蛸の見た夢   作:藤猫

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確かに選ぶことの叶った正しき人と、選んだけれどそうではなかった人について

Zの話を書いていなかったので。


どうしようもなかった誰かへ

望んだものは何だったかと、ぼんやりと考えることがあった。

死んだことは確かだ、死んで、終わってしまって、それでも自分は異国で、名さえも思い出せないほどに朧げな自我の中、それでも何故か自分がここではないどこかで生きた別人であるという事実だけは抱えていた。

だからこそ、馴染めなかった、愛せなかった。

この肉体の本当の持ち主ではないのだとしたら、本当の父や母にとって自分とは何者だろうか。

どうして、私はここにいるのだろうか。

そんなことばかりを考えた。

半端に老いた精神はより一層、自分を孤独にした。周りを余計に遠ざけた。それを悲しいだとか、寂しいだとかは思わなかった。

自分自身、己が歪さを理解していた。

早く、一人で生きていたかった。ひっそりと、一人でもいいから、自分と言う存在を赦しながら生きたかった。

 

その願いは、悉く否定されることになったけれど。

 

ポルポと、彼の人は名を呼ぶ。

実際の所、名を呼ばれたことなんて一度も無いけれど、それでも、知っている声が名を呼ぶ。その声に命じられるままに、人を殺した。

人を殺した。人を、殺した。

男を殺した、女を殺した、老人を殺した、若人を殺した。子どもを、殺した。

抗うなんて考えたことも無かった、悪を討つなんて出来るはずもなかった。

死ぬのは怖かった。

人を殺したと言っても、別段、ナイフを使っただとか、銃で撃ち殺したわけではない。

全て、ブラック・サバスがしてくれた。

息絶えた誰かを前にして、茫然と、それを見つめていた。

肉に刃を突き立てる感覚など知らない、噴き出す血の温かさを知らない、首に回した手の感触を知らない、骨が砕ける固さを知らない、誰かを突き飛ばす軽さなど知らない、撃ち放たれた弾丸のトリガーの軽さなど知らない、頭に打ち付けた石の重さなど知らない。

命が途絶える感触なんてしらない。全てを、ブラック・サバスが行った。

その感触を知らない、その、温かさも、冷たさも知らない。

けれど、その罪は全てポルポのものだった。

ふっと体からなくなってしまう、21gの重さだけは、知っていた。

 

誰もが生きていれば見当だってつかない人生を歩んでいる。

行った選択が、どんな結末を招くかなんて知っている者がどれだけいるのか。

それでも、選ばなくてはいけない。停滞など、赦されない。

それでも、まだましだと信じられるような道を選びたかったのだと思う。

 

死にたくないと願った。

誰だってそうだろう。

見知らぬ誰かを守るために、人を殺したくないという善性と尊厳のために、全てを諦められる人間がどれほどいるだろう。

強者に逆らったしっぺ返しを受ける覚悟を誰が持てるだろう。

だから、人を殺した。

他人の死体を踏みつけて、その上でせめてと星に祈った。

何を祈ったかもわからずに、どうして祈ったのかもわからずに。

罪の果てに掴み取ったのは、光り輝く黄金と暗闇だった。

それはポルポを救ってはくれなかったし、それは一時の夢に浸らせてくれることも無い。

酒を飲んでも心は晴れず、美食を食べてもむなしく、美しいものと触れ合う気も起きず。

夢に逃げることもできず。

だから、溜りにたまった富を他人に分けていった。

 

孤児院を作った、病気の誰かに医者をあてがった、堕ちていく誰かを押し上げて、逃げ出す誰かの背を押した、汚れた足を洗い、望むものを手に乗せた。

報われてほしいと思った。

可能性を見たかった。

闇の中に落ちて、人を傷つけて、どうしようもない落とし穴にはまりこんで。

それでも、欠片でも、報われて、救われることだってあるのだと。

そう、信じたかった。

祈りたかったのだ。

ポルポは罪人だ。

積み上がった死体の山、聞こえて来る怨嗟の声、殺意に振り下ろされる手。

それはポルポの選んだ結末だ。

選択の末に、必ずそれに見合った報いがやって来る。

それだけで。

生きていれば選択は必ず訪れる。選択の末に、抗えない現実だけが待っている。

こんなはずではなかったのにと、幾度思っただろうか。

どうすればよかったのだろうかと、幾度のたうち回っただろうか。

こんな結末を、望んでいたことなんてなかったのに。

変わりたいと思った、逃げたいと思った。

けれど、そんな隙も無く、訪れる現実に流されぬように、耐えていくうちに、変わりたいと願っていたのに、次々と起こる現実になすすべもなく、時間だけは流れて。

気づけば、もう。どうしようもなくなっていた。

 

だから、だから、自分は死ななくてはいけないから。罰を受けなくてはいけないから。

それでも、なお、ちっぽけな偽善と尊厳と、救済のために助けを請う手を取り続けた。

私は悪党だ、私は殺人者だ、私は罪人だ、私は咎人だ。

分かっている。分かっている、それでも、どうしようもなかった何時かだってあるのだ。

幸せになりたかった、優しい人でありたかった、誰のことも傷つけたくなかった、愛されたかった、愛したかった、光の先に歩いて行きたかった。願った事はその程度だった。

それでも、どうしようもなく、その願いは叶うことはなくて。誰かを傷つけて、騙されて、利用されて、ただの純朴で真っ当な願いがどうしようもなく、醜く、利己的に落ちていくことを知っている。

