五部の前に四部の話になります。一応、こちらに投稿しますがもしかしたらシリーズで分けるかもです。
「・・・・・理由って、あんまりいらないよね。」
誰もが、その少女に視線を向けていた。
服装自体は簡素な、ズボンにパーカーを着ており、特別な特徴も無い。唯一、目が覚める様な空色のキャスケットだけが印象に残る。
いや、それ以上に部屋の中、虹村邸の二階にいる人間の目を引いたのはその足元にある狼だった。
いや、狼の形をしたスタンドだった。
部屋にいる人間、虹村兄弟の父親以外が二つのことを考えていた。
この女は誰の味方で、そうしてどんな能力を持っているのか。
少女と言っていいのか少しだけ東方仗助には自信がなかった。
それは、偏に声音が少女特有の高い声であったことと、そのキャスケットから垣間見えた顔立ちが女に見えたためだった。
「なんだ、てめえ!?」
それに、レッド・ホット・チリ・ペッパーは虹村形兆越しにその女を怒鳴りつけた。けれど、その少女はまるでレッド・ホット・チリ・ペッパーのことなど見えていないかのようだった。ただ、彼女は形兆のことをじっと見ていた。
「君さ、うん、確かに善人ではないね。でも、いい人だね。」
誰もが混乱していた。突然現れた闖入者の目的を考える。思考が停止したかのように皆が、固まっている中少女は唯形兆のことを見つめていた。
「君、今、弟のこと庇ったよね?だから、私にとって君はいい人だ。それに、他の用もあるし、助けるよ。」
その言葉と同時に、少女の足もとにいた狼が吠えた。誰もがそれに己の身を守ろうと体を固める。けれど、それより先に体に衝撃が走った。
部屋の中に、四方八方から襲う衝撃に仗助は思わず周りを見回そうとする。けれど、目を開けることは出来ない。
顔に叩きつける衝撃と、そうして耳元で唸る様な音に仗助は狼の力が何なのか気づく。
(・・・・そうか、この女、風を操ってるのか!)
狭い部屋の中で起こった竜巻がレッド・ホット・チリ・ペッパーを、正確にはそのスタンドの進入口であるコンセントに繋がった線を襲った。
ばちりと、電気が走ったような音と共に壁が吹っ飛ばされた。そうして、それと同時にレッド・ホット・チリ・ペッパーが形兆を放した。風にあおられて吹っ飛んでいく形兆を、狼型のスタンドが掴まえた。そうして、狼は壁を蹴り、少女の元にまで形兆を運んだ。
風が止み、目を見開いた仗助たちの前には虫の息の形兆が横たわっていた。
「君、治せるんでしょう。治したげて。」
「兄貴!!!」
そんな声が聞こえる中で、少女は何かを想い出したかのように呟いた。
「おっと、弓と矢も忘れずに・・・・」
その言葉と同時に、少女が天窓に向けて飛んだ。がしゃんという音と共に、形兆が起き上がる。
「・・・・・どーいうことだ?」
茫然としたように仗助が呟いた。
「・・・・おい、あいつ、何者だ?」
壁に空いた大穴の前で顎に手を当て考え込む女に、仗助が言った。それに、康一はもちろん、虹村兄弟も口を噤んだ。
それに、仗助はその女が誰とも無関係であることを察する。何かを呟いているようだったが、声が遠いことに加えて日本語を話していないようで分からない。
そこで、ふと気づいたかのように少女が振り向いた。目が覚める様な青空と、空いた穴から見えた空が妙に眩しく感じる。少女が仗助たちに近づいてくる。
「あ、傷治ったのかい?」
無遠慮とも言える様な、気楽な足取りで彼女は座り込んだ形兆の前に立つ。そうして、屈みこんで形兆の、穴が開いていたはずの胸を触った。
「うわあ。ほんとに治ってる。医者もびっくりの奇跡だ。」
素直な感嘆に満ちたそれに、皆がぱちくりと瞬きをした。そうして、そんなことも気にすることなく、女は立ち上がり背を向けた。
「それじゃあ、まあ。君の怪我も治ったし。私はいくよ。壁のことを赦してね。命あっての物種だしね。」
