香取の今の感想としては「なんでこうなるの」だった。自身の部下は大物に目をつけられて全滅、自分自身も二宮隊の二人に影浦隊の銃手、そしてバカの狙撃に囲まれている。
バカこそ、狙撃が上手いわけでもないのでガンガン外しているが、アイビスが降り注ぐのはある意味、面倒だ。
本当は浮いたコマから取りに行きたいが、東と絵馬は一発撃てばバカに捕捉されるからか、なかなか動かない。
霧による視界の制御も、全員が慣れてきてしまったためほとんど効果はないし、こちらでカメレオンを使える隊員ももういない。
「クソッ……!」
『葉子、北添先輩がテレポーター使った』
「分かってるわよ!」
北添からの射撃を回避する香取。何が厄介って、橋での戦闘で2ポイント取ったからか、二宮隊の二人に攻め気が見えない所だ。ここに海斗でも二宮でもきたら、その時点で自分も北添も落とされるだろう。
せめて、味方のうちの一人が生きていてくれれば。或いは、東隊のアタッカーがこちらに来てくれれば、この膠着は崩せるはずなのだが……味方は死んでいるし、東隊は隊長が隊長なだけに慎重に行動しているからか、下手に動く事をしない。
引き気味にハンドガンとスコーピオンで距離を置きながら戦っている時だ。犬飼がハウンドで自分に向かって銃撃する。
相変わらず、憎たらしいほどのマスタークラスの銃撃だが、覇気が無い。何故なら、隣から辻が迫って来ているから。
「チッ……!」
ハウンドをシールドで受けているため、スコーピオンは出せない。ハンドガンでは距離が近い。
これはまずい、そう思った時だ。目の前の辻に一発の線が走り、肩を貫いた。
「!」
「なっ……⁉︎」
「辻ちゃん!」
よく分からないが、チャンスでしかない。良い間合いにいたので、ハンドガンを近距離から放ち、なるべく多数のトリオンが漏れるように乱射した。そうでないと、狙撃者の点になる。
ギリギリ自分達のポイントにしつつ、オペレーターに確認をとった。
「誰の狙撃⁉︎」
『影浦隊の絵馬くんね』
「ってことは……⁉︎」
『ええ。陰山先輩が止められている』
間違いなく影浦だ、と思った香取は決して間違いではない。普段のランク戦なら二人はたとえ正反対の位置に居たとしても喧嘩を始めるし、なんなら二人は会うためにそれまでの障害を瞬殺している節もある。そもそも、二人が揃っているランク戦で二人がバッグワームをしているところを見た事がない。
『警戒!』
だから、耳元からの幼馴染の声が聞こえるまでほんの一瞬でも気が楽になったのは仕方ないことだった。
ハッとレーダーに反応があった方を見ると、影浦が降って来ていた。あのチリチリには、霧の影響なんか関係ない。
「⁉︎」
ハンドガンを向けるが、もう遅い。着地と共に狩り出されたスコーピオンは、香取の喉とトリオン供給器官を貫通した。
「俺達のポイントを横取りした罰だ」
「……クソッ」
そのまま香取は緊急脱出した。
その場に立った影浦はポケットに手を突っ込んだまま、一人になっている犬飼を見た。
「おおー、カゲ。こっち来たんだ」
「アア。今日はあのバカと遊んでも楽しそーじゃねえからな。……けど、あんま良い状況じゃねーぞ」
「え?」
そう言う通り、犬飼の横に一番厄介な奴が来た。個人総合二位でありながら、圧倒的なトリオン量を誇る二宮匡貴が立っていた。
「犬飼、無事か?」
「一応、無事です。でも、辻ちゃんを取られました」
「反省は後だ。こちらは二人、相手は影浦隊が揃っている」
「東隊の介入は?」
「問題ない、バカが抑えてる。俺達は俺達の仕事をするぞ」
「了解」
そう言うと、二宮は両手の下に巨大なトリオンキューブを出した。
×××
モニターのポイントでは、二宮隊2ポイント、影浦隊1ポイント、東隊0ポイント、香取隊1ポイントとなっている。この時点で香取隊に勝機はないが、ビリではない可能性も無くはない。
それよりも、今はまだ生きている隊員に注目しなければならない。
『住宅街では影浦隊vs二宮隊、マンションの狙撃ポイントでは、陰山隊員vs東隊が繰り広げられています!』
綾辻の実況の隣で、加古が落ち着いた様子で解説をした。
『影浦くん達、大変ね。二宮くんに食いつかれたのは痛いわね。まぁ、人数が揃ってるのと揃っていないのじゃ、だいぶ差が出てくると思うけど』
『残ったのが犬飼だから尚更だな。火力勝負では勝ち目がないし、かといって簡単に近付ける相手でもない』
