翌日、今日の検査を終えると、先生は眉間にしわを寄せて呟いた。
「……え、なんでこんな回復早いの? 怖い……」
怖いってなんだよ、と喉元まで出かかったが、堪えた。この調子なら、一ヶ月くらいで完全に運動出来る状態まで回復するそうだ。
とりあえずその診察に満足し、海斗は病室に戻った。
「……ま、学校に行かなくて良いってのは最高だよな」
ポジティブに考えながらベッドで寝転がってると、病室の扉が開いた。
「ほう、本当に回復したのか。手土産だ」
「もう少し寝てれば良いものを……」
そう言ったのは、風間と二宮だった。昨日も来た二宮からは特に何もないが、風間からは食べ物が送られた。
どんな組み合わせ? と思った海斗は、挨拶する事も忘れて考え込んだ。が、すぐに結論が出て二宮に気の毒そうな顔で言った。
「やっぱ、二宮さん優しいですね。わざわざ、風間の『歳下の大学生よりも小さい俺』っていう自虐ネタに付き合ってあげるなんて」
「二宮、やはり金属バットを持ってきた方が良かった気がするんだが」
「……すみません」
二宮が謝るというレア過ぎる事を目の前にした海斗は、素で「違うの?」と言わんばかりの顔をしていて、風間はなおさら、怒りが込み上がった。
とはいえ、ここで怒れば目の前のバカの思う壺だ。キレるのは退院してからで良い。
「相変わらず、バカを炸裂させたようだな、陰山。入院とはな」
「うるせーよ。誰のおかげでC級が無事だったと思ってんだバァカ」
「働いたのは自分だけだと思っているのか?」
「思ってねーよ。一言もそんなこと言ってねーだろ」
「……陰山、相手は年上だ」
「すみません、二宮さん」
「……」
この扱いの差。目の前にして堂々と差別を展開され、風間の機嫌は徐々に下降するが、今更そこを怒っても仕方ない。こいつの無礼は治らない。
「二宮とは偶々、病院の前で会っただけだ」
「高校生は今は学校だからな」
大学生なら、特に二宮と風間はきちんと単位も取れているため、ここに来る余裕はある。
二人は椅子に座り、先に風間が声を掛けた。
「で、どうだ。陰山」
「何が?」
「怪我の具合だ」
「ああ。なんか一ヶ月くらいで運動できる範囲には回復するってさ」
「そうか。なら、ランク戦は間に合うな」
「……ああ、もうそろそろランク戦か」
忘れてた、と海斗は相槌を打つ。
「参加して平気なのか?」
「大丈夫ですよ。雅人を今度こそボコボコにします」
「そうか……まぁ、なるべくなら影浦との戦闘よりも他の奴を倒してポイントを稼いで欲しいものだがな」
実際、ランク戦で二宮隊と影浦隊の2組と同じグループになった部隊は大変だ。海斗と影浦の戦闘は半径5〜7メートル以内を巻き込み、通称「ストーム」と呼ばれ、近くの隊員達は余波で削り殺される。
範囲外から射撃や狙撃などしようものなら、2人のサイドエフェクトにより躱され目をつけられるし、下手に手を出すよりもほっといて他の隊員と戦った方が良いとされている。
しかし、二宮隊としても別に大きなメリットがあるわけではない。厄介な影浦を抑えることは出来ても、他にメリットなどない。それでも結局、部隊としては勝てるので何も言わないでやっているが。
「……ランク戦に間に合うなら良い。一応、お前にいなくなられると困るからな」
「二宮さん……!」
あまりの褒め言葉に、海斗は思わず泣きそうになる。生まれてきて良かった、と思う程度には感激した。
「そうだな。お前の戦法からは、なかなか学ぶことが多い」
風間までもが口を挟む。
「そうなの?」
「ああ。認めたくはないが……特に影浦との戦闘では、中々面白いものを見せてくれる」
「自覚ねえよ」
「グラスホッパーもないのに空中で斬り合えるアタッカーなどお前と影浦くらいだろう」
建物の外壁を走って登りながら斬り合ったり、距離が離れれば車や瓦礫をぶん投げて牽制、その投げたものを踏み台にして空中から距離を詰めたりと、二人だけナルトやワンピースみたいな戦闘を繰り広げている。
