ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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スパルタ強化素材系男子。

 ヤンキー同士の決闘、と聞いてほとんどの人はまず河原を想像するだろう。その上で、武器は各々の肉体のみ、武器を使うなど言語道断、ましてや飛び道具などもっての他、根性と度胸と意地を武器に、血反吐吐いても相手が倒れるまで拳を止めない、そんな風景が思い浮かんだはずだ。

 何があっても折れずに貫き通すのは、各々が守りたいものを守るため。不器用に、泥臭く、みすぼらしく。

 なんていう喧嘩の風景からはだいぶ離れ、むしろスタイリッシュなくらいに滑らかなヤンキーの喧嘩があった。

 モニター上では、武器も飛び道具もなんでもアリの殺し合いが展開されている。

 海斗のワンツーパンチからの回し蹴りを回避し、まずは足元に牽制する弓場。それを回避してスコーピオンを投げ、躱させた方向に右フックを放つ。それをシールドで止めつつ、逆手の銃を放つが、逆側の手で銃口を逸らされ、ジャンプしながら顔面に飛び膝蹴りを放つ。

 身体を後ろに逸らして避けながら、自分の上を飛び越えるスーツのシルエットに銃撃、ドンドンドンッとスーツに穴を空けるが、本人に当たることはなかった。

 背後を取った海斗が裏拳を放つが、それを銃でガードする。微妙にスコーピオンの刃がはみ出ているが、そのブレードにリーチはほとんどないため、物を間に挟めばガード出来る。

 が、それをまるで読んでいたように海斗は銃をぬるりと躱し、背中越しに弓場の顎を掴んだ。

 身体を前に折り曲げながら強引に顎を持ち上げて弓場を前方に背負い投げし、尻餅を着いた弓場に正面からジャンプして、顔面を踏みつけようとする。

 横に転がりながら避けた弓場が、両手を地面について着地した海斗の脇腹を足刀で蹴り飛ばす。

 肘を折り曲げてガードした海斗だが、身体はふわりと宙に浮き上がり、弓場はそこに躊躇なく銃撃を放った。

 その射撃を、シールドを自分の足元に出して空中で宙返りする事で回避し、一気に距離を詰めた。空中で廻し蹴り、後ろ廻し蹴り、さらにまた廻し蹴りの三連攻を回転しながら放ち、それを前方に転がりながら回避する弓場。

 二人ともほぼ同時に着地すると、銃口とレイガストを向け合うのがほぼ同時だった。

 スラスターにより加速したブレードが弓場の銃口から腕までを破壊し、レイガストを避けるように軌道を変えた変化弾が、海斗のスコーピオンの義手を破壊する。

 そんな戦闘の様子を、なんとも言えない顔で実況と解説のメンバーは眺めていた。

 

『……これ、実況も解説追いつかなくない?』

『しなくて良いと思いますよ』

『トリガー使いがこんな長く戦ってるの初めて見た……』

 

 三人ともしっかりとドン引きしている。まるでストームを見ているようだ。まぁ、ストームよりは大分、規模は小さいが。

 とりあえず、国近も今は実況をしなければならないので、それっぽい事は言っておくことにした。

 

『両者の実力はほぼ互角! しかし、ガンナーである弓場隊長が片腕を失ったのは若干、厳しいところか!』

『まぁ、そうですね。特に、弓場隊が勝つには海斗……陰山隊員を落とした上で、生駒隊長も落とさなければなりませんから、特に苦しい展開と言わざるを得ないでしょう』

『というか、生駒隊はかなり鷹から尻餅だよね』

『棚からぼた餅だ。鷹から尻餅ってどんな状況だそれ』

 

 まだこちらの世界の言語に不慣れな遊真にキチンと教えつつ、三輪は解説を続ける。

 

『どちらもここは負けられない所でしょう。……でも、おそらく二人ともそんな小難しいこと考えていないと思いますよ』

『と言うと?』

『「とにかくこいつには負けたくない」という一心だと思います』

 

 結局、ヤンキーの喧嘩と同じである。どんなにスタイリッシュだろうと、死んでも意地を貫き通す、というだけだ。忍田辺りには怒られそうだが、少なくとも現状は勝たなければチームが負けるので、間違ってはいないわけだ。

 

『みわ先輩はどっちが勝つと思う?』

『有利なのは陰山隊員だろう。トリオンはかなり減っているが、アタッカーはトリオンの消費が激しいわけではない。だが、ガンナーは攻撃に大きくトリオンを使う。サイドエフェクトで先読みが可能な陰山隊員には、それだけ多くのトリオンを消費する』

『たしかに……』

 

 だが、と三輪は解説を付け加えた。

 

『陰山隊員は良くも悪くも、戦っている最中に自分も相手も実力以上の力を発揮させる事がある』

『あー……それ分かるかも』

『影浦さんも風間さんも小南もうちの陽介も村上さんも「あのバカと戦っていると、先読みの先読みの先読みの先読みが必要になる」と仰っていた。その結果、直感力が大きく上がるらしい』

