ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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同じ弱点を持つ奴らが同じチームに入るのは中々に稀。

 B級ランク戦ラウンド2が始まった。その筆頭の試合は二宮隊、生駒隊、弓場隊、王子隊の四つ巴の戦場となっている。

 先頭に設置されている、一番モニターの見やすい席では、実況と解説が合わせて三人、腰を下ろしていた。

 

『みなさん、こんちは〜。実況の太刀川隊、国近で〜す』

 

 のほほんとした声がランク戦会場内に響いた。国近柚宇の呑気な声により、その場にいた隊員達の空気も緩む。

 

『解説席には、三輪くんと空閑くんに来てもらってまーす』

 

 しかし、その解説席は明らかにギスギスしている。後ろの席の隊員達の大半は知らないが、近界民絶対殺すマンと近界民が隣に仲良く並んでいるわけで。

 その事情を知っているはずの国近もニコニコしているのはある意味、肝が座っている。

 

「……あいつすげぇな」

「たまに柚宇さんって怖いですよね……」

 

 会場の後ろの方に座っていた太刀川と出水が引き気味に呟いているのも知らずに、国近は実況を進める。

 

『今日の試合は二宮隊、生駒隊、弓場隊、王子隊の四つ巴でーす』

『……』

『ほほう……よつどもえ……』

 

 遊真も遊真で全く気まずさを感じていなかった。三輪だけがただ一人、不機嫌そうな仏頂面を浮かべている。

 

『で、早速だけど、三輪くんはどう思う?』

『……なんでこいつを解説に呼んだ? 新入りだろう』

『え? ダメ? 強いし良いかなって』

『……まぁ、普通にやれば二宮隊が有利だろう』

 

 タメ口になってしまいつつも遊真を指差して聞いたが、あまりにすっとぼけた返事が戻って来たので、会話を諦めて解説に移った。

 

『だが、それは他のどの部隊も分かっている事だろう。つまり、逆に言えば二宮隊は集中狙いをされやすいという事だ』

『なるほど……あれ? でも、前回の試合ではあんま狙われてなかったよ?』

『特に、今回は弓場隊長がいる。どういうわけか、あのバカと因縁のある弓場隊長が海斗を狙うのは、周りの部隊も察し、流れに身を任せる可能性が高い』

 

 遊真の質問をガン無視して解説を続ける三輪の様子に、会場の隊員達は「ん?」と小首を傾げるが、何一つ察しちゃあいない国近が聞いた。

 

『でも、生駒隊の動きは読めないよね?』

『そうですね。良くも悪くも安定しているし、チームメイトも全員、ハイレベルだから試合展開次第で狙いが変わって来るでしょう』

 

 なんだかんだ、生駒隊はB級三位を維持している。元A級……つまり、A級部隊レベルの実力を持つ二宮隊と影浦隊を除けば、B級部隊でトップの実力を持つ生駒隊も、マップ選択権を得る機会があまりないが、それでも上位をキープしている。

 すると、モニターの画面が切り替わった。

 

『お、王子隊がマップを選択したよ。場所は……工業地帯』

『こーぎょーちたい?』

『高低差があり、高台を取れれば狙撃手が有利になるステージだな。スナイパーのいない王子隊が選ぶには意外な場所だが……』

 

 しかし、建物の中に入れば射線は切れるし、入り組んだ地形から二宮隊を削るつもりかもしれない。

 狙撃手を封じた上で入り組んだステージでもある市街地Dという手もあったが、そのステージは海斗が得意なステージでもあるから避けたのだろう。

 

『まぁ……海斗が存在するだけで狙撃手への牽制になるし、下手な狙撃はして来ないと踏んだのかもしれない』

『なるほど……お、全隊員の転送が開始です』

 

 国近がそう言うとともに、隊員の転送が開始され、三輪はただただ「なんで俺とこいつが解説なんだ……」と呟いていた。

 

 ×××

 

