ひっさしぶりの投稿ですが。
すいません、最初に書いときますが、戦闘シーンは期待しないでください!
頑張るには頑張りましたが、ジョジョ特有の心理戦が難しすぎて挫折しまして。
もう、書けるだけのものを書こうと書きました。
あと、リゾットたちと承太郎の戦闘を期待してた方も吸いません。
展開もどうしようかすごい迷ってます。
憎悪と呼ぶことのできる感情が女から溢れた時、空条承太郎は戸惑いも無くスター・プラチナを出した。振りかぶった拳を、目の前の女に叩き込もうとする。けれど、それよりも先に振りかぶった拳が驚くほどの力で地面に引き倒された。
承太郎は目の前の女に神経を集中させていたとはいえ、気づかなかったそれに視線を向ける。そこには、あの木陰の中で見た道化師のようなスタンドがいた。承太郎はそれにスタンドに掴まれていない方の腕で拳を叩きこもうとする。
けれど、道化師のスタンドはスタープラチナの動きを止めることだけが目的であったらしくすぐにその場を離れ、そうして木陰の中に立つポリプスの元へ向かう。
ポリプスは自分のスタンドが自分の側に来るのと同時に、ゆっくりと地面に沈んでいった。
「・・・鬼ごっこをしませんか?」
静かな声だった。先ほどの激情など嘘のように、女は微笑んだ。
「DIOとかくれんぼをしたのなら、私とは鬼ごっこでもしませんか?」
ゆるりと微笑んだ顔だけが承太郎の目に焼き付いた。
(・・・・どこだ?)
消えた女を探して辺りを探すが、姿は見えない。承太郎は一瞬だけ迷ったのちに無言で走り出した。
同じようなカフェにいた一般人の安全、そうして自分が目的であるならば追いかけて来るうちにスタンド能力のヒントが得られることを予想してのことだった。
何よりも、承太郎は女の口にした、DIOという単語に思考を捕らわれていた。
「ポルポ!」
承太郎とは正反対の方向にプロシュートは静かに向かい、誰の目も無いだろう路地へと飛び込み叫んだ。それに、リゾットもまた姿を現す。
プロシュートは明らかに冷静さを失って彼女の名前を叫んだ。それにリゾットが慌ててプロシュートの腕を掴んだ。
「おい、騒ぐな。」
「そんなこと言ってる場合か!あの馬鹿!」
「落ち着け!そんな状態であいつを探せると思っているのか?仕事の最中だ。」
仕事、その単語でプロシュートは一応、表面的には落ち着きリゾットを見る。
それにリゾットは自分も喚き散らしたいという欲求を必死に抑える。聞いていた言動全てが、あまりにもらしくなかった。
ポルポは、こういっては何だが臆病だ。臆病と言うよりも、争い事と言うものを徹底的に避ける人間だ。それは、ポルポと長い付き合いであるリゾットもよく知っている。
だが、あの言動は何だ?
ポルポはあんな荒い言葉を使ったことがあったか、あんなにも吐き捨てる様に話すことがあったか?
彼女が、怒りと言えるものを吐き出したことがあるか?
