護衛の方の任務は、お前たちに行ってもらう。
そんなことを言われたときのギアッチョとメローネは互いに思いっきり顔をしかめた。
もちろん、任務を拒絶する気はない。任務は任務なのだから。
丁度、手の空いているのが二人しかいなかったということもある。
リゾットは、明らかに不服そうなギアッチョとメローネにため息を吐きたくなる。
リゾット自身、この任務には、二人はあまりにも似つかわしくないのはわかっていた。本来ならば、護衛対象とある程度親しいリゾット自身か、それともある程度対人関係を築けるホルマジオをつけたいのだが。
どう足掻いても、二人の予定が空きそうにないのだ。
リゾットは、護衛を迎えに来る勝気な少女を思い出し、朝一での喧嘩を想像してため息を吐いた。
一方では、ギアッチョもメローネも、任務を受けはしても不満がないわけではなかった。二人は、一方的に護衛対象を知っていたし、おまけに借りまであったのだ。
ギアッチョは、生まれながらのスタンド使いであった。
出身国も、親の顔も覚えてはいなかったけれど、その力だけが彼を肯定した。その力は、ギアッチョを守る盾であり、矛であったけれど、それと同時に彼を縛る鎖であった。
人を簡単に害することのできる力を持った幼子の人生なんて、想像に容易いだろう。
誰も信用できなかった、誰も信頼できなかった。
ギアッチョという存在は、どこまでも一人だった。
凍てつく地獄で、ただ一人。
彼は、利用され続ける自分のことが大嫌いで、ある程度の歳になれば一匹狼を気取って一人で生活していた。
そうして、パッショーネの傘下に入った。
ギアッチョは確かに強かったが、その短気な性格が災いして事あるごとに問題を起こした。最終的に、処分する手前まで行ったのだ。
けれど、彼は処分されることはなかった。それよりも先に、彼は暗殺チームに拾われたのだ。
今でも、ギアッチョは律儀と言える記憶力で、そのことを覚えている。
お前を救うことは出来ないが、地獄で一緒に生きてやろう。
その時の言葉も、ボロボロで連れてこられた古びたアジトのことも、簡素であるが温かい食事のことも、全て覚えている。
それは、確かに、救いではなかったけれど。
それでも、確かに、ギアッチョにとってその言葉は慈悲であったのだ。
ギアッチョは、柔らかな日差しの中で生きてはいけない。
仮に、それを彼が望んでいたとしても、それを多くのことが赦さなかったろう。
地獄でしか、生きていけない者は確かにいる。
地獄で共に生きて行こうと言った、リゾット・ネエロをよく覚えている。
彼だけが、少なくとも、ギアッチョを利用するわけでも、道具にしようとしたわけでも、都合よく扱おうとしたのでもなく。
共に行こうと言ったのだ。
だから、ギアッチョは、リゾットという存在に従っている。
ギアッチョ本人は、あまり考えることも、認めることも無いが、彼はリゾットという存在を慕っているのだ。
一応は。
だからこそ彼は、ポルポという存在が気に食わないのだ。
暗殺者らしい、非情で、静謐な彼がポルポに関して甘さを出すことが赦せないのだ。
けれど、ギアッチョは、ポルポに借りがあった。
元々、ギアッチョの存在をリゾットに伝え、暗殺チームに推薦したのはポルポであったのだ。
彼女がいなければ、リゾットはギアッチョの存在を知ることも無かったのかもしれない。
そう言った意味で、彼女は ギアッチョの命の恩人とも言える。無駄に、律儀で素直な部分があるために、ひどく複雑な気分になるのだ。
その護衛というのが、どうも久しぶりのポルポの休暇のためであるらしかった。
二人の護衛の話を聞いたメンバーたちは、けらけらと笑っていた。
変人ポルポの護衛とは、運がないと。
メンバーの中で、ホルマジオとプロシュートだけがポルポに実際に会ったことがあるらしいのだが。
結局、二人に会うことはなかったため、実際どんな人間であるか分からなかった。
リゾットからは、部下の女が迎えに来るとは聞いていたが。
「メローネよお。」
「何だ?」
「お前、ポルポってのがどんな奴なのか知ってるか?」
「・・・・・変人。その一言に尽きるかな。」
メローネは、そう言って肩を竦めた。
ギアッチョも、ポルポという存在の噂は幾つか知っていた。
曰く。
