、一緒に住んでやろうか?」

「悪いが、お前の軽口に付き合っている時間は無い。金の雛鳥を追う必要があるのだからな」

「だったらさっさと追えば良いだろ。そんなにこいつが大事か?」

 

 ポケットから泥の王を出し、手元でポンポンと弄ぶ。挑発しているのが目に見えて分かるからか、ハイレインは顔色ひとつ変えなかった。

 

「分かっているぞ。お前がそれを持っていれば、少なくとも雛鳥達の追っ手から戦力を割かなければならない、そう思っているのだろう?」

「ビンゴ」

 

 あっさりと正解を告げた。この手の駆け引きは海斗には出来ない。最終的に「バーカバーカクソッタレ!」とか子供みたいな悪口になるだけだ。

 一方のハイレインは、目の前の男が生身で黒トリガーと遭遇したからと言って逃げるような男ではないのは分かっていた。

 とはいえ、所詮は生身。さっさと殺して泥の王を奪い、金の雛鳥を回収する。

 

 


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