会議室に到着した海斗は、鬼怒田、城戸、忍田、そして菊池原が揃っている部屋の中でのんびりしていた。もうすぐ、玉狛が捕虜にした近界民がここに来るらしい。それまでの間、ここで待機である。
「しのっさん、なんで菊池原もいんの?」
「強化聴力のサイドエフェクトだ。彼がいれば、捕虜が動揺したか否かが分かる」
「俺がいれば十分じゃね?」
「情報は多い方が良いと言うことだ」
なるほど、と控えめな返事をする。
しかし、この会議室内。菊地原や忍田はともかく、城戸と鬼怒田は自身に対して良い感情を持っていないのが目に見えてわかる。そりゃ、トップクラスの問題児である自覚はあるから、そうなるのも分かるが。
こういう空気の中にいるのも久々で、この際、懐かしんでいると、扉が開かれた。現れたのは林道支部長、空閑遊真、三雲修、そしてヒュースだった。
海斗の顔を見るなり、ヒュースは顔を顰める。
「……貴様」
「……?」
「なんだ、知り合いか?」
「え、俺知ってる人?」
「貴様……まさか、忘れたのか?」
ヒュースとしては忘れられない相手である。まだ探りあいの段階とはいえ、蝶の楯を使った自分と互角に戦った男。長期戦となれば負けなかっただろうが、それでも万全の自分がダメージを与えられなかった相手でもある。
その上、なんか泥の王を奪ったとか遠征艇を壊したとか、アフトクラトルでこの話をすれば酒のつまみになりそうな武勇伝をやってのけた男だ。
しかし、当の本人はキョトンとした顔で首を傾げた。
「え、俺、遊真以外に近界民の知り合いいないんだけど」
「いや、知り合いとかそういうんじゃないだろう! ……え、本当に覚えていないのか?」
「ごめん」
「謝るな!」
コホン、と咳払いの声が聞こえる。城戸正宗が放ったものだ。それにより、海斗は黙り、ヒュースはとりあえず席に座る。
その直後、ヒュースは平然と言い放った。
「本国に関する質問には、いかなるものであっても回答しない。それ以外に言うことはない」
それにより、会議室はシンッと静まり返った。忍田以外の全員、敵意に近い視線をヒュースに向ける。
そんな中、海斗が口を開いた。
「……えーっと、まずは自己紹介から頼むわ」
「ヒュースだ」
「そうか、急須」
「ヒュースだ! お茶は淹れられん!」
「ヒューズ?」
「貴様……わざとだな……⁉︎」
「覚えにくいんだよ!」
「覚えやすいだろう! ランバネインやエネドラと比べてどうだ⁉︎」
「いや、どうとか聞かれても……」
このままでは話が進みそうにない。忍田が口を挟もうとした所で、海斗が立ち上がり、ツカツカとヒュースの前に歩いて口を開いた。
「まぁ、リンスでもシャンプーでも良いけどよ」
「全然合っていないだろう!」
「とりあえず、態度に気を付けとけよ。こっちの気分次第じゃ、テメェをコンクリで固めて海に沈めることだって出来んだ。命が惜しけりゃ、大人しく言う事を聞いとけ」
海斗の凄みは、とても学生とは思えない圧があった。本当に殺しかねないオーラを出していたし、なんなら経験があるんじゃ? と勘繰ってしまいそうなほどに。
「……命が惜しけりゃ、だと?」
しかし、ヒュースは物怖じする事なく睨み返した。
「侮るな。遠征に出る以上は、命を投げ出すことも覚悟の上だ」
「死にたいと思わせてやっても良いんだぜ」
「好きにしろ」
「そんなに、テメェの国が大事か?」
「当然だ」
「遠征の最中に、仲間を断捨離するような国でも、か?」
「どういう意味だ?」
そこで、ヒュースは片眉をあげる。
「テメェ以外に見捨てられた野郎がもう一人いる。そいつは始末されたが、テメェは始末もされずに置いて行かれている。奴らはお前なら国に関する情報を吐かない、と思い込み、未だお前はそんな奴らに使われている、というわけだ。それでも、その小さい意地を通すつもりか?」
