蛸の見た夢   作:藤猫

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体調不良の人と、影の人。

今回の話、上手く伝わったか心配です。


熱暴走

 

スタンドとは、精神の力だ。

そんなことは誰だって知っている。コントロールは己の心自身と、覚悟、そうして、精神状態で決まるものだ。

それ故に、時折、コントロールを失うことはないわけではない。

例えば、誰だって体調が悪いときは集中するのが難しかったり、体を動かしたくないと思うものだろう。

そうだ、リゾット・ネエロのそれもまた、体調不良によるものだった。

 

 

 

いつも通りの任務のはずだった。

ただ、その日はタイミングの悪いことに体調が悪かった。本当に珍しいことだった。

リゾット・ネエロはこれでも仕事に関しては完璧主義者であったのだ。

けれど、その日は本当にタイミングの悪いことに、非常に体調が悪かった。

そのせいで、珍しく任務の相手を逃がしてしまったのだ。

 

(・・・くそが。)

 

悪態をついてリゾットは自分の足下に転がるそれを見た。

人種的に体調が悪いというのに仕事なんて事あり得ないのだが、悲しいかな。リゾットはそう言った福利厚生からはほど遠い仕事だ。

といっても彼が所属するチームの上司からして報告すれば休む許可はもらえそうだが。

残念ながら、リゾットはそんなことをわざわざ連絡するようなタイプではなかった。

何よりも、今回の任務はポルポに帰属するカジノから金を持ち出した馬鹿への制裁だった。

 

(・・・今日は、もう、帰って。)

 

ふらふらとした思考だ、まるで茹だるように怠く、ふらふらと体でリゾットは死体を処理する人間を呼ぼうとした。けれど。

腰の辺りに、強烈な違和感を持った。それに、リゾットはああ、と。嫌な予感を持った。

 

ずるり。

 

痛み、生々しい感覚、リゾットは己の腰の辺りからスコップが飛び出したことを理解した。

 

それと同時に、リゾットはふらりとその路地に倒れ込んだ。

 

 

「・・・・どーすんだよ?」

 

ホルマジオは思わず言った。それに忌々しげにプロシュートが舌打ちをする。二人はとある建物の二階から、ある路地を眺めていた。

その路地は、赤い水たまりが広がっていた。

その水たまりに沈む、遺体が二つと、彼らのリーダーが一人。

 

「・・・あのままじゃ死ぬな。」

 

プロシュートが忌々しげにそう言った。流れ出ている血がリゾット自身のものかはわからないが、そうは言っても危険な状態だ。

けれど、二人にはリゾットに近づくことを躊躇する理由があった。

ホルマジオは自分の手を見た。手のひらの深々とした切り傷を見た。

スタンド使いには発動条件があるものがある。例えば、ホルマジオの場合、己のスタンドで切りつけることであったりだ。メローネの場合はもっと複雑だ。

けれど、発動条件自体が非常にシンプルなものがある。そういったものは、当人の精神状態で暴走することがある。

リゾットは朦朧とする意識の中で、防衛本能のように近づいたものを攻撃しているのだ。

プロシュートたちはリゾットからの連絡が遅いことをいぶかしく思い、彼を探したわけだが。

路地にて転がっているリゾットを発見した。最悪なことに、メタリカからの洗礼付きでのことだ。

プロシュートも、ホルマジオもそれに対して特別怒り狂っているわけではなかった。

プロシュートも、昔そうやって能力をコントロール出来ずにやらかした覚えがある。ホルマジオも任務に成功しているのだから何かを言う気は無かった。

 

「兄貴!!」

 

その時だ、ペッシが慌てて駆け寄ってくる。

 

「ポルポ、もうすぐこっちに来るって!」

 

それに二人はほっと息を吐いた。

 

 

 

「遅れてすみません。」

 

ぱたぱたと軽い足音を立ててポルポが近づいてくる。

ワイシャツだけで慌ててコートを引っかけてきたのか、いつものオーバサイズのそれを抱えて走ってきた。

相当慌てて走ってきたのか少しだけ息が上がっていた。

 

「リゾットは?」

「あっちだ。路地の奥。」

 

プロシュートとホルマジオは何があってもいいように路地の手前でポルポを待っていた。

 

