ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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ライバルと決闘と敗北が強者への三要素。

「で、何か申し開きはあるか?」

 

 二宮隊作戦室。目の前で腕を組んで仁王立ちしているのは言わずもがなの二宮匡貴隊長で、その前で正座しているのは陰山海斗だ。

 

「いや、あの……」

「言ったよな? 上層部に目をつけられるような事はするな、と」

「はい」

「その上、個人ランク戦は許可したが、なるべくなら全力の戦闘は控え、せめてランク戦の間くらいは手の内を明かすような真似はするな、と」

「はい」

「で、この有様だ」

 

 二宮がモニターを見せると、そこに映されていたのは市街地Aのフィールドである。綺麗に並んだ住宅街が映されていたが、二宮がボタンを押し、画像を切り替えた事で隕石が降った直後のような風景に変わる。言うまでもなく、戦闘後の市街地Aだ。

 あの後、海斗と影浦が正面から激突し、その中にのうのうと太刀川が参加、三人で斬り合いが始まり、その三人に生駒も突撃。で、なんやかんやで影浦、生駒、海斗の順で落ちて太刀川が優勝し、街は滅んだ。

 

「玉狛や生駒、弓場に情報を与えたばかりか、忍田さんにも怒られ、風間さんにも目を付けられていたな。もう一度、聞くが、何か言い訳はあるか?」

「え、風間の奴、目を付けたんですか? 参加してた癖に」

「話を逸らすな、殺すぞ」

 

 ストレートな殺意が一番、怖かった。それに加えて二宮の仏頂面である。ホントに殺りかねないオーラはある。

 

「でも、雅人のアホよりは長く生きてましたよ!」

「太刀川のおこぼれをもらっただけだろう。調子に乗るな」

 

 褒められようと声を張りあげたが、冷たい台詞で返り討ちに遭う。そんなバカを見て、二宮は小さくため息をついた。

 このままではまずい、と海斗は珍しく冷や汗をかいた。このままでは二宮に嫌われてしまう。何とか言い訳を考えて答えた。

 

「で、でも……情報を取られたのは俺だけじゃないですよ! 何せ『戦った』という条件はお互い様ですから!」

「ほう、そこまで言うからには先程の戦闘で何か掴めたんだろうな?」

「はい!」

「何が分かった?」

 

 聞かれて、海斗は即答した。

 

「どんなに早い攻撃でも、直感で判断すれば回避は可能です!」

「今まで通りだな」

「そ、それと、近距離戦において一番の隙は攻撃の直後なので、カウンターが一番効果的ですね!」

「それもいつも通りだ」

「あ、あとは……ト」

「トリオン以外の攻撃が有効、と言ったら眼球にデコピンする」

「……」

 

 サイドエフェクトを持っているわけでもないのに先読みされていた。バカの思考は読みやすい、と言うのがよく分かる一幕だった。

 それ以上の弁明は無い、と判断した二宮は、結論を付けるように海斗に言い放った。

 

「とにかく、今日から一週間、ラーメンを禁止する」

「そんな……! 水から魚を奪うような事を……!」

「逆だバカめ。その一週間以内に今日と同じような事があれば二週間に延期するからな」

「ぎゃーす!」

 

 冷たく宣告され、海斗はその場で崩れ去った。二宮が作戦室を出て行った後も、海斗はしばらく動かなくなった。

 一人、頭を抱えて蹲っていると、その後から遅れて作戦室の扉が開く音がした。おそらく、二宮隊のメンバーが追い討ちをかけにきたのだろう……と思っていると、全く別の人物から声が掛かった。

 

「あんた、本当懲りないわね」

「……ハニー?」

「変な呼び方やめなさいよ!」

 

 そう言う割に顔を真っ赤にして満更でもなさそうな表情を浮かべているのだから、本当に素直になれない女の子はからかわれやすい生き物である。

 とはいえ、バカの場合は意味も無く何も考えずにテキトーなボケを平然とやるので、単純に可哀想な気もするが。

 

「てか、お前なんでここに……?」

 

 もしかして、叱られた自分を慰めに来てくれたのだろうか? だとしたら、自分の彼女は改めて良い女の子だな、と実感してしまう。

 まぁ、あくまで慰めに来てくれていたのだとしたら、だが。強い嫉妬色と頭の上に足の裏が降り注がれた事により、そうではないことを瞬時に理解した。

 

「いだだだっ⁉︎ てめっ、何のつもりだコラァッ‼︎」

「な、ん、で! 私とは戦わないのに他の人、七人とは平気で戦ってんのよあんたはああああああ!」

「どこにキレてんだテメェは!」

 

 思わず顔をあげようとするが、小南はいち早くトリガーを起動し、それを許さない。

 

「今からやるわよ! 模擬戦!」

「勘弁しろよ! 今、二宮さんに怒られたばっかりだぞ⁉︎」

「情報取られるわけでも禁じられている相手と戦闘するわけでもないんだから平気よ! さっさと訓練室に入りなさい!」

「いやいやいや! そういう問題か⁉︎ 怒られたばっかなのに元気に喧嘩してる所を二宮さんに見られたら、流石に神経を疑われるだろ!」

「彼女に一切、構ってくれないで他の人とばっかランク戦やる神経の奴が何言ってんの⁉︎」

「ケースバイケースだろうが! ランク戦中なのに玉狛に顔出せるか! むしろお前からこっちに来いや!」

「ランク戦中に後輩のラスボスのとこに顔出せるか!」

「テメェも同じだろうが!」

 

 と、まぁ本当に喧嘩が始まってもおかしくない雰囲気で口喧嘩が勃発する。罵り合いになる中、海斗の方が小さくため息をついた。

 

