お久しぶりです。
前の続きではないのですが、軽い話を書きたくなりまして。
ペッシを中心にした話は、また改めて書こうと思っています。
「・・・・ああ、ペッシ。すいません、これからそちらに伺いますから。」
アジトに唐突にかかってきた電話に、ペッシは固まった。
その日、ペッシはアジトにいた。リゾット・ネエロとプロシュート、そうしてホルマジオは任務に出かけていた。
任務がないのは、ペッシ、ギアッチョとメローネ、イルーゾォ、そうしてソルベとジェラート。が、その内、ソルベとジェラートたち以外がアジトにいた。
大抵、任務がなければそれぞれで行動している彼らだが、この頃はよく比較的若造たちはアジトに集まるようになっていた。理由というのも、アジトの設備がよいためだ。
ある意味ですぐに捨てる可能性もあるために、トイレやらシャワーやらは最低限であるが、置いてある家電についてはやたらといい。それに加えて、仮眠のためだとかに用意したソファやらベッドの質も格段にいい。
何よりも、メローネとギアッチョが冗談でポルポに頼んだテレビだとかゲームだとかの娯楽がそろっているせいもある。何よりもアジトの光熱費はポルポ持ちということもあり、暇な人間がたむろっている。
ペッシについては、リーダーであるリゾットへの緊急の連絡がある場合があり、電話番にアジトにいた。
そんなとき、電話があったのだ。特別な用のない昼下がり。
何かしら食事でもするかという時のことだった。
上司であるポルポからの電話にそこまで緊張しなかったのは、彼女の性格を知っているためであろうか。
(ギャングの上の人があんなにも優しくて大丈夫なんだろうか。)
そんなことを考えながら、ペッシは皆の集まる部屋に向かう。
どうしても必要な書類を取りに来ることと、もう一つ用があるためこちらに向かうことのことだった。
暗殺者チームに入って未だ日の浅いペッシには初めてのことで、緊急事態ではないかと内心ではドキドキとしていた。
そうして、アジトの中心、一番に広いリビングに当たる部屋に入った。
「なあ、ちょっといいか?」
「なんだよ、ペッシ。電話、何だったんだ?」
部屋の中にはコントローラーを持ったギアッチョとメローネ、そうしてイルーゾォがいた。彼らを見て、ペッシは恐る恐る言った。
「その、ポルポから連絡だったんだけど。」
「珍、しくねえか。あいつ、そこそこ連絡してくるしよ。」
「それで、何の用だったんだ?」
「これから用があるからアジトに来るってさ。」
「アジトになあ。」
のんびりとイルーゾォがそう言った後、三人は慌てて立ち上がり、ペッシを見た。
「これからか!?」
絶叫じみたそれに、ペッシは恐る恐る頷いた。
「片付けろ!!」
「どっからだよ!?」
「ともかく、やべえもんはだろう!?」
ばたばたと騒ぎ出した先輩たちにペッシは見守る。突然の三人のそれに動揺を隠しきれず、おろおろと慌てるペッシをギアッチョがどやす。
「ペッシ!てめえも手え動かせ!?」
「い、いや、何そんなに慌ててんだよ?」
それに大慌てで散々に散らかしていた部屋の片付けを行っていた三人は顔を見合わせた。
「お前、知らないのか?」
「だから、何がだよ?」
「プロシュートの奴言ってねえのか。」
呆れたようなメローネの言葉に、イルーゾォはペッシにずいっと近づき口を開いた。
「いいかあ、このチームには一つの鉄の掟があるんだよ。ポルポがアジトに来る日は、ぜってえ片付けを済ませとくんだ。」
「なんで?」
それに三人は黙り込む。だが、決死の覚悟という風体でギアッチョが悲壮な表情で口を開く。
「言うぞ。」
「おい、ギアッチョ!」
「馬鹿野郎、ここで言っとかねえと、こいつだけの時にポルポがきたらどうすんだ!?」
「あのことは。」
「・・・・いいや、言っておいたほうがいい。」
重苦しいメローネの言葉に、イルーゾォも黙り込む。その様子を見て、ギアッチョは改めてペッシの方を見た。
「・・・いいか、手短に話すからな。」
ギアッチョはあまりにも重苦しいという雰囲気で口を開いた。
それはペッシがチームに入る以前の出来事だった。
当時、チームがポルポ預かりになってすぐのことでアジトも彼女の援助によって設備がだいぶ整っていたときのことだ。
その時も、居心地の良くなったアジトに入り浸るものも多く、リゾットとプロシュート、ホルマジオ以外のメンバーがたむろしていた。
もちろん、年頃の男の、おまけにお世辞にも素行のよいもののいない状態だ。
アジトの中はそれ相応に荒れていた。
ゴミ屋敷、とまではいかないがおせじにも住み心地がいいとは言えない状態だった。
リゾットやプロシュートがいれば何かしらのことを言っただろうか、残念ながら二人は任務でいない時のことだった。
