星座占いもバカにできない。
2月1日。B級ランク戦のシーズンになった。それに伴い、B級部隊達は気合を入れて来ている。
で、現在、集められているのは、ランク戦会場。実況席に座っているのは綾辻遙。時間になったため、コホンと咳払いして開始した。
『ボーダーの皆さん、こんにちは。嵐山隊オペレーター、綾辻です』
綾辻がそう言うと、後ろの観客席で騒がしかった隊員達が静かになり、モニターに目を向ける。
『B級ランク戦昼の部を実況致します。本日の解説者は、風間隊の風間隊長と、加古隊の加古隊長にお越しいただきました』
『『どうぞよろしく』』
全く同じタイミングで挨拶する二人だった。加古の実況席の真後ろに双葉がヒョコヒョコしていて、綾辻はちょいちょいと手招きして自分の膝に座らせた。バカの弟子になってから、ツンツンしていた双葉は随分と柔らかくなった。勿論、木虎以外に。
『それと、加古隊アタッカー黒江隊員です』
『どうぞよろしく』
で、今度こそ説明を開始した。
『本日の対戦はB級一位二宮隊、二位影浦隊、六位東隊、七位香取隊です』
要するに、トップチームのトップ争いとなる。初日からぶっ飛んだ組み合わせとなったが、まぁそうなった以上は仕方ない。
先にランク戦の説明を終えてから、解説席の二人に声を掛けた。
『さて、B級上位チームの戦闘ですが……どう思われますか?』
『ストームだろう』
『ストームね』
声を揃えてそう答えたのは、風間蒼也と加古望だ。
『陰山隊員と影浦隊長がぶつかる事で、周囲の隊員や建物を全て巻き込む小さな暴風雨のようになる、災害そのものを表した言葉ですね?』
『そうだ。お互いにサイドエフェクトによって狙撃は効かない上に、唯一ストームを止められる能力を持つ二宮は陰山と同じ部隊であるため、味方諸共吹き飛ばす可能性があるから介入出来ない、本当に厄介極まりない迷惑な戦闘だ』
『まぁ、正直に言ってどちらかが勝つまで他のチームは手出し出来ないし、無視するのが良いんじゃないかしら? でも、オペレーターの子は大変ね。何処に移動して来るかわからないし、キチンとストームがどこで起こってるか目で追わないといけないもの』
前に工業地帯で二宮隊、影浦隊がぶつかった時は、中々決着がつかずにマップの建物の7割を壊し尽くしたことすらある。巻き込まれてやられた隊員は6人。アレは中々にエゲツない絵だった。
しかし、忍田からお叱りの言葉はなかった。というのも、近界では何が起こるか分からないため、そのための訓練にはちょうど良いわけだ。
『そういう意味では、やはり影浦と陰山以外のエースの働きが重要になる。二宮隊には二宮がいるし、影浦隊の北添は一人でも点を取れる重銃手、絵馬は一万ポイント超えの狙撃手だからな』
『もしくは、ストームは二人が出会わないと発生しないし、戦い始める前に止めておく、とかね? その点では、香取ちゃんや東さんの働きも重要になってくるんじゃないかしら』
そう解説している隣では、自分の師匠が驚異的に思われていて、双葉はとても機嫌がよかった。
そうこうしているうちに、最下位の香取隊によってマップが選択された。
『ステージが決定されました。香取隊が選んだマップは河川敷Aです!』
それを聞いて、解説席の加古は片眉を上げた。
『……なるほどねぇ。このマップは川を挟んで二つのサイドに別れるから、オペレーターが何処でストームが起こっているのか指示しやすいのよね』
『仮にストームが起こらなくても、橋を壊し、川を挟んで対岸から撃てばアタッカー封じになり得る。その分、東さんと絵馬の狙撃と二宮のフルアタックが通りやすくなってしまうが、影浦と陰山、そして小荒井と奥寺のコンビも防いで来たか』
しかし、アタッカーを封じた所で二宮と東の威力が発揮され過ぎるステージな気がしないでもない。香取隊の意図は恐らく別のところにあるのだろうが……まぁ、それは気にしても仕方ない。
『さぁ、転送開始! B級ランク戦初日、昼の部スタートです!』
綾辻のセリフと共に、戦闘が開始された。
場所は河川敷、しかしモニターに映されているのは、白い靄ばかりだった。
『これは……⁉︎』
『……なるほど。そういうことか』
『これなら、二宮くんや東さんの射線を切れるどころか、カメレオンを持つ香取隊の独壇場になるかもね』
B級ランク戦初日、昼の部。ステージ『河川敷』天気『霧』。
口ではそう言いつつ、風間としては香取隊に同情せざるを得なかった。
×××
「おいおいおい……。なんだこりゃ」
転送された海斗は、自分がどこにいるのかもわからないほど、濃い霧に覆われていた。