犬飼と一緒にいるのがただのシューターなら、海斗並みの回避力を持つ影浦は回避しながら接近戦を仕掛けられる。
しかし、流石に二宮が相手では厳しい。一応、北添がテレポーターを使って翻弄してはいるが、テレポーターの移動先を予測するのは難しくない。
要するに、二宮が影浦の相手をし、犬飼が北添の視線の先の観察に徹すれば難しくない。
『……となると、鍵になるのは』
『絵馬くんの狙撃ね』
そう言った直後だ。犬飼に一発の狙撃が突き刺さる。集中シールドでも相殺出来ない威力だ。つまり、アイビス。
犬飼が崩れた事により、北添のテレポートが活きるようになる。
二宮の背後に回り込み、アステロイドを放つが、シールドでガードする。しかし、片方に意識を向ければ挟むように立っている影浦が活きるわけで。
正面からのマンティスに、二宮は舌打ちしつつ回避した。しかし、そのマンティスはただの牽制。その隙に、さらに北添がテレポートした。
狙いは二宮……ではなく、犬飼だ。近過ぎず遠過ぎず……そして、アステロイドを放つには絶好の間合いに立った。
そう言って射撃を開始した直後だ。モニターを見ていた会場がざわついた。誰もが直撃したと思った。犬飼が落ちると思った。
しかし、犬飼を庇うように出てきたのは、レイガストだった。
『……あら』
『ほう……』
加古も風間も驚いたように声を漏らす。犬飼はレイガストを呼び出し、北添の射撃を防ぐ。
予想外のトリガーが出現したことにより、一瞬止まった北添の動きを見切り、犬飼はレイガストの投擲を放った。
それが北添の腹を捕らえ、後ろの民家の壁に叩きつける。
『まぁ、当然と言えば当然か』
『二宮達の面子があの子に影響されてたとしても仕方ないわよね』
片腕のない犬飼には、訓練していたレイガストガンナーの動きは出来ない。しかし、それでも首の皮一枚を繋ぐことはできた。
さて、ここからが本番だ、と言わんばかりに、二人の銃手は影浦隊と背中合わせに向かい合った。
『……相変わらずね、二宮くんは。不利でもその場で戦うみたい』
『これは、陰山がどれだけ早く合流するかにかかってるな』
『あら、分からないわよ、風間さん。確かに陰山くんは強いけど、奥寺くんと小荒井くんだって二人掛かりで組めば負けていないわ』
アタッカー同士の連携では風間隊に次ぐと言われる二人に、一人で打ち勝てるアタッカーなどそうはいない。太刀川や風間と言った高位ランクのアタッカーでなければ厳しいだろう。
しかし、風間はフッと微笑んだ。
『どうかな。あいつの場合は少し違う』
『え?』
『稀なタイプだということだ』
珍しく、風間が愉快そうに言った。
『あいつは俺の部隊を風刃で半壊させた奴だ。サシより、多人数戦の時の方が強い』
×××
「え、犬飼レイガスト抜いたの?」
『ごめーん、本当のピンチの時まで使わない予定だったんだけど』
屋上で、隙の伺い合いをしている海斗は、能天気にそんなことを言った。目の前に奥寺と小荒井がいるにも関わらず、だ。
「大丈夫? 俺もそっち行こうか?」
『問題ない、陰山』
遮ったのは二宮だ。
『こちらの事は気にしなくて良い。そっちで好きに暴れろ』
「了解です」
そう短く返事をして、目の前の二人の攻撃を海斗は避ける。さて、まぁとりあえずさっさと片付けることにした。
東隊の基本戦法は、厄介な連携を持つアタッカー二人は実は陽動で、死角から東が狙撃する事だ。ならば、こちらは目の前の男達を屋内戦で蹴散らした方が良いかも……。
なんて頭を使うような事はしなかった。
「オラクソガキどもォッ‼︎ 何をのんびりしてやがんだコラァッ‼︎」
奥寺の横なぎ払いを手首を掴んでガードすると、力任せに後ろにぶん投げる。そっちに向かってスコーピオンを投げようとする海斗の腕を、小荒井が斬りかかって追撃はさせまいとする。
しかし、その一撃も後ろにバク宙しながら回避と顎の蹴り上げを同時にこなし、怯んだ所を着地の直後に地面を蹴ってボディに拳を叩き込む。
「〜〜〜ッ‼︎」
カハッと小荒井がツバを吐き出しそうになり、その直後にスコーピオンが身体を貫通する。トリオン供給機関こそ外れたものの、トリオンが漏れ出す。
しかし、小荒井はニヤリとほくそ笑む。
「捕まえたぜ、陰山先輩」
「捕まえてねーよ」
後ろから奥寺が強襲して来ていたのは気付いていた。力任せに後ろに振り上げ、奥寺に小荒井を叩き付け、後方に大きく吹っ飛ばした。
