蛸の見た夢   作:藤猫

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メローネと独りで死にたい人

お久しぶりです、なかなか更新できずにすみません。申し訳ありません。
看病するポルポというメモを便りにした長くなった。

誤字脱字などは感想での指摘はご遠慮くだされば幸いです。
感想いただけましたらうれしいです。
お題箱作ってみました、何かあれば
https://odaibako.net/u/fujineko56


道連れを望まない

 

『・・・・すまないが、メローネは。』

 

申し訳なさそうなリゾット・ネエロの言葉にポルポははてりと首を傾げた。

 

 

(何年ぶりだよ。)

 

メローネは熱のせいで倦怠感の伴う体にぐったりとする。

メローネは現在、自宅としている賃貸の一室にいた。

暗殺者などやっているため、もしかすれば捨てる可能性も考えて、簡素な内装の部屋に置かれたベッドの中で彼は丸まっていた。

普段の奇抜さを感じさせる服装ではない、これまた簡素な寝間着だ。

 

事の始まりは、ギアッチョとの仕事のせいだった。

普段ならば、スタンドを使っているギアッチョには近づかないようにしていたのだが、今回は少々手詰まりがあり、彼の近くで行動していたのがダメだった。

この頃、あまり睡眠時間を取れていなかったのもだめだったのだろう。

 

急激な寒暖差、疲労、少ない睡眠時間、この三つを同時に食らったメローネは見事に体調を崩したのだ。

丁度、定期的に流行る、流行病の時期だったせいもあるのだろう。

高熱と筋肉痛だけの症状とは言え、ろくに動けない。

なんとか、仕事を終わらせた後、薬だけを確保して家に帰ってきたのだ。

体調を崩すなんていつぶりだろうか?

元々、体自体は丈夫で病気なんてした覚えもあまりない。それこそ、幼い頃ぐらいだろうか?

福利厚生なんてものとは遠い仕事ではあるものの、今は上司が上司なだけに融通が利くのはありがたい。

リゾットに連絡をすれば、今のところはメローネに任せる仕事はないので、治すのに専念するように言われている。

 

(・・・・ポルポは結構敵が多いからなあ。)

 

今回、メローネが体調を崩すきっかけになった仕事も、ポルポの暗殺を企んでいた一派の追跡だったぐらいだ。

まあ、メローネたちの仕事が主にそれなのだ。

ポルポの護衛と、彼女の敵の排除。

メローネとしては、薬もやってくれたほうが母体に丁度良い女が増えそうで嬉しいのだが。

それを提案すると、ポルポは悲しそうな顔をするので、今は言わないようにしている。

その理由がメローネには、自分のことなのによく分かっていないのだけれど。

まあ、良い待遇をしてくれる上司を怒らせない方がいいだろうと、そう納得することにした。

 

(・・・・家、何かあったっけ?)

 

薬を飲んだ後、そう言えば胃に何か入れる必要があったと思い至る。が、寝るために用意した部屋にはろくな物は無い。

メローネは内心では嫌だが、今の状態で頼れるのなんてチームの誰かだろう。

少なくとも、誰かしらは暇のはずだ。

今は、そこまで仕事が詰めていなかったはずだと、メローネは連絡するために倦怠感の強い体を引きずって起き上がろうとした。

けれど、そこまでの体力は無く、メローネはそのままベッドに沈んだ。

 

 

「・・・・・ここ、ですよね?」

 

ポルポは思わず呟いた。

彼女がいるのは、良いとも悪いとも言えない、ごくごく一般的な一人暮らし用の賃貸の部屋の前だった。

彼女はリゾットから聞いたメローネの居住区であることを確かめて扉の前で首を傾げた。

 

事の始まりは、ポルポがメローネに確認したいことがあったため、リゾットに連絡したことだった。

電話口で何かあったのかとポルポは首を傾げる。

 

「・・・病気?」

『ああ、情けないがどうも体調を崩してな。病院に放り込んで、薬だけ手に入れたようだが。その仕事はギアッチョと一緒だったはずだ。確認はそっちにしよう。』

「それは、かまいませんが。」

 