帰ってくるまでに片付ければいいだろうという算段であった。
そんな日のことだ。
リゾットの仕上げた書類を取りにポルポがやってきたのは。
「そん時、丁度昼飯でよ。カードで負けた奴が全部おごることになってたんだよ。」
「イルーゾォが負けてたよね。」
「今は関係ないだろ!?」
「うるせえよ!!それでだ、昼飯食いに外に出ようとしたときにポルポと玄関で出くわしてよお。」
「一人で?」
「あいつ、ちょこちょこ一人で出歩いてるぜ。」
「あのスタンドがいりゃあ逃げるのには苦労しないしな。」
ペッシはマフィアの幹部がそんなにも簡単に外出していいのかわからない。それよりも、幹部に対してこんなにも気軽でいいのかもわからない中、話の続きに耳を傾ける。
「それでだ。俺たちもあいつのこと気にすることもなく昼飯食いに出かけてな。ポルポのスタンド能力なら、俺たちがいなくても出られるだろうと思ったしよ。そんで、家に帰ったら。」
綺麗に、片付けられてた。
非常に言いにくそうなギアッチョのそれに、ペッシははてりと首をかしげた。
「・・・・・ギアッチョ、もしかして、ポルポに家の片付けさしちまったのか!?」
一瞬の間の後、ペッシは大慌てで叫んだ。
いっくら、ポルポが温和で優しかろうと、彼女があきれかえるほどアジトを汚していたならば、それは怒られるだろう。基本的に、理性的なリゾットとて怒ったことだろう。
ペッシは、普段怒らないリゾットのことを思い出して怯える。
が、彼の様子にメローネは首を振る。
「いや、そこじゃないよ。ポルポの場合、片付けをしてるのはたぶん嬉しいよ。そういう奴だし。リゾットもたぶん、ポルポが掃除したことに関しては怒んなかったんだけどさ。」
「プロシュートはくっそ怒り狂ってたけどよ。」
「そりゃあ、そうだろう。あいつ、ポルポに関しては忠誠心みたいなもんはあるし。」
「じゃあ、なんで片付けが掟になんだよ。」
ペッシのそれに、三人はそれぞれなんとも言えないような顔でどことも言えない方向を見た。ペッシの困惑顔に、ギアッチョがヤケクソのような表情で叫ぶ。
「ポルノ雑誌、あいつに片付けられたんだよ!」
その言葉にペッシの目が点になる。
片付けまでは別になんの問題もなかったのだ。ただ、そこに転がっていたものが問題だった。居間に当たるスペースは、ギアッチョたちが帰ってくる頃にはそれはそれは綺麗に片付けられていた。
埃を掃き、拭き掃除まで済ませたそれにギアッチョたちでさえも感心してポルポを褒めた。ポルポも元々家事が趣味のような人間なため、褒め言葉に機嫌がよさそうな顔をしていた。
そうだ、ギアッチョたちも感心していたのだ。申し訳程度に設置されていた本棚に、綺麗に並べられたポルノ雑誌を見るまでは。
何もなかったそこに並べられたのがそれであると理解したギアッチョたちは、何の号令もなく一斉にポルポを見た。
彼女は、ギアッチョたちの見ていた方向で何が言いたいかわかったのか、ああと頷いた。
「ああ、どこに置けばわからなかったので。」
捨てない方がいいですよね、あれ。
その時の、あの、ポルポの浮かべた生ぬるい目を、ギアッチョは一生忘れないだろう。
こみ上げてくるような、気まずさ、羞恥、言いたくなる言い訳。
ポルポはそのまま、動揺の一つも無く帰りますねえなんて言葉を返して帰って行った。
ギアッチョたちは呆然とそれを見送った後、無言で雑誌を捨てた。
三者三様に、羞恥でのたうち回った。
ただの女ならば、こんな感情を抱かなかっただろう。それこそ、目の前で読むぐらいのことはしていただろう。
だが、ギアッチョはその後、女ならんなもんさわんじゃねえよおおおおお、と。
一頻りのたうち回るほどの気まずさと羞恥に襲われた。
何がそんなにも恥ずかしいのかわからない、気まずいのかわからない。
ただ、ポルポのなんとも言えない生ぬるい目に対して、意味をなさないわめき声を叫ばずにはいられなかった。
必死に、マニアックな分類に入るだろうものがないかと調べ、どれが誰の物なのか知られていないか知りたくてしょうがない。
仮に、それが自分の物であると思われていたらどうしようか。
違う、違うのだ。
何が違うのか、いや、何も違うことはない。
自分たちはそういった雑誌を読んでいて、散らかしていた。
それをポルポが片付けた。
何のおかしいところもない、全面的に自分たちのせいだ。
だが、それでも、ギアッチョたちはばたばたとのたうち回った。今まで感じたことのない、解消しきれない感情だった。
ひたすらなまでに恥ずかしい。気まずい。
なぜ、堂々と片付けた。せめて、放っておいてくれればよいものを。
というか、散らかっていたからといって勝手に部下の部屋を片付けるな!
