痴話喧嘩で一番困るのは第三者。
それは、ほんの偶然だった。商店街で小南とデートしていると、福引券をもらったので引いてみたらベルリンの旅とかいうよくわからない需要のチケットをもらった。
そんなわけで、しばらく二人で冒険している中、そいつは突如、現れた。
『跪け、跪け。さぁ、跪け!』
ロキの怒号により、その場にいた全員は片膝をつく。トナカイみたいな王冠(?)を被り、杖を持ったその男は明らかに近界民だと直感的に理解した海斗と小南は、ポケットの中のトリガーを手に取った。
『『トリガー起動』』
その声と共に戦闘体に変化し、地面を蹴って襲い掛かる。
しかし、ロキは近界民どころかそもそも人ですらない。その上、魔法を使うのでそれなりに苦戦を強いられた。
トリオン体に生身でついて来られた上、あの杖にトリガーの斬撃は通用しない。刺突をまともに受けた海斗は後方に飛ばされ、トドメと言わんばかりにビームが放たれそうになった時だ。
目の前にアメリカのケツが降りてきて、それを跳ね返した。
スティーブ・ロジャース。愛国心故に、90年ぶりに復活してもその身をふたたび戦地に送り出した超人兵士である。
そんな彼が目の前に降りてきて、海斗の肩に手を置いた。
『何者か知らないが、よく国民を守ってくれた。後は我々に任せろ。……と言いたいが、奴は強い。力を借りれるか?』
『超貸す』
即決だった。そこから小南、ブラック・ウィドウ、アイアンマンと共にロキを鹵獲し、世界の危機という事でアベンジャーズに力を貸すことになった。
その途中、内輪揉めに巻き込まれたり、バートンから強襲を受けたり、ハルクと戦闘中のソーを守ろうとして、トリオン体なのにハルクにボコボコにされたりと色々あったが、仲間の死によって結束を結んだ。
そして、ニューヨーク。スタークタワーの真上に次元の穴が開き、宇宙人達が襲来、アイアンマンが先行し、海斗と小南はクィンジェットに同乗してキャプテン達と遅れて街を守りにやってきた。
ソーとハルクも合流し、街の中心で全員は辺りを見回す。何処を見ても宇宙人だらけだ。
『バートン、カイト。上から敵の位置を知らせろ。隙があれば、撃ち落としてくれて構わない。スターク、君は外側だ。三ブロックから外に出る奴は押し戻すか灰にしてやれ』
『運んでくれ』
『俺も』
『君には空飛ぶ盾があるだろう』
置いていかれてしまったが、とりあえず海斗は走って行った。
『ソー。あの通路を頼む。出て来るやつを君の雷で痺れさせてやるんだ』
直後、ハンマーを回して近くのタワーまで飛んで行った。
『ナターシャとコナミは僕とここで戦闘を続行。……ハルク!』
『ッ!』
鼻息で返事をした緑の巨人に、キャップはシンプルに指示を下した。
『……暴れろ』
その言葉を背に、ハルクはジャンプと共に近くの敵に襲い掛かった。さて、これから憧れのキャプテンと戦闘である。
指を鳴らした海斗は、背中にレイガストを背負うと、スラスターでビルの壁にしがみつき、さらにスラスターを使って上へ上へと狙撃ポイントに向かっていったところで目を覚ました。
「はっ……!」
「きゃわっ⁉︎」
悲鳴を上げたのは、隣にいた看護婦さんだ。少なくとも、まだ眼を覚ますと思っていなかったのだろう。まるでお化けでも見たかのように肩を震わせ、腰を抜かして転んでしまった。
意識が回復した海斗は、身体を起こすと辺りを見回した。見慣れない壁、見慣れない天井、それだけでなく見慣れない病人服も着ていた。
そんな中、海斗はとりあえず一言呟いた。
「……キャプテンは?」
「は、はい?」
困惑する看護婦さんに構わず、海斗は聞いた。
「キャプテン・アメリカだよ! あとスターク、ソー! クリント、ナターシャ、バナー博士! 俺と一緒に戦ったアベンジャーズ!」
「……い、いませんが?」
「嘘だ! まさか夢か⁉︎ フザケンナよ⁉︎ せっかく、アベンジャーズと会えたってのに……よりにもよって開戦前に⁉︎」
「先生! 陰山さんが錯乱しています! 鎮静剤をお願いします!」
涙目の新人ナースさんがナースコールをしていた。
×××
