数日後、退院した海斗は、それでもしばらくは個人ランク戦も訓練も出来なかった。
そんなわけで、しばらくは退屈な日々を送るはめになる……と、思ったのだが、そうもいかなかった。何故なら。
「海斗、起きなさい」
「ん……」
自宅に、小南が毎日のように顔を出してくれるからだ。片腕にギプスをしている生活では色々と不便なため、学校がない日は小南が朝から家に来て甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。
「朝ごはん出来てるわよ。食べたら本部に行くから、ちゃっちゃと準備しちゃいなさい」
「あーい……」
「ああもう、シャキッとしなさい。寝ぼけてないで、先に顔洗ってきたら?」
割と朝に弱い海斗は、よろよろと起き上がって小南に腕を引かれて洗面所に向かう。
「はい、着いたわよ」
「んっ……」
「顔前に出して屈んで。……そう、うん。じゃ、顔流すから」
サァァァッと顔を洗ってもらい、ようやく意識が回復した。
「ふぅ、ん〜……よく寝たぁ……」
「今目が覚めたのね……。ほら、朝ご飯出来てるから」
「着替えないと」
「ズボンを脱ぐなら私のいないとこでやりなさい!」
慌てて小南が洗面所を出て行って、海斗は何事もなかったように着替えを始めた。
着替えを終えると、居間に戻って食卓についた。今日の朝ご飯は目玉焼きにサラダに白米にハム、味噌汁。オーソドックスだが、美味そうだ。
「……これ、小南が作ったのか?」
「前に言わなかった? 彼氏が出来たんだから、私だってカレー以外の料理も練習するわよ」
「上達し過ぎだろ……」
「良いから食べなさいよ」
照れながらも促されたので、海斗は無言で箸をとった。
「……ん、美味い」
「そ、そう……。ま、当然よね。私が作ったんだもの」
「照れながら言うな。こっちまで恥ずかしくなんだろうが」
「う、うるさいわね! 慣れてないのよ、こういうの!」
「俺だって同じだっつーの……」
お互いに恋人が出来た試しなど無かったため、ちょいちょい反応に困っている。もう付き合い始めて二週間経過しているのに、未だに付き合いたてのようだ。
とりあえず、顔を隠すように海斗は味噌汁のお椀に手を伸ばす。箸を親指と人差し指の間の関節に挟み、お椀を持ってグイっとあおった。当然、熱いのが急速に口の中に流れ込む。
「あっづぁっ⁉︎」
「何やってんのよバカ! 熱いに決まってるでしょ⁉︎ お味噌汁よ」
慌てて氷を取りに行く小南の後ろで、海斗は近くにあった牛乳を流し込んで舌を冷やす。火傷を癒せるほど冷たくなくて、あまり意味を見出せなかった。
「ほら」
「お、おお……サンキュー」
氷をもらい、口の中に入れた。
「まったく、子供じゃないんだから、お味噌汁くらい落ち着いて飲みなさいよ」
「へいへい……」
小さくそう返しつつ、食事を続けた。
その途中、何となく気まずくなった海斗がテレビをつけると……ちょうどニュースがやっていた。それを見て、海斗は吹き出した。何故なら、三雲修が映っていたから。
「はぁ⁉︎」
「ああ。あんたは知らなかったっけ? 修、テレビでバラしちゃったのよ。遠征の事とか。これから行く計画って事にして」
「や、そうじゃなくて。なんで出てんの?」
「唐沢さんが仕組んでいたそうよ」
なんで唐沢が? と察しの悪い海斗に、わざわざ小南は説明しない。言っても多分わからないだろうし。
「で、テレビで宣言していたわ。遠征部隊に選ばれる、って」
「ふーん……なるほど、あのメガネが。生意気だな」
そう言葉では言いつつ、表情は楽しそうだ。まるで、新たなライバルを見つけたかのように、好戦的な笑みを浮かべた。
「面白ぇ。なら、俺は師匠らしく背中を押してやるか」
「はぁ? あんたの手なんか借りなくても、遊真はあたしが育てるけど」
