ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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汚ぇ花火だ。

 女性に手を上げない、それは男なら当然の話だし、褒められるべきポリシーとも言える。

 しかし、それはあくまでも「戦う力のない女性」に限った話だろう。何故なら、戦う力を持つ女性が敵であった場合、何もしなければ殺されるのは自分であり、自分の仲間だ。

 ポリシーとかモラルとか、そういうものは全て安定した秩序の中でのみ意味を成すものであり、従って敵と味方の戦力がイーブンである場合、例え相手が女性であっても然るべき対応を取らねばならない。

 つまり……。

 

『えーっと……三輪隊長はこの場面をどう見ますか?』

『どうも何も……俺には、チワワがライオンと黒豹を追い回しているようにしか見えないな』

 

 呆れ気味に……というか、実際に呆れてそう言う三輪と、同じく呆れる国近、さらには遊真の視線の先にあるモニターでは、帯島にハウンドと弧月をブンブン振り回しながら追いかけられているバカスーツ二人が映されていた。

 

『ハッハァーッ! 良いぞ、帯島ァッ‼︎』

『どうしましょう、私今ならいじめっ子の気持ちが少しわかってしまいます!』

『今は許す! やっちまえ‼︎』

 

 音声までは聞こえないが、追い掛けている二人の表情から、何を言っているのか何となく察してしまった。

 戦力的には五分と五分、人数も2対2、入り組んだ地形ではあるものの、近距離ガンナー&オールラウンダーvsダブルアタッカーのため、決して相性もどちらかに偏っているとはいえない。

 それなのに、ここまで一方的な試合になると誰が予想しただろうか? 見学している隊員達も「この人達何してんの?」と言った感じだ。

 

『チッ、あのバカ……情けない』

『ねぇ、みわ先輩。これ、後でしのださんとかに怒られたりしないの?』

『俺がそんなこと知るか。前例が無いからな。……まぁ、無気力試合と見なされればペナルティはあるだろうが』

 

 辻は恐らく問題ないだろう。アレは本人の性格であり、治すには恐らく時間が掛かる。

 だが、海斗はそうもいかないだろう。何せ、女を殴らないというのはただのポリシーだからだ。それに、小南のような格上や、香取のようにムカつく相手には割とガンガン殴るし、絶対に後で怒られる。

 

『この後どうなるんだろうね?』

 

 実況とは思えない質問が国近から飛んだ。その質問に半ば呆れつつも、三輪が答えた。

 

『さぁな。あのままなら、削り殺されるだけだな』

『そうだねー。かげやま先輩、くろえとの修行の時も顔面パンチの寸止めで留めてるらしいし』

『へぇ〜……え、双葉ちゃん相手にそんな舐めプを?』

『なめぷ?』

『舐めたプレイの略。あ、物理的に舐めてるってわけじゃないからね』

『物理的?』

『嘘でしょ?』

『お前ら帰ったら? 後は俺が一人でやるから』

 

 当然なツッコミが隣から来て、慌てて二人は画面に目を向ける。コホン、と唯一まともな三輪が咳払いをすると、改めて解説を再開した。

 

『確かにあいつら二人では性格的に厳しいかもしれんが……それでも、動かす術はある』

『というと?』

『あのバカの隊長は、こういう時にとても頼りになる方だからな』

 

 ×××

 

「おいいいい! どうすんのこれ、どうすんの⁉︎」

「俺に聞かないでくれる? どうしようもないんだから」

「どうしようもないことないだろ! ……いや、どうしようもないなこれ」

「ないんじゃん」

 

 二人で走りながら工場内を逃げ回っていた。その会話の内容は誰が聞いても頭痛を覚えるものだったが、本人達は必死である。

 実際の所、かなりギリギリだ。逃げて回れているのは、主に海斗のサイドエフェクトあってのものだ。特に、弓場の射撃は簡単には避けられない。先読みしても肩や足をかすめ、ジリジリとトリオンを減らされてしまう。