リゾットは久方ぶりに感じる動揺を噛み殺す。
らしくない、らしくない、らしくない。
己自身で、危険だと言っていた空条承太郎。慎重に、すぐに逃げられるように、そう言った自分の言葉を覆して承太郎に喧嘩を売ったポルポのことが分からなくなったためだ。
「ともかく、ポルポを探して・・・・」
「リゾット、プロシュート。」
いつも通り、穏やかな印象を受ける、女にしては低く男にしては高い声がした。
リゾットとプロシュートはその声の方に視線を向ける。
建物と建物の間、その先、暗がりの中に女が一人。
リゾットとプロシュートは心の底から安堵に満ちた顔で彼女に振り返る。
そんな二人にポルポは静かに微笑んでいた。
「・・・・リゾット、プロシュート。ホテルに帰っていてください。もしも、仮に私が戻らなかった場合、速やかに回収をお願いします。回収も無理な場合、カラマーロに指示を仰いでください。」
「何を言っている、ポルポ!俺たちが秘密裏に動いてることを忘れたのか!?あいつの裏にはスピードワゴン財団もある。これ以上、目立つことは。」
ポルポは何故か、少しだけ、口元にあわく笑みを浮かべた。そうして、視線を少しだけ下げた後に、掠れた声を出す。
「だって。」
子どものような声だった。いつもの、落ち着き払った老いた声ではない。まるで、子どもの癇癪が爆発する寸前のような声だった。
「だって、ひどいじゃないですか。」
掠れた、声だった。ポルポは右手で自分の左手首を握りしめていた。そうして、左手も又ぎりぎりと強く握りしめている。震えるその様は、彼女がどれだけ力を入れているか示しているようだった。
口元が、戦慄く様に震えていた。見開かれた目が、まるでガラス玉のように光っていた。
「私は、ギャングです。ええ、悪徳を、罪を、地獄を、死体の山を築いてまいりました。私は、いつか地獄に落ちるでしょう。私は罰せられ、報いるべきなのでしょう。」
でも、それでも、それは自分が傷付け、殺し、踏みつけた、遠い何時かの誰かであるべきだ。
ああ、なのに、なのに、なのに!
唸り声のような、轟きに似た何かが彼女の中で荒れ狂っていることが手に取るように分かった。
「助けも、憐れみも、救いもくれなかった、正しいだけのヒーローであっていいはずがない!」
リゾットは、言葉を失った。いつもなら、彼女を拘束してでも動きを止めてその場から離れていただろう。
けれど、出来なかった。リゾットは、彼女の瞳に、初めて灯る憎悪と怒りの焔を魅入られるように見つめた。
ああ、劫火が燃えている。
揺蕩うような、夕焼けのようなはずの赤は、今は劫火の色に見えた。
叫び声が聞こえる、涙が落ちたように見えた、狂おしいまでののたうち回る苦痛をリゾットはそこに見る。
(そんな、そんな感情があったのか。)
いつだって、ぼんやりと、全てのことへ頭を抱えて、天災が過ぎることを待つ無力な人間のように振る舞う人。
いつだって、抵抗と言う言葉など知らず、絵空事を見つめる様に空虚な瞳をしている彼女。
優しい女だ、柔い女だ、愚かな女だ。
与えることしか知らぬ、自分の中に何があるかさえ知ろうとしない。
生きてという言葉すら、意味が分からぬ白痴のように溢して、取り溢してしまう人。
その姿に、その、抵抗すらしない徹底的な無害な在り方を愛おしいと思っていたのは事実だ。
その、自分たちとは正反対の在り方が安らぎだった。
それでも、寂しいとだって思っていた。
自分たちと、あんたは生きてくれないんだな。
生きてなんて、どれほどお笑い草の話なのか、分かっているのに。
けれどその時、初めて、リゾットは彼女が生きているのだと、生々しいまでに一人の人間であると知った気がした。
ポルポはそっと、壁に手をやった。そうすれば、まるで沈んでいくように、混ざるように壁の中に消えていく。
リゾットはそれに壁に駆け寄るが、一歩遅く、ポルポは消えていた。それに彼にしては珍しく、汚い言葉が漏れ出た。
「・・・・てめえは、どうする?」
「なに?」
リゾットはプロシュートの声に視線を向けた。プロシュートは動揺が消えたわけではないが、やけに静まり返った目をしていた。
「俺はポルポを追う。」
「当たり前だ、今はあの馬鹿を止めなくては。」
「いや、ポルポの援護に回るんだ。」
「プロシュート、何を言っている?」
リゾットがそれに声をあげるが、プロシュートはそれに背を向けた。リゾットはそこそこ、今では長い付き合いになってしまっているそれを見た。
「分かっているのか!?空条とは絶対に戦うなと命令されているはずだ。それは相手が強いだけではなく、背後の組織が面倒だと分かっているだろう!?」
仮に、仮にだ。空条承太郎を始末できたとしても、その犯人をスピードワゴン財団は追うだろう。それがどれほど面倒な事なのか。
「・・・その命令をしたポルポが望んでんだよ。」
「どんなことがあっても空条承太郎との戦闘は避けろと命令されている。」
「・・・関係ねえんだよ。」
吐き捨てる様にプロシュートはそう言って、リゾットをねめつける様に振り返った。
「てめえは、救われてねえから、泥の中から引き揚げられてねえから分からねえだろうよ。死にゆく人間の墓守になるしかねえ奴の気持ちなんざ。」
それでも、俺はあいつの望みを叶えるだけだ。あの女が望む死を、俺は捧げるだけだ。
その言葉と共にプロシュートは空条承太郎が走っていった方向に走り去っていく
リゾットはそれを追うか、迷う。
(どうする?)