大規模侵攻の翌日、病院から「陰山さんが意識を戻しました」と涙声の連絡を受けた小南はすぐに本部を飛び出した。二宮隊は大量にシフトを入れていたため、すぐにお見舞いには行けないため、小南が代わりに行くことになった。どちらにせよ行く予定ではあったが。
で、その報告をしたら二宮から5千円渡された。これでお見舞いの品を買って行け、とのことだ。
「……にしても五千円は多いでしょ……」
本当に部下には甘いなぁ、と思いながらも、小南はしっかりと5千円使って両手いっぱいにスーパーの袋を持って病院に向かっていた。
しかし、昨日、入院と聞いた直後に来た時は眼を覚ますのはいつになるか分からない、と言われたのに、まさかこんなに早く目を覚ますなんてなぁ……と、彼氏の人外っぷりに少し引いていた。聞いた話では、入院の原因だって生身でトリオン兵と戦ったのが原因らしいし。
「……」
なんかそう思うと、よく生きててくれたな、と涙ぐんでしまう。昨日、それを聞いた時は「顔を合わせたら絶対ぶっ飛ばす」と心に誓ったものだが、今となっては生きていたことにホッと胸をなでおろす他ない。
しかし、そんな情けない顔を見せるわけにもいかない。だって絶対にからかわれるから。
「……ふぅ、よし」
とりあえず、深呼吸して、いざ海斗の病室に入った。
「海斗、起きて」
「看護婦さーん! 飯お代わりー! 大盛りで!」
「食べ過ぎです」
「タダメシ食える機会だぞ。なるべくたくさん詰めておきたい。あとなるべくなら生姜焼きとか食べさせて欲しいんですけどー!」
「バカ言わないで下さい。そんな重たいもの食べさせるわけにはいきません」
「じゃあラーメン!」
「話聞いてます?」
看護婦さんと仲良くコントをやっていて、小南の機嫌は一気に悪くなった。眉間にしわを寄せ、今にも舌打ちが漏れそうな感じだ。というか、海斗のベッドの前の机に山盛りになっているお皿はどういうわけなんだろうか。
当然、室内にいた海斗は変わった色が見えた事により、小南に意識を向ける。
「あ、小南」
「帰るわね」
「いやいやいや待て待て待て」
「何よ」
「何じゃないでしょ。そこで帰るって俺じゃなくても『何しに来たの?』ってなるよ」
「そう。じゃあ帰るわね」
「だから待てって! 何怒ってんの?」
「怒ってないわよ! あんたは私がいなくても看護婦さんとよろしくやってれば良いじゃない!」
「人聞きの悪い言い方すんな! お代わりお願いしてただけだろうが! てか、妬いてんのかよ⁉︎」
「そ、そうよ! 妬いてるわよ! わ、私だって珍しく弱ってるあんたの世話を焼きたいのよ!」
「ならまずはナース服着て来いや!」
「そ、それは恥ずかしいから嫌!」
いったい、私は何を見せられているんだろう、と新人ナースはつくづく思う。話を聞いなる感じだと、この2人は付き合っているのだろう。怪我をした彼氏のために両手いっぱいの見舞い品を持ってくる彼女は中々に可愛らしいけど、何も目の前で惚気られるとは思わなかった。
ここはどうしたら良いのだろうか? 一応、海斗の身の回りの世話をする事になったのだが、彼女が来た以上は任せてしまっても良いのか? しかし、それで何かあったらマズいし……かといって、患者さんにもプライベートは必要だし……。
ああもうっ、と頭を抱えたくなってしまった。ナース長が「高校生でボーダー隊員なら良い子だと思うから」とか抜かしていたが、その幻想をぶち殺したかった。実際は起き上がった時は「アベンジャーズに加入する夢を見た」とかで超面倒くさかったし、病み上がりなのに馬鹿みたいに食べるし、まず間違いなく初心者向けの患者ではない。
その上、今は彼女と修羅場である。なんでこうなるのか、頭を抱えたい所だったが、それでも仕事を投げ出すわけにはいかない。コホン、と咳払いして2人の間に入った。
「陰山さん。せっかく彼女さんが」
「ちょっと待ってて。お前は退院してからでも十分、一緒にいられんだろ! むしろお前に世話を焼かせると足元にカップ麺とか零されそうで怖いわ!」
「零さないわよ、私をなんだと思ってるわけ⁉︎ 大体、カップ麺なんて病人に買ってくるわけないでしょ⁉︎」
