ここ最近、米屋、出水、村上、荒船、小南と色んな人と模擬戦をやってわかった事がある。海斗のサイドエフェクトは、意外にも戦闘に向いているようだ。
と、言うのも、敵の周りに見えるオーラは建物越しにも見える事が判明した。敢えてバッグワームを使わずにレーダーに映ることによって、自分に向けているオーラを建物越しに見ることが出来る。
これは正直、向こうからもレーダーで見えている上に、海斗の視界が向けられている方向にいないと見ることができないので、良いとこ五分になるだけだ。
後は敵の色を細かく見分けることによって、敵の攻撃の意図を探ることも可能だ。近接戦にはかなり有効であることが分かったが、それ以上に有効な使い方を出来るのが、目の前にいる背の低いA級三位部隊の隊長のお陰で分かった。
×××
一時間ほど前。海斗は一人で食堂で食事をしていた。もちろん、食べているのはラーメン。いい加減、飽きないのがもはやどうかしているまであるが、飽きていないのだから仕方ない。
食事を終えた海斗は、食器をカウンターに返し、これからの予定を考えた。今日の防衛任務は夜間。明日は学校休みだし問題はないのだが、それまで少し時間が空いてしまう。
さて、これからどうするか。個人ランク戦をやっても良いし、玉狛で小南と遊んでも良い。いや、やっぱり小南のとこは遊びに行くたびにまずは口喧嘩になるのでやめておく。個人ランク戦にしておこう。
「……まぁ、正隊員なら俺とのランク戦受けてくれるだろ」
そんなことを呟きながら模擬戦ブースに到着した時だ。影浦雅人と遭遇した。バッチリ目があった。二人とも1秒掛からずに眉間にシワを寄せ、額に青筋を立てて白い歯をむき出しにした。
「……バッティングセンターじゃねぇぞここは。野蛮なカスのストレス発散なら他所へ行け」
「野蛮なカスはテメェだろ。ヤンキーをカモにした小遣い狩りは深夜の路地裏に行け」
「テメェこそ路地裏に行ったらどうだ? あそこに良い床屋があんだよ。そのチリチリ頭、スポーツ刈りにしてもらって来やがれ」
「アア? この場でそのスカした茶髪を刈り尽くしてクリ坊主にしてやろうか?」
と、挨拶もなしにお互いに詰め寄る。今にも胸ぐらを掴んでタイマンが始まりそうな雰囲気に、その場にいた隊員達のほとんどが萎縮してしまう。
そんなもの、御構い無しに二人はメンチを切りながら口喧嘩を続ける。それを見かねた一人の背の低い男が、ため息をついて二人の間に声を掛けた。
「おい、お前ら」
「ていうか、クリ坊主って何。どういう生物? どんな髪型にしたらそうなるわけ?」
「並んでる単語の今考えりゃわかるだろ。永○くんの茶髪みてえなもんだろバカ」
「聞いてるのか? お前ら二人に言ってる。周りの迷惑だ」
「テメェ、永○くんナメてんじゃねぇぞコラ。あの身長の低さで身長の高い藤○くんにあの態度の取り方、そうそうできる事じゃねぇよ」
「流石、永○くんだなオイ。チビはデケェ奴にビビるわけか」
そこで身長の低い先輩はピクッと顔が引きつるが、二人はそもそも存在に気づいていないので止まるはずがない。
「だからビビってねえっていう話をしてんだろうが。俺も永○くんも。あの頭の大きさであの帽子の小ささだぞ永○くん。あれ絶対オーダーメイドだよ。それくらいの権力持ってんだよ永○くん」
「オーダーメイドなら偉いのかよ。あの小指サイズの帽子はねぇだろ。なんで髪の毛しか守ってねえんだよ。髪の毛も帽子も頭を守るためのもんだろうが。帽子の役割を理解もせずにオーダーメイドしてる哀れな小僧なんだよ。身長小さい奴ならではのふてぶてしさだよ」
「おい。俺に気付いててその話題になってるんじゃないだろうな」
「テメェ、小さいのは悪い事じゃねぇぞコラ。低いドア潜る時に頭ぶつけなくて済むだろうが」
「ジェットコースターの身長制限は引っかかるかもなぁ」
「いい加減にしておけよ。流石にそれは引っかからないぞ俺は」
「手のひらサイズはむしろ今の時代に属してんだよ。車も携帯も小型が喜ばれる時代だぞコラ」
「大は小を兼ねるんだよ。お好み焼きだってジャンボサイズが人気なんだよオイ」