態々大金の手に入る麻薬の取引を最小限にしているだとか、それにしてはあまり己に金を使うことないくせに部下への報酬はたっぷり支払うだとか、あまり人付き合いを好んでいないだとか、女であるというのに男に見えるだとか。
あまり、表向きな情報が出回っていなかった。
二人は丁度、待ち合わせ場所である人気のない道にいた。
そうして、道の先から車がやって来る。二人の前につけられた車の運転席の窓が開いた。そこから、美しい金髪の女が顔を出した。
「・・・・・あなたたちが?」
「カラマーロか?」
「ええ、そうよ。」
「え、あの、カラマーロ?」
確認を取ったカラマーロの後ろから、困惑した女の声がした。カラマーロは、それを気にした風も無く、二人に車に乗るようにと指示を出した。後部座席からはまだ困惑したような声が聞こえて来た。
二人は、ともかくと車に乗り込むことにした。
メローネは助手席の、ギアッチョは後部座席のドアを開けた。
後部座席には、ラフな、それこそジーンズなどの簡素な格好をした女が困惑したような顔で座っていた。
「あ、あの、カラマーロさーん?」
「では、出します。」
カラマーロは、女の声を無視して車を出した。
車の中に、カラマーロの声が響く。
「今回は、後部座席にいる方の護衛を頼みます。私は、用があって同行できませんが。」
「彼女が、ポルポ?」
「ええ、あなた方の上司に当たります。失礼のないように。」
「ちょ、カラマーロ!?今回の休暇、君は来ないの!?」
後部座席から、女の頭が顔を出した。困り果てたような顔で、カラマーロに詰め寄った。
「こ、今回は、君が護衛して、好きにやっていいっていうから!だから、わざわざいいホテルも取ったのに!」
「今回、私は急用が出来たので同行は出来ません。」
「そ、そんな!じゃあ、今回のは、やめに・・・」
「駄目です。」
言い返されたポルポは明らかにしょげた顔をする。上下関係がひっくり返っている様を、ギアッチョとメローネは無言で眺める。それが、触れていいものなのか分からなかったためだ。
「あなたの私生活は地味過ぎるんです。もっと、お金を使ってください。」
「・・・・お金なら、下の人の報酬に使ってくれれば。」
「だから、駄目なんですよ。下にやるにも限界はありますし、上納金にも限界があります。大体、私生活の方にも金を使わないと、他の幹部に舐められるんですよ。」
「別に舐められても・・・」
「私が嫌なんです。」
「・・・・はい。」
渋々席に座る女を横目に、ギアッチョは何か、とんでもない人間の下に己たちのリーダーが着いたことを察した。
それでも、騒がなかったのは、彼も己の立場位は分かっていたためだ。
「・・・・いいですか、今回、あなたたちに護衛を任せたのは、この機にあの人を狙ってくる存在を、全て出来るだけ、むごったらしく始末してほしいからです。」
「・・・ふん、やっぱし、そういうことかよ。」
ギアッチョとカラマーロは、メローネにポルポを任せて、二人で車で話をしていた。
「つーか、いいのかよ。それだと、あの女、囮になるんじゃねえのか?」
「・・・・せめて敬称をつけなさい。あの人は、あなたちの上司に当たるんですよ?あの人は気にしませんが、それでも一応つけておいてください。」
ギアッチョは、それに苦々しく舌打ちをした。高圧的な女のことは気に入らないが、それでも仕事なのだからと彼女に意識を向けた。
「あの人は、良くも悪くも温いんです。報酬は出す人ですから下には人気はありますが。他の幹部たちに舐められている。あなたたちが傘下に入って、ちょうどよかった。見せしめに、幾人かはやってくるでしょうから。」
ギアッチョは、それを当然として頷いた。それは、どこまでも彼らにあった仕事であった。了承として、頷いた彼に、カラマーロは、幾つかの紙を差し出した。
それは、今回襲ってくるかもしれない派閥の情報だった。
「頭に入れておいてください。ギアッチョ、あなたたちを信用しているわ。」
「・・・・皮肉か?」
思わず飛び出たギアッチョの言葉に、カラマーロはため息を吐いた。
「そこまで暇ではないわ。あなたたちが、報酬分の仕事はする方たちだと思っているだけよ。仕事は、きっちりすることを要求するわ。あと、あの人に何かあったら、分かってるでしょう?」
最後の台詞にだけ、爛々とした目を向けた女に、ギアッチョは睨み付ける。