そう言って、彼女はあっさりと四人に背を向けてその場を去ろうとする。
「お、おい、待てよ!」
「何だい?」
女は特別な動揺も無く、のんびりと振り返った。それに、一足先に正気を戻した仗助が叫ぶ。
「て、てめえ、何者だ?」
それに女は、黙り込んではてりと首を傾げた。仗助たちには緊張が走る。まず、女の目的が分からないのだ。
敵対するのか、それとも味方であるのか。
助けられたのは事実だ。けれど、確かに女の口から矢と弓の話が出ていたのだ。女は、それにまるで宝物を隠し持っているかのように得意げにふむと頷いた。
「そうだな。まあ、確かに私が何なのかは気になるかあ。」
苦笑しながらクララはうーんと言った。
「まあ、私が何者かは言えないけれど。でも、どうしてここに来たのかは教えますよ。あなたたちと敵対したいわけじゃないし。」
「弓と矢が目的か?」
よろりと起き上がった形兆に彼女は苦笑した。
「あー。まあ、正解だよ。正確には、弓と矢を壊したかったんだけどね。でも、それもさっきの変なのに取られちゃったみたいだし。一応、追う努力はしたけど無理だったし。どうしたものかな。」
「ならよお、あんたは、その、敵なのか?」
「あははははは。まあ、敵対理由の弓と矢もなくなりましたし。第一、弓と矢も交渉でなんとかする気だったんだよ。一応、虹村形兆君、君の願いも叶う可能性があったしね。」
「何だと!?」
食いつく様に言った形兆に苦笑気味にクララは頷いた。
「・・・・君のお父さんを殺す方法。可能性があったんだけどね。でも、矢と弓もないし。今日はいったん帰るよ。」
「何だと、待ちやがれ!」
形兆は、やっと掴めそうな方法に食いつく様にスタンドを出す。が、それよりも先に女の力が発動した。
突然起こった突風によって、バッド・カンパニーは簡単に煽られ、そうして吹っ飛ばされる。
いかんせん、二人のスタンド能力は相性が良くない。
バッド・カンパニーは確かに強力ではあるが、いかんせん軽いのだ。人にとってはそこまでではなくとも、彼らにはまさしく竜巻に等しい。そんな風の中では、彼らの銃弾も届かない。
突発的な風に、皆は思わず目を閉じた。そうして、目を開けたその時にはすでに女の姿はなかった。
(・・・・・やってしまった。)
ポルポの中にあるのは強烈な後悔だった。
彼女がいるのは杜王グランドホテルのスイートルームだ。一応、護衛としてつけられた三人の内二人には席を外してもらっている。
「・・・・どうして、助けてしまったんだろうか。」
カーテンを閉め切った暗い部屋の中で、掠れた声が響いた。ポルポは広々としたベッドの上で丸くなり、ひたすらに後悔のため息を吐いた。
クララが仗助たちの元に出ている間、実はポルポも虹村邸にいたのだ。ポルポとクララが虹村邸に潜入できたのも、ブラック・サバスの能力によるものが大きい。
ブラック・サバスは、影の中に潜むことができるが、それはスタンドの本体である彼女にも可能である。それ相応に条件はあるが潜入するには便利な力だ。
(・・・・あのまま、どうなっていくか傍観する予定だったんだけどなあ。)
それでも、どうしても、無理だった。自分にとって、殺す理由がない存在が死ぬ瞬間というものが彼女に取ってはたまらなく恐ろしかった。
それを、弱さというならばそれでいい。
それが、ポルポが捨てられぬまま抱えてしまったものだ。
そうしていると、するりと己の頭を撫でる存在があった。それに、ゆるりと目を開けると己の分身である、道化師のような姿をした存在が一つ。
それは、まるで子どもを慰める様に頭を撫でていた。
(・・・・暗いのはいいなあ。)
ほっとする。どうしようもなくほっとして、そうしてこれからどうするかをまたポルポは考え始めた。
証拠が欲しかったのだと思う。