「こう見えて毎日、牛乳飲んでる。最近のマイブームはホットミルクで……」
「「さっきからうるっっっせんだよクソチビコラァッ‼︎」」
二人して振り向いた直後、影浦はその人物を知っているため「あっ」となったが、海斗は知らない。その男が、ボーダー内攻撃手ランク2位、ソロ総合3位であることを。
「なんだクソガキコラ。構って欲しいのかアン? あんま高校生をナメてんじゃねえぞオイ。分かったら180°回転して今すぐ」
「ブースに入れ、教育してやる」
「あん?」
歳下(外見)とは思えない力強さで引っ張られ、無理矢理ブースに放り込まれた。
×××
そんなわけで、風間蒼也と陰山海斗は模擬戦をすることになった。市街地、などと行ったステージ選択はなく、ただ何もない訓練室だ。
そこで風間は目を細め、目の前に突っ立っている目付きの悪い相手を見た。無論、教育が目的でもあるが、それ以外にも目的はあった。
喧嘩のような戦い方だが、風間としては彼の戦闘スタイルは非常に見ものだった。たまたま通りがかった時に目に入ったが、殴る直前に刃を出す技術は、カメレオンを使う際の動きと全く被っている。
もし、彼の実力が風間のお眼鏡に叶うのなら……とまで考えていた。まぁ、その前にまずはコテンパンにしてやるのだが。
さて、訓練室ならトリオンは無限だ。まずは小手調べの初撃をどう防ぐかが見せてもらおう。
「行くぞ」
「あ?」
まず、風間が起動したのはカメレオンだった。トリオンを消費する事で姿を消すオプショントリガーだ。
これに追加し、菊地原の強化聴覚のサイドエフェクトによって、ステルス戦闘を得意とする風間隊は、ボーダー内の攻撃手連携ではトップの連携技を可能としている。
その隊長として、近接戦闘でB級上がりたてのルーキーに負けるわけにはいかない。
まずは正面から最速最短で様子を見る。その場で構え、地面を蹴って一気に突撃した。
海斗の表情は真顔のままだ。相変わらずの目付きの悪さから目を離さずにいたが、風間はふと違和感を覚えた。その視線は、姿が消えてるはずの自分とずっと目を合わせている。
(……まさかっ!)
直後、海斗からノーモーションで繰り出される蹴り。それも、風間が姿を現わす前に蹴り込んで来ていた。
当たる寸前、バク転によって回避と共に距離を置いた。
「……お、躱したか」
「っ……」
風間はキュッと目を細める。どういう仕掛けか知らないが、奴は姿を消したはずの自分の姿が見えている。目が合っていた事から、レーダー頼りのマグレの可能性もない。
それならば、カメレオンは不要だ。ブゥン、と低い音共に姿を表す。
「なんだ、透明は終わりか?」
「……カメレオンを見切ったくらいで調子に乗るなよ」
そう言うと、再び正面から突貫した。海斗も身構えて風間からの攻撃に対応する。
まずは胸、正面から突きでトリオン供給機関を狙う。それは牽制に過ぎないため、避けられても問題ない。敵が避けなければならない攻撃を放った。
避けた先に本命の攻撃……と思わせた顔面への薙ぎ払い。それも誘いだ。本命は、地面の下から刃を通すもぐら爪だ。
しかし、それも海斗は後ろに飛び退くだけで回避してみせた。
「チッ……逃すか」
後方に跳んだ海斗に対し、風間は大回りして横から仕掛けた。その直後だ。海斗がその横に対し、肩、肘、手首のスナップを全開に聞かせて裏拳を放った。
それをしゃがんで回避すると、曲がっている肘が降りてくる。それ以上、下に避ける事は出来ないため、さらに回り込んで海斗の背後を取る。
まずは足、と心の中で呟き、海斗の足にブレードを振るうが、海斗はその場でジャンプし、飛び後ろ廻し蹴りを放った。
「!」
顔面に飛んで来る光輝く刃を生やした踵に対し、スコーピオンを盾にしてガードすると、海斗はさらに回転の勢いを利用して、蹴りを放った脚を軸にして風間の背後に飛び降りた。
恐らく、決めの一撃が来る、そう判断した風間は、ほとんど後ろを確認する事なく振り向きざまにスコーピオンを振るった。
そのスコーピオンに、海斗は拳で対応した。
(正気か?)
