知らない間に恨みを買う。
よく雪の降るこの季節、昼であっても決して明るくは感じられない空からチラホラと降り積もる白銀の埃が、真っ白なカーペットに降り積もっていく。その風景は、まるで枯れ葉が敷き詰められた地面に舞い散る紅葉のように幻想的だった。
そんな日常の幻想とも言える景色とは一切、無縁なボーダー本部では、今日も今日とて元気なバカ達が暴れていた。
個人ランク戦会場にて、バカと風間がやり合っているのを、犬飼が呑気に笑いながら辻に声をかけた。
「はは、流石だね、風間さん。うちのバ海斗くんと互角以上に戦ってるよ」
「まぁ、ボーダーで二番目のアタッカーですからね」
しかしこうして見ていると、やはり海斗も中々におかしい。何せ、まだボーダーに入って一年ちょいのはずだ。それにも関わらず、アタッカーナンバー2と平気で鎬を削り合えるのは、並のことではない。
同期の、学習能力が普通ではない村上ですらランク4位に収まっているのに、サイドエフェクトがあるとはいえ、それを超える実力を開花させている。
「やっぱ、生身の戦闘力も重要なのかな。アタッカーだと特に」
「まぁ、生駒先輩も居合を孤月に応用してますからね」
しかし、その強さの根源が喧嘩なのはいただけない気もするが。
とはいえ、まだトリガーを使っての戦闘の経験値は多くない。未だにいざという時以外はシールドを張る事を覚えないバカは、風間の猛攻を回避だけで凌ごうとしていた。
そのため、動きを誘導されればあっさりと引っかかる。結局、7対3で負けてしまっていた。
「あーあ……これはまた荒れそうだな……」
「見つかる前に退散しましょう」
「だね」
負けたら子供みたいに機嫌を悪くするのは、あの馬鹿の悪い癖だ。早めにランク戦ブースを離れた。
「でも、ちょっとアレだよね。このままだと、後半に進むにつれて厳しくなりそうだよね」
「どういう事ですか?」
「だってさ、うちの強みは二宮さんと海斗くんのダブルエースじゃない。まぁ、元々A級部隊だったとはいえ、鳩原ちゃんが抜けた穴をバ海斗くんが全く別の方向性の狙撃手として埋めてくれて」
「そうですね。壁抜きしかしない狙撃手とか性格悪いにも程がありますから」
元より本職がアタッカーなので寄られても問題無いし、狙撃をしなかったとしても、存在するだけで敵の狙撃手への抑止力になる。
「……二宮さん、もしかしたら味方になった時のありがたみより、敵に回った時の厄介さを考慮して引き取ったのかもしれませんね」
「東さんでも同じバ海斗くんの使い方思いつきそうだし」
飛車と角が融合したような性能を持つ駒は中々いない。それ故に、頭の性能が驚くほど低いことはとてもバランスが取れていると思った。
「でも、どんなに強力でも部隊戦で頭が弱いのは致命的でしょ。なんか見え見えの罠に簡単に掛かりそうじゃない? 落とし穴とか」
「落とし穴……?」
「や、例えだから。流石にランク戦で落とし穴はないと思うけど、なんかこう……呆れるほど単純な手に引っかかりそうで」
「そういう事ですか」
「今のうちに、勉強させた方が良いかもね。学校の方だけじゃなくても……こう、戦術な方面を」
確かに、と辻は顎に手を当てた。トリオン兵相手なら問題はないが、ランク戦ともなるとそうはいかない。
「まぁ、あの頭だと覚えるのに時間かかりそうですけどね」
「大丈夫でしょ。まさか、転送運が悪過ぎて二宮さんが一人に孤立して集中攻撃を受けて落ちて、海斗くんがアホほど単純な罠に簡単にハマり、俺達だけが無事に残る、なんて事はそうそうないだろうし」
「二宮さんの言うことなら絶対に聞くのが海斗くんですし、大丈夫でしょう」
「まぁね」
そんな呑気な話をしながら、作戦室に戻った。
×××
ラウンド2まで残り僅かとなった二宮隊の作戦室では、そろそろ次の作戦を決める会議が行われていた。
今回の相手は弓場隊、生駒隊、そして王子隊の三部隊だ。弓場と生駒とは、この前のふざけたエキシビジョンで対決した二人だ。特に、弓場には果たし状なんて侍みたいな事をされた相手だ。
「次の相手は、どこも狭い場所で有利になる所だ。弓場の射撃にしろ、生駒の旋空にしろ、王子隊の走りにしろな。俺達はB級トップなだけあって、恐らく狙われるだろう」
「つまり、選ばれるとしたら狭いステージ、って事ですか?」
「正確に言えば、狭い箇所が多いステージだな」
入り組んだ地形では弓場のように近距離で素早い攻撃が光る。間合いにもよるが、ステージによっては不利な相手だ。
また、建物も何もかもをまとめて薙ぎ払う生駒旋空も厄介だ。海斗以外は、レーダーでしか把握出来ないため、唐突に壁から旋空が飛んで来たら耐えられないだろう。
