ボーダーにカゲさんが増えた。   作:バナハロ

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師匠を強さだけで選ぶな。

 三学期が終わり、春休みになった。しかし、春休みになったからって暇になるわけではない。ボーダーのお仕事があるだけだ。しかし、それを憂鬱に感じないのだから不思議だ。

 B級に上がってから、早一ヶ月が経過しようとしていた。最初は金を貰うだけの予定だったが、なかなかどうして面白い。

 影浦、小南、風間はムカつくが、米屋や鋼、荒船とのランク戦は楽しいし、最近じゃ出水や東からたまに戦術を教わる事も増えた。まぁ、次の日にほとんど忘れてるが。

 実は今日も本当は風間に「米屋から聞いたが、成績悪いらしいな」と言われていたのだが、流石にあのクソチビ先輩と勉強なんてしたら一時間持たない自信があったので、逃げることにした。

 風間からの呼び出しを除けば、今日はオフ。そのため一人で街に来ていた。特に何かしたいことがあるわけではない。ここ最近はボーダーの活動の方で忙しかったので、今日は羽を伸ばしにきた次第だ。

 さて、今日はたまにはゲームでもしようかなーなんて考えてると、ドンっと小さな女の子とぶつかった。ツインテールに髪を束ねた、背の低い少女。

 体格差もあって、突き倒してしまった。

 

「あ、悪い」

 

 謝りながら見下ろすと、その女の子は「ひうっ……」と声を漏らした。

 

 ×××

 

 黒江双葉は一人、三門に来ていた。今年の春で小学校を卒業し、山奥から市内の中学に入学することになった。今年から、はれて中学生だ。

 それに、始まるのはそれだけではない。ボーダーに入隊するのだ。入隊試験によると、自分には才能があるようで、すぐに訓練生から抜け出せるように初期ポイントにボーナスが付いていた。期待されているということだ。

 これから二つも新たな生活が始まる。忙しくなるだろうが、やり甲斐もあるはずだ。

 そのため、柄にもなくウキウキしながらボーダー本部に向かって歩いていたためだろうか、絶賛、大ピンチになっていた。

 

「あ、悪い」

「ひうっ……」

 

 正面で、メチャクチャ目付きの悪い男とぶつかってしまい、尻餅をついてしまった。

 目の前の茶髪の男は自分の事を冷たい目で見下ろしている。眉間には第三の目が潜んでいそうなほどのシワが寄せられていて、如何にもヤンキーといった感じだ。リーゼントやパンチパーマでないのが不思議なくらいだ。

 思わず、ボーダー隊員として情けない声が漏れてしまったくらい怖かった。

 ……そうだ、自分はボーダー隊員なんだ。これから、もっと恐ろしい化け物達と戦わねばならないのに、たかがヤンキーにビビっているわけにはいかない。

 勇気を振り絞って立ち上がり、ポケットの中で訓練生用のトリガーを握り締め、精一杯睨んだ。

 

「や、やるって言うんですか⁉︎」

「何を?」

「お金なら持っていませんし、跳んでもチャリンチャリン言いませんよ⁉︎」

「なめられペリー?」

 

 何を言ってるのか分からないが、この手の輩は基本的に何を言ってるのか分からないものだ。斯くなる上はトリガーを使うしかない。訓練生は基地の外でのトリガーの使用を禁じられているが、自分の身を守るためには背に腹は変えられない。

 負けじと睨み返していると、ヤンキーっぽい男はしばらく黙り込んだ後、わざとらしい邪悪な笑みを浮かべた。

 

「げっへっへっ、慰謝料8億円払ってもらおうか」

「そ、そんなに持ってません!」

「なら、身体で払ってもらおうか」

「じ、腎臓を売れと⁉︎」

「あ、そっち? まぁそれでも良いけど」

「い、嫌です! ていうか、それでも良いってなんですか!」

 

 なんて言い争いをしてる時だ。パカンと海斗の頭が引っ叩かれた。

 

