「ホンッッットにオペレーター泣かせなんだから、あいつ!」
大慌てで新たなマップを作成する氷見は、後で絶対に文句を言ってやる、と心の中で固く誓いながらキーボードを叩く。結果的に有利になったとはいえ、腹立つ事、この上ない。増してや……。
『あれ? なんでこんな爆発すんの? 俺、何撃った?』
テロの張本人がこんな呑気な事を抜かしていれば尚更だった。その直後、試合が大きく傾き、自分達のチームメイトも一人、帰って来た。
後ろのベッドに辻新之助が落ちて来る。
「ふぅ……ごめん、やられた」
「大丈夫よ。悪いのはあのバカだから」
「いや、俺も案を聞いた時、止めなかったから」
一応、どうなるか分からなかったため、備えてはいたのだが、一緒に飛んだ相手が悪かった。
「それで、どう?」
「二宮さんは一人落としてから逃げてる。犬飼先輩も同じ」
「そっか」
ここから先はゲリラ戦になるだろう。マップもない、オペレーターの支援もない、海斗を除いて全員がバッグワーム。遭遇したら即戦闘になるのが目に見えている。
『全員、聞こえるか』
すると、二宮から声が聞こえた。
「はい、聞こえます」
『氷見は自分の作業に集中しろ。犬飼、陰山は俺と合流だ。ただし、敵を見つけ次第、攻撃することを許可する』
『了解』
『あ〜……二宮さん?』
海斗から通信が来た。どうせロクなことじゃないだろう。爆発犯を信用するのは無理な話である。
『どうした?』
『弓場と向かい合ってます。やっちゃって良いですか?』
『……』
今度は敵のエースとご対面である。本当に次から次へと忙しい奴だ。まぁ、こいつの策(?)で助かった感じも否めないし、何より向かい合っているなら、もうやるしかないのだろうけど。
『帯島がそっちへ行ったらどうする?』
『次は問答無用で殺します』
『なら、好きにしろ』
『やったぜ』
明るい返事を最後に、海斗の通信は切れた。その後も二宮との通信は続く。
『犬飼、こっちに来い。俺のトリオンは残り少ない。援護しろ』
『了解』
それだけ話すと、各自は移動を開始した。
×××
「帯島ァ、こっちに来なくて良い」
『え?』
「どうやら奴ァ、タイマンを御所望みてェだからな。お前はもう片方に顔出しに行け。無理せず、取れる点を狙えば良い」
『り、了解!』
部下に命令を出し、目の前の男に目を向けた。確実に勝つのなら、こちらに寄越した方が良いのだろうが、何せ海斗は仲間との通信を、あえて内部通信にせず口に出して抜かした。こんな正面から売られて、買わない手はない。
神田がいれば向こうも安心して任せられるのだが、今回はそうもいかないだろう。つまり、速攻で片付ける。
結果的には、帯島は海斗にビビってしまったわけだし、この判断は正しいと言えた。
「……」
「……」
ここから先は、言葉は不要だった。地面を蹴った二人は、一気に戦闘を開始。弓場の射撃を回避しながら拳を振るい、避けた方向に回し蹴りを放つ。
その蹴りをしゃがみながら回避しつつ、真下から射撃。体を逸らして回避しながら距離を置くと、さらに銃撃が迫る。
回避しながら地面に落ちていた瓦礫を真上に蹴り上げ、キャッチしながらぶん投げた。
台形のような形をしたスチールっぽい質の瓦礫を回避する。その瓦礫の真後ろから、海斗が迫って来ていた。
しかし、モノを投げて接近するのは海斗の常套手段だ。銃口は海斗を捉えている。
「ッ……!」
「チッ……!」
無理矢理、身体を横に逸らしながらの左フックを放った。弓場の頬を拳が掠め、弓場の銃撃は海斗の脇腹を貫いた。
これでまともに弓場の射撃をもらうのは三発目。どれも致命傷は避けているものの、トリオンの漏出は決して少なくない。
普通の奴なら、もう少し慎重に戦おうと思うだろう。そんな奴ほど、アタッカーのような戦い方をする癖にアタッカーよりも間合いが広い弓場にとっては絶好のカモだ。
しかし、このバカは違った。どんな傷を負おうが、どんなに残りのトリオンが減ろうが関係ない。必ず、攻めてくる。
左フックの直後に、左の回し蹴りが飛んで来た。
「チッ……‼︎」