が、そんなことが通じないからこそ、今のところギアッチョたちを制御しているのだ。
が、そんなことなど知るよしもない彼女はいつもの雑談の中で掃除のことを話してしまった。ポルポを親のように慕い、部下として忠誠心を持ち合わせているカラマーロの反応は想像に難くないだろう。
そうして、カラマーロからその件がリゾットと、そうしてプロシュートにも伝わった末に特にアジトを散らかしていた年少組は相応の叱りを受けることとなった。
「ホルマジオはいいけどよ、プロシュートの奴がくっそキレやがって。自分だって置いてたんだぞ!?」
「そんなこといったらよ、ホルマジオの奴だって雑誌置いてたくせに、しれっと俺たちに押しつけたんだぞ?」
「俺、あんなにキレたリーダー、二度と会いたくない。」
「・・・・そんなことがあってなんでこんなに散らかしてんの?」
ペッシの素朴な疑問に三人はそっと立ち上がる。
「おい、さっさと片付けるぞ!」
「ともかく絶対にやばいのだけマン・イン・ザ・ミラーで鏡の中に放り込んどこうぜ。」
「ちっ、しかたがねえか。」
取り残されたペッシは無視されたことに愕然とするが、思えば最初から散らかさないという選択肢があれば元々こんなことにはなっていないかと思い立つ。
(まあ、まともな奴がここにいるわけねえのかな。)
「おい、ペッシ。箒もってこいよ。」
「わかった。」
きっと、今更何かを言っても無駄であろうと察して、ペッシはため息をつきながら箒を探しに部屋を出た。
がちゃがちゃと、掃除とは言えない音が部屋に響き渡る。
すでに、見られてはいけない物は鏡の中に放り込んである。
「ポルポの仕事場からならまだ時間があるはずだろ、その前に。」
ギアッチョが最後の仕上げとなれぬ動作で箒を使っているとき、ピーンポーンと音が響き渡る。
それに皆で顔を見合わせる。
部屋の中は、物をどかしただけで荒れ果てた雰囲気は変わらない。そうして、ギアッチョたちが片付けたのはあくまで居間だけで、仮眠室等は手が回っていない。
「ペッシ、なんとかごまかしてこい!」
「ええ!?でも、居間だけ片付ければごまかせるんじゃ。」
「馬鹿野郎!ポルポのスタンドは自我がくっそ芽生えてるから、このアジト内だったらどこでも出入りして堂々とやべえもん持ってくるぞ!?」
「ブラック・サバスは本当に興味深い。下手をしたら、普通の人間程度の自我や知性があると思うんだけど、なかなか会える機会もないしね。おまけに、ワインなんかの好みまである。食べられると言うことは、それを代謝しているということで、そのエネルギーは何に使われているのかという・・・・・」
「メローネ、ほざいてねえで手え動かせ!」
「ともかく、仕方がねえから俺がアジトを回ってやばそうなもんだけ鏡に放り込むから、お前はそれまで時間稼げ!ばれてプロシュートに叱られたくねえだろうが!」
そのどやしを背に、ペッシは慌てて廊下を走る。そうして、玄関に立ち、そっと外をうかがった。
そこには、白いシャツに簡素なスラックスを履いたポルポがいた。手を丁寧に組み、淡く笑う痩せた白い女はまるでいっそのこと幽鬼のように見える。
ただ、浮かべた柔らかな笑みはひどく人に対して安心感をもたらした。
ポルポであることを理解し、ペッシはどうしたものかと悩む。それでも、待たせるわけにはいかないと、玄関を開けた。
「・・・・えっと、すいません、開けるのが遅れて。」
「いいですよ。私もすいません、急に来ると言ってしまって。リゾットから受け取るものを、一つだけ忘れてしまっていたので。」
「お、俺がとってきましょうか?」
「すいません、ペッシ。君には見せられない書類なので。」
「あ、そうですか。」
引き留める方法も思いつかずに、ペッシはしおしおとしょげる。それに、ポルポはああと頷いてうつむいた彼の顔をのぞき込む。
「気遣ってくれたんですね。ありがとうございます。」
にこりと微笑んだその姿に、ペッシはほっと息をつきたくなる。