「何をやってんのよバカ」

「いってぇなコラあん? ……て、小南?」

 

 新しい別の人が現れた。茶髪で髪の長い女の人。綺麗、というより可愛らしい人だった。というより見覚えがある。ボーダーに入るのが楽しみ過ぎて調べてる時に玉狛支部のページで見つけた女の人……。

 

「……小南桐絵さんですか? 玉狛支部の……」

「お前こんなとこで何してんの?」

「あんたにそれを言う資格があると思ってる? 小さい子脅して何してんの?」

「脅してねえよ。あんまり怖がられるから脅してからかってただけ」

「脅してるんじゃない。あんたそんな事してるから怖がられるのよ」

「バッカお前ここ最近は俺、怖がられてないから」

「女子からは怖がられてるけどね。特に戦闘員からは。あんたの戦い方とか怖いからみんな模擬戦とか嫌がってるし。ま、アタシは全然怖くないけど!」

「そうか、小南。お前、胸が薄いとは思ってたが男だったんだな」

「どんな結論に着地してんのよ!」

 

 うう……話を聞いてくれない……と、双葉は泣きそうになった。目の前の二人は仲が良いのだろうか? 語尾は荒いが、何処か楽しそうにも見えるのが不思議だ。

 しかし、模擬戦という言葉が聞こえたが、もしかしてこの茶髪ヤンキーもボーダーなのだろうか。

 勇気を振り絞って、めげずに声をかけてみた。

 

「あ、あの……」

「大体、あんた人の身体的特徴にとやかく言い過ぎよ! 胸が小さいのが悪いわけ⁉︎」

「馬鹿野郎‼︎ 小さかろうが薄かろうが手の平サイズだろうがオッパイはオッパイだ‼︎」

「え? ご、ごめ……待ちなさい! 今、手のひらサイズって言ったわね⁉︎」

「おててのしわとしわ、あわせてしあわせ。なーむー」

「手のひらサイズではないわよ! なんなら触って確かめ」

「あ、あの!」

 

 なんだか話の内容がとんでもない方向に向かってる気がしてきたため、少し声を荒立てた。

 そこでようやく二人は勢いを止め、双葉の方に視線を向ける。苛立ってるため視線は鋭かったが、負けじと言った。

 

「あの……ここは、街の中ですので……」

 

 それによって、二人は辺りを見回す。ザワザワと通行人の人達がこっちを見てヒソヒソやっていた。

 流石に海斗も小南も気まずくなり、大声からヒソヒソ声に変わった。

 

「と、とにかく謝りなさいよ! あ、もしかして知り合いの子なの?」

「全然」

「ボーダーが初対面の女の子になにやってんのよ!」

「昨日の俺と今日の俺は違う。その言い分なら小南、お前も初対面の俺に説教してる事になるぞ」

「な、なるほど……? いや、その理屈はおかしいでしょ!」

 

 一々、説得されかけてるおかげで、小南は微妙に頼りにならなかった。

 しかし、今の会話には有益な情報が出た。どうやら、二人ともボーダー隊員で間違いないようだ。

 

「……あの、お二人はボーダー隊員、なのですか?」

「そうよ。ごめんね、うちのバカが」

「お前、バカバカ言い過ぎじゃね?」

「あの……実は、私もボーダー隊員です! まだC級ですが」

「え、そうなの?」

「はい。来月の正式入隊日を迎えてからになりますが」

「そう。じゃ、自己紹介しないとね」

 

 弱い奴が嫌い、という小南だが、流石に訓練生の女の子を邪険にすることはなかった。と、いうより、むしろ「私のツレが迷惑かけてごめんね?」と言った感じだ。

 微笑みながら、まずは自分を指差し、微笑みながら言った。

 

「私は玉狛支部の攻撃手、小南桐絵よ」

「あ、やはりそうでしたか。前にボーダーの広報サイトで見たことがありました」

 