このまま走っていった馬鹿を止めるか。それとも空条承太郎とポルポを分離するか。いっそのこと、本国に電話をしてカラマーロに指示を仰ぐか。
ぐるりと頭を駆け巡る選択肢にリゾットは歯噛みして、プロシュートの後を追った。
現状での最悪は、空条承太郎にポルポとプロシュートが敗れ、自分たちのことがばれることだ。
リゾットは走り、ポルポとプロシュートへの怒りを蓄えた。
(・・・分かるものか。)
ああ、そうだ知るものか。自ら死に向かっていく様な愚か者の気持ちなんて分かるはずがない。
救われたと言いながら、救ってくれたそれの死を甘受するような臆病者の気持ちなんて知るものか。
それでも、彼女の怒りに満ちた目がリゾットの脳裏にまざまざと焼き付いていた。
走り出す彼らを、一人の少女が見ていた。空色のキャスケットを被りなおして、隣りにいる相棒と顔を見合わせた。
「・・・・どうなってんのさあ!マスター!」
彼女はそう呟いた後、少しの間迷った後に、帰宅途中の学生たちの声がする方に向けて視線を向けた。
くすくすと声がする。
空条承太郎は町の中を進みながら、視界の端に、気配で、そうして音として自分を追うものがいると分かっていた。
町の中、商店街近くの家の立ち並ぶ中は未だ人影はあまりない。そんな中、ありとあらゆる影の中から気配がする、声がする。
それが相手の位置を掴みにくくしていた。
建物の路地裏、何かの物陰、かたんと動く音がする。それは、さながらどこかで見たホラー映画のように不気味だった。
承太郎の背後には青い巨人、スタープラチナがいた。それによってぐるりと辺りを警戒するが、そこらかしこにざわめきが広がっている。
(・・・・時を止めるとしても三秒。)
空条承太郎、彼の持つスタンドのスタープラチナの能力は確かに強力だ。時を止めるその瞬間、誰もが無防備になる。
それは限定的とはいえ、絶対的な守り、絶対的な攻撃に等しい。
けれど、それは敵がどこにいるかという位置把握をしてのことだ。
今、女の位置が分からなければ意味がない。
その時だ、背後を警戒していたスタープラチナが何かに反応する。承太郎はスタープラチナが捕らえたそれに目を向けた。
ひしゃげた弾丸に承太郎は一度帽子に手を添えて、目を細める。
「いたのか?」
それにスタープラチナはこくりと頷いた。
「スタンドだけか?」
それにスタープラチナは横へと首をふった。
「・・・・こんなもので俺が殺せると思うのか?」
その声に答える者はいない。ただ、四方八方から何かの笑い声と、そうして物音に気配がしてくる。
承太郎は反応がないことなど予想はしていた。が、相手の本当の意味での目的が分かっていないためにどう動くかを思案する。
(先ほどの動き、影の中に潜むことが力か。)
それ自体が能力なのか、それとも何かしらの能力からの派生なのかは分からないが厄介なことは確かだろう。影を瞬時に移動する俊敏性とどこから攻撃してくるか、予想が立てにくい。
が、承太郎がいるのは閑静な家々が建つ地域だ。ちらりと、空を見れば日は大分傾いている。辺りが暗闇に包まれたとき、それが敵にどれほど有利になるかは考えずとも分かることだ。
承太郎は軽く息を吐いた。
(・・・・承太郎さん、何か、上でしてる。)
ポルポは闇の中を漂いながら、ぼんやりとそんなことを考える。