「はぁ⁉︎ お前、ラーメンも買って来てないの⁉︎ ラーメン食えば俺の身体は回復するのに⁉︎」
「グルメ細胞でも持ってるのあんたは⁉︎ そんな奇天烈な身体してるわけないでしょ!」
聞いてもらえない。何なのこいつら、と思わざるを得なかった。イチャイチャした方ではなく文字通りのバカップルっぷりに、どうしたら良いのか分からなくなった新人ナースは、とりあえずバカみたいにお代わりさせるのをやめさせるため、海斗の前の食器が乗ったトレーを持った。山盛りの皿が乗っているトレーを持ち上げている辺り、このナースも只者じゃない。
「ていうかてめぇ……あっ、ま、待てよ!」
「これ以上、食べたければ彼女さんの持ってきたお見舞いの品をお食べになられたらどうですか?」
それだけ言い放ち、新人ナースさんは出て行った。しれっと小南がお見舞いの品を大量に買ってきたことをバラされ、一気に気まずい空気が流れる。端的に言って二人とも少し照れている。
沈黙がその場を支配したが、こういう場合は女の方が強いものだった。小南が先に口を開いた。
「……隣、行っても良い?」
「お、おう……」
半端な返事だったが、了承は了承だ。椅子を持って海斗のベッドの隣に置いて座る。
「……あの、これ。お見舞い。ま、あんだけ食べればもういらないでしょうけど」
「いや、まだ腹三分目」
「どんだけ食べる気よ……。いつのまにそんな大食いになったわけ?」
「タダメシの場合は大体、こんなんだぞ」
「あっそ。サイアク」
「うるせーよ」
悪態をつきながら、小南は袋からとりあえずリンゴを取り出す。病院のお見舞いと言ったら……というかどんな時でもりんごは定番だろう。
「俺、病気ってわけじゃないんだけどな」
「いらないわけ?」
「冗談だよ」
しゃりしゃりと器用にリンゴを剥く小南。その様子をぼんやりと眺めながら、海斗は思わず感心したようにため息をついた。
「おお……お前、りんごの皮剥きできるんだ……」
「当たり前じゃない」
「でもお前、カレーしか作れなかったよな?」
「……彼氏ができていつまでもそんなわけないでしょ」
あなたのために頑張りました! とは言えなかった。まぁ、感情の色がわかる海斗にとっては、もはや言ったようなものだが。
しかし、冷静になってまず思ったのが、やはりこうして小南と顔を合わせられたのは奇跡だった事だ。なんか生きてたのが奇跡だし、意識を戻したのも奇跡だし、それが一日も経たずに成された事も奇跡だったようだ。医者から聞いた話だと。
だからだろうか、からかう気にはならなかった。
「……なんか、俺お前と付き合えて良かったわ」
「素直ね。もっと感謝しなさいよ?」
「お前はもう少し謙虚にな……」
謙虚になれ、と言おうとした直後、小南がリンゴを剥き終えて机の上に置くと、正面から抱きしめてきた。
「……ほんと、あんたバカよ……」
「るせーよ」
「普通、ベイルアウトでしょ……。なんで、あそこでトリガーオフなのよ……」
「お陰でC級は無事だったろうが」
「あんたは無事じゃないでしょ……」
まったくだった。
「もう、二度と……馬鹿な真似はしないでよね」
「へいへい」
この時、小南に抱きつかれて内心、かなりキョドり、周囲への索敵を怠った海斗を誰が責められよう。病室の扉に、同い年のバカが手を掛けているのに気づかなかった。
「よう、海斗。見舞いに来たぜ」
「意識戻ったんだろ?」
「……今日、発売のジャンプだ。土曜発売のな」
そう言った三人は、ベッドの上で小南に抱きつかれている海斗を見て、一気にフリーズした。当然、海斗もだ。そんな中、一人だけ気づいてない奴がいる。
「……ふふ、海斗。医療品くさい……♪」
「え? それどういう種類の笑い?」
「こんな匂いが海斗から香るなんて新鮮だもの……。でも、クリスマスの夜に包まれたあなたの匂いの方が好きだわ」
「おい、誤解される言い方をすんな。俺の家に来て泊まった時に俺のジャージ着ただけだろうが」
「だから、早く元気になりなさいよ」
「……」
もうダメだ、と海斗は額に手を当てた。お見舞いに来たバカ達は片手にスマホやら何やらを持っていて録音している。左腕を骨折し、右腕は小南に抱きつかれて動かせなくなっている海斗に為すすべはない。