 

「犬飼! お前まだ来れないわけ⁉︎」

『行っても良いけど……あんまオススメ出来ないかも』

「なんで?」

『弓場隊が掛かって来てるってことは、十中八九、俺はトノくんにつかれてると思うんだよね。ほら、あの人、初撃はほぼ100%外さないから』

「だから?」

『‥……要するに、まだ合流しない方が良いってこと』

 

 意味を理解してくれなかったが、要するに今、合流すれば敵に隙を突かれる可能性がある、ということだ。今は最警戒しているが、合流して戦わざるを得ない状況に陥った時、果たして回避出来るかは微妙である。

 つまり、やはり無理矢理、逃げるしかないわけだ。そう思っていると、三人の元に通信が入った。

 

『お前ら、聞こえるか』

 

 隊長からだった。通信の向こうでは、戦闘音が鳴り響いている。おそらく、交戦中なのだろう。それも、王子隊、生駒隊に囲まれた状態で。

 そもそも生きていること自体が流石なのだが、それ以上に会話すら可能なことが驚きだ。

 

「二宮さん?」

『仕事をしろ、お前ら』

「いや、そんなことを言われましても……」

『こういう状況は今後、ランク戦でなくても必ずやって来る展開だ。その時に「相手が女だから勝てませんでした」は言い訳にならない。……っと』

 

 やはり向こうも相当、無理して通信しているのか、切羽詰まっているようだ。そんな中でも、二宮は続けて説教をした。

 

『それでも、なんとかしろ。現状から緊急脱出までの間で使える手、全てを持ってして突破口を見出せ。良いな?』

 

 そこで、返事をする間もなく通信は切れた。そのセリフに、海斗も辻も犬飼も黙り込む。というか、辻と海斗に至っては背後からの攻撃を避けながらなので返事を返す暇も無かった、という感じだが。

 

「……で、どうする? 辻」

「仕方ないよ。ここまで言われたら、やるしかない」

 

 とりあえず、犬飼はやはり合流しないのがベストだろう。外で遊んでいるだけで外岡を抑えられるわけだから。

 ならば、辻は。小さく唾を飲み込むと、決心したように物陰に隠れて孤月を抜いた。

 

「……よし、海斗くん」

「何?」

「俺が、帯島さんを抑える」

「は?」

「だから、海斗くんは弓場さんをお願い」

「いやいや、平気なんかお前」

「平気だよ。……今は、あの二人を分断させて、弓場さんをなんとかした方が良い」

 

 せめてメテオラとかあれば分断も可能なんだけどね、なんて呟いていると「あっ」と、海斗が声を漏らした。

 

「何?」

「思いついた。二宮さんも俺達もみんな助かる手」

「え?」

 

 何となく嫌な予感がする辻だった。

 

 ×××

 

 三つ巴の中、複数の敵を一人で相手にする時、まず意識しなければならないのは、包囲されないことである。

 理由は単純、四方八方から狙われるよりも、一方〜三方くらいから狙われた方がまだ凌ぎやすいからだ。

 だが、当然、他の面子は囲んで叩こうとする。

 

「チッ……!」

 

 何とか工業地帯まで逃げ込んできたが、あまり状況は変わっていない。狙撃手の射線は切れるが、弾や剣が大量に飛んで来る。

 生駒の旋空を回避したと思えば、別方向から蔵内の誘導炸裂弾がやってきて、それを爆発する前にシールドで止めると、王子と樫尾が近接戦を挑んで来る。

 

「クッ……!」

 

 海斗と軽く近接になった時のための訓練をしていなければ、おそらく死んでいただろう。

 近寄って来てくれるなら、それはそれでありがたい。速度重視のアステロイドが当てやすくなるから。

 回避すると共に両手の下にトリオンキューブを出現し、それぞれを真逆の方向に飛ばす。深く斬り込んできたわけではないから王子には回避されたが、樫尾の右腕はもらった。

 かと言って、喜んでいる場合ではない。今度は水上の弾丸が飛んでくるからだ。

 それが、自分がいた地面の手前にえぐり込み、爆発。爆風により、後方に吹き飛んだ。

 その二宮を狙って、生駒旋空が飛んで来た。

 