幸い、サイドエフェクトで何処に誰がいるのは分かる。しかし、霧が深過ぎてかなり近付かないと建築物を視認することもできない。
とりあえず、こうなった以上は連絡を取って隊長の指示を待つしかない。
「もしもし、二宮さん? どうします?」
『……そうだな。犬飼、辻は合流して様子を見ろ。決して視覚情報だけに頼るな。香取隊は常にカメレオンを使ってると思え』
『『了解』』
『陰山。お前は高台を取れ』
「ええ〜……そっちで行きます?」
『当たり前だ。この霧では、敵の位置は把握出来ても障害物は分からないんだろう?』
「……了解です」
小さくため息をつくと、海斗は面倒臭そうに歩き始めた。
×××
影浦はのんびりと霧の中を歩いていた。敵がどこにいるかは分からないし、今の所、自分のサイドエフェクトに反応は無い。とりあえず、敵が仕掛けて来るまで下手に動かない方が良さそうだ。性分に合わないが、自分の部隊のオペレーターと銃手に止められるのが目に見えてわかる。
「……チッ、めんどくせー展開になったぜ」
そう思いながら歩いていると、土手に到着した。広いからか、微妙に視界が良く、川を跨いで橋が綺麗に掛けられているのが見える。暇だし、橋を渡って北添と合流しようとした。
そんな時だ。後頭部に数ヶ所、チリッと不快な線が来た。それを反射的に首を曲げて避けると、弾丸が数発通り過ぎる。
「……出やがったな」
現れたのは、若村と三浦。香取の姿はないが、おそらく合流することだろう。
なるほど、と影浦は納得してしまった。霧で狙撃を封じ、逃げ道のない橋でカメレオンを使って複数人で叩くつもりのようだ。
格上に対しては悪くない作戦だ。しかし、相手が影浦でなければ、の話だが。カメレオンによって姿を背景に溶け込ませる二人に対し、影浦は二刀を持って襲い掛かった。
×××
川の近くの建物では、犬飼と辻が合流を済ませていた。
「よし、どう動こうか?」
「今、川の橋で影浦先輩と香取隊がやり合ってるみたいですよ」
「もう? 流石カゲ。喧嘩っ早いね」
そんな呑気な話をしつつ、とりあえず動き始めた。様子見、と言われたが、それは他が動き出せば、こちらも動くという事だ。
霧が酷いのは屋外だけ。つまり、近くの民家の中から行けば、霧の被害に遭わずに進められる。壁を破壊し、民家と民家の間を抜けて移動している時だ。
ヒュルルルッ……と、花火が上がる時のような音が耳に響いた。
直後、爆発する自分達がいた民家。ギリギリ回避出来たが、他の場所でも同じようなことが起こっているようだ。
「出た、ゾエのテキトー炸裂弾」
「今日はいつもより遅かったですね」
「霧で慎重になってたんじゃない? もしくは、各地を荒らせる高台を取れてなかったか」
何にしても、ここから北添は近い。浮いたコマだ。
「行こうか。辻ちゃん」
「はい」
「二宮さん、ゾエが近いんで取りに行きます」
『了解した。俺は橋へ向かう』
『俺はどうします?』
『俺でも犬飼の方でも構わん。狙える奴から獲っていけ』
『はーい』
海斗からの質問があったものの、とりあえずその指示を頭に残しておいて、近くの重銃手の方に走った。
現場に到着すると、北添は誰かと戦闘中だった。何シーズンか前のランク戦の時から入れたテレポーターによって遅さをカバーしつつ、グラスホッパーを用いて空中戦を展開しているのは、香取葉子。
『ありゃ、香取ちゃんもいるのか』
『どうします?』
『問題ないよ。こっちにとっては三対一対一だ』
『了解。……でも、香取さんはお願いします』
『分かってるよ』
犬飼が手元に突撃銃を出すと共に、辻も孤月を抜いた。
×××
橋の上での戦闘では、影浦は数の不利を全く感じさせない立ち回りで香取隊の二人を翻弄していた。しかし、霧の上にカメレオンによって、影浦も思いの外、手こずっている。
その様子をモニターで眺めながら、綾辻が実況する。
『東岸では北添隊員、香取隊長、犬飼隊員と辻隊員が戦闘中! 橋の上では、影浦隊長、三浦隊員と若村隊員が激突! 早くも二か所で戦闘が起こった!』
『香取隊はついていなかったな。遭遇したのが北添でなければ、無視して橋に合流出来ただろうに、放っておけば影浦の援護に行ってしまう奴を見てしまえば無視するわけにはいかない』
『香取ちゃんの方は、逃げようにも敵の両チームにはガンナーがいるし、北添くんはテレポーター持ってるし、少し厳しいわね』
しっかりと作戦を立ててきたのは分かるが、流石に運がなさ過ぎた。今頃、香取は内心でブチギレている事だろうが、こればっかりは仕方ない。
影浦に香取隊の二人が仕掛けたタイミングも悪かった。仕掛けた直後に適当炸裂弾が降ってきて、それが原因で香取は近くの北添を見つけて仕掛けざるを得なくなったのだから。
