ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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どんな師匠でも、強くなれるかは弟子次第。
肩書を手にすると仕事も増える。


 ラウンド3でも勝利を収めた二宮隊は、今日はお昼に焼肉を食べに来ていた。

 今回は、二宮隊勝利以外にも海斗アタッカー三位の祝いでもあった。

 

「「「おめでと〜!」」」

「なんか実感ないし、どちらかというと事故にあった気分だけどな……」

 

 何せ、雪崩れの如く敵が現れ、勝ったり負けたりを繰り返したのだから。

 実際の所、あれは実力が瞬殺されない程度には拮抗している者同士が戦うからこそ強くなるのであり、先読みの先読みの先読みの先読み以前に目の前の攻撃を読めない者が海斗に挑んでも即死するだけである。

 微妙にお疲れ気味の海斗に、犬飼が尋ねた。

 

「で、どうだった?」

「何が?」

「強い人いた?」

「何とも言えねえよ。なんだっけ……ほら、四字熟語の……た、たまいし金剛?」

「玉石混交ね」

「そうそれ。そんな感じだった」

「難しい言葉知ってるのね、えらいえらい」

 

 明らかにバカにしている氷見が茶々を入れたが、イラっとする前に二宮が口を挟んだ。

 

「どんな奴が強かった?」

「えーっと……全員と10本ずつ以上やりましたけど、俺が負けたのは太刀川、風間、迅、出水だけですね。弓場、三輪、生駒辺りは毎日来て、日によって勝ったり負けたりでしたし……ああ、あと村上とか遊真とか双葉とかあの辺も負けなかったけど、まぁまぁでしたね」

「ほう……秀次も毎日来たのか?」

「はい。あいつ、面倒ですよね、あの鉛弾」

 

 そっちではなく、言い出しっぺとはいえ、そういうある種の催しに顔を出すのが意外だった。色々あったとはいえ、海斗には相当、気を許しているんだろう。

 

「……そうか」

「ああ、あと2回だけ那須と熊谷も来ました」

「……へぇ」

「それは意外だね」

 

 氷見と辻が驚いたように呟いた。実際、意外だったのだから仕方ない。あんな工場を爆発させる奇人っぷりを見て、このヤンキーとランク戦をやろうと思える女の子がいると思わなかった。

 それは海斗も分かっていたようで、肉を焼きながら眉間にシワを寄せて言った。

 

「なーんか……なりふり構っていられないような形相だったよ、二人とも。今のランク戦は少しでも勝ちたいとかなんとか」

「へぇ〜。何かあったのかな?」

「さぁ?」

 

 要するに、恐怖よりも強くなるという意志が勝ったわけだ。だからこそ、なるべく女を殴りたがらない海斗も戦闘に応じ、なるべく傷つけないようにカウンター一撃で決めたわけだ。

 

「でも、海斗くんなら勝てたでしょ?」

「あー熊谷はアレだけど、那須は危なかったな。6:4だった」

「へぇ、意外……でもないかな? 相手、女の子だもんね」

「いやいや、それは関係なくて。や、無いこともないけど……こう、シューターを相手にするのが苦手っぽいわ、俺。‥‥二宮さん、焼けました」

「ん、ああ」

 

 その一言に、二宮が片眉を上げた。海斗に肉をもらいつつ、聞き返した。

 

「そうなのか?」

「はい。……いや、雑魚シューターには流石に負けませんけど、出水とか那須とか……ああ、あと水上とか? あの辺は割と相手にするのしんどいですね。変化弾が得意だと、どんなに避けても追いかけて来ますし」

「……なるほどな」

 

 確かに基本的に学習能力のないこのバカは、弓場の射撃を避けるのもかなり苦労していた。なんなら避けられていなかった説もある。

 

「でも、あれだね。そういう紆余曲折を得て気がついたらアタッカー三位だもんね」

「ていうか、前の三位って誰だったっけ?」

 

 辻のセリフに犬飼がふと思ったように聞くと、氷見が答えた。

 