ここはいつでも、不思議な所だと、ぼんやりと上を見上げた。
ポルポがいるのは、ブラック・サバスの力で作りだされたのか、元々あったのか分からないいわゆる影の中だ。
まるで宇宙空間のように、上も下も真っ暗でポルポはふわふわと浮いている。
上下の感覚も無くまるで水に浮いているようだった。
この空間は厄介なことにブラック・サバスしか自由に動くことが出来ずポルポでさえも浮くがままに漂うしかない。
(昔は、無尽蔵に物がしまえるなあとも思ってましたが。)
この空間、物を放り込んでおいたとしてもブラック・サバスを引っ込めて能力を解除してしまえば自分の近くの影に放り込んだものが出現してしまうため倉庫として活用も出来ないのだ。
無駄に広い空間はそのまま放置されている。
そうしていると、ポルポの近くで上を見上げていたブラック・サバスが彼女を見下ろした。
「望みは何だ?」
「望み・・・・」
ポルポは夢を見る様に囁いた。本当に、夢を見ているようだった。
何をしているんだと、今になってそう思う。
無意味だと思う、勝てないなんて分かり切っている。
それでもなお、腹の奥底でぐつぐつと沸騰する怒りが収まらなかった。
教えてほしい、誰でもいいから、教えてほしい。
例え、どれだけ、理不尽でも、悲しくても、苦しくても、正しさの前に粛々と跪く在り方を教えてほしい。
(・・・・無意味であることも、抵抗も赦されない生を、知らずに生きて来た君に何が分かる。)
空条承太郎の人生を考える。
そうだ、確かに彼は失っただろう、亡くしただろう、戦う運命を背負わされただろう。
けれど、それでも、君の人生は確かに誇りだけは守られたはずだ。
花京院典明もモハメド・アヴドゥルも、イギーさえも誇りを持って死んだだろう。その死は、確かに意味を持ってなされただろう。
知っているかい、まるでゴミのように死んでいく誰かを。知っているかい、たった一欠けらの薬に命を捧げる中毒者の末路を。知っているかい、愛しい女のために鉄砲玉になって無価値に死んでいく誰かを。知っているかい、守られることも無く大人に食い物にされる子どものことを。
知らないだろうね、知らないだろうね。
きっと、主人公の君には、脇役たちの人生なんて、知らないだろうね。
誇りを持てるほどの意義を知らず、祈りを託せるほどの輝きを見ることなく、ヒーローは現れず、愛してくれる父母は無く。
物語の微笑んではくれない、脇役たちの悪徳を。
人は、悪に物語を求める。
そこにはきっと不幸があって、そこにはきっと憎しみがあって、そこにはきっと悲しみがあって、そこにはきっと認められぬ誇りがあって。
笑わせる。
ポルポは、そんな期待に満ちた観客たちに嘲笑を送るだろう。
何故、悪に走るか?
単純だ、生きる為に人は悪に落ちるのだ。
ただ生きていくために、ただ死にたくない故に、窃盗を働き、春を売り、薬をちらつかせ、人は人を殺すのだ。
確かに、少数として人の苦しみを是とするものだっているだろう。豊かな何かを求めて、略奪のために悪をなすものだっている
けれど、その手足となる弱者にはただ明日を生きるための延命行為でしかないのだ。
善人が悪に落ちないのは簡潔な話で、する必要がないからだ。
富を持つ者が盗みを働くのか?体以外に財産がある者が春を売るのか?知識がある者が薬に手を出すか?