どうしても、何か、全てが予定調和のように当たり前のように過ぎていく証拠が。
ポルポは時折ではあったものの日本を訪れていた。それは、偏に、彼女が前世と言える何かの中での記憶として、それが本当であったのか。
いや、本当を言えばただの懐古であったのかは分からないけれど、自分の記憶の中にある故郷を訪ねて回ったのだ。
はっきり言えば、彼女が記憶していた実家だとか学校だとか、そんなものは存在することはなかった。
それでも、その事実にほっとした。
前世と今世というものが隔絶されたものであることにほっとした。
逃げ道がないことにほっとしたのだ。
ああ、大丈夫だ。自分は、ここで生きていくしかないのだと。
逃げ出したいと思う自分を、己の中に見つけるたびに死にたくなる。いや、死ぬよりもずっと惨めな気分になる。
ポルポの手は、血まみれで、汚れきっていて。それでもなお、未だにその地獄で生きていく覚悟を持てていないことに失望する。
だから、ほっとするのだ。
逃げ場がないということは、いつか、どんなに恐怖に塗れてもポルポが逃げるという選択肢を選ぶことは一生ないということだから。
その、臆病さを誰にも知られることはないのだと思うとほっとする。
それと同時に、ポルポは頑なに、俗に言う原作の存在たちがいそうな場所に近寄ることはなかった。
それは、恐怖の様であり、同時にその行為に意味を見いだせなかったというのもある。
もしも、仮に、出会えたとしてどうするのだろうか。
正しい誰かからすればポルポは結局悪役で。悪徳に沈んだ誰かからすれば、ポルポの願いは生温い。
結局のところ、ポルポはどちらにもなれないし中途半端なのだ。
敵対したいとも思わないが、味方にだってなれないのだと分かり切っている。ならば、関わる意味もないだろう。
けれど、どんどん、ポルポからすれば原作と言えるものが開始する時期が近づくにつれてとある考えが浮かんだのだ。
この世界に、運命と言える筋書は存在するのだろうか。
ポルポは弱い。
誰かが不幸になることも、死ぬことだって、目を逸らしてしまうほどに弱い。
だから、手を差し延ばしてしまう。
逃がして、生かして、背を押して。
ただ、生きろ生きろと、呟いて目を逸らす。
ポルポは、卑怯だ。生かしたいと願う存在の責任さえ自分だけでは背負えずに、誰かに縋って生かすのだ。
カラマーロにも、プロシュートにも、リゾットさえも巻き込んで、死なないでくれと身勝手に面倒事を引き起こす。
それでも、死なないでほしいと願ってしまう。
クララを見ていると、死にたくなる。
いつかに拾った、父を救うためにギャングに入った少年を見ていると死にたくなる。
彼らの、健やかで、軽やかな、尊敬と、好意と言える感情を向けられるたびに死にたくなる。
ねえ、君たちを引きずり落としたのは、私なんだよ。
その、好意も、尊敬も、親しみも、向けられるほどに息苦しくなる。
思うのだ。
彼らは、落ちる必要などなかっただろうと。どうして、自分は、彼らを光の中に返してやる力がなかったのだろうかと。
その無垢な好意を向けられると、たまらなく死にたくなる。
それが、苦痛であるのだと自分で分かっていても、地獄に落ちると分かっていても、生かし続けるのを止められなかった。
目を、逸らし続けていても、分かっているのだ。
自分は、筋書と言えるものにだいぶ反した動きをしているのだと。きっと、筋書き通りに進むなんて夢みたいなものだと。
分かっていて。それでもなお、手を差し延ばすことを止められなかった。
己の前世を捨て去ることは出来なかった。
夢見ることを止められなかった。
いつか、美しく、正しい星に、罰せられるという夢を。星の手によって、断罪が下される日を。
願い続けることを止められなかった。
証拠が欲しかったのだ。
