蛸の見た夢   作:藤猫

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チョコラータと死を救いにしている人。

お久しぶりです、なかなか更新できずにすみません。申し訳ありません、ものすっごい間違えて誤爆しました。
諦めてあっちの名前も戻しました。

感想いただけましたらうれしいです。


死が絶望などと誰が言った?

 

「こんにちは。」

 

柔らかな声が、カーテンの閉め切られたホテルの一室に響く。

 

「・・・あなたが、その?」

 

ホテルの一室には、男女が三人存在していた。

一方は男、もう一方は女の二人組。

二人組の片方が部屋の中心に置かれた机に向かい合わせに座っている。もう片方は、座っている片割れの隣に侍る様に立っていた。

 

「はい、今回、お二人の試験官を務めるポルポと申します。」

 

その時のチョコラータ、現在は本来の名前ではあるが、便宜上そう呼ぶ、その顔は、彼を嫌っている人間達が爆笑するような顔だっただろう。

 

 

チョコラータという男は失敗を犯してしまった。

医療ミスだ。些細な、腕のいい医者であったそれには珍しい失敗だった。けれど、実際の所は違う。

男はわざと医療ミスをしたのだ。

失敗というのならば、そのわざとがばれてしまったことだろう。

 

「・・・・医療ミスで、病院を辞めさせられ、多額の賠償金を支払っていると言うことでよろしいでしょうか?」

「はい、ええ・・・」

「私のことはポルポとお呼びください。後ろの者はカラマーロです。」

「ポルポとカラマーロですか。」

「お気になさらず。こんな場所では名などさほど大きな意味などありませんので。」

「はい。」

「わかりました。ところで、スィニョーレ。この部屋での約定については事前に知っておられますか?」

 

それにチョコラータは頷いた。

彼に声をかけてきたのは、金の工面に苦心をしているときのことだった。明らかに、裏の世界の人間であることはわかった。

けれど、チョコラータも追い込まれていたのだ。

ならば、いっそのことそちら側に回っても良いだろう。

なによりも、だ。

チョコラータはどこまでも、人の死というものに魅了されていたからだ。

医者であれば、人の死をつぶさに観察できる。けれど、今、ここでギャングになれば人の死は遙かに近しい物になるだろう。

それはある意味で、チョコラータにとって望むべき事だった。

ただ、チョコラータ自身、そう危険な立場に置かれたいわけではない。医者であったというのはアドヴァンテージになるのか。

そんなことを考えていたときだ。チョコラータに接触してきたそれは、こう言った。

 

うちの組織に入るには、一つ、試験を受けてもらう。もしかすると死ぬかもしれないが、それでもかまわないか?

 

死ぬ?

どんな試験かはわからない。けれど、チョコラータは何のためらいもなく己が生き残ると確信できていたのだ。

 

その試験というのも、とあるホテルの一室に向かえというものだ。そうして、試験会場にて出迎えたのは、二人の女。

一方のそれは、チョコラータのことをうろんな瞳で見つめた。チョコラータはそれを警戒すべきと頭の中に書き留めた。

そのまなざし、立ち振る舞いはなめてかかるべきではないと感じた。

けれど、もう一方のその女はどうだろう。

 

(なんとも哀れになるような体つきだ。)

 

ポルポと名乗ったその女を見てみろ。

なんとも、侮ることしか出来ない女だった。

 

高価だと一目でわかるスーツに身を包んだその身は、着られているという表現がよく似合う。青白い肌は日の光に当たっていないのか不健康そうに見える。

見た目もどうだ、醜くないがけれど美しいわけでもない。貧相で、幸薄そうなそれはうつむき加減に淡く笑っている。

これが試験官なのだという、ギャングのだ。それならば、後ろに侍る女の方がまだ納得できただろう。

けれど、チョコラータとてそんな考えはそっと飲み込む程度に社会に順応している。その道からこれから外れるわけなのだが。

 

「重要事項として、この試験は高確率で死亡する可能性があります。また、成功したとしてもあなたの心身に変化が訪れます。それについてはいいですか?」

「ああ、かまわない。」

「わかりました。試験の内容は簡単です。この部屋を出て、右手に進んで一番奥の部屋に行ってください。そうして、中に置かれた机の上のライターを持ってきてください。」

「それだけ、だろうか?」

「はい、ですが、一つだけ条件があります。廊下ではけして、振り返ってはいけません。」

 

女は、日向の匂いがする、優しげな笑みと共に見送った。それにチョコラータは己の中で何かが芽生えた。

 

 

廊下には何もない。てっきり、襲われるだとかそんなことを考えたが、そんな気配はない。

けれど、確実に背後に何かがいる。

息づかいも、足音もない。

けれど、気配を感じる。ひたり、ひたりと、何かが迫ってくる。そんな感覚だった。

 

(落ち着け!)