善人とは、追い詰められたことも無ければ、貧困にあえぐことがないからこそ、悪を否定できるのだ。
(・・・・だからこそ、赦せない、裁かれたくない、ああ、止めてくれ。なら、なら、君は、空条承太郎。ええ、ジョジョ。あなたたちは、本当に、追い詰められようと善であり続けられたんですか?)
殺すことなんて考えない、何をしたいかなんて自分だって上手く分かっていない。
ただ、ただ、分かってほしいのだ。知らぬままでいてほしくないのだ。
弱者の、強者として産まれたものへの憎しみを。
「ブラック・サバス。」
ポルポは、どんなことがあっても自分を裏切らない相棒に話しかけた。
「頼むからね?」
「・・・・それを、お前が望むなら。」
ブラック・サバスにポルポは微笑んだ。
ああ、そうだ。理不尽でいいじゃないか、愚かでいいじゃないか。
(私も、所詮は悪党だ。)
空条承太郎は、くすくすと笑い声の聞こえる声をひたすらに攻撃していく。椅子の影、建物の隙間、木陰の中。
ありとあらゆる暗闇の中に、それの気配があった。
承太郎が動くと同時に、その声も、気配も又移動する。そうして、随時、死角からサイレンサーでも付いているのだろう拳銃からの発砲が来る。
承太郎は無言でそのまま走り続ける。
そうして、気づくと彼は丁度陽の光の届かない脇道に立っていた。
そうすると、くすくすと、くすくすと、ひそやかな女の声がした。
「・・・・捕まえましたよ。」
穏やかな声が聞こえる。承太郎は、その声がした方向に拳を振るうが、そこには誰もいなかった。
承太郎はぼそりと呟いた。
「何が目的だ?」
少しの沈黙が広がる。そうして、ちょうど、背後の辺りから声がした。
「・・・・あなたに、苦しんでほしい。」
「恨みを受ける覚えなら、売るほどにあるんだがな。」
「・・・・そうですね。娘さんを置いて、世界を駆けまわる程度に。」
その言葉に、承太郎は本当に微かに、誰もが見落としそうなほど微かに動揺を現した。声は構うことなく話し始める。
「悪とは、きっと裁かれるべきでしょう。あなたがあの、哀れな吸血鬼を殺した時のように。」
「・・・・てめえ、DIOの関係者か?」
「いえ、知っているだけです。彼のことは調べようと思えば調べられますよ。別段、彼は誰とも関わらずに行動していたわけではないので。勘違いされているやもしれませんが、私は別に彼の信奉者と言うわけではないですよ。」
「それにしちゃあ、やけに知ってる口調で語るんだな。」
「そうですね。私は、ある意味では生きている人間の中で一番彼について知っているやもしれませんね。でも、好ましいとは思っていませんよ。私はあくまで彼を、いえ、ディオ・ブランドーを憐れんでいるので。」
承太郎はそんなことを話しつつ、少しだけ体を動かし、影から出ようとする。けれど、それもまた背後からの射撃によって止められる。
そうして、その声はそんなことにさえも気にも留めずに話を続けた。
「私は、ディオ・ブランドー側の人間です。あなたたちが正しいと知りながら、それでも悪でしかないものです。」
ああ、それでも!それでもなお!
正しいだけの貴方に、裁かれたくなんてないんです!