定まった筋書は、変わることなく、順調に進み続けているのだと。
それは、彼がやってくる時期が近づけば近づくほどにその思いは強くなる。
だからこそ、ポルポは日本にやってきたのだ。
四番目の星に会うために。
幸いなのかは分からないが、ポルポは四番目の物語が始まる時期を覚えていた。
ほんの少しだけ、ほんの少しだけ。
何もかもが覆らないという事実が欲しかったのだ
もう、記憶も曖昧で、何が起こるかも、討ち果たされるべき悪の名も忘れていた。それでも、金剛石を背負った星が、悪を打ち滅ぼすという予定調和を見たかった。
いつか、己にやって来る未来の糧になるという終わりを待ち続けていたかった。
そうして、一つだけ保険をかけておきたかったのだ。
こんこんと、ノックの音が聞こえた。それにポルポは全てを察して目を開いた。暗闇を作る為に己を包んでいたシーツから顔を覗かせれば、ブラック・サバスが扉を開いているところだった。
それに甲斐甲斐しいなと、ポルポは笑う。
ひょっこりと顔をのぞかせたのは、カラマーロにつけられた護衛であるリゾットだった。
「・・・・クララのやつが帰ってきているぞ。」
「ああ。そうかあ。リゾットが迎えに行ってくれたのかい?」
「ああ。そうだ。」
「分かりました。すぐに行きます。」
「了解した。」
簡潔なやり取りに、ポルポはほっとする。静かなのは好きだ。騒がしくても別段に平気ではあるが、静寂というのはポルポにとって一番に気楽だ。
そう言った意味で、リゾットは何よりも気楽な存在だった。
ポルポは、ほっと息を吐く。
「先に行っておいて。」
その言葉にリゾットは軽く頷いてその場を後にした。
そうだ、大丈夫。
自分はきっと、目的を遂げられる。
ポルポは、軽やかにベッドから立ち上がった。
そうして、開けた扉から差す光から逃げる様に己の隣りに立つブラック・サバスを見る。
その視線に察したのか、ブラック・サバスは己の口の中に手を突っ込んだ。すると、ぬるりと、石でできた仮面が出て来る。
ポルポはそれを受け取り、撫でた。
「・・・・もうすぐだ。だから、ちゃんと準備をしないと。何もかもが、滞りなくすむように。」
「おまえの望みこそ、我が望み。」
脈絡のないような返事に、ポルポは笑う。返事が返って来るのはいいことだ。一人でないように幻覚を見ていられる。
(・・・・これは、少なくとも餌にはなるかな。)
空条承太郎とコンタクトを取る。
それは、ポルポが己が起こした矛盾への保険だった。
ポルポが知る原作にて、護衛チームといえるブチャラティたちが勝利を得ることが出来たのは、共に困難に打ち勝ったという信頼と、そうして経験があったためだ。
だが、今の現状では、彼らにその困難を与えることは出来ない。
今のところ、暗殺者チームの謀反の理由であるソルベとジェラートが死ぬということも無い。待遇だって、ポルポがそれ相応にしてるため不穏なところなどない。
自分が死んだ後も、隠し財産と言えるものは用意したし、何かあれば後釜にカラマーロが入れるようにお膳立てもする気だ。
ポルポは、己がなしたことを後悔していない。
自分にとって価値ある者を肯定したことを、後悔はしてない。
けれどだ。
彼らは、ボスに勝てるだろうか。
ポルポは、ボスが恐ろしい。
この世の中で、誰よりも、ボスのことが恐ろしい。
自分を殺す、ジョルノ・ジョバァーナよりもはるかに恐ろしかった。
その理由を、ポルポは上手く言い表すことは出来なかった。ただ、彼女の中の、逆らってはいけないという意識だけが強烈にこびり付いていた。
きっと、自分は彼に逆らうという選択肢を選ぶことは出来ないだろう。
だから、未来を託して死にたかった。
けれど、ブチャラティたちがボスに勝つという予想も出来なかった。だからこそ、せめての保険として強力な助っ人を用意しておきたかった。