「じゃあ、どうします?」
「決まっている。バカ、お前が片方を足止めしろ」
犬飼の質問に答えながら、海斗に声を掛けた。しかし、海斗は腕を組み、下を向いたまま動かない。二宮からの言葉に海斗が返事をしないのは異常事態だ。
何かあったのか? と、犬飼と辻が眉間にシワを寄せる中、氷見が後ろからハリセンを振るった。
「起きなさい!」
「すぴー」
寝ていた。しかし、目を覚さない。馬鹿の頭は生身でも鋼鉄なのだ。生半可な攻撃では通らない。
困った顔で氷見が二宮に声を掛けた。
「二宮さん、金属バットかなんか無いんですか?」
「……あるわけないだろう。トリガーオン」
トリガーを起動すると、二宮は海斗の頭に拳を振り下ろした。
「起きろバカめ」
「ふぁぐっ⁉︎」
勢いで顎を机に強打し、椅子から転げ落ちて顔を押さえて悶える。そのザマを見て、誰一人同情する者はいない。明らかにバカが悪いのだから。
「……い、いたい……」
「自業自得でしょ? なんで寝てるの。起きてなさいよ」
「……む、寝てたか……通りで会議中にいきなり食べても減らないラーメンが目の前に出てくるわけだ」
「どんだけ幸せな夢を見てたの⁉︎」
ちょっと羨ましい、と思わないでもないのだから腹が立つ。まぁ、ラーメンが減らないというのはある意味では地獄かもしれないが。
そんな海斗に、二宮が威圧的な声を掛けた。
「おい、バカ。起きてろ」
「す、すみません……難しい話を聞くとどうにも眠くなってしまって……」
「まだ全然、難しい所に至っていない。本物のアホか、お前は」
「いや、戦術とかそういう話になると全部、難……」
「いいから起きてろ。学ぶつもりで話を聞いていろ」
「マナブ……?」
「外国人か。氷見、寝たら椅子で殴って良いから起こせ」
「はい」
「デスクで⁉︎」
「椅子はチェアーだ」
リアクションですらツッコミを入れられ、海斗はもう黙るしかないし、それを側から見ている犬飼と辻は二宮に気付かれないように笑いを堪えるしかなかった。
「とにかく、だ。バカ、お前は生駒か弓場を止めろ。この2チームから同時に挟まれれば、俺達に勝ち目はない」
「はーい」
「無理に仕留める事はないからな。細部は後から詰めるが、大まかには一部隊ずつ各個撃破していく。そのために、お前だけは単独行動をしてもらうという事だ」
「分かりました」
「何が分かった?」
「とにかく俺だけ単独行動ですね?」
「……」
やはり理解されていなかった。まぁ、兵士ならば何も考えずに行動できる駒も必要ではある。
しかし、ここまで空っぽだとこれはこれで厄介だ。何とかして頭を使えるようになってもらいたい気もする。自己判断させると何をしでかすか分からない奴は必要ない。
「……氷見、そいつを月見の所に持って行け。戦術を詰め込めるだけ詰め込んでもらえ」
「はい」
「え、何その不穏な命令……」
「ほら行くよ」
「待って。今、二宮さんが不穏な事を……」
「ちゃんと学べたらラーメン奢っ」
「超行く」
次の日、海斗は学校に姿を現さなかった。
×××
弓場隊の作戦室では、弓場隊のメンバーが全員揃って会議をしていた。
「次の相手は王子隊、生駒隊、二宮隊の三つだ。帯島ァ、各隊の強みを挙げろ」
「は、はいっ!」
元気よく緊張気味な返事をした帯島は、答えを言った。
「王子隊は全員が走れる所。それと、全員が弾トリガーを装備しているため中距離も近距離もこなせるという所です」
黙って耳を傾ける弓場と外岡一斗と藤丸のの。
「生駒隊は人数が四人いる所と、生駒先輩の『生駒旋空』、隠岐先輩の『機動型スナイパー』です。そもそも南沢先輩以外は皆、スカウトされた方達で、南沢先輩もマスタークラスに近い実力を持っていて、個々の平均能力が高い部隊です」
今、挙げた二部隊は、割と多く戦ってきた事もあるため、言葉にするより身体が覚えている事の方が多い。
問題は、最後の一部隊だ。
「二宮隊は?」
「二宮隊は……隙が無い所です」
「オイオイ……何弱気な事言ってんだ」
ののが隣から呆れたように呟いたが、弓場がそれを止めた。
「まぁ、間違っちゃいねェ。二宮さん一人でも化け物じみてる上に、犬飼も辻もマスタークラスに達してやがる。あのバカに至っちゃ、狙撃手狩りが出来るアタッカーだ。狙撃はともかく、アタッカーの腕は風間さんや迅、カゲと一緒に『変態スコーピオン四天王』とか言われてやがる」
「誰を狙っても時間掛かりそうっすね。一人ずつ殺して行くのは無理そうだ」
「ああ。だが、一番、隙があるとしたら、やっぱりバカだ」
その言葉に、ののが片眉を上げた。
「そうなのか? そいつ……相当、隙がねえだろ。狙撃手に反撃出来るって点じゃ、二宮さん以上じゃねえのか?」
