アバッキオと、優しさを忘れられない人。
アバッキオの話です。次回、護衛チームとの話かなあ。
感想、評価いただければ嬉しいです。
お題箱作ってみました、何かあれば
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その日、レオーネ・アバッキオはひどく気分が悪かった。
(・・・・くそ。)
警察官である彼にとって、日々の仕事は、少しずつ己の意義というものを摩耗させた。
けれど、それを止めることも出来ず、何かが確実にすりへることを感じながら仕事を続けていた。
その日、彼は夜の町を巡回していた。
といっても、取り締まりがあったとしても、大抵は、賄賂で全て終わることもしばしばだ。
何よりも、アバッキオの巡回している地域はとある事情で嫌に治安がいいのだ。
(なら、する必要があるのか?)
ぼんやりとそう考えていたとき、電灯の少ない道に出た。暗い中をライトの光で進んでいく。そこで、ぽつんとベンチがあることに気づいた。
普段なら通り過ぎるのだが、アバッキオとしては無視できない部分があった。
というのも、そのベンチにぽつんと誰かが座っているのだ。電灯の明かりの角度のせいか、足下しか見えない。
客待ちの娼婦かと考えたが、それにしては着ている衣服がおかしい。
それは、どうやらスーツを着ていた。
男かと思ったが、にしては体つきが華奢すぎる。アバッキオは、それでも一応は警察であるだろうと面倒に思いつつ近寄った。
近寄れば、細い足の上に行儀良く、これまた華奢で細い手が上品そうに組まれている。
「・・・おい。」
口調は荒々しいが、機嫌はよくなかったため仕方が無いことだ。
「・・・ここで何している?」
警戒のためにそれの顔にライトの光を当てれば、これまた大人しそうで、上品そうな黒い髪の女であることがわかった。
まぶしそうなそれに、直接的に当てることは止めたが、アバッキオは新手の取引か何かと警戒した瞬間、女がぽろりと涙を流した。
「あ゛・・・?」
驚きで声を上げたそれに、女が、これまた情けない声で告げた。
「おまわりさん、どうしましょう・・・・」
家出、をしてきてしまいました。
それが、レオーネ・アバッキオがとある女と会った最初の記憶だった。
「あー・・・・・」
アバッキオは隣から聞こえてくる鼻を啜る女に気まずそうに顔をしかめた。
ライトに照らされた女は、やはり、どこまでも無害そうだった。
普通に育ち、普通に生きて、普通にここにいる。
際だって美しくも醜くもない容姿ではあるが、上品そうな空気は人に好かれそうだった。
スーツをきちんと着ている所を見れば、いいところに勤めているのだろうことがわかった。
ただ、一つだけ。
真っ黒な背中にすとんと落ちた黒い髪だとか、ひどく普通なのに。
しんと、静まりかえった朝焼けのような赤い瞳だけが、少しだけ目を引いた。
「で、なんだ?旦那が女でも引っかけてるところでも見たのか?」
アバッキオが話しかけた後、ひどく小さく啜り泣いているため、どうにも放っておけずなんとか落ち着かせてさっさと家に帰そうと話しかけた。
隣に座ったアバッキオに女は、一旦は泣き止んだのか、ささやかな声で言った。
「・・・・実は。」
「ああ。」
「その、私の、なんというか、身内の人に。怒られてしまって。」
「怒られた?何した?」
「・・・・ご、ご飯、食べなくて。」
アバッキオは一瞬沈黙し、そうして、盛大に声を吐き出した。
「はあ!?」
その声に、女は萎縮するように体を震わせた。
女曰く、ではあるが。
なんでも、女は体重が軽すぎると医者から少々体重制限を受けたそうだ。そのため、彼女の周りはせっせと食事をさせようとしていたらしい。
「で、そう言われていたのに、あんたは飯を今日食ってないと?」
「・・・はい。その、今日は、ちょっと仕事で立て込んでることがあって。時間も忘れて仕事をしている内に、どんどん時間が過ぎて。」
「それで?」
「今日、コーヒー以外に何も飲まなくて。」
「ああ。」
「何も食べてないことを怒られて。私も、仕事で仕方が無かったって、つい、怒ってしまって。」