自分が、それに協力すればいいのかもしれない。けれど、ポルポにはそれが出来なかった。ボスのことは、恐ろしい。消えてくれるなら消えてほしい。
けれど、それを思うと、気弱な青年とバラの匂いを思い出す。
見たくなかったのかもしれない。
恐ろしくて、苦手で。それでも、あの静かなお茶会の青年が死ぬところを見たくなかった。
弱さというならば、それでいい。それが己だとポルポは諦めている。
(・・・・・リゾットたちもそうだけど、他に助っ人がほしい。)
そこで思い至ったのだ。そうだ、一人いるじゃないか。
きっと、ジョジョという存在の中で最強である存在が。
この、杜王町での出来事は唯一、空条承太郎と難なく接触できる機会であった。
交渉の材料として、石仮面を用意した。
(・・・・もしもこれでだめなら。ディオの息子たちの情報を流すのもいい。)
空条承太郎は恐ろしくなかった。
ボスよりもずっと、恐ろしくはなかった。
彼は、きっと正しいから。
きっと、ポルポから、理不尽に何かを奪うことはないのだと信じていたからだ。
(・・・・大丈夫だよ。)
大丈夫、大丈夫だから。
きっと、自分がいなくなったって。何もかもが変わることなく回っていけるように。ちゃんと、準備をしていくから。
そうしたら、安堵しながら終われるだろうか。もう大丈夫だと、耳を塞いで、目を背けられるだろうか。
さようならと、言えるだろうか。
「いちおー、形兆君に匂わせて帰ってきました。」
「そうか。ありがとうね。」
スイートルームにて、自分の向かいに座ったクララにポルポは微笑んだ。
「・・・・少ししたら、また彼に接触をしてほしい。私もついて行くから。」
形兆を助けたのは偶然である。ただ、これなら丁度良かったのかもしれない。矢と弓、そうしてディオの部下であった父親がいた彼に、クララのような存在が接触していると知れば彼は自ら自分たちに近づいて来ようとするだろう。
さすがに、ポルポたちのことを調べられ、彼がパッショーネに関わってこようとすれば、面倒なことになる。
だからこそ、メッセンジャーとしてクララに任せたのだ。
承太郎の時を止める能力は厄介だが、そこまで連続して止められるわけではないだろう。ならば、逃げるだけの時間は稼げるだろう。
おそらく、虹村兄弟の父親を、ポルポは殺すことができる。
ポルポのスタンドであるブラック・サバスは、肉体ではなく魂に対して直接攻撃することが出来る。おそらく、それならば殺すことができるだろう。もしも、それがだめならばプロシュートの能力でも可能かもしれない。
(・・・・きっと、それがいい。プロシュートの力は優しいから。きっと、苦しくないだろうから。)
羨ましいと、そう胸の中で嘆息した。
虹村形兆が味方になれば、その弟である億奏もこちらがわに引っ張れるだろう。
「おい。それについてだが。」
その言葉にポルポは不貞腐れたような顔で腕を組むプロシュートの姿を見つけた。
クララの座るソファの背凭れに腰かけていた。
「・・・・どうして、護衛の俺たちがついていけねえんだ。」
「そりゃあ、イタリアならまだいいですけど。この国でプロシュートの兄さんは目立ちすぎますよ。」
それにポルポは思わず頷いた。
おそらく、カラマーロ自体、スタンドの強力さでポルポの護衛を選んだのだろう。ポルポも付き合いの長い二人ならばと同行を許可したが、日本についてからしみじみと後悔した。
はっきり言おう、慣れ過ぎて感覚がマヒしていたというのもあるのだが、二人とも非常に目立つのだ。
あまり他の国の人間を見かけない国柄に加えて、平均身長が低いこともある為二人とも非常に目立っていた。
何よりも、ポルポはあまり意識していないが、プロシュートは顔がいい。
おかげで視線を一身に集めている。