「はぁ……ったく、お前にも構ってやれば良いんだろ?」

「何よその上から目線。今日は本気でボコボコにするから」

「は? やってみろやボケナス」

 

 結局、喧嘩を始めた。

 ズガンドカンバギンドドドドチュドーンバボーンという轟音が響き渡る事しばらく、ようやく戦闘が落ち着いた。25戦中、彼氏が10勝、彼女が15勝となった所で、海斗が片膝をついた。

 

「あーくそ、もう無理。疲れたわ」

「情けないわね。いつもの半分もやってないじゃない」

「うるせーよ。テメェと違ってさっきまで怒られてたんだよ」

「怒られてても体力使うのね、あなた……」

 

 憧れの人に怒られていたわけだし、むしろその方が精神的にこたえていたと言えよう。

 

「で、満足か?」

「まだまだ不満よ。……でも、今日の所は満足してあげる」

「そりゃどーも」

「分割の方が満足感も多そうだし」

「明日からも来る気か、お前」

「嫌なの?」

「嫌じゃねーよ」

「なら良いじゃない。せっかく来たんだし、しばらくここにいてあげるわ」

「あそう」

 

 そう言って、二人は訓練室を出てソファーの上でのんびりし始めた。並んで横に座り、肩と肩をくっ付け、海斗の肩に小南が頭を置く。こうして二人きりでのんびりした時間を過ごすのは久しぶりだった。

 だから5分後に、早々と退場してしまった弟子二人が師匠二人の元に修行の申し出に来た時は、割とそれなりに空気が重くなった。

 

 ×××

 

 弓場拓磨は、一人でさっきの戦闘の様子を眺めていた。お互いに初見ではあったが、二人とも初見殺しタイプの強さを誇る。それでもやられたという事は、現状では自分の方が実力は下、という風に受け止めた方が良いだろう。

 正直に言って相性は悪い。あのサイドエフェクトは予想以上に厄介だ。それに加えて本人の喧嘩の経験からの先読みは、自分の射撃を的確にガードし、慣れてきたら回避までこなすようになっていた。

 

「チッ……簡単に行く相手じゃねェか」

 

 とはいえ、奴には致命的な弱点がある。まぁ、誰もが知っている事ではあるが、頭の弱さだ。やたらと適応能力の高い野生動物だと思えば対策は立てられる。

 しかし、あの部隊には二宮とマスタークラスの部下二人も付いているのが厄介だ。ていうか、あの部隊に何故、バカを放り込んだのか。最強の部隊が完成するのは目に見えていただろうに。

 まぁ、愚痴っていても仕方ない。A級に上がるには必要な事ならば、成し遂げなければならない。

 

「……やるなら、タイマンより部隊で各個撃破だな」

 

 A級レベルのエースが二人いる以上、絶対に合流させてはならない。自分と帯島の二人で……いや、場合によっては狙撃手も含めて三人がかりで確実に仕留めた方が良いかもしれない。

 ちょうど、そう思った時だ。自分の作戦室に部下が入って来た。

 

「お、お疲れ様です、弓場隊長!」

「帯島ァ……もしかして、見てやがったのか?」

「は、はい……!」

 

 自分の負け試合を見られたところで気にする男では無いが、隊長として部下を不安にさせてしまったかもしれない。帯島の頬に浮かんでいる汗がそれを表していた。

 しかし、勝ち試合よりも負け試合の方が学ぶ事が多い事を知らないほど間抜けな部下ではない。

 

「なら、分かってんだろうな。さっさと対策立てんぞ」

「は、はい……」

「あん?」

 

 所が今日の返事はいつもよりハリがない。何事かと片眉を上げた時だ。

 

「も、申し訳ありません! 実は以前、二宮隊の作戦室にお邪魔した時、陰山先輩が米屋先輩を逆吊りしている所を見てしまい、その上に弓場隊長と同等の実力を持っていると知り、少しブルってしまいました!」

「……」

 

 まさか、今日以前から部下にバカが恐怖を植え付けているとは思わなかった。確かに、あの目付きの悪さと喧嘩スタイルを見て歳下の女の子がビビらない方がおかしい。

 なんであれ、どんな事情でも自分の部下にトラウマを植え付けたのは見過ごせない。

 

「……陰山ァ……!」

 

 バカが一人増えた瞬間であった。

 

 ×××

 

 風間隊の作戦室では、風間は今の戦闘を繰り返し見ていた。あの中で自分の実力は二番目だったはずだが、割と早々と退場してしまった。どんな状況であったにせよ、それは事実だ。

 ストームの破壊力が想像を超えていたのも事実だが、それ以上に影浦と陰山の実力がグングン伸びて来ている。それこそ、数値に見えて現れるポイントではなく本来の実力でトップ3争いをしているんじゃないか、と思える程だ。

 

「……」

 

 今回は正直、バカに固執し過ぎたという点もある。それでも、アタッカー二位にいつまでも居座ってはいられないかもしれない。

 これから先、もっと精進しなければ、と思ったちょうどその時、歌川と菊地原が入って来た。

 

「お疲れ様です、風間さん」

「ちょっとー、何やってるんですか。バカ達にあっさりやられてたでしょ」

「見ていたのか、お前ら」

 

 なら話は早い、と言わんばかりに風間はトリガーを起動した。

 

「少し付き合え、お前ら」

「「?」」

「模擬戦だ。とりあえず、50本ずつ相手しろ」

「「えっ……」」

 

 変なスイッチが入った隊長を目の前に、二人とも顔が引きつった。

 

 


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