 

後ろを振り返ってはいけない。それは絶対的なルールだ。

それ故に、チョコラータは必死に感情を押し殺した。ライターを手に取り、その時さえも後ろ向きに部屋に戻る。

 

試験をまずクリアせねばならない。

それは理解できるのだが、チョコラータの中で微かな質感を持った怒りが存在していた。

強者とは、弱者をどうしてもいいという価値観がチョコラータの中に存在していた。

それ故に、彼は先ほど自分に指示を出した女を思い出す。

自分に組織に勧誘してきた男は、チョコラータに一つの警告をした。

試験官は幹部にあたるそうだ。

 

いいか、けして試験官には手を出すなよ。傷の一つでもつけてみろ、地獄を見る。

 

チョコラータとてそんなわかりきったことを警告されても、と考える。けれど、その試験官に会って、彼の中でぐるりと腹の底で沸き立つ感覚があった。

 

すました顔をしている女だ。

見れば見るほどに、チョコラータの中に何かが芽生える感覚がした。

わかる、人というものを眺め続けたチョコラータであるからこそ、その女の持つ柔らかな安寧の匂いを嗅ぎ取った。

 

ああ、これは、こんな薄暗いところではなくて、日の光の当たる場所で淡く笑うのが似合う女だ。

表面的に取り繕っても、瞳の奥で怯え、縮こまり、虚無を抱えると理解する。見てみろ、その女は自分に怯えを持っている。恐れている。

その女は理解しているのだ、自分ではチョコラータに勝てないことを。

それにチョコラータは怒りを覚える。

なぜ、自分がこんな存在にへりくだらねばならないのか?

 

苛立つ、苛立つ、怒り。

チョコラータは、愚かだと知りながら、蔑むべき弱者であろう女のなした現状に苛立っていた。それ故に、だろうか。

ちらりと、そうだ、持っていた鏡。

それで後ろを確認してしまった。

その瞬間、何かがチョコラータを貫いた。

 

 

 

 

「……目が、覚められましたね。」

 

次に起きたとき、見上げた先にいたのは一人の女だった。

チョコラータは最初にいた部屋のソファの上に転がされていた。部屋の二人組の女は変わること無く、元の場所にいる。

 

「・・・何が?」

「スィニョーレ。あなたは、先ほど、約束を破られましたね?」

 

それにチョコラータが動きを止めた。そんなことも気にならないのか、ポルポは嬉しそうに、カラマーロは忌々しそうな顔をする。

 

「おめでとうございます。」

 

ポルポは淡く微笑んだ。それと同時に、彼女の背後、椅子の裏から、影が現れた。その影は、くすくすと楽しそうに笑う。かぱりと開いた口からはよどみなく言葉が発せられる。

 

「見るべきで無いもの、触れてはならぬもの、認識すべきで無いもの。二つの道、貴様は選んだのだ。新たなる影の誕生に祝福を!」

 

薄暗い、部屋の中、そのピエロのような影が笑っているのを見て、チョコラータは喉の奥で悲鳴をなんとか押し殺した。

 

 

この世には、スタンド能力というものがあるそうだ。

いわゆる、超能力だと、ポルポは語った。

世界の、一割に満たないそれは、確実に裏社会に、そうして、表社会にも潜んでいるのだという。

 

「それを、信じろと?」

「といわれましても。あなたは、すでにサバスのことが見えているのに。」

 

それにチョコラータは黙り込む。目の前の、影が形作る黒いピエロのようなそれはゆらりゆらりと笑いながら己のことを眺めている。

それはくすくすと、まるで少女のような笑い声を上げている。そうして、飼い主の膝の上にくつろぐ猫のような仕草で女にじゃれついている。

カラマーロは、電話をするとその場を外していた。

 