「じゃあ何? 俺が風間の師匠って事? 月謝払え」
「調子に乗るな」
スコンと手刀が海斗の脳天にあたる。
「では、俺たちは行く。お大事にな」
「へいへい」
テキトーに返事だけして、二人の背中を目で追いつつ、小さく会釈した。なんだかんだ、わざわざ来てくれるのはありがたいし嬉しい。人に心配されたりしたことがあんまりない海斗としては照れ臭かったりもするのだが。
×××
入院中とは、割と退屈なものだ。特に、スマホも壊れ、今あるジャンプとかの漫画も読みつくしてしまった海斗としては退屈この上ない。
そんな時だ。再び病室の扉が開いた。
「陰山先輩。こんにちは」
「違う、ウィス様だ」
入ってきたのは三雲修と空閑遊真、そして雨取千佳の三人だ。
「どーも」
「こんにちは」
「ちゃんとお見舞いの品買って来た?」
「自分で言うんですか……」
呆れ気味に呟きつつ、修はスーパーのビニール袋を差し出した。
「りんごとかそういうのしかないですけど……」
「全然、オーケーよ。サンキュー」
ありがたく袋を受け取り、中を確認する。りんごの他に飲み物も入っている。
「雨取。そこに包丁あるから剥いて」
「あ、は、はい!」
素直な従う千佳。その隣で、修が海斗に声を掛けた。
「……あの、ウィス様」
「謝らなくて良いぞ」
「え……?」
まるで自分が何を言おうとしているのか分かっているかのように、目の前の師匠は釘を刺してきた。
「俺が怪我をしたのは勝手にトリガーを解除したからだ。お前らに謝られる義理はない。むしろ、謝るのはこっちの方だ」
神妙な顔で修が黙ると、海斗は首を横に振る。
「空閑、お前のレプリカは俺を助けて敵に連れ去られた。悪かったな」
「いやいや、それこそ違うよ。ウィスサマ」
口を挟んだのは遊真だった。
「レプリカにウィスサマを助けるように言ったのはおれだ。レプリカは、俺の頼みに応えただけだよ」
「……」
言えない。鷲掴みにして投げてダンクしてやりたい放題使っていたとは言えない。まぁ、壊したのは決して海斗なわけではないが。
「だから、修が謝る必要ないなら、ウィスサマも謝る事ないよ」
「……へいへい」
見事に跳ね返され、海斗は目を逸らす。その海斗の前に、コトッと皿が置かれた。
「剥けました」
「お、さんきゅ。……てか、剥けるんだ」
「し、知らないで頼んだんですか?」
苦笑いを浮かべる雨取の頭を、海斗はよしよしと撫でてやる。りんごを齧り「で」と修に声をかけた。
「お前ら、ランク戦の対策はちゃんとしてんの?」
「あ、はい。一応は」
「……じゃあ何。もしかして、俺の対策もしてる?」
「いえ、まだです。とりあえず、目の前の相手から……」
「いや、しろ。そして俺の対策を教えろ」
「……はい?」
ちょっと、何を言っているのか分からない。対策を言っちゃそれは対策にならない。しかし、海斗は真顔だ。
「いや、一度で良いから聞いてみたいんだよ。自分が対策されるっていう感覚」
「は、はぁ……自分が有利になるため、ですか?」
「違ぇよ。お前メガネ本当分かってねーなー。対策会議とか見ると、自分がボスクラスだなーって実感出来るからだよ」
「……すみません、少し何を言っているのか……」
本当に理解出来ない。なんだろう、「ボスクラスだなって実感」って。
「お前には分からない? 自分が対策されてる心地良さ。『あの人にはこう戦おう。じゃないと勝てない』みたいなオンリーワンの対策。二宮さんとかの対策なんて無いからね最早。逃げの一手か殺される覚悟か相打ち狙いか、みたいな。俺もそんな対策されてみたいんだよ」
「わ、分かりました! 対策はしますから!」
「それを俺の前で言え!」
「それは無理ですから! 対策の意味が全然ないですよ!」
徐々にヒートアップする。本人の対策を本人の前でするとはどんな意味があるのだろうか?