適当炸裂弾により、隙が生まれた三浦は影浦に腕を持っていかれるし、中々に厳しい。
影浦のマンティスの射程には絶対入らないよう、遠距離から射撃戦に徹する香取隊。三浦も旋空で牽制しつつ、引き気味に戦っていた。
「加古さん、加古さん」
「ん? どうしたの双葉?」
綾辻の膝の上の双葉に袖を引かれ、加古は顔を向ける。
「ウィス様は?」
『あー……そういえば、陰山くんの動きが無いのは意外ね。何してるのかしら?』
解説になりそうな質問だったので、マイクを通して言うと、その正体に気づいている風間が答えた。
『今回は、あいつは二宮の指示で動いているらしい』
『と言うと?』
『見ていれば分かる』
返事を濁しつつ、モニターを眺めているとさらに動きがあった。敵に距離を離された影浦は、適当炸裂弾によって北添に開けられた穴に飛び込んだ。何のつもりだ? と、三浦と若村が顔をしかめたのもつかの間、マンティスを橋の下に突き刺し、水面を滑りながら橋の横から跳ね上がった。
『橋の下から一気に距離を詰めた⁉︎』
『ス○イダーマンか?』
『それ、風間さんが言う?』
一気に三浦と若村の背後を取った影浦が、上空から一気に強襲しようとした時だ。自分の身体にチリッと不快な感触が突き刺さる。
その直後、橋の一番端に二宮の姿が見えた。両手の下には三角錐のトリオンキューブが無数に浮いていて、一気に同時発射される。弾丸の雨が降り注がれ、影浦は間一髪回避したが、残りの二人は砂煙に巻き込まれる。
1秒もたたないうちに、一本の緊急脱出の軌跡が見えた。
『橋の上の戦場を二宮隊長が強襲! それにより、三浦隊員が緊急脱出!』
『影浦は横取りされたな』
『ほんと二宮くんはやる事が陰湿よね』
『あ、あはは……』
相変わらず二宮に対しては切れ味しかない加古の苦言に、綾辻は苦笑いで返すしかない。
モニターに動きがあったため、そちらに話を戻した。
『今の一撃で若村隊員は戦線を離脱していきますね』
『当然だな。影浦、二宮が揃っている場所では、若村では勝ち目がなさすぎる』
『あの動きなら、香取ちゃんの援護に行くんじゃないかしら?』
『逃げ切れるなら、な』
『逃げ切れるわよ。この霧の中なら影浦くんも二宮くんも後を追いづらいもの』
おそらく、それも踏まえた上での霧だったのだろう。万が一、二宮や影浦、海斗に見つかった時の保険。
しかし、その中でも一人だけ霧など関係ない奴がいた。
霧に隠れていてよく分からないが、おそらくビルの屋上からの一閃が、逃走中の若村の脇腹を削った。
『! これは……アイビス?』
『いえ、ポイントは二宮隊のものです!』
『二宮隊にも一人、狙撃手がいる』
×××
マンションの屋上では、海斗がアイビスを担いで立っていた。スーツでスナイパーライフルを構えているあたり、タバコでも吸いながら仕事完了後の一服を吸う一流の暗殺者に見えてもおかしくない雰囲気だった。
「うおお! 見た? 氷見! 動いてるマトに当ててやったぜ!」
『嬉しいのは分かるけど、若村くんのことをマト呼ばわりしないの』
言動は全然一流じゃなかった。
『これからどうするの?』
「とりあえず、二宮さんからの指示があるまではここで狙撃する」
『そう。意外と従順なのね』
「二宮さんからの指示なら、俺は基本的に従順だよ」
何せ、元々はA級レベルのアタッカーなのだ。狙撃ポイントがバレ、寄られても何の問題もない。
「うし、ガンガン撃つぞ」
『はいはい。一応、視覚支援入れておくからね』
「どーも」
しばらく海斗は狙撃を続けた。
×××
「うひー……あっぶねえ……」
「どうします? 東さん」
橋の近く、建物の近くで身を潜めていた奥寺と小荒井は、壁にもたれかかって一息ついた。影浦と香取隊の戦闘に突撃するまであと一呼吸、という所で二宮が強襲し、慌てて脚を止めた。その上、海斗の狙撃もしっかりと通ったため、尚更、踏みとどまって正解だった。
自身の隊長からの指示を待った。
『……そうだな』
自分が狙撃ポイントに着き、目の前にエースクラスが二人いるとはいえ、二宮と影浦とここでぶつかれば、先がきつくなる。
現状は、影浦はバッグワームを着て退散し、二宮は恐らくだが自分の隊員の援護に向かったのだろう。今の戦闘で二宮隊は2得点先制。のんびりはしていられないが、賭けに出るわけにもいかない。
『俺も動こう。しばらく狙撃は出来なくなる』
「了解です」
「陰山先輩はどうしますか?」
『あいつはただの狙撃手じゃないし、狙撃も効きにくい。無視だ。準備が整い次第、乱戦で点を取るぞ』
「「了解」」
返事をすると、二人の部下はバッグワームを羽織って移動を始めた。