ポルポとしては久方ぶりに聞いた感染症の名前にどうしたものかと悩む。

元々、引きこもり気味で他人と接触する機会がないため、感染経路はないと言えどもひ弱な身だ。

体調を崩すことは少なくないし、その時、一人であることがどれだけ大変であるのか知っている。

ポルポはブラック・サバスが世話を焼いてくれるし、カラマーロが様子を見に来てくれるので良いがメローネはおそらく一人だけだろう。

 

「・・・・あの、リゾット。」

 

ポルポが問うてきたそれに、リゾットがため息を吐くのが聞こえた。

 

『部下だ。ただの。』

「・・・・食料ぐらいは。」

 

その言葉にリゾットは根負けしたように分かったと返事をした。

 

 

ポルポは呼び鈴を鳴らしても返事がないことにはてなを浮かべた。

 

(・・・・返事がない。寝ている?それとも、留守?結構な高熱が出てるようだし。さすがに出かけているのは。どうしよう、ジェラート買ってきたけど。持って帰ろうかな?)

 

扉をじっと見ながらそんなことを考えていると、ずるりと、影からまるで道化師のような姿をした存在が顔を出した。それに、ポルポは苦笑交じりに囁いた。

 

「・・・・仕方が無いですね、帰りましょうか。」

 

ポルポがそう言えば、ブラック・サバスが軽く首を振った。

 

「少し、待て。」

「え?」

 

ポルポが驚きに声をかけると同時に、ずるりと扉の隙間の暗闇に吸い込まれていった。

それにポルポは顔を真っ青にしておろおろとする。

 

「ぶ、ブラックサバス!」

 

ポルポはおろおろとする。さすがに、心配だったとは言え、不法侵入はだめだ。

ポルポの脳内には、プライバシーやらなんやらがぐるぐると回る。

が、自我が強いスタンドであるブラック・サバスはポルポの呼びかけに答えない。

ポルポが頭を抱えていると、急にがちゃりと扉が開いた。

そこには、ブラック・サバスが立っていた。

 

 

(・・・・大丈夫なのかな?)

 

ポルポはメローネのことが心配になり、あとで何かしらの埋め合わせをすることを決めて部屋に入り込んだ。

部屋は、言っては何だがとても普通だった。

頭に過激なファッションが浮かんだが、いつでも捨てられるように簡素な住居にしているのだろうと考える。

そうして、ベッドにはぐったりとした様子のメローネがいた。

 

(・・・・後で。怒られる覚悟をしよう。)

 

 

 

 

ふと、メローネは気がついた。

熱でベッドに沈んだことを、ぼやけた思考の中で思い出していると何やら頭でひんやりとした冷たいものをひいていることがわかった。

頭を動かせば、まるで冷たい飲み物と氷を入れたコップをかき回したときのような、涼やかな音が聞こえる。

メローネはそれにがばりと起き上がった。

 

「・・・・起きたか?」

「ぶらっく、さばす?」

 

起き上がった自分の視線上、部屋の隅にはメローネがこの頃好奇心をくすぐられているスタンドが存在していた。

そうして、部屋の中には何か、スープの匂いが漂っている。

メローネはちらりと自分が頭を乗せていた、防水性の枕らしきものを見て、全てのことが腑に落ちる。

 

「・・・・あ、メローネ。起きたのかい?」

 

そう言って、気まずそうな顔をした女が部屋に入ってきた。

 

 

「ええっと、ご飯食べるかい?スープパスタがあるから。薬を飲むなら胃に入れたほうがいいと思うんだけど。」

 

ポルポは、大型組織の幹部クラスとは思えないほどおどおどというか、メローネの機嫌を伺うような仕草をした。

それが、ひどく鼻についた。

 

パワーバランスにおいて、圧倒的に有利な立場にありながら、そういった仕草をする女が。

メローネにはひどく、鼻についた。

 

「メローネ?」

 

ちらりと見たポルポは、おどおどと怯えるように体の前で手を組んでいる。

 

(・・・・あ、よくない。)

 

ただでさえ、精神的にも身体的にも弱っているときだ。

メローネは別段、ポルポのことが好きなわけではない。好奇心が煽られる、自分たちにとって有益で、そうして身内の気に入りの上司だ。

だからこそ、メローネはポルポに従順な姿勢を取っているに過ぎない。

 