いつかは、裁かれなければいけない。

たとえ、どんな理由や背景があったとしても、その行動への責任は取らなくてはいけない。

生きたいと、そう思って、人としての理から逃げ出して、獣同然に人を殺しつくしたそのくせに、ポルポは結局の話、積み上げられた罪に耐えられなくなった。

死にたいと思った。

ああ、だって、自分の積み上げた死への贖いなんてそれぐらいしか出来ないだろう。

生きることに疲れ果てた、罪を積み上げることに疲れ果てた、憎しみを背負い続けることに疲れ果てた。

 

(・・・ああ、早く。)

 

一日、一日を踏みしめるたびに、いつかやって来る自分の運命を待ちわびた。

太陽のような紳士と、夜のような吸血鬼の在り方を受け継いだ、黄昏の様に明るくて、月の様に夜闇を照らす、そんな運命を待っていた。

そんないつかを待っていた。

いつか、殺される日が来たのなら。いつか、裁かれる日が来たのなら。

そんないつかまでは、せめて、せめて、正しいものを目指していたかった。けして叶うことはないとしても、それでも、泥に落ちて沈んでも星に手を伸ばしていたかったのだ。

少しでも、星のように生きたいと願っていたのだ。

 

 

「お前は所詮は人殺しだ。」

 

言われた言葉は、真実だった。どうしようもなく、自分の醜さを自覚した。

 

ボスであるディアボロからとある町を仕切る同類から縄張りを奪えという命令があった。

珍しいことだった。

ポルポは、これでもディアボロの虎の子だ。

ディアボロの何よりも強みと言えるスタンドと言うジョーカーを生み出せる彼女は普段は滅多にそういった荒事に出ない。

ただ、その折は出来るだけ街を無傷で手に入れたかったらしく、穏健派のポルポが選ばれたのだ。

特別、断る理由も無い、何よりもボスの命令を跳ね除けることなどできるはずも無く是と頷いた。

 

まず、調べたのは相手のことだ。

構成員、そうして、幹部についてだ。

未だにスタンド使いがいないらしい。

 

(・・・私たちがいなくとも、いつか滅びていたでしょうね。)

 

所詮は、スタンド使いは日の当たる場所で生きていくことは難しい。

絶対的な少数派であり、そうして、少なくとも只人よりは強者としての力をもった人間は、結局のところ驕る者が多い。

自分こそが強者だと、どんなことをしても恐ろしくはないのだと、ばれはしないのだとそう思った瞬間、大抵の人間は小悪党に成り下がる。

特異になった瞬間、自分が物語の主人公になったような絶対感に酔いしれる。

そこから先に、転がり落ちていくのは容易い。

 

(スピードワゴン財団みたいにまともな所に所属できる方が稀ですよねえ。)

 

法的に罪を証明できないと言うだけで涎を垂らしてほしがる者は多数なのだから。

そのため、スタンド能力を使って裏の世界に所属するものは多数いた。

表だって、組織によってスタンドというものが認知されるようになって、だいぶ経った。

珍しいなとぼんやりと、そのまま調査を続けていくうちに。

ポルポは、Zという通り名の男、ツェペリの生き残りに出会ったのだ。

 

可能性がなかったわけではない。

イタリアと言う国であるならば、彼の血族に出会う可能性はあった。けれど、こんな所で出会うなんて思ってなどいなかった。

 

(・・・いや、当然か。)

 

ツェペリの血族であるというなら、悪と言う肩書を背負っても正しさのうちに、祖国のために足掻く可能性はあった。

ああ、ならば、この出会いは必然だというのだろうか?

それでも、最初は幸運だと思った。

彼の血族ならば、きっと、話し合えば分かってくれると思った。

もしも。

取り込みが上手くいけば、街をどう動かすかについてはポルポの手腕に任されていたためだ。

ポルポ自身、さほどの自覚はなくとも、感情に置いての絡め手では誰よりも上手かったせいだ。

 

が、話し合いは驚くほど難航した。いや、当たり前だ、代々大事に守って来た縄張りを新参者に渡せるはずもない。

ポルポは何とかギリギリの条件で交渉を進めたが、よい返事など帰ってこず、ディアボロに言い渡された期限は差し迫っていく。

実力行使も考えなくてはいけないと思ったその時だ、Zからの提案が出されたのだ。

二人きりで話し合いが行いたいというそれにポルポは戸惑いも無く飛びついた。

ブラック・サバスの存在もあるが、相手はツェペリであるのならばと信用があったせいもある。

ポルポは信用していた、悪党として在りながら、それでも正義をなしているのだと信じるに足るそれのことを。

 

 

リゾットやカラマーロが止めるのも聞かずに、ポルポはそれに飛びつき、護衛付という条件で話し合いの場である教会に向かった。

 