正直、そんな二人と共に歩いていると自分まで視線が来るため、一緒に歩きたくないというのも本音である。
クララの言葉にプロシュートは苦虫を噛み潰したかのような顔をする。自分があまり行動を共にできない理由に関してはちゃんと理解しているのだ。
ただ、この頃はペッシの教育などであまり機会のなかったポルポの護衛に抜擢されたため、内心では張り切っていたというのにホテルに籠りっぱなしという現状に苛々していた。
「安心しろ。護衛ならば、俺もついている。」
「・・・・・うるせえ!この万年成長期!!」
腹が減ったと頼んだルームサービスを黙々と食べていたリゾットの言葉に、プロシュートがキレながら殴りかかる。リゾットはそれにやすやすと対応した。
自分の頭上で起こるそれを、ポルポは慣れた調子でぼんやりと眺める。
「・・・・・そんなにリゾットの兄さんて伸びてるんですか?」
「うーん、聞いた話だと、去年よりも三センチは伸びてるらしいけど。」
「二メートルいきますかね。」
クララはそう言いながら、プロシュートが一方的に罵り合っている喧嘩を見上げた。ちなみに、形兆に会いに行く折は姿を消すことができるリゾットも同伴することになっていた。
「君も食べるかい?」
ポルポがそう言って、リゾットが食べていたサンドイッチを差し出すと、クララは少し考えた後にそれに齧り付いた。
クララはそれを咀嚼したのち、何となしに言った。
「これいいけど。ご主人が作ったアクアパッツァが食べたいです。」
「・・・・それじゃあ、帰ったら作りましょうか。」
「本当ですか?」
クララのはしゃいだ声を聞きながら、ポルポはゆっくりと目を細めた。
死にたいというならば、死ねばいい。きっと、自分が思っているよりも簡単で、原作なんて気にせずにさっさと死のうと思えば死ねるのだ。
けれど明日があると思うと、死ねなかった。
ああ、そうだ、あの子と出かける約束が、料理を作る約束が、そんな、幾度も重ねた明日を思い出すと、目の前に置いた縄も銃も刃物も、電車も。
全部、使うことは出来なかった。
(・・・・・この、またねが終わったら。)
そうしたら、今度こそ、終わろうと。そんなことを思いながら、またねと重ねて行ってしまう己が、ポルポは心から醜く思えて嫌いで仕方がなかった。
「・・・・・なあ。」
「どうした?」
夜が更けてしばらくして、ポルポとクララが眠った今、起きているのはプロシュートとリゾットだけだった。
そんな時、プロシュートが囁くように言った。
「クウジョウジョウタロウっていうのは、そんなにつええと思うか?」
リゾットはそれにふむと頷いた。
今回、日本にやってきたのは表向きは休暇である。ポルポがよく、観光として日本に行っているのは周知の事実だ。
ただ、リゾットは裏の目的を知っている。
この杜王町にあるという、スタンド能力を発現させる矢と弓の回収、そうしてやって来るというクウジョウジョウタロウという人物との接触だ。
どんな理由かは分からない。ただ、そう言った何故ということが知らされないのはよくあることなので気にしていなかった。
それよりも気になることは一つ、ポルポから絶対に守れと言われたことがあった。
何があってもクウジョウジョウタロウとの交戦は禁止すること。
何故かと言うと、ポルポはあっさりと言った。
きっと、私たちでは勝てないから。
その言葉は、確かに衝撃だった。
これでも、リゾットは戦闘面においてはポルポに信頼されていると思っていた。
それに加えて、プロシュートやクララまでいながら、彼女はあっさりと勝てないと確信していた。
さほどそう言った強さというものに関して、義務は感じていても、気にはしていなかったリゾットもそのジョウタロウという存在に興味は湧いた。
どれほどまでに、その男は強いのだろうか。