「おお……すげー、こんな所もあるんだ」

 

 フィールドに降り立った海斗は、何処かの工場の連絡通路に立っていた。

 

「やべー、なんかエージェントっぽくてテンション上がるわ。俺が前に仁義がどうだのなんだの言ってる連中に拉致られた時と似てるわ」

『あんた……どんなバイオレンスな人生を歩んでるの……。ていうか、それ本当の話? 大丈夫だったの?』

「大丈夫だったよ」

 

 耳元に氷見の声が届いたが、平然とした声で答えつつ、辺りを見回した。

 

「さて、どうしようか……みんな、何処いる?」

『俺と辻ちゃんは割と近くにいるけど……』

『二宮さんが遠い上に、転送位置が最悪ですね』

 

 辻の言う通り、二宮はエリアの真ん中から若干、東よりにいる。その周りに、生駒隊の水上と生駒が合流出来そうな場所と、王子隊の三人が合流出来そうな場所に囲まれている。

 それに引き換え、海斗と辻と犬飼が転送された場所も遠い。海斗と辻が比較的、近くにいるが、その間には弓場隊が合流しそうな場所があるし、犬飼もかなり遠くに転送されている。

 

「……どうします? 俺、合流しましょうか?」

『……そうだな』

 

 とにかく、前から立てていた作戦は使えなくなった。というか、転送位置が悪すぎた。特に、二宮が来た場所は最悪だ。

 考え込むようなセリフの後、二宮は何かを決断したようにため息をついてから答えた。

 

『ふぅ……よし。辻と陰山は弓場隊を狙え。その位置ではどう動こうと捕まる。犬飼もそっちに合流だ。良いな?』

『え、それって……』

「了解っす」

 

 それはつまり、二宮は一人で周りの連中を相手にするという事だ。いくらソロ総合二位でも、流石に一人で大勢の相手に敵うはずがない。

 何一つ理解していない海斗は二つ返事でOKしたが、犬飼と辻は理解したため、思わず押し黙る。ただではやられないだろうが、二宮は必ず落ちる。つまり、自分達の……というか十中八九、海斗の判断力を育成するためだろう。

 

「よっしゃ。じゃあ辻、何処で待ち合わせする?」

『遊びに行くんじゃないんだから……』

「とりあえず、俺の所まであと10秒で来……」

 

 そう言いかけた直後、ドドドドッと連射するような音が耳に響いた。

 

 ×××

 

「海斗くん?」

 

 犬飼が耳元に声を掛ける。

 

『うおー、危ねー危ねー。弓場に見つかったわ』

「生きてる?」

『生きてる』

 

 そう返しつつ、声に余裕は無い。どうやら、二人がかりで襲い掛かってきているようだ。

 

『とにかく、俺はしばらく動けそうにないわ』

「了解。俺もなるべく早くそっちに行くよ」

『はいはい』

 

 テキトーな返事に苦笑いしつつ、犬飼も早足で移動した。

 まるでトップチームにはそれなりの試練を、と言わんばかりの転送位置だ。あまり余裕を持ってはいられない。

 

 ×××

 

 二宮は工業地区の中でも開けた場所に転送された。バッグワームを解除し、辺りを見回す。

 まるで、奇襲をかけるつもりがないように姿を現したのは、生駒と水上だ。二宮相手に下手な攻撃をするのは命取りと分かっているようだ。

 さらに、その二人とは正反対の方向に、王子と樫尾がいる。蔵内はまだ合流していないのか、それとも姿を眩ましているのか。何れにしても、油断は出来ない。

 一方、生駒隊の二人は。

 

「どうします? 陰山狙いって話では?」

「どの道、ぶつからなあかん相手やし、今以外にチャンスはないやろ」

「ですよね」

 

 一先ず、クソリア充を置いておいて、目の前の敵に集中した。

 

「さて、まず一発かますで」

「了解っす」

「旋空孤月」

 