「小南さんよ。双月‥‥だっけ? あれ使う前の弧月使ってた頃のポイントが、未だに風間さん以外から抜かれてなかったと思うわ」

「へぇー。すごいね、小南ちゃん」

「俺ぁ、全然、勝てた気しねえけどな。……まだ、小南どころか雅人のクソッタレも抜いたわけじゃねえし」

「そういや、カゲは来なかったの?」

「禁止令解けてないからな」

 

 読み合いでは海斗とほぼ同じ能力を持つ影浦とやり合えば、特に二人の実力はメキメキと伸びるだろう。それはもう、まさにベジータと悟空の如く。口の悪さ的に言えば、ベジータが二人いる、と例えた方が正しいかもしれないが。

 そんな中、二宮が口を開いた。

 

「……なるほど。よく分かった」

「何がですか? ……あ、また肉焼けましたよ」

「いや、たまには自分で食え。お前の課題だ」

 

 正直、あの量の隊員と戦えば、海斗の手の内は全て知られる事になる。特に、野生動物のような動きをする海斗の戦法は、強い奴は何処をどのように攻めれば崩せるか、というのを掴めてしまう。

 それでも二宮が、あの長蛇の列を追い返さずに全て許可した理由は、逆に海斗の弱点を把握するためだ。本来なら自分で探す所だが、このバカはそれをしないだろう。

 

「お前の弱点はシューターだ。マップによって車でもその辺にあれば、ぶん投げて爆発させて接近、という手を使えるが、無ければそれは出来ない。この前、工業地帯を爆発させた時だって、近くに武器になりそうなものが無かったから、避けるかガードするかの二択だっただろう」

「そうでしたっけ?」

「そうだ。ならば、そこを補う」

「エスクードでも持たせるんですか?」

 

 辻が隣から聞いたが、首を横に振った。

 

「いや、海斗の装備は現状がベストだ。狙撃手がいなければアイビスを抜く、という手もあるが、全員に対処するならそれがベストだろう」

「じゃあどうするんですか?」

「単純な話だ。俺が相手になり、鍛えてやる」

「え」

 

 思わず海斗から複雑そうな声が出てしまった。何故なら、二宮のしごきは十中八九、スパルタだからだ。

 

「氷見、今晩の試合の組み合わせはどうだ?」

「那須隊、玉狛第二、鈴鳴第一の三つです」

「なら、その試合を見に行く。そこで、このバカにシューターの癖を叩き込むぞ」

「あ、いや俺、他人の試合とか見ても眠くなるだけで……」

「寝たら、頭からホットコーヒーかけるからな」

 

 本当にやりそうだから怖い。いくら海斗でも熱いものに触れれば火傷はするので、その手の攻撃は勘弁して欲しいものだった。

 

「マジかよ……また勉強会か……」

「お前の直感でも対応しきれないものがあるということだ。諦めろ」

「へいへい……まぁ、また出水に『え、どした? どしたの?』と煽られるのもゴメンだし」

 

 こうして頭を使うことに前向きになっただけでも、少しは進歩したと言えるだろう。

 今日の午後の予定を決めつつ、とりあえず焼肉パーティーを続けた。

 

 ×××

 

 玉狛第二、鈴鳴第一、那須隊の戦闘が終わった。

 試合の結果は、玉狛第二の勝利。嵐の中、大砲で橋が壊れ、東岸と西岸に別れ、東岸は那須、修、千佳、来馬、太一の五人、西岸は遊真、村上、熊谷、日浦の四人だ。

 結局、東岸で残ったのは修と千佳だけ。最後、那須に対して修がスラスター斬りを放ったが、来馬に那須が放った変化炸裂弾が戻ってくるのに気付き、慌ててガード。直後、来馬のハウンドが降りて来て、修は凌いだが、那須は致命傷をもらった。

 その後、正面から戦えば自分が負けると分かっていた修は、那須からの攻撃をひたすら受けに回り、トリオン切れを待って何とか凌いだ。

 一方、西岸では熊谷を村上、日浦を遊真が落とし、残りは一騎討ち。二人とも強化合成素材との戦闘を毎日、行ったため、実力はメキメキと上がっていて、東岸対決が終わった後も長時間続けた結果、相討ちとなった。