「チィッ……‼︎」

 

 シールドを張り、バリアした直後だった。背後から、弧月が飛んできた。慌てて回避しようとしたが、左腕を持っていかれた。

 

「南沢……!」

「一点もらうよ、二宮さ……やばっ」

 

 が、ただで腕をやるつもりなかった。逆側の手からアステロイドを放った。南沢の左腕が飛んだが、ギリギリ回避される。

 そこで、近くの建物に身を隠した。とりあえず壁沿いに身を隠せば、そっちから攻撃が来ることはない。

 勿論、二宮を追って来ている。が、両チーム共、敵同士のため、必要以上に隙を見せたり距離を詰めたりはしてこなかった。

 

「……ふぅ」

 

 さて、どうするか、仕掛けて来ているのは厄介な一撃離脱作戦。当たろうが当たるまいが、問答無用で退がってしまう。

 しんどいが、その分、他の隊員達が楽できる。あそこまで言ってやれば、流石に発破は掛かっただろう。特に、あのバカはバカのくせにプライドだけは三人前あるバカだ。なんとかすると思いたいが……。

 

『二宮さん?』

「!」

 

 そのバカから通信が来た。さっきのも大分、無理していたし、なるべくなら勘弁して欲しいものなのだが……。

 まぁ、悩んでいる暇はない。どうした? と、声をかけようと思った時だった。

 

『衝撃に備えて下さい』

「は?」

 

 どゆこと? と思った時には遅かった。

 工場が、爆発した。

 

 ×××

 

 何が起きたのか分からない、というのが、帯島ユカリの最初の感想だった。

 作戦はうまく行っていたはずだった。カウンターが上手い海斗を警戒し、必要以上に距離はつめなかった。辻の足を吹き飛ばし、海斗の肩にも穴を開け、そろそろトドメというところで弓場が裏取りをし、弾を放ったはずだった。

 それが海斗の腹に穴を空けたが、海斗はアイビスを真後ろにあったタンクに向けていた。

 急に「さらばだ、ブルマ‥トランクス……そして、カカロット……!」とか言い出したかと思えば、タンクが爆発した。

 繋がっているガス管から誘爆し、他のタンクも爆発し、徐々に工場全体に広がっていった時には、視界は真っ赤やら真っ黒やら真っ白やらでてんやわんや、気が付けば、付近は焼け野原だった。

 

「……ゆ、弓場隊長……? 外岡先輩?」

 

 トリオン体だから無事とはいえ、安否の確認をせざるを得ない。何せ、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたのだから。微妙に頭がまだパニックで、レーダーで位置を確認、なんて当たり前のことができなかった。

 

『ケホッ、ケホッ……俺は無事だよ、帯島ちゃん』

『チッ……俺もだ。のの、何が起こった?』

『……爆発だよ。あの野郎、イカれてやがる。弓場の射撃を受けながら、ゼロ距離からアイビスをガスタンクにぶっ放しやがった』

 

 なるほど、と帯島も今、起こったことに関しては理解出来た。だが、普通それを実行しようと思うだろうか? 爆発に生きたまま巻き込まれる、なんて頭おかしい事、普通は出来ない。

 なんとか気持ちを無理矢理、自分の中で落ち着けつつ、バッグワームを羽織った。爆炎と黒煙と工場の瓦礫が視界を包んでいる現状ではレーダーで位置がバレ、誰が近くにいるかもしれないまま奇襲をもらう可能性がある。

 

『とりあえず、合流だ帯島』

『り、了解』

 