本音を言うのならば、どちらかというと、メローネはポルポのような女はさほど好きではない。

他者の庇護を必要とし、被害者を装うくせに力関係で勝っている。

意識的か無意識的かはおいておいても、それで他者に愛を振りまくそれが嫌いだ。

その、他者へ愛を振りまき、庇護を求める様が、似ていた。

 

フラッシュバックする己と同じ、金の髪の女。

 

「・・・・さっさと出て行ってくれ。」

 

掠れた声でメローネは視線を床に向けながら吐き捨てる。

メローネは勝手に己の中にある苛立ちを飲み込もうと意識する。

今は、部屋の中に止まるスープの匂いが不愉快で仕方が無い。

 

ポルポは、メローネの声に確実に混ざる苛立ちに反応し、謝罪を口にする。

 

「ええ、すみません。でも、何かいるものはあるかい?水とか、必要なものはないかい?動くのも辛いだろう?」

 

けれど、メローネの様子に心配が勝ったようで、ポルポはメローネに近づき問いかける。

メローネは、近づいてきた、嗅ぎ慣れない優しい、安寧の匂いにむかむかとしたものがこみ上げてくる。

 

「媚を売るなら俺じゃなくて、それを望んでる奴にしてくれ!俺は、あんたの気色悪い媚なんて望んでない!」

 

さっさと出て行って欲しい。弱って、己の事さえもろくに出来ない今は、誰にだって本音を言えば会いたくなかったのだ。

なのに、勝手に部屋にずかずかと入り込んできた女のことが不愉快で仕方がなかった。

メローネはベッドに這いつくばり、何か、妙な気持ち悪さが増した気がした。

 

「メローネ?」

 

聞こえてくる声と、匂いにムカムカして、メローネは拒絶の声を上げようとした。けれど、喉の奥からこみ上げてくるものがあり、体調の悪かったメローネはこらえることも出来なかった。

メローネはそのまま嘔吐した。

 

 

「・・・・胃に何も入れずに薬を飲んだせいかな?」

 

ポルポがそんなことを呟いているのが聞こえた。

メローネは、ベッドではなく、ソファの上に丸まって熱に苛まれた状態でぼんやりと天井を見上げている。

 

(・・・・いやだ。)

 

茫然と考えるのはそれだけだ。

ベッドの上に嘔吐したメローネをポルポは嫌な顔ひとつせずに世話をした。どうも、持ってきた食事の後片付けをする気で持ってきたらしい手袋などが役に立った。

幸いなことに水分程度しか胃に入れていなかったおかげで嘔吐物はそこまでの量もなかった。

メローネはブラック・サバスに着替えさせられ、ポルポは吐瀉物の片付けやシーツの洗濯をしている。

ベッドもシミが出来てしまったので寝られないだろうと、ソファに移された。

情けない状況を見られ、子どものように世話をされている状況はメローネにはなかなか効いた。

 

「メローネ?」

 

メローネは話しかけられ、視線をそちらにむけた。ポルポはメローネをのぞき込み、話しかける。

 

「シーツとかは吐いちゃったものを洗い流して、そのまま洗濯したから。持って帰って乾かしてまた持ってくるから。それで、何も食べないで薬を飲んだら二の舞だから何か食べて欲しいんだけど。ジェラートなんかも買ってきているし。それなら食べられる?」

 

嘔吐物の臭いを換気するためか、開けた窓から乾いた空気が入ってくるのが分かる。

メローネは、吐いたことで最後の体力を使い果たして、こくりと一度頷いた。

それにポルポは心底、これ以上のことがないような顔で微笑み、いそいそと引っ込んでいく。

そうして、買ってきたらしいジェラートを持ってきた。

ブラック・サバスの手を借りながら、起き上がる。関節が痛むため、ソファの前に置かれた机に置かれたジェラートに手を伸ばすのも億劫だった。

それを察したのか、ポルポはメローネの手前の床の上に跪き、そうして、当たり前のようにジェラートを手に取り、メローネに差し出す。

メローネは固まる。

まるで、幼児のように、ジェラートを自分に食べさせようとしてくる女の思考回路が理解できない。

 

「・・・・俺、あんたのそういうの、嫌いなんだよ。」

「嫌い、か。」

 

