烏丸京介は、割と忙しい人間だ。家が決して裕福ではないため、ボーダーでの活動以外にアルバイトも掛け持ちしているから。
そんな彼は、最近になって弟子も出来て、さらに忙しくなってしまったわけだ。が、別にそれが嫌だというわけではない。弟子は才能はからっきしだが、素直で賢くて、己が弱い事を自覚している上で出来ることをこなそうとする奴だから、師匠として面倒の見甲斐がある。
そんな忙し過ぎる高校一年生は、今日はその弟子の面倒を見に来ていたのだが……修行の前に、弟子から相談を持ちかけられた。
「すみません、時間をとってもらって」
「気にするな。……それで、どうした?」
「は、はい。……その、次の試合の組み合わせが決まりました。僕らはとうとう、二宮隊、影浦隊、東隊と当たります。その……僕らの今の力で上位と渡り合えるのか、少し疑問で……」
「……なるほどな」
決して師匠が悪いと言っているわけではない。ただ、単純にチームとしての完成度の差を感じているようだ。実際、遊真はともかく、自分はガードしかできないシューターで、千佳は人が撃てない狙撃手、つまり点を取れるのが遊真しかいないのだ。
「僕も、点を取る……とは行かないまでも、空閑一人に負担をかけている現状を打破できるような……そんな戦術かトリガーが欲しくて……」
「……なるほどな」
言わんとしている事は分かる。確かに、遊真一人で勝っていけるほど上位は甘くないし、単品で見ても遊真以上の実力者は多い。
「話は分かったが……でも、今までお前らが勝ってこられたのは、お前自身が勝負をせず、状況を動かしたり受けに徹する事で勝てていた、というのは分かっているな?」
「はい。おそらくですが……僕程度が多少、力をつけても、点なんか簡単には取れっこない、というのは分かっています」
そこまで分かっているのなら……とも一瞬だけ思ったが、やはり修の技術では、射手としての実践的な手は教える段階ではない。覚えられるとは思うが、少なくとも上位相手に通用するまで研ぎ澄ませられるかは微妙だし、通用しない、というのが目に見えて分かる。
「……分かった。じゃあ、俺が万能手としての動きを教える」
「え、オ、万能手、ですか……?」
「お前のスタイルは防御重視のシューターだろう。その防御に、シールドではなくレイガストを使っているし、そのレイガストの盾捌きは陰山先輩仕込みで簡単には崩されなくなっている。それなら、それを活かさない手はないだろ」
「……は、はい」
ただし、と烏丸は続けて言った。
「次の試合の対策もちゃんと考えろよ。隊長の仕事は戦うだけじゃない、勝たせることも含まれているからな」
「は、はい……!」
そう返事をする修を見つつも、流石に1から万能手の運用を一人で教えるのはキツい。割とバイトも多く入っているし。
そのため、自分の顔が効く範囲で、もう一人の万能手の先生に連絡を取っておく事にした。
「とりあえず、今からやるぞ」
「お、お願いします」
頭を下げた修は、訓練室に入った。
×××
その頃、空閑遊真は。村上と個人ランク戦を終えた所だった。ボーダーにおいて、昨日負かした相手から情報収集する、という事はあまり少なくないため、村上も快くそれを受け入れてくれていた。
「かいと先輩とかげうら先輩か……」
「そうだ。その二人が、俺が戦ったアタッカーの中じゃ、三位と四位だな」
小南や迅といった、戦った回数が少ない人達は除いてある。
「カゲも、陰山と一緒で『感情受信体質』っていう副作用を持っている。他人から感情を向けられると、それが身体に伝わり、負の感情ほど不愉快に感じるそうだ」
「……なるほどね」
確かに、それは大変だ。学校でも、もしかしたら孤立しているのかもしれない。
「その二人が同じランク戦の組み合わせになると、ストームが起こるんだっけ?」
「ああ。とにかく凄まじまいからな」
「この前のエキシビジョンで身をもって知ったよ。何も出来ずに落とされちゃった」
「ああ、ログにあったな……」
太刀川や風間、弓場、生駒はその中に平然と入っていったのを覚えている。その時点で、自分はまだボーダーのトップアタッカーよりも格下なのだろう。
「でも、空閑ならすぐに追いつくだろ」
「そう?」
「そう思うよ。俺も、前の一戦ではやられたしな」
あれは地形をうまく利用できてない過ぎないのだが、まぁ、そう言ってもらえるのなら、もっと頑張ってみようと思えるものだ。
「ちなみに、空閑は次の一戦、ストーム対策は考えてあるのか?」
「そんなハッキリと考えてるわけじゃないけど……チームの事を考えると、やっぱりストームを起こさないのがベストだと思ってる」
「意外だな。てっきり混ざりたがるもんだと思ってた」
「前のエキシビジョンみたいな感じなら混ざりたいよ。もう、簡単には落とされないと思うから」
ストームに対してそんな風に言える奴は中々、いない。確かに、前と違ってグラスホッパーを装備していたりするから、簡単にはやられはしないだろう。
「でも、チームでの連携を考えたら、やっぱり起こす前にどちらかを片付けられたら良いと思う」
「そうか……」
「ま、俺が勝手に言ってるだけで、まだみんなで作戦会議をしたわけじゃないんだけどね」
気楽にそう言う遊真を見て、村上はつくづく思った。やっぱり、こいつの雰囲気は何処かカゲや海斗に似ている、と。
必ず、近いうちにアタッカー内で、こいつとトップ争いをする日が来る。それまでに、自分ももっと腕を上げる事にした。