「なら、私にもそんな化け物がついていると?」

「・・・・化け物、ですか。」

 

ポルポはチョコラータを静かな眼で見つめる。その眼が、チョコラータには鼻についた。

わかる、わかるのだ。

それは弱者だ。

己に怯え、何をされても抵抗も出来ない弱者の類いであると、チョコラータには理解できる。彼が散々に磨き続けた、実験動物を選ぶ時の鼻がそう告げている。

けれど、女は平然とチョコラータを見つめる。まるで、互いが対等であるかのように。

 

それが気に入らない。それが面白くない。

だからこそ、思うのだ。

それが怯える瞬間は。

これが、死ぬ瞬間、どんな表情を浮かべるのだろうかと。

 

「スィニョーレ?」

「あ、ああ。申し訳ない。それで、私にスタンド能力があると?」

「はい。ただ、力に関して調べるのならば、別の所に行っていただきたいのです。」

「別の?」

「はい、能力は千差万別。非常に使いやすいものから、使いにくい者まで。用途は様々です。以前、力を暴走させて大変なことになった人もいましたので。そうですね、ペルソナという言葉をご存じですか?」

 

そう言って、ポルポはチョコラータにバッジを差し出した。それを受け取れば、女は変わること無く穏やかに微笑んだままだった。

 

「どうぞ、これよりあなたは我ら組織の一員です。」

 

 

 

チョコラータが、その女に会ったのはそんな試験の一幕であった。

ポルポ、という名前はなるほど、その女にはよく似合う。

暗がりの中で、怯えるように縮こまるその様は確かによく似合っていた。

 

弱い女だ。弱くて、取るに足らない女だ。

けれど、皮肉なことにその女の地位はチョコラータよりも上だ。

理由なんて簡単で、その女はなんでも金儲けだけで言うなら優秀で有り、そうして、その希少なスタンド能力のせいだろう。スタンド能力を発現させる。確かに、それだけで多くの組織が欲しがるはずだ。

 

だからなんだ?

 

チョコラータはその女のことがひどく気に入らなかった。

他の人間達への侮りとはまた違う、嫌悪と言える感情だった。なぜ、この程度の人間が自分の上にいるのか?

怯え、恐れ、いつだって護衛の後ろで控えめに笑うだけのそれ。

 

だからこそ、だ。

その日、その女に会ったとき、ただ、どんな顔をするのだと思っただけだった。ただ、それだけだったのだ。

 

 

その日、とある組織の全滅を命じられた。大量殺戮が可能であり、そうして、死体を残さないチョコラータのスタンドにはぴったりの仕事だった。

何よりも、その日、組織の人間にききたいことがあるのだとポルポがやってきていた。

それに丁度良いと思った。

 

「お久しぶりです、スィニョーレ。」

 

女は変わること無く穏やかに微笑んだ。くんと、香るのは、相変わらずまるで夕方の帰り道のような、何かの料理の匂いだ。

それにチョコラータは顔をしかめたくなる。

どんな場所にもふさわしいものがある。だというのに、それは変わること無く間抜けにしか思えなかった。

 

「・・・・おい、てめえ、何睨んでんだ。」

 

チョコラータが目を向けた先には、見目は良いが完全にチンピラにしか思えない男がいた。

 

「プロシュート。」

「っち・・・」

 

ポルポのそれにプロシュートと呼ばれた青年は不機嫌そうな顔でチョコラータを見た。知っている。ポルポの子飼いらしい青年は、自分と同じスタンド使いらしい。

わざわざ、子飼いまでポルポに持たせるボスの気が知れない。

 

(それとも、ボスの好みがこう言った貧相な女なのか。)

 

ポルポがボスの女であるという噂は以前から存在していた。実際、彼女に似た体型の女をボスに献上しようとした人間もいたそうだが。

まあ、結果はお察しなのだが。

変わることなく人のよさそうな笑みを浮かべている。

チョコラータはやはり、それが癪に障った。女の後ろで、自分に威嚇し続けている駄犬のこともそうだ。

 

「すみません、無礼を。」

「いいや、ただ、ポルポ、君は可愛らしいツバメを飼っているのだね?」

 