静謐な教会で、十字架を前に見目麗しい男が立っている。

ポルポの様にスーツを纏い、そうしてしゃれた中折れ帽をかぶっている。そうして、帽子から零れ落ちる髪は、それらと同じように真っ黒であった。

 

「君が、ポルポか?」

「・・・・はい。そうです。」

 

その声は、低く、落ち着いた声音だった。

ポルポはゆっくりとした足取りで男に近づいた。

丁度、男の斜め後ろ、十字架の真ん前にてポルポは立ち止まる。男は、無言で十字架を眺めていた。

 

「・・・・交渉の場を用意してくださった事、感謝しております。」

「・・・・いや、君とは話さなくてはいけないと思っていた。」

 

やはり、その声は静かで、温度のないものだった。

ポルポはそれに男の言葉を待った。

 

「君たちからの取引の条件、見させてもらったよ。正直言えば、なかなかによい条件だ。」

「はい、出来る限りの譲歩をさせていただいております。」

 

後ろを向いたままで、男の表情は見えなかった。条件についてはすでに提示してある。ボスが頷くかどうかもギリギリな、それこそ破格の条件だ。

元より、彼らに語る言葉はない。

普段ならば、もう少しビジネストークとも言える交渉をするのだが。相手はツェペリの子だ。

ならば、余計な言葉は必要ないのだと思った。

 

(・・・金髪じゃないんですね。)

 

ポルポは、敵側の中にいるというのに珍しくそんなことを考えた。

黄金色の髪は好きだ。太陽の様に、星の様に、お月様の様に、キラキラと輝く金の髪は、ポルポにとって美しいものの一つだった。

彼女は、ぼんやりとシーザー・ツェペリのことを考えていた。

そうはいっても、彼女自身シーザーという存在に対して何かしらの知識はあるわけではない。二部、ジョセフ・ジョースターの物語に関しては、あまり熱心に読んでいたわけではない。

彼女の興味を引いたのは、ジョナサン・ジョースターとディオ・ブランドーの物語であって彼らが出なかった二部に関しては一度原作を読んだ程度だ。

細かな事は覚えていない。ただ、なんというか典型的なイタリアーノで。

 

(自分にとって祈りを持って、最善を選んで死んでいった英雄。)

 

自分の様に悪い子で、それでも正しい方向に進み、英雄として死んだ男。

 

(私には、出来ない。)

 

確か、彼の弟妹達に関してはどうなったのか語られていないため、詳しいことはわからないが。

 

(いえ、それ以上にツェペリである彼が、ジョルノにとってのギャングスターだったことか。)

 

男がこの頃ただの一般市民の子どもに対して気にかけていることを知り、その名を見た瞬間息を飲んだ。

未だに黒髪のままの子どもと、その名前に息を飲んだ。

それでもすぐにポルポは納得した。

ジョジョが暗闇の中にいるのならば、それを導くような灯りになるのも又ツェペリの宿命なのかと。

それに、何を思っただろうか。

 

(・・・・どんな悲しいことがあっても、それでも、導いてくれる星が用意されているなんて。私は。)

 

「ポルポ。」

「はい、何でしょうか?」

 

ぼんやりとした思考の中に、男の声が入り込んでくる。やはり、凪いだその声は、何を思っているのわからないため少しだけ不安感をあおられる。

 

「今回の条件は、正直言って破格だ。君たちに比べればうちはあまりに弱い。今、台頭しているらしいジョーカーを私たちは持っていない。そんな君たちが、うちへこれだけ譲歩する理由は何だ?」

「・・・・それに就きましては簡単です。私たちは、出来るだけこの街を完璧な状態で。組織図、取引先、その他もろもろを綺麗に譲り受けたいのです。やはり、新参のものが相手ではと、取引をいやがる相手先もおられるので。場とは肉体です、資金と物資は血、人は思想。取引、そうして商売において重要なのは信頼です。この三つのどれかを欠いては信頼は成り立たないので。」

 

それはポルポの持つ信条であり、なおかつ、相手を納得させるためのフレーバーのようなものだった。

ポルポは別段、利益に関しては考えていない。

人が集まるのは、利益のためだ。相手側に、ある程度の利益さえ提示すれば、それこそなあなあで終わる。後に重要なのは監視だ。出し抜きや裏切りを行う存在への処罰さえ間違えなければ、そのまま進んでいくものだ。

時間さえかけて行けば、相手を酔わせる酒はいつか体に回り、相手の全てに手を回せる。自分たちだけで立てなくなればこちらのものだ。

ボスにとって相手への支配権の証明と利益さえ満たせば何も言うことはない。

 

(・・・・私は何もいらない、私の分をあっちに上乗せすればいい。そうしたら、相手も満足だ。抗争も起きない。)

 

ギャングたちだけの抗争ならばいいだろう。けれど、いつだってそれに巻き込まれるのは無辜成る誰かだ。

一番に死人が出ない。それは、ポルポにとっての何よりの望みだった。

ポルポはにこやかにそう返事をした。

その言葉に、初めてZは口を開いた。

 

「君の本当の目的は何だ?」

 

ポルポはそれに変わらない笑みで答えた。

 

「組織の利益です。」

 