 それを個室で見ていた海斗と二宮と、たまたま一緒になった出水は、大きく伸びをした。

 

「ん〜……いやー、なかなか面白かった。メガネくんは戦い方がいい感じにやらしーな」

「え、あいつ何かしてたの?」

 

 海斗が振り返って聞くと、出水が笑いながら答えた。

 

「お前見てなかったのかよ。てか、弟子の動きはちゃんと把握しとけよ」

「いやいや、俺はあくまで射手の勉強としてここに来てたから」

「どうだ、陰山。少しは分かったか?」

「はい! つまり、合成弾の作成は時間が掛かる、という事ですね!」

「いやもっと他に見るべきところはあっただろ……」

 

 試合の、特に射手の動きに関しては二宮だけでなく出水も解説してくれた。弾を放つ時、ガンナーと違って一々、設定をする必要があるため、時間が掛かる、とか、海斗が挙げた通り合成弾は強力だが時間が掛かる、とか。

 

「でもさ、出水。なんで那須はもっと早く走って他の連中殺そうとか思わなかったわけ? 俺なら東岸にいた奴ら全員、秒で殺せたよ」

「狙撃手を警戒していたからだよ。他のに夢中になってる間、狙われたら終わりだろ」

「二宮さんは狙撃手いてもガンガン落とすよ。片手を空けてガードの準備してるんですよね?」

「玉狛のチビちゃんの大砲は集中シールドでも防げないだろ」

 

 出水の説明に「なるほど」と海斗は顎に手を当てる。どちらにせよ、自分にはサイドエフェクトがあるから回避するのは簡単な話だが。

 すると、その海斗に二宮が声を掛けた。

 

「……海斗、お前は玉狛をどう見る?」

「え?」

「警戒に値する部隊はある、と言っていただろうが」

 

 そういえば、確かに以前、そんなことを言った事を思い出した。すぐにその部隊が玉狛だと看破されてしまったが、まさか覚えてくれているとは思わなかった。

 

「まぁ……今の段階じゃ相手にならないですよね。俺と辻だけでも壊滅出来ます」

「だろうな」

「えーそうですか? あの白いのはA級レベルですし、狙撃手の子もトリオンが黒トリガー並だし、メガネくんも中々、やらしいじゃないですか」

 

 前の試合では諏訪隊、荒船隊に対しても見事に勝利を収めた。だが、二宮は真顔のまま解説する。

 

「確かに白い奴は厄介だが、結局、点を取れるのはそいつだけだ。メガネも那須の猛攻を凌いだのは悪くないが、反撃しなければ点は取れないし、大砲に至っては論外だ」

「と言いますと?」

「あのチビは、人が撃てない」

 

 地形を変えられる、という点では役に立つが、結局はそこまでだ。

 三人と戦うのを待つ身の海斗は、小さく伸びをした。

 

「やれやれ……もう少し強くなるのを待つしかないか」

「そうもいかないんじゃね? このままだと、玉狛はすぐ上位入りするぜ。それに、侮ってると足元掬われると思うけどな〜」

「……出水、お前やたらと玉狛を評価しているが、あいつらが太刀川隊に勝てると思うか?」

 

 二宮が聞くと、出水は飄々としたまま答えた。

 

「まさか。流石にそれはないです」

「‥‥だろうな。要はそういうことだ」

 

 そう言うと、二宮はジンジャエールを飲み干して立ち上がった。

 

「さて、陰山。そろそろ行くぞ」

「何処にですか?」

「特訓だ。言っただろう、俺がお前の相手をしてやる、と」

「あ、あー……」

 

 忘れていた。気まずげに声を漏らす海斗に、面白がっている出水が声をかけた。

 