その声と同時に、承太郎の足もとからぐわりと手が躍り出た。そうして、それはまっすぐとスタープラチナの首を捕らえた。
「ぐっ!?」
承太郎は首元へかかる力に呻き声を上げた。壁に叩きつけるその力は、スタープラチナと同等と言ってよかった。
承太郎はすぐにスタープラチナを動かし、それを振りほどこうと力比べに入る。
その時だ、自分の右手側に人影を確認したのは。
女が立っていた。
善良で、平凡そうな、何故か奇妙な懐かしさを覚える女。それが構えて拳銃を向ける様は、どこかまるで意味の分からないモチーフをごちゃごちゃに描き込んだ絵画を見ている気分だった。
そうして、それと同時に、時が止まった。
承太郎はその女の動きを見るうちに幾つか気づいたことがあった。
まず、攻撃をするとき、スタンドと女は必ず影から外に出ていた。そうして、承太郎に攻撃を加える折り、必ずと言っていいほど拳銃であった。
(こいつは攻撃する時、必ず外に出てる必要がある。それに加えて、女もまた影の外に出てやがった。)
ならば承太郎にとって女の下手くそな誘導に乗る価値があった。影を主な経路にしているところを見れば相手は恐らくより有利な場所に自分を追いこもうとするだろう。
正直な話をすれば、スタープラチナの力は温存しておきたくはあった。女のほかにいたという、風を使う狼型のスタンドを持つ少女のほかに仲間がいる可能性もある。
だが、それも彼女の口から飛び出たdioという言葉に出し惜しみは止めた。
もしも、仮に、その女が石仮面以上の何かを知っているというならば。出来るだけ迅速に、女について手中に収めておきたかった。
(・・・いや、それ以上に。)
承太郎の中で、女への疑いや不信感は確かに存在している。だというのに、何故だろう。
空条承太郎はその女を、出来れば傷つけたくないと考えている。
そんな理由など、ないはずだ。いっそのこと、徹底的に再起不能にして口を割らせる必要がある。
けれど、何故だろうか。承太郎は、その女への奇妙な親しみを捨てきれずにいた。
くんと、香る、腹の空く匂い。ああ、そうだ、知っている、
承太郎もまた、幼いころ、夕焼けの中をそんな匂いの中で帰った。そんな匂いに出迎えられた。
(・・・・これは、なんだ?)
承太郎の中で、ふつふつと湧き上がって来る女への警戒心。自分の中で生まれる、女への感情。それが何かは分からない。スタンド能力なのか?だというならば、余計に女の能力が分からない。それとも、仲間が他に隠れているのか?この感覚はその仲間の力なのか?
あまりにも情報が足らない。
それ故に、承太郎は確実に、その女から潰すことにしたのだ。
動きの止まったスタンドからスタープラチナは抜け出すと、その女に向かっていく。
ラッシュ、とまではいかないが幾つか拳を叩き込んでおこうと思っていた。
けれど、承太郎は女を見て、それを躊躇してしまったのだ。
女の眼は、恐怖と緊張で彩られていた。それこそ、今にも崩れ落ちそうなほどに、その姿は弱々しい。
そこには、空条承太郎という正しい男が守らねばならない、ただの凡人がいた。
そうして、何よりも、女の手は確実にほどけて拳銃は今にも滑り落ちそうになっていた。
それが、承太郎の躊躇を呼んだ。その確実に己が内にあった、女への奇妙な親しみと懐かしさに引きずられ、そうして時が動き出す刹那の時間、彼の判断は確実に狂った。
一発だ、たった一発。
確かにスタープラチナから繰り出されたそれは強力であり、それによって女の体は人形のように吹っ飛び、そうして転がった。
その受け身も取らずに地面に叩きつけられる音、仕草。それに、女が確実に気絶していることが察せられた。
そうして、女を殴るためにスタープラチナを前方に出していたがゆえに無防備になった背後において、背中に何かが突きつけられる。
(いつのまに!?)