「わかりました。人払いは終わっていますか?」

「ああ、適当な事情をでっち上げた。」

「わかりました。行ってきます。」

 

ポルポはそう言ってぱたぱたと路地の奥に走って行った。それにペッシは落ち着かないというようにプロシュートを見た。

それにホルマジオは、ああと納得したように頷いた。

 

「そういや、お前は立ち会ったことないのか?」

「立ち会い?」

「・・・・スタンドの暴走だ。」

 

ホルマジオとペッシの会話にプロシュートは忌々しげにそう吐き捨てた。

 

 

 

スタンド使いは戦力で言うのなら破格だ。たとえ、戦闘能力が低くとも能力によって使いどころは多くある。

だが、それはあくまで当人が能力をコントロール出来てこその話だ。

パッショーネにはスタンド使いが多い。それはポルポの力によるものだが、それ以上に、スタンド使いになってなお、生き残る人間が多いと言うことがあげられる。

 

「スタンドを使えたとして、その能力が、使ってる奴にも影響があることは多いんだよ。ブチャラティのとこにもいただろうが。」

「ああ、そう言えば。」

「そーいうやつはメローネみてえに発動に条件がありゃあいいんだが。能力が単純だと色々あってな。今のリゾットみてえに本人の状態で暴走するときがあんだよ。」

「で、でも、ポルポは大丈夫なのかい?」

「大丈夫だ。だから、言っただろうが。」

ポルポのところにいる人間は生き残る奴が多いってよ。

 

 

頭が痛い、体がだるい、何もかもが億劫だ。

リゾットはぼんやりと、回らない頭で己のなすべき事を考える。

遺体の処理、報告、ここから離れること。

義務を、果たさなくてはいけない。ここで生きていくのだから、なすべきことをしなくてはいけない。

そう思うのに、それ以上に何もかもが億劫で仕方が無い。

体の奥が、ざわめいている。落ち着かない、何か、押し殺したような何かが溢れてきそうだ。

ああ、嫌だ。

何も心配することはない。そうだ、仕事も終わった、後処理だけだ。なのに、頭が回らない。それが、ひどく、不安を駆り立てる。

 

ぱた、ぱたぱた。

 

足音がした。それに、リゾットは必死に頭を巡らせる。

何だろうか、目撃者だろうか。

ああ、始末をしなくてはいけない。メタリカを、無意識のように発動させようとした。

けれど、それよりも前に、リゾットの頭を何かが無理矢理に上に向かせる。

 

「・・・飼い主に噛みつくのは感心しないな。」

 

ピエロのような見た目、低い声、明らかに人ではない出で立ち。

唐突に現れたそれにリゾットの思考は正気に戻った。そこに、リゾットが体を預けた建物の影から何かが飛び出してきた。

 

「リゾット?」

 

たんとリゾットの横に立ったそれの影と、リゾットの影が重なった。それにリゾットの中で安堵が広がった。

 

「ポルポ・・・」

 

リゾットはまるで、わらを掴むように、女へと手を伸ばした。

 

 

「リゾット。大丈夫ですか?」

 

ポルポはリゾットの姿に安堵したかのような顔をした。そうして、伸ばした手を引っ張って立ち上がらせようとした。けれど、明らかに体格の違うポルポでは熱で朦朧としたリゾットを立ち上がらせることは出来ない。ずるりと、滑るようにポルポはその場に座り込んだ。

 

「起き上がれますか?」

「・・・力が入らん。」

 

ポルポはそれにどうしたものかと、ホルマジオたちがいる方を見た。リゾットはそんなポルポのことなど気が回らない。ただ、その冷たい手にすり寄った。熱の彼に、その体温の低いそれは心地が良かった。

まるで懐いた獣のような仕草でリゾットはポルポにすり寄った。

 

(ああ・・・)

 

それの傍はほっとした。今まで散々にざわつき、不安感に煽られていた思考はすっと落ち着いた。

これの傍ならば大丈夫。これだけは己のことを裏切らない。これだけは、これだけは、何があっても自分が守らなくては。

強烈な安堵感はリゾットに麻薬のように広がった。

 

「リゾット、すみませんがホルマジオたちを連れてきますから。」

 

ポルポはそう言って己の腕を掴んだリゾットの指を外していく。リゾットは外された己の手を茫然とみた。ポルポが、黒い髪が離れていく。自分の下から離れていく。

リゾットの中に生まれるのは、強烈な心細さだ。

 