皮肉染みたそれにプロシュートの殺気が燃え上がる。けれど、ポルポは不思議そうな顔をした。

 

「すみません、チョコラータ。この子はロンディネではなく、プロシュートと言います。初めてお会いしますでしょうか?」

 

そのドストレートな返しに、チョコラータの顔が引きつった。プロシュートははっと笑い声を上げる。

 

「止めとけ、ポルポ。この藪医者、耳がすっかり遠くなってるんだ。」

 

それにポルポは首を傾げた。

 

「そうでしたか?ボスへの報告はしていますか?」

 

何の皮肉も効いていないその様子に、チョコラータは咳払いをした。

 

「結構だ。」

「そうですか?余計な気を遣い、すみません。」

 

そういって申し訳なさそうに顔を伏せるその様にチョコラータは苦虫を噛みつぶしたかのような顔をした。

 

 

組織の人間をとある倉庫に閉じ込め、それを上から見下ろした。

 

チョコラータは、その場に、地獄を生み出した。

人々が溶けていく、消えていく。

体さえもぐずぐずに、カビに食われていくのだ。

 

チョコラータはそれに嬉々としてポルポを見た。

どんな顔をしているのだろうか?

怯えているのだろうか?

恐怖に戦いているのだろうか?

いいや、いっそのこと、泣きわめいているのだろうか?

 

わくわくわした。

ああ、その女はどんな顔をしているのだろうか?

 

チョコラータはその女が死ぬ瞬間を見たいと思っていた。

 

安寧の匂いがする。当たり前のような日常の中に、平然と立っていそうであるのに、くんと香る柔らかな料理の匂い。

香水の匂いさえもしない、まるで真昼の人間でしかないのにこの地獄にいる女。

そのにおいがチョコラータは嫌いだ。

強烈な、甘い匂い。否応なく押しつけられる料理の匂い。

それらが不快だった。

強烈な料理の匂いは、時として、気分を悪くさせる。

チョコラータにとってポルポのにおいはそんな印象だったのだ。

 

弱者であるのに、強者を気取るその女がどんな顔をするのか、チョコラータは知りたかった。

 

「は?」

 

思わず、声が漏れ出た。

だって、そうだろう。その女は、笑っていたのだ。

それは、例えばチョコラータが浮かべるような喜びの笑みではなかった。それは、憎しみの発露のような笑みではなかった。それは、虫を引きちぎって遊ぶ子どもの笑みではなかった。

 

それは、それは、安寧の笑みを浮かべていた。

それは、教会で主から天恵でも得たかのような、笑みだった。

 

その悍ましい地獄に、女は、心底、羨ましいと微笑んでいた。

 

「どうか、されましたか?」

 

淡く微笑んだ、その女。チョコラータはなぜか、ぞわりと背筋を凍らせた。

その女には動揺はなかった。ただ、ただ、その目は、チョコラータを見るその目には、形容しがたいものが含まれていた。

固まり、近くの手すりに手をかけ、女を凝視する。

 

人が、ぐずぐずに溶けていく。絶望するような声がする。けれど、けれど、女の目には悲しみはあれど、恐怖はなく。

チョコラータはその時、初めて、女に恐怖がないことを理解した。

 

どうされた、だと?

その言葉はお前にこそふさわしいだろう。

おい、何をそんなに平然としている。おい、何をそんなに柔らかな笑みを浮かべられる。おい、何を、何を、何を。

なぜ、そんなにも焦がれるように死を、見つめているのだ?

 

「恐ろしく、ないのかね?」

 

いつもなら、もっと歪曲して、もっと、曖昧な馬鹿みたいな言葉なんて吐かなかった。なのに、その時だけは、その時だけは、素直に言葉を吐いてしまった。

 

「こんなにも死んでいるというのに、恐ろしく、ないのかね?」

 

どんな人間でも、チョコラータの能力を見れば動揺する。その絵面は確実に恐怖を見せつけるはずなのに。

なのに、女は笑っている。

女の後ろで、哀れむような目をしたプロシュートが、自分を見ている。

 

チョコラータのそれに、ポルポはきょとんとした顔をした。その後に、笑ったのだ。

声を出して、まるで、少女のように可憐にあはははははと、笑ったのだ。

 

「スィニョーレ。あなたは、案外、愛らしいのですねえ。」

「は?」

 

何を言っているのだ?