「そのつもりだ。兵士の役割は、国に使われる事だ」
「ガキが兵士ごっこではしゃいでんなよ」
『陰山先輩』
内部通信で口を挟んだのは、菊地原だ。
『なんだよ。これからが面白ぇとこだったのによ』
『確かに仲間が一人死んだ話で多少、動揺してましたけど、基本は平常心ですよ。これ以上は無駄でしょう』
『ああ?』
『それに、情報源の本命はこいつじゃなくてもう一人です』
「……ちっ」
舌打ちをすると、海斗は席に戻った。もう一人、情報源がある、という話は聞いていなかったが、まぁそれならそれに越したことはない。
一応、忍田から言えと言われていた内容は伝えておいたし、仕事は果たした。
「ヒュースくん、だったな?」
今度は、忍田が口を開いた。
「私はこの組織の軍事指揮官の忍田だ。私個人は君を捕虜として真っ当に扱いたいと思っている」
「……」
「君の仲間から聞いた話だが、君はこちらの世界において行かれた。そういう話をしていたと聞いた者もいる。ならばこれ以上、義理立てをする必要は無いんじゃないか?」
その忍田の台詞は、端的に言って地雷だった。ヒュースはヤンキーを前にしていた時以上に眉間にシワを寄せて返した。
「侮るな。何度も言うが、遠征に参加した以上は命を落とすことも覚悟している。これしきのことで本国の情報を漏らすものか」
「……あ?」
「よせ、陰山」
殴りやすいように姿勢を崩した海斗を止める忍田。その忍田に、菊地原が内部通信で声をかけた。
『仲間が死んだ話で少し揺れましたが、陰山先輩の恐喝にも全く平常心です。これ以上、揺さぶっても無駄ですね』
『……そうか』
その通信は他の幹部達にも繋がっていて、すぐに城戸が結論を出した。
「……ご苦労。今日はこれまでにしよう。林藤支部長、ご苦労だった。さがらせろ」
「了解」
「空閑隊員は鬼怒田開発室長についてこちらの任務に協力してもらう」
とのことで、修、遊真、ヒュース、林藤、菊地原、鬼怒田は部屋から出て行った。
残ったのは城戸、忍田、海斗の三人。普通の人なら緊張する場面でも、一切、何も感じない海斗はその場で伸びをした。
「あーあ、ダメだったかー。いけると思ったんだけどなー」
「一度、刃を交えた君になら、動揺して何かを漏らすと思ったんだが……それもなかったな」
「殴って良いならいけるんだけど」
「それはダメだろう」
「だよね」
そんな海斗に、城戸がジロリと瞳を向ける。
「……随分と、尋問に慣れていたな」
「そう?」
「経験があるのか?」
「まぁねぇ……ほら、俺って割と誰とでも喧嘩する奴だったから、胡散臭い連中の下っ端に狙われて返り討ちにして尋問してその不良グループごと壊滅とかさせてたよ」
「……なるほど」
そんな話をした後、よっこいせっと海斗は立ち上がる。
「俺の用件も終わり?」
「あ、ああ。ご苦労だった」
「ランク戦してこよっと」
気楽にそう言うと、バカは足早に立ち去っていった。
×××
修と遊真、そして菊地原は、もう一人の捕虜であるエネドラの尋問を終えて、ラウンジに来ていた。
菊地原に飲み物をご馳走してもらいながら、さっきまで話題に上がっていた話を続ける。
「そういえば、あのエネドラッドあれでしょ? かいと先輩の部隊が倒したんでしょ?」
「らしいね。だから、そっちの尋問には陰山先輩は呼ばれなかったらしいよ」
「そうだったんですか」
「あのカニもどき、プライド高そうだからね。自分を倒した相手がいると情報とか渡さなさそうだし」