「仕事は、こなす。なめんじゃねえぞ?」
「期待してるわ。」
そう言って睨んだ女を前に、ギアッチョは苛々とした脳裏に、ポルポについてを考えた。あの女がどんな人間であるか、ギアッチョは未だに分からなかった。
二人は、自分たちの目の前に積まれたブランド物の服を前に白目をむきそうになる。
そうして、そんな彼らの横で、おろおろとするポルポの姿があった。
「あ。あの、どうかしましたか。二人とも?」
「・・・・いや、俺たちも調子に乗ってたんだが。」
「お前、馬鹿じゃねえの?」
己の上司と言えど、すっかり遠慮のなくなったギアッチョは、ぼそりと呟いた。
ギアッチョとカラマーロがいない間、二人はなぜかメローネの好きなブランドで、大量の服を買っていた。なぜか、ポルポがメローネの服を買っていた。
合流したギアッチョは意味が分からなかったし、メローネも意味が分かっていなかった。
その後は、ギアッチョが好きな服を何故かポルポが大量に買った。プレゼントされた。
まさか、暗殺チームの自分たちが欲しがったからといって、値段も気にせずに、ボーナスですからと大量の服を買い与える女の意図が分からなかった。
(・・・・・完全に、ポルポが上司になる前の俺らの取り分超えたよな。)
メローネは、思い返した服の値段を考えて寒気を覚えていた。
確かに、二人がいない間にショッピングでもと提案したのは自分だ。それに付き合うぐらいの気はあった。
だというのに、いつの間にか自分の好きなブランドの話になり、何故か、それを贈られる話になっていた。
(・・・・・私に使うんじゃなくて、二人に使うなら。とか言ってたけど。)
何故か、彼女は嬉々として二人への贈り物を大量に買っていた。
その隣で、ギアッチョがちらりと隣の女を見た。
女は、びくびくと肩を震わせ、メローネとギアッチョを見上げていた。けれど、その眼には、確かに期待があった、
二人が、喜んでくれたのかという期待があった、
それに、ギアッチョはため息を吐きたくなった。
その眼は、平凡であった。
まるで、友人へのプレゼントを不安げに見送る人間のような、そんな眼。
それに、ギアッチョは、ああと思う。
なるほど、確かに、この女は変人である。
異端の中で、平凡を孕んだこの女は、きっと、誰よりも異端であるのだと。
ギアッチョは、素直にそう思った。
短い休暇だというのに、女は確かに質の高いホテルに泊まりはしても、外に出ることはなくぼんやりと外を眺めていた。
一応は、バカンスのための地域と分類されている場所である。
ポルポの話を断片的に聞くと、どうも、さほど休暇先にこだわりはなかったらしい。ただ、カラマーロに少しは外に出ろと促され、海が見える場所ということだけで選んだそうだ。拘った通り、ホテルから見える海を、女は飽きもせずに眺めつづけていた。
まるで、そこに、楽園が見えるかのように。何か、理想的なものが見えると思っているかのように。
無茶をすることのないポルポの護衛は楽であったが、ホテルの中はいささか退屈であった。
それに気づいたらしいポルポは、何故か二人に観光を勧めて来た。
ギアッチョはそれに、素直に馬鹿じゃないのかと思った。
護衛でやって来たギアッチョたちと離れてどうするんだと言えば、彼女は漸く二人の言いたいことに気づいたのか、慌てて出かける準備して、何を思ったのか二人に行きたい場所がないかと聞いて来た。
それに、ギアッチョはため息を吐きたくなる。
この女は、何故、そんなにも自分たちを優先しようとするのかと。
呆れるような中で、ポルポは静かなままだ。ただ、ぼんやりと遠巻きに世界を眺めていた。
(私生活が地味っつうのも分かるな。)
ポルポが休暇先で金を使ったのは食事と、あとはギアッチョたちに服を買い与えた時だけだ。
何となしに、何かが、ギャングとして何かが決定的に欠けていた。
見栄を切って、己の強さを辺りに見せつけてこそのギャングの世界で、女は静けさを好んでいた。
ポルポは、ギアッチョたちに食事をさせるのが好きな様だった。
それは、まるで親戚の育ち盛りの子どもに食事をさせたがるお節介の様だった。
そんなものの存在を、ギアッチョは知らなかったけれど、そんなものでないだろうかと想像がつくような振る舞いだった。
己から、一番に高い料理やワインを頼んでいく様を見ていると、何かを企んでいるんじゃないかと思うのだが。