 生駒旋空が開戦の狼煙となった。二宮に一発の斬撃が伸び、シールドを張らずに回避し、右手の下からトリオンキューブを出す。

 が、その両横から二宮を挟むように王子隊の二人が片手に孤月、片手にハウンドを出して回り込む。

 それに対し、二宮は後方に退がりながらの、ハウンドによるフルアタックで応じた。左右の相手との撃ち合いになったが、そもそも王子隊の二人にそこまでの攻め気が無かったからか、あっさりと撤退させることに成功した。

 が、直後、サラマンダーが真上から降り注ぐ。水上による強襲だった。直撃は避けたものの、地面が大きく爆発し、爆風で二宮の身体は後ろに転がりつつも受け身を取った。

 

「……」

 

 続く猛攻に対しても、常に二宮は片腕の下にトリオンキューブを出し続け、攻撃を仕掛けていた。速度重視のハウンドによる嫌がらせ弾で牽制しなければ、耐え切れずに削り殺される。

 それにしても、と何か違和感を感じる。王子隊に続いて生駒隊からの追撃がない。距離が開かれるのは二宮的にも助かるというのに。そこまで思考が至った直後、近くの建物の屋上から、パッと光が見えた。

 イーグレットが二宮に向かって来て、集中シールドでそれを防いだ。

 

『二宮さん、生駒さんが消えてます』

 

 氷見からのセリフが耳に届いたのと、真上から遠回りしてくるハウンドが視界に入るのが同時だった。

 真上からハウンドが雨のように降り注ぎ、さらにその真ん中に孤月を構えた生駒がジャンプして孤月を構えている。

 

「チッ……!」

 

 ハウンドを回避しながらでは生駒の旋空に対処出来ない。二宮は傘を差すようにシールドを頭上に張りながら更に下がった。

 このまま開けた場所でやり合うのはマズい。建物を利用して射線を切った方がよさそうだ。

 生駒旋空を、自分に届かない位置でもう片方のシールドに当てて軌道を逸らしつつ、回避して工場らしき建物の方へ走る。

 旋空とハウンドが地面に突き刺さり、空襲のように砂煙が舞い上がる大地を走る中、自分の両サイドを王子隊が追って来ているのがレーダーから分かった。

 生駒に使ったシールドを引っ込めると、二宮は自分の頭上にメテオラを出した。

 両サイドに半分ずつ飛ばし、ハウンドの最初の一発に当てさせて次々と誘爆させて凌ぐ。ここで孤月を持って深追いして来てくれればカウンターを叩き込めるのだが、やはり王子隊から来るのは慎重な攻めだ。下手に追ってはこない。

 

「……いや」

 

 追ってこない、というより誘導しようとしているようにも感じる。このままではまるで……と、思った所で、工業地区の建物と建物の間に差し掛かった。

 そこで、バッグワームを羽織った蔵内がアステロイドとハウンドを両手に作って待ち伏せしているのが見えた時は、流石に肝を冷やした。

 ドキリと頭に氷水をぶっ掛けられたような感覚に陥り掛けたが、シールドを正面にも張った事でなんとか凌いだ。肩と腰をハウンドが貫いたが、致命傷ではない。

 

「ッ……」

 

 流石にしんどい。ここまであからさまに狙われるのは、想定内ではあったが最悪の想定だった。

 だが、まぁとりあえずは凌げた。さて、ここからはどうやってポイントをもぎ取るか、である。

 

 ×××

 

 海斗と弓場、帯島は工場の室内に入った。弓場の射撃を回避と室内の障害物で回避しつつ、孤月を可愛く両手で握り締める帯島の斬撃をテキトーに相手する。

 正面からの横振りをしゃがんで回避すると、帯島の後ろからアステロイドのトリオンキューブが姿を表す。

 その攻撃を、横に行った帯島の頭に手を添えて側転跳びをする事で、回避と後ろを取ることを同時に行った。

 

「……!」

 