 言われて、思わずニヤリとほくそ笑んだ。どうだ、バカ、あんたとは違うのよ。と言わんばかりに。

 が、全く興味無さそうにコンビニに貼られている「バイト募集」のチラシを眺めていた為、尚更腹を立てた。

 肘打ちをわき腹に決め、顎で双葉の方を指す。自己紹介しろ、ということだ。

 自分なりに意図を察した海斗は、不思議そうな顔で聞いた。

 

「どうした? 首疲れたのか?」

「ちっがうわよ! 自己紹介しろっつってんのよ!」

「ええ、なんで?」

「一応、ボーダーの後輩でしょうが!」

「え、後輩なの?」

「話聞いてなかったわけ⁉︎」

 

 うがーっと攻め立てる小南の話を一切スルーして、海斗は急な悦に入り始めた。

 今まで見て来た後輩は全員、自分より歳下というだけでボーダーとしてはむしろ先輩だった。目の前の少女は違う。歳下でありながら、自分より後にボーダーに入隊した正真正銘の後輩だ。

 しかし、見おろすとハッとした。さっきほど濃くないが、自分に対して畏怖しているような色を出している。

 早く立ち去ってやろう、そう思った時だ。

 

「陰山海斗よ、こいつ。大丈夫、外見ほど悪い奴じゃないし、女の子相手じゃ手を出さない程度には紳士だから」

「へ? そ、そうなんですか?」

「紳士っつーかそれは男として当然じゃね」

「だからってトリオン体に攻撃するのも嫌がるのはおかしいでしょ。意外と優しいとこあるって言わざるを得ないわ」

「……るせーよ。お前マジ殺すぞ」

「あら? もしかして照れてる?」

「サハラ砂漠」

「誰の胸がサハラ砂漠よ!」

 

 徐々にまた下らない言い争いに発展して行くのを眺めながら、双葉は少し意外そうな顔をした。

 真の男女平等主義者は女の子が相手でも顔面にドロップキックをかませるとかほざきそうな髪型のヤンキーは中身は割と優しい人のようだ。

 意外、と言えば失礼かもしれないけど、その辺りがむしろ不器用なタイプなのだと思えば、尊さすら感じてきてしまう。

 

「小南先輩と、陰山先輩、ですね?」

 

 唐突に名前を呼ばれ、喧嘩中の二人は中断して双葉に顔を向けた。

 二人揃って仲良く「何?」と片眉をあげると、双葉は満面の笑みで頭を下げた。

 

「黒江双葉です。これからお世話になることもあるかもしれませんので、よろしくお願いします」

「「……」」

 

 二人して顔を見合わせる。しばらくフリーズした後、お互いにお互いを指差して、声を合わせた。

 

「「こいつにはよろしくお願いしなくて良いから」」

 

 ほんとこの人達仲良いな、と思わざるを得なかった。

 もはや呆れるしかない双葉だったが、何を言っても地雷にしかならない気がしたので、黙っておいた。

 さて、そろそろ双葉としてはボーダー本部に行きたい。仮入隊期間から二人も先輩と知り合えたのは大きな収穫だったけど、長居することはない。自分の訓練もしっかりやっておきたいし。

 

「では、私はこの辺りで失礼します」

「うん。またね」

「あ、その前に、陰山先輩」

 

 再び「先輩」と呼ばれ、海斗はピクッと小さく反応する。それに気付かない双葉は、微笑みながら海斗に頭を下げた。

 

「さっきは失礼な勘違いをしてしまってすみませんでした。先輩が優しい方だったこと、知りませんでした」

「……」

 

 こんなストレートな謝罪を伝えてくる子は、生まれて初めてだった。大体、海斗に謝る奴なんか内心では悪意しか秘められていない。だから、なんか新鮮な気分だった。

 その上に、本当の後輩からの先輩呼びボーナスが発生し、まぁ早い話が、バカを調子に乗らせるには十分だったわけで。

 