何を企んでいるのかもわからない。
事実、彼女は、そんなことをせずとも、ギアッチョたちの命を握ったも同然なのだ。
態々、機嫌を取る必要もない。
ただ飯も、悪くない。
ただ、ひどく、居心地が悪い気分になる。
その、穏やかな空気も、暖かな食事も、そうして己が食事をとる様を、まるで慈しむように見る女がやけに居心地を悪くさせた。
たらふく、旨い飯を食わされた夜は、ギアッチョたちにも取られた豪奢なホテルに泊まった。護衛であるため警戒はしたものの、ふかふかとしたベッドで寝かされた。
その穏やかさが、ひどく、居心地が悪くて仕方がなかった。
そう言えばと、ギアッチョは自分が昨日からあまり怒鳴ったことがないことを思い出す。
その理由は簡単で、ギアッチョが護衛として目立ってはいけないというプロ意識から来るものと、そうして怒る理由がさほどなかったためだ。
ホテルで一度切れはしても、ポルポはあまり動揺していなかった。ぼんやりとした目で、ギアッチョの怒りが通りすぎるのを眺めるだけだ。
ギアッチョは、外に出たいというポルポについていた。
彼女は、海の見える小高い場所に置かれたベンチに座り、遠くを眺めていた。
ポルポは、静かだ。
時折、人形じゃないかと見まごうほどに、静かでぼんやりとしている。
その静けさは嫌いではなかった。煩い女は余り好きではない。
ただ、その静けさは、時折自分の生きる世界を忘れそうになる。
ポルポは、何も望まない。
決定的に何かを望むという姿勢が欠如している。まるで、何もかも満足しているかのような、そんな安寧を彼女は持っていた。
ギアッチョは、その女の清廉さじみたそれに、妙な違和感を感じて落ち着かなくなる。
この女は、何を持って、自分たちを贔屓するのか、あの日、ギアッチョを生かしたのか。
女は、手を差し出しても、何かを決定的に望むことがない。
だからこそ、ギアッチョは、ポルポを信用できていなかった。
ポルポは、平凡な女の様で、結局のところ裏で生きている。
それは、例えば、今、メローネがいないこと、そうして時折冷気を纏ってどこかにいくギアッチョを当たり前のようにお疲れ様と声を掛けることで察せられる。
それでも、女の微笑みは優しいのだ。
どうしようもなく、ただ、穏やかで優しい。
その、ちぐはぐさが、たまらなく居心地を悪くさせる。女が、今までのボスのようにいつか自分たちを切り捨てるのだと分かっているのならいい。
けれど、リゾットはポルポを信頼していた。
いつか、リゾットを、ポルポが裏切るかもしれない可能性が赦せないのだ。
それを、何が事実なのか、分かっていなければたまらなくなるのだ。
遠い、あの日、ギアッチョを対等に扱ったのは、リゾットだけだ。だからこそ、リゾットをそうして自分たちを裏切るものを彼は赦さない。
「・・・・・あの、ギアッチョ。」
「何だ?」
初めて、自分に話しかけてきたポルポを警戒してギアッチョは返事をした。
「いやね、少し、聞きたいことがあって。」
「何だよ。」
「いや、あの、お金、足りてるかい?」
早くしろと苛々していたギアッチョは、次の言葉で目を見開いた。
(・・・・金?)
ギアッチョは、確か、前の報酬で等分にしても一人五千ほどになる報酬を貰っていたはずだ。そうして、この護衛でもメローネとそれぞれで三千ほどの報酬が出ることになっている。
(・・・この女、まさかまだ出す気なのか?)
無言になったギアッチョを勘違いしたのか、ポルポがオロオロしながら言った。
「も、もしかして、足りなかったかい?じゃあ、出してたのより倍ぐらいかな?」
さらに金額が跳ねあがったことで、ギアッチョは女を頭がおかしいものを見るような目で見た。その眼を勘違いしたのか、より慌てたようにオロオロとする。
「ご、ごめん。もしかして、ぜんぜんだめかな?えっと、その、カラマーロと相談してみるから・・・」
「まて、ごら。誰が、今より倍つった?」
流石にその怯え具合を哀れに思ったのか、ギアッチョが止めに入る。ギアッチョの言葉に、ポルポは小さくなり、ギアッチョを伺った。
ギアッチョは少し、頭を抱えたくなる。
何処の世界に使い捨ての暗殺者に、九千も払う奴がいるのか、おまけに自分たちの場合九人分だ。
(・・・信頼できるってえのはこういうことなのか?)