「バーカ、遊真だけじゃねぇよ。メガネと雨取も全員、俺が鍛えてやる」
「あんた、そんなことしたら不利になるだけよ? 一位とはいえ、二宮隊もB級なんだから」
「相手が弱くちゃ何の面白みもねえだろ。今日は本部に行かずに玉狛に行くぞ」
「はいはい」
今日、ようやく海斗らしい表情を見れて、小南はホッと一息ついた。寝惚けて普段とのギャップがある海斗の顔や、女性との交際に慣れてなくてドギマギしている顔も好きだけど、やっぱりこういうギラギラした顔をしている時が好きだ。
×××
玉狛支部に到着すると、メンバーは当然のように特訓中だった。修は烏丸と、千佳はレイジと各々の修行に励んでいる。
唯一、師匠がまだ来ていなかった遊真は、小南と海斗が現れるなり顔を上げた。
「こなみ先輩、かいと先輩。どーも」
「こんにちは、遊真」
「かいと先輩じゃない、ウィス様だ。……珍しいな、お前が間違えるなんて」
「間違えてるのはあんたでしょ。てか何なの? その呼ばせ方」
「師匠と言えば亀仙人→界王様→ウィス様だろ」
「カリン様と神様は?」
「忘れてたんだよ言わせんな」
そんなどうでも良い会話の後、遊真が首を横に振った。
「いやいや、まちがえてないよ」
「は? 脅迫状か? 上等だコラ」
「下克上よ」
冷たいツッコミが隣から突き刺さったが、海斗は鮮やかに無視。すると、訓練室から修と千佳が姿を現した。
「ふぅ……あ、お疲れ様です。小南先輩。……と、陰山先輩」
「おつかれ」
「ウィス様だ」
「いえ、陰山先輩です」
その言葉に海斗は片眉をあげる。
「なんだ? お前まで下校時刻か?」
「だから下克上よ」
「雨取、何とか言ってやれ」
「いえ、陰山先輩」
「え、なに。お前まであしたのジョー?」
「下克上よ! てかわざとでしょあんた⁉︎」
小南のツッコミを無視して狼狽える海斗。反抗期が来た初日の親のようになっている。
そんな師匠に向かって、修がキチンと宣言した。
「陰山先輩には感謝しています。僕が新型を相手にあそこまで粘れたのは陰山先輩のおかげですから」
「だからウィスさ……」
「でも、これから始まるランク戦では、僕達はウィス様の敵です。情報をみすみす渡すわけにはいきません」
「情報とか言われても俺は覚えられないし……」
「これから先はライバルです。ライバルに手を借りて勝つわけにはいきません」
なるほど、と海斗は内心で頷く。考えてみれば、確かにこれから戦う敵同士から物を教わったりするのは困るかもしれないし、二宮に怒られるかもしれない。
しかし、そうなると自分はもう3人の師匠ではいられないという事になる。
「……ふっ、言うようになったな。ポンコツの駄眼鏡に近界民の白チビにトリオン量以外戦闘向けじゃないダメトリオが」
「ちょっ、海斗……」
「そこまで言うからには、俺の部隊に勝ってみせろ。負けたら……そうだな。お前のメガネをシャアのマスクに改造してやるから覚悟しろ」
「え、いやあの……それは正直、困るんですけど……」
「勝ちゃあ良いじゃん」
「……せめて委員長のメガネにしませんか?」
「それは普通だろ。ゼクスとクルーゼくらい言えないわけ? そんな自信ない?」
「いやそれさっきから仮面ですよね、どちらかというと。……分かりました。ハリーで手を打ちます」
「あんたらなんの話をしてんのよ」
小南がようやく止めに入ったことにより、とりあえず下らない言い合いは止まった。徐々に修にもアホが感染してきていたが、今はその事はいい。
「じゃ、俺は本部に行くわ」
「あ、あたしも……」
「小南は遊真のことを見ててやれよ」
「……平気?」
「平気だ。本部まではトリガー使って行くし、俺達を倒すなら一分一秒も無駄に出来ないだろ」
「……そうね。分かったわ」
それだけ言うと、海斗は本部に歩いた。
×××
「と、いうわけで、師匠が弟子に勘当されました」