ポルポはどんな顔をして良いのか分からない故に、仮面のように苦笑を浮かべる。

 

「別に、俺に媚なんて売らなくていい。」

「媚、を売っている気はないんだけどなあ。」

「媚じゃないなら何、愛でも売ってんの?」

 

ふてくされた子どものようなそれだった。

普段の彼ならば、もっと露悪的な、鋭い皮肉を放り投げられたのだろう。

けれど、その時は、熱のせいでぼんやりしていたことと、嘔吐のせいで気力やら体力やら削られていた。

そのせいで、そんなことを言う発想に至らなかった。

 

「・・・・売っている気は無いけれど。メローネは、愛が嫌いかい?」

 

ポルポのそれにメローネはぎろりと、冷たい視線を女に向ける。

 

「愛なんて言葉、生殖に盛りを付けるフレーバーだろう?自分の中の盛りを、思考を無駄に発達させてむりやり飾り立てた生臭さなんて気色悪いったらないね!」

 

憎々しげに吐き捨てたメローネは、ふと、女のほうを見た。

なんとなく、その、まるで愛が存在する世界で生きていたかのような女が、どんな顔をしているのか。

ただ、純粋な好奇心で、そらしていた視線を動かした。

 

女は、笑っていた。

 

まるで、柔らかな朝日の中で、今日が幸福であることを確信している母親のような優しげな笑みを浮かべていた。

 

何故、そんな顔をしているのだろうと。

熱でまた回らなくなる頭で考える。

てっきり、いつものように怯えて、恐れて、目をそらすと思っていたのに。

女は、笑っていた。

 

「メローネ。」

「なに?」

 

思った以上に幼い声を上げたメローネにポルポは穏やかに笑いながら、彼の肩からズレた毛布をまた巻き付ける。

 

「君にとって、愛は痛いものだった?」

 

放り投げられた、予想外のそれにメローネは言葉を失った。そうして、何か、自分の前に跪き、じっと自分の顔をのぞき込むそれに喉の奥から言葉がひねり出された。

 

「・・・・みんな、愛してるって言いながら、人のことを好きにしてきたよ。」

「そうか。でもね、メローネ。私と、君を愛してきた人たちは、違う人なんだよ。」

 

毛布を巻き付けながら、ポルポはメローネの顔にかかった髪を払いのけるように、横に流した。

 

「ちがう・・・・」

「例えば、カラマーロはね。好きな人にはご飯をおごるのが好きなんだ。ホルマジオは、道ばたで会った猫の話をしてくれる。プロシュートは、小物を贈るのが好きだね。ハンカチとか。ギアッチョは痩せたからもっと食べろって言ってくれる。リゾットは、その日に見た、取るに足らないことを話してくれる。」

 

とつとつと、ポルポは、メローネの知っている人たちの話をしてくれる。

 

「愛というそれには形も、色もないから。それを表現する方法は人による。贈り物をする人も居るし、夜を共にすることを愛ととらえる人も居る。たわいもないやりとりを愛がある証だという人もいる。」

 

とんとんと、ポルポはメローネの背中を撫でた。

 

「私にとっての愛は、こうであるというだけだから。君が愛されてなかったという話ではなく。私は、そういう風に他者を愛さないという、それだけの話。」

 

こう、とは、とても曖昧で。けれど、女の在り方をまとめるならば。

女にとって、愛とは、与えるということなのだろう。

身を削り、奉仕をし、さりとて笑っている集団に入ろうともせずに遠巻きに見つめている。

 

「・・・・でも、君の言うとおりだ。これは、愛じゃないね。これは、どちらかというと媚びだ。」

「もう、下っ端に媚なんて売る立場じゃないだろ。」

 

どうして?