『おお〜……なんかアレだね。強化合成素材みたいだね、カイくん!』

『いやその例えはどうかと思うが……』

 

 あんまりな例えに、三輪は引き気味に呟いたが「とにかく」と強引に話を進めた。

 

『今の弓場さんも、過去最高クラスに調子が良くなっていると思う。どちらかが勝つのは、決着がついてからでないと分からないだろう。何より、陰山隊員は逆に調子が良い時に限って何かやらかすタイプだから、尚更な』

 

 思い当たる節のある、観客席にいる何人かの隊員は、思わず笑いを堪えてしまった。

 

 ×××

 

 お互いに片腕が無くなり、トリオン残量も残り僅か。ここから先は、トリガーを使った時点でトリオン切れになる可能性も考慮しなければならない。

 ならば、一番成功率が高い上に手っ取り早い戦法を、海斗は知っていた。後は、何処でそれを使うか、だ。勿論、そんなものは決めない。今まで通り、直感に委ねるのみである。

 拳を構える海斗、銃をホルスターに戻す弓場。一番速いのは、抜くとともに撃つ早撃ちである。

 周りで燃え盛っていた炎は徐々に収まり、煙と多分、身体に有害なガスだけが付近を支配する。なんか変な匂いがするし、ガス臭かったりもするが、気にも留めなかった。

 カタカタ……と、僅かな風によって瓦礫のドラム缶が転がる。それにより、僅かに残っていた炎が消えた直後だった。

 

「ッ……‼︎」

「……ッ‼︎」

 

 弓場がリボルバーを抜き、海斗がカウンターの姿勢に入る。この距離からのカウンター、方法は一つだ。

 ムカつくチリチリの顔がチラつくから使いたくなかったスコーピオン唯一の中距離技、マンティス。それを、失った左腕に委ね、一気に斬り裂く。

 わずかな瞬きも許されないそのタイミング、二人の斜め45度から姿を現したのは、生駒達人だった。

 

「「‼︎」」

 

 もはや回避は間に合わない。弓場は一点を取るつもりでそのまま海斗に放った。

 一方、海斗は。振り上げれば、二人抜きもいける、と判断し、無理矢理、身体を捩った。それが、カウンターに必要な体捌きの範囲を必要以上に小さくしてしまった。

 弓場の弾が、海斗の右胸を捉え、海斗のマンティスは弓場の身体を両断し、そのまま生駒の方へ振り上げる。

 

「チッ……!」

 

 最後の最後で、らしくない攻撃をした、と海斗は奥歯を噛み締める。

 直後、生駒の旋空が放たれた。お互いの攻撃が直撃した事により、緊急脱出が始まる。そのすぐ後を、旋空が通り過ぎて行った。

 

「なんや、遅かったわ」

 

 無理に振り上げた海斗のブレードは、生駒に届くことなく四散する。

 残されたのは、生駒達人一人。得点は、二宮隊5点、生駒隊には生存点が入り5点、王子隊3点、弓場隊2点。

 二宮隊と生駒隊の同率一位により、幕を閉じた。

 

 ×××

 

 ボフッと、海斗がベッドに戻って来る。炎の中にいたからか、急に涼しくなった感じがあった。

 

「お疲れ、陰山」

 

 二宮から声が聞こえる。が、海斗は身体を起こすことをしなかった。代わりに、返事になっていない返事をする。

 

「……すんません」

「何がだ?」

「……負けました」

「? 相討ちだろう?」

「最後の最後で、あのクソ関西弁野郎に気を取られました。あれは、俺の負けです」

「……」

 

 二宮は何も言わない。犬飼と辻も、だ。別にチームが負けたわけではないし、バカかよって思うほどに転送位置最悪の状況から同率一位まで持っていったのだ。負けではない。

 だからこそ、二宮は冷たく言い放った。

 

「……悪いが、俺はお前個人の勝ち負けに興味はない」

「え」

「お前のサイコパスな機転で、負けにはならなかった。それで十分だ」

「二宮さ……え、サイコパス?」

「総評が始まる、ちゃんと聞いていろ」

 

 それだけ言うと、実況に耳を傾けた。

 

 ×××

 

 総評が終わり、海斗は作戦室でのんびりした。総評のほとんどが「あの爆発はいかれてる」とかそんなんだったので、ほとんど聞いていなかったわけだが。

 そんなわけで、少し疲れが出た海斗は、ソファーで休もうとした。そんな時だ。コンコン、とノックの音が響いた。

 無視することにした。疲れているから。

 

「……」

 

 コンコン。

 

「……」

 

 コンコンコン。

 

「……」

 

 コンコンコンコン。

 

「……」

「グルァッ‼︎ いい加減にしやがれ! いんなぁ分かってんだコラァッ‼︎」

 

 喧嘩腰の女の声。だが、海斗はそんなもの関係ない。喧嘩を売られたら、相手が女の場合は暴力を振るわない程度に買う男だ。

 