「そのまま家を飛び出したと。」
「・・・・はい。」
女は顔を手で覆って返事をした。アバッキオは呆れた。なんだ、その子どももしないような情けない事情は。
「今日日、そこまで仕事熱心な奴がこの国にいるとはな。」
アバッキオは己に対しても含めてそんな皮肉を吐き捨てれば、女ははあと息を吐いた。
「・・・・ワーカーホリックなんです。まあ、昔よりは、ましなんですが。ただ、ちょっと、上が怖い人で。」
「辞めちまえばいいだろう。」
アバッキオは間髪入れずにそう言えば、女はゆっくりと彼の方を見た。
「・・・・できません。」
今までの声とは違う、ひどく、強い声にアバッキオは思わず女に視線を向けた。
暗い、世界で。
電灯の明かりに照らされた女は、どこかもの悲しい顔で淡く微笑んでいた。
それは、なんだか、ひどくアバッキオは言いたくなった。
そんな顔をするなと。
なんだ、今の今まで、自分のような人間とはまったく違う世界で、普通に、平凡に、生きているような女だったじゃないか。
まるで、子どものような、くだらないことで嘆いていたじゃないか。
そんな、地獄にいるような顔なんて、きっと、するべきではなくて。
アバッキオが声を上げようとしたが、女は、まるでそんなことなどなかったかのように困ったように微笑んだ。
「・・・・ご縁があって勤めているところで。辞めると、色々と困るんです。」
それは、やはり、どこにでもいるような女が人間関係にでも困っているような体で笑っていた。先ほどの、地獄の中で笑うような女は夢のように消えていた。
アバッキオは、何か、吐くはずだった言葉を飲み込み、口をつぐんだ。
それに女は息を吐いた。
「お恥ずかしい話、ワーカーホリック気味で。元々、そこまで食べるほどではなかったんですが。机仕事で体を動かさないので余計にご飯を食べず。眠気防止にコーヒーをがぶ飲みして胃が荒れて余計に食事を取るに気にならず。」
「お、おう・・・・」
つらつらと話す内容があまりにも悲惨でアバッキオは引いた。そうして、遠い目をした女は重く息を吐いた。
「・・・そうして、この前で食事を取らなさすぎて栄養失調で倒れました。」
「バカだろ!?」
思わずアバッキオが叫べば、女はしおしおと頷いた。
「言われました、怒られました。わざわざご飯を食べるように、時間を合わせて一緒に食べてくれてます・・・」
「めちゃくちゃ心配されてるじゃねえか。それでも食わなかったのか・・・」
「・・・・・なんというか、下の組織で、とんでもないレベルの不祥事が出て。その件で数日ずっと仕事にかかりっきりで。」
しおしおと枯れる女を見ていると、あまり口うるさく言うのも、と罪悪感が出てくる。
その姿を見ていると、なんというか、この頃珍しいほどの真面目そうな奴だとアバッキオは感心し、そうして、何か、ひどく、何でも無いことのように口をついていた。
「・・・無駄だと思わないのか?」
「え?」
驚いた声を上げた女に、アバッキオは何を聞いているんだと口を手で覆った。
けれど、すでに口を開いてしまったことだ。ならば、とアバッキオはどうせ下手な答えなどないと問うてみた。
「今時、下手なことをしても、逃れる方法なんてあるだろう。やっても損した分は返ってくるとはわからん。あんたも、そんなに仕事をしても、見返りなんてないだろう?なのに、なんでそんなに熱心なんだ?」
きっと、ただの気まぐれだったのだ。
その、本当に、なんの変哲もない、平凡で、普通の女がどんな答えを返してくるのだろうと。
ただ、それだけ。それだけの話だった。
「・・・・きっと、結果は、変わらないんだと思います。」
「は?」
アバッキオの問いに一瞬不思議そうな顔をした女は、少し考えるような仕草をした後口を開いた。
「・・・・この世には、運命と言うものがあって。どんな軌跡を辿っても行き着く終点は変わりはしないんだと思います。」
「自分がしていることは、全て運命だと?」
「いいえ、そうではありません。結果はけして変わらない。そこに、私たちの意思は反映されません。なら、せめて、過程だけは自分の思うものを選び取りたいんだと思います。せめて、誰かを、幸せにしたと思いたい。」