承太郎が一種、刹那の時間に背後を赦してしまったそれに視線を向けた。そこには、女の戦闘不能によって消えているだろう、道化師姿のスタンドがいた。
「消えてないだと!?」
(・・・・ああ、よかった。)
スタンドとは、基本的に持ち主の意思がなければ動くことも、能力を使うことも出来ない。遠距離の自動操縦型や特殊なスタンドだけで独立した存在ならば別だろうが。
だが、彼女のスタンド、ブラック・サバスは違う。
彼は徹底的に自我が確立されている。それこそ、セックスピストルズよりも確実に。
ブラック・サバスはポルポが気絶していようと行動することが出来た。
(ああ、昔、拉致されたときもそれで助かって。)
腹から広がるずきずきとした痛み、そうして腹への圧迫によって酸素が取り込めず段々と意識は薄れていく。
(・・・これぐらいしか、一矢報いることは出来ないもんな。)
ポルポの承太郎へ唯一勝るのは、彼のことをよく知っているという情報面だ。
調べた中で、承太郎という存在の能力は表立って明かされていない。調べれば、スピードワゴン財団に所属している程度のことしか出てこなかった。
空条承太郎という存在の人生を考えれば、ポルポがdioという存在への認識をさえずれば、彼は確実に自分を追ってくるだろう。どんな、下手くそな誘いであっても。そうして、確実に自分を潰すために時を止める、その最強の能力を使うはずだ。
そうして、その瞬間、自分自身を囮にして承太郎の気を引く。
穴だらけの考えだ。けれど、ポルポはかけたのだ。
拳銃を取り落とし、恐怖に震える女へ攻撃を緩めるというジョジョと言う人間への優しさに。DIOという存在への敵対心と警戒心に。
穴だらけの考えだ。けれど、ポルポは賭けたのだ。
穴だらけの作戦だ。けれど、確かにポルポはその賭けに勝った。
(・・・後は、ブラック・サバスに頼んである。)
拳銃を構えていても、それは脅しだ。
ブラック・サバスは実際の所、拳銃の腕はそこそこある。あそこまで近づけば、確実に承太郎に傷をつけることができるだろう。
分かってはくれないだろうけど。きっと、きっと、彼らはこの弱さを知ってはくれないだろうけど。
きっと、空に輝く星は、落ちる時でさえも潔く、輝かしく落ちていくのだろう。
泥のように、地面に伏せることも無く。
結局、意味なんてない、結果なんてない、価値だってない。
この承太郎との戦いは所詮、ポルポの愚かで考えなしなエゴの果てだ。
後は、ブラック・サバスに連れて逃げ出してもらうことになっている。
(・・・・ああ。でも。承太郎さんと、味方に。せめて、あの子たちの味方を。増やして。)
それっきり、ポルポの意識はぶつりと切れた。
承太郎は、とっさに、自分に突き付けられた拳銃の先を手で払いのけようとした。少しでも、ダメージを減らそうとしたためだ。
けれど、承太郎の予想に反して、ブラック・サバスは拳銃を放り出した。そうして、承太郎の脇をすり抜けると、何故かスタープラチナに向かっていったのだ。
承太郎はその道化師の背を目で追った。
そうして、その先の光景に目を見開いた。
ブラック・サバスは、スタープラチナに触れた瞬間、まるで溶け込むようにゆっくりと沈んでいく光景を捕らえた。そうして、ブラック・サバスはスタープラチナの中に姿を消す。
それと同時に、承太郎はスタープラチナとの間にある、繋がりと言える何かが薄れたのを感じた。
消えたわけでも、切れたわけでもない、薄れたのだ。
スタープラチナへの制御が出来なくなっていることに気づくと同時に、倒れていた女がゆっくりと起き上がった。ダメージはあったのか、腹を押さえている。
「残念ながら、無駄だよ。少しずつではあるが、仕込みは確実に済ませてあるのでね。」
「何しやがった。」
「おやおや、そんな怖い顔をしないでくれないか?」
その女は、今までの怯えが混じった、静かな笑みをかなぐり捨てた様に、にやりと笑った。
「君だってこの子に対して中々のことをしてくれたじゃないか?」
静かで控えめであった声音は、まるで承太郎を嘲笑うような冷たさと、そうして楽しみにあふれていた。猫背のように丸まった姿勢はピンと伸びて、挑発的に腰に手を当て、楽しそうに承太郎を見た。
「あいにくと、私はお世辞にも君を好きではないのだけれどね。だが、残念ながら、私は何としてでも君に選んでもらわなければいけない。そうだね、それには、信頼が必要だ。」
さあ、空条承太郎君、私と取引をしないかね?
次回、この話の後か、プロシュートたちの方で何があったかを書くか。
リゾット&プロシュートvs承太郎を期待してた方、すいません。
あと、できれば感想いただけると嬉しいです。