迷いなく風間はブレードを振るったが、それは拳を斬り落とす事はなかった。海斗の拳は、透明の薄い膜に包まれていた。
「なっ……⁉︎」
海斗の拳は、ただの拳ではなかった。レイガストのシールドを出来る限り小型にした拳だった。
その先に海斗はレイガストのシールドモードで、風間のブレードを持つ手首を包み込んだ。
「スラスターオン」
言いながら手離されたレイガストのスラスターの方向は、真下。つまり地面だ。床に片腕が固定された風間に対し、海斗は容赦なく拳を振るった。
しかし、攻撃手二位も伊達ではない、顔の前に集中シールドを張り、ほんの一瞬だけ拳を止めると、空いてる方のスコーピオンでその拳とレイガストに包まれてる自分の拳を斬り落とし、距離を置いた。
「……」
「うお、あそこから片腕取られるとは……」
呑気な事を言ってる海斗を、風間は目を細めて睨んだ。
思った以上にやりにくい。スコーピオン以外にレイガストを持っているのは、正直想定外だった。しかし、冷静に考えれば、玉狛の木崎レイジもレイガストを用いて自分の拳を振るうので、ありえない可能性でも無かった。
しかも、目の前の相手はまだB級上がりたてと言うのだから、正直困ったものだ。
「……」
とはいえ、彼の戦闘スタイルの弱点は見えた。それを何処で付け入るかがポイントになるだろう。
気が付けば、風間は柄にもなく熱くなっていた。
×××
思ったよりやりやすい。と、海斗は内心、ほくそ笑んでいた。
影浦が意外にも「やっちまった」みたいな顔をしていたから、それよりも上の実力者だと思っていたが、海斗にとってはここ最近、何度も戦っていた小南の方がやりにくい相手だった。
と、言うのも、実は風間に対し、海斗は割と相性が良い。サイドエフェクトにより、カメレオンだけではなく、モグラ爪などの搦め手は全て丸見えだった。
それに追加し、風間の攻めはキチンと理詰めした連続攻撃を展開するため、空手やボクシングをやっていたヤンキーとの喧嘩も何度もしてきた海斗にとって、その方が捌きやすかった。
とはいえ、それも米屋や出水達と戦ってトリオン体に慣れなければ厳しかっただろうが。
さて、ここからどうするか……と、思ったが、それは無駄だ。なんだかんだ頭の中で戦法を考えるより、直感で戦った方が勝率が高い。それでも、まだ小南に勝ち越すには至っていないが。
風間をハッキリと見据える海斗。風間もまた、海斗をしっかりした目で見据えていた。
「……」
「……」
お互い、手首から先がない。海斗は自分の手をスコーピオンで型取り、風間は手首から先をブレードにして出した。
おそらく、ここで決着がつく。その前に、風間から声をかけた。
「名前、聞いていなかったな」
「名前」
「そうじゃない。お前の名前だ」
「ああ、そう。陰山海斗。つーか、俺16だぞ。敬語使えよ」
「……そうか。俺は、風間蒼也。ハタチだ」
「え? は、ハタチ?」
「俺が勝ったら、少々教育させてもらうぞ。態度や言葉遣い諸々をな」
たらーっ、と海斗の頬を冷たい汗が流れる。恐らく160センチもないその身長と、身長抜きにしても若く見える顔立ちから、完全に歳下だと思い込んでいた。
思わず、肩が震える。自分の今までの言動を思い出し、目の前の小さな成年を見て、思わず我慢の限界がきた。
「プッハハハハハ‼︎ な、なんっ……なんでそんな小さいの! 何食ったらハタチでそんな身長になんだよ! プハハハハハハハ‼︎」
腹を抱えて大爆笑し始める海斗に、風間も我慢の限界がきた。地面を蹴って一気に突撃した。
笑い過ぎて大きな隙を作ってしまった海斗は、慌てて回避する。正面から振り下ろしたブレードを後ろに跳んで避けるものの、風間はさらに圧力をかける。反対側の手が斬り落とされたブレードを振るい、それも回避されると右手のブレードを握っていない手を引いた。
それはフェイントだった。避けられた方の腕の前腕からブレードを伸ばした。
「うおっ」