最後に降りる終点で、振り返ったとき、せめて己を蔑むことがないように。
そんな答えを、女はアバッキオに示してきた。
それに、アバッキオは咄嗟に言葉を返すことが出来なかった。
それはある意味で、諦めの言葉だった。
結果は変わらない。行き着く先は地獄でしかないのなら。
そこに、あがきなどする必要は無いのだろう。
諦めてしまえばいいのだ。
なのに、それは過程だけは変えたいのだという。
なんて、なんて、なんとまあ、呆れるほどに自罰的な生き方なのだろうか。
「なんで、そんなことを気にするんだ?」
「え?」
「蔑まなくていいじゃないか。しかたがないことだってある。楽に生きたって構わないだろう?なんで、そんなに自分を責めるんだ?」
それに女は少しだけ、考える仕草をした。そうして、思った以上に簡単に早々と答えを出した。
「・・・・胸を張りたい人がいるんです。」
恋でもしているような顔だなと思った。
厳密に言えば違うのだろうが。なにか、とても、焦がれているような、無垢な笑みでそういうものだから。
そんなことを考えてしまった。
「・・・最期の最後に、その人が私の死に際にいるとは限らないし。その人に何かを語る事なんてないんです。でも、もしも、私がしたこととか、なしてしまったこととかを話すことが出来たのなら。できるなら、胸を張りたい。その人がいたから、ここまでいきてこれたから。」
そう言って、まるで、己の憧れるヒーローの話でもするように語るから。
何か、唐突に、それを否定したくない気がした。
「憧れた人に、胸を張りたいか。それは、そうだな。悪い理由じゃないのかもな。」
そうだ、悪いことでは無いのかも知れない。
それでも、と。たどり着く先が変わることは無くても、悪くない道を歩んできたと笑えることもあるのかもしれない。
そんなことを考えていたアバッキオは近づいてくる存在に気づく。
「誰だ!?」
警戒心のために、そう言ってライトを当てられた男は特別な動揺も無くまぶしそうに目を細めた。
「・・・隣の女の身内だ。」
「・・・本当か?」
アバッキオは思わずそう聞いた。何せ、その男というのが、とんでもない大男で、色素が抜けたような髪に、悪魔のような瞳をした男だった。
それに女は、おずおずと、それこそ、叱られる寸前の子どものように男に歩み寄った。
「・・・・手間をかけたな。ほら、帰るぞ。」
「あの・・・・・」
「はあ、怒っていない。あいつも、怒りすぎたかと落ち込んでいたぞ。」
「いえ、私が悪いので。」
「帰ったら、スープ程度は腹に入れろ。」
「はい。」
どこか、そっち側の人間かとアバッキオの警官としての勘は言っていたが、凡人にしか見えない女の関係者であることを考えてありえなかったかと改めた。
「迎えが来たのなら、早く帰れ。」
「ああ、はい、すみません。色々と。」
「礼を言う、おまわりさん。」
「ああ。気をつけて帰れよ。まあ、この辺りは治安がいいが。警戒しておくにこしたことはない。」
「はい、それでは。」
暗闇の中に消えていく男女を見つめて、アバッキオは帰るよう促さなくても良かったかも知れないなと一瞬考えた。
(この辺りを締めてるギャングは、麻薬も嫌いの潔癖らしいが。治安維持をギャングに任せるなんざ終わってる。)
それが、最初に、アバッキオがとある女と会ったときの記憶だった。
そうして、次にアバッキオが女に会ったのは、薄暗いとある一室でのこと。
とある同僚が死んだ。
アバッキオの愚かさによって、彼の悪を見逃す心によって、流れに身を任せる弱さによって。
そのせいで、職まで失い、誇りまで失った。
路頭に迷うとはこのことだと、彼は己自身を嘲笑っていた。
それは、警察を懲戒免職されてすぐのことだった。夜遅く家に帰ったアバッキオが何気なく電気を付けたときだ。
部屋に置かれていた椅子に、誰かが座っていた。
あまりにも堂々とした振る舞いの、それにアバッキオは警戒のために扉から逃げるか迷う。
それは、女だった。
黒い、長い髪をした、スーツを着た、本当にどこにでもいそうな女。
強盗?
にしてはあまりにも挙動が不自然すぎる。
薬をやっている?