 

メローネは体力が尽きて、またソファの上に転がった。そうすれば、床に座り込み、自分のことを苦笑混じりに見つめる女の顔が見えた。

ポルポは当たり前のように、メローネに毛布をかけ直す。

その仕草は、どこか淡々として、まるでして当然のような感情が見えた。

だから、メローネは問うてみた。

とても、幼い声で、問うてみた。

 

それにポルポはまるで幼い子どもに寝かしつけるようにその腹をとんとんと叩く。

 

「・・・・強いて言うのなら、私はきっと、私が死んだ時、誰かに泣いて欲しいんだと思うよ。」

 

それは、とても滑稽で、的外れな言葉に聞こえた。

 

泣く、嘆く、悲しむ。

なんだ、そんな人間、きっとたくさんいるはずだ。

この女の葬儀には、きっと多くの人間が押しかけて、掛け値無しに涙を流すだろう。

そこに自分たちがいるのかは知らないが。

 

なのに、その女は、それを理解していないようで。

それがとても滑稽で、哀れだった。

それにメローネは、だるい体を引きずって、嘲笑うように、鼻で笑った。

ポルポはそれをどう解釈したのか、メローネにやはり苦笑を返す。

 

「・・・・人はね、死ぬんだ。それが必要で、そう至るまでの軌跡を通れば、当たり前のように。回ったルーレットに放り込んだボールが、いつかポケットに収るように。私も、ふさわしいときが来たら、死ななくてはいけない。でも、それが分かっていても、未練があってね。」

 

とつとつと、ポルポは、意識の曖昧な病人相手であるが故にか、そんなことを気楽に語る。語って、そうして息を吐く。

 

「・・・誰かに、惜しんで欲しいんだろうか。私は、私の終わりを、私の生を、私の。」

 

女はそう言って、すうっと遠くを見る。

遠く、遠く、メローネの知らないどこかを見る。

まるで、メローネのことなど忘れてしまったかのような顔をする。それが気にくわなくて、メローネは女の腕を掴んだ。

普段の力など何だったかのような、弱々しいものだった。

 

「死にたくないんじゃなかったの?」

 

いつかに、殆ど話したことのない旅先で、そんな話をしただろう。

死にたくないと、それでも、君のために死んでやると、そんなことを言った、たわいもない話。

それにポルポは少し驚いた顔として、うんと頷く。

 

「でも、人は死ぬだろう。いつか、死ぬから。こうやってることは、好きなんだ。」

赦されてる気になるから。

 

何を、どれを、どれほど、なんて。

そんなことを、メローネは知っている。

それが血に濡れた両腕を疎んじて、恐れて、怖がって、それでもふらふらと立っているのを知っている。

だから、メローネは何も言わない。

 

「・・・・私たちのような存在は、どれだけ華やかに、きらびやかに生きているようでも、所詮は螺旋階段を一段一段、下っていくことしかできない。暗い、そこに、一歩ずつ進んでいく。でも、こういうことをするとね、少しだけ暗闇に進むことがこわいってことを忘れられる。だから、好きなんだ。」

 

私でも、こんな、私でも誰かを幸せに出来ている気がする。

 

願うようにそう言った。

どうだろうか、メローネは考える。

血に濡れた両腕に何かを思うことは、もうない。

そういう風に生きてきた。そんな道を歩んできた。自分はそういう生き物だ。

他者の骨を踏み砕き、血を靴底に付けて、臓物に足を滑らせながら歩いてきた。

そういうものだ。そういうもので。

 

でも、目の前のそれは。

 

「・・・・罪が、あんたの全てじゃないだろう。」

 

掠れた声でそう言うと、ポルポは目を見開いた。そうして、まるでこぼれ落ちる涙をこらえるように眉間に皺を寄せた。

 

「そうかな?」

 

問うてくる女の横顔。

 

それにメローネは言葉を返す。

 

「違うの?」

「・・・・なら、そうなのかもしれないね。」

 

長い髪に隠れて、女の顔が見えなくなる。

 

いつかに、この女がどう死ぬのか見たいと思った。

異常の中、正常さを装うその狂った様子だけはとても好きだった。

その狂気を、メローネは好ましいと思っていた。

外れ値を纏った女はメローネの観察対象としては丁度良いと。

けれど、違う。

それは、そう装っていただけの、弱い、哀れなで無力な、メローネにとって好奇心も、利用することも出来ない、女。

そうでしかないと、今、この場で理解してしまった。

 

けれど、メローネの中で、今まで芽吹いたことのない哀れみが生まれた。

 

愛を信じてなどいない。

今まで、彼を愛すべき立場の人間達は、いつだってメローネに痛みと苦しみを押しつけた。

愛などない、そんなものは存在しない。

けれど、その女の言葉には騙されても良い気がした。騙されてやりたいと思ってしまった。

 

愛が、存在するという祈りに水を差したくなかった。

 

何故だろうか?