「私は今まで侵略や虐殺を不本意で行ってきたが、地球を破壊するのに関しては楽しませてもらう」
「嘘つけ!」
「絶対、いつもいつでも楽しんでますよね⁉︎ 地球も別に破壊しようとしてないし!」
二人のツッコミが炸裂するが、実際、小荒井にとっても奥寺にとっても目の前の先輩はサノスクラスに手強い先輩だった。
しかし、かと言って逃げるわけにもいかない。作戦通りに事を運べば、きっと上手くいくはずだ。
今の戦闘で、二人掛かりでも倒すのに時間がかかるのは分かった。ならば、やはり作戦通りに行くしかない。
「行くぞ、奥寺」
「おう」
二人はラスボスのようなオーラを放っている男を前にし、息を合わせて突撃した。
×××
二宮隊と影浦隊の戦闘は、徐々に激しさを増して行った。影浦の徐々に海斗に似てきた喧嘩スタイルとマンティスの近・中距離、フォ○トナイトのようにグレランと突撃銃を使い分ける北添、そして奥からの絵馬の狙撃に対し、二宮と犬飼は霧を利用して遠巻きに対応していた。
霧のおかげでお互いにレーダー頼りの射撃だけ。正確な攻撃をして来るのは影浦だけだ。
有利なのは影浦隊だ。全員揃っているから当たり前だが、それを凌いでいる二宮隊も普通ではない。
「……仕方ないな。犬飼、絵馬を片付けろ」
「マジですか?」
「やるしかない。奴らは俺が食い止める」
「1人で、カゲとゾエをですか?」
「東さんが動いていないのが気になる」
二宮の懸念はそこだった。東隊の二人は海斗を相手に粘っているようだが、東は一発の狙撃も行っていない。
いつもの東隊なら、まず東が狙撃ポイントについてから奥寺と小荒井が突撃する。そのため、そもそも狙撃が通用しづらい海斗を狙う事自体が稀だ。
隠された意図は必ずあるが、何が起こるかは分からない。その前に、点でのリードを開く。海斗なら、相手がどんな手を使って来ようかと二点取ってくる。犬飼が絵馬をとれば5得点だ。それだけ取れば、仮に二宮隊が全滅しても負ける事はない。
変な動きが起こる前に点を取ることにした。
「了解」
犬飼がそう返事をし、二宮と犬飼がバッグワームを同時に羽織った時だ。
『! 二宮さん、東さんが……!』
「……!」
レーダーに動きがあった。出現したのは大量の奥寺、小荒井、東のマーカー。
「ダミービーコンか……このタイミングで……!」
「どうします?」
「氷見、必要の無いビーコンを消せ。犬飼、絵馬を取るのは中止だ」
「了解」
まさかとは思うが……と、二宮は嫌な予感を頭に巡らせる。ハッキリ言って、試合全体で見ると、影浦隊か二宮隊が有利だ。東隊も誰も落ちてはいないとはいえまだ0点。得点を取っていて、部隊がほぼ合流出来ているB級1位2位を逆転出来るとは思えない。
しかし、それでも一つだけ生存点を含めて勝つ方法はある。少なくとも、二宮が思いつく限りでは一つだ。
「おそらく小荒井の案だろうが……東隊はここまでバカを引っ張って来るつもりだ」
「え? でもそしたら……」
「ああ、ストームが起こる。それこそ、奴らの思う壺だ。ストームによってここにいる全隊員を釘付けにしたあと、小荒井と奥寺は唯一、浮いた駒の絵馬をとりに行き、東さんはストームの対応に追われるお前と北添をとりに来る……こんなとこだろう」
賭けのような方法だ。
とはいえ、手が読めた以上はその通りにいかせてやるつもりはない。すぐに動かなければならない。
「一度、俺達が陰山と合流して小荒井と奥寺を挟みにいけば、この作戦は崩せる。すぐに行くぞ」
「了解」
そう動こうとしたが、遅かった。既に、作戦は完遂しつつあった。家を丸ごと吹っ飛ばしたような轟音と共に、自分達の真横に一人の馬鹿が降り立つ。
「あれ、二宮さん? ちょうど良かったっす。この辺に奥寺と小荒井落ちて来ませんでした?」
「……バカが」
そう思わず毒を吐いた直後だ。海斗に向かってマンティスが伸びて来る。それを海斗はレイガストパンチで正面から打ち砕く。
ゆっくりと攻撃の方向を向くと、真っ赤な殺意色を放ったもう一人のバカ、影浦雅人がゆっくりとこちらに歩いて来ている。
「よォ、バカ」
「バカはテメェだバカ」
北添がスタコラとその場から離れる。二宮と犬飼も後ろに若干、下がった。
理由は単純、バカたちが臨戦態勢……いやむしろ乱戦態勢に入ったからだ。これはもう誰にも止められない。二宮が海斗を殺す覚悟でフルアタックしない限りは無理だ。
闘争心をギラッギラに輝かせた二人は、地面を蹴って一気に暴風を起こした。