「・・・・あいつが嘘を言うとは思わないが。お前も何故、そこまで気にする?最強であるという自負などないだろう。」
そうだ、リゾットもプロシュートも任務を成功させることと強くあることがイコールではないことは分かっているはずだ。だというのに、プロシュートは何をそこまで気にするのだろうか。
「・・・・分からねえ。ただ、俺の勘が言ってるんだよ。クウジョウジョウタロウってやろうとポルポを会わせるとろくなことにならねえって。」
そう言いながら、プロシュートは苛々と足を叩いた。
プロシュートとしては、言いたくもなかったが、何となしにポルポがもうすぐいなくなるような感覚がしていた。
殺してやるのだと、誓っていた。
ずっと、いつか、安らかな終わりを迎えさせてやるのだと誓っていた。
プロシュートは、生きることの残酷さを知っている。生きていく上での栄光も、幸福も知っている。
それでもだ。
ポルポの生が、息苦しさと苦痛に塗れていることを知っている。
プロシュートは、己の力に名を付けた時、願いを込めて祈ったのだ。
いつか、いつか、死する時だけは安寧の中にある様にと。眠る様な、終わりがあるようにと。
溺れる様な、息苦しさに飲まれた彼女の終わりが安らかである様にと。
それだけが救いだ。それだけが、唯一の恩返しだ。
けれどだ。
今のポルポは、まるで何もかもが夢であったかのように、ふっと消えてしまいそうだった。
頼むから、死んでもいいから、いなくなってもいいから。
己の前で死んでくれ。
そうしたら、ちゃんと殺してやるから。弔いだってしてやるから。
だから、あんたの死ぬ理由を教えてくれ。あんたが死ぬ前に思ったことを教えてくれ。
何も知らないままに、置いて行かれるのは、たまらなく寂しいことだから。
何も望んでくれないのを知っていた。死ぬことに焦がれていることを知っていた。
共に生きてくれないのなら、死ぬ瞬間だけをどうか預けてほしかった。
大丈夫だ。覚えている。
あの夕焼けも、くんと匂う料理も。
プロシュートが、初めて与えられた無償の何かも、全部覚えている。
だから、大丈夫だ。
あなたがいなくとも、生きていける。一人でも。あの、泣き虫な女が泣きじゃくって、歩けなくなっても自分が背負って、引きずっていく。
だから、だから、一人ぼっちで死なないでくれ。
唯一の、貰った何かを返せる瞬間を、自分から奪わないでくれ。
終わりだけが、あなたに贈れる栄光だった。
ただ、プロシュートはぞわりと、ジョウタロウという人間が自分にとって好ましい結果を生むような気がするのだ。
それを聞いていたリゾットは、プロシュートに対して淡々と言った。
「・・・・・プロシュート。お前の力は確かに暗殺向きではない。ただ、お前は一人ではないはずだ。お前もペッシによく言っているはずだ。」
「何がだ?」
「一人で完璧に全てを終えることなどできない。だからこそ、俺たちはチームだ。お前が出来ないことを俺がやる。俺が出来ないことをお前がやる。」
リゾットは、そう言って息を吐いた。
「・・・ポルポが、そのジョウタロウにどうして俺たちが勝てないと判断したかは分からん。ただ、その理由を知れば、対処法を考えることも出来る。一人だけで戦う様な顔をするな。」
それにプロシュートは、虚を突かれたような顔をして、ああと頷いた。
「すまねえ。下らねえことを言った。」
リゾットは、少しだけ肩の力を抜いたようなプロシュートの様子にひらりと手を振った。
申し訳ない、この前にイルーゾォとソルベとジェラートとペッシの話を書きたかったんですがどうしても思いつかなくてこちらの話を先に書くことにしました。
ただ、お恥ずかしい話、書き手は戦闘などを書くのがからっきし苦手なので書きたい部分だけ書いて行くと思いますので、ご了承ください。
また、話の区切りが分かりやすいように整理していきます。