「黒江、だったっけ?」

「はい」

「基地まで送ろう」

 

 その時の海斗らしからぬ笑みを見て、小南は普通にドン引きした。

 

 ×××

 

 なんだかんだで、三人で警戒地域付近まで来てしまった。と、いうのも、小南が「あんたと双葉ちゃんを一緒にしたらやばそう」とのことだ。

 で、街から三人で歩いて来たわけだが、もう双葉は大変だった。目の前の二人は何でも争いの種にする。

 例えば、街を歩いてる途中に見かけたクレープ屋。先輩ぶりたい二人はどっちが双葉の分出すかで喧嘩し始めた。

 その後もゲーセンでも争って和菓子屋で争って自販機で争ってしりとりでも争って……と、もはや止めに入るのも疲れるレベル。この人たちほんとにボーダー? と疑うレベルだ。

 

「リモコンはセーフだろ。あれ正式名称はリモートコントローラーだから」

「でもあんたリモコンって言ったじゃない。ん、が付いた時点でアウトでしょ」

「普段、リモコンって言ってるクセがたまたま出ただけだから。そういうことあるでしょ」

「じゃあカンストって言葉はどうとれば良いの? カンスト? カウントストップ?」

「受け手側の好きに取れよ」

「好きにとったからあんたの負けって言ってるんじゃない」

「好きなことばっかじゃ生きていけないんだよ世の中」

「あんた言ってることメチャクチャよ!」

 

 ……うるさい、と少しだけ不満に思ってみたり。

 だが、その喧しい時間ももう終わりだ。もう直ぐ本部につながる連絡通路に到着する。

 その事にホッとため息をついてる時だった。

 

『門発生、門発生』

 

 耳に響くサイレンの音が静かな警戒区域に響いた。それと共にいくつかの場所に開く黒い穴。

 

『近隣の皆様はご注意下さい』

 

 そこから覗かれる、無機質な目が、双葉の体を硬直させた。

 

「お、なんか出たっぽいよ」

「そうね。さっさと片付けましょうか」

 

 しかし、目の前のバカ先輩達は違った。まるで電源を入れたかのように真剣な表情になり、ポケットから自分達の唯一の武器を取り出した。

 

「「トリガー起動」」

 

 そう言い放ち、二人の姿は戦闘用のコスチュームに変化していく。小南桐絵は緑色の隊服に身を包み、長かった髪はボブカットになり、如何にも「これから戦います」といった姿になった。

 一方、陰山海斗の方は。

 

「……えっ」

 

 黒いスラックスに、グレーと白のシマシマの長袖のTシャツと、夜中にコンビニに買い物に行くラフな大学生のような姿になった。肩には「B-000」と書かれていて、それがまた服装とは全然合っていない。双葉からは思わずリアクションに困る声が漏れた。

 しかし、小南の方はその姿にもう慣れ切っているのか、特にツッコミを入れることもせずに海斗に声を掛けた。

 

「海斗、どうする?」

「あ? 何が?」

「双葉ちゃんいるし、片方ここに残ってた方が良いんじゃない? 万が一、街の方に来られても困るし」

「ああ、なるほどな。じゃあ、俺が行くからお前はここに残ってろ」

「いや待ちなさい。あんたが残りなさいよ。レイガスト持ってるんだし、護りには最適じゃない」

「それを言うならお前は炸裂弾あるだろうが。ここまで来る前に押しとどめられるだろ」

「……」

「……」

 

 しばらく黙り込み、メンチの切り合い。やっぱこの先輩達ダメなのかも……なんて双葉が思った時だった。

 何処からか、キュイィィィンと耳に響く甲高い音が聞こえた。

 ふと顔を向けると、バンダーが口を大きく開けて砲撃準備をしている。それを見るなり、二人の行動は早かった。

 海斗はジャンプしてバンダーの方に走り、警戒区域の家の屋根の上に立つ。両手にシールドモードのレイガストを握り込ませて、自分の肩の後ろまで拳を引く。

 直後、バンダーの砲撃に対し、海斗は両腕のスラスターを同時に起動させ、砲撃を思いっきり殴った。

 