「それじゃあ、お邪魔させていただきますね?」
「え、えっと。あの。」
「何か、ありましたか?トラブルがあるのなら、こちらで対処しますが?」
心配そうなポルポの顔にペッシの中で罪悪感が膨らむ。
いや、トラブルなんて欠片だって無い。ただ、慌てて部屋の片付けをしているだけ。それだけの話なのだ。
心配そうなその表情にペッシができることもない。そっと体をずらせば、不思議そうな顔をポルポはしたもののするりと家に入り込んだ。
彼女は慣れた様子で廊下を歩く。家の中は灯りはまだともっておらず、彼女の足下に影ができる。
そうして、その影から何かが這い上がってくる。人型のそれは、ポルポの背中にへばりつくようにいた。
ペッシが驚いたように体を震わせると、それはにたりと笑った気がした。
ペッシがスタンドを手に入れたときも、確かにそれを見た。
(ブラック・サバス。)
それはくすくすと子供のような声を上げた。不気味だと、ペッシは思う。思えば。そのスタンドは言葉さえ発していた。
(なんか、人間みたいで。)
「どうかしましたか?」
「え!?」
ペッシはくるりと、ポルポが自分の方に視線を向けていることに気づく。
「この子が何かしましたか?」
「い、いえ。」
「そうですか。」
不思議そうな顔をした後、ポルポはまた前を向いた。ペッシは思い浮かんだそれを振り払うように頭を振り、そうしてその後に続いた。
「そういえば、今日はギアッチョたちはいないんですか?」
「あ、えっと。さっきまでいたと思うんですけど。」
「そうですか。そういえば、ここには慣れましたか?」
「はい、その、兄貴がよくしてくれてます。」
恐る恐るそういえば、彼女は振り返ることはなかったけれど、幾度も頷いた。幾度も、幾度も、そうですかと頷いていた。
ペッシは、そんな彼女に何を返せばいいのかわからずに黙り込んで下を向いた。
目の前にいるのは腐っても幹部だ。自分よりもずっと格上の、ボスのお気に入り。
けれど、不思議と恐ろしいとは感じない。
そのままポルポは黙って廊下を進んだ。
(でも、どうしようか。いや、そうはいっても方向的にリーダーの使ってる部屋に行ってるし。廊下にやばいもんは置いてないからいける。)
ポルポはペッシの考え通り、まっすぐにリゾットの使っている仕事部屋に向かう。そうして、彼女はドアの前に立った。
がちゃりと、慣れた様子で彼女は部屋に入った。主のいない部屋はがらんとしており、カーテンが閉まっているせいか薄暗い。
彼女は部屋にぽつんと置かれた机をあさり、そうして数枚の紙を確認した後、それを床に向けた。ペッシが何をしているのかとみていると、影から手がにょきりと生えた。
「お願いしますね。」
その数枚の紙は手に渡されて影の中に沈んでいく。薄暗い部屋の中、黒い髪に赤い瞳の女だけが残された。
ポルポはそのままペッシの方に歩いてくる
ペッシは出入り口にどいた。
「ありがとうございます。仕事についてもう終わりました。」
それにペッシはほっとする。このまま穏便に帰ってくれれば万々歳だ。そう思っていたが、彼女は何を思ったのかゆるゆると微笑んだ。
「はい、次は私的な件での用があるんですが。」
「え?」
ギアッチョたちはその後、なんとかやばい物は鏡の中に放り込み、体裁が取り繕える程度に片付けを終えた。
実際の所は、ただ単に物を移動しただけだが一時的なごまかしができればいいだけなのだから。
「そういや、ポルポどうなったんだ?」
「ペッシの奴も帰ってこねえし。」
「もしかして、もう帰ったのか?」
「はあ?なんだよ、片付け損じゃねえか。」
「いや、それはない。大体、ポルポはここに来るときは土産を持って顔だけは出すし。」
がやがやと三人が部屋から出たその時だ。
どこからか、くんと良い匂いがしてきた。それに三人は顔を見合わせる。そうして、それぞれで同じ考えに至り、どたどたとキッチンに向かった。
突っ込むような勢いで入ったキッチン。
そこには、ポルポとペッシ。
「ああ。三人とも。よければ、ご飯でもいかがですか。」