それにしては侵入した形跡がなさすぎる。
いくつかの可能性を、アバッキオが考えているときだ。それは、静かにアバッキオに背を向けたまま声をかけていた。
「・・・・お久しぶりです。」
その声を、アバッキオは覚えていた。
今の今まで、意識にも止めていなかったのに。聞いた瞬間、思い出してしまった。
いつかのような、静かで、控えめな、下手をすれば雑音に溶けてしまいそうな声だった。
それはゆっくりと立ち上がり、自分に振り向いた。
あの、朝焼けの瞳に疲労を止めて、それは淡く微笑んだ。
「私を、覚えて居られますか、おまわりさん。」
あの女が、そこにいた。
「・・・・てめえ、なんのようだ?どうして、俺に近づきやがった。」
「・・・・そうですね。あなたにとっては驚くべき事ですし。そうして、状況は理解できないと思います。ただ、申し訳ありません。私は、それを語らない方がいいのだと思います。」
「人の家に勝手に上がり込んどいて、あずかり知らぬはねえだろうが!?」
威嚇を込めてそう言ったアバッキオは一歩、女に近づいた。
仕立てのよさそうなスーツに身を包んだ女は、行儀良く体の前で手を組んでいた。
それに、アバッキオは確信を持ってどうにでも出来ると確信した。なにせ、それは、戦い慣れているようにも見えず、華奢すぎる女だったから。
けれど、一歩、女に近づき、アバッキオは後悔した。
どこか。
どこ、かはわからない。
ただ。鋭く、刺すような、そうだ、殺気と言える何かを感じた。
灯の付いた部屋をぐるりと見回す。一人暮らしの、そう広くない部屋の中には隠れられそうな場所は確かにあるだろう。
だが、アバッキオにはわかる。
確かに、それは女の方から放たれていたのだ。
女は変わらない。
ただ、物悲しげな笑みを浮かべているだけだった。
アバッキオは理解する。
それは、どんな立場で、どんな理由でここにいようと。
それは、徒人ではないと言うことが。
「そんなに警戒しないでください。あなたには、一つ、お聞きしたいことがあったんです。それをお聞きできればすぐにこの場から去りますので。」
「・・・・なんだ。」
殺気を出した存在がどこにいるかは分からないが、それでもさっさと消えてくれるならそちらのほうがいいと話を促せば、女は一人の男の名前を口にした。
それは、アバッキオが見逃そうとし、そうして、彼の同僚を殺した強盗の名前だった。
「・・・・・私が聞きたいのは、彼の処分についてです。」
レオーネ・アバッキオ、彼がこのまま殺されるか、それとも、法によって下される罰を全うするのか。
女は、静かな眼で、アバッキオに問うてきた。
何を問われているのか、分からなかった。
殺される?
男は刑務所にいるのだ。そんな存在を殺すだと。おまけに、ちゃちな、それこそくだらないチンピラをわざわざ?
そこまで考えて、アバッキオは理解する。
「てめえ、ギャングか。」
それに女は、少しだけ、物悲しそうな笑みを深くした。その挙動が、女の全てのように思えた。
アバッキオは壁に背を預けて、頭痛をこらえるように額に手を当てた。
可能性として、ないわけではない。
あんな夜遅く、いくら治安がいい地域とは言え、あんなにも無防備でいれたこと。こうやって、平然と安アパートとは言え形跡を残さずに侵入したこと。こうやって女一人でアバッキオと対峙してなお落ち着き払っていることも。
そうして、アバッキオを、あの強盗のことで訪ねてきたことも。
それで、全て納得がいく。
「・・・・俺はあいつのことは何も知らねえ。吐く情報は無い。俺は、賄賂を貰っただけの間抜けな警官だ。」
「・・・いえ、彼の情報はすでに把握しています。あなたには、ただ、どちらか聞きたく。」
「勝手にすりゃあいいだろうが!?」
アバッキオの怒鳴り声に、女は揺るがなかった。けれど、その、朝焼けの瞳が、そのただの女のような様相が、悲しみに深まるところを見ると何か胸が痛んだ。
が、それ以上に苛立ちが勝り、アバッキオは詞を続ける。
「あいつが死のうがどうしようが、俺に何の関係がある!?どうしようもねえ、賄賂を貰って首も切られた元警官に何を望んでやがる!?」
だんと、アバッキオは、怒りのままに女に一歩足を進めた。
「それとも何か!?俺のことを馬鹿にでもしにきたってのか!?お前の言った、流されるままに、怠惰に生きた人間をあざ笑いにでも!?」
叫ぶ。感情のままに、憎悪と、苛立ちと、むなしさを全てを混ぜたような声で叫んだ。それに、女は、やはりもの悲しげに微笑んだままだった。
「・・・・お礼が、したかったんです。」
返ってきた言葉の意味が、わからなかった。
「・・・・あの時、話を聞いてくれたでしょう。」
「あれが、いったい、あれが!それがなんだ!?」
「街の中を、ネズミが歩いているときがあるでしょう?」
女は、座っていた椅子の背もたれに手をかけて、床に視線を向けた。
「誰もネズミのことを気にかけません。当たり前です、ネズミは何もしないから。だから、人はネズミを無視しますし、気にもとめません。人がネズミに気を向けるのは、何かをしたとき。」
「だから。」
「あなたは、そんなネズミを気にかけてくれたでしょう?」
だから、お礼をしたかったんです。
バカな話だと、そう思った。
ネズミ?