「ーっ……!」

 

 衝撃が双葉が立っているところまで伝ってきたが、砲撃を受け止めた海斗自身は平然としている。

 しかし、海斗のいる位置からバンダーまでは距離があり過ぎる。遠距離砲撃用のトリオン兵で、かなり遠くからでも攻撃が可能だ。

 さらに飛んでくる砲撃を、海斗は両腕の拳のスラスターだけで弾き続けている。

 

「あのままじゃ……!」

 

 耐久力SSのレイガストでも流石に限界はある。誰かが本体をなんとかしなくてはならない。

 

「小南先ぱ……あれ?」

 

 隣に立っていたはずの先輩に声をかけたが、そこにその姿はない。

 その直後、ズガンッと鈍い衝撃音が響いた。バンダーの口から上が、小南のバカデカい斧によって切り裂かれていた。

 それによって、頭から煙を出しながら力無くグワンと前のめりに倒れるバンダー。

 いつのまにあんなところに? と双葉が思った直後、自分に向かってレイガストが飛んできた。

 思わずビクッとしてしまったが、そのレイガストは自分を囲むようにシールドを張った。飛んで来た方向に目を向けると、海斗が立って呑気な声で言った。

 

「その中ならある程度、安全だから」

 

 確かに、バンダーの砲撃を何発も弾き返していたしそうかもしれないが、それ以上の懸念がある。

 

「ですが、陰山先輩のトリガーはどうするんですか⁉︎」

 

 ボーダーのトリガーは一つの中に利き手用の主トリガーと反対側の手用の副トリガーと別れている。

 つまり、ここにレイガストを置いておくということは、主か副のトリガーを片方、封じて戦うことになる。

 自分の所為でそんな迷惑はかけられない、そう思って聞いたのだが。

 

「……ふふ、陰山先輩か……」

 

 言葉の響きに悦に入っていた。あのバカ先輩はこんな時まで……と思ってる間に、海斗はさっさと駆除に向かってしまった。

 レイガストの中からだから、ハッキリとは戦闘の様子は見えない。しかし、海斗も小南も強いのはよくわかった。

 他のコートを着てマスクをつけた三人の隊員達も見える。おそらく、今日の防衛任務に就いてる部隊だろう。

 その二人と比べてみても、海斗と小南の動きは段違いだった。もしかしたら、かなり高ランクの攻撃手なのかもしれない。

 しばらく惚けてる間に、自分を包んでいたレイガストが消えた。

 その直後、二人は帰ってきた。穴から出てきたトリオン兵は全て片付けたようだ。

 トリオン体から元の私服に戻っている二人は、何やら言い争いをしているが、とりあえずお礼をしておきたい。そして、もし叶うのなら……。

 

「あ、あの……!」

 

 考える前に声が出ていた。二人はそれによって言い争いを一瞬だけ中断する。しかし……。

 

「や、最初のバンダーはアレ俺のおかげだから。砲撃防げたの誰のおかげだと思ってんの?」

「防ぎっぱなしになってたあんたがよく言うわ。私が片付けてあげたからあんた落ちずに済んだんでしょ?」

「サイド7でザクをガンダムが退けたのはビームサーベルの威力のお陰じゃなくてザクマシンガンを弾いた装甲のお陰だろ」

「知らないわよ、そんなアニメの理屈なんて!」

「……あの!」

「ちょっと待ってて」

「今こいつ論破するから」

「は? こっちのセリフだし」

 

 大きな声によって二人とも顔を向けたが、すぐに言い争いを始めようとしたので、双葉が海斗の頬をグィーッと引っ張った。

 

「いふぁふぁふぁふぁ! て、テメェ何しやがんだ!」

「聞いてください!」

 