やがて「ごちそうさま」とだけ言って出て行った。せめてお見舞いの品を置いてけと思ったが、この際、諦めて小南の感触を堪能した。
×××
ボーダー本部では、忍田が昨日の戦果をまとめていた。これからも近界民からのトリオン兵による攻撃が来る可能性はあるが、やはり初日の攻撃が一番大きいだろう。敵は仲間を一人失い、一人は捕虜にされた。捕虜を取り返しに来る可能性が無いわけではないが、これ以上の無理をしない可能性の方が高い。
それよりも、だ。今回はどの部隊も頑張ってくれていたから、出すべき戦功者が多い。
例えば、新型を三体も惹きつけ、自分の隊長とスナイパーをB級合同に参加させた村上鋼。風間隊の人型討伐に参加した荒船隊、柿崎隊、鈴鳴第一。B級合同の指揮を執った東隊。C級の防衛に途中まで片手足を失いながらも尽力した木虎藍。
これらは二級戦功にあたり、報奨金30万円と350Pが与えられた。
C級の防衛を最後まで貫いた三雲修と、途中からそれに参加し、黒トリガーを持つ人型とも交戦した三輪秀次。
人型近界民を鹵獲した出水公平、冬島隊、緑川駿、米屋陽介、奈良坂透、古寺章平。
街を広範囲に防衛した嵐山隊と烏丸京介。
人型をB級と共に撃破した風間隊。
人型二人(内一人は黒トリガー)と交戦し、途中からC級の防衛に参加した小南桐絵、木崎レイジ。
二宮隊と共に黒トリガーの撃破に協力した影浦隊。
敵の最高戦力と思われる黒トリガーを抑え切った迅悠一、空閑遊真。
報奨金80万円と800Pが与えられる一級戦功は以上だ。
続いて、最後に特級戦功。特に優れた活躍をし、報奨金150万円と1500Pが送られる隊員達だ。
まずは天羽月彦。持ち前の黒トリガーを使い、広範囲に渡り街を防衛した。
そして太刀川慶。これも同じく広範囲に戦闘を続け、新型を13体撃破した猛者だ。
さらに、二宮隊。影浦隊と共に黒トリガーを撃破し、C級の防衛にも参加。その道中、陰山隊員の救助をし、新型もかなりの数を撃破した。
「……」
ここまでは良い。問題は、1人だ。というか、こいつがもう半年くらい前からずっと悩みのタネだ。
──陰山海斗。初期ボーナスをもらって入隊したものの、顔の怖さから正隊員になるのに時間をかけ、正隊員になってからは禁止になるほど影浦と文字通りの死闘を繰り返し、黒トリガー「風刃」と適合し新たな用途を生み出したものの、責任感の無さと頭の軽さからそれをクビにし、二宮隊に入隊後も二宮に怒られない範囲でやりたい放題をやっている問題児。
そんなバカだが、実力は確かで今回の大規模侵攻でもかなりの活躍を見せた。
まず、遭遇した人型が、6人中5人と全隊員中トップだ。その内、黒トリガーを撃破し、敵の遠征艇に侵入し撃破した黒トリガーを奪って帰ってくるという山賊のようなことをしてみせた。
その後、黒トリガーを持っていることを良いことに上手く囮になり、人型を結果的に三人惹きつけ、木崎レイジ、小南桐絵、三雲修、木虎藍、三輪秀次、出水公平、米屋陽介、緑川駿、迅悠一、空閑遊真と様々な隊員達と協力して人型、新型と奮闘し、C級の防衛に力の限りを尽くした。
しかし、尽くし過ぎなのが問題だ。普通の隊員なら緊急脱出するべき場面で、まさかのトリガー解除はかなり問題行為だ。そもそも、緊急脱出トリガーが付けられているのは、学生が多い隊員達に怪我人や死者を出さない事が一番の理由だ。
彼の身体は敵の攻撃の直撃を受け、戦線を離脱するはずだった。彼は、それを拒んだ。生身になっても戦闘を続け、特別顧問であるレプリカを失い、本人も病院で治療を受けている。彼だけが、文字通り命を賭けていた。
結果的に言えばC級は守り通したし、敵を追い返す決め手にもなったわけだが、彼のやり方を認め、戦功をあげれば他の隊員に真似をする者が出てくるかも知れない。
また、彼自身も調子に乗りやすい上に生身での喧嘩も好む性格であるため、万が一の次の機会で、またトリガーを解除しかねない。その時は生きて帰って来れるかわからない。
「……どうしたものか」
本当に、悩みのタネが尽きない男だ。この辺りは、唐沢と一緒に考えようと決めた。