 そう言って合流しようと動き出した時だ。煙と炎によって揺らめく影が一つ。思わず近くの瓦礫に身を隠してしまった程、鬼気迫るオーラを出した男が立っていた。

 爆発を引き起こした張本人、陰山海斗だ。こっちを見ていないからか、バレてはいない。奇襲を仕掛けるなら今なのだろうが……。

 

「っ……」

 

 ダメだ、いけない。あの人は、なんか色々と怖過ぎる。さっきまで調子こいていた自分が恥ずかしくなるほどに。元々、目つきは悪いし茶髪だし、せっかくのスーツも悪いお仕事してそうな人にしか見えない人だったが、今はもう熟練の殺し屋にしか見えない。

 すると、至る所から光の柱が立った。大量の緊急脱出だ。それに気づくと、海斗も走って敵を見つけに向かってしまった。

 

「……ふぅ」

 

 その事にホッと一息つきつつ、とりあえず自分のやるべきことを再開した。

 

 ×××

 

『バ海斗くんの爆発により、工場は大きく倒壊! それにより、試合が大きく動いたー!』

 

 緊急脱出は全部で六つ。各隊員は、爆発でたまたま近くに飛ばされた敵を倒した。

 二宮が南沢を撃破し、生駒が樫尾を落とし、蔵内と王子が水上を落とし、隠岐が狙撃で蔵内を落とし、犬飼が外岡に腕を落とされつつも撃ち落とし、弓場が辻を落とした。

 

『……ストームとか関係ないんだね』

『ああ。バカが絡めば何処も壊れるみたいだ』

 

 冷静にドン引きしたように二人が呟いた。実際、誰だって工場一つ吹き飛ばす爆発には巻き込まれたくないだろうし、ゼロ距離で狙撃トリガー最高威力のライフルをぶっ放す馬鹿なんていないと思っていた。

 しかし、海斗はそんなものお構い無しだ。「トリオン体なら平気でしょ」とか完全に感情を抜きにした他人事感で吹っ飛ばした。

 

『にしてもすごいねー。……というか、これ何の工場なの?』

『さぁ……なんか、こう、危ない工場なんでしょう』

『地形を利用した形勢逆転……って事で良い、のかな?』

『そうだな。これで二宮隊は三人、生駒隊は二人、王子隊は一人、弓場隊は二人になった。点差はまだ2対2対1対1。一気に二宮隊が有利になった』

『でも、にのみや隊に無傷の人は一人もいないよね』

『ああ。そういう意味では、勝ちが決まった、と確定することは出来ない』

 

 空閑のセリフに、三輪が頷く。特に、二宮はもうほとんどトリオンが無いし、海斗も肩と腹に穴が空いている。次にぶつかる相手次第では負けもあり得る。

 

『だが、おそらく今はオペレーターのバックアップが使えない。そうなれば、常に視覚支援が入っているようなものの海斗が有利だろう』

『なんで?』

『ああ〜……なるほど、新マップの作成か』

 

 オペレーターの国近がすぐに合点が言ったように答えた。何せ、マップにある工業地帯の詳しい地形が吹っ飛んだのだ。瓦礫の位置や炎などを単純にでもマップ化し、隊員達に送らなければならない。

 その点、サイドエフェクトのある海斗なら、炎も煙も瓦礫も関係なく敵を見つけられる。今、一番近くにいた帯島を見逃して行ったが。

 

『おっ』

『んっ?』

『あっ』

 

 そんな中、三人が声を漏らす。モニター上でまた動きがあったからだ。

 本当の火薬を使った戦場のど真ん中みたいになっている工場地帯の真ん中で、二人のヤンキーが対峙したからだ。

 弓場拓磨と、陰山海斗。まるで果たし状を出し、ここで落ち合うと決めていたかのように、お互いに歩きながら向かい合った。

 二人とも、ニヤリとほくそ笑み合うと、海斗は拳、弓場は拳銃を構えて、一斉にお互いに突撃した。

 

 


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