空閑遊真には、かなり悔しい思い出があった。少し前に行われたエキシビジョン、思い返してみれば「なんであんな高ランクの人達とあんなことする羽目になったんだっけ?」という感じだが、とにかく、あれはかなり悔しい事だった。
何故なら、自分はあまりにも簡単にあしらわれてしまったからだ。あれだけの人数がいた中で、自分がいの一番に緊急脱出……A級並みだなんだと言われていたが、それでもトップランカーには通用しないのか、と奥歯を噛み締める程度には。
自分の師匠は「海斗がいたらとにかくぶっ殺せ」と試合前にアドバイスをもらったが、その理由は分からないものの「ぶっ殺す」という意見には賛成だった。負けたままでは終われない、とにかくやり返す。
辻新之助が落ちて、残りは三人で再び隙の伺い合い……というより、何をして仕掛けたら面白くなるか、を考えている海斗と影浦に、遊真は平然と言った。
「ストームはやらないの?」
「「……ア?」」
音声を拾っていたら、おそらく会場中が「何を言い出すんだこの子は」となっていたであろうセリフに、海斗と影浦も片眉を上げる。
「なんか二人とも、今日は大人しいけど。雪マップだから怯んでるの?」
「……ハッ、言うじゃねェか」
「なんか言ってるぜ、雅人ちゃんよ」
驚く程、チョロい先輩達だが、それは実力がある、という自信の裏返しだろう。
好戦的に微笑み、二人は一気に大技を放った。マンティスによる斬り上げと、レイガストのスラスター投げが迫って来て、遊真はジャンプして回避すると、まずは影浦に狙いを定めた。
両手に構えているのは、スコーピオン。しかし、そのスコーピオンの形が左右で微妙に違うことに気がついた。
右手から苦無の形をしたスコーピオンが一足先に投擲される。それをバク転で回避した直後、左手のスコーピオンで決めに来た。
しかし、それをやられる前に、背中にシールドを出してガードしつつ、着地して姿勢を整えると、今度は影浦が攻撃する番。
右手にスコーピオンを構えて襲い掛かるのとほぼ同時に、遊真もスコーピオンを出し、斬りかかる。
が、その動きが二人とも止まった。影浦はサイドエフェクトで、そして遊真は動きを止めた影浦に気づき「何かヤバいのが来る」とそう踏んだ。
直後、超近距離からアイビスが、躱した二人の真横を通り過ぎた。それにより、遊真と影浦は僅かに左右にバラける。普通ならその程度を隙とは思わない。実際、回避した本人達も警戒を解かず、隙を作ったつもりはないから。
しかし、それを隙だと判断して突っ込み、強引に一点、もぎ取るのが海斗なわけで……。
「「「!」」」
が、そこに降り注いだのは弾丸の雨だった。危うく、海斗も巻き込まれかねない範囲でハウンドが降って来る。フルアタックではないが、フルアタックのような範囲と数だった。
それにより、三人はそれぞれ別の方向に逃げる。攻撃して来た主は見るまでもない。二宮匡貴だ。
「に、二宮さん……?」
「引っ込んでいろ、海斗」
「え、いやここは俺が……」
「バカ言え。点差は大きく開いていないのに、勝ったり負けたりを繰り返している影浦を相手にしている上、空閑も同時に相手にする気か? 東さんの狙撃もあるんだぞ」
「あ、そ、そうですね……」
言われてみれば分かる。サイドエフェクトによって避けられはしても、それは東にとっても分かっていること。ならば、避けられないタイミングで狙撃してくる事だろう。
「そもそも、辻の一件があってよくまた好き勝手やれると思ったものだな。一度はストームの許可は出したが、こうなれば話は別だ」
「す、すみません……」
「俺は今からフルアタックをして奴らを追い詰める。お前は東さんの狙撃を警戒しろ。あのフォーメーションで行く」
「はい」
それだけ話し、二人は影浦と遊真を見据えた。
×××
試合が終わった。最後の戦法は、二宮隊の切り札とも言えるゴリ押し的戦法だった。何故なら、海斗がアイビスとレイガストを構え、その後ろで二宮がフルアタックをするだけだから。
単純だが、強力過ぎた。何せ、バカのサイドエフェクトのおかげで、居場所は丸見え、遠けりゃ狙撃、近けりゃハウンド、なんならホーネット、サイドエフェクトを抜きにしても、変態的な反射神経を持つ海斗が敵を感知したら、避ける必要もなく避ければ勝ち。
一言で言えば、機動要塞である。
『……おい、あれどうすんの? アレこそ出水でもいないと攻略不可だろ』
『二宮隊が全員、揃ったらそれこそ勝ち目ないですよね』
ボーダー本部最強の部隊から、以上のレビューをいただきました。今期のB級には「ご愁傷様」と言わざるを得ない。
「東さん……」
「これは……ちょっと困ったな……」
涙目になっている小荒井に、流石に東も「腐らずに対策を考えよう」とは言えなかった。
あの二人を合流させなければ済む、と単純な問題でもない。何故なら、単品でも、二人ともめちゃんこ強いからである。それこそ、B級にいるのが反則と思われるレベルで。
要するに、今回で分かったことは「試合がどう転ぼうが、最後に二宮と海斗が揃えば、結局負ける」という事だ。
「どうしましょう……」
「まぁ、今回、当たった以上、しばらく二宮隊と当たる事はない。他の部隊との試合を見て考えよう」
奥寺にも聞かれ、東はそう返事をした。とはいえ、何となく大丈夫な気もしていたが。