その一言で犬飼と氷見は爆笑し、辻と二宮は失笑していた。
「笑うなよ。まさかクビになるとは思わなかったんだから」
「いやー笑うでしょ。完全にナメられてるんじゃない?」
「違うわ。俺の事をナメてる奴なんかいねえよ」
「そりゃ喧嘩的な意味で、でしょ?」
呆れ気味に氷見も横から口を挟む。
「でも、これでしばらく暇になっちまうんだよなぁ。怪我の所為でランク戦も出来ねえし。二宮さん達もチーム戦の特訓ですよね?」
「……そうだな。そろそろA級に上がる」
「海斗くんも外から見ててくれれば良いじゃん。連携のズレとか」
「無理無理無理。俺、割と根深い感覚派だから自分でそこに立たないと何も分からない」
辻に言われるも、海斗は首を横に振る。実際、感覚派すぎて中学の時の模試では、マークシートテキトーに埋めて七十点を超えたこともあるほどの感覚派だ。
「相手を殴る時のフォームとかなら教えられるよ」
「それはもういいよ」
犬飼に首を振られる。
「……なら、陰山。しばらくはここにいろ。一応、これからランク戦に向けての作戦会議をするから、耳を通しておけ」
「へいへい」
「と言っても、俺達が警戒すべき相手はいいとこ、影浦、生駒のとこくらいだがな」
「確かに、弓場さんのとこは神田さんが抜けちゃいましたからね」
それは、油断でも驕りでもなく確信だった。元A級部隊であり、問題を起こしているバカ以外の三人はマスタークラス。そのバカもブランクは空いてしまっているものの、元々は風間や小南、影浦や村上と鎬を削り合っている猛者だ。
何せ、その問題というのも「どうせバレねえべ」とかいうナメくさった態度で影浦と個人ランク戦をしてバレて怒られる、というのを繰り返した結果である。
最近のボーダーは影浦と海斗のお陰で孤月とスコーピオンが同程度の人気を誇るようになり、レイガストもちょいちょい使われるようになってきていた。そういう面でも、忍田は頭を抱えていたが、本人達はそんなもん知った事ではない。
しかし、そんなにわか流行した所で、迅や風間、影浦や海斗のトップクラスのスコーピオン使いには届かない。
そんな中、海斗が口を挟んだ。
「もう一チーム、警戒に値する部隊はありますよ」
「ほう。参考までに聞くが、何処だ?」
どうせ、バカの言うことだが、百万分の一の可能性も捨て切れない。二宮がいつもの仏頂面で聞くと、海斗が口を開いた。
「いや、今はやめときます。どうせ鼻で笑われるだけなんで」
「玉狛か」
「……」
もったいぶってみたものの、もったいぶれなかった。
×××
ランク戦のブース。影浦は個人ランク戦を行っていた。相手は迅悠一。ランク戦に向け、自分の対戦相手のバカが持つ未来予知に等しい回避能力以上の性能のサイドエフェクトを持つ相手でありながら、剣の腕も海斗以上の実力者だ。
つまり、迅に勝ち越せるようになれば、海斗など楽勝で倒せるようになる。そんなわけで、ぼんち揚の袋を持ってヘラヘラした顔でウロついている19歳をひっ捕らえてランク戦に付き合わせている次第である。
しかし、勝ち越せるようになれば、と言うが相手は太刀川と同じレベルのアタッカーだ。簡単にはいかない。
「クソがっ……!」
「ほいっと」
攻撃を回避され、代わりに軽い一撃が返される。その一撃は大したものではないが、しっかりとこちらのトリオンを削って来ていた。ねちっこい上に、こちらの攻撃を躱した上で確実に当たるものを仕掛けてくるため、海斗とは違ったタイプのカウンターを仕掛けてきていた。自分のサイドエフェクトがなければ何発直撃していたか分からない。
勿論、こちらもやられっぱなしではないはずだが、割と軽々と回避されている。予知というのは想像以上に面倒だ。
一度、牽制でマンティスを放ち、距離を置く。予知で自分の行動は読めていたはずなのに追撃してこないということは、何か仕掛けてくるのだろうか?