にっこりと笑った彼女は、キッチンに溢れるような鍋や皿の中心でにこにこと微笑んでいた。
いったいどんな状態かはわからずとも、それでも確かに香ってくる腹の空く匂い。
掃除をしたことに加えて昼食を食べていないため、一斉に腹が鳴った。
こくりと思わず頷けば、ポルポは嬉しそうに微笑んだ。
どういうことなのだろうか。
ギアッチョはそう思いつつも、机に並べられた食事を口に運ぶ。
料理自体は良くも悪くも統一性という物は無い。
肉料理に、魚料理。パスタもある。
家庭料理から、やたらと凝ったものまである。
(旨い。)
その料理は、そんな感想が出る程度には見事な物だった。大皿料理が多かったが、皿の上の物を平らげればすぐにおかわりが盛られる。
ポルポが一緒に持ってきた酒もまた、食事に合う。
やたらと食べ慣れていると感じる食事に既視感を覚えた。
「いや、待て待て待て。ちげええんだよ。なんで俺はメシ食ってんだ?」
ギアッチョが思わずそういえば、皆の皿におかわりを盛っていたポルポが首をかしげた。
「嫌いな物でもありましたか?」
「そういうことじゃねえええんだよ!ポルポ、てめえ、書類を取りに来たんだろう?」
「はい。それはそうなんですが。実は、料理を作りすぎてしまって。」
「作りすぎたってレベルか?」
ポルポの言葉にイルーゾォがそういった。その言葉の通り、影の中に入れてきた鍋やら器でキッチンはあふれかえっている。ギアッチョたちは、現在キッチンの隅に置かれたテーブルに座って食事をしていた。
その鍋と空腹、そうしてポルポに流されて思わず目の前の並べられた食事に手をつけたが、明らかに変だろう。
何故、自分は上司に食事を食べさせられているのか。
「あと、何だろ。やけに食べ慣れてる気がする。」
メローネの言葉にまたポルポは頷いた。
「はい、私の作った物は、ここの冷蔵庫に入れてもらっていたので。皆さん、食べたことがあるのかと。」
それにペッシが咳き込む。
「あれですか!?」
「あの、定期的に冷蔵庫を充ち満ちにする、あの!?」
「はい。時々、嫌なことがあると大量の食事を作りたくなって。」
「てっきりリーダーが作ってると思ってた。」
「ギアッチョの中でのリゾットはどんな奴になってんだよ。」
言われてみれば納得の話で、自分たちの知り合いで、おまけにリーダーがアジトに置くことを許可するほどに信頼が置ける人間は限られている。そうして、それにプラスして食事をそこまで頻繁に作るようなのはそれこそ幾人いるのか。
「つまりよお、書類が本命じゃなくて、メシを置きに来るのが本命だったって事か?」
「いえ、頼みのリゾットが任務ですし。ここなら、食べる方もおられないかと。」
ギアッチョはそれに呆れたようにため息を吐いた。それこそ、掃除をしなくてよかった可能性もあるのだ。
そう思いつつ、ギアッチョはまた料理を口に運んだ。
その料理は、当人が食べるためのものではなく、ひたすら手間をかけて味を良くすることに特化していた。
趣味で作ったらしいそれは、確かにおいしい。
(・・・・他人の作ったもんか。)
ギアッチョはふと、思い出す。
料理に舌鼓を打って、ふと周りを見回した。この中で、いったい幾人が、無償で提供される誰かの食事を食べたことがあるのだろうか。
少なくとも、ギアッチョは記憶の上でない。自分で腹を満たすために作ることはあっても、明確に食べ慣れた味なんてないだろう。
ギアッチョはまた、食事を口に運んだ。
その味は、すっかりとギアッチョになじんでいた。いつの間にか、冷蔵庫に満たされているそれを、ギアッチョはよく食べていた。それこそ、イルーゾォやメローネも相応に口にしているだろう。
その、暖かな食事は、確かにギアッチョのものだ。任務終わりに、腹が空けばこの味を食べていた。出迎えられるときのそれは、確かにギアッチョにとって何かを誘う味だった。
ああ、帰ってきたのだなあと。
それこそ、遠出をした後にその味を口にすれば、肩から力が抜ける気がした。