メローネには、分からない。

ただ、ぼんやりと、思い出す。

 

殆ど、覚えていない金髪の髪をした女。きっと、メローネに愛があると信じさせなくてはいけなかった女。その役割を放棄した女。

 

メローネのことなんて、愛していなかった女。

 

「・・・・メローネ。」

 

女はまた、声をかける。

 

「・・・・疲れたでしょう。ほら、薬を飲まないといけないから、少しぐらい何か食べようか。」

 

そう言ってまたジェラートを手に取る。メローネを起すためか、ブラック・サバスが手を伸ばしてくる。

それにメローネは、口を開いた。

食べさせることを望むように、ポルポを見る。それに彼女は淡く笑いながら、メローネの口にジェラートを滑り込ませた。

 

溶けかけているけれど、甘い。

少し、溶けかけた、ジェラート。

 

「・・・・おれは、あいされてたかな?」

 

ぽつんとこぼした言葉に、ポルポは笑った。

 

「メローネがそうであると思うなら、そうでしょう。私が、そうであって欲しいと願うように。」

 

見上げた女の、赤い瞳。

血のような、澄んだ、自分にとって馴染んだ色がメローネを見つめている。

 

ああ、と。

メローネは思う。

愛など信じていないのだ。愛など、きっと、存在しない。

けれど、その女がそう思うなら、そうであって欲しいとメローネは思う。

だって、少なくとも、その女の愛を受けて、メローネの仲間達は笑っていたから。

きっと、その女が死んだ時、彼の仲間は泣くだろうから。

 

だから、メローネは、また口に滑り込んでくるその愛を飲み込んだ。

 

 

 

 

「今回の報酬は、いつも通り振り込んで置く。」

 

メローネは、あの時のことが夢だったのかと思ってしまう。

あの後、ポルポはメローネの熱が下がるまで側におり、そのまま完治すれば帰っていった。

 

ポルポは、あの時の言葉など忘れたかのように、いつも通り振る舞っている。

メローネの弱音も、彼女の弱音も、全て、なかったかのように。

 

(・・・・それで、いいのか?)

 

それでいいのだ。

メローネにとって、あの時の話は、己の弱さで、晒したくないことだった。

だから、このままでいいのだ。

その女は、変わらず、悪辣でありながら他者に慈悲を恵む悪女のままで。

あの時の、言葉なんて、なかったことにして。

 

いつも通りの、ポルポの仕事部屋。

カーテンを締め切った、薄暗い部屋の中。

 

黙って立ち去って、その女が死ぬ時を見守る。

それが、殺し屋の己が選べることだ。

 

「メローネ?」

「・・・わかったよ。」

 

部屋を立ち去ろうとした。その時、ポルポが声をかけてきた。

 

「・・・体調が悪いのなら、紅茶でも入れようか?」

 

そんな声をかけてきたから、メローネはこくりと頷いた。

 

「・・・・レモンティーにしようかと思ったんだけど。ショウガ入りのミルクティーにしたよ。」

 

そう言って、差し出されたカップをメローネは受け取る。

一口啜れば、甘く、そうして温かいことが分かる。

 

「・・・・体調が悪ければ、休みを取って休むといい。この前、色々と片付けたから、急に騒がしくなることはないだろう。」

 

ポルポはそう言ってメローネを見つめた後、また仕事に戻る。何やら書き付けや、確認をしていく。

その横顔を見ていると、ああ、あの日言ったことは、全てが嘘のようで。それをメローネは嫌だなと考えて。

 

「なあ。」

「ええ、何でしょうか?」

「あんたは、俺のこと、愛してくれる?」

 

突然言われたそれに、ポルポは驚いて顔を上げる。そうして、メローネのことをじっと見る。

 

「・・・・愛が欲しいの?」

君は、それを信じていないのに。

 

返されたそれにメローネは、そうだと頷いた。

そうだ。

メローネは愛を信じていないけれど。

 

「・・・・あんたは、それを、俺に信じさせてくれないのか?」

 

それに、ポルポは、その女は、まるで付けていた仮面を突然外されたかのような顔をしていた。

驚愕と、悲しみと、混ざった怒りにメローネはコップを近くにあった机においてポルポに近づいた。

ポルポはうなだれるように、首を振る。

 

何故、そんなことを言うのだろうか?