どうして離れていく。どうして、置いていく。

 

力尽くで掴んだ手に、ポルポはそのまま地面にもう一度転がった。

 

「どこに行くんだ?」

 

先ほどまでの安堵感は遠く、今あるのは不安定な心細さだけだった。ポルポは驚いた顔でリゾットを見た。

 

「俺のことが面倒になったんだろう?」

 

どろどろとした、腐敗しきった声でそう言った。

ああ、そうだろう。面倒だ、こんな自分が。

茹だった頭がまともなことなど全て腐らせていく。

 

お前が最初に行こうと言ったのだ。手を差しのばしたのはお前だったはずなのに。

なのに、なのに、お前は俺を置いていく。まるで、汚れなんて知らないというような顔で、自分のことを、置いていく。

行くな、行くな、行くな。

 

ぎちりと掴んだ手が軋みを上げる音がした。リゾットはとうとう、体力の限界がやってきた。手を掴んでいることさえも億劫になり、そのままするりと力が抜けた。

もうろうとした意識はそろそろと限界を迎えそうだった。

 

「・・・どこにでも行ってしまえ。」

 

低い声は思った以上にか細かった。

自分の力が恨めしい。肉を裂く感覚、血しぶき、臓物の色。

全てが人を傷つけることに特化した、刃の力、引き裂く力。

 

「リゾット、あの・・・」

 

己の頬に突然触れた、冷たい感覚。それに、リゾットはてっきりその場を去ると思っていた、ポルポの思いがけないそれに防衛本能のようにスタンドの能力を発動させた。

 

びしゃりと、生暖かい感覚が、彼にとって馴染んだ感触が頬に広がる。短い悲鳴に、彼女の方を見た。自分に触れていたのだろう、細く、白いそれからはカミソリが飛び出していた。

その光景に、リゾットは散々に己のことが嫌になる。

ああ、どうだ、こんなものだ。

 

ナイーブな感情が、暴走する。絶望する。

自分は、こんなにも弱いものに、こんなにも哀れな生き物に、共に生きると決めた同胞にさえも、ろくな事をしていない。

そうだ、前だってそうだった。力を得たとき、まるで発作のように辺りに被害を及ぼした。

体から飛び出す刃物、死んでいく人間。

それにリゾットは己が徹底的にろくでもないものになったように思えて仕方がなかった。割り切り、蓋をし、飲み込んだ感情が、徹底的に弱った体と思考を襲う。

 

「離れろ、ポルポ、俺は・・・・」

 

ポルポはちらりと己の手を見た。溢れる血、飛び出すカミソリ、彼女はそれにさしたる動揺を見せることはなかった。

 

「リゾット、大丈夫ですよ。」

 

傷ついていない手が、リゾットの手に重なった。その冷たい手は、やはり心地が良かった。

触れて欲しくなかった、傷つけたくなかった。

その女には、恩義があった。

 

リゾット・ネエロというそれは大事にしたいと思うものは、案外ちっぽけだ。

金だとか、栄誉だとか、そんなものではなくて。

彼は自分の生きる場所さえ守ることが出来ればそれでいいと思える程度にちっぽけなものだった。

その居場所は、別段、ポルポに何かしらの心があって作られたものではない。ただの偶然、ただの効率、ただの寄せ集め。

けれど、その女がいるからこそ、守られる場所であることも知っていた。

ポルポは確かに、リゾット・ネエロにとって守るべきものだった、哀れな女だった、人殺しの己に救いを求める悲しい奴だった。

 

だからこそ、傷つけたくない。己に触れて欲しくない。傷つけるしかないと自覚しているのなら、余計にそう思ってしまう。

 

ポルポはまるで怯える子どもを抱きしめるようにリゾットのことを抱きしめた。それにリゾットは反射のようにメタリカを発動させた。

ざくりと、女の腹を、その肉を、裂いてしまったことを自覚する。暖かな命の温度が己とそれの間に広がった。

 

振りほどこうとした、けれど、それよりも先にその女はリゾットのことを強く抱きしめた。

 

「リゾット・ネエロ、大丈夫です。大丈夫ですから。私には、あなたが必要なんです。あなたのことは、私は守ってみせますから。」

 