「あ、でも俺の中でウィスサマの対策はあるよ」
「マジで?」
遊真がそう言ったことにより、海斗は目を輝かせる。あくまで遊真の中での話だが、対策されていることに変わりはない。
「どんなの?」
「ずばり、死角からの攻撃だね」
「死角?」
「そう。正面からじゃ崩すのは難しいから、背後からの奇襲とか、数で囲んで叩ける人で叩くとか」
そう言う遊真に対し、海斗はジト目になった。
「テメェ、それは誰にでもそうじゃねえか」
「あ、バレた」
「ナメんなテメエエエエ! いいから俺の対策会議をしろよ!」
非常に面倒くさい……と、思った修がどうしたものかと頭を悩ませた時だ。千佳のスマホが震えた。
「……あ、私そろそろレイジさんと狙撃の練習に行かないと」
「む、それはやばいな。遅れたら俺が許さんから早く行け」
「は、はい……!」
秒で手の平を返す海斗の「レイジさんには忠実」という特性に助けられた三人は、病室を出て行った。
×××
玉狛三人が出て行った数分後、また病室の扉が吹っ飛んだ。
「ウィス様ぁああああああ‼︎」
バカがきた。扉を吹っ飛ばす勢いでヘッドスライディングし、前転による受け身の後、俺のベッドの前に着地する。
「お元気ですか⁉︎」
「元気に見えるかこの惨状」
「申し訳ありません、私がいればこのような事にはならなかったでしょうに……!」
「いやいや、お前いても変わらんから。つーかあれ、多分周りに誰がいても変わらなかった」
何せワープで連行されたわけだし。
「ウィス様、お怪我の具合は……」
「全然平気。一ヶ月で運動出来るって」
「そ、そうでしたか……良かったです……」
ホッと胸をなで下ろす双葉。こういう反応をしてくれる人はなかなか少ない。というのも、大体の人が迅から結果を聞いているからだ。接点のない双葉はここに来て確認する他なかった。
「一人で来たのか?」
「はい! 学校が終わり次第、掃除当番を終わらせて日直を終わらせてから走って来ました!」
「意外と忙しかったのなお前……」
わざわざ走って来なくても良かったのに、と思わないでもなかった。なんか最近は双葉は自分の言うことにはアホほど献身的になり、海斗がツッコミに回る事も多くなってしまっていた。
「あ、すみません。ウィス様……急いでいたので、何か買ってくるのを忘れてしまいました……」
「いやいや、気にしなくて良いから。今日だけでりんご5個食べてるし」
そのお陰でトイレに行く回数も多かった。
「でも、なんにしても寂しいです……。一ヶ月はウィス様の授業を受けられないんですよね……」
それを聞いて、海斗は思わず真顔になる。確かに、と顎に手を当てた。今、双葉は打倒空閑遊真を目指しているわけだが、それの協力をしてあげられないのは申し訳ない。
「よし、抜け出すか。ここ」
「はい?」
「トリガー使えば身体は一気に全快に戻るからな。鈴鳴なら人もあまり来ないし、来馬さん優しいし。このベッドに戻ってきてトリガーを解除すれば何とかなるだろ」
前に村上と戦う約束をして鈴鳴に遊びに行った時、来馬に晩飯を奢ってもらって以来、「二宮、レイジ、来馬」の3トップが海斗の上にいたりする。
その海斗の提案を受け、双葉は。
「それは……天才ですね!」
「だろ?」
ノリノリだった。さて早速、と思いトリガーを手に取った時だ。冷たい声が病室に響いた。
「そのトリガー、どうするつもり?」
「あ? 決まってんじゃん、抜け出して双葉と特訓を……」
「ひえっ」
双葉から声が漏れる。後ろを振り向くと、いつの間にか開かれた病室の扉の前に氷見、三上、月見のうるさい3トップが立っていた。
「……え、なんで?」
「……ふーん、そう。そういう事するの」
「いや、ジョークですけど……」
「月見さん、誰にします?」
「そうねぇ……風間さん、二宮くん、あとは……」
「小南に伝えるのが一番、クリティカルでは?」
「そうね」
「待って待ってすみませんでした!」
とにかく謝って謝って謝り倒すと、とりあえず3人は動きを止める。相変わらずタイミングの悪さは世界一を誇れる男である。
まず動いたのは三上だった。基本的に姉属性の三上は、当然、姉並みの圧がある。そのプレッシャーを発揮し、視界に捉えたのは双葉だった。
「双葉ちゃん、ちょっと」
「は、はひ……」
「師匠のことが大好きなのは結構だけど、無理を強いるのはダメ。特にそいつ、基本的に自分より他人の事だから」