メローネでさえも、自分の発言の意味を理解していなかった。

口から飛び出した、あまりにも感情論に満ちた言葉に彼自身も驚いていた。

 

(・・・・いつか、どんな風に、死ぬかを。)

ただ、それだけを観察できれば。

 

己は見つめるだろう。

それが失われる瞬間を、理由を、ただ、自分は見つめて。

崩れ落ちる、その時を。

 

本当に?

 

メローネはポルポの座る、大きくて立派な椅子を見る。そうして、おもむろに、その肘掛けに腰掛けて、ポルポを抱きしめた。

 

「・・・・なあ。」

「はい。」

「俺、あんたが死ぬときは、一緒に死んでやるよ。」

 

肉付きの悪い、華奢という単語では間に合わない、骨のような体は、それでも確かに温かい。

ただ、己の吐いた言葉に自分自身で驚きつつ、けれど、何か、とてもメローネの中でしっくりと来る感情だった。

 

それは、きっと、誰かのことをことごとく愛しているのだろう。

けれど、一つ言えるのは、それを唯一と、誰かに注ぐことはあるのだろうか?

 

博愛とは、愛ではなく、正しさだ。

 

(そうなら。)

 

「地獄の道行きに、荷物持ちぐらいにはなってやるよ。」

 

寂しがりの、怖がりの、あなた。

他者からの愛など欠片だって信じていない、薄情なあんた。

なら、信じさせてやるよ。

死ぬその時だって付き添って、地獄まで歩いてやるよ。

そうしたら、少しぐらい、散々に泣きわめく誰かのことだって、信じてやれるだろう?

 

きっと、泣くのだ。

ギアッチョやイルーゾォたち。

そうして、リゾット・ネエロは、きっと、女が死ねば泣くのだろう。

涙を流すことはなくても、きっと、泣くのだろう。

 

その涙を、女が信じないのが、腹立たしかった。

仲間のそれらを、あり得ないと目をそらす女が腹立たしかった。

 

だから、言ってやった。そうしてやろうと思った。

地獄への道を追いかける自分の姿を見れば、きっと、それぐらい信じるだろうと。

 

メローネは、それに女が頷くと思った。

その、弱くて、哀れな女は、それに縋り付くと思ったのだ。

けれど。

メローネは何かに首根っこを掴まれて、無理矢理に立たされる。

後ろを振り返ると、そこには、ブラック・サバスが立っていて、メローネを掴んでいた。

 

「坊や。」

 

ポルポの声に、メローネは彼女へ意識を移す。

そこには、老いて、落ち着き、そうして、夜闇に溶け込むように静かに微笑む女がいた。

 

「誰と共に地獄へ落ちるか、私はとっくに決めている。」

全てを間違えた安息日は、私一人で迎える。

 

いつも通り、日だまりのような笑みと、安寧の匂いをさせた女は、優しげに微笑んだ。

 

「ずっと、昔に、そう決めてしまったから。君は、君のために生きて死んでくれ。私には叶わないことだから。」

 

それは優しい拒絶だ。

天使のように美しい顔をした青年の頬を撫でて、女は笑う。

 

「ありがとう、優しい子。でも、いいんだ。君には、選択することが赦されているんだ。」

 

メローネはそれに、それに、何か、強烈な、寂しさを覚えた。

 

天使のような子だと言われた。

天使のように美しい、子どもだと。

その天使を大人たちはなぶり、好きにして、最後には縋る。

天使のように、美しい、お前からの赦しをと。

 

気色悪い、愚かしい、くだらない。

 

多くの人間が、自分自身に醜い感情を捨て去っていく。それを、人は愛という。

押しつけ、殴りつけ、吐き出していく。

 

だから、メローネは思っていた。

赦してやろうと。

その、愛を信じたがっているそれに、縋ることを赦してやろうと、そう思っていたのに。

それを受入れたとしても、ポルポを蔑む気は無かった。

ただ、愛を信じさせてくれそうな女への報酬として、そう、言ってやったのだ。

その女は、その、弱くて愚かな、女は、メローネを拒絶した。

 