×××
「あーあー、なんて事考えんだよ。……間合いも駆け引きもあったもんじゃねえぞ」
影浦隊の作戦室で、光がボヤいた。それは、北添と絵馬も同じ感想である。
「確かに、アレはちょっとエグいね……」
「なんかゲームのハメ技みたいでズルい……」
それを思う者は決して少なくないだろう。実際、揃ったら手も足も出ない。ただでさえ「タイマン最強」を誇る二宮が、タイマンでなくても戦えるようになったのだから。
「おい、どーすんだカゲ? 何か考えねーと……」
「ア? 心配いらねーよ」
光に声をかけられるもの、影浦は余裕そうに答えた。その自信満々な態度は、とてもさっきその戦法で負けた奴の態度ではない。
その様子に、北添が声を掛けた。
「何か作戦があるの?」
「作戦なんてねーよ。ただ、あのバカがあんなハメ技に近い戦法を好むわけがねえってだけだ」
「……なるほど」
それを言われるとしっくり来る。人の顔面をとても楽しそうに殴り付けるサイコパスに近い少年が、距離を置いたどつき合いを好むはずがない。
「それなら、二宮さんもそうかもね。今は戦術で戦ってるし、火力でゴリ押しするような事はあまり無くなったから」
「……うん。つまりあの技は、保険?」
絵馬の確認に、北添が頷いた。
影浦が席から立ち上がり、好戦的に微笑んだ。
「とにかく、こうなりゃ後はオレがあのバカの相手をして、さっさと片付けりゃ、あの戦法は使えねえ。結局、今までとなんら変わらねえんだよ」
「なるほどね。じゃ、変に臆することなく行こう」
「うん」
まとめるように言い、とりあえず解散した。
×××
全くビビっている様子を見せていなかった影浦隊とは真逆に、三雲修は肩を落として本部の廊下を歩いていた。
現在、遊真と千佳、宇佐美とは一時的に解散し、一人で考え込んでしまっている。
あの凶悪な戦術は何とかならないのだろうか? その辺を何もかも巻き込んで蹂躙していく戦法は、自分に果たして破れるのだろうか?
いっそ、千佳に撃たせることが出来れば、勝つことも難しくないのだろう。だが、それは出来ない。
つまり、戦術で崩す他ないわけで。しかし、おそらく通常のメテオラも通用しないあのフォーメーションは、それこそ地形をも変えかねない威力の攻撃でないと……。
「す、すみませんでした! 次からはちゃんとやりますから!」
「ダメだ」
「ついうっかりやる事を怠ったのは反省しています! だから許して下さい!」
「ランク戦が終わるまで、ラーメン禁止だ」
「ああああああ! そんな、人類から愛を奪うような事を!」
「どんな例えだ」
……バカの声が聞こえた。声のする方を見ると、廊下で二宮の足に縋り付いている海斗の姿が見えた。
あの変な人達が、自分達が超えるべき大きな壁とは本当に思いたくないものだ。現実はいろんな意味で厳しいものだと思い知らされる。何より、自分の部隊の隊員が、自分と向かい側から縋り付いている阿呆の無様な姿をスマホに収めているのを見るのも中々、キツいものがある。
そんな時だった。ふと、二宮が自分の方を見る。続けて、海斗もこちらを見た。
「……陰山、俺は行く。俺に嘘ついて勝手にラーメンを食べたら、眼球にアステロイド(速度重視)だからな」
「あの、地味にリアルなのやめて欲しいんですけど……」
バカのセリフを無視し、空気を読んで二宮は立ち去って行った。さて、残った修はとりあえず海斗に声を掛ける。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「なぁ、メガネ。カップ麺はラーメンだと思う?」
「え? さ、さぁ……」
普通にラーメンだと思うが、今、肯定する勇気は無かった。
が、すぐに海斗は何とか立ち直り、立ち上がってメガネを見る。
「ま、とりあえずもう少し待ってやるよ。俺を負かす日が来るのは」
いきなりなんだろう、この人、と思わないでもなかった。何かミスをして怒られていた癖に。
「俺達に勝ちたきゃ、もう少し工夫しろ。今のままじゃ、点を取れるのは結局、白チビだけだからな」
「……!」
「要するに、お前や雨取は無視してたって良いんだ。空閑一人を倒せば、極端な話、あとは無視で問題ねえんだから」
それを聞いて、修は俯く。確かにその通りなのかもしれない。やはり、今のままでは勝てない。
自分も、多少なりとも無視されない駒になる必要がある。
「ありがとう、ございます……」
「あ、今『ありがとう』って言ったな?」
「え?」
急に言質をとって来た。なんだろう、この人。
「あのさ、小南をちょっと呼んできてくんない?」
「え、な、なんでですか?」
「ラーメンを禁止された今、小南とも仲直りしないと生きていける気がしない」
「……」
なんでこんなバカな人を倒すのに、自分は悩まないといけないんだろう。とはいえ、断る理由もないので結局はOKしてしまうのだが。
「でも、小南先輩ならそこに……」
「分かってるよ。俺が呼んでも逃げるだろあいつ。写真撮ってやがったんだから」
「そ、そこまで気付いていたんですか?」
「分かりやすいもの。あいつの行動なんて」
言われて、修は冷や汗をかきつつも、近くの小南を呼んだ。10秒後、結局仲直りしていた。
本当に二宮隊強過ぎるんだけどどうしよう。