「かもしんねえ。だが、本職は狙撃手じゃねぇし、腕自体は並み以下だ。……つーか、狙撃の腕だけじゃなく潜む事すらしてねえだろ。なぁ、トノ?」
「確かに……そうっすね。動き自体は狙撃手の動きじゃないっす。ぶっちゃけ、狙撃手のトリガーをセットしているだけで狙撃手じゃない感じ」
補足・掩蔽訓練で常に上位を取る外岡がそう言うなら、周りのメンバーも頷かざるを得ない。
それを聞くなり、弓場は結論を出すように言った。
「今回、ハッキリ言って俺達の狙いは二宮隊だ。だが、それは他の部隊も同じなはずだ。二宮隊を落とすのに1番の壁である二宮は他の部隊に任せるとして、俺達はこいつを狙っていく。‥‥良いな?」
その確認に、全員が頷いた。
×××
王子隊の作戦室では、隊長の王子一彰が作戦について話し始めていた。
「さて、じゃあ今回の作戦だけど……二宮隊を狙っていこうと思う」
まずは結論を話されたが、とりあえず聞いてみることにした樫尾と蔵内は耳を傾けた。
「どういう事だ?」
「今シーズンから、クワイエットが本格的にアイビスを使うようになって、二宮隊はさらにパワーアップされたよね」
クワイエット、とは海斗の事である。影浦との戦闘を見た王子が、あまりの煩さに「静かに」という意味と、単純に「カイトを外国人っぽくスローで読んだらクワイエットになりそう」という独特過ぎる感性のもとに生まれた呼び名である。
「このままだと、多分、序盤のラウンドで二宮隊に大きなリードを許して、後のほうのラウンドになるたびに追う側の僕達に厳しい展開になってしまうと思うんだ」
「それはその通りですが……他の部隊もいるんですよ?」
「うん。でも、少なくとも弓場隊はクワイエットを狙うと思う」
何故? と隊員達に聞かれるまでもなく、王子はイケメンスマイルで答えた。
「なんか最近、弓場さんがカゲくんと同じ空気をクワイエットに発してるんだよね」
「なるほど……」
思わず納得したような相槌を返してしまう蔵内だった。しかし、説得力的には十分だ。今の件を無しにしても、弓場隊は12月で神田という隊員が一人、抜けてしまい、今シーズンで上位から落ちると、その隊員に気を使わせてしまうかもしれないからだ。
「で、話を戻すけど、二宮隊はみんな強敵だ。上位と言えど、B級にいるのがおかしいレベルの人材が揃ってる。当然だけど、狙うにしても全員を相手にするわけにはいかない」
「隙のある隊員を狙うわけですね?」
「その通り」
王子は満足げに頷いた。
×××
生駒隊の作戦室では、いつものフリートーキング……かと思いきや、割と真剣な表情で生駒が切り出した。
「今回はガチで行くで。狙いは、海斗のアホや」
「お、どうしたんですか、今日は?」
「何か変なものでも食べたん?」
隠岐と細井真織が聞くと、悔しそうに歯を食いしばった生駒がギリギリと歯軋りを立てながら答えた。
「俺、この前見たんや……!」
「何を?」
「あのバカが……あのバカが! 小南ちゃんと腕を組んで歩いている所を‼︎」
「「「「……はい?」」」」
生駒隊の全員が怪訝そうな表情になった。いつもの事だが、思わず真織は呆れ顔になってしまう。これから次の試合に向けての大事な話し合いを始めるというのに、何の話を切り出すのか。
まさか、そんな理由で海斗を狙うとか言っているのか? と不安になる中、自分と同じように呆れ顔になっている水上が声を掛けた。
「マジスかそれ?」
「マジに決まってるやん」
「や、そこじゃないやろ!」
真織が声を上げるが、無視して男達は話を進める。
「え、マジですか⁉︎ 海斗先輩と小南先輩が⁉︎」
「ボーダーにカップルとかいたんですね」
「え、どんな感じでした?」
「あんたらも興味津々かい!」
唯一の女性からのツッコミなどどこ吹く風、憎しみを隠そうともしない生駒は、そのまま続けた。
「この前見た時はこうやった。腕を組んでボウリング場から出てきたと思ったら、小南ちゃんが嬉しそうにピカチュウのぬいぐるみを持って出てきた」
「ああ、ラウ1に行ってたんすね」
「あまりに羨ましかったんで、後をつけたら……」
「高校生2人のデートをつけてる大学生って……よく通報されませんでしたね」
割と的確な水上からのツッコミも無視し、憎しみの吐露を続けた。
「途中にあった鯛焼き屋で別の中身の物を買って半分こしたり、公園でベンチでのんびりしたり、カフェでファッションについて語ったり……俺がしたいデートをそのままやりやがってん……!」
「それは災難でしたね……」
「尾行した自業自得なのでは……」
「とにかく、決めた! 次はあのバカを狙うで!」
なんか知らない間に、海斗のヘイトが高まっていた。