柔らかな声がした。まるで、賛美歌のように甘い声だった。赦しではなく、さりとて、愛の言葉などでは到底ない。

それは、地獄へ誘う悪魔の声だった。けれど、リゾットは自分に与えられるのはそれだけでしかないと理解していた。

それにリゾットの体から力が抜けた。優しい声だ、包むような声だ。それは、心底、リゾットという人間への依存と、執着に満ちている。

醜いことだ、それぐらいは理解していた。

それはけして、まっとうなものではなかったし、リゾットのことなんて考えていなかった。

けれど、何かを殺すことしか出来ない自分に、一方的ではあれど、リゾットの幸福を素直に願うそれは、何よりも、彼にとっては救いだった。

温かな、血ではない、人の温度にリゾットはとうとう、張っていた気を手放した。

 

 

「・・・はあ。」

 

ポルポはリゾットが気絶したことに驚いた顔をした。そうして、痛む腹を押さえてホルマジオたちの方を見たとき、ふっと彼女は昏倒するように体を傾いだ。

けれど、そんなことなかったかのようにまぶたを開けて、バランスを取る。

そうして、それは己に寄りかかった男の体を壁に預けた。

 

「はあ、まったく。ポルポ、君は、リゾット・ネエロに執着しすぎる気があるね。」

 

それは呆れたようにそう言って、女の、己の手を切り裂いているらしいカミソリを見た。

そうして、屈み込み、男の方を見た。

その表情はどこか老成した男のように冷たく、そうして、真冬の月光のように冷たくて利己的だった。

まるで、仮面でも被り直したかのように、それは普段のポルポから乖離していた。

 

「・・・・やはり、あまり同化しすぎると内については不安定になってしまうな。」

 

スタンドの力が暴走していたためになんとか落ち着かせようとした結果ではあるが。

安堵感、依存心、執着、庇護者への親しみ、盲目的にそれを善きものとする思想。

そうして、相手の幸福を祈り、当たり前を願う善性。

 

(ポルポの思考は、少々熱っぽすぎる。鎮静剤として、いいや、悪党にはあまりにも、甘い衝動だ。)

 

困り果てたような顔をして、それは立ち上がった。そうして、ちらりと己の隣から伸びる影を見た。

それはおかしな光景だった。

本来ならば、そこには女の影と、そうしてリゾットの影が伸びていなければならない。だが、あるはずのリゾットの影はなかった。というよりも、リゾットの形をした影はなく、ポルポの足下にある影のほうに不自然に伸びていた。

それはまるでリゾットの影が、女の影と混ざり、取り込まれているように見えただろう。

が、そんなことはお構いなしに、女はリゾットのことを眺めた。

 

本音を言うならば、それにとってリゾットというそれが死のうが生きようがどうでもいい。

というよりも、本音を言うならば死んで欲しいぐらいだ。

なんといっても、文字通り、一心同体である可愛い己の子の信頼だとかをかっさらっていく存在が面白いわけがない。

もちろん、彼女に心中の約束をされている自分以上に特別な関係など無いと自負しているが、それはそれなのだ。

 

(面倒だと?当たり前だ、ジメジメ男。面倒以外の何があるというのか。)

 

けれど、死なれては困るのも事実だ。それはそっと、リゾットの頬を撫でた。

 

「お前は、泥水に映った星なのだから。」

 

リゾット・ネエロは泥ではないのだろう。彼は彼なりに生きる道を模索し、己の人生をよりよきものにしようとした。それ相応の良心があり、愛があり。けれど、結局の所は星になることは出来ない。

リゾット・ネエロは、そうして、彼の部下たちは、泥水に映った星なのだ。

汚泥ではなく、けれど、空に瞬く星ではなく。

いつかに、美しいものになり得たかもしれない、残光。

けれど、ポルポにはそれが丁度良いのだ。空に瞬く星では彼女を焼き、足下に広がった泥を彼女は拒絶する。

ポルポのことを焼かない光、ポルポが下を向いてなお、輝きを思い出させる希望。

人にとっては取るに足らないと、足蹴にされるそれこそが、それの最愛の存在にとって必要不可欠であるのだ。

 

「だからこそ、私はお前を生かすのだが」

 

それはそう言った後、立ち上がった。ホルマジオたちを呼びに行かねばと思い立ったのだ。

その時、それは、ふと、リゾットが始末したはずの死体に眼をやった。そうして、にたりと、微笑んだ。

 

 

(もう少しだ、もう少しで!)