「お、何何? 特訓?」

「お前もこのバカとランク戦をしたのなら分かるだろうが、こいつの弱点は射手だ。ならば、そこを補うしかない」

「あー‥……確かに。楽しそうですね、俺も手伝いましょうか?」

「……良いのか? 正直、精度で言えばお前より上の射手はいないからありがたいんだが」

「良いっすよ」

 

 二宮が射手一位だが、二宮以上のトリオンを持つ射手はいない。ハウンドとアステロイドのシンプルな作戦も、二宮のトリオンがあってこその戦術だ。ならば、技巧派の出水に手伝ってもらう方が確実だ。

 なんだか勝手に話が進んでいくが、正直、二宮より出水の方が特訓に関しては優しそうなイメージがあるため、海斗としてはありがたい。

 

「どんな感じでやります?」

「身体に叩き込む。容赦無くボコボコにしてやれ。疲れたら俺が交代する」

「え」

「休憩は無しだ」

 

 そうでもなさそうだった。苦手な射手との戦闘を休み無し。死ぬことも覚悟しておかなければならないだろう。

 

 ×××

 

 翌日、作戦室で泊まって行った海斗は、ヘトヘトの身体を起こした。まさか本当に休みがないとは思わなかった。しかも夜に特訓させられた。これは死ねる。

 身体を起こすと、今日は二宮隊は非番だからか、誰もいない。まぁ、たまには一人でいるのも悪くないだろう。

 とはいえ、とりあえず作戦室から出ることにした。お腹空いたから。

 

「ふわあぁ……」

 

 暇そうにあくびしながら歩き、食堂に到着した。食券を買ってラーメンを持って席に座ると、向かいの席に忍田が座った。

 

「おはよう、陰山」

「しのっさん。ども」

「昼食か?」

「朝飯だよ?」

「……もう昼だぞ?」

「朝も昼も夜も大して変わらないから。重要なのは、起きてから食う飯か否かって事。昼に食べる飯でも、起きた直後なら朝飯だし、朝に食べる飯でも貫徹してゲームした後の飯ならそれは朝飯だ。……しのっさん、俺は今、何を言っていたのかね?」

「いや、全然分からん」

 

 全然、分からないことに対して長く話し過ぎである。

 そんな事はともかく、と。忍田はコホンと咳払いをする。

 

「スマホは見ていないか?」

「スマホ?」

「メールしたんだが……」

「あーすんません。昨日、充電忘れて切れてたから作戦室に、ケーブル挿して放置してある」

「そうか。なら、今伝えよう。今日の予定はあるか?」

「ゾボッ、ゾボボボ」

 

 目上の、それも所属している組織の幹部とのお話だというのに、躊躇なく醤油ラーメンを啜る。風間か二宮がいたらゲンコツモノである。

 

「なぁ、一口」

「や」

 

 自身の好物を目の前で食べられ、思わず交渉してみたが一文字で断られた。

 

「今日? 暇だよ。……あーいや、二宮さんと出水との特訓があるけど」

「ほう。射手対策か? 熱心な所あるじゃないか」

「じゃあボーナス」

「バカか。……で、それは何時頃になる?」

「さぁ? まだ二宮さんから連絡来てない……というか来てても見れてないし」

「ならば、我々に力を貸してくれないか?」

 

 それに、片眉を上げる。上層部が海斗の力を借りたがるのは珍しい。

 

「どゆこと?」

「今から、捕虜にした近界民を尋問する」

「俺は顔に布かぶせて手足を縛って叩けば良いの?」

「いや、そういうことじゃなくてな……サイドエフェクトを借りたい」

 

 なるほど、と海斗は理解した。サイドエフェクトを使えば、確かに嘘をついているか、とか相手がどういうつもりなのか、とか把握出来る。

 

「良いよ。行こうか」

「君のサイドエフェクトは、君に対する感情を色で見るものだろう? ならば、君に尋問も任せることになるが……大丈夫か?」

「暴力は何処までOK?」

「無しだ」

「うーん……まぁ、ヤンキー時代も似たようなことやってたし、良いよ」

「決定だ。なら、13時に会議室に来てくれ」

 

 そう言って、珍しく予定が出来た。

 

 


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