予想外の攻撃に、海斗は少し姿勢を崩す。頬を薄っすらと掠め、トリオンが漏れるも抑える暇はない。
その隙を逃さずに風間は反対側の手でトドメを刺しに行った。狙いは海斗の胸のトリオン供給機関。
この間合いなら避けきれない……そう踏んだが、海斗の反応速度は常軌を逸脱していた。
急加速し、自分の身体を無理矢理、開いて逆ロールを掛けて風間の外側を取った。
それと共に、回転の勢いを増して拳を繰り出す。決めに行っていた風間の無防備な顔面に拳が迫る。
取った、海斗は確信した。後で目の前の小さな歳上をからかうレパートリーを10個ほど思い浮かべた。
が、拳がガキリと何かに阻まれた事で、その思考は中断された。阻んだのはシールド。集中シールドなどではなく、普通のシールドだった。
「当たる直前に刃を出すのなら、当たる直前でない距離で止めれば良い」
今度は風間がほくそ笑む番だった。ゾッと、海斗は初めて背筋が凍る、という感覚を体感し、慌ててその場で離脱しようとしたが、脚が動かない。気を逸らされ、モグラ爪が見えていなかった。
「んのヤロッ……!」
風間がスコーピオンを振るうのとほぼ同時、海斗もスコーピオンで型どった拳を振るった。
拳とブレードが交差し、お互いの弱点に向かう。海斗の狙いは勿論、顔面。しかし、風間の狙いは、海斗の胸の供給機関だった。
ズボッとお互いの身体をお互いの手が通り抜けた。風間の腕はしっかりと海斗の胸を貫通し、海斗の腕は風間の耳を捥ぎ取るだけで、完全に破壊するには至らなかった。
「……えー」
ピシピシと顔に亀裂が入りながら、海斗は珍しく涙目になって言った。
「……この負け方は恥ずかしい……」
その言葉を最後に、海斗の戦闘体は失われると共に、すぐに再生した。仮装訓練モードの模擬戦のため、緊急脱出はない。
海斗と風間は、戦闘体のまま向き合っていた。大量に冷や汗をかいてる海斗と、真顔のままの風間。真顔なのがまた怖かった。
このままでは少々、教育されてしまう。冗談が通じないタイプであろう目の前の小男から、何とかして逃げなければならない。
そのため、海斗は空中を指差していった。
「あ、UFO!」
「よし、行くぞ」
首根っこを掴まれ、連行された。
×××
海斗をこってり絞ってやった風間は、隊室に戻った。今回の模擬戦、中々考えさせられるものも多くあった。
例えば、レイガスト。スラスターによって相手の身体の一部を一瞬でも封じるのは中々、悪くない。スラスターが効いてるうちは、腕が上がらなかったため、斬り落とす他無かった。
それに、海斗の戦闘スタイル。木崎レイジと同じようで違うのは、ほとんどスコーピオンとレイガストの違いではなく、本当に喧嘩の延長線上でブレードを生やしてるような戦闘スタイルだ。
スコーピオンのどこからでも生やせる特性を生かし、正面から蹴り、突き、肘や膝、裏拳となんでもやる。
勿論、風間が見つけたような弱点もある。しかし、あの防ぎ方を初めてされただけだろうし、いずれ慣れれば向こうも対応する事だろう。
少し、真似しても良いかも、なんて思ってみたりもした。
だが、何より引っかかったのは最初の攻撃だ。海斗には、完全にカメレオンを使っている自分が見えていた。
見られていた理由としては、やはり「サイドエフェクト」しか考えられない。
サイドエフェクトとは、持っていて良いものばかりではない。影浦のように、なかなかしんどいものもある。
あの性格のひねくれ方からして、同じくらいしんどいものなのかもしれない。仮にそうだとしたら……。
「……」
……いや、自分の知るところではない。説教とかしてしまったが、会ってまだ1日の人間だ。気にかけてやるべきとこでは掛けてやるが、必要以上の干渉はしない方が良いだろう。
とりあえず、理由は分からないが、カメレオンが効かない相手を想定するには最高の相手だろう。
自分の隊にスカウトはせず、たまに個人戦で相手をしてもらうことにした。