 怒られたので、仕方なく海斗は双葉の方を見る。というか、この子もそんな声出すんだなーなんて呑気なことを思いながら「何?」と片眉をあげると、双葉が頭を下げた。

 

「陰山先輩、弟子にしてください!」

「「……は?」」

 

 小南と海斗の声が、見事にハモった。何言ってんのこいつ? みたいな。

 

「え、ドユコト?」

「師匠って……そりゃ、そのまんまの意味じゃ……」

「私、陰山先輩みたいに、例えトリガーが剣一本であっても戦えるようになりたいです! ですから、よろしくお願いします!」

 

 必死に頭を下げる黒江だが、小南には不安しか残らない頼みだった。

 何故なら、デリカシーと品性をへその緒と一緒に切り離したような男だ。女の子に色々と命令出来るような立場に置くだけでも大変そうなのに、この頭の軽さで師匠なんか出来るとはとても思えない。

 ちょっと、どうすんのよ、みたいな目で海斗を睨んだ。

 

「……俺の修行は厳しいぞ?」

「じゃないわよバカ!」

「あいったぁ!」

 

 鞄で後頭部を殴られ、前方に前のめりに倒されそうになったが、踏ん張ってグワッと小南の方を強く睨みつけた。

 

「テメェやりやがったなコラアン?」

「あんた、バカなの? 本気でその子を弟子にするつもり?」

「バカじゃねぇ、師匠だ」

「バカ師匠」

「繋げてんじゃねえよ。ついうっかり殺しちゃうよホント」

「……まぁ、あんたが良いって言うなら止めないけど、でも責任持ちなさいよ? 弟子を取るって事は、それだけ責任がのしかかるんだから」

「大丈夫だ。ゴジータクラスにまで強くしてやる」

「その自信は何処から……」

 

 と言うものの、海斗にはそれなりに根拠があった。何故なら一応、自分も風間、小南という格上達と戦う事で強くなっている自覚があったからだ。

 つまり、自分と毎日、インファイトし合えば強くなれる、そう思っていた。思いっきり、感覚派の考え方である。

 もはや呆れるしかない小南は、反論するのも諦めた。

 

「よし、じゃあ行くぞ、黒江」

「は、はい! 陰山師匠!」

「師匠じゃない、武天老師様と呼べ」

「ほう、武天老師か。なら、俺も弟子にしてくれるか?」

「良いだろう。まとめて面倒見てや……」

 

 そこで、海斗のセリフは止まった。海斗は忘れていた。そもそも、今日のオフは何故、街で暇潰ししようと思っていたのかを。

 今、一番聞いてはいけない冷たい声が背後から投げかけられ、ギギギッと振り向いた。

 

「よろしく頼む、師匠」

「……か、風間……」

 

 風間蒼也が、そこには立っていた。ぬかりなくトリオン体で。今からトリガーを起動しても逃げられない。

 

「……黒江」

「はい?」

「今日の授業は自主練で」

「初日から?」

 

 質問に答えることもなく風間に連行されていく海斗を眺めながら、双葉は仕方なさそうにため息をついた。

 その双葉に、隣から小南が真面目な表情で言った。

 

「双葉ちゃん、だっけ?」

「あ、はい」

「気を付けてね」

「何がですか?」

「あいつのサイドエフェクト、中々しんどいから」

「え?」

「周りに知られたくないみたいだったからアタシも風間さんも知らないフリしてるけど、相手が自分に向けてる感情が分かるらしいのよ」

 

 それを聞いて、双葉は表情を曇らせた。つまり、知りたくないことも全て分かってしまうわけだ。

 小南も米屋からつい最近聞いたばかりだった。海斗とそれなりに長く付き合っている以上、知っておくべきだと思って話してくれたらしい。

 

「それと、過去にも色々あったみたいだし、大雑把に見えて繊細な奴だから」

「……わかりました」

 

 そう言われ、小さく俯いて強く頷いた。

 

 


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