どこがだ?
そんな情報を知り、そうして、わざわざ裁量権を持った程度の存在が野良猫だなんてバカな話だろう。
けれど、それは、そのどうしようも無く弱々しい様は、どうしようもない哀れなネズミに見えた。
「・・・暗い中、誰かに話しかけてもらうの、嬉しかったんです。あなたは私の正体を知らなかったから。ですが、あなたは私のことを本当に心配してくれたでしょう。それが、とても、嬉しかったから。だから、せめて、私はあなたを助けることはできなかったけれど、せめて、これだけはと、ただ、思ったんです。」
あなたは、彼にどうなって欲しいと思うのか。
自分に出来ることは、それだけだと、やはり、女は笑うのだ。
狂っていると思った。
それは、確かにギャングで、そうしてわざわざこうやって自分に会いに来て、そんなことを聞いてくる。
狂っている、何も分からない。
けれど、その挙動に、あの日、あの時、女から聞いた運命の話を思い出した。
自分は、何もしなかった。
行き着く先に諦めて、流されるままに、結局こんなことになっている。
どうせ、あのまま真面目に続けたとしても、結局、誰かの怒りを買ってろくな目にあいはしなかっただろう。
けれど、女は、こうやってやってきた。
そうだ、それは、自分のためにやってきたのだ。
「俺に、選べって言うのか!?俺に、今更、過程を選べって言うのか!?」
過程、アバッキオの変えられない結末を辿ってなお、女は己が主義を貫くために、こうやってやってきたのだ。
「・・・・だって、せめて、納得したいでしょう!?」
アバッキオのそれに叫び返した女の姿が意外で、黙り込んだ。女は、やはり、悲しそうに、けれど怒り狂うように拳を握りしめて叫ぶ。
「分かっているんです!何も変わらない、行き着く先はどうしようもない。でも、それでも!辿るべき過程はあるはずなら。」
女は逸らしていた目をアバッキオに向けた。
「レオーネ・アバッキオ。私は、何も出来なかった。今回も、私の管轄で起きたこと。私の責です。」
そう言いきった後、また、その声はか細く、力なくなっていく。
「・・・・あれは、逃走資金を確保するために強盗をしました。私が、もっと早く動いていればあんなことにはならなかった。」
「止めろ!」
謝罪の言葉を重ねられ、アバッキオはまた怒鳴る。
「ギャングのお前が、それ以上口にするな!それは、それは!」
あまりにも、自分たちが惨めじゃないか。
どうあっても押し通せなかった正しさ、理解の無い民衆、悪賢い悪辣な者たち。
それらに屈している自分たちが、あまりにも。
ギャングの方が、よほど、などと。
思うことが、ひどく、惨めで。
その詞に、女はうなだれるように床に視線を向け、そうして口を開いた。
「・・・・あなたは、どちらがいいですか?あの男のこれからが、私たちに委ねられるのか。それとも、法の下に裁かれるのか。」
「俺に、選べというのか?俺に!?」
「それでも!」
か細い声を、精一杯力を持たせて、女は続ける。
「信じられる、押し通せた正しさがあったと、信じたいじゃないですか?」
泣きそうだと思った。
ギャングの、人の人生なんてどうとでもできそうな女が、弱々しい様を装っているだけの悪辣なはずの女が。
その時、とても、弱く見えた。
何が正しいのか分からない。きっと、それは多くの非道をなしたはずなのに。それは、まるで、どこにでもいる、どこにもいけないような、気の弱い女のようにしか見えなかった。
「せめて、あなたが、全部踏みにじられたあなたは、私からのお礼を受け取ってくれないような気がしたから。だから、せめて、これだけは。これだけは、あなたの手に委ねられるべきだと。そう、思って。」
どんどん小さくなっていく声に、アバッキオは考えることも全部が嫌になり、振り払うように吐き捨てた。
「好きにしろ・・・・」
「それは・・・・」