淡く笑う女、愉快そうに自分を見る女。

 

自分の背に気配がした。それに振り向けば、くすくすと笑う、影を纏ったスタンドがそこにいた。

それは、くすくすと、くすくすと、楽しそうに笑う。

 

こつりと、自分に近づく足音がした。目の前には、女がいた。それは淡く微笑んで、そうして、とんと手すりに座った。

それにプロシュートが目を見開いた。

 

「ねえ、スィニョーレ。死がもっとも苦痛なんて愛らしいことを考えておられるのでしょう?違います。生きることこそが、真の意味で地獄であるときだって、あるのですよ?」

 

女は、その言葉と同時に、ゆっくりと広がる地獄に、一階に体を委ねる。

チョコラータは、理解する。

幾度も見た、人の死。幾度も見た、人の絶望。幾度も見た、人の苦痛。

理解する、理解する。

 

この女は、死を、切望しているのだと。

 

「ポルポ!」

「グリーンデイ!」

 

プロシュートがポルポに飛びつくようにして引きずり上げた。手すりに寄りかかるポルポの腰の辺りの布を掴み、プロシュートはぜえぜえと息を吐いた。

 

「てめえ!てめえ!何してやがる!」

 

それにポルポはやはり、淡く微笑んで、プロシュートの頭を撫でた。それに、プロシュートはどうすればいいのかわからないというようにその場に座り込んだ。

 

「・・・・止めろ。止めてくれ。」

 

ポルポは己の足下に跪くプロシュートを悲しそうに見つめ、そうして、視線をチョコラータに向けた。

 

「私は、あなたの死を恐ろしいとは思いませんよ。」

 

ポルポは笑う。ああ、だってと。

あなたの死は、ひどく慈悲深い。

痛みはなく、一瞬で、そうして、醜い己を見せなくていい。

 

「あなたの死は、慈悲深いですよ。」

 

そう言って、女は微笑んだ。

 

 

チョコラータには、特別な罰はなかった。

当たり前だ、あんなもの、ポルポの起こした身勝手な狂言自殺だ。

けれど、チョコラータは知っている。

 

女は、その女は、チョコラータのもたらす死を、きっと静かに、穏やかに受け入れるのだ。

いいや、わかる。

その女が、善良であると、チョコラータの鼻は確かに嗅ぎつけている。

それ故に、だ。

ポルポはどれだけの拷問をしても、きっと、痛みに震え、苦痛の声を上げてなお。

その痛みに安堵するのだ。

ああ、己にふさわしいと。

 

悪党のギャング。ボスの犬。金の亡者。

そんなあだ名の中で、ポルポを妖婦と呼ぶ人間もいた。

その女に対する、妙な信仰。

 

(なるほどなあ、そうか!)

 

理解する。わかる。なぜ、そんなにもその女を慕う人間がいるのか。

こんな、闇の中、こんな地獄の中で、女は人に当たり前のように与えられた善性を失っていない。

 

善き者には祝福を、悪しき者には断罪を。

 

その当たり前のような在り方を後生大事に、抱え続けている。それに、悪党達は縋っている。

それ故に、ポルポは死を願っている。死を救いとしている。

己の足の裏に転がる死体を、女は忘れていないために。

 

女は、死を望んでいる。それが罪人にふさわしい末路であると理解しているが故に。

 

がんと、蹴り飛ばした家具が転がる。それに怯えるセッコが見える。

 

ああ、と思う。

 

「・・・・気色が悪い。」

 

 

 

チョコラータは医者である。

命の尊厳にも、倫理観も持ち合わせていない。けれど、死と苦痛を眺めたいが故に医者になった彼は誰よりも理解している。

 

人は、生きることを望むのだと。

 

絶望の内にやけになる人間はいる。

けれど、どんな人間も根本的に生を望むのだ。

当たり前のように明日を生き、歩みを進め、幸福に生きたいと切望している。

誰よりも死を見たいと願う故に、チョコラータは人の生への願望を知っていた。

 

ああ、あれはダメだ。

あんなものが赦されて良いはずがない。

賢しい彼は、人を救う術としての医術に興味は無かった。けれど、人の身体を知る好奇心を満たす術として医術を愛していた。

あれは冒涜だ。

何よりも、生を願うが故に発達してきた人の願望。生き続けるために人間というものが蓄えた医療というそれを、女は根本から冒涜している。

 

グリーンデイが、慈悲深い?