完璧な笑みだ。にこやかで、誰もが警戒心を解いてしまいそうな、そんな笑みだ。気弱そうな女の笑みは誰もが侮り、警戒心を解くだろう。

 

「それをする理由が見えないんだ。もちろん、私の組織の持った伝手を欲しがる気持ちも分かる。だが、それでも断言できる。古参たちを排除したほうが絶対的に利益が出るはずだ。」

 

振り返った先、Zの瞳がポルポに向けられた。その瞳はああ、澄んだ緑の瞳だった。

ああ、本当に美しいまでの、緑の瞳だった。

 

「君の目的は何だ?」

 

静かな声にポルポは固まる。その問いかけに、思わず息を呑んだ。

 

「それはどういった意味でしょうか?」

 

慌てて取り繕うようにそう言えば、Zは顎に手をやった。

 

「人が人に対して何かをするのには理由が存在する。善行でも悪行だろうと、それには大なり小なりの理由がな。だが、君の行動には理由が見えない。」

この街には確かにある程度の価値はあるだろう、けれど、それはある程度といえるだけだ。目を見張る様な利益を生み出すわけではない。

 

「今回の申し出は破格だ。それこそ、そちらの利益もぎりぎりの、勝てるかもわからないこちら側にとっては破格が過ぎる。あまりにも、理由が見えない。」

 

それはけして、ポルポを責めるというわけでも、なじるというわけではない。ただ、明らかに、こちらに一歩踏み出すような声だった。

ポルポはどう答えた物かと、口をつぐむ。

理由など簡単だ。誰にも死んで欲しくないためだ。少しでも、死を回避するためだ。

けれど、それを言って信用など買えるのか?

喉の奥に張り付いて、いつものビジネストークなどどこかに行ってしまう。

ポルポはその緑の眼に魅入られた様に固まってしまう。

 

「・・・・私が今回、君との交渉の場を持とうと思ったのは偏になした行動に依るためだ。ポルポ、君ははっきり言ってギャングらしくない人のようだね。私財を削りわざわざ孤児院を建て、他の福祉施設などにも寄付を行っている。君が縄張りにしている町は医療費なども安いようだね。何よりも、治安が圧倒的にいい。ギャングたちの統率も良好だ。何故か、彼らには十分な金がいきわたり、尚且つ君へ恩が在るものが多い。なるほど、重宝されるのもうなずける結果だ。」

 

君の望みは何だ?

 

その言葉に、ポルポはまるで操られるように言葉を発した。

 

「・・・だれにも、しんでほしくないんです。」

 

ポルポはその緑の瞳を直視できず、顔を伏せて右手で左手首をぎりぎりと握りしめて囁いた。

 

「ボスは、ボスは恐ろしい人です。逆らえば皆、殺される。あなた方の利益はお約束します。だから、どうか、この交渉を受けてくださいませんか?」

 

震える声で、ポルポは祈るように言った。

少しだけの、ポルポにとっては永遠のような長い沈黙が下った後、静かな声がした。

 

「・・・・分かった。」

 

それにポルポは嬉しさで顔を上げた。見上げた先、帽子の端からでも分かる端正な顔立ちの男が、緑の瞳がポルポを見ていた。

 

「交渉は決裂だ。」

 

ポルポは自分の体からすっと血の気が引いて行く気がした。

彼女が何かを言う前に、男はすっと懐から何かを出した。それは、ビニール袋に包まれた白い粉だった。

ギャングとして、裏の世界を生きていた彼女は、それが何であるかすぐに察せられた。

 

「・・・・ある場所で流通がし始めたものだ。そうして、このあたりにも入ってくるようになった。流出先はパッショーネ。」

(・・・・どうして?だって、私はまだ彼をスタンド使いになんて。)

 

そこまで考えてポルポはひどい勘違いをしていたことを理解した。

もちろん、ポルポは彼の青年をスタンド使いにはしていない。けれど、パッショーネの流していた麻薬が、全て彼のものであったのか、ポルポは知らない。そうだ、確かに彼のスタンドが発現するまで普通の麻薬を流していた可能性はあったのだ。

どうして、分からなかったのだろう。金を圧倒的に稼げる麻薬に、ボスが手を出すまでは十分な時間が経っていると。

 

「君の辺りを調べるに、孤児院で人身売買をしているわけでも、病院や商売も真っ当だ。だからこそ、君のことは信用したいと思っていた。」

「・・・どういった意味でしょう?」

 

ポルポは本当に言葉の意味が分からずに、混乱の中で冷や汗を垂らしながらそう言った。

 

「そうか、まだしらを切るのか。この麻薬は外国製のものだ。この麻薬が、船で運ぶ物だったのだろう?」

 

知らない。

そんな言葉が喉の奥に消えていく。

いや、確かに船で取引するものについてすべてを把握しているわけではない。この街においての活動はまだできているわけではないし、人員をおいているわけでもない。

けれど、確かにボスがそう言った意図でこの街を掌握している可能性はある。

それでも、麻薬がパッショーネから流通していることについて情報が遅れたのが痛すぎる。

ポルポは確かにある程度の人徳はある。けれどそれはあくまで下からのものが多く、同等と言える幹部クラスとは非常に仲が悪いのだ。

 