「す、すみません……」
「たまにはご厚意に甘えるばかりじゃなく、相手に気を使うことも覚える事」
「わ、分かりました……」
ショボンと肩を落とす双葉。わかればよろしい、と言わんばかりに双葉の頭を撫でてあげると、三上は引っ込めて次のバカに目をやる。
「で、どういう了見?」
「あなた、自分から抜け出すとか言い出すなんてどういうつもり?」
「他の人がどれだけ心配してるか分かってないの?」
「待て待て待て! 何で俺の時だけ3人がかり⁉︎ 怪我人なんですが⁉︎」
「だからこそでしょ。ただでさえ言っても聞かないバカなんだから」
「キツめに言っても分からないんでしょうしね」
「むしろ今なら体罰の良い機会かもね」
あまりの容赦の無さに、海斗は黙り込むしかない。そもそも、なんであなた達がセットで来たの? と思わないでもないが、こうなった以上は仕方ない。
どうにかして逃がれる術を探していると、海斗の手を月見が強めに掴んだ。
「……あなたね、どれだけ他の人があなたを心配していたか分からない?」
「え?」
「トリガーを解除して戦うなんて、それはもはや本物の戦場と大差ないのよ?」
ボーダーのトリガーを使っての戦場で一番の違いは、ベイルアウトの存在だ。やられても基地に逃げ帰ることができる。それによって最悪の事態を防ぐことができるからだ。
しかし、トリガーを解除すれば、それはもう兵隊と変わらない。
「もっと周りの気持ちを考えなさい。どんな理由があっても、もう無理はしないこと。良いわね?」
「……へいへい」
あくまで素直じゃない海斗は窓の外に目を向けて頷く。目の前の男は何処までも素直ではない。本当に反省している時に限ってそれを表に出さないタイプだ。
そのため、それを見て言ってる事が通じた、と判断した月見は、小さく頷いて隣の氷見を見た。
それにより、氷見は紙袋を海斗に手渡した。
「はい。作戦室にあった漫画本。どれが良いかわからなかったから、テキトーに目に付いたのを持ってきてあげた」
「おお、さんきゅ。流石、我がオペレーター。俺が今、一番必要なものを理解してる」
「どこまで上からなの。ぶっ飛ばすよ?」
「はい、すみませんでした」
本気で睨まれたため、慌てて目を逸らした。
×××
オペレーターと双葉が帰り、残された海斗はボンヤリと天井を見上げた。今日だけで9人もお見舞いに来てくれたわけだが……改めて今までにない経験だったな、と目を閉じる。
まさか、自分をこんな風に心配してくれる人達が出て来るとは思わなかった。ボーダーに入らなければ、今頃自分は学校で一人で喧嘩ざんまいの暮らしをして、どこかのヤクザにスカウトされていたかもしれない。
そう思うと、やはりこんな怪我をしたとしてもボーダーに入隊したのは正解だった。
でも、逆にこれからは自由でいられない。周りのために気を使わなければならない。喧嘩して怪我を作って帰ってくるのは自己責任ってだけでは済まない。周りに心配を掛けさせてしまうから。
「……」
もう少し大人しくするか、と思い、寝ようとした時だ。ガララッ……と控えめに扉が開いた。
「……海斗、寝てる?」
「起きてる」
小南が入って来た。そういえばまだ今日は来ていなかった。
「ごめんごめん。学校の後、すぐに防衛任務で……」
「別に無理に来なくて良いぞ」
「そうはいかないわよ。私だって顔見たいもの」
こいつも前に比べりゃ随分と素直になったものだ、と感心してしまった。なんだかんだ、やっぱ彼女なんだな、とか思いながら心の中で頷いてると、突然、頬を引っ張られた。
「あんた、ここを抜け出そうとしたって本当?」
「いだだだだ何で知ってんの⁉︎」
「月見さんから聞いたのよ!」
「あの野郎⁉︎」
密告はしっかりとされていた。絶対にあの女に逆襲してやる、とか考えている間に、小南は力強く宣言した。
「あんた、次そういうこと考えたら許さないからね」
「分かったから離せって! 頬っぺとれる!」
「取れないわよ!」
まったく、と小南は手を離した。
「まぁ良いわ。でも、今回のことでよく分かったわ。あんたを一人にするとどうなるか分からないって事は」
「人を予測不能な野生動物みたいに言うのやめてくんない」
「退院したら、あんた覚えてなさいよ」
「はぁ? 何を?」
「何でも」
何故だか楽しそうにそう言う小南は、その日、海斗が眠るまで横でずっと漫画を読んでいた。