それが、自分の片方のリボルバーを飛ばす。回転しながら宙を舞うリボルバーだが、弓場は二丁拳銃持ちだ。反対側の銃で発砲した。
が、銃口の目の前にシールドを張られ、防がれる。シールドを出してしまったため、素殴りの拳を腹に叩き込む。
「グッ……!」
後方に殴り飛ばされながらも、手放してしまったハンドガンを消しつつ、新たな銃を呼び出して発砲した。
が、タイミングを見切られ、その場でバク宙で回避される。着地してレイガストを呼び出し、地面を蹴って盾で突撃した。
それに対して弓場は、近くにある破損した電柱を持ち、それを横から振り抜いた。
正面から来る攻撃に対し、横からの殴打は効果抜群である。直撃する前にレイガストを手放した海斗は、真横に体を放って電柱を回避しする。
ガスンッ、ガツンと転がるレイガストを無視し、海斗は再度突撃したが、それは電柱を同じく捨てた弓場の射撃により阻まれる。
真後ろに跳びながらシールドを張るが、太ももに一発の銃弾が掠める。
「チッ……」
「逃すかよ!」
さらに飛んで来る射撃。それを回避しようとした直後、弾丸がクイッと自身の方向に曲がってくる。
「っ……!」
変化弾、また厄介な銃撃である。モロに直撃し、さらにトリオンが漏れ出した。近くに大きめの瓦礫が転がっていて、身を隠せたのは幸いだったかもしれない。
「……ふぅ、しんど」
「どうしたオラ陰山ァ! ビビってんじゃねえぞオイ!」
「うるせえリーゼントコラァッ‼︎」
ナメられたままじゃ終わらない。ここからどう逆転するか、それに頭を回そうとしたが……まぁ、結局正面突破しか思いつかなかった。
×××
「すみません、二宮さん。お待たせしました」
犬飼と二宮が瓦礫を背に合流した。二宮が振り向くと、犬飼はワイシャツ姿でネクタイを外し、腕まくりをしていた。その上からバッグワームを羽織っている。
「……なんだその格好は」
「スーツに火が燃え移りまして」
なるほど、と心の中で相槌を打つ。というか、火が燃え移っていなくても普通に暑い。何処を見ても炎と煙だらけで、見ているだけで熱くなって来る。
が、それでもスーツを脱ぐことなく、二宮は現況を確認した。バカは弓場を単独で抑えている。動けるのは自分と犬飼だけだが、犬飼は片腕がなく、二宮自身も残りのトリオンはもう僅かだ。
「点を取りに行くぞ、犬飼」
「了解。誰狙います?」
「おそらく、奴らはもう俺を集中して狙うことはしないだろう」
人数も少ないし、点もほぼイーブンだから、残りのトリオンが少ない二宮を集中狙いするより、他の敵を倒して点を取った方が良い。勿論、隙あらば二宮も狙うつもりではあるが。
「俺はこれから、速度と威力重視のアステロイドしか使わない。お前はハウンドで敵を揺さぶれ」
「狙いは?」
「王子と帯島だ。現状、一番有利なコマは生駒だが、生駒を落とすよりも生駒隊に点を取らせない事を優先した方が良い」
「了解」
作戦を決めると、煙と炎の中を歩く。オペレーターからの援護も無く、マップも役に立たない。バカと弓場以外、全員がバッグワームを羽織っているからか、レーダーにも映っていない。こんな戦闘は初めてだ。
要するに、敵を見つけるには目視しかないわけだ。緊張を保ったまま歩いていると、何処かから足音が聞こえた。コツ、コツ……と音が聞こえる。それにより、瓦礫に身を隠した。
『止まれ』
『はい』
『‥……足音がする』
なんか、バトルロワイヤルのFPSをリアルでやっている気分だった。特に、犬飼はガンナーだから尚更だ。
揺らめく煙の中から姿を現したのは、二人でのんびり歩いている生駒と隠岐が目に入った。
「いやー、こうしてイコさんと俺が歩くのって新鮮ですよね」
「そらな。お前いつも狙撃手やし」
「海斗くんがいるとこういう機会増えるからホント飽きませんよね」
「分かるわー。でも同じ部隊に入るのは絶対、ゴメンやわ」
「それ分かります」
正直、二宮と犬飼も少し共感してしまった。まぁ、それ以上に恩恵も多いし、追い出すつもりもないが。
そんな事よりも、せっかく見つけた敵部隊である。しかも自分達に気付いていない。
『隠岐も一緒か……』