 

否、否否いな、いないないないないな!!

死に慈悲などがあってたまるものか!

死とは絶望であるべきなのだ、死とは拒否されるべきなのだ。死とは、死とは、死とは、どこまでも遠くにあると人が目をそらし続けるべきなのだ。

 

死を恐れ、疎み、拒否する。

生きたいと願い、あがき、手を伸ばす。

それこそが、人であるべきなのだ。

 

死にたいならば、死ねばいい。

けれど、女は自ら死ぬことはないのだろう。

 

(ポルポは熱心な、信徒らしい。)

 

教会で熱心に祈っているという噂を聞いた。ならば、自死はそれにとって何よりも耐えがたいことのはずだ。

だからこそ、ポルポは自分にとってふさわしい死を望み続ける。

 

チョコラータは嫌悪する。何よりも、死を望む生き物を、彼は嫌悪する。

 

(・・・・いいだろう。)

 

チョコラータは怒りをにじませた顔で、笑った。

死を望む女、死を救いとする女、チョコラータのそれを慈悲深いと宣ったそれ。

 

「・・・そうだ、調べるんだ。」

 

今まで、散々に人の心を壊す術を見続けてきたのだ。

ならば、人を生に執着させる方法も知ることが出来るだろう。

 

「いいだろう、ポルポ。どんなことをしても、お前にも生きたいと願わせてやる。その末に、必ず、命乞いをするお前を見てみせる。」

 

吐き捨てたその声音には、微かな憎悪が見え隠れしていた。

 

 

「・・・・ポルポ。」

「はい、何でしょうか?」

 

ポルポは仕事の合間に話しかけてきたカラマーロに微笑んだ。カラマーロはいつも通り、淡々と報告を行う。

 

「あと、幾人かから、贈り物が届いています。」

「ああ、何か便宜を図って欲しいと。」

「そうですが、一つだけ。」

「はい?」

 

カラマーロは苦虫を噛みつぶしたかのような顔をする。

 

「チョコラータから、花束が届いています。」

「ああ、そうですか。なら、部屋に飾ってくれますか?」

「ポルポ!」

 

カラマーロはずいっとポルポを見た。

 

「あんな腐れ外道から物を受け取ったりしないでください。」

「でも、もらい物ですし。無下には・・・・」

 

その言葉にカラマーロは頭を抱えた。

 

チョコラータのことはよく覚えている。一目でわかった。これは、クズだ。いいや、特上の人でなしだと。そんな男がポルポを気に入るはずもなく、明らかに下に見ていることはわかる。

それ故に、関わる事なんてあるはずもなかった。

 

だというのに、チョコラータはあるときからポルポにちょっかいをかけるようになった。

カラマーロはポルポにチョコラータと会って欲しくなかった。

いくら、振りでしかないとしても。ブラック・サバスがそれを赦すとは思わないが、それでもチョコラータと話していたポルポは死を願った。

何よりも、性格が最悪であるとわかっているために疎んで当たり前だ。

 

「わかっていますね?」

「わかっているけれど。彼は趣味が良いからね。花だけでも飾っておいてくれ。」

「・・・わかりました。」

 

それにすたすたと部屋を出て行くカラマーロを見送ったポルポに、ひょっこりとブラック・サバスが顔を出した。

 

「・・・不思議かい?」

「殺しても筋書きに支障は無い。」

「そうだね。でも、彼を消そうとしても無駄だ。ブチャラティのように結局軌道修正される。なら、これでいい。」

 

それにブラック・サバスは不思議そうに首を傾げた後、それでいいならばと部屋をうろつき始める。

それを見ながら、ポルポはぼんやりと考える。

 

(・・・・死ぬときは、チョコラータに頼みたいなあ。)

 

痛くもなく、一瞬で、そうして死体さえも残らないというのなら、それ以上のことはない。

 

(結局、彼の前でも私は死ねなかったなあ。なら、やっぱり。)

 

ポルポはチョコラータのことなどさっさと頭の中から追い出して、さっさと仕事を始めた。

 

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