(・・・・麻薬が出回っている話は聞いていた。でも、それがパッショーネから流れていたことについてはまだつかめていなかった。)

 

そう言った部門に伝手が在ればいいのだろうが、残念ながら組織内での繋がりはあまりにも弱いのだ。

ポルポは頭の中で思考を回す中、Zが立ち去ろうとしている気配を察する。そこで慌てて彼を止めた。

 

「待ってください!麻薬に関しては確かに話してはいませんが、この街での取り扱いは私が絶対に阻止します。なので、どうか、条件を飲んで・・・・・」

「君は、やはり、信用が出来ない。」

 

氷のように冷たい声、まるで色ガラスの様に無機質な眼。それが、ポルポに向けられる。

 

「私が恐れるのは、もちろん、それもある。だが、それ以上に私は怒りを向けるのは、私が愛した故郷によって、祖国が穢されていくという汚名を背負うことだ。」

 

この街だけ流出を止めてどうなるという?

麻薬がいきわたれば、この国で安寧の中で生きる人々の生活が、そうして未来が穢されていく。私は、祖父から、そうして父から、多くの血族たちから託された命の先にある。そうして、皆がこの国を揺り籠とし、そうして墓として死んだのだ。

 

「その国を穢されようとしているというのに、なぜ、黙っていられる?けして、私の故郷も国も、穢させはしない。」

 

ああ、翠の炎のような瞳が、じっとポルポを見ていた。美しい、魂がポルポを見ていた。ポルポは、無意識のうちに言葉を吐き出した。

 

「駄目です、止めてください。ボスに、ボスに逆らってはいけません。あの人は、恐ろしい人だ。止めてください、彼の人を、怒らせないでください。」

 

指先にまで馴染んだ恐怖ががたがたと揺り起こされる。逆らってはいけない、抵抗してはいけない、命令は速やかに、そうすれば守られる。

けれど、男はゆっくりと首を振った。

 

「君は、赦せるというのか?多くの未来が闇に沈む。幼い子どもが食い物にされる。それを、君は赦せるのか?」

「赦せないに決まっていますよ!子どもは、子どもだけは、幸せに、なってほしいと。」

 

とっさに吐き出した言葉だった。

ああ、当たり前だ。そんなことは望んでいない。どうか、どうか、幸福であってと願っていた。

どうしようもなかった、幼く弱い子どもたち。たとえ、闇の中に引きずり込む結果になっても、どうか、せめて生きてと願っていた。

だから、出来るだけ抗争だけは回避したかったのだ。

抗争によって親が死ねばしわ寄せがいくのは何よりも子どもなのだ。

そうだ、もう少し。もうあと、十数年だけ。

太陽がやって来る、闇を照らす、月のような、それでも眩いまでの太陽が。

それまで、それまで、せめて耐えれば。

 

「ポルポ、君はやはり信用が出来ない。なぜ、そんなことを言いながら、君はそのボスに抵抗しようとしない?」

 

残酷な、言葉だった。

思考の全てをバラバラにするような、鋭くて、痛い言葉だった。

 

「ボスには、勝てません。何があっても、勝てないんです。だったら、せめて、生きることを選択する方が、どれほど・・・・」

 

掠れた声でなんとかそれだけを返した。それ以上に何がいえるのか。

ボスは恐ろしい、ただ、ただ、ひたすらに恐ろしい。

ポルポにとって、ボスは恐怖の象徴だった。

逆らうことも、裏をかくなど考えられないような、絶対的な存在だった。

 

「抵抗なんて、どうして、するなんて・・・・・」

 

茫然と呟く女に男は憐れみと、そうして呆れの視線を遣した。

思わず黙り込んだポルポに彼は変わることなく淡々と言葉を続けた。

 

「・・・君がどれだけ彼を恐れていようと、私は戦うだけだ。私は悪党だ。だが、それでも。赦してはいけないことがある。」

「止めてください!死んでしまいます!そんな、ああ、あの方は絶対にそんなことを赦しはしません!」

「私には誇りがある。」

 

誇り、ああ、幾度聴いただろう。

受け継いできた誇り、守り続けてきたことへの誇り、穢されてはいけない誇り。

そうして、そんな言葉を口にした者全員が悉く、むごたらしく死んでいった。

 

(・・・ああ、そういって、祈りを抱いたものから死んでいく。)

 

「この世界は残酷だ。平凡でいいと、当たり前でいいと、街の片隅で家族とただ過ごしたいと思ったことでさえ悉く踏み荒らされていく。だから、私は選んだ。例え、悪党に成り下がろうと、それでも守るべきものだけは守ると誓った。」

「どうして・・・・だって、死んで、しまうかもしれないのに。」

「そうだな、きっと、君には分からないだろうな。」

 

男は憐れみのままに、言葉を放った。じっと、女を見つめるその眼は、憐憫と苦しみに満ちている。

 

「私には、どうして君ほど、野望も、足掻きも、そうして覚悟さえ持ちえない弱者がここにいるのかは分からない。ただ、私にはやらねばならないことがあり、守るべき誇りがある。私は、その善良さだけは信用しよう。ここだけは、逃がしてほしい。次に会う時は敵だろう。」