 

その時、その男は散々に己の不運を呪っていた。簡単な仕事のはずだった。

とある地区で麻薬の販売をしてくること。

普通の販売よりも破格の報酬であったし、なによりもその地区を担当する元締めは穏健派で有名で、咎めはあまりないだろうと思っていたためだ。

けれど、予想に反して、その商売はあっさりと終わってしまった。売り物も、売上金も何もかもなくして、それでも生き延びるのだと逃げ出したが、追っ手が来た。

それも、明らかにそれは人ではなかった。

ツレはそれにやられた。

体から飛び出るカミソリ、温かな血、溢れる臓物。

 

怖い、怖い、怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわい怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわい!!!

 

なんだあれは、なんだ、あの化け物は!!

噂では聞いていた、パッショーネには悪魔のような力を持っているものがいるのだと。だが、何故、自分がそれに追われているのだ?

自分よりも、自分に仕事を頼んだものにこそそれはふさわしいのではないのか?

 

幸運だったのは、それは自分がとどめを刺されていないことに気づいていないことだった。体から飛び出た刃物は幸いなことに致命的なものは避けていた。

そうだ、隙を見て逃げるのだ。

仲間らしい女がやってきても、そうだ、一瞬の隙を突いて、人質にでも。

 

「やあ、君。惨めなことだね。」

 

己にかけられた、柔らかな声音に固まった。ばれた、それを理解して、男は体を起こして逃げ出そうとした。

けれど、何故か、体は動かない。

 

「な、なんで!?」

 

足に伝わる、何かに掴まれているような感覚。足を見ても、何もない。そうして、自分の目の前の優し気な印象の、柔らかな細身の女が一人。

 

「やあ、君、ごきげんよう。」

「な、なんだよ!お前は、よお!」

「ふむ、そうだね。私が何者か。多くの語るべき名はあるが。すまない、今日はおしゃべりをするような気分ではなくてね。ただ、君には。この子の傷を肩代わりして欲しいんだよ。」

 

女がそう言うと、そうだ、女の足下から伸びる影。それはまるで意思を持つかのように男の影まで迫り、そうして、混じり合った。

 

「な。なんなんだよ!?」

「そんなこと、簡単なことだ。今君は、少なくとも私であり、そうして、私は君である。だからこそ、この傷は、君のものでもあるんだよ。」

 

一つになった影に怯えた男は叫ぼうとした、その瞬間、彼を切り裂くような痛みが襲い、そうして、赤いしぶきを認識する前に彼の意識は消えてしまった。

 

 

(・・・・ポルポは気づくことは、あるのだろうか。)

 

それは傷一つ無い、己の腹を撫でた。メタリカによって飛び出たはずのカミソリは目の前の死体の腹に突き刺さっている。

 

そうしてそれは、息を吐く。

ポルポは自分がいることでスタンドの能力が落ち着くことになんの疑問も持っていない。

彼女はそれを矢のおかげだと考えている。実際に調べたわけではない。ただ、そうであるのだと思い込んでいる。

何故って、彼女にはそれ以外に思い当たることがないのだ。

ブラック・サバスの能力は、影に潜り込むこと、それだけであると本筋では決まっていたから。

途中退場でしかないのだからと、ポルポは目をそらすことがある。彼女は矢というものを嫌悪している。己を地獄に引きずり込んだそれのことを。

だからこそ、関係ないと、無意識のうちに目をそらしてしまっているのだろう。

別にそれで構わない。だって、ポルポが生きていれば、それは満足なのだから。

ポルポの影は男のそれから分かたれて、いつも通りお利口にそこにいる。

それはふうと息を吐いた。

混ぜすぎるというのは危険だ。境の自意識が曖昧になれば訪れるのは崩壊だ。あくまでも、一滴の波紋を呼び出すようにしなくてはいけない。

自分たちは観測者を互いに担えばいいが、他は別なのだから。

 

「さて、シャツの血は他人のものだとすればいいだろう。」

 

交代の時間だ。

それはそうつぶやき、ゆっくりとリゾットのほうに足を向けた。

 

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