「ギアッチョ?」
声がする。優しくて、穏やかな、そんな声がする。遠い昔、夕方の中に子を呼ぶ母のような声がする。声のする方に目線を向ければ、黒髪の女が不思議そうな顔をしていた。
「おかわり、いりますか?」
「あ、ああ。」
そういえば、彼女は嬉しそうに暖かな食事を皿に盛った。それを口にほおばれば、ポルポはこんなにも嬉しいことはないとにこにこと笑う。
イルーゾォにも、メローネにも、ペッシにも。
同じような、ひどく嬉しそうな目で彼らが食事するのを見る。
その、生ぬるい目を見ると、そわそわと落ち着かなくなる。腹の底がむずむずとするような、そんな落ち着かない感覚だ。
「あんたは食わねえのか?」
「もう、家で食べてきました。だから、遠慮せずに食べてくださいね。」
機嫌がよさそうにポルポは言うと、またコンロの方に向かって行ってしまう。なんとなく、四人は何かを話すこともなく食事を続けた。
ポルポは椅子に座ることもなく、食事を温め直したり、空になった器を片付けたりと、忙しなく動いている。それを止めさせた方がいいのではないかと思うのだが、あまりにも機嫌のいい彼女にそんなことを言うのもはばかられた。
ギアッチョはそれぞれの顔を見た。
別に、食事がまずいわけではない。話す話題がないわけではない。
ただ、互いにその場を支配する柔らかな空気が居心地が悪いのだ。そんなことを互いに理解しても、その空気を壊そうとは思わない。
いい匂いがする。女の柔らかな鼻歌がする。
居心地が悪い。溜まらなく、居心地が悪くて、そのくせその女の鼻歌が終わらないことをどこかで願っている。
満たされた腹に、食器を机に置けばポルポは空になった器を見て、機嫌よさそうな顔をした。
そこで、ギアッチョは女がメローネに微笑みかけるのを見た。
同じように食事を終えたらしい彼にポルポはにこにことやっぱり笑う。
「嫌いな物は無かったですか?メローネ、魚料理、好きでしたよね?」
何気ない言葉であるはずなのに、メローネは目を見開いて、そうして頷いた。
子供のような、顔だった。幼い子供のような顔をしていた物だから。ギアッチョは
咄嗟に叫びそうになる。
止めろ、なんて。
何を止めたいかわからないままに叫ぼうとした。けれど、ギアッチョの方を見たポルポの顔を見ると、喉の奥に張り付いたそれが流れてしまう。
「どうかしましたか?」
「・・・・・なんでもねえよ。」
「そうですか。ああ、デザートもありますよ。」
ウキウキとした声で、彼女はギアッチョに背を向けた。イルーゾォはデザートに心が引かれたのか、ポルポの背を追う。ペッシは不思議そうな顔でギアッチョを見るが、変わることなく食事を続けた。
メローネはどこかぼんやりとした目で、ポルポの背を追う。
生ぬるい空気だ。腹の底で、もぞもぞと何かが動く。たまらなくそれが居心地が悪くなる。
けれど、その空気に浸っていたいと思う。
誰が、自分の好物を知っているだろうか。覚えていてくれるだろうか。
にこにこと笑って、温かな食事を無償で与えてくれるだろうか。
黄昏の似合う女は、ギアッチョたちに微笑んだ。鼻歌が聞こえる、女の柔らかな鼻歌だ。
それに慣れてはいけないのだろう。
ギアッチョたちは、裏の人間で。そんな優しいものを当たり前とすることも、慣れることもあってはいけないのだろう。
それでも、その味はすっかりギアッチョの舌になじんでしまっている。好物が、冷蔵庫に入っていることを望んでいる自分がいる。
それは、それは、きっと好ましくないことなのだと、ギアッチョはわかるのだ。
くすくすと、声がした。それに、ギアッチョは視線を向けると、自分の背後、丁度影になった部分にブラック・サバスが立っていた。
それは何を思ったのか、ギアッチョの頭を撫でるように手を滑らせた。そうして、とぷりと、影の中に消えてしまう。
「なんだよ。くそが。」
弱々しい声の中で、部屋の中は旨そうな匂いで満たされていた。
また、感想いただければ嬉しいです。