 そのまま後ろから孤月を握る帯島の手を取り、背中に回して捻り上げる。

 障害物を避けた弓場がリボルバーを構えて顔を出した事により、そっちに帯島の身体を向けた。

 

「チッ……!」

 

 銃口を引く弓場の方に、帯島を盾にした海斗は強引に接近し、手を離すと背中を押した。

 それを弓場が思わず抱き抱えた直後、海斗はアイビスを出した。その狙いは、帯島の頭の上にある弓場の頭だ。

 しかし、抱えられている帯島の周囲にトリオンキューブが浮いてる事に気付いた事により、アイビスを引っ込めた。

 向かってくるハウンドを回避するには近過ぎる距離のはずだが、海斗はレイガストのスラスターを使って強引に回避した。

 だが、弓場隊の二人を相手にする事に距離を置くのはあまり良い判断では無い。

 帯島から離れた弓場が持ち前の早撃ちを放ち、海斗はレイガストで壁を作って凌ぐ。その壁の外側から、さらに帯島がバウンドを放ち、それは回避するしかなかった。

 光の弾丸が海斗の後ろの「液体窒素」と書かれたガス缶に突き刺さり、穴から煙が噴き出す。良い感じに煙幕が完成し、敵の姿が視認できる海斗は煙の中から敵の様子を窺う。

 が、真っ赤なオーラが点々と増え始めたことにより、海斗は眉間にシワを寄せる。どうやら、煙幕を利用しようとしているのはお互い様のようだ。

 さらに襲い掛かる帯島のハウンドを横にジャンプとスライディングを加えて壁沿いに回避すると、正面から弓場が顔を出した。両手に持っているのはリボルバーだ。

 

「お」

「死ねや」

 

 射撃を放とうとした直後だった。耳元でののの声がした。

 

『弓場ァ、上!』

「あ?」

 

 直後、降り注がれるのは旋空孤月が三発。それをバックステップで回避しつつ、帯島と合流した。

 海斗の横に旋空孤月の主、辻新之助が降り立つ。

 

「ごめん、遅くなった」

「いや、良いタイミングだったわ」

 

 思うように暴れられない。弓場隊の連携が中々に厄介だ。対策でも立てられているのだろうか、中々こちらの間合いに入ってこない。

 一方、弓場隊の二人もアレだけ撃って無傷で凌がれている事に奥歯を噛む他無かった。

 元々、帯島には「下手に近づくな」と指示を出していた。射撃メインで削り殺す予定だったが、こういう複雑な地形での戦闘に慣れているようで、こちらの射線を上手く切っている。

 

「帯島ァ、ここから先は無駄弾撃つな。トリオンの無駄だ」

「は、ハイっ……!」

「……」

 

 しかし、弓場には解せない点がいくつかあった。弓場の見立てでは、海斗と帯島が今の時間、やり合えば5回は帯島が死んでいるはずだ。それは実力差があるから仕方ないが、自分が援護をした時、帯島は無傷だった。まぐれでどんなに上手く凌いでも、帯島が無傷で戻って来るのは不可能なはずだ。

 

(まさか、あの野郎……)

 

 そこまで弓場の思考が思い当たったのとほぼ同時、海斗と辻は内部通信で話し合っていた。

 

『よし、じゃあお前があのちっさい方をやれ』

『バカ言わないでくんない? 海斗くんがやりなよ』

『ふざけんな、俺に小南と香取以外の女を殴らせるな』

『いやいや、何も出来ずに落ちるよりマシでしょ』

 

 まさかの、女の押し付け合いである。

 

 ×××

 

 その内部通信がガッツリ聞こえていた氷見は、必死に二宮の援護をしながらも犬飼に通信を繋いだ。

 

「犬飼先輩?」

『ひゃみちゃん? どったの?』

「急いで下さい。バカとバカの援護に」

『えっ……あの二人、何かあった?』

「ヒント、帯島ちゃん」

『……あー』

 

 


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