「・・・・お前は、どうして、そんなにも足掻くんだ。それ相応のことをやってきて、何も変わりゃあしねえってわかってるだろう。」
女のそれに聞き返した。壁に座り込み、床に視線を向けたままのアバッキオに女は囁くように答えた。
「・・・・私、あなたみたいになりたかったんです。あなたみたいに、暗がりで、しょぼくれている人に、優しく声をかける人になりたかったんです。でも、もう、そんなことはできないから。」
何を言っているんだろうか、それは、いったい何を。
「私、あなたに笑っていて欲しかったんです。優しくしてくれたから、でも、すみません。私は、きっと、間違えたんですね。」
アバッキオはきっと呆れたのだ。
あの時、あの一瞬を、優しいといって。こんな手間をかけて会いに来たのだ。
優しくしてくれた誰かに、どうにか、優しくしてやりたいから。
せめて、過程を決められるように。
それは、とても狂っている。狂っているのに、アバッキオはなんとなく理解した。
女は、逃げることが出来ないから。だから、こんな歪にアバッキオに恩を返しに来たのだ。
ばっとアバッキオが顔を上げたその先に、女の姿は存在しなかった。
「・・・・来られたんですね。」
「ああ。」
ブチャラティに紹介され、やってきた先で、女は悲しそうに微笑んだ。
何故、とそう問われてもいなかったけれど。
それでも、アバッキオは、暗がりの部屋で、自分を出迎えた女にさほどの動揺もなく言った。
「・・・俺は、何も信じちゃいねえ。結末が変わらないってのに、過程をどうこうする意味も。ただ。」
「ただ?」
「あんたや、ブチャラティの辿る過程がどんなものか、知りたくはなった。」
それに女は笑みを深くした。
その時の笑みは、あの日、街灯に照らされた迷子とよく似ている気がした。
アバッキオは、ギャングになったことを悔いてはいなかった。
警官をクビになった自分がどん詰まりであったことも理解していたし、ブチャラティの誘いはそれでも彼にとっては救いでもあった。
それだけ、それだけではある。
けれど、あの日、優しかった警官のために何かをしようと、どれだけ狂ったことでも駆けつけてきた女のことをアバッキオは覚えている。
アバッキオにとってそれは救いでは無かったし、それは彼にとって望ましいことでは無かった。
けれど、ギャングの、人の死体を重ねて高みに座る女だけが、あの日、優しい警察官だった青年のことを後生大事に抱えていた。
女は、ギャングになることを望んでいなかったし、スタンド能力や、女の優秀さでどこにもいけないと知ってから、よけいに、アバッキオは女のことを考えていた。
それは、きっと、生きるために多くのよすがを持っているのだろう。
あの日、胸を張りたいと願う誰かのように。そうして、その中に、優しい警官も加わっているのだろう。
それは、きっと、名前さえ付かないような曖昧な感情だ。
ただ、アバッキオは少しだけ、女のことを気遣うのだ。それが、女の希望になるのなら。
「ポルポ、今日は飯を食ったのか?」
そう問えば、あの日、夜に会った幼い笑みを浮かべた女が顔を出すから。
アバッキオは少しだけ、自分の選んだ過程が間違っていなかったのではないかと思えるのだ。
「・・・・何をそんなに悲しむ?」
いつも通り、暗がりから現れた相棒にポルポは微笑んだ。
「いえ、何も。何も・・・・」
「お前は、あの日、相手がアバッキオだと知らなかった。事が起きるときもそうだ。何よりも、だ。これからに、アバッキオは絶対に必要なのだ。」
道化師は、ポルポの頭を梳る。それにポルポは己を納得させるために幾度もそうだと頷いた。
「それでも、サバス。私、あの人に優しい人のままでいて欲しかったんです。あの日、あの時、ただの女を気遣ってくれたままで。そのままで。どれだけ、無理でも。」
誰にも吐き出すことの出来ない独り言に、彼女のスタンドは知っているとうなずき、慰めるように抱きしめた。