「誰も、誰も、立ち向かわずともあなたを責めるものなんていないはずだ。あなたは、良い人だ。あなたは、良き人で。」

「違う、私は悪党だ。血にまみれ、いつか、ゴミのように、獣の様に死なねばならない人間だ。そう決めた、そうなるのだと覚悟して私はここにいる。どれほどの結果的に善行をなそうとも、所詮、私は人殺しだ。」

君と同じように。

 

その言葉にポルポはまるで頭を殴られたような気がした。衝撃が走る、まるで、がたがたと頭の奥で動揺が広がっていく様だった。

 

「違う・・・」

 

思わず、そんな言葉が漏れ出た。腹の奥で喚き散らすような絶叫が、頭の中で響き渡る。

 

「あなたは、ただの、そこらへんにいる悪党じゃない。誰かを助けてる、誰かの幸福を願って。あなたは、正しい人で・・・・」

 

うわごとのようにそう呟くポルポを眺めて、男は何かを察したのかため息を吐いた。

 

「・・・・ああ、そうか。君は、そうか。俺に善性を求めるのは、自分の中の善性を信じたいためなのか。」

 

君は、悪に抵抗も出来ずそうして堕ちていったというのに悪徳から逃れたいと思っているんだね。

 

それに、ポルポは息を飲んだ。そんな彼女に、男はとどめを刺すように言葉を紡いだ。

 

「君は唯、自分が悪党であることを認めたくないのだね。誰かを助けた、誰かのために生きた。そう生きれば、赦されると思っているのか。」

いいや、違う、人を殺し、人から奪い尽くし、人の尊厳を踏みにじった私たちにいったいどんな救いがあるというのか。

 

ああ、それはまるで心臓を抉られるような気持だった。

 

「俺は、誇りを守るために悪に落ちた。そのために汚れることも、堕ちることもいとわない。君には、汚れることも気にならないほどの夢も無く、命をとして守るものもない。そこにあるのは、いったい何なのか。」

空っぽだ。

 

寂しい言葉に、ポルポはまるで駄々をこねる子どものような声を出した。

 

「なら、あなたは私と一緒に地獄に落ちてくれるんですか!?」

 

絶叫に等しい声に、ポルポは奥歯を噛みしめた。

 

「私には何もありませんよ。だって、何も、選ぶことも、何かをなすことも、出来なかった。一人で、何が出来たっていうんですか?私が抵抗して、それで、それで何が変わるんですか?ただ、周りに不信感を残して、ボスの怒りだけを煽って死んでいくだけじゃないですか?無意味だ、無価値だ、あなたのその抵抗だって、無駄でしかないのに。」

 

何が分かる、何が、分かる。

途中で、血反吐を吐くような心で、ここまでやって来た自分に、そんなことを言う資格なんてないはずだ。

どんな気持ちで、どんな思いで、助けられるものと、助けられないものの選択を続けてきた気持ちが。

分かるはずがないじゃないか。

自分は、そんな覚悟も、誇りも無い。何もないまま、ただ、死にたくないという思いだけでここまで来たのに。

 

「いいや、違う。」

 

男の声が響く。ポルポはノロノロとその声の方に視線を向けた。

 

「私たちはいつだって、選択権を与えられている。」

正しさのために戦うことも、正義に殉ずることも、選ぶことは出来た。それを、君が選ばなかっただけだ。

誇りも、夢も、信念も無くここにある君は醜いよ。

 

ああ。それに、ポルポの中で、何かがかちゃんと壊れた音がした。

 

 

自分の人生が、いつのまにか、悉く、どうしようもなくなっていたのはいつからだろうか。

ボスと出会った事?ボスが怖くて人殺しになったこと?悪党に美しいものを見出した時?生まれ変わってしまった事?

ああ、それこそ、前世で死んでしまったことが致命傷だろうか。

 

こんな生き方をして、何がしたいのだろうかと、そんなふうに嘆き続けていた。嘆き続けて、そうして結局あきらめる。

どうするのだ、嫌だからと、そんなことに抵抗して、それでいったいどうなるというのだ。

抵抗は出来ない、悪を挫くことが出来ない。

だから、せめて、助けられるものだけは、助けて、人の幸福だけは祈って生きるから。

だから、お願いです。

 

ちっぽけな美しくて、優しいものを抱えて、ほんの少しだけ、今しばらくだけ、生きることを赦してください。どうか、あの、恐ろしい人と、私を闇の中に引きずり込んだ人と、同じものではないのだと、必死に、その救いに縋りながら生きた。

それが否定されて、そうして、自分の人生が悉く、情けなくて自業自得だと返された瞬間、何かが切れた。

 

ああ、ツェペリの子よ。なあ、正義の味方の、相棒よ。

私は、確かに選んだだろう。死にたくないと、なあなあで生きただろう。

けれど、それだけでは、そうではなかったんだ。

ポルポの人生を、正しいなどとどうして肯定なんて出来るものか。

そんなもの、生きた自分が誰よりも知っている。

全ての選択は、自分が選び抜いて、どうしようもなくて、結局自分がなしたことだ。

けれど、受け入れることも、足掻くことだって出来なくて、ただ、動けなくなった闇の中、必死にせめてと星に憧れた。

そんな風に、人生を歩んだ。

 