『まぁ、狙撃地点ないですし、おっきーくんならグラスホッパーで無理矢理にでも逃げられますしね』
それ以上に十中八九、ガンナー対策だろう。いつでもシールドを張れるようにか、手に狙撃トリガーを持つ事はしていなかった。
『仕掛けます?』
『……いや、間合いが悪いな……。生駒旋空を相手に正面から喧嘩を売るのは避けたい』
『じゃあ、回り込みますか』
『ああ』
他の部隊のメンバーはもう一人ずつしか残っていない。恐らくだが、自分達が戦闘を始めるまで待っている事だろう。何せ、人数で負けているのだから。
なら、自分達が開戦の狼煙を上げるしかない。
足音を立てないように側面に回り込み、射撃地点についた時だ。一斉にバッグワームを解除すると共に、フルアタックを始めた。
「「っ‼︎」」
気付いた隠岐と生駒はバッグワームを解除してシールドを張りながら退がる。
「二宮隊……‼︎」
「ヤなのに見つかったわ……!」
二宮のアステロイドが、隠岐の足を貫いたが、とりあえずライトニングを出した。この距離なら、スコープを覗くまでもない。
撃ち返しながら後ろに退がる。それと共に、生駒がジャンプして弧月を抜いた。
「『旋空弧月』」
40メートルを超える生駒の旋空を回避すると、犬飼はレイガストをシールドモードにして2メートルほどの壁を作った。その一部に穴を開け、そこからハウンドを放つ。
今度は生駒隊の二人がシールドを張る番だった。それを見ると、犬飼はスラスターのスイッチを入れた。それが真っ直ぐと生駒隊の二人に向かう。
「イコさん」
「任せろ」
そう言って、そのレイガスト壁を旋空で切った直後だった。いつの間にかバッグワームを羽織って、瓦礫の陰に身を隠して移動した二宮がアステロイドを放った。
旋空の射程外から速度重視のアステロイドが迫って来て、生駒の身体を貫く。頭と胸のトリオン供給機関を貫通しなかったのは幸運だった。
そこから、さらに犬飼からもハウンドが降り注ぐ。隠岐が辛うじてシールドを張るが、削られるのも時間の問題だ。
「しゃーない……イコさん、あと頼んますわ」
そう言うと、生駒の後ろにグラスホッパーを配置した。それにより、生駒はその上に乗り、真後ろに大きく飛び退いた。片足がない自分がグラスホッパーを使ったところで間違いなく逃げ切れない。
これで、二人の標的は隠岐一人になった。シールドを使ってなんとか凌ぎつつ撃ち返すが、二人がかりの弾は防げない。肩や脚に弾が掠めて行く。
「グッ……!」
とうとうシールドが破られ、二宮の弾が隠岐の胸に大きな穴を開けた時だった。
「! 犬飼!」
「っ……!」
犬飼の背後に、王子が姿を現した。スコーピオンによる強襲。二宮の警告が無ければ首を飛ばされていた。
回避しながら距離を取ろうとした直後、瓦礫の陰から帯島が姿を表す。振りかぶった孤月を思いっきり振り抜いた。
シールドを張ってガードする犬飼だが、流石に間合いが悪い。王子からスコーピオンを喉にもらい、緊急脱出した。
続いて王子はすぐに帯島を見据える。帯島も同様だった。お互いに近距離で使う武器を握り締め、斬りかかる。
それを、黙って見ている二宮ではない。犬飼が落ちた今、あそこには敵しかいないのだ。片腕が無くても弾を出せるシューターの強みを活かして、残りトリオンを一切、計算に入れる事なく、瓦礫の陰から姿を表して大玉のハウンドと小玉のアステロイドを放った。
それが、帯島と王子に襲い掛かる。狙いは王子、運が良ければ帯島も一緒にもらう。
すると、王子は自分が狙われるのを分かっていたように、弾丸に向けてシールドを張ることなく、捨て身で帯島の身体を両断した。
弾と剣、どちらの対応にも追われた帯島はなす術なく緊急脱出。王子も同じように弾に射抜かれて緊急脱出した。
「今度こそ、もろたで」
直後、二宮の背後からゾッとする声。だが、自分の背後には壁があったはず……と、思ったのも束の間だった。壁越しに生駒旋空をもらい、二宮も緊急脱出した。
これで、二宮隊4点、生駒隊3点、王子隊3点、弓場隊1点。奇しくも、雌雄を決するのは、先日のバカエキシビジョンの参加者達となった。