「いい加減にすんのはテメェだよ! シカトしてんのが分かんねえのかゴルァッ‼︎」

「シカト⁉︎ テメェ、ナメてんな?」

「こっちのセリフだボケ! てか、誰だよテメェ」

 

 聞き返すと、目の前にいる巨乳の女性は、その胸を大きく張って言い放った。

 

「アタシは藤丸のの、弓場隊のオペレーターだ!」

「そうか、帰れ」

「ぶっ飛ばすぞコラ! テメェ、なんなんだよ⁉︎」

「こっちのセリフなんだけど。さっきまで敵だった奴が何の用だよ」

「あん? せっかく、アタシがあの弓場と互角にやり合ってた奴を見つけたから、褒めにきてやったってのによ」

「は?」

 

 何言ってんだこいつは、みたいな顔になる海斗。

 

「なんだよその顔!」

「何言ってんだこいつって顔」

「説明すんな! とにかく、次回はあんな相打ちなんかじゃ終わらせねえ、次はボコボコにしてやるから覚悟しとけよ!」

「あそう。じゃ、俺寝るから……」

「どんだけ早く追い返してえんだよお前は!」

 

 そんな話をしている時だ。その、ののの後ろから別の声が聞こえて来た。

 

「ちょっと、あたしのになんか用?」

「あん? ……小南?」

「小南……」

 

 面倒なのが来た、と言わんばかりにげんなりする海斗。

 

「あたしのって……なんだ?」

「どうせそいつ、さっきの弓場ちゃんとの戦いは負けだと思ってるでしょうから、慰めに来てあげたのよ」

「そうなのか?」

「最後の一撃、弓場ちゃんは海斗を仕留めに来ていたけど、海斗はイコさんに気を取られたでしょ? そういうこと」

「ははーん、ますます気に入ったぜ。さては漢だな?」

「気に入られちゃ困るんだけど」

「なんでだよ。お、まさかあれか? これか?」

「ち、ちちちっ、ちっちっ……ちぎゃっ……ちぎゃっ……ちぎっ……ちぐぉっ……違うわよ!」

「あっ……(察し)」

 

 小指を立てるののの仕草を見て、一発で顔を赤らめて全てを見抜かれる小南を、止める事もせずに海斗は欠伸をしながら眺めた。疲れたから寝たいのだ、早く。

 そろそろ口を挟むか、それとも無言で扉を閉めるか悩んでいると、さらにうるせーのが来た。

 

「ウィスさまぁー!」

 

 黒江双葉である。もう無理なので扉を閉めた。直後、全員がダンダンと扉を叩く。

 

「ゴラァ! 何また閉めてんだクソガキ‼︎」

「ちょっ、あたしまでこの扱いなわけ⁉︎」

「ウィスさまー!」

 

 他の人から見ればモテモテに見える図かもしれないが、迷惑極まりない。彼女がいてモテても修羅場が待つだけだ。

 ちなみにこの後、普通に二宮が戻って来て三人を追い返してくれた。

 しばらく作戦室で寝込んだ後、身体を動かしたくなった海斗は、ソファーから起きる。いつのまにか、身体にはかけた覚えのないブランケットが掛けられていた。

 

「んー……」

「起きたか」

「あ、二宮さん。これ二宮さんが?」

「いや、それは小南だ。負けて心配してたからそれくらいは許可してやった」

「そうですか」

 

 実際、負けてショックを受けるような奴ではない。いや、それなりに凹むだろうが、明日には忘れているはずだ。

 

「次は負けませんよ。……てか、前はあいつに勝ってるし」

「そうか。練習で勝てても、本番で負けては意味ないがな」

「へいへい……じゃ、俺行きますね」

「何処に?」

「腹立って来たから、ランク戦に」

「そうか。気を付けろよ」

「へ?」

 

 聞き返したが、二宮が説明を加える様子はない。頭上に「?」を浮かべたまま海斗が作戦室を出ると、長蛇の列が出来ていた。

 

「……は?」

「お、海斗! ランク戦やろうぜ!」

「おい、順番抜かすな! 先にやるのは俺だ!」

「俺ともお願いします! 陰山先輩!」

 

 とりあえず扉を閉めると、また激しいノックが繰り広げられる。

 

「二宮さん⁉︎ なんすかこれ!」

「……三輪が、解説中に『海斗は強化合成モンスター、戦えば強くなる』とか言ったそうだ」

「どういう事⁉︎」

 

 意味がわからない。いや、確かに実際のところ、よくランク戦をやる奴や双葉はメキメキと実力を上げてくるが。

 

「だから言ったろう、気を付けろ、と」

「どう気を付けりゃ良いんですか⁉︎ スタート地点から落とし穴になってますが!」

 

 丸投げである。こうなれば仕方ない。ちょうど、イライラが昂っていた頃だ。

 勢い良く扉を開け、全員に怒鳴り散らした。

 

「上等だボケども‼︎ まとめてたたんでやるよ!」

「おおおおお‼︎」

 

 そして、一週間後……海斗は、アタッカーランク3位になっていた。

 

 


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