ポルポは死ぬべきだ。

そんなことわかっている。ポルポは悪党だ、幾多の不幸と死と、死肉の上で、いつか、ゴミの様に、虫けらのように死んでいかなくてはいけない。

そんなことはわかっている、

取り繕うことも、幸福になることも赦されない。

けれど、愛さずにはいられなかった。

黄金の髪の少女が笑っている、同じように小生意気な少年が必死にペンを動かして。真っ赤な髪の青年がいたずらっ子の様に笑っていた。くるくるの、青髪の青年が不機嫌そうに顔をしかめて、金の髪の青年が楽しそうにそれを見ていた。

黒髪の青年はめんどくさそうに顔をしかめて、二人の男はくすくすと笑い合っていた。翠の髪の少年は、いつかを夢見て歩いていた。

そうして、お月さんみたいな、銀の髪の青年がじっとポルポを見ていた。

 

彼らは悪党だった。彼らは、人を殺して、だから何だと道を歩いていた。

それでも、彼らはいつか、潔く死ぬだろう。

これこそが、己が人生だと。

その生き方に憧れた。

ポルポには出来なかった。潔く、罪を償おうとしても、変わるかもしれない未来と、命を手放す瞬間が恐ろしくて、前に進むことも出来なかった。

悪に抵抗も出来ぬくせに、誰かの、悪党たちの幸福を願う自分の醜さを知っていた。

銀の髪の男に、その男に安らぎを覚えた。

男はポルポを称賛することも、罵倒することも無かった。

自分の罪も、逃げ道とした救いも、何も考えなくてよかった。男が自分に示してみせた、泥に落ちながら進むその様は美しかった。

夢を見ていたかった、夢を、せめて太陽がやってくるまで。

例え、それがどれほど深い闇の中でも、夢の中だけは優しいものに浸っていたかった。

 

太陽の元では生きられない。自分は、狭くて暗い蛸壺がちょうどいい。狭くて、暗いその中で、ただ夢を見て居られればそれでいい。

けれど、自分はいつか、白日の下に行かなければいけない。

分かっている。

自分の醜さなんて、誰よりも自分が知っている。

人殺しだと、弱くて醜い自分のことを知って、分かり切った結末を前に何もできない立ち尽くすだけの愚かさなんて、ずっとずっと知っている。

それでも、一抹だけ、欠片でも、願いを持っていた。

遠い昔に、文字を追い、絵を眺めていた、美しい人のこと知っている。

黄金色の魂を持った、星のような人たちにそれでも憧れた。

例え、悪に落ちても、正しさと星の輝きを欠片でも抱いていたかった。

Zに理想を見出した。

星の近しい位置で在りながら、ポルポと同じように闇の中で、それでも綺麗なままそこにいた。

心の奥で、何かが限界になっていたのだと思う。

何時かやって来る白日を待つには、あまりにも、たくさんのことがぎりぎりと締め上げて。

あの子の様に、正しくて、それでも闇の中で誰かを助ける人に会いたかった。

そんな人になりたかった。

そんな人になれば、もしかしたら、もう少しだけ、本当にもう少しだけ、愛していた誰かと生きていくことを、夢をもう少しだけ見ていても赦されるのではないかと。

言葉を突き付けられた時、絶望した。

人殺しである事実を突き付けられたことにではない。

人殺しと彼はそう言った、己と同じだと。

なのに、それでも彼は美しかった。

その手は自分と同じように血まみれで、その体はすっかり泥につかり、その耳は罵倒に塗れ、その眼は散々に濁り、泥に溺れているはずなのに、何故か、彼は綺麗だった。

エメラルドのような瞳が、自分を見ていた。

ああ、どうしてだろうか。

自分だって、自分だって、誰かに悪意を持ったことなんてない。誰かを傷つけたいと思ったわけではない。

なのに、どうして自分はこんなにも醜くて、君は綺麗なんだろうか。

ポルポは、ブラック・サバスによって絞殺された男を茫然と見ていた。

男の言葉にまるで爆発した怒りはそのままに男を襲い、そうして。

まるで抜け殻のように力が入らず、崩れ落ちそうだった。

けれど、取り乱すわけでも、自分の行動に絶望するわけでもない。

結局の話、交渉が決裂すればこうなることは決まっていた。

このままZを野放しにすれば人望のある彼に従うものは多いだろう。ここで彼を潰しておかねば、抗争はより一層に激しいものになる。

ブラック・サバスはまるで気に入りのぬいぐるみを抱く子どもの様にZを抱いていた。ポルポは、濁り始めた緑の瞳を覗き込む。

 

「・・・・結局、綺麗なあなたが死ぬんですね。」

 

殺した当人が何を言うのか、そんなことを思う。

そうして、そのままポルポは砕け散った心のままに事態の処理に向かった。

 