「あいして、くれないの?」

 

メローネのそれにポルポは目を見開き、そうして、こらえきれないというように笑って、あーあと首を傾げた。

 

「私は、君を今まで愛していた人たちではないから。君の望む愛し方をしてやれないんだ。ただ、メローネ。もしも、君が私を愛してくれるなら。」

一緒にご飯を食べようか。

 

すっとポルポはメローネの手を握った。

 

「いい魚を手に入れて。蒸し料理にしようか。そうだ、パエリアでも作ろうか。ワインもいいものを用意して。」

君は、何を食べたい?

 

己を見つめる、赤い瞳。

 

(くそったれ!)

 

この、この、強情張りの、臆病者め!

そんな言葉さえも、甘えさえも、己に赦さない、他人からの愛を信じない頑なさ!

弱くて、臆病で、全てに疲れ果ててなお、それを拒絶する、この女!

 

「・・・あんたが嫌がっても、俺はそうする。」

 

それを否定したくて、自分の差し出した手を振り払われたことが憎らしくて、メローネはそう言った。

それにポルポは苦笑した。

 

「私は、一人で死ぬんです。」

「誰が赦すか!!」

叩き込むように言ったそれにメローネは女を睨む。

 

「地獄の道すがら、俺の顔見て、精々吠え面かけばいい!」

 

それに女は、やはり、微笑んだ。微笑んで、結局、何も言い返しもしてくれなかった。

 

 

 

「・・・・ポルポ?」

「どうしたんだい、カラマーロ。」

「この頃、メローネが護衛に入りたがるんですが。何かありましたか?」

「あー、その、前に病気だったとき、私の態度が気にくわなかったみたいで。」

 

カラマーロはそれに顔をしかめた。

あの時のことはよくよく覚えている。そこまで当人も丈夫というわけではないのに、夜通し、たかだか部下の看病をするなんて他の幹部に知られれば何を言われるのか分かったものではない。

けれど、そういう人だと、誰よりもカラマーロは理解している。

そうして、彼女が、リゾットの周りの、彼女の猟犬たちに執心しているのも分かっている。

 

(・・・・誰のこともどうでもいいと思うよりも、誰かに執着してくれている方がずっとまし。)

 

そうなのだ、カラマーロはそう思い、色々と思うところを飲み込んだ。

 

「ともかく、メローネは護衛向きではないので外しますからね。」

「そうか、わかった。」

「当人がそうしたいと言っても断ってください。」

「・・・それは。」

「断ってください。」

 

言い含めるような女の言葉に、ポルポは観念するかのように頷いた。

 

 

「・・・・ブラック・サバス。」

 

カラマーロのいなくなった部屋の中、薄暗いそこで、ポルポは己の相棒に言葉をかける。

じっと、己を見る異形。

それに、ポルポは微笑んだ。

 

「少し、気分が良いんだ。」

泣いてくれる人が確かに居るって、素敵だね。

 

そう無邪気に言ったポルポの頭を、ブラック・サバスはそっと撫でた。

 

「お前が、そう思うならば。きっと、そうなのだろう。」

 





・・・・前から思ってたんだけどよ。
なんだ、ブチャラティ
ポルポの家って、子どももいねえのにやたらとぬいぐるみだとかがあるのはなんでだ?棚だとか、ソファとかに嫌というほと並んでるだろう。ギアッチョ、知ってるか?
・・・・あれはな、なんかの折りに、ホルマジオがぬいぐるみをポルポにやったら妙にポルポが嬉しがってな。それをかわぎりに、プロシュートだとか、カラマーロだとか、リゾットが遠出したときとかに、土産に持って帰るんだよ。
どうりで、あやしげな民族衣装着た妙な人形まであるわけだ。

ブランドものやら貴金属やら送られるよりも、ぬいぐるみ贈られて嬉しがるんだから、あいつも変わってるぜ。
・・・そうか。
ブチャラティ。言っとくけど、あいつにはもう贈るなよ。カラマーロからお叱りが来る。
なんでだ?
増えすぎて、カラマーロから禁止令が出てる。
まあ、あの数なら当然か。残念だ。
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