実際の所はどうだか知らないが。あのエネドラのトリガーの情報は聞いている。液体、固体、気体の三形態へと姿を変えた特殊な黒トリガーを扱う強敵。
そんなA級部隊でも勝てたか分からない相手を、たった二つのB級部隊が仕留めてしまった。そんな相手と、次に当たる可能性は大いにあるのだ。
「おっ、ときえだ先輩とすわ隊の人達だ」
そう言ってヒョコヒョコと立ち去る遊真の背中を眺めながら、菊地原が修に声を掛けた。
「……で、どうなの? 次の試合は」
「え……?」
「昨日までの試合だと、良いとこB級止まりだと思うけどね」
菊地原は、修を気に掛けていた。大規模侵攻前は、自分の部隊の隊長から一勝をもぎ取り(24敗しているが)、その風間が気に掛けているのと、もう一人気に入っている陰山の弟子でもあり、現在はこうしてB級中位にまでスピード出世を果たしている。
自分の弱さを自覚した上での立ち回りをする頭と、この前は記者会見場に乗り込み、遠征に行くと啖呵を切った度胸もあり、中々見どころはあると思っている。
「……はい。わかっています。ですが、下手に小技を覚えると、受けの姿勢を崩すと陰山先輩が……」
「あのバカ先輩の言うこと信じてるんだ。愚直だね」
「え……?」
聞き返されたが、菊地原は特に説明を加える様子はない。飲み物を飲み干すと、ゴミ箱に容器を放った。
「僕はあの先輩の事、バカって事と風間さんが気に入ってるって事以外知らないけど」
「……」
「誰よりも喜怒哀楽が激しいから、気を付けてね」
「あ、コーヒーご馳走様です」
それだけ言うと、菊地原は立ち去った。その菊地原に頭を下げてお礼をしつつ、何が言いたかったのかを頭の中で繰り返した。
×××
ランク戦会場で、海斗は相変わらず挑んでくる正隊員達を捌き回していた。が、一度、ブースから出て飲み物を飲んでいる所だった。
「……ランク戦もうやめておこうかなぁ」
実力はメキメキついてきたし、ポイント幾つかも知らないが、なんか疲れるだけだ。ほとんどが自分が一方的に叩きのめす作業、たまに実力者が隠れているけど、そいつが出て来るまで面白味がなかった。
自分の所の隊長に鍛えてもらおうかなぁ、ちょうどシューター対策をしたいし……なんて考えてる時だ。スマホに連絡が入った。二宮からだ。
『悪いが、今日は用事がある。特訓はなしだ』
マジか、と心の中で呟きつつ「了解です」と返信した。さて、これからどうしようか。久々に弟子の面倒でも見に行くか、小南とデートに行くか、或いは米屋、出水、三輪を誘って雪合戦でもするか……なんて考えている時だ。
「陰山くん」
「?」
声を掛けられ、後ろを振り向くとそこには那須玲が立っていた。
「なんか用?」
「良かったら、私とランク戦しない?」
「えー……」
正直、面倒だ。何が面倒って、女の子が相手な所。この前のランク戦でやり合った時はかなり昂っていたし、相手が女の子であることが原因で部隊ランク戦も追い込まれたこともあってあっさり手を出したが、今の自分に気遣いせずに手を出せるかは微妙である。
「だ、ダメかな……?」
あんまり表に出して嫌そうな顔をされたため、思わず那須はひよってしまった。
しかし、今の部隊でランク戦を行えるのは今期が最後。A級に上がる、とはいかなくても過去最高の好成績を残したい、そのためには、彼と戦う事がベストだろう。
「いや、ダメって言うかなぁ……」
シューター対策にはなるが、今もう割とバチバチやり合った後だし、今じゃなくても良いという感じだった。
それを察した那須は、小南から聞いた話の最終兵器を出す事にした。
「付き合ってくれたらラーメ」
「何戦でも付き合おう、我がプリンセス」
この様子を見ていた小南と揉めるに揉めたのは別の話。