警戒した影浦が迅を睨みつける。
「カゲらしくないな。割と頭使ってるでしょ」
「アア? るせーよ。つか、どういう意味だコラ」
「あのバカに勝つには、考えるより動いた方が良いと思うよ」
どうやら、自分が迅に挑んだ理由が分かっているようだ。それはそれで腹立たしいが、この際、置いておくことにした。
「チッ……ムカつくぜ」
「はは……手伝ってるのにムカつかれてもなぁ……」
苦笑いを浮かべつつ、迅はスコーピオンを構える。自分が襲い掛かろうとしている未来が見えたのだろう。全くその通りだ。
アドバイスを素直に活かすのは癪だが、考えるより直感の方が良いと言うのなら。
地面を蹴って、牽制のマンティスも放たずに突貫した。
×××
風間隊の作戦室では。双葉がお砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを飲んでいた。少し不服そうな顔で。
「……むー、何で私はいつもこの部屋で監禁されているのでしょうか」
「隙あらば海斗くんに会いに行こうとするからでしょ」
三上が、至極当然、と言わんばかりにそう言ってお菓子の袋を開ける。
「言っておくけど、本当に口が滑っても『お稽古つけて下さい!』なんて言っちゃダメなんだから」
「分かってます。私はそこまで子供じゃありません」
「加古から『双葉は寝言では陰山くんのことお兄ちゃんって呼んでるのよ』と聞いたが」
「嘘⁉︎ 私そんなの聞いてませんが⁉︎」
風間からまさかのカミングアウトをされ、一気に顔が真っ赤になる双葉。
「うわあ、どんだけ師匠大好きなのキミ」
「お、おい菊地原。あまり言ってやるな。師匠がいる人からしたらそういう感じあるのかもしれないし」
「うわあああ! やめて下さい二人とも!」
容赦がない菊地原と、ギリギリなフォローをする歌川だが、正直どちらもきつかった。
しかし、赤面する双葉など一切興味ない菊地原は、話を風間に振った。
「でも、あの人大変ですよね。完治するまでトリガー使うの禁止なんですよね?」
「ああ。ランク戦では流石にブランク明けで思い通りの動きは難しいかもしれないな」
「なにせ最後の戦闘ですらトリオンを使わずに生身での殴り合いだったそうですからね」
歌川もウンウンと頷く。正直に言って、風間も菊地原も歌川もブランク明けであってもバカならそれなりの活躍をすることは目に見えている。しかし、B級上位には影浦や弓場といった化け物が多い。そいつらと渡り合うのは厳しいかもしれない。
「……大丈夫です。私のウィス様なら、そう簡単にはやられません!」
「それ、小南さんの前で言わないようにね。修羅場っていうか修羅になるから」
「例え小南先輩が相手でも、ウィス様の弟子というポジションは譲れません」
「そ、そう……。ほどほどにね」
これは喧嘩になる気さえする……と思ったが、まぁそこは彼氏の手腕に任せることにした。決して面倒くさいとかそういうのではない。関わると疲れそうとか、太るから糖分控えたいとか、そういうのではない。
「そういえば、風間さんが目を付けてたメガネはどうなんですか?」
「さぁな。黒トリガーの近界民とトリオン怪獣と組んで、遠征部隊を目指すつもりらしい」
「ふーん……遠征部隊ねえ」
その話題が出た直後、双葉は少し不服そうな顔をした。姉弟子であるはずの自分より強い空閑遊真を思い出し、少しイラっとしたようだ。今度こそ自分が勝つ。
「……あの人達には絶対負けません」
「いや、そもそも黒江はA級だろ?」
隣から歌川の冷静なツッコミが入ったが、双葉の耳には届いていなかった。