×××
東隊の作戦室では、次のステージの選択権があるため会議を行なっていた。
「なーんか……前にも似たような組み合わせありましたよね、俺ら」
「だなー。……ていうかさ、ずるいよな。二宮隊と影浦隊は」
「はは、そういうなお前ら。腐る前に対策を立てよう」
東のセリフで、二人はとりあえず黙る。指導してもらう形になっている二人は、まずはいつも通りどういう作戦で行くか、各々で考えてきたことを話す事にした。
先に話したのは、小荒井からだった。
「まず俺ですけど……俺はやっぱりストームは起こさせない方が良いと思うっす。ストームが起こると、二宮隊は二宮さんを軸に完全に別行動をし始めるし、影浦隊は漁夫を狙い始めるのでとても厄介ですから」
「俺も一緒です。まずはストームを起こさせない、という方向がベストだと思ってます」
「なるほど。じゃ、今回の作戦は『どうストームを起こさせないか』だな」
結論付けるように東が言うと、三人の前に人見がコーヒーを置いた。それにより、三人は「ありがとう」「あざっす」「あ、ありがとうございます……!」と三者三様のお礼を返す。
その後に一口コーヒーを口に含んだあと、小荒井から話した。
「俺は、地形からストームを起こすのがどうかなって」
「というと?」
「この前の那須隊じゃないっすけど……気候をいじってマップと組み合わせれば、何かしらあると思うんすよ」
「そういう事か……うん、面白いな」
好感触を示した、と嬉しくなった小荒井だが、これは裁判ではないので裁判長への好感とか考えている場合ではない。
「奥寺は?」
「俺は、いつものマップで……こう、例えば那須隊みたいに橋を爆破するとかして物理的に引き合わせない方法を探していました」
「二人とも、地形戦を練る、という事だな?」
「「はい!」」
その確認に、二人は小さく頷いた。だが、それでも人数が減ればストームが引き起こされる可能性は上がる。つまり、それまでにどちらか片方を倒さなければならない。
その会議に、人見が口を挟んだ。
「多分、玉狛も同じ事思ってるんじゃない? あの子達の基本戦術は『敵をいつも通りにさせない』って事っぽいし」
「そうだな。誰からとっても一点は一点だ。玉狛が陰山か影浦を捕捉したら、漁夫の利をいただくのもアリかもしれない」
勿論、そんなにうまく行くとは限らないし「玉狛が動くかも」は当てにできない。あくまでも想定だ。
「で、まずどうやってストームを封じるか、まずマップを選ぶわけだが……」
直後、奥寺と小荒井の目の奥が光る。
「気候いじって機動力を下げた方が良いだろ。この前の暴風雨みたいに」
「アレやってもうまくいくとは限らないだろ。第一戦じゃ香取隊はそれやって負けたし、那須隊だって結局、作戦通りに行かなくて負けてたろ」
「でも、せっかくマップ選択権あんだぜ? ストームとかいうあの人達が気候そのものの時は、やっぱり気候をぶつけるしかなくね?」
「それでも封じられるのはストームだけだろ。その後はどうすんだよ」
「だから、その上で面白い作戦を考えるんだよ。他にはなくてうちには活かせるヤツ」
「そんな都合の良い設定あるかよ」
「あー分かったから落ち着きなさいあんた達」
徐々に意地の張り合いになって来たため、人見がとりあえず諫める。この二人は仲が良い割に意見が衝突するのは割としょっちゅうある事なので、慣れた感じで止めてしまった。
で、改めて東が小荒井に聞いた。
「小荒井、気候ってのはどういじりたいんだ?」
「お、やっと聞いてくれました? ちゃんと考えてあるんですよね、これが」
「どうせ面白さで決めたんだろ」
「まぁ待て、奥寺。まずは聞こうじゃないか」
「気候だけに?」
「……」
「……」
「……」
「はい、すんませんっす……」
小荒井の渾身のボケをスルーして、とりあえず会議を進める事にした。
×××
二宮隊作戦室では、バカが那須の相手をしていた。本当は二宮と特訓の予定だったのだが、まぁ那須のシューターとしての実力は二宮も分かっているし、ライバルを育成する事にはなっても馬鹿の特訓にもなるため許可をしたわけだ。……のはずなのだが。
「那須、そのバカだけじゃなく、上位アタッカーは中距離にも対応してくる。半端な距離を取るくらいなら近距離のまま速度重視の弾で下がらせた方が良い」
「は、はい……!」
「オイバカ、お前何度言えばバカじゃなくなるんだ? ボーダーの弾をキャッチしようとするな。せめて弾け」
「す、すみません……?」
いつの間にか、二宮が二人を指導していた。敵同士なのに正面からお世話になるのは申し訳ない、という那須の気遣いで、最初は「取引」という形で海斗のお世話になっていたのに、今では10割お世話になってしまっている。
薄々勘づいてはいたが、二宮は実はただの良い人なのかもしれない。しかし、こういう事になった以上は「あの……取引ですので」とか言うわけにもいかないし、これは後でお礼をしなければ……。
なんて思ってる時だ。
「那須、那須!」
「な、何?」
声を掛けてきたのは海斗だ。彼自身は割と楽しんでいるようで、何かを考えている様子もなく声を掛けてくる。
「合成弾をさ、かめはめ波撃つようなフォームでやってみて?」
「……」
何れにしても、彼自身がこんなにバカなら、二宮に面倒を見てもらえるのはありがたいのかもしれない。
そんなことを思いつつ、とりあえず今は何も言わずに修行に励んだ。