意味が分からない。
「・・・・どんだけ払う気なんだ?」
言外に、自分たちになぜそこまで金を使うのか問うてみた。
ざーと、海の音が聞こえた。潮風の香る、けれど、日が陰っているせいか妙に海が遠いように聞こえた。
人気のない公園で、ベンチに座って、まるで彼らは休日の学生のように、隣りあっていた。それは、まるで、何ら後ろめたさのない、平凡な毎日のようで。
けれど、ギアッチョの目にあるのは、疑いと、そうして冷たい覚悟に満ちていた。
ポルポは、それを不思議そうに見返した。ポルポが、己の問いを正確に把握していないことを何となしに察して、ギアッチョはため息を吐きたくなる。
ポルポは、少し考えた後に、恐る恐るという体で、言った。
「えっと、君たちが、望むぐらいは払う、気です。」
「はあ!?」
「ひい!す、すいません。」
ギアッチョの力みに、怯えた様に体を震わせたポルポを彼はねめつける。
「あ、あの。その、一応、お金だけはあるというか、というか、お金しかないので。報酬だけでも、払おうかと、思っていて。」
「俺たちに、そこまでの価値があるのか。」
そんなことが思わず口から出たのは、彼が今まで感じ続けた劣等感が為だった。認められることも無く、実力だけはあるという自負はありはすれど、劣悪に甘んじる日々が彼にとっては当たり前だった。
「あると、私は思っているよ。」
細やかな声と共に、ポルポは呟いた。
「砂漠で生きるものと、森で生きるものにとっての水の価値が違うように。私は君たちに価値を感じた。事実、君たちが私の傘下に入ってから、あからさまな嫌がらせはなくなったからね。それに、見せしめは、組織の実力を示すうえで重要だ。おかげで、だいぶ仕事だってやりやすい。君たちは、リスクを負っている。ならば、私もまた、何かを差し出さなくてはいけない。」
君たちの実力分は、そうして成した仕事分は報酬を払おうと決めた。情けないけど、私は、君たちの上司だからね。
そう言った後、ポルポは心の底から申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなあ。リゾットみたいにかっこいい人じゃなくて。私には、覚悟も、何も無くて。お金しかないから。」
「・・・くだらねえこと気にしてんじゃねえよ。だいたいよお、てめえはリーダーじゃねんだ。雇い主だ。金を払うぐらいで十分なんだよ。俺たちに代価を払うって決意も、確かに覚悟だろうが。」
「・・・・君は、私が上司でいいのかい?」
「・・・・俺が口を出せることじゃねえだろう。」
静かな言葉は、少なくともポルポには肯定の言葉のように聞こえた。それに、ポルポは青白い顔に、まるで晴れた日のような笑みを浮かべた。
そうして、立ち上がった。ギアッチョに、彼女は微笑む。
「ギアッチョ。」
「何だよ。」
「君がそれでいいというなら、私は頑張って、君たちに対価を払い続けるよ。私が思う、価値のとおりに。」
女は、微笑む。まるで、太陽のような、輝くような笑みを浮かべて。
ギアッチョは思わず、眩しいものを見るかのように目を細めた。
「・・・・あの日、君を暗殺チームに推薦した日。私は、君に価値を感じた。死ぬには、あまりにも勿体ないと思ったから。ごめんね。私は、君に救いを与えることは出来ないけれど。でも、地獄で生きていくための手伝いぐらいはしていくよ。」
その言葉に、ギアッチョは目を見開いた。ポルポは、それに気づいていないのか、ホテルに帰ろうかと伸びをした。
ギアッチョは、その、既視感を覚える台詞に、何となしに理解した気がした。
あの日、リゾットがギアッチョにかけた言葉は、ポルポの言葉であったのだ。
きっと、その女が、リゾットへと差し出して、ギアッチョに繋がった誓いの言葉だったのだ。ギアッチョは、リゾットが何故、ポルポを信用しているのか。分かった気がした。
女は、ギアッチョたちを、使うのではなく、雇っているわけでもなく、ただ、共に生きて行こうとしているからだ。
ギアッチョたちは、死を思う。いつか、当たり前のようにやってくるそれを、考えないことはない。けれど、目の前の女は、それでも生きていこうとしているのだ。当たり前のように、ギアッチョたちにも求めているのだ。
華やかさなどなく、スリルなどなく、ただ、静かに日常をポルポは生きて行こうとしているのだ。
裏の人間としては、それは狂っている。
けれど、だ。
ギアッチョは、女を信用しようと思った。信頼をする気を少しだけ持った。
ポルポは、少なくとも、ギアッチョに対価を支払うことで、対等であろうとしていたから。
昔、死ぬことしか、転げ落ちることしか出来なかったギアッチョへ初めて、手を差し伸ばした誰かへの借りをようやくギアッチョは返すことができるのだ。
時々、オムニバス形式で続けていく、かもしれません。
ギアッチョをあんまり切れさせられなかったのが後悔。