真っ暗な中で、ポルポはぼんやりと考える。空条承太郎への反抗の後、自分が夢を見ているのだと思った。暗闇の中で、自分が殺した、正しい人のことを夢に見る。

どちらが正しかったのだろうかなんて、考えたって仕方がない。

誇りのために、守りたいもののために、祈りのために、正しさのために、戦って死ぬことと、そのために周りにも被害が及ぶこと。

祈りも、誇りも、正しさもごみに捨て、誰も死なぬように、波風を立てない様に生きること。

(・・・・ああ、そうだ。誇りで、腹を満たすことも、暖かな服を用意することも、できないのに。)

それでも、彼の男のほうがずっと、美しい生き方をしていた。

あの時、殺してしまった、きっと汚れぬままに死んだ人のことを思う。ポルポが殺した、正しき人よ。

馬鹿な話、結局のところ、ポルポは結局悪人なのだ。

身勝手で、どうしようもなくて、他人よりもずっと自分のことが可愛い。

誰かを助けたいというその願いも、自分のエゴを満たすためだけの自慰行為だ。

光の先になんていけやしない。

それでも、そのくせ、断頭台に登る日を思うくせに、救いを求めてしまうのだ。

どうしようもなくなくなっていた。

自分が悪党なのだと、まざまざと理解した。

だから、沈黙をたもって、変わらぬままに生きた。

こんな生き方に絶望したって、変えられるほどの勇気も、夢も持つことだってできなかった。

何より、自分の様に、ギャングに脅かされているのに、ギャングに頼る無辜成る人たちを見て、結局正しさと悪徳の境なんて曖昧だとぼんやりと思った。

助けてくれたって、結局皆、罰を受けなくてはいけない人殺しなのだと。

それでも、仕方がない。

地獄の中にいたって、誰にもヒーローが訪れることなんてありはしないのだ。

 

 

ただ、思う。

それでも、それでも、誰か、誰かでいいから、知っていてほしい。

仕方がなかったことも自業自得であることも、全部、全部知っていてほしい。

誰かを傷つけたかったわけではない、誰かを陥れてまで望んだことはない。全てを救いたいと思ったことはなかったけれど、誰かの不幸を望んでいたことも無かった。

ああ、それは、闇の中を生きる人ではだめだった。彼らはきっと、ポルポと同じか、それとも理解も出来ない感情だろうから。

だから、ポルポは、空条承太郎に会いたかった。

知っていてほしかった。

頭の先から、足の爪の先まで、正しいだけの人に、知っていてほしかった。

ポルポの選んだけれど、選べなかった全てを知って、たった一言でもいい、たった一つの動作でもいい、憐れみでも、いい。

欠片でもいいから、肯定をしてほしかった。

そうしたら、きっと、何時か来るお別れにも、自分の存在しない終幕を微笑んで見送れると思った。

自分のいない何時かで、幸せになる大好きな人たちへの未練だって断ち切って、さようならとバスの中で微笑んでいられると思った。

 

怒りが湧いてしまったのは、きっと。

空条承太郎の言葉に、ぶちりと何かが切れてしまったのは、きっと、言葉のままに、最後のさいごに縋りついた全てに絶望したからだ。

 

虹村形兆は悪い子だ。

人を殺し、人を踏みにじり、ポルポと同じように地獄に行くべき少年だ。けれど、彼だって、何時かの守られるべき幼子だったはずなのだ。

ヒーローは訪れず、それでも生き残って、間違いのままに進んでしまった子どもだ。

ねえ、ねえ、ヒーロー。

この願いが身勝手なのはわかっている。

あなたは唯の人で、ただ、正しさを是とするだけの人間だとしても、それでも、そんなあなたさえも救ってくれないのだとしたら、あんまりにもあの子どもは哀れじゃないか。

承太郎の眼を知っている。それは、罪人を見る目だ。ああ、そうだ、刑兆は罪人だ。けれど、救われるべき子どもであったはずだ。

 

正しき人(ジョジョ)よ、教えてほしい。

ポルポたちを罵倒する誰かよ、教えてほしい。

なら、君たちは、そこの底で、泥にまみれたことがあるか。

残飯をあさったことが、餓えのために盗みを働いたことが、自分の努力を悉く否定されて心を踏みにじられたことが、親から徹底的に尊厳を踏みつぶされたことが、死なないために誰かを殺したことが、生きる為に誰かの死体を踏みつぶしたことが。

もしも、もしも、自分と同じ立場に立っても、美しい星を見ることがなくても、あなたたちは正しさに殉じられたのか。

この思いは、それこそひどい八つ当たりだ。

知っている、知っているけれど。それでも、正しさを持てなかった愚かな弱者の心を、どうしようもなくなって、選んでも、選べなかった何時かを、正しい人に知ってほしかった。

 

(・・・・空条承太郎は、私を殺してくれるだろうか?)

 

そうなれば、少しだけ、この世界を作った神様へ皮肉を持った復讐になれないかと、ポルポはぼんやりと考えていた。

誰かが、ポルポの頭を撫でる。優しく、どこか、質量が無いようなおかしな感触の手は、まるで生まれた時から共に会った友の様に優しくて。

彼女はゆっくりと深い眠りに落ちていった。

 

 

 




ポルポが本当の意味でいい人かと言うと、書いてる人間も悩みます。
弱い人ではありますが。

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